NanotechJapan Bulletin

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<第26回>
規則性ナノ多孔体精密分離膜部材基盤技術の開発 ~持続可能な省エネルギー化学産業を目指して~
早稲田大学 理工学術院 先進理工学研究科 教授 松方 正彦氏に聞く

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はじめに

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 世界で最も高度な省エネ技術を持つ日本の製造業だが,温暖化ガスの排出削減の目標を達成するため,さらなる努力が求められている.

 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は,「グリーンサステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発/規則性ナノ多孔体精密分離膜部材基盤技術の開発」プロジェクト(2009~2013年)を実施し[1],多量の熱を必要とする蒸留による分離プロセスを,ほとんど熱を必要としない膜分離プロセスに置き換える技術開発を推進し,その成果「蒸留工程の50%以上の省エネ化が可能な無機分離膜技術」を2014年の国際ナノテクノロジー展・総合技術会議のnano tech 2014に出展し,nano tech大賞2014 プロジェクト賞を受賞した.受賞理由は「世界に先駆けて無機材料膜を用いたアルコールや酢酸の脱水技術を開発.従来の有機材料より優れた耐熱性と耐酸性を生かして実用化を目指している点を賞す.」である.

 プロジェクトリーダとして6大学,5社,1財団法人計12機関から成る上記プロジェクトを纏め,かつ自らゼオライト分離膜製造技術及び評価技術開発に携わり,水/イソプロピルアルコール,水/酢酸混合物からの水分離にブレークスルーもたらした早稲田大学 理工学術院 先進理工学研究科 応用化学専攻 教授 松方 正彦(まつかた まさひこ)氏を東京・新宿の西早稲田キャンパスに訪ね,研究開発内容,実環境下試験の結果とその意味することや今後の展開についてお伺いした.

 

 

1.化学産業,特に蒸留プロセスでのエネルギー消費量と膜分離への期待

 東日本大震災後,日本のエネルギー供給における化石燃料依存度が増し,炭酸ガス(CO2)などの温室効果ガスの排出増加が懸念されている.エネルギー消費の増加はCO2の排出量増加に繋がるので,図1には,日本におけるエネルギー消費量をCO2排出量で示した.産業部門全体で全排出量の50%を占めるが(残り50%は輸送と民生),その内の20%を化学産業部門が排出しており,さらにその内の40%を蒸留工程で排出している.①生成物の分離・精製を目的とする蒸留プロセスで何故このように多くのエネルギーを消費するのか,そして②何故膜分離に向かうのか,さらに③分離膜として望ましいものは何かについて伺った.

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図1 日本の業種別CO2排出量 (提供:松方氏)

1.1 蒸発の潜熱を必要とする蒸留

 具体的にイソプロピルアルコール(C3H7OH,以下IPA)と水の混合物から水を取り除きIPAを精製する場合について考えてみる.IPAは酸触媒を用いるプロピレン(C3H6)の水和によって製造されている.

C3H6 + H2O → C3H7OH  (1)

この反応は強く平衡に制約されることから,反応率を高めるため,水大過剰の条件下で行われ,反応器出口からは生成物のIPAと水の混合物が得られる.IPAと水はまず通常の蒸留塔で分離されるが,水濃度が約13重量%に減少するまで濃縮したところで共沸混合物*1)になる.そこで,現在のプロセスでは蒸留塔後段に設置した共沸蒸留塔*2)によって更なる脱水精製が行われている.結果的に,両塔において大量の水の蒸発潜熱が必要とされるためIPAの水分離・精製に大きなエネルギーが使われる(勿論IPAの蒸発潜熱も使われている).

*1)共沸混合物:共沸とは液体の混合物が沸騰する際に液相と気相が同じ組成になる現象で,このような混合物を共沸混合物という.共沸が生じると蒸留による混合物の分離は出来なくなる.

*2)共沸蒸留塔:通常の蒸留でまず共沸混合物まで濃縮し,それ以上に脱水が必要な場合,共沸混合物にエントレーナー(共沸ブレーカー)等の第三成分を加えて蒸留する塔.

1.2 膜分離プロセス: 蒸発・凝縮を必要としない省エネ分離プロセス

 これに対し膜分離プロセスは,細孔を有する膜に混合溶液を透過させ,細孔の通り易さで成分を分離する.透過のための加圧は必要だが,図2に示すメカニズムのようにほとんど熱エネルギーを必要としない.IPAの場合上記の共沸蒸留プロセスだけで全蒸留プロセスの30%のエネルギーが使われている.共沸蒸留塔を廃して代わりに膜分離プロセスを設け,一段目の蒸留塔から得られる共沸混合物蒸気を直接脱水できればほぼ30%の大きな省エネができることになる.

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図2 膜分離のメカニズム (提供:松方氏)

 

 この考え方は,酢酸/水混合物の場合にも適応できる.水と酢酸のkinetic diameter(化学反応時の分子径)はそれぞれ約0.28nmと0.43nmであるので,酢酸を通さず水のみを通す例えば0.35nm程度の規則性ナノ多孔膜があれば脱水し酢酸を分離精製することができる.酢酸/水混合物の分離・精製を蒸留に換えて膜分離のみで行うことができれば,図3に示すように85%の省エネが見込めることになる[2].

 

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図3 水/酢酸の分離・精製プラントにナノ多孔質分離膜システムを導入した場合に予想される省エネルギー効果
(出典:参考文献[2])

 

 表1に蒸留と膜分離の長所,短所を比較して示す.膜分離は大きな省エネが期待できるプロセスであるが,現在①緻密な大面積膜を製造できない,②分離性能が低いなどの課題を持っている.これを克服するのが,このプロジェクトの使命の一つである.

 

表1 蒸留と膜分離の長所,短所の比較 (出典:参考文献[1])
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1.3 望ましい分離膜は何か - 多孔体無機分離膜:ゼオライト

 表2に各種分離膜の材質による特徴を比較して示す.これまで化学合成プロセスでの使用を目的に開発が進められてきた有機高分子分離膜はコスト面では有利であるが,耐熱性・耐化学薬品性・機械的強度などの点で限界がある.一方,パラジウム系緻密膜に代表される金属分離膜も,優れた水素分離性能が知られているが,使用温度領域の制限・水素脆化や硫黄被毒による特性劣化,さらに希少金属であるが故の高コストが課題となっている.

表2 各種分離膜の材質による特徴の比較 (出典:参考文献[1][2])
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 これ等に対して松方氏が長年手掛けてきたゼオライトを用いるナノ多孔質セラミックス分離膜は,室温から500℃以上の高温に至る種々の化学反応プロセス条件下において優れた耐熱性と化学的安定性を示し,さらに膜を支持する基材に機械的性質に優れるものを選定できることから,革新的な分離プロセスの実現に向けた部材として有望である.このことから,本プロジェクトではゼオライト膜を採用した.

 ゼオライトは粘土鉱物の一種である[3].規則的なチャンネル(管状細孔)とキャビティ(空洞)を有する剛直な陰イオン性の骨格からなるアルカリまたはアルカリ土類金属を含む含水アルミノケイ酸塩である.一般に

(MI, MII1/2)m(AlmSinO2(m+n))・xH2O, (n≥m)
MI: Li+, Na+, K+, ---,  MII: Ca2+, Mg2+, Ba2+, ---

の組成で示され,陽イオンがアルミノケイ酸塩の骨格負電荷を補償している.構造の基本的な単位はSiO4あるいはAlO4の四面体構造であり,これらが3次元方向に無限に連なり,結晶を形成している.この結晶は多孔質で,細孔の直径が通常0.2~1.0nm程度であるため,その細孔径よりも大きな分子は進入することはできないという分子ふるい作用(molecular sieve)を有している.

 表3に本プロジェクトで取り上げるゼオライトを示す.表の細孔構造の行は,LTAなら,チャンネルが結晶方位<100>の8員環で,4.1Åの3次元チャネルであることを示している.

 

表3 本プロジェクトで取り上げるゼオライト (出典:参考文献[3][4]をもとに作成)
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1.4 ゼオライト膜を用いた膜分離技術開発の動向

 ゼオライト分離膜の研究開発をしているのは,中国が少しやっている程度で,企業を巻き込んで開発を行っているのは日本くらいである.また,ゼオライト膜を供給できる国はドイツとシンガポールの各1社程度に止まる.

 1998年に三井造船が商用化に世界で初めて成功して以来,日本では活発にゼオライト分離膜の研究開発・プロセス開発が進められている.2002年には三井物産(株)がゼオライトの分離膜を採り上げXNRI(NRI: nanotech research institute 物産ナノテク研究所)というナノテクベンチャーを設立し,膜分離による溶剤脱水技術を手掛け,これに,その後各社で技術の核となるメンバーが参加していた.5年間でこのベンチャーは解散(三菱化学に事業譲渡)したが,XNRIでゼオライト膜の研究開発に携わっていた人たちは,その後三菱化学,日立造船などでゼオライト膜の研究開発を立ち上げ、発展させてきた.2013年現在では,三井造船[5]と日立造船[6]の2社がA型ゼオライト膜による脱水プロセスを商用化しており,多くの日本の会社でCO2などガス分離等の新しい用途開発に向けて,膜の研究開発が行われている[7].

 このように,ゼオライト分離膜の研究開発はわが国が先導的に行ってきたが,さらに用いる材料そのものを基本から見直し,新たな展開を見いだそうとするのが松方氏の主導する本プロジェクトである.

2.省エネ化学産業を目指すナノ多孔体分離膜プロジェクトの概要[1]

 以上の背景の下に,NEDOプロジェクトが始まった.具体的な開発目標に,水/IPA混合物と水/酢酸混合物の脱水・精製を掲げている.最終目標値は,
 ①IPA脱水用:150℃以下で水透過度が2×10-7mol m-2 s-1 Pa-1,分離係数200以上
 ②酢酸脱水用:250℃以下で水透過度が2×10-7mol m-2 s-1 Pa-1,分離係数100以上
である.図4に示すようにIPAの生産量は小さいが,半導体工業の洗浄工程に欠くことのできない薬品であり,分離技術的には含水量20w%以上での耐水性が強く要求される.酢酸は合成樹脂などの原材料として脱水需要が300万トン/年もあり,耐水性,耐酸性,耐熱性が求められる.この目標を達成するための開発項目の全体像を図5に,またプロジェクト体制を図6に示す.

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図4 IPAおよび酢酸の生産量と脱水技術の難易度 (提供:松方氏)


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図5 研究開発項目 (提供:松方氏)

分離膜を開発,製膜して短尺試料で評価する一方,管状支持体を開発し,これに膜を張って膜エレメントとする.膜を格納・シールして膜モジュールにし,次いでシステムに組込んで実環境下試験を行う.



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図6 プロジェクト実施体制 (提供:松方氏)

 

 研究開発項目は以下のとおりである.
  1)膜エレメントの開発と膜評価技術の開発(図6の研究開発項目③-2-1)
  2)管状支持体の開発(図6の研究開発項目③-2-2)
  3)膜モジュールの開発(図6の研究開発項目③-2-3)
  4)実環境評価技術の開発(図6の研究開発項目③-2-4)

 本プロジェクトでは,IPAと水の分離の前段は蒸留塔で行うが,蒸留塔から出る時の温度は90℃程度である.これに対応するには,支持体,膜,プラントエンジニアリング,ユーザなどが揃わないとできない.それ故,無機分離膜の開発は産学共同でないと進まないし基礎研究もできない.そこで図6に示す6大学・6社が参加し,多項目の開発を同時並行で進めるプロジェクトとして展開した.プロジェクトリーダとして松方氏は,2009年度~2013年度の5年間,月1回のミーティングを休むことなく開き,共通の目的意識の下にそれぞれの研究開発が揃って進むように心がけたことを強調された.以下,水/IPA脱水膜および水/酢酸脱水膜開発の詳細を説明する.

3.IPA脱水膜の開発と実証評価

3.1 ゼオライトの選択:耐水性向上を目指して

 脱水膜として実用化されているA型ゼオライト膜(表3のLTA)は透過流束,分離性能ともに優れるが,高温高濃度水蒸気下では不安定である.それ故,A型ゼオライト膜を用いた工業プロセスは供給水濃度が比較的低い条件で稼働している.しかし,IPA‐水系の共沸蒸留を膜分離に置き換えるには,20wt%以上(物質量換算で50%以上)の水を含む高含水条件での蒸気透過分離を行うことが必要で,耐熱性および耐水蒸気安定性の高い膜の開発が必須である.そこで,強い耐水性と耐水蒸気性が期待できるY型ゼオライト(表3のFAU)を取り上げA型ゼオライトと比較することにした.

3.2 Y型ゼオライト膜の合成

 Y型ゼオライト膜は以下の手順で合成した(図7参照).
①種結晶スラリーを作製(種結晶にはY型ゼオライト粉末を使用.種結晶粒子のゼータ電位を制御することによって,種結晶の基材への担持状態の最適化を行っている[8]).
②上記スラリーを用いてα-Al2O3管支持体上にディップコーティングを行い,種結晶を担持.
③Y型ゼオライトのゲルを作製し,このゲル中に上記種結晶を担持した支持体(管内面にゲルが侵入しないようシールしてある)を浸漬し,100℃のオーブン中で製膜.

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図7 製膜手順 (提供:松方氏)

3.3 Y型ゼオライト膜の耐水性

 作製したゼオライト膜をオートクレーブ内で水/IPA混合溶液(H2O/IPA=50/50wt%)および混合蒸気(H2O/IPA=40/60mol%)中にさらし,130℃にて42h静置,静置後のサンプルをXRD(X線回折)およびFE-SEM(電界放射型走査電子顕微鏡)で観察した.A型膜は,試験前後のXRDパターンにおいて特に(222)面の回折線強度が低下している.またA型膜は,FE-SEM画像から,液相条件,気相条件ともに表面が溶解したり,結晶が崩壊している.一方,Y型膜は液相条件,気相条件ともにXRDパターンからは特に回折線強度に大きな変化は見られず,試験後でも結晶構造を保っていると考えられる.また,FE-SEMでも変化が見られなかった(図8).

 以上より,Y型膜はA型膜よりも耐水蒸気性が高く,高含水条件での蒸気透過分離に耐えうる膜であり,水/IPA脱水膜として使用できることが分かった.

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図8 耐水性試験前後のA型,Y型ゼオライト膜のFE-SEM像 (提供:松方氏)

3.4 Y型ゼオライト膜の水透過度および分離係数

 IPA/水混合物の蒸気透過試験装置を図9に示す.

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図9 IPA/水混合物の蒸気透過試験装置 (出典:参考文献[1])

 所定の濃度に調製した水/IPAの原料混合溶液をケミカルポンプにて気化器(Pre-heater)に供給,完全に気化させた後,モジュール内(図ではMembrane)に導入し蒸気透過試験を行った.スイープガス(sweep gas,掃引ガス)として膜の透過側にHeガスを300ml(STP)min-1で流し(STP:1気圧,0℃の標準状態),透過成分をガスクロマトグラフィー(GC)にて定性,定量を行った.どの試験も水,IPAそれぞれの透過量の経時変化をとり,透過度(Permeance)および分離係数(Separation Factor)を求めた.

 水透過度は約8×10-7mol m-2 s-1 Pa-1,IPAの透過度は低く,分離係数は700であり,最終目標200を達成した.

3.5 実環境実証試験:50%以上の省エネと連続運転200時間超を達成

 各社のテストピースで得られた成果は10~16mmΦ×1,000mmの管に展開され(図10),モジュール化された.これを用いて実環境評価システムを構築し,JX日鉱日石エネルギー株式会社川崎製造所に設置した装置で性能評価を行った.透過試験に用いたIPA/水混合物は,蒸留塔の登頂から得られる共沸混合物であり,これを膜分離で水を取り除くことを目的に,連続運転200時間超が達成された(図11)[9].

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図10 実環境試験に用いたゼオライト管状膜エレメント (出典:参考文献[1])


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図11 実環境実証試験装置構成と装置外観 (提供:松方氏)

 

 また,分離膜導入による省エネ効果を,蒸留と膜分離とを組み合わせたハイブリッドプロセスを想定してプロセスシミュレーションをした.既設蒸留塔への単純な膜分離の組合せで42%,蒸留塔を常圧ストリッパーとしこれと膜分離を組み合わせると65%,自己熱再生型蒸留システムと膜分離を組み合わせるとおよそ80%もの省エネが可能であることが示された[10].

 以上,IPA脱水膜についての結果をまとめると,以下のようになる:
 (1)耐水性に優れた無機分離膜の開発および長尺化(1m)に成功
 (2)無機分離膜と蒸留工程の組み合わせで,50%以上の省エネルギー化が可能
 (3)世界初の実環境下試験で連続運転200時間超を達成

4.酢酸脱水膜の開発:高分離係数を目指して

4.1 ゼオライトの選択:MORゼオライト

 水/酢酸混合物の分離を蒸留によって行う場合には,水と酢酸の比揮発度が小さく,還流比を大きく取る必要があり,蒸留で消費するエネルギーは大きくなる.酢酸水溶液の脱水用分離膜には適度な親水性と強い耐酸性が求められると考え,中間的なSi/Al比約5.5をもつモルデナイト(MOR)を膜材として選択した.他に,Y型ゼオライト膜(Si/Al比≒2.3),ZSM-5型ゼオライト膜(Si/Al比≒12)を検討に加えた(表3参照).

4.2 MORゼオライト膜の合成

 MOR膜の合成も,Y型ゼオライト膜と同様の方法により行った.
①種結晶スラリーを作製(種結晶:MOR粉末,Si/Al比5.1).
②上記スラリーを用いてα-Al2O3管支持体上にディップコーティングを行い,種結晶を担持.
③MOR型ゼオライトのゲルを作製し,このゲル中に上記種結晶を担持した支持体を浸漬し,オートクレーブ内で180℃で水熱合成し,製膜.

 合成したMORゼオライトの表面及び断面のFE-SEM像を図12,図13に示す.図12は合成溶液の組成10Na2O:36SiO2:0.15Al2O3:zH2Oにおいて,z=960としたものであり,図13はz=460としたものである.MORゼオライトの結晶の形は六角柱である.六角形の面の部分がc軸方向であり12員環を有しており,六角柱の側面部分がa,b軸方向でありb軸方向に8員環を有している(表3参照).z=460で合成した膜は表面に六角形の面が確認され,c軸の配向性が強い.一方,z=960で合成した膜の表面は,結晶同士が密にintergrowthしている様子が確認され,結晶はランダムに配向している.XRDパターンからもz=460の膜は(111)面と(002)面の回折線が強く確認され,一方,z=960の膜では,(002)面の回折線はほとんど確認されない.この結果から,z=460の膜はc軸への配向性が強く,z=960の膜はランダムに配向していると言える.なお,両者の膜厚は約2µmとほとんど同じであった.また,MOR型ゼオライト膜のSi/Al比はいずれも種結晶とほぼ等しく約5であった.

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図12 MORゼオライト膜の表面及び断面のFE-SEM像 (出典:参考文献[1])
10Na2O:36SiO2:0.15Al2O3:zH2Oにおいて,z=960. (a)表面,(b)断面


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図13 MORゼオライトの表面及び断面のFE-SEM像 (出典:参考文献[1])
10Na2O:36SiO2:0.15Al2O3:zH2Oにおいて,z=460. (a)表面,(b)断面

4.3 MOR膜の水/酢酸蒸気透過分離能:400,000を実現

 図9の装置を用いて前述のMOR膜(2種)とY膜,ZSM-5膜の計4種について水/酢酸蒸気透過分離試験を行った.図14に各ゼオライト膜の水のみの場合の水蒸気透過度(時間軸0分の値)とその後水/酢酸蒸気にした場合の水蒸気透過度の経時変化を,表4にそれぞれの膜の透過試験結果を纏めて示した.

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図14 各種ゼオライト膜の酢酸添加後の水蒸気透過能経時変化 (出典:参考文献[1])


表4 各種ゼオライト膜の水,酢酸透過能および分離係数 ([1][3]をもとに編集)
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 Y型ゼオライト膜は,水単成分の透過度(大きければ大きいほど良い)は5.9×10-7mol m-2 s-1 Pa-1で他のゼオライト膜に比べて大きい.これは,表から分かるようにY型ゼオライトが他のゼオライトよりも大きい孔径(0.74×0.74nm)の12員環細孔を有していることと,Si/Al比が2.3と小さいことによって高い親水性を有していることにより生じたと考えられる.

 しかし,酢酸供給開始直後から水の透過度は7.5×10-8mol m-2 s-1 Pa-1へと大きく減少した.また酢酸の透過度(小さければ小さいほど良い)も1.9×10-8mol m-2 s-1 Pa-1と大きく分離係数(大きければ大きいほど良い)は5.6と小さい.さらに,酢酸共存下において膜構造の破壊が見られた.このことからY型ゼオライトについては耐酸性がないと判断される.

 ZSM-5型ゼオライト膜では酢酸供給前の水単成分の透過度は2.4×10-7mol m-2 s-1 Pa-1と高い透過度を示した.しかし,Y型ゼオライト膜と同様に酢酸供給開始直後から水の透過度は4.7×10-9mol m-2 s-1 Pa-1まで大きく減少した.また,酢酸の透過度も5.5×10-10mol m-2 s-1 Pa-1と大きく分離係数は8.6と小さい.水の透過が大きく阻害された原因は,酢酸分子のkinetic diameter 0.43nmとZSM-5型ゼオライトの細孔径0.51×0.55nm,0.53×0.56nmが近いため細孔内に侵入した酢酸分子によって水分子の細孔内への吸着と拡散が大きく阻害されたと考えられる.一方,Y型ゼオライト膜と異なり酢酸共存下においてもZSM-5膜では構造の破壊は見られなかった.これは,ZSM-5型ゼオライト膜がY型ゼオライトに比べてSi/Al比が12と大きいため構造の安定性も大きいと考えられる.

 MOR型ゼオライトは,異方性を有する結晶である.b軸方向に8員環,c軸方向に12員環と8員環を有する(表3参照).まず,表面がc軸に配向したMOR型ゼオライト膜では,水単成分の透過度はZSM-5型ゼオライトとほぼ同程度の1.5×10-7mol m-2 s-1 Pa-1である.酢酸供給開始直後からは,12員環を有するY型ゼオライトと同様に水の透過度は2.8×10-8mol m-2 s-1 Pa-1まで大きく減少した.しかし,酢酸の透過度はY型ゼオライト膜1.9×10-8mol m-2 s-1 Pa-1よりも小さい値3.4×10-10mol m-2 s-1 Pa-1を示した.そのため分離係数は84と比較的大きな値を示した.

 表面に配向性の見られないMOR型ゼオライト膜について,水単成分の透過度は,ZSM-5型ゼオライト膜や表面がc軸に配向したMOR型ゼオライト膜と同程度の値2.0×10-7mol m-2 s-1 Pa-1を示した.しかし,酢酸供給開始後も水の透過度は他のゼオライト膜に比べてほとんど減少せず高い水透過度1.2×10-7mol m-2 s-1 Pa-1を維持した.さらに酢酸の透過度も他のゼオライトと比べて9.0×10-11mol m-2 s-1 Pa-1小さかった.そのため,分離係数は1,300と圧倒的に大きな値を示した.このような結果が得られた要因としてはMOR型ゼオライトの有する8員環が関係していると考えられる.表面に配向性のない膜は,MOR結晶のc軸方向に特有の六角柱が見られない.つまり,細孔内に分子が侵入するためにはこのb軸方向の8員環の細孔を透過しなければならないと考えられる.MOR型ゼオライトのもつ8員環細孔はゆがんだ形状(0.26×0.57nm)をしており,kinetic diameter 0.43nmの酢酸分子が8員環の細孔内に侵入するのは困難と推察される.そのため,酢酸供給開始後も,膜表面でこそ酢酸と水の競争吸着による水分子の吸着阻害は起こるものの,酢酸は膜内に侵入できず細孔内の水分子の拡散に対する影響は小さかったと考えられる(図15).また,MOR型ゼオライトも酢酸共存下においても膜構造の破壊は観測されなかった.

 

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図15 MOR型ゼオライト膜の高い選択性発現のメカニズム (提供:松方氏)

 

 このように予想以上の大きな分離係数が得られたので,MOR膜の製膜条件を詳細に検討し最適化した.再現性よく,水透過度は7.6-9.4×10-8mol m-2 s-1 Pa-1,酢酸の透過度が定量限界以下で,分離係数はいずれも400,000以上となり,著しく高い透過分離性能を示し,目標を十分に達成することができている.

4.4 期待できる省エネ効果

 IPAの場合と同様“通常の蒸留塔と膜分離とをハイブリッド化したプロセス”と,“高濃度酢酸水の脱水に対する競合プロセスとしてエントレーナーに酢酸ブチルを用いた共沸蒸留分離プロセス”,および“低濃度酢酸水の脱水に対する競合プロセスとして酢酸エチルによる抽出+蒸留分離プロセス”についてシミュレーションを行った結果,蒸留塔と膜分離とをハイブリッド化することにより総投入熱量は,最大で1/3まで減ずることができる可能性があることが分かった.また,図3に示すように膜分離プロセスのみにすることができれば,85%の上エネが見込まれる.

5.今後の展開

 松方氏は,このプロジェクトの最終目的は,石油化学に無機分離膜技術を導入し大幅な省エネを実現することであると前置きし,次のように今後の展開について述べられた.

 第一に,本プロジェクトで築いた技術のブラッシュアップを行い,ゼオライト膜分離によるIPA脱水および酢酸脱水の実用化を進め省エネに貢献したい.
 第二に,酢酸利用プロセス以外にも石油化学では多くの脱水プロセスがあり,これらにこの技術を水平展開していきたい.
 第三に,石油化学最上流のクラッカー周りの基礎化学品製造(C2-C8炭化水素分離精製),石油精製における炭化水素等各種分離に適応していきたいと考えている.
 さらに第四に,天然ガス獲得のためのCO2/CH4分離などに展開できると考え[11],鋭意研究を展開して行く.
 第三,第四のほとんどは,混合ガスの分離である.常温で気体の混合物は,蒸留塔にかけるのには液化しなければならないので,大きな冷熱を消費する.このため,膜によって常温付近でガスのまま分離できれば,大規模な省エネが可能となる.

 これからも持続可能な省エネルギー化学産業を目指して,実社会に貢献できる具体的目標を掲げて,研究開発していくことを強調された.

6.終わりに

 松方氏が分離膜に出会ったのは早稲田大学修士一年の時である(1985年).指導教員の菊地英一先生が「多孔質ガラス上にPd薄膜を形成出来たら,水蒸気改質でH2を造る反応系から水素の引き抜きができ反応を促進できる.Pdの薄膜化をやろう.」といわれたことが始まりで,世界初のPdの薄膜化の研究に着手したことを近くで見ていた.大阪大学に助手として嘱任された際に材料をゼオライトに移して,以来一貫して分離膜と触媒の研究に携わってこられた(例:[12][13][14][15]).

 この経歴を背景にして,産業で実際に使える水/IPA混合物および水/酢酸混合物からの分離膜による脱水・精製という具体的目標を掲げ,この度のプロジェクトを立ち上げた.①管状セラミック支持体,②ゼオライト膜エレメント,③膜モジュール,④プロセスシミュレーション,⑤実プラントを用いた実証試験と幅広い範囲に渡る基礎研究から実用化研究を同時並行に推進し,水/IPA脱水プロセスにおいては50%の省エネを実証し,水/酢酸脱水プロセスにおいては耐水性に加えて必要とされる耐酸性・耐熱性を満たしかつ分離係数400,000以上を達成した.これらは,様々な分野出身のメンバーが,共通の目的意識を持ち一丸となってプロジェクトを推進した賜であろう.

 松方氏はゼオライトを20余年扱って来たが,これでやっと実用化の入口に来たところだという.ゼオライトには分子フィルターのイメージが昔からあるが,まだ産業にはなっていない.小さいもので機能を出すことはできるが,支持体の技術が十分でないため大きいものが作れないので実用にならなかった.支持体に使う焼き物のノウハウが重要でこれと化学合成技術が結びついてゼオライト分離膜ができたとのこと.これを元に松方氏が目指す「無機膜産業の創成」が早々に実現することを願う.

参考文献

[1] NEDO,「規則性ナノ多孔体精密分離膜部材基盤技術の開発」(中間評価報告書)
http://www.nedo.go.jp/content/100483632.pdf
[2] 岩本雄二,河本洋,「ナノ多孔質セラミックス分離膜の研究開発動向」
http://data.nistep.go.jp/dspace/bitstream/11035/2019/1/NISTEP-STT095-20.pdf
[3] ゼオライト学会,「ゼオライトに関する基本情報」
http://www.jaz-online.org/introduction/qanda.html
[4] 松方正彦,「ゼオライト膜」,最近の化学工学63,化学工学会編,pp.107-116,(2014)三恵社
[5] 三井造船株式会社,「ゼオライト膜脱水装置(PVセパレータ)」
http://www.mes.co.jp/business/environ/index.html
[6] 日立造船株式会社,「ゼオライト膜脱水システム「HDS®」」
http://www.hitachizosen.co.jp/products/products009.html
[7] 三菱化学株式会社,「ゼオライト分離膜」
http://www.m-kagaku.co.jp/r_td/strategy/technology/topics/separation_membrane/zeolite.html
[8] 松方正彦,「支持体-ゼオライト膜複合体の製造方法」,特開2013-59714
[9] NEDO,早稲田大学,「蒸留工程の50%以上の省エネが可能な無機分離膜を開発 -世界初,石油化学工場で連続200時間超を達成-」
http://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100205.html
http://www.waseda.jp/jp/news13/130625_nedo.html
[10] 蛙石健一,三御栗谷智之,味村健一,木村信啓,松方正彦,「共沸混合物の分離装置及び共沸混合物の分離方法」,特開2012-110832
[11] 産業競争力懇談会COCN,「炭酸ガスマネジメント技術の開発-炭酸ガス分離技術を利用する資源の確保と有効活用- 第3章「主要な酸性ガス分離法とその比較」」
http://www.cocn.jp/common/pdf/thema58-L.pdf
[12] Matsukata, M, Nishiyama, N , "Zeolitic Membrane Synthesized on a Porous Alumina Support", J. Chem. Soc. Commun., No.3, pp.339-340(1994)
[13] 松方正彦, 「ドライゲルを用いたゼオライト合成」, 触媒, Vol.41, No.6, pp.427-428(1999)
[14] Li, G., Kikuchi, E., Matsukata, M., "A suudy on the pervaporation of water-acetic acid mixtures through ZSM-5 zeolite membranes", J. Membr. Sci., Vol.218, No.1/2, pp.185-194(2003)
[15] 松方正彦, 稲垣怜史, 関根泰, 「「結晶の化学」を活かした触媒研究 ドライゲルコンバージョン法によるゼオライト合成と結晶化機構 -ベータ型ゼオライトを中心に-」, 触媒, Vol.49, No.7, pp.579-584(2007)

(真辺 俊勝)

 

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