NanotechJapan Bulletin

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<第24回>
ナノマテリアル・PM2.5環境評価のソリューションを求めて
東芝ナノアナリシス株式会社 見方 裕一氏,西沢 正人氏,森田 啓介氏に聞く

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 21世紀に入ってナノテクノロジーの研究開発に注目が集まり,その製品への活用も活発に展開されている.ナノテクノロジーは21世紀の社会発展のキー技術の一つとされている.しかしその一方で,ナノマテリアルが人の体内に入ると健康に害を及ぼすとの指摘があるが,対象物が超微小である故にその計測分析が難しく,評価手法の標準化の確立が求められている.また,近年,急速に経済成長を進める中国で発生している極端な大気汚染と,そのグローバルへの拡散に端を発して,PM2.5と呼ばれている2.5µm以下の微小粒子による環境汚染が社会問題として国内でも注目を集めている.

 2014年1月に開催されたnano tech 2014国際ナノテクノロジー総合展では"Life & Green Nanotechnology"が展示会のテーマであり,このテーマに沿って600を超える企業や大学,公的研究機関が展示を繰り広げた.最終日に行われた優秀展示の表彰式で,東芝グループは"グリーンナノテクノロジー賞"を受賞したが,その選考理由の一つにPM2.5(注1)に代表される微粒子の測定技術が挙げられた.上に述べた社会的問題への真摯な取り組みとその技術力が評価されたものである.

(注1)PMはParticulate Matter(粒子状物質)の頭文字

 今回,その展示を担当した東芝ナノアナリシス株式会社の横浜事業所を訪ね,副社長兼総括技師長 見方 裕一(みかた ゆういち)氏,技監 西沢 正人(にしざわ まさと)氏および化学分析技術センター主務 森田 啓介(もりた けいすけ)氏に環境中のナノマテリアルおよびPM2.5測定技術に関する同社の取り組みと技術について伺った.

1.東芝ナノアナリシスにおける微小粒子環境測定技術のルーツ

 東芝ナノアナリシス株式会社は東芝マイクロエレクトロニクス株式会社の半導体分析事業と東芝電子エンジニアリング株式会社の液晶・材料分析事業を統合して2002年8月に設立された.その後,2006年12月に日本エア・リキード株式会社が資本参加している.「従業員は300名前後で分析会社としては大きい.従業員には,長い発展の歴史を持つ半導体事業に携わり,製造プロセスやデバイス技術に関係してきた者も多い.豊かな経験に基づく確かな分析技術で,ユーザーに対して最適なソリューションを提供することをモットーとしている.自分も半導体出身である.」と見方氏は東芝ナノアナリシスの特徴を説明した.

 東芝ナノアナリシスが提供するソリューションの分野は,以下のように大別される.

  • 基礎的分析---無機材料や有機材料分析
  • 先端分野の分析---ナノ構造解析などで,nano tech 2014にも展示.中でも3次元アトムプローブ解析技術は高い空間分解能と検出感度で原子を同定する原子レベルの3次元構造解析技術であり,国内で一般ユーザーにこの技術による解析サービスを提供しているのは東芝ナノアナリシスだけであるとのこと.
  • 製品解析---故障解析,信頼性評価など.
  • 環境測定・分析---ナノマテリアル,PM2.5などの流動性微粒子による環境問題の新たな発生に対応.

 会社の事業を顧客業種で見ると,半導体関係が80%,液晶関係が数%,その他は2次電池,環境分析,材料分析などである.また,分析内容でみると,製品分析が6割,物理分析3割,化学分析が1割である.

 本稿でのテーマである環境分析は,元々は工場での排出物,水質,大気,作業環境などを対象として行ってきたものが,グリーン調達が要請されるようになってきて,法規制に従うための分析,例えば鉛カドミウム,水銀,六価クロム,臭素系難燃剤の分析等に展開されたものである.特に近年は,ナノテクノロジーの発展に伴って発生したナノマテリアルの取り扱いの安全性,例えばカーボン・ナノチューブ(CNT)の人体に及ぼす影響が問題視され,作業環境におけるCNTの計測が課題とされてきて,東芝ナノアナリシスもこれに取り組むようになった.更に最近ではPM2.5の環境問題が急浮上し,その分析の要請にも対応している.「これらの微小粒子の測定分析評価には,東芝の半導体生産におけるクリーンルーム清浄度確保やプロセス遂行上の厳しい分析で培ってきた技術力が活かされている.」と見方氏は語る.

2.大気中微小粒子の起こす環境問題

2.1 大気中微小粒子の分類と国内外の諸機関の対応

 「大気中に浮遊する粒子状物質は,その移動性と有害性から人体に対する影響が指摘されている.人類が工業化社会に入って以来の問題であったが,特に近年では微小粒子状物質PM2.5の人体に対する危険性が明確になり,またナノテクノロジーの研究開発の活発化に伴い,ナノ物質の有害性が示唆され,大気中の浮遊物質の問題がクローズアップされている.」と西沢氏は大気中微小粒子について説明された.

 表1に問題とされる微小粒子の分類と特徴を一覧で示す.粒子サイズが0.1µm以下のナノマテリアルのクラス,2.5µm以下のPM2.5と云われるクラス,粒子サイズが10µm以下のPM10と云われるクラスがある.なお,ここで云うµmの数値は50%カットオフ(捕集効率が50%)の粒子径である.

表1 環境問題に関わる気中微小粒子の分類:管理値は参考文献[1][2]より引用
(東芝ナノアナリシス提供資料を基に作成)

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 ナノマテリアルではカーボンナノチューブ(CNT),フラーレン等のナノサイズの材料を扱う開発現場や製造現場での作業者が特に対象となる.1991年の飯島澄男氏によるCNTの発表や,21世紀に入って米国のNational Nanotechnology Initiative(NNI)の設立などを契機として,ナノテクノロジー研究開発がグローバルに注目されるようになった.化粧品,塗料・インク,家電・電子製品などの用途には既に使われているにも関わらず,その人体に及ぼす影響についてはあまり議論されてこなかった.多くのナノサイズの一次粒子は製造過程で凝集し1桁~2桁以上サイズが増大した凝集体としてユーザーに提供されるが,開発・製造現場の作業者はナノマテリアルに直接ばく露する可能性がある.CNTの場合,マウス実験でアスベストと同様に腹腔内に中皮腫が発生したとの報告もある[3].欧米では図1に示すように2006年に経済協力開発機構(OECD)に工業ナノ材料の安全性プログラムを実施する組織が設置され,日本では同年第3期科学技術基本計画のナノテク戦略に「社会受容のための研究開発」の項目が採り入れられ,安全対策に向けた動きが始まった.同年,NEDOプロジェクト「ナノ粒子特性評価手法の開発」がスタートし[1],2009年には厚生労働省,環境省,経済産業省から,報告書やガイドラインが出されており[4][5][6],ナノマテリアルの人体への影響評価と,環境中のナノマテリアルの測定評価の意識が高まるようになった.

 

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図1 ナノマテリアルの安全性に関する国内外の動向
(東芝ナノアナリシス提供資料および参考資料[7]を基に作成)

 

 一方,粒子径の大きいPM10は,1987年から米国にて環境規制が行われてきた微粒子で,日本ではPM10の代わりにSPM(7µm相当)と名付けて早い時期から取り上げている.また,PM10およびSPMと同等またはそれ以上の粒子サイズで飛散することが知られている医薬・製薬の製造現場では,活性度の高い薬品を扱う場合の危険性や別の薬品への混入を避けるための封じ込めが必要になっており,その実行のための測定技術が必要とされた.図2に示すように,2007年にISPE(国際製薬技術協会)が,粒子封じ込め性能評価ガイドを発表しており,2012年度版で改定している.

 

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図2 PM2.5,PM10の関する国内外の動向 (東芝ナノアナリシス提供資料を基に作成)

 

 最近,社会的環境問題として日本でも大きく取り上げられているのがPM2.5である.粒子が小さく大気中の流動性が高く,中国で多量に発生しているのが,黄砂と同様に日本にまで流れてきて問題となっている.PM2.5には,自然起源(黄砂や火山排出物など),人為起源(工場排煙,自動車排気ガス,暖房排煙など)の一次粒子に加え,これが非メタン炭化水素,O3,NOX,SOXと反応した2次生成物質があると云われている.図2に示すように,米国では早くからこの問題を取り上げており,1993年に「ハーバード6都市研究」が報告された.その報告ではPM2.5濃度と呼吸器循環器系の死亡率との相関が示されている.1997年には米国環境基準PM2.5が制定された.その後,2006年にその値は年平均15µg/m3以下,日平均値35µg/m3以下となった.日本では2008年に環境省がPM2.5の暴露影響調査報告書および暫定マニュアルを発表し,2009年にはPM2.5環境基準として年平均15µg/m3以下,日平均値35µg/m3以下を制定すると共に,都道府県および政令指定都市の測定義務化を決めている.米国は,2013年3月に環境基準を年平均12µg/m3に引き上げた.

 表1に示すようにこれら微小粒子を人が吸い込んだ場合,PM10では咽頭に沈着し,PM2.5では粒子サイズや粒子の種類によって咽頭に定着するものや肺胞まで到達するものがあり,ナノマテリアルの場合は肺胞まで到達し沈着する.ナノ粒子の場合はサイズによって更に肺から血中やリンパ節へ移行すると云われている.これらの微粒子の体内への沈着が引き起こす健康障害については既に様々な情報が報じられているが,まだ未知の危険性に対する研究課題も多いと云う.

 ところで,気中環境において,これら粒子を測定する際に要求される測定感度レベルは,管理値によって決まってくる.その値は有害性の大きさにより決まり,ナノマテリアルやPM2.5よりも,粒子径の大きい高活性医薬品の封じ込め評価の方がより高い感度が要求される.高活性医薬品粒子封じ込め(有害性の高いカテゴリー6レベル目標)の場合の管理値は一日当たり0.01µg/m3であり,最短サンプリング時間15分,流量2L/minに換算すると0.3ngとなる.即ち,これを検出できる検出感度とサンプリング技術が必要となる.この検出感度は半導体製造クリーンルームでの清浄度評価と同じレベルである.こうした評価は,東芝ナノアナリシスの技術力が発揮できる領域であると云える.

2.2 大気中環境問題への東芝ナノアナリシスの取り組み経緯

 東芝ナノアナリシスでは化学分析技術センターが中心となって,図1および図2に示した国内外の動向に対応して大気中の微粒子の計測評価法の開発および評価実施をしてきている.図3に示すように2008年にナノマテリアル,特にカーボンナノチューブ(CNT)の評価方法について早期に検討を始め,2011年6月には竹中工務店との共同で「CNT飛散量を定量的に評価できるシステムを開発」したことを発表した[8].

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図3 東芝ナノアナリシスの大気中の環境問題への取り組み
(東芝ナノアナリシス提供資料を基に作成)

 

 粒子サイズの大きい方では,図2に示すISPE(国際製薬技術協会)の粒子封じ込め性能評価ガイドの発表を受けて,2009年頃から製薬機器の粒子封じ込め性能評価の手法開発に取り組んでいる.評価を依頼する製薬会社は守秘の点や封じ込め評価時の人体への危険があるので,ラクトースなど代替試料を活用する方法を採る.できるだけ実薬に近い飛散状態が実現でき,人体に無害な材料を用い,強制汚染させるための粉体飛散装置も開発した.

 最近注目されているPM2.5については,2006年の米国での環境基準の見直しや,2009年の日本での環境基準の制定があったが,PM2.5の生成機構などまだ分からないことが多い.東芝ナノアナリシスは2010年から測定技術の立ち上げを行い,大気環境測定を実施している.

3.ナノマテリアルの環境評価

3.1 ナノマテリアルの環境評価に向けた各界の動き

 ナノマテリアルの製造作業環境空間における有害性が問題視されるようになり,前章の図1に示すように,厚生労働省,環境省,経済産業省からその安全管理についての研究報告や取扱い指針やガイドラインなどが公表されている[4][5][6].しかし,その評価方法については言及されていなかった.産業技術総合研究所(以下産総研)や諸大学で,ナノマテリアルの有害性や,評価技術のついての個々の議論が進められているが,オーソライズされたものにはなっていない.このような中で,2012年に厚生労働省はナノマテリアルの評価検討会を作り,評価法確立の検討を始めた.

 金属ナノ粒子は,気中サンプリングした試料を最適な化学分析前処理をした後,ICP質量分析法(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry)またはICP発光分光法(Inductively Coupled Plasma Optical Emission Spectrometry)により定量分析を行う.一方CNTは炭素で構成されているため,高感度な炭素測定技術と共に,大気中に浮遊するCNTと他の炭素成分を分離する技術が求められる.CNTの環境評価手法に関し,産総研は2013年に「カーボンナノチューブの作業環境計測の手引き」を発表.評価法としては,「年2,3回の定量分析と,パーティクルカウンタ等を用いた日常的な簡易計測を推奨し,SEM観察等は必要に応じて行う」としている.

3.2 CNTの質量濃度測定法について

 上述のようにCNTの質量濃度測定の問題点は作業環境空間に存在するCNT以外の炭素成分との分離である.この分離測定を可能とする装置として,米国労働安全衛生研究所(NIOSH)がディーゼル排出粒子の指標となる無機炭素を測定するために開発したカーボンエアロゾル分析法(注2)がある.NIOSHはこれをCNTの質量濃度評価法にも提案し,この方法を採用するSunset Laboratory 社製の炭素分析装置の定量限界から算出した7µg/m3をばく露管理濃度として推奨している[9].

(注2)カーボンエアロゾル分析法:加熱オーブン内にフィルタサンプリングした試料をセットして,先ずヘリウム雰囲気下で段階的に昇温し試料の有機性炭素(OC)を揮発させ,続いて2%酸素雰囲気下でさらに昇温しCNTを燃焼させる.揮発したガスを触媒により二酸化炭素に酸化後,さらにメタンに還元し,水素炎イオン化検出器(FID)で炭素量を測定する方法である.

 

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図4 カーボンエアロゾル分析法による炭素分析装置とCNT測定例
(提供:東芝ナノアナリシス)

 

 なお,CNTの加工・製造作業現場では,CNTが樹脂・繊維・糖類などの有機成分と混和した状態で飛散しているケースがあり,高マトリックス中CNTを測定する場合,CNTの測定値が妨害をうける可能性がある.この装置では,装置条件の最適化により有機物を除去してCNT 濃度を評価できるが,各作業場で使用している有機物を含む飛散粒子に応じた測定条件の検討が必要である.

3.3 東芝ナノアナリシスの提案するCNTの定量分析方法[10][11]

 東芝ナノアナリシスは,先に述べた2011年6月21日の竹中工務店との共同発表で,CNT飛散量の定量的な評価システムを開発したことを明らかにしている.その手順は,
①フィルターによるサンプリング.
②前処理により,有機物等の妨害成分を取り除き,CNTのみを分離.
③分離したCNTを炭素量として定量する.定量には高周波誘導加熱炉燃焼/赤外線吸収法を用いる.なお,定量に用いる分析装置はその後前節紹介のカーボンエアロゾル分析法も使用している.

 東芝ナノアナリシスの提案の特徴である上記②の前処理とは,炭素測定前に電気炉を用いてCNT燃焼温度より低い温度で前処理することによって有機物を除去するものである.これによって,炭素分析装置での有機物除去のための事前準備や複雑な操作が不要になり,有機物等の種類に関係なく一定の条件で装置を操作できる.

 また,電気炉での前処理の有効性を確認するため,CNTと有機物の混合試料の分析を実施した結果,前処理を行った場合では,秤量値から求めた論理CNTと測定値は1割程度の誤差におさまっていたが,前処理を行わない方式の場合では,スクロース,ポリスチレン,模擬ダスト粉体(Baghouse dust,RT-Corp.製)をCNTに混合した試料でのCNT測定値はCNT論理値の,それぞれ2.3倍,1.3倍,1.6倍となった.この結果から,炭素分析装置内で有機物を除去する一般的使い方では,有機物分離のための不活性雰囲気における燃焼の過程で有機成分が炭化し一部CNT の燃焼温度と重なり,プラスの誤差を生じることが判明したという.この点でも,前処理工程の有効性が発揮される.

 気中CNTの定量は,カーボンエアロゾル分析装置を用い,0.3µg/filterの感度を持つ.よって60分サンプリング,吸引流量2L/minの場合は,3µg/m3の定量下限値で評価が可能である.CNTの許容暴露濃度は30µg/m3と比較すると,その10分の1以下の評価が可能である.

3.4 東芝ナノアナリシスの提供するナノマテリアル環境のトータル評価

 東芝ナノアナリシスとしては,ナノマテリアル許容ばく露濃度が出ているのに濃度測定評価法が定まっていないという問題に対して,前節で述べた大気中の濃度の定量方法を提案しているが,環境評価ニーズとしては大気中の粒子そのものを評価したいという要求もあるので,すでに実績のある,凝縮粒子カウンター(CPC)とオプティカルパーティクルサイザー(OPS)という機能の異なる機器を揃えている.

 CPCは,ナノ粒子を核にして水などを凝縮させて粒子径を大きく成長させ,リアルタイム計測できる装置であり,計測範囲は0.005~3µmである.OPSは16チャンネルの粒径分布測定が可能であり,また,計測粒子をフィルター捕集し,捕集物のSEM観察や成分分析を行なうことができる.計測範囲は0.3~10µmであり,CPC,OPSを同時に用いることにより,幅広い粒子径範囲を評価できる.

 東芝ナノアナリシスは,図5に示すように粒子の飛散状態のリアルタイムの情報と,サンプリングして行う定量分析の情報を関係づけることで,ナノマテリアルを扱う作業環境の評価情報の精度を高め,また,作業環境改善のソリューションに役だつ情報提供を狙っている.

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図5 ナノマテリアル環境評価に関して東芝ナノアナリシスが提供する測定技術
(東芝ナノアナリシス提供資料を基に作成)

 

 そうした作業環境評価の一つの実施例を紹介する[12].さまざまな樹脂,材料を含むCNT粉体を取扱っている工程の中で,ふるい装置を使用する作業のCNTの環境測定例である.作業工程は,ふるい装置へCNTを投入する工程,ふるい分けを実施する工程,CNTを回収・清掃する工程である.サンプリングはふるい分け装置付近でCNT投入時と回収時,および装置から離れた装置後方で行い,東芝ナノアナリシスの手法に従って捕集試料を燃焼前処理し,炭素分析装置でCNTを定量した.このCNT測定値と気体吸引量からCNT気中濃度を算出した.また大気中の個数濃度計測には,凝縮粒子カウンター(CPC)およびオプティカルパーティクルサイザー(OPS)を装置付近に設置し,作業工程を開始から終了までモニタリング測定した.

 調査の結果,すべてのサンプリング箇所で許容ばく露濃度を超えるCNTが検出された.これで粒子が作業場全体に拡散していることも判明した.またOPS測定の結果,ふるい稼動に伴う粒子濃度の上昇が確認された.また粒子径別の粒子濃度評価では,0.3µmと1µmの飛散粒子が多く,回収作業時においても飛散した0.3µm程度の微小粒子は,一定の粒子個数濃度を示すことから,長時間浮遊していると考えられた.一方,1µm以上の粒子はCNTが凝集した粒子と考えられ,すぐに沈降しCNT回収時にはあまり飛散していないことが分かった.この調査の後,CNT気中濃度が高かった同工程は,ふるい装置を簡易フードで囲い,局所排気装置を設置することでCNTのばく露濃度は許容値以下となり,職場改善が進んだとのことである.

 なお,この調査において,OPSの計測結果はCNT定量分析値との相関を示した.「これは,ナノ粒子が作業空間では凝集して0.3µm以上の粒子になっていることを示唆しており,一般的なパーティカルカウンターであっても,日常的な作業環境の管理方法として有効な手法であることが示された」とこの実施例の報告は結ばれている[12].

4.PM2.5の環境評価[13]

4.1 PM2.5による環境問題

 PM2.5(particulate matter 2.5)とは,50%カットオフ径2.5µmの分粒装置により分粒された微小粒子状物質であり,その発生源は2.1節で述べたように自然起源,人為起源がある.発生源からの一次粒子に,大気中でいろいろなものが付加しPM2.5粒子となるものが多い.

 2.5µm以下の粒子は吸入性粉じんとして肺胞に沈着し易い.人体への影響としては呼吸器系だけでなく循環器系,免疫系,更に最近では発がん性があると云われている.ディーゼルエンジンの排ガス中の微粒子が原因となって肺組織が炎症を起こし,マクロファージ(白血球の一種)が攻撃用の活性酸素を出すことが要因として挙げられている.発がん性については,金沢大学医薬保健研究域薬学系の早川和一教授らの研究グループが次のような研究結果を発表している.毎年春の黄砂が多く飛んでくる時期に,多環芳香族の中でも特に発がん性が高いとされる「NPAH」と呼ばれる物質のPM2.5中の濃度が高くなることに着目し,PAHと黄砂とNOXからNPAHが出来ることを確認した.NPAHは,PAHの100倍の発がん性リスクがあると言われている.

 PM2.5に対しては図2に示したように,米国では早くから研究が行われており,1997年に環境基準PM2.5が制定され2006年に見直された.その後,WHOや欧州でも環境基準が決められた.日本の環境省も2009年に環境基準を制定した.

 一方,中国のスモッグがテレビでも頻繁に報じられ,「北京,上海,広州,西安ではPM2.5が原因の死者8500人」「2010年の肺がん発病率は,2001年の1.56倍」「北京におけるPM2.5の大気中濃度が平均400µg/m3程度で,1000µg/m3以上の地点がある」等の情報が伝えられている.これらの粒子の割合の多い成分は硫酸塩として存在し,工場や自動車からの排気がその原因であると考えられるとのことである.中国で発生しているこのPM2.5の日本への飛来が心配されている.西日本地域では100µg/m3(環境基準の約3倍)を超える観測をした日があり,高濃度を観測した日の気象情報から推測すると中国など大陸から飛来している可能性が示唆されるケースが多い.

4.2 日本におけるPM2.5環境問題への対応の状況

(1)環境省の動き

 環境省は,米国の調査結果を受けてPM2.5に関する国内調査を実施し,2009年に環境基準を制定し,年平均15µg/m3以下,日平均値が35µg/m3以下とした[2].同時に環境省,47都道府県,政令指定都市(20市),中核市(43市),大気汚染防止法に係わる政令都市(23市)に常時監視体制をつくり,質量濃度測定及び成分分析を行うことが通達された.各地方自治体は質量濃度が高い地点及びバックグラウンド濃度の把握を可能とする地点(最低2点)を選び,春夏秋冬の4季節において各季2週間程度の調査を実施することになっている.

 2011年に環境省は成分分析ガイドラインを通達した.内容は発生源の特定と寄与の推定に関するものである.また,2012年には成分分析マニュアルを策定している.目的は,発生源の推定,削減対策シミュレーションの構築である.

 図6に環境省の通達による地方自治体の監視体制での実施内容を示す.フィルターにより捕集したサンプルを24時間指定の温度湿度環境下で恒量化したあと,マイクロ天秤を用いて精密秤量し,1日当たりのPM2.5の気中濃度を算出し,環境基準と比較する.

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図6 PM2.5常時監視および成分分析の実施内容
(東芝ナノアナリシス提供試料を基に作成)

 

 更に,成分分析ガイドラインに従って成分分析(注3)を行い,発生源特定のためのデータ収集を行っている.

(注3)分析項目としては,次表の項目が挙げられている.

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(2)地方自治体の現状と東芝ナノアナリシスの支援体制

 上記環境省の通達に基づく,地方自治体の監視体制の状況について,東芝ナノアナリシスは次のように説明された.

 各行政組織で自動測定器の導入は進んでいるが,成分分析評価のための分析装置は,整備されていない自治体が多い.専門性が高い評価となるので,装置導入せずにすべて委託するケースが多く,東芝ナノアナリシスは,自治体から分析業務を受託し,PM2.5の発生源推定や生成機構の解明に対し,成分分析を通して支援している.なお炭素成分(有機炭素(OC),元素状炭素(EC),炭化補正値(OC pyro))の測定は,CNT測定と同様のカーボンエアロゾル分析装置を使用していることから,豊富な経験を積んでおり,スムーズな技術的展開を実施できた.PM2.5の有害性を評価する上で重要な多環芳香族炭化水素(PAHs)については,環境省は離島等のバックグランド測定を2013年から実施しているが,地方行政組織では実施しているところは少ない.理由は技術的な難しさと,費用の掛かる点にある.したがって,環境省のデータ蓄積は遅れるものと考えられる.

 データの蓄積から発生源特定のシミュレーションが実施されれば,削減対策等が本格化し,発生源となる民間企業での対策,評価依頼が増加すると考えるが,現状では,まだ先と見る.

 東芝ナノアナリシスは図6および注3に記載した環境省推奨の測定マニュアルに準拠した測定および全成分の分析が可能であり,発生源特定に必要なデータを提供できると考えている.

4.3 PM2.5測定の実施例

 図6に示した測定の実施項目に於いて,東芝ナノアナリシス横浜事業所屋上でPM2.5のサンプルを収集して質量濃度を測定したデータを図7の左グラフに示す.PM2.5のフィルター捕獲用サンプラーは,A,Bの2社製品を比較した.同時期に磯子区総合庁舎で図6に示した自動測定器により測定したデータも同じグラフに記入した.A,B2社製品はほぼ同じ値を示しており,自動測定器のデータも概ね一致していることが確認できた.環境省のマニュアルに従った約2週間の測定結果では1日だけ環境基準(日平均)の35µg/m3を超える日があったが,2週間の平均は15µg/m3であった.

 また,分析精度確認のために行うイオンバランスの検証結果を図7の右グラフに示す.この検証方法は分析結果の妥当性や地域代表性を評価するうえで用いられる方法である.今回の試料では陰イオン濃度/陽イオン濃度の比が0.8~1.2の範囲に入っており,サンプリングおよびイオン分析が妥当であることが検証できた.

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図7 2社のサンプラーによる質量濃度の測定値比較(左図),およびイオンバランスの評価(右図)
(提供:東芝ナノアナリシス)

 

 成分分析を行った例を図8に示す.この例は,環境省が平成22年度にPM2.5測定データとして開示している分析データをグラフ化したものである.この測定点は,東京都板橋区氷川測定局である.炭素成分とイオン成分で,全体の7~8割が構成されていることが分かる.図9にCMB(Chemical mass balance)解析による発生源推定の例を示す.2次生成粒子の寄与が7割程度あることが分かる.これがPM2.5の生成メカニズムの解明が急がれている理由の一つである.なおCMB解析は,PM2.5の成分データと主要発生源粒子の化学成分濃度パターンとを比較して発生源の寄与濃度を推定する方法である.ただ,化学成分濃度パターンが,地域や社会経済状況によって変わるので,課題が多いとされている.

 

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図8 PM2.5の成分比の例 (提供:東芝ナノアナリシス)


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図9 CBM解析による発生源推定 (提供:東芝ナノアナリシス)

4.4 PM2.5評価の応用展開

 東芝ナノアナリシスはPM2.5の分析評価用に必須な装置の他に,SEM(走査型電子顕微鏡),EDX(エネルギー分散型X線分析)やHPLC(高速液体クロマトグラフィー)などの装置を使うことにより,更に拡大した評価測定の提案もしている.その一例は, 単一微粒子解析による発生源特定 である.2013年エアゾル科学・技術研究討論会で,国立環境研究所,工学院大学等から単一微小粒子の物理的解析で表面,断面の情報から,粒子の履歴,起源を特定する発表があった.その発表では粒子の断面から,その核に黄砂があってその周りに他の物質が被さって形成された様子が分かるデータを示している.「東芝ナノアナリシスとしても得意分野であり,発生起源の詳細特定に役立つと共に,各粒子が持つ有害性の違いを理解し,対策に貢献できるので,取り組んでいきたい」と西沢氏は語っている.

 その他に東芝ナノアナリシスが現在取り上げているテーマには次のようのものがある.

  • 室内および外気取り込み口でのPM2.5測定技術の開発 :室内のPM2.5や,外気を取り込む際のPM2.5を除去する空調機の開発が進められている.こうした装置の入口,出口や室内のPM2.5の測定技術が要望されており,そのためのサンプリング技術を開発している.
  • PM2.5発生源の評価 :発生源の事業所から外への排出量および成分調査や,発生源からの距離減衰,拡散状況を確認する.これを基に公的機関による近郊の測定結果と比較し,事業所起因の可能性を推定する.具体的には,発生源に近い地点と敷地境界付近の2地点で連続14日間サンプリングし,濃度測定および成分分析を行う.天候,風向,風量,湿度の記録データを含めて評価を行う.
  • バイオ燃焼由来のレボグルコサンの評価 :レボグルコサンは,木材燃焼によるボイラーの利用,喫煙所,野焼き等バイオマス燃焼に伴い生成し,環境中に広く分布しており,季節変動があることが知られている.有機化合物の中には化石燃料由来の多環芳香族炭化水素(PAHs)も含まれているが,レボグルコサンの比率は高くその変動も大きいので,今後,指標として測定すべき成分としている.環境省もその分析手法を2014年8月に公開した.今年のPM2.5成分分析の委託業務として初めてレボグルコサンの項目を含めた業務があり,今後の調査項目として多くなることが予想される.東芝ナノアナリシスはすでにレボグルコサンのフィルター捕集から成分分析までの評価法を立ち上げており,業務委託を実施している.

5.おわりに

 かつて先進国は発展の過程で何度か大気汚染の経験をし,その都度対策を講じてきた.今,発展途上国が急速に経済発展を遂げようとしており,そこで発生する環境汚染を機にPM2.5が全地球的に環境問題として取り組む課題となっている.一方,ナノテクノロジーは21世紀の人類社会を継続的に進化させるキー技術として期待されているが,その人が創り出したナノマテリアルが人の健康・安全を脅かす可能性があり,製造作業現場などでの対策が必要となっている.

 こうした地球環境問題について,西沢氏は「地圏,水圏,気圏と分けた場合,前2者は既に極めて多くの議論がなされ多くの対応策がなされて来ているが,気圏についてはまだ十分な研究がなされておらず,これから積極的に取り組むべき領域である」と語っている.気圏の特徴は,流動性があることであり,広く地域を超えて拡散することにあると云う.従って,異なる発生源からの粒子や気体が混合し複雑性を増している.また極少量のサンプルを評価することの困難性もある.環境省および関連省庁の積極的取り組みに期待したい.

 東芝グループは,半導体分野で代表的な企業であり,超クリーンな環境を創出し,高精密な材料処理・加工技術を駆使し,高信頼度の超高密度デバイス開発を行ってきた.そこには精度の高い材料成分分析技術の蓄積がある.東芝ナノアナリシスはその技術力を引き継いでいると副社長兼技師長の見方氏は語っている.環境省が全国の地方自治体に敷いたPM2.5の成分分析ガイドラインを実効あるものにするために,またその次に必要な環境改善策を遂行するためにも,こうした力のある分析専門会社の活躍は必須であることを実感する取材であった.

参考文献

[1] 中西準子編,ナノ材料リスク評価書--カーボンナノチューブ(CNT)--,最終報告版:NEDO プロジェクト(P06041)「ナノ粒子特性評価手法の研究開発」(2011.8.17)
[2] 環境省「微小粒子状物質による大気の汚染に係る環境基準について」平成21年9月9日 環告33(2009.9.9)
[3] A. Takagi, A. Hirose, T. Nishimura, N. Fukumori, A.Ogata, N. Ohashi, S.Kitajima, J. Kanno, "Induction of mesothelioma in p53+/- mouse by intraperitonealapplication of multi-wall carbon nanotube", The Journal of Toxicological Sciences, Vol.33, No.1, pp. 105-116,(2008)
[4] 厚生労働省," ナノマテリアルの安全対策に関する検討会報告書"(2009.3.31)
[5] 環境省ナノ材料環境影響基礎調査検討会," 工業用ナノ材料に関する環境影響防止ガイドライン"(2009.3.31)
[6] 経済産業省," ナノマテリアル製造事業者等における安全対策のあり方研究会報告書"(2009.3.31)
[7] 阿多誠文,石津さおり,"ナノテクノロジー研究開発・事業化戦略に必要な社会受容の追求",NanotechJapan Bulletin, Vol.3, Mo.1(2010).
[8] 東芝ナノアナリシス(株)プレスリリース,"カーボンナノチューブ飛散量を定量的に評価できるシステムを開発"(2011.7.6)  http://www.nanoanalysis.co.jp/topics/details/58_topics.html
[9] Occupational Exposure to Carbon Nanotubes and Nanofibers, NIOSH, Nov.(2010)
[10] 森田啓介,本多明日香,谷英明,石黒武,"環境中におけるカーボンナノチューブ飛散量評価手法に関する研究 その2 炭素・硫黄同時分析装置による定量の検討",プレ ISCC2010空気清浄とコンタミネーションコトロール研究発表会予稿集,pp.142-144(2010.6)
[11] 森田啓介,矢吹元央,"炭素分析装置によるカーボンナノチューブの測定に関する検討",第29回エアロゾル科学・技術研究討論会予稿集,pp.227-228(2012.8)
[12] 森田啓介,西沢正人,"ナノマテリアル取扱い作業場での気中濃度測定について",粉体技術,Vol. 6, No. 7, pp. 716-720 (2014)
[13] 見方裕一,"PM2.5 気中微小粒子の環境測定技術とその動向", OHM vol.100, No. 6, pp. 98-99 (2013).

(向井 久和)

 

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