NanotechJapan Bulletin

 メニュー
      


<第33回>
インクジェット技術の産業応用 ~3Dプリンティングからバイオテクノロジーまで~
株式会社マイクロジェット 社長 山口 修一氏に聞く

LifeAndGreen.jpg

portrait.jpg

 2015年1月28日~30日,東京ビッグサイトで開催されたnano weekの催しでは,14回国際ナノテクノロジー総合展(nano tech 2015)と同じ会場内に3D Printing 2015展示会も併設開催され,3Dプリンティング技術に注目が集まった.そうした中,nano tech 2015のブースでインクジェットプリンティング技術の活用支援を提起する株式会社マイクロジェットのブースに人だかりができていた.ブースに設けられた特設ステージでは社長の山口 修一氏がインクジェット技術により3Dプリンティング技術をはじめとして,これから広がる創造の世界の紹介をしていた.多くの参加者がそのプレゼンテーションに熱心に聞き入っていた.このブースは大きな反響を呼び,nano tech 大賞2015において日刊工業新聞社賞を受賞した.

 今回,インクジェットプリンティング技術の広がるアプリケーションの可能性と,それが招く新しい時代を垣間見るべく,山口氏を東京農工大学の小金井キャンパス構内にある(株)マイクロジェット東京支社に訪ね,お話を伺った.

 

 

 

 

 

1.インクジェット技術によるものづくり革命 [1] ~ベンチャー企業立ち上げへの想い~

 山口氏はエプソン株式会社(現セイコーエプソン株式会社)に入社以来,ピエゾ方式インクジェットプリンター(次章で説明)の研究開発に取り組んできた.世界初の写真画質プリンターの要素開発が一段落したのを機に,1994年に社内ベンチャーに応募した.そのとき「インクジェットという色の付いたインクをデジタルに並べれば写真になるが,色以外の機能を持った液体を並べたら凄いことができることに気付いてしまった」と山口氏は語る.3年間の社内ベンチャーを経て,1997年に退社して株式会社マイクロジェットを設立した.社内にあっては,会社の事業であるプリンター用途に限定されてしまい,広いプリケーション展開は難しいからである.

 「インクジェットは凄いアプリケーションの可能性を秘めた技術であるが,このままでは普及しないであろう.何故ならこの技術は難しすぎるから.」と山口氏は自身の長い研究開発の経験から判断した.事実,インクジェットプリンターには,1960年代と1970年代の20年間,日立,IBM,Philips,Siemens等が取り組んだが,今は撤退している.キャノンとHewlet-Packardは従来のピエゾ方式を止め,サーマルジェットあるいはバブルジェット方式という別の方式を開発して製品化に成功している.エプソンだけは,それまでのピエゾ方式を継続した.その技術をものにし,事業化するまでには長い時間,莫大な努力と,費用を要したと云う.

 これだけの時間と金をかける企業は,そういないであろう.それならば,その技術を持っている自分が普及させるのが自分の使命であろうと考え,「インクジェットの研究開発を支援する」ことをビジネスとする世の中にない会社を作った.


(1)省資源,省エネ,省廃棄物の時代に応える

 会社を作った当初はインクジェットでものを造ろうと考える人はいなかったが,2000年を越えた頃から徐々に現れた.液晶ディスプレイのカラーフィルターをインクジェットで作りたいとか,ナノ材料を使って回路が書けないか,などの話がきだした.時代が省エネ,省材料,廃棄物削減を求めるようになり,インクジェットがその要望に適合するからである.従来の技術は,原版を作り,転写して,不要部分を除去してパターンを作るものであるが,原版やマスクを作る費用や,転写装置,例えば露光装置などの費用がかかり,パターン以外の部分は除去するので材料の無駄が多い.これに対いてインクジェットの場合は,パターンなどの必要な箇所だけを狙って材料を非接触で置いてゆくだけでよく,設備費も安く,材料の無駄はない.運転エネルギーも少なくて済む.


(2)きっかけはnano tech国際ナノテクノロジー総合展 ~研究用インクジェット装置の開発~

(株)マイクロジェットが注目を集めるようになったきっかけは,nano tech国際ナノテクノロジー総合展への出展であったという.ナノテクで使用する材料は高価なものが多い.インクジェットプリンターは高価な材料を無駄なく高精細にパターニングする装置であることを広く知ってもらうための出展であった.2003年から毎年出展を続けるうちに,次第に「ものづくりのためのインクジェット」が認知されるようになった.ニーズに応えて,研究開発用の回路やセンサー,診断チップを作ったりするツールとしてインクジェットプリンターを提案するようになった.

 ところで,インクジェットを使って研究を行うためには,そのための装置を作るノウハウが必要である.また,目的の研究を行う前にインクジェットの研究になってしまって目的の研究にならないという相談がよくくる.そこで,インクジェット装置は専門家の(株)マイクロジェットが研究者の目的を聞いて作ることとして,研究開発用のインクジェット装置を世界で初めて製品化した.

2.インクジェットプリンター実現の機微

 インクジェットプリンターにはピエゾ方式とバブルジェット方式がある.前者は,現在はエプソンとブラザー等が事業化している.マイクロジェットもこの方式を採用している.後者はキヤノンとHewlet-Packardが開発(Hewlet-Packardではサーマルインクジェットと称している)し事業化している(註1).両方式とも,ヘッド部はMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)により作れている.図1にピエゾ方式の構成と動作原理を示す.図上部の断面図に示すように,プリントする液体の入った圧力室の上面に振動版を介してピエゾ素子を設置している.ピエゾ素子の電極に信号電圧が加わると,赤い矢印のように歪が発生してピエゾ素子が下側にたわんで振動版を押し下げ,圧力室内の液体をノズルから液滴として噴出する.現在の市販プリンターのノズルの直径は約30µmであり,噴出速度は10m/sの速さである.今世界で一番早いものでは,1秒間に1ノズルから5万滴を噴出すると云う.図下部は平面図である.インクジェットプリンターではこのノズルが少ないもので100個,家庭用の一般プリンターの場合で1000個並べている.従って1秒間に数千万個の液滴を並べていく.そこで,液滴をカラーにすれば高精細な写真になる.

Fig01.jpg

図1 ピエゾ型インクジェットプリンターのヘッダーの構成 (提供:マイクロジェット)

(註1)図2に参考までにバブルジェット方式の動作原理を示す.図に示すヒーターで300℃に急速加熱することにより,通常の湯沸しの時に起こる核沸騰ではなく,加熱面で瞬間的に気化することで起こる膜沸騰現象を利用し,液滴を押し出すものである.

Fig02.jpg

図2 バブルジェット方式の動作原理 (提供:マイクロジェット)

 

 図3はピエゾ型インクジェット方式で,ノズルから吐出された液滴が対象物に届くまでの液の形状の変化を示す動画である.吐出速度は10m/sであり,液滴が走る間隙が1mmとすれば,1万分の1秒の出来事である.ノズルから吐出された液は初めは棒状であるが,途中で表面張力により球状となる.

図3 液滴形成の様子(動画) (提供:マイクロジェット)
(動画がうまく表示されない場合はこちら

 ここで,吐出液の形状は,ノズル形状,液の粘度,表面張力,印加電圧波形など,多数のパラメータの影響を受ける.多数のパラメータは整理し体系化することが重要だが,過去に多くの会社はそこまで至らず断念している.通常ノズルの設計では,コンピュータによるシミュレーションを行っている.また,実用に際しての課題としては,使用環境条件による外乱の問題がある.ノズルの径は数十µmであるが,ノズル口からの蒸発が大きく特性に影響する.この部分は,液体の流れる抵抗が流路の中でここに集中する場所なので,僅かな蒸発でもその影響は大きくなる.図4は外乱により一寸乱れて不良になったケースを,良好な状態と比較して示している.この問題に対して現在の市販プリンターでは,一定時間経過毎に古い液を捨てて新しい液に入れ替えることで対応している.

Fig04.jpg

図4 ノズルからの吐出液形状が外乱により不良になる (提供:マイクロジェット)

 インクジェットプリンターの課題にノズルの目詰まりがある.現在の家庭用プリンターでは,対策として目詰まりチェックや,ヘッドクリーニングをユーザができるようになっている.しかし,ユーザが毎回掃除をしてから使うのでは実用に耐えられないので,そこにいたる前の多少の目詰まりは実用上問題がないように工夫されている.図5にその考え方を示す.図中の#1~#4のノズルで横線を印刷する場合,ヘッドを動かし液滴を連続的に吐出することで可能となるが,この方法では,そのノズルが目詰まりしていた場合に線が引けない.そこで,図に分割印刷として示すように,液滴を一回吐出する度に,紙を送って使うノズルの位置をずらして吐出することで線を引く(図中の青い丸の配列).このようにした場合,仮に#1ノズルが目詰まりした場合は,4と2の間のドットには印刷されず,下の丸の列のように印刷できない箇所が発生する.しかし,この僅かな空隙は人の目では識別できないので,実用上問題にならない.この考え方は,ノズルの目詰まりを完全になくす大変難しい挑戦をする替わりに,実用条件を満たす工夫で商品化するというものである.ただし,この線が電気の回路であったら,断線になるのでこれは許されない.ものづくりに応用する場合はインクジェットのヘッドに,より厳しい条件が課される.

Fig05.jpg

図5 ノズルの目詰まり対策:分割印刷 (提供:マイクロジェット)

3.インクジェット技術の産業応用の広がり

 山口氏が21年前の1994年に着想したことは,はじめに紹介したように「インクの代わりに別の機能を持った液体を飛ばしたら,ものが作れるのではないか?」であった.インクの代わりに考えられるのは,レジスト,金属ナノ粒子溶液,カーボンナノチューブ溶液,紫外線硬化材料,機能性高分子液,DNA,細胞液など,極めて数多くの分野に対応する液材料である.

 現在日本では,100社をこえる一部上場企業がインクジェットでものづくりを研究中という.このように多くの注目を集めている理由は図6に示す通り,インクジェット技術の持つ特徴が,21世紀の求めるものづくりの方向性と一致しているからである.インクジェットでは,半導体製造装置の蒸着やCVDなどのような真空にする必要が無い,リソグラフィーシステムも不要で,簡単なプリンターで済む.しかも,ヘッドが移動する機械精度さえ確保できれば例えば3m~4mの描画も可能で,大面積の施工が可能である.また,デジタル制御でその場で必要な数を作ることができ,オンデマンド生産,多品種少量生産ができる.まさに次世代のものづくり技術であると山口氏は語る.

Fig06.jpg

図6 インクジェット技術の時代適合性 (提供:マイクロジェット)

3.1 特殊印刷の例

 まず,インクジェトの特殊印刷の例を紹介する.図7に示すように,最近ではネクタイやバック等のファッション製品にもインクジェットが利用されている.コンピュータによる設計で,デザインの自由度が増すとともに,デザイン期間が大幅に短縮されるという.また,日本製の車ではインクジェットで染められたシートを使っているものもある.無機インクを使って焼いたタイルや,観光地に行くとクキーなど土産物の多くにインクジェットプリントが使われている.

Fig07.jpg

図7 特殊印刷の例 (提供:マイクロジェット)

 インクジェットは,建物の外壁にも適用されて効果を発揮する.例えば建てて何年か後に部分的修理をするような場合のために,デザインの統一性を保つように同じ建材をストックして持っている必要がある.インクジェットで塗装をした場合であれば,外壁のデザインのデジタル情報と無地の壁材料を持っていれば,リフォームする時でも初めのデザインを再現できるので,建材のストックは不要となる.

3.2 エレクトロニクスへの応用例

 エレクトロニクスの分野では,液晶テレビのカラーフィルター,配向膜,導光板(マイクロレンズのアレイ)にインクジェット技術が適用された.図8にカラーフィルターおよび導光板の写真を示す.今後大きく発展するプリンテッドエレクトロニクスでは,インクジェット技術は主要な印刷技術の一つとなる.図8下部に銀ナノ粒子液で形成したRFIDタグ(無線ICタグ)の回路を示す.東京大学 染谷教授のNEDOプロジェクト「次世代プリンテッドエレクトロニクス材料・プロセス基盤技術開発」においても,インクジェットは印刷技術の一つとして活用されている.図9に,(株)マイクロジェットが開発している微細回路研究用装置のFemtoJet(ピエゾヘッドと静電ヘッドにより10µm以下のラインやドット形成)とNanoPrinter(ナノ金属インクによる配線形成)を示す.

Fig08.jpg

図8 インクジェットプリンティングのエレクトロニクスへの応用
(提供:マイクロジェット)


Fig09.jpg

図9 微細回路研究用装置 (提供:マイクロジェット)

3.3 バイオテクノロジーへの適用

 インクジェットプリンターのバイオへの応用研究は,遅れていた.これまでのプリンター用ヘッドでは,バイオマテリアルの吐出が困難であったためであった.それは次の理由による.
 ・表面張力の大きな液体は吐出できない
 ・ヘッドが必要とする最低必要液量が多い
 ・洗浄できない
 ・粒状の細胞が吐出できない
 山口氏は2008年にバイオマテリアル用ヘッドの開発に乗り出して,1年で完成させた.このヘッドにより,DNA,タンパク,抗体,細胞の吐出が可能となった.次に,このヘッドを用いた応用例を紹介する.


(1)DNAチップ

 この応用例としてまず挙げられるのは,図10に示す遺伝子を検査するDNAチップである.予め塩基配列の明らかなDNA断片を多種チップ上に配列しておき,検体をこれと反応させ,検体に付加した蛍光指標により場所を判定し,検体のDNAを確定するものであるが,このチップ上へのDNA断片の配列をインクジェットで行うことができる.

Fig10.jpg

図10 インクジェットでパターニングしたDNAチップ (提供:マイクロジェット)

(2)細胞のパターニング

 次の応用例は,細胞のパターニングである.細胞を一個ずつ,狙った位置に並べる技術であり,山口氏が55歳で大阪大学にて博士論文としてまとめた技術である[2][3].細胞を自在にハンドリングする技術は,製薬や再生医療の進化にも貢献するものと期待されている.図11は細胞を5×5のマトリックス状に1個づつ配置したものである.

Fig11.jpg

図11 細胞を一個づつ5×5のマトリックス状に配置.格子間500µm
(出典:参考文献[3])

(3)イムノクロマト検査

 (株)マイクロジェットは定量イムノクロマト塗布装置を開発した.イムノクロマト検査はメンブレンに試薬を塗布し,尿や唾液をつけた時の発色で,細菌の有無を判定するもので,インフルエンザ検査,妊娠検査スティック,大腸菌O157検査,サルモネラ菌検査等に用いられる.(株)マイクロジェットの装置はインクジェットにより試薬を塗布するもので,発色の際に文字がでるようにできる.即ち,従来単なる色の付いたラインが表示されていた試験片に病名等の情報機能を付加できることになる.

(4)粒子製造

 インクジェットプリンターでは,吐出した液滴が表面張力で球形になる.そしてサイズのバラツキが極めて少ない均一な粒子が得られる.この特徴は,ドラッグデリバリーシステムなどの薬剤,カプセルや人工白血球などの粒子製造に繋がるものであると山口氏は語る.

 以上はインクジェットプリンティングの各種応用分野を紹介したが,以下に,最近話題の3Dプリンティング技術と,その一段と広がる応用分野について紹介する.

4.3Dプリンター [1][4][5][6]

4.1 3Dプリンターの種類と進展の経緯

 3Dプリンターは現在,第3次ブームを迎えていると云われている.専門家の間では,第3次を大惨事と揶揄する人もいる.皆が群がったが,結局ものにならなくて大惨事になると云う意味である.しかし山口氏は,「これは単なるブームではない.関わっている組織や団体の数や投資額の大きさから見ても確実に産業化される技術である.」と確信している.表1に3Dプリンターの歴史を示す.基本特許に関しては,小玉秀男氏の出願が最初といわれているが,これは現在につながっている技術でのことであり,それ以前にもアイディアや特許は提出されている.表2に,現在の3Dプリンター造形方式の主要なもの7種を示す.このうち2種がインクジェット方式である.表には通称と学会正式呼称が併記してある.

表1 3Dプリンターの歴史 (提供:マイクロジェット)

Table01.jpg


表2 3Dプリンターの各種造形方式(提供:マイクロジェット)

Table02.jpg

 熱溶解積層法(FDM:Fused Deposition Modeling)の低価格装置が最近ブームとなり,大手家電量販店でも販売開始されている.この装置は樹脂をヒーターで溶かして孔から押出し,一筆書きに造形するもので,そのスピードが遅く,精度も高くない.使いこなすにはノウハウや経験が必要で,歩留まりも悪い.米国では大量に販売されているが,クレームも多いと聞く.このような状況から低価格版FDM装置のブームはすぐに終わり,3~5年後にはインクジェット法に替わるであろうと山口氏は予測する.

 一方,産業用としては,インクジェット,光造形,レーザー,FDM(高価格版)の各種方式が,着実な展開を始めている.これまでは3Dプリンターの市場規模が小さく,例えばインクジェットではオフィスや家庭用のプリンターの市場が3兆円以上なのに対して,3Dプリンターは今でも僅かに数百億円なので大手プリンターメーカは手が出せなかった.しかし,ここへ来て3Dプリンターのブームで注目が集まったこと,技術的見通しができたこと,さらに1980年代に出願された各種基本特許の有効期間が切れた等の理由で,多くの企業が一斉に3Dプリンター開発を始める事となった.こうした動きが今後「ものづくりの変革」をもたらすであろうと山口氏は語る.ドイツが提唱しているインダストリー4.0(第4次産業革命)の中でも,この3Dプリンター技術は重要な位置づけがされている.

4.2 インクジェット積層方式 3Dプリンター

 インクジェット積層方式には,粉末積層法とUV硬化積層法の二つの方式がある.以下にその原理と,デジタルものづくりとしての多彩な特徴を紹介する.


4.2.1 インクジェット粉末積層法

 図12に示すように,石膏粉末を100µmの厚さに平らにして,その上にインクジェット装置によりカラーインクと水溶性バインダー液を打ち込んでパターンを描く.その上面に同じことを繰りかえし,その後,バインダーで固められていない石膏粉末を取り除き,造形物をとりだす.そのままでは弱いので,接着剤の液に浸して強化し完成する.山口氏はこうして造った鎖を手にして,「この技術が凄いのは,輪が絡み合って出来る鎖が組みあがった状態で出来ることである.」と語った.3D CADで設計された鎖は45分で完成している.

Fig12.jpg

図12 インクジェット粉末積層法の原理説明図 (提供:マイクロジェト)

 表3に,インクジェット粉末積層法の特徴と課題を示す.粉末に多様な材料が使える特徴を活かして,多彩な応用領域が生まれる.石膏を使った例を,図13に示す.また,カルシウム系の材料を使うことで人工骨を作ることができる.東京大学医学部の高戸毅教授および鄭雄一教授らが骨の欠損部を補う人工骨として使っているもので(図14),すでに人体での治験も終わって実用段階に入っている.積層粉末として珪砂の応用では,米国ExOne社が鋳造用鋳型をつくっており,米国の3D Systems社は,セラミック粉末を使って瀬戸物を作る3D セラミックプリンターや砂糖を使う3Dお菓子プリンターを発表している.

表3 インクジェット粉末積層法の特徴と課題 (提供:マイクロジェット)

Table03.jpg


Fig13.jpg

図13 インクジェット粉末積層法による立体造形例 (提供:マイクロジェット)


Fig14.jpg

図14 インクジェット粉末積層法による人工骨 (出典:参考文献[7])

4.2.2 インクジェットUV硬化積層法

 インクジェットUV硬化積層法は,図15に示すように紫外線で固まる樹脂をインクジェットで塗ってから紫外線で固めていく方法である.表4にその特徴と課題を示す.以下に,その特徴を発揮する応用例を紹介する.

Fig15.jpg

図15 インクジェットUV硬化積層法の原理説明図 (提供:マイクロジェット)


表4 インクジェットUV硬化積層法の特徴と課題 (提供:マイクロジェット)

Table04.jpg

(1)異種複数の材料による造形---デジタルマテリアル

 異種の複数材料での造形が可能であり,その特徴を利用する例を図16に示す.図16の左図は,紫外線硬化樹脂で作ったスパナである.組みあがった状態で出来ており,そのままで機能させることができる.そのためには,部品を可動とするための隙間が必要であり,後で溶かして除去できる隙間材を別のノズルから吐出し,最後に空隙を作る.従って組み立てる工程なしに最終製品が出来てしまう.図16の右図は,デジタルマテリアルという概念を実現する例である.この例では柔らかい材料と硬い材料を平面上で自在に組み合わせ,それを3次元に重ね合せることで,性質が徐々に変化する傾斜材料を実現している.このことは,組み合わせる素材料の選択で多種多様な機能材料あるいは機能デバイスを創出する可能性を示唆している.例えば,導電性材料,半導体材料,絶縁材料を3次元的に配置した立体回路やセンサーデバイスなどである.また,その場で自在に積み上げることもできる.今後起こるであろうものづくり革命の一面である,と山口氏は語った.

Fig16.jpg

図16 異なる素材を組み合わせて造形する.左図はスパナ―,右図は傾斜材料
(提供:マイクロジェット)

(2)複雑性はコストに無関係,アートの世界に革命

 図17は,インクジェットで作った衣服類で,オートクチュールショーに出品されたものである.ここで,3Dプリンターのもたらす変革は,作る上で複雑性が問題にならないことである.従来技術では複雑なものは加工に経費,時間,人手がかかるのが常識であった.3Dプリンターは印刷なので複雑性は問題でなく,ボリュームがコストに関わる.山口氏は次のGeneral Electric社の言葉を紹介した.
「我々は人件費の安いところで生産するという制限から解き放たれた」
前述のように製品が組みあがってできてくるので,組み立て工程は不要になり,複雑加工も手がかからないからである.

Fig17.jpg

図17 複雑な構造もコストには関係ない. (提供:マイクロジェット)

 また,アートの世界では,デザイナーの頭の中や,パソコンの中にあっても複雑すぎて加工できなかったものが,インクジェット技術では作製可能となり,素材の組み合わせの自由を含めファッションやアートの世界にも革命が起こっているという.

(3)Mass Custom Manufacturing

 積層方式の3Dプリンターの特徴はカスタマイズ用途に適していることであり,人体に絡むMass Custom Manufacturingにその効果を発揮する.その典型的応用例として,個人にカスタマイズする歯の矯正用マウスピースがある.日本では金属ワイヤで行っているが,米国では図18に示すようなマウスピースが普及している.個人の歯並びに対応し,歯が少しずつ動くので2週間ごとに修正したものに取り換え,1年~1年半で矯正できる.着脱が簡単で,食事や,人と話す時には外すことができる.これを商売にしている米国Align Technology社は,光造形法プリンターを用いているが,年間600億円の売り上げがあるという.同様に個人に特化した形状が望まれるものとして,補聴器がSiemens社で作られている.

Fig18.jpg

図18 矯正用マウスピース(米国アラインテクノロジー社製) (出典:参考文献[8])

5.3Dプリンター市場拡大におけるグローバルな動きと日本の方向 [9]

 前章ではインクジェット3Dプリンターの説明をしてきたが,これまで欧米で開発に注力されてきた3Dプリンターは,粉末焼結積層法である.この方法は,金属粉(ステンレス,アルミニウム,チタニウム合金,ニッケル合金)等をインクジェットの場合と同様に平に敷き,レーザー光,または電子線照射により所望箇所を焼結し,その上に同じことを繰り返して層を重ねたあと,焼結されなかった粉末を除去することにより,金属等の造形を行うものである.用途としては航空・宇宙,自動車部品,人工関節などがあり,航空用ではエアバスA320neoのエンジン用燃料ノズルがGeneral Electric社で製造され,実用化されている.従来は20個の部品から組立てられていたが,3Dプリンターにより溶接が不要な1個の部品となり,かつ強度も向上しているとのことである.

 こうした海外の動向や国内の3Dプリンターに対する関心の高まりの中で,山口氏は,国内で3Dプリンターの技術改革によって新しい事業や産業を創出し,普及発展させることを目的として,2014年10月に株式会社 3Dプリンター総研(3DRI)と一般社団法人日本3Dプリンター協会を設立した.活動の一環として,3Dプリンター関連の世界最大の展示会ユーロモールド2014(11月ドイツ,フランクフルト)を取材してレポートするなど,啓蒙活動や新規事業立ち上げのコンサルティングを行っている.

 先に紹介した3Dプリンターの7種類の方式の中で,今後確実にものづくりを変えるのはインクジェットによる積層法とレーザーによる粉末焼結積層法である,と山口氏は予言する.この中でレーザー方式は,既にドイツにおいてFuraunhofer研究機構をベースに10年以上の開発・商品化の歴史があり,ビジネスでは世界市場の7割を占め,100億円企業が何社もある.日本でも遅まきながら技術研究組合 次世代3D積層造形技術総合開発機構が2014年4月に発足し,レーザー方式およびインクジェット方式の粉末積層法による3Dプリンターの技術開発が始まった.しかしながら,インクジェットによる3Dプリンターについては,海外ではまだ5社ほどしか参入企業はない.そこには,インクジェット技術の難しさがある.日本としては2Dのインクジェット印刷では世界有数の技術を持っているためここに注目してビジネス展開や産業化を図るべきである,と山口氏は指摘する.

 インクジェットについては,これまでも製品は出ていたが,マーケットも小さく大手プリンターメーカではあまり重視されなかったが,多くの企業がようやく本格的に取り掛かり始めたのでこれから日本も成長する.その鍵を握るのは材料である.これまでは形を作る用途がほとんどであったが,これからは強度とか高機能が要求されるようになる.そこで単なる樹脂ではなく,ナノ材料などのコンポジット材の開発も重要となる.ところでこうした材料をインクジェット用に開発するためには,実験用の装置が必要である.そこで,(株)マイクロジェットは次章で紹介する装置を含めた実験支援体制を整えている.

6.インクジェットによるものづくりの時代実現に向けて

6.1 (株)マイクロジェットの技術支援活動

 上述のようなインクジェットのアプリケーション展開の機運のなかで,そのための研究開発も活発に行われている.いくつかの例を参考文献に示す[10][11][12][13][14][15][16].(株)マイクロジェットはインクジェット技術を熟知した専門家として,インクジェット装置を活用して新しい事業展開を図る活動を支援しており,そのための実験装置を数多く揃えてニーズに対応している.以下に最新の二つの装置を紹介する.

 今回,特に上述のインクジェットの材料開発用装置のニーズに応えて,「3Dプリンター用材料とプロセス開発用実験装置 MateriART-3D」(図19)を開発し販売を開始した.世界にない装置である.粉末積層法とUV硬化積層法の積層実験に対応する二つのタイプを揃えている.色々なパラメータのチュ-ニングを行いながら,種々の粉末や液材料の評価や試作ができる装置である(註2).これによって,必要性能を備えた材料と対応するインクジェット装置の開発ができる.市販の3Dプリンターはオリジナルな材料で造形するためのチューニング機能がないため,材料の開発には使用できない.また,純正材料でしか使えないようにプロテクトが掛かっている.

(註2)搭載ヘッド:ピエゾインクジェット方式,搭載可能ヘッド数:2,解像度:1,200dpi(MAX),液滴観察機能

 

Fig19.jpg

図19 インクジェット式3Dプリンター材料&プロセス開発用実験装置 MateriART-3D
(提供:マイクロジェット)


Fig20.jpg

図20 インクジェット式接触角計&液滴解析装置 DropMeasure®
(提供:マイクロジェット)

 インクジェット材料の研究では,ノズルから吐出された液の着滴状態を評価する必要がある.このニーズに対応して「インクジェット式接触角計&着滴解析装置 DropMeasure®」(図20)を開発している.DropMeasure®では,図21aに示すように吐出液滴の着滴時とその後の乾燥過程を真上と真横から高速度カメラで自動撮影し,撮影画像から接触角や体積を自動計算すると共に,接着時のぬれ広がりや浸透,乾燥過程を観察することができる.図21bは髪の毛の上に着滴させ接触角を測った例,図21c,d,eは着滴後の経緯を真上から観察したものである.図21eでは,乾燥過程での液滴中の微粒子の挙動が把握できる.図22は,図21eの挙動の動画であり,DropMeasure®で観察したものである.

Fig21.jpg

図21 DropMeasure®によるインクジェット着滴の接触角測定および着滴の乾燥過程の観察
(提供:マイクロジェット)

 

図22 インクジェット吐出液滴の着滴後の乾燥過程をDropMeasure®で観察した動画
(提供:マイクロジェット)
(動画がうまく表示されない場合はこちら

6.2 3Dプリンターの特徴を活かす適用領域

 3Dプリンターの課題は色々あり,特に製造速度が遅いという問題がある.しかし,その適用領域は単なる従来製品の置き換えではない.3Dプリンターは,従来技術では出来ない高い付加価値をもつ新規領域を狙う必要がある.日本の場合金型を狙うことが多いが,欧米で先行しているビジネス展開は従来技術でできない付加価値の高い領域に向けられている.例えば,航空・宇宙用とか医療用などである.前述のエアバスA320neoのエンジン用燃料ノズルの場合,燃料流路を従来加工技術では不可能な形状に仕上げて大幅に性能向上を果たしているという.図23に,3Dプリンターの適用領域で発揮するメリットを示す.

Fig23.jpg

図23 3Dプリンターのメリット (提供:マイクロジェット)

7.おわりに

 インクジェットによるデジタルものづくり革命の話を聞いた.3Dプリンティングは,20世紀の情報化革命に続いて,情報化技術を基盤としたものづくり革命として,21世紀の特徴となるのであろうか.大きい材料を削ったり変形したりして加工する従来技術に対して,各種機能要素素子を一つずつコンピュータプログラムに従って積み上げて造形する手法である.その要素素子を創り出す手法と,これを積み上げる手法を(株)マイクロジェットは提案している.インクジェットによりものづくりを目指す企業を支援して,新時代の構築に貢献することを目的としている.インクジェットによるものづくりは,従来加工技術では不可能な造形を行うだけでなく,機能性素材の適用や異種素材のミクロレベルの組み合わせなど,新技術の創出の広がりは極めて広い.

 インクジェット技術は,第4次産業革命の中でも中核となる技術であり,日本がものづくりで存在感を再び取り戻すためにも,各種分野でインクジェットを使った多くの研究が展開されることを期待したい.

参考文献

[1] 山口修一,山路達也,「インクジェット時代がきた~液晶テレビも骨も作れる脅威の技術」株式会社光文社 (2012年5月20日).
[2] Yamaguchi S, Ueno A, Morishima K, "Stable ejection of micro droplets containing microbeads by a piezoelectric inkjet head" , Journal of Micro-Nano Mechatronics, vol 7, Issue 1-3, pp 87-95, 2012.
[3] Shuichi Yamaguchi, Akira Ueno, Yoshitake Akiyama and Keisuke Morishima, "Cell patterning through inkjet printing of one cell per droplet", Biofabrication 4 (2012) 045005, pp. 150-157.
[4] Yamaguchi S, "3Dプリンタ" , Journal of the IIEEJ, vol. 44, no. 2, pp 304-306, 2015
[5] Yamaguchi S, "3Dプリンタ最前線(後編)" , 情報処理, vol. 56, no. 4, pp 386-392, 2015
[6]Yamaguchi S, "3Dプリンタ最前線(前編)" , 情報処理, vol. 56, no. 3, pp 268-272, 2015
[7] 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構プレスリリース「3Dプリンターによるカスタムメイド人工骨をEUで製造・販売へ」(2015年5月7日).
http://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100382.html
[8] インビスアライン・ドクターサイト/歯並びスマイル/マウスピース矯正.
http://www.invisalign.co.jp/
[9] Yamaguchi S, "3D Printing Technology and its influence on Japanese Manufacturing Industry in Future", Journal of the Imaging Society of Japan, vol. 53, no. 2, pp. 119-127, 2014
[10] Shinoda A, Tanaka Y, Yao M, Tanaka I, "Anchoring protein crystal to mounting loop with hydro-gel by inkjet technology" , Acta Crystallographica Section D, vol. 70 pt. 11, pp. 2794-2799, 2014
[11] Zhuqing Wang, Nagao Y, "Effects of Nafion impregnation using inkjet printing for membrane electrode assemblies in polymer electrolyte membrane fuel cells" , Electrochimica Acta, vol. 129, pp. 343-347, 2014
[12] Yagai S, Okamura S, Nakano Y, Yamauchi M, Kishikawa K, Karatsu T, Kitamura A, Ueno A, Kuzuhara D, Yamada H, Seki T and Ito H, "Design amphiphilic dipolar π-systems for stimuli-responsive luminescent materials using metastable states" , Nature Communications 5, Article number: 4013, 2013
[13] Ban M, Kogi Y, Sasaki F, "Cytotoxicity of Photosensitizing Crystalline C60 Particles Formed by Ink-jet Method" , Journal of the Imaging Society of Japan, vol. 51, no. 5, pp. 496-500, 2012
[14] Fujita S, Onuki-Nagasaki R, Fukuda J, Enomoto J, Yamaguchi S and Miyakea M, "Development of super-dense transfected cell microarrays generated by piezoelectric inkjet printing" , Lab on a Chip, 2013, 13, 77-80
[15] Minemawari H, Yamada T, Matsui H, Tsutsumi J, Haas S, Chiba R, Kumai R and Hasegawa T, "Inkjet printing of single-crystal films" , nature 475, 364-367, 2011
[16] Abe K, Suzuki K and Daniel Citterio, "Inkjet-Printed Microfluidic Multianalyte Chemical Sensing Paper" , analytical chemistry, 80 (18), pp 6928-6934, 2008

(向井 久和)

 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です. nanotech2014_banner.jpg