NanotechJapan Bulletin

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<第23回>
実在するかのように物が空中に浮かぶ3次元空中映像 ~ナノテクノロジーで作られた独創的光学素子によるインタラクティブな空中映像~
株式会社 パリティ・イノベーションズ 代表取締役 前川 聡氏に聞く

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 人は3次元の世界に生きている.しかし,テレビやインターネットで送られる映像は2次元の画面に張り付いており,視覚的な実在性を持たない.実在するかのように物が空中に浮かんで見える映像があれば,人は愛しく思い,触れてみたくもなるだろう.そのような空中映像技術が2014年1月末に開かれた国際ナノテクノロジー総合展・技術会議の展示会nano tech 2014に出展され,nano tech 2014大賞の独創賞を受賞した.受賞者はSCIVAX株式会社,受賞理由は「光学部品メーカーのパリティ・イノベーションズと共同でナノインプリント技術を使ってマイクロミラーアレイを開発,3次元画像が空中に浮かぶ表示装置に組み込んで紹介し,今後の応用開発への期待を賞す.」とあった.3次元空中映像を作成する光学部品を開発したのは,独立行政法人 情報通信研究機構(NICT)発のベンチャー企業,株式会社パリティ・イノベーションズである.空中に浮かぶ映像がどのように作られ,映像がどのような特徴を持っていて,どのような応用展開をしようとしているか伺うべく,NICTで空中映像作成の基幹光部品を開発した同社代表取締役 前川 聡(まえかわ さとし)氏を,けいはんな学研都市(関西文化学術研究都市,京都府相楽郡精華町)に訪ねた.

 

 

1.人は立体映像を求める.

1.1 nano tech 2014に展示された立体映像

 話の初めに,先ず,空中映像の実物を見せていただいた.一辺約10cm強のほぼ立方体の箱の下面に原画がおかれ,箱の上面におかれた白い板(10cm角)を通して,面対称の位置に原画の映像が浮かび上がる.原画が動画なら浮かび上がった映像も動き,立体像の原画なら立体映像が空間に浮かび出る.例えば,そこに火はないのに焔が箱の上で燃えているように見えていた.

 nano tech 2014大賞[1]の受賞者となったSCIVAX株式会社はナノインプリント事業,三次元細胞培養プレート製造,技術コンサルティングを事業内容とする[2].ナノインプリント事業では.ナノインプリントトータルソリューションを謳い,UV式(紫外線硬化樹脂方式),熱式(熱転写方式)などの諸方式に対応している.また,モールド作製からエッチングまでのナノインプリントファウンドリサービスも行っている.nano tech 2014では,大面積用や高速用ナノインプリント装置を揃えると共に,新開発UV式-熱式両用ナノインプリント装置と,これによる受託加工サービスを紹介していた.ナノインプリントによる超撥水加工,ガラス面やレンズ曲面への無反射構造加工,回折光学素子などの光学シミュレーションによる設計を行っている.この設計技術によって,前川氏の発明したマイクロミラーによる結像光学素子(2面コーナーリフレクタアレイ,Dihedral Corner Reflector Array,DCRA)を作製し,空中に映像を結像するデモンストレーションを行っていた.

1.2 空中映像作成への道のり

 ところで,これまで空中映像作成に人はどのように挑戦して来たのだろうか.

 空中映像は,あたかも宙に浮いているかのように見える映像のことであり,その映像に触れようと思えば触れられるものであるが,その映像自体は立体である必要はない.なお,初音ミクコンサート等で歌い手が舞台上に立っているかのように見える技術は,古くからあるハーフミラーもしくは透明スクリーンを使ったものであり,実はここで云うところの空中映像とは異なるものである.また,立体映像は観察者から立体的に見える映像のことで,3次元(3D)映像,3D立体視とも呼ばれる.3Dテレビを使って画面より手前に存在するかのように表示を行えば,観察者は空中映像として認識する事も出来るので,3Dテレビでも空中映像表示は可能である.空中映像を使うと,ある対象物が立体的に観察者と同じ空間に存在するかのように知覚させることができる.離れた土地の風景が観察者の空間に存在するように感じられれば臨場感が生まれる.例えば映画スターウォーズにおけるジェダイ会議のシーンでは遠方からの参加者は空中映像として参加している.NICTでは遠隔地の人とあたかもその場を共有しているかのごとく自然でリアルなコミュニケーションができる環境の構築を目標に「超臨場感コミュニケーション」の研究開発が進められ,その要素技術の一つが,立体映像技術であった.

 前川氏は視覚情報処理関連の研究をしていたが,ホログラムの研究者と出会い,宙に映像を浮かそうと思った.ホログラムでは,レーザー光で強度と位相を記録し,レーザー光で再生して立体映像を作る.これに対し,前川氏は,これまでとは異なる方式の立体映像方式を思いついたという.前川氏は大学院時代に脳の1次視覚野における自己組織化の研究を行っていた.眼から外界の情報が直接入って来て,後天的に視覚が形成されて行く過程の研究である.そうした研究の先に,3次元映像をどうやったら実現できるかのテーマ設定,研究の動機があった.

 立体映像というと,2010年頃には3Dテレビの開発が大きな話題となった.テレビのトレンドには「ハイビジョン画質」に,さらに3Dテレビによる「臨場感」が加わった.テレビの前に座っている人が画面の奥に広がっている様々な景色や建造物の中に,或いはそこで繰り広げられている様々な人間ドラマの中に,如何にその場にいるような感覚を持って入っていけるかが求められた.人間の生きている空間は3次元であり,そこに存在する物は全て立体であるための自然な要求である.

 人間の立体視は主に,両眼視差と運動視差による.人は左右の眼の間隔(約65mm)を利用して,物体を左右から異なる角度で見る.この2つのイメージを頭の中で合成して,奥行感,立体感を認識する.また,近くの動きは速く,遠くは遅く感じる.位置によって視差が変るので運動した物に対して立体感を感じることになる.

 現在市販されている3Dテレビで多く用いられるのは視差方式である.映像を右目用,左目用に振分け,映像を見る時は2つの映像を偏光眼鏡等で分離する.眼鏡の煩わしさを避ける裸眼方式では,ディスプレイ表面に細かい縦のスリットから成る視差バリアを設け,光の進む方向を制御し,右目には右目信号だけ,左目には左目信号だけが入るようにする.ただし,この方式では見る場所がある程度固定される.いずれの方式もそれぞれの眼で見えた物を脳の中で合成する.これらの立体映像は脳内で合成され,空間には存在しない.

 本稿で採り上げる空中映像は,このような視差方式によるものではなく,物体が存在する場合と同じ光線を再現する実像方式によるものである.そのため,空中映像の位置にスクリーンを置けば,そのスクリーンに映像が投射される.このような実像方式による空中映像表示としては,古くから凹面鏡を2枚使ったものが存在する.科学館等において,穴の中に掴むことができない物体が見えている展示があるが,それがこの凹面鏡を利用した空中映像である.本稿で紹介するものは,空間に浮かぶ実在感のある映像を,デモで示された箱の上にある1枚の光学部品で作成する.この板は,直交する隣り合った2面を反射面とする四角い穴が多数空いたマイクロミラーによる面対称結像光学素子(2面コーナーリフレクタアレイ,DCRA)である[3][4][5].実像であるので空中映像は裸眼で見ることができ,眼鏡をかける必要はない.

2.マイクロミラーアレイによる面対称結像素子の発案

2.1 光学部品による結像

 身近にあって物の形を見るのに使う光学部品は,鏡やレンズであろう.その結像の様式を図1に比較している.凸レンズには光線の中心となる光軸があり,光線が集まって結像し,実像ができる.像とレンズの距離に応じて像を拡大縮小する.一方,鏡には光軸が無く,面対称位置に等倍で結像するが,破線で表わした仮想的な光線が集中するところに結像が起り,像は虚像となる.

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図1 レンズと鏡の結像比較

 

 鏡の中を覗いてみると,自分の姿や周りのものが鏡の中に見えるが,鏡の中の自分,もしくは鏡に写っている物体に手を伸ばして見ても,鏡の中の像には決して触れることができない.これが「虚像」の名の所以で,鏡の中の像は,空中に実在する光が集まって出来る「実像」ではなく,光が鏡面で曲げられた結果,単にそこにあるかのように見えているだけだということを表わしている.

 このような鏡に写る像は鏡映像と呼ばれ,次の二つの性質を持っている.

① 鏡面に対して,面対称な位置に形成する像となり,奥行き方向を含めて等倍で3次元的な歪みがまったく生じない.
② 面対称な変換を受けて前後が反転し,結果として左右が逆になる.

 これらの性質のため,鏡映像では非常にきれいな収差の無い正立立体像が結像可能となる.これに対し,凸レンズは焦点距離を持ち,結像位置は拡大・縮小して焦点を結んだところになるから,レンズ面に対して対称にはならない.また,光軸から外れた場所では,光線が一点では交わらなくなり,点がぼやけるという収差が生じ,像が歪む.なお,レンズで正立像を得る方法には,コピー機やファックスに使われている正立等倍結像系がある.文字や絵が書かれた紙の面を光電気変換センサー面に結像させる光学系である.凸レンズは倒立結像光学系だが,レンズを2枚合わせて紙面と平行な面で結像させると,正立像が得られる.結像位置は焦点距離で決まるから,奥行のあるものはそのままの形では結像しない.

 基本光学素子の平面鏡,凹面・凸面鏡,凹・凸レンズを分類すると表1のようになる.実像の得られる透過鏡はこれまで存在しなかった.それが,本稿のDCRAによる面対称結像光学素子である.

表1 基本結像素子の種類

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2.2 2面コーナーリフレクタアレイを用いた面対称結像光学素子の原理

 平面鏡で反射した光は入射角と等しい出射角で出ていく.これに対し,2つの鏡面を互いに垂直に組み合わせると,2つの鏡面で2回の反射をし,2鏡面の垂線で作られる平面内においては観察者の方向に戻って行く再帰反射になる.3つの鏡面を互いに垂直に組み合わせたものはコーナーキューブと呼ばれ,光線は完全に再帰反射し,この光学系はアポロが月面に降りた時,地球から月面までの距離を測定するのに用いられたという.この2つの直交する「く」の字形の鏡面を多数立てて,同時に平面状に並べる.平面の下からランダムに入って来た光は,その面方向の成分の光のみが2つの鏡面で再帰反射を起こす.垂直方向の成分の光によって上に抜けるので,面対称方向に曲がることになる.その結果,光線は面対称変換されて出て行くことになる.これが,図2に示す,2面コーナーリフレクタアレイを用いた面対称結像光学素子の結像原理である.図2(a)上面図には2つの垂直鏡面からの再帰反射の様子が示され,図2(b)俯瞰図に空間映像結像の様子が示されている.

 図2(b)に示されるように,2面コーナーリフレクタアレイの設けられた平板の下の像は,面対称の位置に結像するが,実在の光線による結像であるから実像となる.こうして実像を結像する透過鏡が,初めて実現した.

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図2 2面コーナーリフレクタアレイの結像原理

2.3 2面コーナーリフレクタアレイの構造

 2つの垂直鏡面を持った構造は,平板の面上に四角断面のピラー(柱)を立てその側面のうち直交する2つの面をミラーとして使ったり,面内に四角の孔を掘って,その2つの面を鏡面にしたりして作り出す.残りの2面は反射光が結像光と混じらないようにしておく必要がある.製造上,型抜きのためにテーパーを付けていれば,望みの面ができる.デモ機の光学素子は透明な材料(アクリル)を使ったので,反射面は孔ではなくピラーの側面にしている.基板にピラーが立っていて,その側面の全反射を用いる.アクリルの屈折率は空気の1に対して1.5だから,全反射が起り,特別な鏡面加工は要らない.多数の2面リフレクタを2次元的に配列して,2面コーナーリフレクタアレイができる(図3)

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図3 2面コーナーリフレクタアレイの平面図
(左:ニッケルの孔,右:プラスチックピラー)

 

 ミラーの高さは100µm程度である.ピラーや孔のピッチも100µm程度である.例えば5cm角の板で,1mmに5個の孔を空ければ,200µmピッチで孔が開いていることになり,孔の総数は6万個になる.開口はピンホールカメラのピンホールに相当するから小さい方が鮮明な像ができる.幾何光学的には孔が小さい方が良い.しかし,孔を小さくすると回折効果でぼける.開口は大きければ光学系によるぼけ,小さければ回折によるぼけが生じる.100~200µmでもほんの僅かではあるが,回折が効くので解像度低下に繋がる.従って,結像距離に応じた最適サイズの開口がある.

 2面コーナーリフレクタの大きさはナノメータから遠くはなれているが,問題は2つの鏡面を直角に仕上げることだった.角度の精度は1分が目標で,これは100µmで30nmの傾きに当り,実現は難しい.現状では数分の精度になっている.平坦度は平面鏡として作用する範囲であればよい.CDやDVDなどの光ディスクでは12cmの円盤に100nm程度の孔を空けている.孔は小さいが,DCRAほどの形状精度は要らない.立体空間映像を作る2面コーナーリフレクタの孔の大きさは光ディスクの1,000倍だが,垂直壁を作るのに高精度が要求され,誤差なしに作るのが難しい.

 特許は2006年に申請し[5],その夏には試作品ができたが,量産に至るまでには長い時間がかかった.最初に試作したのはNiの四角い孔だった.ナノ加工で銅板にピラーを作り,電鋳(金型に電気めっき)でNiに転写した.しかし,このやり方では,金型を溶かす必要があり,光学素子が自動車を買えるくらいの高価なものになってしまう.次には,射出成形(型に樹脂を送り込む)で5cm角のものができたところで,エレクトロニクス関連の総合展示会CEATECに展示した.nano tech 2014の展示では,ナノインプリントでアクリルを加工してピラー状の10cm角DCRAを作ってデモを行った.10cm角DCRAのプレートはSCIVAX社にナノインプリント加工を委託し,量産できるようになった.100µm高で数十nm程度の傾きの鏡面を,10万個のレベルで多数,規則的に配列するところにナノテクノロジーの加工技術が活かされ,初めて量産可能になったものである.

2.4 2面コーナーリフレクタアレイ結像光学素子による面対称空中映像

 レンズと呼ばれるものには中心となる光軸があり,距離に応じて拡大縮小した実像が結像できる.鏡には光軸が無く,面対称位置に等倍で結像するが,虚像となる.開発した結像素子は,鏡と同じ像を実像として結像できる.鏡が作る像と同じものを,あたかも鏡の中に入り込んでその像を実像として裏側から見るようなことを可能にしたものである.鏡映像を実像で結像させることが可能であるため,一般的な光学系では実現不可能な歪みの無い3次元像の結像が実現する.このため,一方向から見た像に歪みが無いのはもちろん,複数の異なる視点から見てもその3次元的位置関係が崩れない,という特徴が生まれる.ただし,鏡に写った像の裏側からの観察となるので,3次元物体に対しては奥行きが反転する.

 微小マイクロミラーによって構成された2面コーナーリフレクタは2枚の鏡が直角に組み合わさったもので,それぞれの鏡の垂線で作る平面内においては光を再帰的に反射する.2枚の鏡を用意し,それを直角に合わせたものを覗いてみると,自分の顔が常に真ん中にあることが観察できるのに対応している.なお,このような鏡はリバーサルミラーという名称で,左右が反転しない鏡として市販されている.このような2面コーナーリフレクタを平面内に並べると,点光源から発せられた光線は,あらゆる2面コーナーリフレクタによって反射され,必ず面対称位置を通って,実像を結像する(図4).

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図4 2面コーナーリフレクタアレイによる透過鏡実像表示

 

 開発素子は,鏡面反射をその動作原理としているため,素子面において急角度に光線を曲げることが可能である.そのため,素子面に対して斜めからの観察が可能となり,テーブル面(素子面)上に空中映像を浮かばせることを可能にしている.

3.空中に浮かぶ映像表示への応用

3.1 立体映像を空中に浮かす

 開発素子のDCRAは,2面コーナーリフレクタアレイにおける鏡面反射によって透過する光による結像のため透過鏡として働く.素子面において急角度で光線を曲げることができるため,素子面に対して斜めからの観察が可能となり,テーブル面(素子面)上に空中映像を浮かばせることが可能となる.実際に観察した空中像を図5に示した.左は左視点から,右は右視点からの観察映像である.右側の矢印は「鏡」の上に存在する実物であるが,矢印と映像の相対位置が視点の変化で変わっていないことが分かる.

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図5 DCRAの「鏡」に映った空中映像

 

 開発素子を用いて作られる空中映像には視覚的実在性がある.見る者にとって,あたかもそのものが実在するように思える.展示会にタンポポの空中映像を出したら,来場者は息を吹きかけた.この空中映像に対する観察者の行動をセンシングすれば,元の映像に操作を加えられる.来場者が息を吹きかけたら,レーザーによってその息による気流を検出し,映像のタンポポに気流を当てて,タンポポの綿毛を飛ばすことができる.

3.2 空中映像を操作できるフローティングタッチディスプレイ[6]

 図6に指で触らないタッチディスプレイを示した.開発した2面コーナーリフレクタアレイ面対称結像光学素子によって素子下部に配置した液晶ディスプレイ(LCD)の画面を空中に映像として結像させ,この結像位置にガラスなし赤外線タッチパネルを置いたものである.赤外線タッチパネルはX-Y方向の一方の枠から赤外線を出し,反対側の枠に置かれた受光素子が,赤外線が遮られたことを検知する.結像したキーボードを指で触ると赤外線が遮られ,空中映像を触る指先位置を検出した信号が実物のキーボードに送られてキー入力が行われる.

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図6 フローティングタッチディスプレイ

 

 2面コーナーリフレクタアレイ面対称結像光学素子は,まさに,そこに実在するかのように感じさせ,上下左右の視点移動に対しても,空中に完全静止して見える空中映像表示を可能とする.この結果,その空中映像に指で触れて操作することができるようになった.空中映像であるため,触覚はないが,その実在感は非常に高い.このような入力方法は医療関係で手術中に使う情報端末にも利用できるだろう.手術に限らず,汚れた手で情報入力が必要な時にも利用できる.

3.3 空中映像を用いた対面型コミュニケーション[7]

 計算機による情報提示が伴う状況で対話を行う場合,対話する2人は1つのディスプレイを共有して横並びとなるか,両面観察可能なディスプレイを利用して対面となることが考えられる.視線や動作などの非言語情報まで取得するには対面型が良い.これには両面観察可能なディスプレイが必要となるが,液晶ディスプレイなどの不透明ディスプレイを間に置いたのでは,指の動きを対話者が相互に確認することができない.透明ディスプレイを用いれば,映像への指さしを含めて対話者相互の身体の動きを観察することが可能となるが,映像に方向性が無いため,全ての情報は対話者のどちらも知ることのできるお互いの公開情報となり,文字情報を表示した場合には,一方の対話者からは鏡文字(左右が逆)になってしまう.

 これに対して,2面コーナーリフレクタアレイによる空中映像は,結像素子の設けられた平面の下方に置かれた映像を,素子平面の上方空間の対称位置に結像させ,素子平面に対して斜め方向から観察できる(図7).しかも,DCRAの開口方向のみに空中映像は結像するから,2つのDCRAの開口方向をそれぞれの対話者に向けることによって,別々の映像を提示することができる.従って,公開情報をその表示空間座標を含めて共有しつつ,私的情報を相手から隠して表示することができる.画面の位置表示には3.2節の赤外線タッチパネルなどを用いればよい.例えば,医師と患者のように,レントゲン写真を共有しつつ,医師側には診断の助けとなる専門的情報を表示しつつ,患者側にはその理解を助ける基礎的な情報を提示するということが可能となる.あるいは,対面販売において,販売側にはコスト情報を表示しつつ客側には商品情報を提示するということが可能となる.

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図7 対面型コミュニケーション用空中映像システム

 

4.空中立体映像の実用化・応用展開に向けて

4.1 ベンチャー企業による事業化・新技術への挑戦

 2010年には,5cm角の2面コーナーリフレクタアレイができるようになり,いくつかの応用例も示せるようになった.NICTでの立体ディスプレイの研究は終了し,前川氏は売れるだろう,やってみようという気になり,NICTのベンチャー支援規定を利用して起業した.株式会社パリティ・イノベーションズは,2010年12月に設立され,光学部品/システムの企画・開発・設計,産業財産権の取得・ライセンス事業を事業内容とする[8].新しい光学素子DCRAの量産化,大型化,応用システムの試作などの様々な実用研究/システム開発の実績を基にした事業展開を図っている.

 前川氏は,NICTを休職して,会社の業務に専念している.会社名に使われている「パリティ」は,物理学でいう基本的な3つの対称性,つまりチャージ(C,電荷),パリティ(P,空間),タイム(T,時間)に関する反転対称性のうちの空間反転対称性を意味するパリティ対称性に由来する.本稿の冒頭の写真の中のパソコンには,会社のロゴマークが示されており,3枚の羽根が面対称に配置されて,パリティ対称性を表現している.会社のURLも"piq"で,"parity innovations company limited"の"p"と"i"にもう一つ"q(c+l)"を加えて面対称にしている.DCRAという面対称結像光学素子をコアにして,パリティでイノベーションを起こそうという前川氏の意気込みが伺われる.起業は,NICTの成果の社会展開として行われたが,NICTからの資金面の支援はない.資本金は前川氏ら発起人個人の出資によるもので,NICTからはオフィスを借り受けている.

 SCIVAX社との関係はナノインプリントの業務委託である.パリティ・イノベーションズ社は,国内外で開催される展示会・見本市を通じたDCRA光学素子の応用・普及を促すと共に,DCRAを用いた応用システムの魅力を最大限に訴求して事業展開を図ろうとしている.事業としては月産15,000枚のDCRA生産能力を予定しており,増産も可能である.現在は部品のサンプル供給の段階で,装置・システムの実用化には至っておらず,どう使うかの提案が必要と考えているという.DCRAはナノテク製造技術によって量産可能になった.

 DCRAは角度精度の高い反射面を多数形成することに製造上の難しさがあり,現在は10cm平方の素子の量産が可能になっている.将来の夢は,人間の等身大映像の実現である.大型化には,精度を保つことと同時に明るさ,即ち光の透過率を高める必要がある.そこで,先ず,A4版を狙い,大学の装置を使ってX線リソグラフィの検討を始めた.四角の穴やピラーのアスペクト比(高さ・深さと横の寸法比)は明るさに効くので,アスペクト比を大きくしたい.熱転写ナノインプリントではアスペクト比が低く,透過率は20%程度である.アスペクト比を大きくするのに加えて,間隔を狭くすれば開口率が上がって,さらに明るくなる.X線描画を用いれば,ピラーを高くし,間隔を狭くできる.X線リソグラフィによるDCRA製造の問題は量産化である.金型に転写したら同じ問題が出るので直接描画にならざるを得ない.性能向上/大型化の可能性を確認したら量産化の課題に取り組むことになる.

4.2 新しい技術の周知,応用の拡大の活動

 新しい技術を知ってもらうには,見本市,展示会への出展,博物館などでの展示が役立つ.DCRAの用途として先ず立ち上がりが期待できるのはアミューズメント系だろう.見て楽しいものになると思われる.しかし,見るだけでは弱い.ハーフミラーで反射させて後ろに出せば,虚像ができ,物体がないのにその物体が存在するように見える.しかし虚像と人の間はハーフミラーで遮られている.これに対し,DCRA立体映像は実像で,物体がないのに物体が存在しているように見えるのに,実像と見ている人の間には遮るものがない.このため空中でインタラクションさせられる.この機能を使って,実世界ARを作り東京の科学未来館で展示を行った.AR(Augmented Reality,拡張現実感)の一つのやり方はスマホで撮った現実世界の写真をコンピュータ内の映像と重ね合わせて,合成映像としてスマホ上に表示する画面内ARである.一方,科学未来館の展示では積み木を撮って陰を付け,その上にキャラが存在しているような映像を東京大学と共同で創り出した.「でるキャラ」と名付けた実物体と空中映像とのコラボレーションである[9].

 また,大阪「うめきた」にあるナレッジキャピタルのイベントにも参加している.2~3ヶ月に1回のイベントだが,クリエイターがコンテンツを作り,空中映像をどう使うか考えてもらおうとしている.「ナレッジキャピタル」は,「都心に残された最後の一等地」とされた大阪駅北地区の「うめきた」(北梅田,梅北)の再開発に当り,まちづくり基本計画の一つに採り上げられた「知的創造活動の拠点(ナレッジキャピタル)」である.企業人,研究者,クリエイター,一般生活者といったさまざまな人々が,一人ひとりの持つ「感性」と「技術」を融合させ,「新しい価値」を生み出すことにより,「産業創出」「文化発信」「国際交流」「人材育成」を図る「ナレッジイノベーション」を目指している.その活動の例としては,学生を対象にした映像コンテスト「Creative Award」などがある.2014年5月には,Magical Postcard Exhibition 2014が,「エア・フローティング・メディア×ポストカードで不思議な学び体験」を謳って開催された.漫画家,映像作家などのクリエイター達によって制作された「エア・フローティング・メディア」を利用した不思議なポストカードが多数展示された.このイベントは,Vislab大阪が主催しており,株式会社パリティ・イノベーションズと日東電工株式会社が協賛企業となり,エア・フローティング・メディア委員会が協力している.

 エアフローティングメディア委員会は,Air Floating Media(エア・フローティング・メディア,空中浮遊映像)を新しいメディアの1つとして,コンテンツサイドから普及・定着させることを目的に設立された.映像の例として,平面浮遊映像タイプには,3.2節のフローティングタッチディスプレイを採り上げ,「微細加工した光学素子によりディスプレイの映像を空中に浮遊・投影させるもの.ディスプレイの映像をそのまま投影できるために,コンテンツ制作は比較的容易である.」と,紹介している[10].

4.3 さらに期待される応用

 これまでに,DCRAを用いた空中映像のいくつかの応用例を示したが,このほかにも,様々な応用が考えられている.

 一つは,アミューズメントパークのアトラクションへの応用である.暗闇の中を歩く,又は乗り物で移動中に,突然前方に現れた怪物などは,きっと子供たちを驚かすだろう.特に乗り物で移動中であれば,怪物に突っ込んでいく恐怖が味わえる.また,実用的な使い方として,3次元の感覚シミュレーションが想定される.触覚提示デバイスと併用して,実際には何も無い空間に,空中映像を映し出し,加工作業を複数人で空間を共有しながら実習できる.

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図8 アミューズメントパークでの利用想定例(お化け屋敷)[5]

 

 実習作業に近い応用には,医療用途への応用がある.手術中に執刀医が使用可能な情報端末は,3.2節で触れた.インタラクション機能を活かした応用としては,断層画像インタラクションシステムや手術シミュレータが挙げられる.断層画像は,映像空間と原画像位置をリンクさせ,原画像位置ごとの断層像を空中に表示する(図9).映像は実空間を占有しないのでマーカーを置くことが出来る.脳の3Dモデルをおけば,3次元空間の中での位置関係を確認できる.手術のパスが立体形状で見えることになる.大阪市立大学と協力して,体積移動型の機械的移動によって平面を立体ディスプレイにできるようにした.DCRAプレートの下に立体ディスプレイがあれば,上でも立体になる.プロジェクタアレイを並べておくと,視差方式の立体映像ディスプレイになる.裸眼立体視だとレンティキュラーレンズなどで見ることになる.この場合,左右の動きには対応するが上下動には対応しない.このため視差方式立体視は左右に動くと上下動があるが,DCRA立体映像では上下の振れをなくせる.手術における立体視ではメスを埋込めるからシミュレーションに使える.手術のシミュレーションでは眼鏡による立体視が対抗する技術であるが,DCRAの映像なら眼鏡をかける煩わしさがなくなる.

 

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図9 DCRAによる断層像の表示

5.おわりに

 ものがそこに存在するかのように空中に映像を浮かす独創的な光学素子が提案された.鏡面反射で,虚像となる鏡映像に対し,実像を,透過光で結像する新たな鏡(2面コーナーリフレクターアレー,DCRA)である.インタラクション可能な空中映像が手に入った.その特徴が社会に活かされることを期待したベンチャー企業も生まれた.様々な応用が提案され,空中浮遊映像を活用してイノベーションを起こそうという動きも始まった.しかし,新しい概念,方法であるだけに,原理の理解は限られ,その魅力を知る機会も少ない.新しい技術の理解が進み,多くの人がその魅力を知ることにより,独創的な技術の応用が展開し,生活の安全や豊かさが増進することを期待したい.

参考文献

[1] nano tech大賞2014,http://www.nanotechexpo.jp/main/award2014.html
[2] SCiVAX,http://www.scivax.com/company.html
[3] 空中映像を結像する「鏡」の結像に成功,NICT News, 2006年12月,http://www.nict.go.jp/publication/NICT-News/0612/research/
[4] 前川 聡,"鏡映像を実像として結像することができる受動結像光学素子",立体視テクノロジー -次世代立体表示技術の最前線- p. 363-370 (株)エヌ・ティー・エヌ,2008.10.10発行
[5] 特許紹介「結像素子,ディスプレイ装置」WO2007/116639A1,情報通信研究機構季報Vol.54 No.4 2008
[6] 空中映像を操作できるフローティングタッチディスプレイを開発,NICTプレスリリース2009.4.15,http://www.nict.go.jp/press/2009/04/15-3.html
[7] 前川 聡,マルコン シャンドル,"空間映像による対面型コミュニケーション",3次元画像コンファレンス講演論文集 2009年 pp. 149-152(2009年7月)
[8] (株)パリティ・イノベーションズ,http://www.piq.co.jp
[9] 日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ 2013.10.20,http://blog.miraikan.jst.go.jp/other/20131020--17.html
[10] エアフローティングメディア委員会,http://airfloatingmedia.com/

本文中の図は,図8を除き,全てパリティ・イノベーションズ社より提供されたものである.

(古寺 博)

 

 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です. nanotech2014_banner.jpg