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<第25回>
非線形光学顕微鏡の深部超解像化 ~生体組織をより深くより鮮明に観る2レーザ重なり変調技術を開発~
独立行政法人理化学研究所 光量子工学研究領域 磯部 圭佑 研究員に聞く

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 小中学校時代に,光学顕微鏡で花粉や植物の茎の切片を生まれて初めて観察した時の感動を覚えている人は多いだろう.日常生活での人間の眼で見える限界(分解能)はmm弱でしかないが,光学顕微鏡ではµm以下の分解能で観察できる.そして,生命体内部の微細構造を組織表面から深部まで観察するためには,生命体内部の水による吸収が少ない近赤外光を使った光学顕微鏡が適している.近年,近赤外のレーザ光を使った非線形光学顕微鏡が実用化されて生体観察に適用されているが,生物医学の研究者からは,より分解能が高くかつより深部まで観察できる顕微鏡がほしいとの要望が寄せられている.そうした要望に応える技術が2014年1月末に開かれた国際ナノテクノロジー総合展・技術会議の展示会nano tech 2014の理化学研究所ブースに出展され,注目を集めた.それが,「非線形光学顕微鏡の深部超解像化」である.“すべての非線形光学顕微鏡の観察可能な深さを2倍に,空間分解能を1.4~2倍に向上させる手段の発明である.”とnano tech 2014開催報告には紹介されている[1].今回,本技術を開発した理研,光量子研究領域アト秒科学研究チームの磯部圭佑研究員を,埼玉県和光市の理研に訪ねた.表題にある「非線形光学顕微鏡」はよく知られた「光学顕微鏡」とどう違うのだろうか? まず取材の対象がどのようなものなのか,から話をお聞きした.

 

 

 

1.非線形光学顕微鏡とは

1.1 光学顕微鏡との違い

 物を拡大して見るには先ずは,1枚の凸レンズ(虫メガネ)を通して見る.もっと拡大率を大きくするには,光学顕微鏡を使うことになる.光学顕微鏡では接眼レンズと対物レンズを組合せて,スライドガラス上の試料に自然光を当てて観察する.人間の眼で観察する場合もあれば,カメラで撮像することもできる.

 生物・医学分野では,蛍光顕微鏡がしばしば用いられる.試料を予め蛍光色素で染色処理してから,高圧水銀ランプからの短波長光(励起光)を照射し,生体組織中の蛍光色素を光らせて蛍光を観察する.通常の光学顕微鏡の対物レンズと接眼レンズの間に特殊なプリズムを挿入,励起光をプリズムで反射させ対物レンズを通して試料に照射し,試料からの蛍光はプリズムを透過させ接眼レンズを通して観察される.接眼レンズの前には波長フィルタを設けて励起光を遮断し,蛍光のみ通過させて観察する.蛍光は微弱であることが多いので,高感度カメラで撮像して観察するのが一般的である.

 光学顕微鏡・蛍光顕微鏡では,顕微鏡で観察する視野全体をカメラで2次元的な像としてとらえている.これに対して,励起光に短波長レーザを使用して試料上にレーザスポットとして照射し,照射スポットを試料上で2次元的に走査することで試料からの蛍光を時系列的に検出し,検出信号をコンピュータ処理することで蛍光画像を再構成する共焦点レーザ走査型顕微鏡が1980年代に登場した.光検出器の前にピンホールを設け,試料上のレーザスポットと焦点が合った部分からの蛍光のみを検出するので,通常の蛍光顕微鏡より分解能が上がる.

 以上の光学顕微鏡・蛍光顕微鏡・共焦点レーザ走査型顕微鏡では,照射する光量を2倍にすれば観察像も2倍明るくなる.つまり正比例の関係にあり,線形光学顕微鏡と言ってよい.レンズによる光の屈折現象も,励起光による蛍光現象も,線形光学現象である.レンズの屈折率や蛍光の発光効率は,入射光の強さには依らず,一定である.

1.2 非線形光学現象とは

 レーザ光の出現により,自然光よりも強い光を使えるようになった.エネルギー強度が高いレーザ光を物質に照射すると,物質からは入射エネルギーに比例した反射光だけでなく,入射エネルギーの2乗に比例して別波長の光が出射されたりする.こうした入力光と出力光の関係が線形ではなく,非線形な関係にあるものを非線形光学現象と呼んでいる.

 図1は,2つの異なる波長のレーザ光を物質に照射した時に誘起される様々な非線形光学過程を紹介している.1本の矢印は1つのフォトン(光子)を表し,矢印の上向きはフォトンの吸収,下向きはフォトンの放出,矢印の長さはフォトンのエネルギーに対応している.ωはフォトンのエネルギーに対応し,ω1とω2は2つの異なる波長のレーザ光のフォトンエネルギーをあらわしている.

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図1 2波長で誘起される非線形光学過程

 

 図1で左上の非線形光学過程は,2光子励起蛍光(TPEF:Two Photon Excited Fluorescence)を表している.ω1とω2の2つのフォトンを吸収して蛍光分子が励起状態になり,そこから蛍光を発するエネルギー状態まで緩和した後,ω12に近いエネルギーのフォトンを蛍光として放出する過程である.その次の和周波発生(SFG:Sum Frequency Generation)では,ω1とω2の2つのフォトンを吸収し直ちにω12の1つのフォトンを放出する過程であり,中心対称性がない分子でのみ発生する.ω12の場合は第2高調波発生(SHG:Second Harmonic Generation)と呼んでいる.すなわち,入射光エネルギーωの2倍の2ωフォトンが発生,入射光波長の半分の波長の光が発生する過程である.このほかにも図1に示すように,4波混合(FWM:Four Wave Mixing),分子振動共鳴4波混合(コヒーレント反ストークスラマン散乱CARS:Coherent Anti-Stokes Raman scattering),2光子吸収(TPA:Two Photon Absorption),和周波発生,相互位相変調(XPM:Cross Phase Modulation),誘導ラマン散乱(SRS:Stimulated Raman Scattering)などの非線形光学過程がある.

1.3 非線形光学顕微鏡の特徴と課題

 非線形光学現象を利用したレーザ走査型顕微鏡が,非線形光学顕微鏡である.図1に示した様々な非線形光学現象の内,どの現象を利用するかで様々なタイプの非線形光学顕微鏡ができる.生体試料を観察するためには,水による吸収が少ない近赤外のレーザ光を用いると生体表面だけでなく生体の内部組織まで観察できる.レーザ光源としては強いレーザ光を時間的に連続照射すると生体組織を破壊してしまうので,パルス的にかつ間歇的にレーザ発振するモード同期レーザが使用される.例えば,パルス幅が100fs(フェムト秒,1fs=10-15秒),波長域が700~1000nmのチタンサファイヤレーザが使用される.光パルスのピーク強度としては非線形光学現象を発生するために十分な強度であるが,時間平均的には弱い光強度となり生体試料は破壊されない.

 非線形光学顕微鏡では,線形顕微鏡と比較して生体試料を深部まで分解能高く観察できる利点がある.図2は,2光子励起蛍光の非線形光学顕微鏡と,通常の1光子励起の共焦点レーザ走査型蛍光顕微鏡とで,蛍光発生の様子を比較したものである.2光子励起の場合,蛍光強度は励起レーザ強度の2乗に比例するので,焦点近傍では同じ波長の1光子励起よりも先鋭化された微小領域で蛍光を発する.したがって,分解能が上がる.1光子励起蛍光では短波長レーザで励起するので,分解能の面では有利だが,深部観察は難しい.

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図2 非線形光学顕微鏡による生体組織の深部イメージング

 

 図2の右側(b)には,2光子励起蛍光の非線形光学顕微鏡による生体組織観察例を紹介している[2].短冊状の細長いイメージは,試料の深さ方向の断面像で上端が組織表面,下端が深さ1000µmである.3枚の正方形のイメージは,励起レーザの集光点を含み深さ方向とは垂直な平面での蛍光イメージで,上から深さ621µm,861µm,1029µmである.非線形光学顕微鏡では,レーザ集光点を試料上で2次元的に走査してイメージ形成するだけでなく,焦点位置を試料表面から深さ方向に移動することで3次元的な断層像を得ることが出来る.図2(b)の蛍光深部イメージングでは,深さ600µm位までは表面付近と同様にクリアなイメージングが得られているが,800µmより深くなるとボケてきて1000µm以降では殆ど何も見えなくなっている.

 非線形光学顕微鏡での性能限界は何で決まっているのだろうか? 分解能は基本的には,レーザ波長と対物レンズの開口数で決まる回折限界で制限される.レーザ波長が短い程,レンズの開口数が大きい程,レーザ光を微小スポットに絞りこめるので,分解能は高くなる.さらに,非線形光学現象の次数が高い程,分解能は高くなる(2光子励起蛍光や,第2高調波発生の次数は2).一方,深さ方向の観察可能範囲は,レーザ光に対する吸収と散乱によってどこまで深く光が到達できるかで制限される.水の吸収が極小になる波長1.3µmや1.7µmのレーザ光が用いられ始めている.1.7µmの方が長波長なので散乱損失は小さくより深く観察できるが,分解能は若干劣ることになる.レーザ光が吸収や散乱によって減衰して強度が低下しても,入射レーザ光のパワーを高くすれば焦点位置での光強度はその分高くなり2光子励起蛍光の信号は大きくなる.したがって,入射レーザ光のパワーを高くすることで焦点位置を試料表面から深くすることができる.しかし,焦点以外でのレーザ強度も同様に高くなるので,焦点以外の場所での2光子励起蛍光の発生も増加してしまう.その積分値である背景雑音光が,焦点付近からの2光子励起蛍光の信号光よりも大きくなるとイメージングができなくなる.また,生体試料の内部に深く侵入する程,組織の不均一性に起因する屈折率分布の揺らぎにより,レーザ波面が歪み焦点ボケを起こすので,深部観察を困難にしている.

 非線形光学顕微鏡の登場により,生体試料を生きたまま深部まで観察できる手段として,生物・医学の研究分野に大きなインパクトを与えてきたが,研究者からはより深く,より分解能高く生体を観察したいとの強い要望が寄せられている.磯部氏は理化学研究所のレーザ関連の研究部門に所属しているが,同研究所敷地内には脳科学総合研究センターもあり,細胞機能探索技術開発チームから非線形光学顕微鏡の性能向上への要望と期待が高まっており,これに応えるかたちで開発が進められている.

2.非線形光学顕微鏡の深部超解像化技術の創出

2.1 新背景雑音光抑止法着想に至る経緯とその基本原理

 磯部氏は大阪大学大学院の学生の時から,レーザ光を用いた生体観察用の顕微鏡作りをテーマにしていた.2007年に理研に入所,光量子工学研究領域のアト秒(10-18秒)科学研究チームという非線形光学分野の最先端研究を行っている部署にて,非線形光学顕微鏡の高性能化の研究に取り組むことになった.

 背景雑音に埋もれた微弱な信号を感度良く検出方法として,ロックインアンプを使って信号対雑音比を改善する方法が知られている.変調分光法は,このロックインアンプの手法を分光計測の分野に応用したものである.例えば,測定光の波長や偏光状態を周期的に変調して試料に入射させ,試料からの出射光の内,変調成分のみを同期検波することで信号光のみを高感度検出する方法である.磯部氏は非線形光学顕微鏡での背景雑音光の抑止に,変調分光の手法を取り入れてみようとアイデアを練り,非線形光学顕微鏡での2レーザ空間重なりに変調を掛ける新技術に到達した.氏はこれを“空間重なり変調非線形光学顕微鏡” 略称 SPOMNOM(SPatial Overlap Modulation Nonlinear Optical Microscopy)と命名した[3][4].

 図3は,磯部氏が考案した非線形光学顕微鏡での2レーザ空間重なり変調の原理を描いたものである.一般に2つの異なる波長のレーザ光パルスを用いた非線形光学顕微鏡では,対物レンズにより回折限界の微小スポットに集光した焦点位置で2つのレーザスポット位置が重なり,時間的にも2つの光パルスが重なって非線形光学信号光を発生させるが,焦点以外の領域でも2つのレーザビームは重なっているので非線形光学現象が起こってしまい,それによる背景雑音光に信号光が埋もれてしまう問題がある.従来の非線形光学顕微鏡では,2つのレーザビームの焦点位置が一致するように固定していたが,磯部氏は一方のレーザ光は固定し,他方のレーザ光の焦点位置を変調すれば,変調分光法が適用できることを思いついた.図3の左側では,青色のレーザ光パルス1の集光点は固定したまま,赤色のレーザ光パルス2の集光点位置を左右方向に周期的に振動させている(レーザ波長は近赤外域の波長であり,青色や赤色は波長が異なることを示している).集光点位置を水平方向に移動させるには,対物レンズへの入射方向を光軸から僅かに傾ければよい.すなわち,レーザ光パルス2のビームポインティング方向を光偏向器によって変調すればよい.2レーザパルス間での空間重なりを変調すると,焦点での非線形光学過程によって発生する信号光の強度が変調される.焦点位置から離れた空間では2レーザビームの重なり具合は殆ど変らないので,非線形光学過程で発生する背景雑音は変調されない.したがって,変調周波数に同期した信号のみを同期検波することで,背景雑音を抑止することができるはずである.

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図3 空間重なり変調の原理[3]

 

 あるいは図3の右側のように,レーザ光パルス2の集光点位置を光軸に沿って上下に振動させてもよい.集光点位置を上下に移動させるには,対物レンズに入射するレーザビームの波面の中心部を位相変調させればよい.ビームポインティング変調・波面変調のいずれも同様な効果が得られるが,電気光学偏向器を使用するビームポインティング変調で実験検証を行った.

2.2 SPOMNOMの動作原理と特徴

 変調分光法では,測定光を周波数fで変調した場合,信号光の周波数でfに同期した成分を同期検波することで雑音に埋もれた信号成分のみを増幅検出する.SPOMNOMでは,特に2f成分を同期検波することで焦点部での非線形光学信号を選択的に最も感度よく増幅できる.図4はその原理を示したもので,2つのレーザ光パルスの重なり具合と,非線形光学信号の発生強度との関係を説明している.図4左側の図で横軸は焦点位置rであり,青色のレーザ光パルス1は固定され,赤色のレーザ光パルス2を周波数f,振幅δで位置変調している様子が描かれている.時刻t=0で赤色のレーザ光パルス2のピーク強度位置が+δの時に2つのレーザ光パルスの重なりは最小であり,非線形光学による信号光強度も最小となる.信号光強度が最大になるのは2つのレーザ光パルスが空間的に丁度重なる,時刻t=1/4fの時である.時刻t=1/2fになると赤色のレーザ光パルス2のピーク強度位置は-δとなり,2つのレーザ光パルスの重なりは再び最小となるので,非線形光学信号も最小になる.赤色のレーザ光パルス位置を-δから+δまで戻す間にも,同様に時刻t=3/4fで2つのレーザ光パルスが丁度重なるので非線形光学信号は最大となる.図4の右側の図は,横軸に時間,縦軸に非線形光学信号の強度を計算で求めたものである.ピンク色で示したものがr=0,すなわち固定された青色レーザ光スポットの焦点位置での非線形光学信号であり,位置変調の1周期である1/fの時間で最大値が2回発生している.すなわち,SPOMNOMでは2fに同期した非線形光学信号を検出すればよいことが理解できる.

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図4 SPOMNOMでの非線形光学過程による変調信号[3]

 

 因みに図4の右側の図で,橙色と緑色のカーブは青色レーザ光パルスの裾野の位置,r=+/-δで観測した場合の非線形光学信号の発生強度であり,周期1/fで変調されている.したがって,変調周波数fで同期するのではなく,2fで同期検波することでレーザ光パルスの焦点中心位置での非線形光学信号のみを検出し,レーザ光パルスプロファイルの裾野部分からの非線形光学信号は抑止され,顕微鏡としての空間分解能が向上することになる.SPOMNOMでは,背景雑音光を抑止してより深部まで観察できるだけでなく,空間分解能が向上する効果も期待できるわけである.

2.3 SPOMNOMの実験光学系構成

 図5は,磯部氏が理研で構築したSPOMNOMの構成図である[5].2つの波長が異なるフェムト秒パルスレーザとして,チタンサファイヤのモード同期レーザ(TiS oscillator)と,それを光パラメトリック発振器(OPO:Optical Parametric Oscillator)を通して波長変換した光が用いられている.チタンサファイヤレーザの波長は例えば775nm,その波長がOPOによって波長変換されて1000nmとなり,いずれも近赤外域である.2つのレーザ光のパルス幅は100fs,パルス発振の繰返し周波数は76MHzである.2つのレーザ光パルスの光路中には,光学素子の分散でパルス幅が広がらないように分散補償用のプリズム対PC1とPC2(PC:Pre Chirper)を挿入している.チタンサファイヤレーザ光は,OPOからの波長変換レーザ光パルスと時間的に丁度重なるように,光路長可変の遅延ラインを経由させてからダイクロイックミラーDM1で合波される.DM1は波長775nmの光を反射し,波長1000nmの光を透過させるミラーである.OPOからのレーザ光ビームは,電気光学効果による光偏向器(EOD:Electro Optic Deflector)でビームの進む向きを周波数f(例えばf=200kHz)で変調してから,DM1でチタンサファイヤレーザビームと合波される.2つのレーザビームは空間的にほぼ重なった状態で,かつ時間的には2つのレーザパルスが丁度重なった状態で顕微鏡の対物レンズOB1(OB:OBjective lens)に導かれて,観察対象の試料上に集光される.集光スポットを試料上で2次元走査するために,ガルバノスキャナーミラーを2レーザ合波後の光路中に挿入している.3次元イメージング用には(図示されてはいないが),ステッピングモータで試料を光軸方向に移動させている.

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図5 SPOMNOMの実験光学系[5]

 

 非線形光学顕微鏡の検出光学系としては,2つの検出系が組込まれている.一つは2光子励起蛍光の検出系であり,試料からの蛍光を同じ対物レンズOB1を通して顕微鏡上部で観測する.近赤外の励起レーザ光をカットし,観測する可視域の蛍光のみを検出するために,短波長透過フィルタ(SPF:Short Pass Filter)や蛍光波長のみを通すバンドパスフィルタ(BPF:Band Pass Filter)を光電子増倍管(PMT:Photo Multiplier Tube)の前に設置している.もう一つの検出系は,和周波発生光を試料の下部に設置した別の対物レンズOB2を通して検出する系である.ダイクロイックミラーDM3は,和周波発生された可視光を反射し,近赤外域の励起レーザ光を通過させる.和周波光はPMT2で検出され,励起レーザの波長775nmと波長1000nmの光は夫々,PD1,PD2(PD:Photo Diode)で検出されてから,2光子吸収と誘導ラマン散乱が算出される.この実験光学系では,2光子励起蛍光だけでなく様々な非線形光学現象を利用した顕微鏡観察が同時に行えるようになっている.

 実験光学系の大きさは3m×1.5m程の光学定盤上に構築された.その3~4割の面積は,コヒーレント社製のチタンサファイヤレーザとOPOレーザ装置で占められている.顕微鏡の光学系は,磯部氏が大学院の学生時代から自ら組み立てた経験をベースに自作したとのこと.

 非線形光学信号は,光検出器からの変調信号をロックインアンプを用いて,2f=400kHzの成分を位相検波して復調している.ガルバノミラーによる2次元スキャンで,焦点面での非線形光学イメージング断層1枚の観測に要する時間は1~2秒かかる.さらにステッピングモータを用いて,光軸に沿って200nmピッチで3次元の断層イメージング全体を観測するには2~3時間を要している.

2.4 SPOMNOMによる深部超解像特性向上の確認

 SPOMNOMによって非線形光学顕微鏡での深さ方向の観察可能範囲の拡大と,空間分解能の向上が期待通りに得られるか,理研の実験室で確認された結果を以下に紹介する.

2.4.1 空間分解能の向上

(1)2光子励起蛍光(TPEF)過程を用いたSPOMNOMの場合

 図6は,2光子励起蛍光(TPEF)顕微鏡での空間分解能向上効果の実証例である[3].試料としては,直径100nmの蛍光ビーズをスライドガラス上に載せたものを用いている.従来の2光子励起蛍光顕微鏡として波長775nmのレーザ光でのみ励起した場合と,775nmと1000nmの2つの異なる波長の励起レーザ光で2光子励起蛍光を発生させてSPOMNOM変調で観測した場合を比較している.左側は2光子励起蛍光の光軸に沿ったx-z断層イメージング,右側は蛍光点像の強度分布を光軸に垂直なx方向(上)と,光軸に沿ったz方向(下)で測定したものである.2光子励起蛍光の半値幅がx方向で0.31µmから0.19µmへ狭まり,横方向空間分解能としては1.6倍向上している.横方向SPOMNOMの強度分布にはピーク強度の両脇に負の応答が見られる.これはロックイン検出時に周波数2fの成分において,位相がπシフトした成分が存在し,正の応答成分と打ち消しあうことで隣り合う2点をより分解できることが分かる.z方向では焦点深度長に対応して,半値幅は0.76µmから0.55µmへ狭まり,縦方向空間分解能は1.4倍向上している.

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図6 2光子励起蛍光(TPEF)でのSPOMNOMによる空間分解能向上[3]

 

(2)和周波発生(SFG)過程を用いたSPOMNOMの場合

 図7は,775nmと1000nmの2つの異なる波長のレーザ光パルスの和周波発生(SFG)顕微鏡での従来方式とSPOMNOM変調方式とを比較した結果である[3].試料としては,中心対称性のないグラニュー糖の粉末を用いている.和周波発生では,試料を蛍光色素で予め染色する必要はなく,生体組織を前処理なしにそのまま観察できる利点がある.左上がx-z断層イメージで,右上は焦点面での和周波発生強度分布(横軸はx方向)の従来方式(黒色)とSPOMNOM(赤色)との比較である.横方向の空間分解能は,SPOMNOMでは従来方式より1.8倍向上している.図7の下半分には,試料を水晶とした場合の和周波発生(SFG)や第2高調波発生(SHG)の光軸方向の信号強度分布を比較している.SFGの従来方式とSPOMNOMとを比較すると,半値幅は1.52µmから0.87µmへ狭まり,縦方向空間分解能が1.7倍向上している.

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図7 和周波発生(SFG)でのSPOMNOMによる空間分解能向上[3]

 

2.4.2 深さ方向の観察範囲拡大効果

 図8は,2光子励起蛍光(TPEF)顕微鏡での深部イメージングを,従来方式とSPOMNOM方式とで実観測で比較した結果である[6].試料としては直径2µmの蛍光ビーズを生体組織を模擬するものとして使用している.チタンサファイヤレーザの波長は830nm,OPOによる波長変換で波長1100nmのレーザ光を得て,2光子励起蛍光の顕微鏡観測をした.図8左側は2光子励起蛍光の深部イメージングで左3列が従来方式,右3列がSPOMNOMで観測した結果である.3列のイメージングは,左側の短冊が3次元的に表示したもの,真中の細長い短冊がx方向への最大値投影像,右側の正方形イメージは各深さ(上からz=114µm,207µm,291µm,352µm,381µm,415µm,426µm,473µm,507µm,531µm,564µm)での横方向2次元イメージング(x-y断層)である.従来方式では,深さ400µmで蛍光ビーズが背景雑音に埋もれてしまい殆ど何も見えなくなってしまっている.一方,SPOMNOM方式では,深さ600µmでも蛍光ビーズは何とか分解して見えている.

 図8の右側の2つの図は,左側の深部イメージング観測結果から2光子励起蛍光の信号と,集光点以外で発生している2光子励起蛍光(背景雑音)の強度を,試料の深さ方向(z軸)を横軸にしてプロットしたもので,上が従来方式,下がSPOMNOMでの観測結果である.試料に入射させる励起レーザ光は,2光子励起蛍光の信号が深さに依らずほぼ一定になるように,深く集光させるにしたがって励起光の強度を増加させている(青色の直線,目盛りは右側).上図の従来方式では,深く集光させるにしたがって背景雑音が増加し,深さ400µmでは背景雑音が信号強度と同程度になってしまっている.すなわち,蛍光ビーズは背景蛍光に埋もれて見分けができない.一方,下図のSPOMNOM方式では,背景雑音は期待通りに除去されて,深さ600µmにおいても未だ信号強度には達していない.したがって,SPOMNOMの採用によって,2光子励起蛍光顕微鏡での観測可能な深さが拡大されたことが実証された.

 

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図8 2光子励起蛍光顕微鏡でのSPOMNOMによる深部イメージング[6]

 

 図9は,図8の実測データから2光子励起蛍光の信号光強度 vs 背景光雑音強度比を求め,深さ方向(z軸)を横軸にしてプロットしたもので,赤色がSPOMNOM,黒色が従来方式である.信号対雑音比が深さとともに減少していくが,その減少率はSPOMNOMの方が従来方式より2倍緩やかである.したがって,SPOMNOMによって2光子励起蛍光の非線形光学顕微鏡での観測可能深さは2倍拡大されたことになる.SPOMNOMによる2光子励起蛍光顕微鏡の観測深さ拡大と空間分解能の超解像化は,和周波発生・第2高調波発生ほかの全ての非線形光学顕微鏡に共通して期待できる優れた方式と言える.

 

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図9 SPOMNOMによる信号 vs 背景雑音比の向上効果[6]

3.SPOMNOMの生体組織観察への応用

 生物・医学分野では遺伝子やたんぱく質といった分子レベルでの生命活動の理解,細胞内組織の生命機能の解明が進められているが,非線形光学顕微鏡を使うことで生きたままの生体組織をできるだけ分解能高く,かつ深部まで観察できることが求められている.SPOMNOM方式の非線形光学顕微鏡で,実際の生体組織を観察した例を以下に紹介する.

 図10は,ホルマリン固定したマウスの脳組織を2光子励起蛍光顕微鏡で観察したもので,脳組織には黄色蛍光たんぱく質(YFP:Yellow Fluorescent Protein)が組込まれて蛍光を発している[3].左側が従来方式,右側がSPOMNOM方式での観察である.3つの短冊状イメージングは,左から右へ3次元構成(xy-z),y方向への最大値投影像,x方向への最大値投影像である.蛍光イメージングの上端が脳組織の表面で,下に行くほど表面から深く観察している.2つのレーザ光パルスの波長は800nmと1100nmで,x-y面での2次元スキャンは15µm×30µmの範囲で行い,32pixel×64pixelでイメージ作成している.深さ方向(z軸)はレーザ光強度を変えて1ステップ1µmずつ移動しながら2次元スキャンを繰り返し,295ステップ(295µm)移動させている.

 図10の蛍光イメージング中で縦に細長く光っているのは,脳の神経細胞(ニューロン)から伸びた樹状突起で,神経細胞同士を連結する軸索(シナプス)の切断面も点状に観察されている.脳内のこうした神経組織の形状や連結状態を詳しく観察することで,脳機能の解明につながると考えられている.従来法の蛍光イメージングでは深部になると背景雑音に埋もれて微細な構造は見分けられなくなってしまうが,SPOMNOMの採用により深部まで神経細胞組織の細部までクリアに観察できている.従来法では深い場所での組織観察ができない場合には,組織を切断して深部を別試料にして観察しなければならなかったが,SPOMNOMではより深いところまで観察できるので,切断することなく2倍の深さまで観察できる.

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図10 マウス脳組織の2光子励起蛍光顕微鏡観察[3]

4.今後の展開

 非線形光学顕微鏡にSPOMNOMを適用することで背景雑音を抑止して観察可能な深さ範囲を2倍化し,かつ空間分解能も1.4~1.8倍向上することが実験で証明された.磯部氏としては,この技術を実際に全国の生物・医学関係の研究者ユーザに使ってもらえるように,本技術を製品レベルに発展させる計画を練っている.既に,本技術の基本特許となる特許出願はされている[7][8].従来方式の非線形光学顕微鏡を製品出荷している日本の光学メーカからも問い合わせが来ており,共同開発に発展する可能性がある.光学顕微鏡の基本原理は非線形光学顕微鏡も含め全て欧米で発明されたものであり,SPOMNOM方式が製品化されれば日本発の顕微鏡となる.

 製品化する上で乗り越えなければいけない技術的課題は,大きく2つある.第1の課題は観測にかかる測定時間を短縮することで,そのためには空間重なり変調の変調周波数を上げる必要がある.現時点では電気光学偏向器(EOD)を用いてf=200kHzで変調しているが,もっと高速のf=10MHzでレーザビームを偏向させることを計画している.断層イメージング1枚を1秒以下で観測できることを,当面の目標としている.

 第2の課題としてはさらに,SPOMNOMとは別の背景雑音抑止技術を採用することで,数百µmの深さでも100nm以下の空間分解能で観察できるように,一層の性能向上を目指している.生体組織中の細胞1つ1つの個性を非線形光学顕微鏡で観察できるようになれば,遺伝子発現のタイミングや発現たんぱく質の種類や量がわかり,神経回路形成の制御機構が解明されるなど,生命科学の進展に大きく貢献できるものと期待される.広視野の多光子励起顕微鏡での背景光抑止技術の一つとしてとして,時空間集光法が報告されている[9].この方法では,波長スペクトルを持った白色の励起レーザ光パルスを回折格子によって分光し,空間的に波長成分が分離された状態で対物レンズに入射させる.すると,対物レンズの集光点では各波長成分が重なり波長スペクトル帯域幅が広がるのでレーザ光パルスの時間幅は最短となり,ピーク光強度は最大となる(図11).したがって,焦点以外での多光子励起による背景雑音の発生を抑止できる.しかも,焦点面で1mm直径の広視野に照明することで,2次元的走査をすることなく1ショット照明でイメージングできる利点がある.磯部氏は,この時空間集光法を応用して2つの励起レーザ光ビームによる干渉(y方向)を組合せる「干渉時空間集光顕微鏡」(図11の下図)を新開発することで,深さ数百µmでの100nm分解能を達成すべく挑戦している[10].

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図11 干渉時空間集光顕微鏡の原理[10]

 

 磯部氏の別の挑戦は,SPOMNOM非線形光学顕微鏡をバイオ関係だけでなく材料開発にも応用することも考えている.例えば,プラスチックレンズ中の僅かな脈理を検査することへの応用である.材料表面から奥深いところまで,標識を付加する必要もなく観察出る優位性が発揮できる応用分野として期待される.

5.おわりに

 生体組織をより深くより鮮明に観察できるSPOMNOM非線形光学顕微鏡が開発された.観察可能な深さ範囲が2倍に広がり,同時に空間分解能も1.4~1.8倍向上する.現時点では理化学研究所の実験室内での原理確認,生体試料観察への応用を確認したレベルである.本技術をベースにして今後さらに製品化に向けた性能向上技術を開発することで,生体組織内の1細胞単位で生体分子群が担う分子情報を解析できる日も訪れよう.SPOMNOMが日本発の光学顕微鏡技術として,生物・医学分野の進展に多大な貢献ができることを期待したい.

参考文献

[1] "第13回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2014)開催報告",NanotechJapan Bulletin, Vol.7, No.2.: https://www.nanonet.go.jp/ntjb_pdf/v7n2_nanotech2014.pdf
[2] Patrick Theer, Mazahir T. Hasan, and Winfried Denk, "Two-photon imaging to a depth of 1000 µm in living brains by use of a Ti:Al2O3 regenerative amplifier", Optics Letters, Vol.28, No.12, pp. 1022 -1024 (2003)
[3] Keisuke Isobe, Hiroyuki Kawano, Takanori Takeda, Akira Suda, Akiko Kumagai, Hideaki Mizuno, Atsushi Miyawaki, and Katsumi Midorikawa, "Background-free deep imaging by spatial overlap modulation nonlinear optical microscopy", Biomedical Optics Express, Vol.3, No.7, pp. 1594-1608 (2012)
[4] 理化学研究所 報道発表資料(2012.5.29),"生体試料の深部観察を可能にする光学顕微鏡の新手法「SPOMNOM」を開発": http://www.riken.jp/pr/press/2012/20120529_2/
[5] Keisuke Isobe, Hiroyuki Kawano, Akira Suda, Akiko Kumagai, Atsushi Miyawaki, and Katsumi Midorikawa, "Simultaneous imaging of two-photon absorption and stimulated Raman scattering by spatial overlap modulation nonlinear optical microscopy", Biomedical Optics Express, Vol.4, No.9, pp. 1548-1558 (2013)
[6] Keisuke Isobe, Hiroyuki Kawano, Akiko Kumagai, Atsushi Miyawaki, and Katsumi Midorikawa, "Implementation of spatial overlap modulation nonlinear optical microscopy using an electro-optic deflector", Biomedical Optics Express, Vol.4, No.10, pp. 1937-1945 (2013)
[7] 特許公開PCT/JP2012/052377 : "非線形光学顕微鏡および非線形光学顕微鏡法"
[8] 理化学研究所 知的財産情報 No.23367, "生体試料の深部イメージングを可能にする新しい光学顕微鏡"(2013.11.25): http://www.riken.jp/outreach/ip/23367/
[9] Dan Oron, Eran Tal, and Yaron Silberberg, "Scanningless depth-resolved microscopy", Optics Express, Vol.13, No. 5, pp. 1468-1476 (2005)
[10] Keisuke Isobe, Takanori Takeda, Kyohei Mochizuki, Qiyuan Song, Akira Suda, Fumihiko Kannari, Hiroyuki Kawano, Akiko Kumagai, Atsushi Miyawaki, and Katsumi Midorikawa, "Enhancement of lateral resolution and optical sectioning capability of two-photon fluorescence microscopy by combining temporal-focusing with structured illumination", Biomedical Optics Express, Vol.4, No. 11, pp. 2396-2410 (2013)

※本文中の図は,全て理化学研究所より提供されたものである.

(尾島 正啓)

 

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