NanotechJapan Bulletin

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<第30回>
環境・エネルギー問題に貢献するプルシアンブルーの新展開 ~放射線セシウム吸着材から色可変素子まで~
産業技術総合研究所ナノシステム研究部門グリーンテクノロジー研究グループ 研究グループ長 川本 徹氏に聞く

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 プルシアンブルーという言葉を聞いたこともない方でも,葛飾北斎が描いた浮世絵風景画の“富嶽三十六景”に多用されている鮮やかな明るい青色を想い起こすことはできるだろう.あの青色の顔料が,当時西洋から日本に伝わり始めた紺青(こんじょう)で,英語ではプルシアンブルー(Prussian blue)と呼ばれている.18世紀初頭にドイツ北東部のプロイセンで初めて合成された人工顔料で,“プロイセンの青”の意味である.

 青色顔料であるプルシアンブルーが,ナノテクノロジーを援用することで環境・エネルギー問題を解決する切り札として,最近注目されている.プルシアンブルーを使った放射性セシウム(Cs)の除染や色可変素子への応用を国際ナノテクノロジー総合展・技術会議の展示会nano techにこの数年間毎年出展し,本分野を先導している独立行政法人産業技術総合研究所のナノシステム研究部門グリーンテクノロジー研究グループを,茨城県つくば市に訪ねた.研究グループ長の川本 徹氏から,プルシアンブルーが何故グリーンテクノロジーとして魅力的な物質なのか,先ずは基礎的なところからお話を伺った.

 

 

 

 

1.プルシアンブルーの新機能・応用開拓

1.1 プルシアンブルーの分子組成と結晶構造

 青色顔料として美しい青色に見えるのは何故か,また近年は顔料としてだけでなく様々な機能を発揮する新材料として注目されるようになったベースはどこから来ているのか? 分子組成や結晶構造などのサイエンスから解きほぐして,川本氏に解説していただいた[1].

 プルシアンブルーの分子組成はA+xFe3+[Fe2+(CN)-6]1-yで,鉄(Fe+3/Fe+2)とシアノ基(CN)-が主成分となって,図1のようなNaCl型の結晶構造を持つ.ここでA+はカリウム(K+)やアンモニウム(NH4+)等の陽イオンでxはその含有率,yはヘキサシアノ鉄酸イオン[Fe2+(CN)-6]の欠陥比率である.鉄イオン(Fe+2)の上下・左右・前後の6方位にシアノ基(CN)-が配位して,金属イオン(MはFe/Ni/Coなど)を頂点とする立方体ジャングルジム構造を組んでいる.MがFeの場合がプルシアンブルーで,Fe以外の様々な金属イオンを含む錯体を総称してプルシアンブルー型錯体,あるいは金属ヘキサシアノ鉄錯体(MHCF;Metal Hexacyano Ferrate)と呼んでいる.ジャングルジムの腕の長さ(MとFeの間の距離)は0.5nmもあり,また[Fe2+(CN)-6]の欠陥があったりするので,錯体構造の内部には空間が沢山ある.いわゆる多孔性配位高分子の一種といえる.ジャングルジムの中を子供が這い上がっていくように,陽イオンA+や水(H2O)等の小さな分子が錯体内の空間に容易に入り込むことができる.「放射性セシウム(Cs)の吸着も,この空孔ネットワーク構造があるために生じる.A,M,x,yなど,組成や成分比を色々と変えることで材料設計の幅が広がり,様々な性質・機能を実現できることがプルシアンブルー型錯体の特徴である.」と川本研究グループ長は強調された.

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図1 プルシアンブルー型錯体の結晶構造[1]

 

 なお,金属イオンを頂点とする立方体結晶構造ということでは,酸化物高温超伝導体のペロブスカイト構造と共通しているが,ペロブスカイト構造では立方体の頂点に遷移金属が位置し,立方体を構成する辺の中心に酸素が結合している.プルシアンブルー型錯体では,金属イオンと金属イオンの間は酸素ではなくシアノ基が入るので,ペロブスカイト構造よりは膨らんで,穴だらけのネットワーク構造になっている.

 プルシアンブルーのもう一つの特徴は,Fe2+とFe3+の2種類の原子価の間で電気化学活性を示すことで,電位をかけると電子が移動して化学的な組成が変化する.プルシアンブルーの青色は,Fe+2からFe+3へ電子が移動することに対応して波長約700nmの赤色光を吸収するので,白色光から赤色光が無くなった状態の補色光が人間の眼に入ることから青色に見える,と理解される.逆方向の電圧をかけると,電子はFe+3からFe+2に戻り,また無色となる.このように,電気によって色が変わる現象をエレクトロクロミズムと呼んでいる.色可変素子はこの現象を利用している.

1.2 ナノ粒子化による新機能の発現

 産総研のグリーンテクノロジー研究グループでは,空孔ネットワーク構造や電気化学活性という特徴を持つプルシアンブルー型錯体の機能をより効果的に発揮させる狙いで,ナノ粒子化に取り組んでいる.プルシアンブルーを合成するのは非常に簡単で,硝酸鉄の水溶液とフェロシアン化物を混ぜて沈殿させるだけ.その混ぜ方を工夫することによって,粒径が大きくなったり小さくなったりする.例えば10nm径を狙い,狙った大きさのナノ粒子を作ることができる.

 ナノ粒子化のメリットは,粒径が小さい程水中での沈降速度が遅くなるので,顔料としての分散性が良くなる点があげられる.ナノ粒子化のもうひとつのメリットは,表面積が大きくなるので表面に水(H2O)をはじめ色々な物質を付けることができる.図2に示すように,プルシアンブルー(PB)のナノ粒子の表面にはFeイオンが露出している場所があり,水がついてしまうが,水よりも強く結合するものをもってくると水を置換えて各種の表面処理ができる.例えば,図2の(a)に示すようにオレイルアミンで表面処理すれば右上にあるような有機溶剤に溶けるものができるし,(b)に示すように[Fe2+(CN)-6]4-イオンを添加して表面処理すれば右下にあるように水溶性にすることもできる.

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図2 プルシアンブルーのナノ粒子化による表面処理[2]

 

 さらにナノ粒子化の第3のメリットとして,粒子化に伴う表面積の増加により,イオンや分子がプルシアンブルーの空孔ネットワーク構造へ入り込むチャンスが多くなり,吸着性能が向上することも挙げられる.放射性セシウム(Cs)の吸着では,ナノ粒子化が有効である.ナノ粒子化だけでなく,[Fe2+(CN)-6]-4イオンの欠陥率を上げることにより,空孔ネットワークの空孔を広げることでも,Cs吸着性能を向上させることができる.

 以下に産総研で開発されているCs除染技術と,色可変素子について詳しく紹介する.

2.放射性セシウムを選択的に吸着するプルシアンブルー・ナノ粒子

2.1 開発の背景と目的

 2011年3月11日の東日本大震災で,東京電力の福島第1原子力発電所では全電源を喪失し,原子炉がメルトダウンしてしまう大事故が発生した.メルトダウンに伴って,原子炉から放射性ヨウ素やセシウム(Cs)などが大量に空中へ放出され,周辺地域に拡散し,降雨を経由して河川や土壌にまで浸透しまう事態になってしまった.周辺地域の住民は,4年たった現在でも避難生活を強いられ,土地・環境の除染が進まない限り元の地域には戻って生活できない状況が続いており,効率的な除染技術の開発が喫緊の課題になっている.

 特に放射性セシウムは飛散量が多く,半減期も長い(Cs137は30年)ため,早期に除染しなければならない.放射性Csの吸着剤として,プルシアンブルー型錯体は1950年代からアメリカの原子核関係で使用されていた.また1986年,ソビエト連邦でのチェルノブイリ原発事故への対応では,牛乳中の放射性Csを除染するために,乳牛の餌にプルシアンブルーを混ぜて与え,糞でCsを排出する手法が,2000年まではされていた.

 原子炉内の放射能汚染水処理は,事故発生直後の6月からフランスAREVA社やアメリカKurion社の除染装置を導入して開始された.AREVA社の装置ではプルシアンブルー型錯体を使って放射性セシウムを吸着除染していた.3・11以前の日本では,原発は絶対安全で事故は想定されてなかったので除染技術の開発は遅れていたのに対し,アメリカやフランスでは,原発だけでなく原子爆弾の核実験にともなう放射性物質汚染に対するニーズもあって,除染技術が進んでいたのかもしれない.なお,福島第1原発の汚染水処理は,現在では東芝製のALPSで行われている.

 産総研では3・11以前から,山形大学とプルシアンブルー型錯体のナノ粒子化などの結晶設計に関する共同研究に取組んでいた.そうした中で3・11大地震が発生,直後の3月からプルシアンブルーを用いた除染技術に本格的に取組み,福島での実証実験まで実施している.

2.2 ナノ粒子化プルシアンブルーCs吸着剤の開発

 産総研は,災害復興に向けて経常的な研究資金だけでなく,政府(農林水産省,国土交通省,JST)からの研究資金サポートも受け,プルシアンブルーをナノ粒子化して分散性やCs吸着性を向上させて,効率的にCsを除染する技術を開発してきた[3][4][5].図3は,ナノ粒子化したプルシアンブルーを充填したCs吸着剤カラムで,左側が関東化学製の粒状の吸着剤を充填したカラム,右側は日本バイリーン製で不織布に吸着剤を浸み込ませたものを充填したカラムである.

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図3 産総研開発の放射性Cs吸着剤を充填したカラム[4]
左:粒状吸着剤(関東化学製),右:不織布状吸着剤(日本バイリーン製)

 

 ナノ粒子の直径としては産総研で5~10nmのものを開発し,関東化学の製品では少し大きい10~20nmの粉末をカラムに充填している.

 放射性Csを含んだ汚染水をこうしたカラムに通し,一般の浄水器カラムでろ過するのと同じように使うことで,Csをプルシアンブルーに効率的に吸着させて除染することができる.図4に描かれたように,Cs+イオンはプルシアンブルー型錯体の空孔ネットワーク構造の空孔位置に入り込むことで吸着される.図中の模擬試験結果に示す通り,ナノ粒子化することで,ゼオライト(Zeolite:SiO4/AlO4の4面体結晶構造を持つ多孔質物質で,分子吸着剤やイオン交換剤として古くから使用されている)や,ナノ粒子化されてない一般に市販されているプルシアンブルー顔料よりも,効率的に吸着できることが確認された.このナノ粒子では,金属イオン(M)や[Fe2+(CN)-6]の欠陥比率:yの組成もCs吸着性能を高めるべく,最適組成になるようにコントロールしている.

 

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図4 産総研独自技術:プルシアンブルー・ナノ粒子

 

 プルシアンブルーのCs吸着剤が特に優れている点は,Csだけを選択的に吸着できることである.一方,ゼオライトはそうした選択性がプルシアンブルーと比較すると弱いので,各種の金属イオン(K+/Na+など)が溶けた塩水からCsを吸着しようとしてもその前に他の金属イオンが吸着してしまい,Csを十分に吸着できない.プルシアンブルーの一番の売りは,そうした各種金属イオンが混ざった塩水でもCsだけを吸着でき,除染効率が高いことにある.何故Csだけを選択的に吸着できるかについては,Cs+の水和半径がアルカリイオンの中では比較的小さいことと関係していると考えられている.

 更に田中寿主任研究員からは,「プルシアンブルー型錯体はCsを選択的に吸着するだけでなく,Csのみを選択的に脱離することもできる」,とその優れた特徴が語られた.田中氏はプルシアンブルー型錯体に電圧をかけた時の電気化学的反応で,Cs+イオンを吸着したり脱離したりする可逆的な反応が起こることを見出している[6][7].図5は,金属イオン(M)としてFeの代わりにCuを使ったプルシアンブルー型錯体ナノ粒子膜を100nm厚で電極上に成膜し,硝酸塩水溶液に浸して電気化学反応の基本測定であるCV(Cyclic Voltammogram)を測定した結果である.横軸は電位,縦軸は応答電流で,3色の測定データ曲線は,陽イオンとして夫々Cs(黄緑),K(赤),Na(青)について測定した結果である.電流0の上半分+方向が還元反応で,プルシアンブルー型錯体のジャングルジム構造に陽イオンが吸着し,下半分―方向が酸化反応で陽イオンは脱離する.Cs+イオンは+0.8Vで選択的に吸着され,1.2V付近で選択的に脱離することがわかる.電圧をサイクリックに印加して吸着・脱離を何回でも繰り返せるので,1本のプルシアンブルー型錯体・ナノ粒子充填カラムに,放射性Cs汚染水と回収液とを印加電圧に同期して交互に流し込むことで,カラムを交換することなく連続的に除染処理できる.

 

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図5 Cuプルシアンブルー型錯体の選択的Cs吸着・脱離特性[6]

2.3 福島でのCs除染実証実験プラント

 産総研の実験室内でプルシアンブルー・ナノ粒子のCs吸着効果を確認してから,福島県川内村にCs除染実証実験プラントを建設し,東京パワーテクノロジーに協力いただいて実証実験を2012年11月~2013年11月の1年間かけて実施した.この実証実験では,樹木・草・農作物などの植物が放射性Csで汚染されたものを焼却し,焼却灰中に凝縮された高濃度の放射性Csをプルシアンブルー・ナノ粒子吸着剤で効率的に除染できることを実証した[3][4][5].

 図6に,実証実験での放射性Cs汚染物処理プロセスの概要,および実証実験の結果概要を示す.除染対象物として集められた植物系の放射性Cs汚染物は,先ず焼却炉で燃焼させる.燃焼によって焼却灰が残る,排ガス中の放射性セシウムはフィルターで除去されたうえで,大気中に放出される.大気に放出される排ガス中には,放射性Csは検出されなかった.焼却灰は,燃焼前の焼却物の1/50~1/100の重量になり,放射性Csが濃縮されていることになる.この焼却灰を水と混合して灰に含まれている放射性Csを水中に抽出する.この工程では,60~90%のCsが水中に抽出されることを確認した.放射性Csを抽出した水を,プルシアンブルー・ナノ粒子吸着剤を充填したカラムに通してCsを吸着させて回収する.除染後の水は,放射性Csがないことを確認した上で再利用する.Csを吸着したプルシアンブルー・ナノ粒子吸着剤は,灰の1/500~1/3000の重量でしかない.放射性Csを吸着した除染剤とCs抽出後の処理灰は,中間貯蔵施設などで管理されることになる.この除染プロセスによって,中間貯蔵施設で管理しなければならない除染廃棄物の体積を桁違いに減らすことができるので,必要な中間貯蔵施設の面積,コストを抑えることに貢献できると期待される.

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図6 植物系汚染物処理法と実証実験結果の概要[4]

 

 図7は,図6の中の抽出・回収の部分をより詳細に描いたフロー図である.焼却灰と水を振動造粒機(阿部鐵工所が提供)で混合して懸濁水とし,それを撹拌タンクに導いて撹拌してCsを抽出する.Cs抽出後の懸濁水は,脱水機にかけて灰と水を分離し,Cs抽出水はプルシアンブルー・ナノ粒子を充填した吸着カラム(図3参照)に通す.除染された水は,凝集沈殿層に導いてCs以外の有害物を除去してから,浄化水として再利用される.

 

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図7 放射線Csの抽出・回収フロー[4]

 

 図8は,福島県川内村に建設した実証実験プラントの写真である.大きく2つの装置で構成され,上が燃焼・熱回収装置,下が放射性Cs除染回収装置である.燃焼・熱回収装置では,植物系の放射性Cs汚染物を燃焼炉で燃焼して,体積を1/100程に減らす.排気ガス中のCsはバグフィルタなどで回収・除去される.放射性Cs除染回収装置では,燃焼灰から放射性Csを水中に抽出し,プルシアンブルー・ナノ粒子を充填したカラムに通すことでCsを吸着・回収している.Parajuli Durga研究員は,プラント化設計のための基本概念の構築,基礎データ取得を担当された.

 福島県川内村の皆さんには,除染プラントの建設にあたり大変お世話になったとのこと.自治体との連携,住民の理解と協力により,実証実験は進められた.

 

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図8 開発した実証試験プラント[4]

 

 この実証実験により,放射性Csの除染能力として,燃焼灰1トンを1/1000以下の僅か700gのプルシアンブルー・ナノ粒子吸着剤で除染できることが実証された.放射性セシウム除染回収装置の処理能力としては毎時20kgの燃焼灰が処理でき,焼却炉をスケールアップすれば,この除染回収装置を利用して汚染物を1日あたり24トン処理できると計算できる(灰生成は燃焼物の2%,24時間運転と仮定した場合の計算).実際の実証試験では,1年間で約10トンの植物系Cs汚染物を燃焼し,そこから得られた約80kgの灰を使ってCs除染・回収の試験データを採取した.

 プルシアンブルー型錯体は,福島原発内の汚染水処理に既に使用されているが,原発周辺地域での環境汚染に対する放射性Cs除染にも効果的に使えることが本実験で実証された.この技術は現時点では未だ,環境省の除染ガイドラインに採用されているわけではないが,今後実際の膨大な除染作業を迅速に進めることに貢献すべく,実用プラントに向けた改良開発を計画しているとのことで,更なる展開を期待したい.

3.量産容易な印刷技術によるプルシアンブルー色可変素子

3.1 開発の背景と目的

 青色顔料であるプルシアンブルーが,放射性Cs吸着剤として除染に使用されることを前章で示してきたが,この章では同じプルシアンブルーが“色可変素子”という全く違う機能を発揮することを紹介する.

 色可変素子とはどんなものか? 川本研究グループリーダーは,机上に用意した10cm角程の薄青色ガラス板を乾電池につないで,ガラス板の色を変化させて見せた.電池につなぐと薄青色だったガラス板が無色透明になり,電池の+/-を逆方向につなぎ返すとまた元の薄青色に戻った.電池を接続しないで切り離しても無色透明または薄青色の状態は保たれるので,メモリ性がある.色を変化させたい時だけ,電気をかければよい.エレクトロクロミック現象として従来から知られている現象で,省電力ディスプレイの電子ペーパーや,調光ガラス窓(スマートウィンドウ)への応用も実用化されつつある.最新鋭の航空機Boeing 787では,客室の窓ガラスにメモリ性のないエレクトロクロミック素子を応用しており,窓ガラスを透過してくる太陽光をコントロールして機内空調の省エネルギー化に貢献している.

 産総研で研究開発しているエレクトロクロミック現象を利用した色可変素子の構造は,Liイオン2次電池と同じような構造で,図9に示すように2枚のガラス基板透明電極に夫々青色のプルシアンブルーと黄色のNiヘキサシアノ鉄錯体を塗布して電解質膜をサンドイッチして作る.図10に示すように,電圧をかけるとカリウムイオン(K+)がプルシアンブルーのジャングルジム構造の空孔に移動して,色が変化する.青色はK+が放出された酸化体,無色はK+を取込んだ還元体に対応している.

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図9 色可変素子の構造


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図10 プルシアンブルー・ナノ粒子薄膜を用いたエレクトロクロミック反応

 

 色可変素子は原理的には単純であるが,歩留りの低さなどから価格が高い,大面積化は難しい等の課題があり,一般に広く普及しているわけではない.産総研では,ナノ粒子化の技術をプルシアンブルーに適用することで,この課題を解決しようと挑戦してきた.

3.2 ナノ粒子化インクのスプレー印刷による色可変素子製造技術の開発[8][9][10]

 色可変素子の従来の作り方は,スピンコートによる塗布や電解槽中での電解析出による成膜で,量産性に問題があった.安価で大面積化も容易な色可変素子は,エレクトロクロミック材料をスプレー印刷できれば簡単に作れる,と発想した.それを可能にするキーポイントとして,プルシアンブルーをナノ粒子化して分散性を向上させれば,スプレー印刷ができるはずと考えた.実際にはプルシアンブルーを100nm以下のナノ粒子にしたインクでスプレー印刷することで,スプレーノズルの詰りもなく連続的にスムーズに印刷することが可能になった.

 図11は,ナノ粒子化インクのスプレー印刷で色可変素子を製造する工程を描いたものである.先ず,プルシアンブルーをナノ粒子化したインクを,透明電極をつけたガラス基板上にスプレー塗布する.基板全面にスプレー塗布したり,穴があいたマスクを被せてスプレー塗布すれば,パターン化されたエレクトロクロミック膜が簡単に印刷できる.2枚のエレクトロクロミック膜で挟む電解質については,ゲル状で粘度が高いのでスプレー印刷はできない.ゲル電解質の印刷法としては,マスクを基板に置いた上にゲル電解質を滴下し,スキージと呼ぶヘラで押し込むスクリーン印刷を適用した.2枚のガラス基板を貼り合わせるための封止材も,もう一方の基板にスクリーン印刷する.こうして一方の基板にはナノ粒子薄膜とゲル電解質,他方の基板に別のナノ粒子薄膜と封止材を印刷してから,真空中で2枚貼り合わせると色可変素子が出来上がる.

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図11 量産対応印刷法によるエレクトロクロミック素子の製造工程[8]

 

 図12は,ナノ粒子化したプルシアンブルーのインクを上記の印刷法で製造したエレクトロクロミック色可変素子の例である.図12(a)で左側の薄青色の状態は,素子電極間を短絡して電圧0の時,右側の黄色みがかった透明の状態は1.2Vの電圧をかけた時に対応している.図12(b)は素子の透過分光スペクトルを測定したもので,赤色の曲線が電圧0の時で波長500nm付近に透過波長ピークがあり,青色に対応している.図12(b)中の黒色カーブは素子電圧が1.2Vの場合で,600nm付近になだらかな透過波長ピークを示しており,薄黄色に対応している.

 

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図12 量産対応印刷法により作製したエレクトロクロミック素子とその光学特性[8]
(a)量産対応印刷法により作製したエレクトロクロミック素子.
左側,右側はそれぞれ0V,1.2Vの電圧をかけた時の素子の色.
(b)電圧をかけた素子の可視光透過スペクトル.
赤線,黒線はそれぞれ0V,1.2Vの電圧をかけた時のスペクトルを示す

3.3 電子ペーパー・調光ガラス窓への応用

 ナノ粒子化プルシアンブルーを印刷することによって製造する色可変素子を製品化すべく,産総研と企業との間で共同開発が進んでいる.

 図13はモバイル機器用の不揮発性インジケータで,アルプス電気が開発した.白の背景に,青色の文字や図形を表示している.電源をきっても表示は消えないので,液晶やLEDを使ったディスプレイより格段に消費電力は少なくて済む.電子ペーパーのように,ページをめくるときだけ僅かな電力で新しい情報を表示し,しばらくは電力なしで表示を保持するような用途に向いている.

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図13 モバイル機器用不揮発性インジケータ(アルプス電気)[1]

 

 パナソニックとの共同開発では,照明の色フィルターに応用して様々な色の照明を一つの光源で実現している[11][12].プルシアンブルーだけでは青色と透明,黄色くらいしか色変化しないが,Feの代わりにNiやCuなど他の金属イオンのプルシアンブルー型錯体と組合せることで,フルカラーとまではいかないが,青白色から電球のような黄オレンジ色まで,電圧を制御することで照明の色を変化させることができる.

 図14は,調光ガラスへの応用を体感できるオブジェである.ナノ粒子化プルシアンブルーを10cm角のガラス基板にスプレー印刷し,1000枚のエレクトロクロミック素子を作って窓辺に並べている.東和製作所がナノ粒子用のスプレー装置を開発,ナノ粒子インクは関東化学と共同開発した製品である.

 

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図14 印刷法で製造した1,000個の色変化素子を用いたオブジェ(東和製作所)[8]

4.nano tech 2014/2015での展示

 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議の展示会 nano techには,産総研からこの数年毎年のように本分野に関係した展示が出展されている.

 昨年2014年1月に開催されたnano tech 2014で展示された「プルシアンブルーによる超微量放射性Cs分析」について,南公隆主任研究員に解説していただいた[13].3・11以降,福島県内の河川やため池が原発事故由来の放射性Csに汚染され,農作物への影響が懸念されている.汚染濃度のモニタリングが重要になっているが,多くの場所で水1リットルあたり0.2Bq(ベクレル)以下と低濃度であるため,長時間の煮沸で濃縮してからでないと定量評価できない状況にあった.そこで図15に示すように,評価地点にてプルシアンブルー・ナノ粒子を充填したカラムに通水することで2,000~40,000倍に放射性Csを濃縮してから,測定ラボに持ち帰って評価することで,0.01Bq/Lの微量Csまで分析できるようになった.開発したCs濃縮装置は持ち運びできる重さ・大きさで,既に市販されて福島県で活用されている.

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図15 プルシアンブルーによる環境水中の放射性Cs濃縮[13]

 

 今年1月のnano tech 2015には,放射性Cs吸着性能がさらに高いZn置換体プルシアンブルー型錯体・ナノ粒子を充填した吸着カラムと,それを使った分析用Cs濃縮装置が展示された.昨年の展示から1年で,濃縮性能が向上し,0.001Bq/Lまでの超微量放射性Csを分析できるようになった.

 またnano tech 2015に併設された新機能性材料展2015には,ナノ粒子の新しい合成法である“マイクロミキサー”が展示,デモされた.ナノ粒子の合成を専門に取組んでいる髙橋顕研究員に話を伺った[14].図16に描かれているように,硝酸鉄の水溶液が入ったタンクとフェロシアン化物が入ったタンクとからの2つの液を,直径150µmのマイクロミキサーに流し込む.チューブ内の流速は130m/s,時速にすると400km/hと新幹線以上にもなる.従来は人間の手でかき混ぜて合成していたのと比べると,マイクロミキサーで合成したナノ粒子の粒径は5nm~10nmとさらに小さくなり,かつ均一になる.流速を制御することで,粒子径を変えられる.放射性Csの除染スピードが改善されることが期待される.
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図16 マイクロミキサーによるプルシアンブルー・ナノ粒子の製造[14]

5.おわりに

 青色の顔料であるプルシアンブルーをナノ粒子化し,組成や成分比を幅広く変えることで,放射性セシウムを効率的に除染できることや,色可変素子をスプレー印刷で簡単に作れることが示された.産業技術総合研究所の“ナノシステム部門”では,原子スケールの結晶構造から薄膜化デバイス,さらにはプラント装置までをトータルなパッケージとして取組んでいる.部門名が標榜する“ナノからシステムまで”を,プルシアンブルー型錯体という大変面白い材料をベースにして,基礎研究から商品開発まで企業や自治体とも連携して精力的に活動している様子が印象的であった.

 今後,福島での放射性セシウムの除染で復興に寄与すること,省エネルギーの色可変素子の応用が広がることを期待したい.また,プルシアンブルー型錯体あるいは空孔ネットワーク結晶構造の多孔性配位高分子に加え,配位子をシアノ基からさらに大きな有機分子に変更した金属有機構造体(Metal organic framework,MOF)のナノ粒子の研究も中村徹主任研究員が検討を進めており,CO2ガスの吸着剤,2次電池用の電極やバイオセンサ(血糖値センサ他)など,新たな機能,新たな応用先に展開されることも,将来の可能性として楽しみである.

参考文献

[1] 川本徹, "プルシアンブルー顔料のナノ粒子化と新たな用途," 色材協会誌, Vol.87, No.11, pp.398-402 (2014)
[2] Akihito Gotoh, Hiroaki Uchida, Manabu Ishizaki, Tetsutaro Satoh, Shinichi Kaga, Shusuke Okamoto, Masaki Ohta, Masatomi Sakamoto, Tohru Kawamoto, Hisashi Tanaka, Madoka Tokumoto, Shigeo Hara, Hirofumi Shiozaki, Mami Yamada, Mikio Miyake and Masato Kurihara, "Simple synthesis of three primary colour nanoparticle inks of Prussian blue and its analogues", Nanotechnology, vol.18, pp.345609-345614 (2007)
[3] 産総研Today 2014-06, "セシウム汚染物の効率的な除染技術を実証"
http://www.aist.go.jp/Portals/0/resource_images/aist_j/aistinfo/aist_today/vol14_06/vol14_06_p16.pdf
[4] 産業技術総合研究所プレスリリース(2013.11.20), "植物系放射性セシウム汚染物の焼却灰を除染する技術を実証 -10トン超を焼却し,焼却灰の放射性セシウム60~90%を抽出・固定化-"
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2013/pr20131120/pr20131120.html
[5] 伯田幸也, 川本徹,"放射性物質の除染 植物体汚染物の焼却・灰除染の実証試験", ペトロテック, Vol.37 No.5 pp.339-344,358 (2014.05.01)
[6] 田中寿, CHEN Rongzhi, 福島千賀子, 浅井幸, 川本徹, 栗原正人, 有阪真, 南川卓也, 渡邉雅之,"ヘキサシアノ鉄酸金属錯体を用いた電気化学的セシウム吸脱着条件の検討-(1)ヘキサシアノ鉄酸銅錯体ナノ粒子吸着電極の対する共存イオンの影響-", 日本原子力学会秋の大会予稿集Vol.2012, 論文No.C33 (2012.09.03)
[7] 田中寿, CHEN Rongzhi, 福島千賀子, NA Haitao, 浅井幸, 川本徹, 栗原正人, 有阪真, 南川卓也, 渡邉雅之,"ヘキサシアノ鉄酸金属錯体を用いた電気化学的セシウム吸脱着条件の検討",日本原子力学会春の年会予稿集,Vol.2012,論文No.L20 (2012.03.02)
[8] 産業技術総合研究所プレスリリース(2012.11.20), "量産容易な印刷技術によるプルシアンブルー色可変素子の製造 -ナノ粒子製造から,印刷による成膜・パターニング,素子化までの工程を確立-"
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2012/pr20121120/pr20121120.html
[9] 川本徹, 田中寿, 栗原正人, 坂本正臣,"エレクトロクロミズムを利用した表示素子", 日本化学会講演予稿集, Vol.89, No.1, p.45 (2009.03.13)
[10] 田中寿, 川本徹, 原茂生, 塩崎啓史, 大村彩子, 塩崎啓史, 徳本圓, 山田真実, 栗原正人, 坂本政臣,"プルシアンブルー型錯体ナノ粒子インクを用いたエレクトロクロミック素子の開発", 日本化学会講演予稿集, Vol.88, No.1, p.569 (2008.03.12)
[11] 伊豆崇則, 渡辺加津己, 山内哲 (パナソニック), 杉山泰, 川本徹," プルシアンブルーナノ粒子を用いたエレクトロクロミックフィルタによる色可変デバイス" , 電気化学会大会講演要旨集 , Vol.81, p.160 (2014.03.29)
[12] 川本徹,田中寿,渡邊浩,杉山泰,栗原正人,石崎学,渡辺加津己,"照明装置", 公開特許公報,特開2012-124140, 公開日(2012.6.28)

[13] 産業技術総合研究所プレスリリース (2012.09.05), "水中の低濃度の溶存態放射性セシウムを簡易・迅速に測定 -福島県内の河川水中の溶存態放射性セシウム濃度を測定-"
http://www.aist.go.jp/aist_j/new_research/2012/nr20120905/nr20120905.html
[14] 髙橋顕, 陶究, 南公隆, 田中寿, 川本徹, 大越慎一,"マイクロミキサーを用いたプルシアンブルー類似体ナノ粒子の合成とその物性制御", 錯体化学会討論会講演要旨集, Vol.64, p.244 (2014.09.01)

本文中の図は,全て産業技術総合研究所より提供されたものである.

(尾島 正啓)

 

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