NanotechJapan Bulletin

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<第35回>
エネルギー・光・音の制御が出来る新規機能性材料の開発 ~①安全・大容量な二次電池実現が期待される「イオン伝導性フィルム」,②樹脂に分散して光の屈折率を変える「ジルコニアナノ粒子分散液 ジルコスター(R)」,③不快な振動・騒音対策が可能な「振動減衰材用樹脂」~
株式会社日本触媒 研究本部 三輪 貴宏氏,小川 賢氏,高橋 邦夫氏,齊藤 允彦氏に聞く

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 2015年1月28~30日,東京ビッグサイトで開催された「nano tech 2015 第14回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」に株式会社日本触媒は新分野開発技術11件註1)を出展し,nano tech 大賞2015 新人賞を受賞した.受賞理由は「2次電池に利用できる金属でも突き破れない高強度イオン導電性フィルムや,振動減衰性が高い樹脂などを開発した.初出展ながら開発中の画期的な新素材を数多く展示し来場者の注目を集めた点を賞す」である.11件の展示の中から標記3件を取り上げ,これ等の研究開発を推進された研究本部 R&D推進室 グループリーダー 三輪 貴宏(みわ たかひろ)氏,先端材料研究所 小川 賢(おがわ さとし)氏,企画開発本部 開発部 主任部員 高橋 邦夫(たかはし くにお)氏,機能性化学品研究所 アシスタントシニアリサーチャー 齊藤 允彦(さいとう まさひこ)氏を大阪府吹田市の吹田地区研究所に訪ね,技術内容およびそのものが持つポテンシャルおよび今後の展開等についてお伺いした.

註1)出展品目:①イオン伝導性フィルム(開発品) ②ジルコニアナノ粒子分散液 ジルコスター® ③新規振動減衰材用樹脂(開発品) ④環化重合性モノマー FX-AO-MA(開発品) ⑤特殊ヒドロキシモノマー RHMA-M(開発品) ⑥超多官能アクリレートポリマー AX-4-HC(pVEEA)(開発品) ⑦異種重合性モノマー VEEA(製品)/VEEM(開発品) ⑧耐熱性向上剤 イミレックス®-P, -C ⑨オキサゾリン系反応ポリマー エポクロス® ⑩機能性(メタ)アクリレート ⑪機能性微粒子

 

1.会社の概要:自社開発の独自技術により次々と事業を展開

 株式会社日本触媒(以下 日本触媒)の創業は,1941年のヲサメ合成化学工業株式会社の設立である.自社開発触媒による気相酸化技術を用いて無水フタル酸の工業化に成功し,1943年に吹田工場開設,1949年に日本触媒化学工業株式会社に改称,川崎工場(現川崎製造所),姫路工場(現姫路製造所)開設を経て,1991年に社名を現在の株式会社日本触媒に改めた.吹田工場は2014年に閉鎖して,この地区は研究開発拠点となる.海外はアメリカ,中国,シンガポール,ベルギーなどに進出している.

 この間に,表1に見られるように無水フタル酸の工業化以降,酸化エチレン工業化,プロピレン酸化法によるアクリル酸およびアクリル酸エステルの工業化,自動車用排ガス浄化用触媒,高吸水性樹脂,コンクリート混和剤用ポリマー,燃料電池用固体電解質・セル,光学材料用アクリル樹脂等の開発と事業化を次々に行ってきた.特筆すべきはこれ等が技術導入ではなく総て自社技術でなされてきたということである.中でも,プロピレンの気相酸化によって製造されたアクリル酸を原料とし開発された高吸水性樹脂「商品名:アクアリック®CA」は,水,生理食塩水,尿,血液,その他水性物質に対し優れた吸水性と吸水速度を有し,世界の紙おむつ市場でなくてはならないものとなっている.年産56万トンの世界第一の出荷を誇っている.

表1 日本触媒のチャレンジの歴史
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 現在,EO(酸化エチレン),アクリル,吸水性樹脂,機能性化学品,新エネルギー・触媒の5つの事業部で,基礎化学品,機能性化学品,環境・触媒の製品を製造販売している(図1).資本金250.38億円,2014年度の売上高3,749億円(単独2,362億円),従業員数4,075名(単独2,141名)である.企業理念『TechnoAmenity:私たちはテクノロジーをもって人と社会に豊かさと快適さを提供します』を掲げ,社会のニーズに応える独自技術の開発・事業化にチャレンジしている.

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図1 日本触媒の事業部別主要製品 [1]

2.独自技術を産み出す研究開発

2.1 研究開発体制

 研究開発体制は,大きく研究本部と企画開発本部の2本部体制になっている(図2).研究本部が所轄する研究所には,基盤技術研究所,先端材料研究所,GSC(グリ-ン・サステナブルケミストリー)触媒技術研究所,生産技術センターがあり,事業部所属の研究所として,吸水性樹脂事業部所轄の吸水性樹脂研究所,機能性化学品事業部所轄の情報・機能性材料研究所,機能性化学品研究所があり,研究所は7つになる.研究本部は,これらの研究所を統括して技術のシナジーを追求する.

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図2 日本触媒の研究開発体制

 企画開発本部に置かれた企画部は将来を見据えた新規なテーマの創出やオープンイノベーションをメインに行っている.オープンイノベーションの対象は,自社の事業にプラスになるものを優先に,視野を広げることを狙っている.例えば進め方の一つとして,大学との連携を進めており,昨年は大阪大学に共同研究講座設けた.更に,東京大学との社会連携講座,京都大学とのマルチ型共同研究等も進めている.大学に人と設備を置いて共同研究テーマの加速を狙う.また,逆に大学の設備を使用して効果的に成果を上げる取組みとして,文部科学省のナノテクノロジープラットフォームも利用しているとのことである.

 なお,企画開発本部は,研究部門と顧客との橋渡し役でもあり,顧客から掴んだニーズを研究部門に伝えて新たな製品開発を促したり,顧客との共同研究をアレンジすることを主たる業務とする開発部を含め,製品の研究から事業化に至るまでの方向性やプロジェクト管理などを請け負う重要な部門である.

2.2 2020年に向けて研究開発のチャレンジ

 日本触媒は2014年策定の長期経営計画で,2020年に売上高5,000億円,経常利益500億円を目指している(図3).その中で,上市後5年以内を新規製品としているが,2020年に新規製品売上高を470億円にするという目標を立てている.その内の370億円は既存事業・製品の拡充である.研究開発部門は“R&D チャレンジ 100”と名付けて純粋に新しいものの売上100億円を目指す.狙っているのは,高機能材料,次世代電池材料,新規キーマテリアルなどで,本稿の取材テーマの3つはいずれもこれらに含まれる.以下,それぞれの技術を紹介する.

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図3 長期経営計画「新生日本触媒2020」 [1]

3.二次電池の課題に応えるイオン伝導性フィルム

 R&D チャレンジ 100の中で,日本触媒は同社の独自技術でイオン伝導性フィルムを開発した.このフィルムは,水溶性電解液を用いる電池のセパレータとして有用であると同時に,各種センサーへの応用も期待できる.日本触媒は素材メーカーとして,このフィルムに関心のあるユーザーと連携して応用研究を共に推進することを望んでいる.以下本フィルムについて,開発者の小川氏を中心にお伺いした.

3.1 安全で環境に優しく大型化可能な二次電池への期待:Ni/Zn二次電池

 二次電池特にモバイル用二次電池ではLiイオン二次電池(以下LIB)が主流で,今も用途が広がっている.一方,昨今特に2011年3月11日の東日本大震災以降は,二次電池はモバイル用のみならず家庭用,変電所用さらには太陽光や風力などの再生可能エネルギー発電の出力平準化等に関連し,大容量の定置型電力調整・貯蔵手段として注目されるようになった.このような二次電池に対する社会的大きな流れに対し,日本触媒では,LIB用関連の素材に関しては別の研究チームがあり,LIB用電解質「LiFSI(イオネル®)」を開発・製品化している[2].本イオン伝導性フィルムはさらに革新的な次世代二次電池を狙うものとしてスタートした.

 二次電池で最も重要な課題は安全性である.LIBは優れた二次電池であるが,燃え易い電解液を用いている関係で発火の危険性があり用途は限られる.また出力性能でも大規模になるとLIBではカバーできないところがあると考えられる.このようなことから水溶液系の電解液を用いた電池を対象にしたと小川氏は語られた.水溶液の二次電池としては鉛蓄電池(Pb蓄電池),ニッケルカドミウム二次電池(以下 Ni/Cd二次電池),ニッケル水素二次電池(以下 Ni/MH二次電池)があるが,エネルギー密度が共に充分でない(表2参照)ことに加え,用いている材料のPbやCdに安全性上の問題があり,Ni/MH二次電池では水素吸蔵合金負極に希少金属を用いており資源・コスト的な問題がある.そこでZnに着目した.Znは古くからマンガン乾電池やアルカリ乾電池の負極活物質に使われているが,いずれも一次電池である.このZnを使った二次電池ができれば,安全性に加えエネルギー密度も大きくメリットは大きい.即ち,表2に見られるように,Ni/Zn二次電池は,出力電圧が1.73V,エネルギー密度が理論値で334Wh/kg(実効値で50~100Wh/kg).ニッケル水素電池は,出力電圧が1.2V,エネルギー密度が理論値で217Wh/kg(実効値で50~60Wh/kg)なので,二次電池としての特性は上回っている.また,材料の亜鉛が,Ni/MH二次電池の水素吸蔵合金(希土類元素の化合物)と比べて,はるかに安価で入手しやすいことも大きなメリットがあり,Ni/MH二次電池を置き換えるポテンシャルを持っている.(一方,LIBは,出力電圧が3.6~4.2V,エネルギー密度が理論値で360Wh/kg(実効値で100~120Wh/kg)あるため,Ni/Zn二次電池による代替は想定していないとのことである.)さらに,次世代電気自動車向けの二次電池として期待される空気亜鉛二次電池(以下 Air/Zn二次電池)があり,エネルギー密度が理論値で1,370Wh/kg(実効値で460Wh/kg)と,LIBを大幅に上回る性能を持っており,将来こちらへの展開を考えている.

表2 各種二次電池の特性比較
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3.2 Ni/Zn二次電池の電池反応とデンドライト問題およびその対策

 Ni/Zn二次電池は1980,1990年代にNi/Cd二次電池の代替を目指して検討がなされてきたものの,未だ実用化に至っていない.その理由は,図4に示すように充電時に負極を構成するZnがデンドライト(樹枝状結晶)を生成し,このデンドライトが正極と負極を電子的に接続しないように隔てているセパレータを突き破って,正極に接し短絡を引き起こすという問題があるためである.小川氏らは,日本触媒の触媒研究で培った無機化合物および有機化合物に関する豊富な知見を持ってすれば,このデンドライト問題を解決できると考えた.

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図4 Znデンドライト

 Ni/Zn二次電池の構成を模試的に示すと図5のようになる.電解液(KOH水溶液)中に正極(NiOOH)と負極(Zn)が浸かっており,その間にセパレータ(PP(ポリプロピレン)又はPE(ポリエチレン)製の微多孔質膜)が介在する.図では,負極,セパレータ,正極が大きく離れて描かれているが,実際の電池では,各部材は積層されている.セパレータは正極と負極を電子的に絶縁すると共に微多孔を通してOH-イオンを導通する役を担っている.電池反応は下式で示される(放電反応:右向き,充電反応:左向き).
 (正極)  2NiOOH+2H2O+2e- → 2Ni(OH)2+2OH-
 (負極)  Zn+4OH- → Zn(OH)42-+2e- → ZnO+H2O+2OH-+2e-
 (全体)  2NiOOH+Zn+H2O → 2Ni(OH)2+ZnO
 放電の場合,負極では,Znが電解液中の4個のOH-イオンと反応してZn(OH)42-イオンになる.この時2個の電子(e-)が外部回路へ放出される.生成したZn(OH)42-イオンはセパレータ細孔内を含む電解液中を漂っているが,電極上でOH-イオンとH2OをはきだしてZnOとなる.正極では,外部回路を通ってきた2個の電子(e-)とNiOOHと電解液中のH2Oとが反応して2Ni(OH)2となる.

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図5 Ni/Zn二次電池の模式図と放電時の物質移動
(負極,正極,セパレータは,実電池では,各部材は積層されている)

 図6に示すように,充電の場合は,上記の逆反応が起り,負極上にZnが析出するが,セパレータの孔に対向した部分は電流密度が他より高くなり,従って析出速度も速くその結果この部分にデンドライトの種が形成される.一旦先のとがった種ができるとその先端部の電界強度は高くなるので,その部分にZnの析出が集中し,デンドライトがますます成長することになる.そしてそれがやがてセパレータの孔部分に達する.セパレータの孔の中の電解液にもZn(OH)42-イオンが存在するので,孔の中でもデンドライトは成長を続け,ついには正極にまで達し,内部短絡を起すことになる.

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図6 Znデンドライトの成長による電池内部短絡

 以上が,従来のセパレータ(PP,PE製で孔径は数10~100nm)を用いた場合のデンドライト発生のメカニズムである.小川氏らは,この対策として2つのことを考えた.一つは,セパレータの孔をより小さくしかつセパレータ全面に渡って均一に分布させる.これにより電流分布の偏りが小さくなりデンドライトの核の発生が抑制される.二つ目は,セパレータがOH-イオンは通すがZn(OH)42-イオンは通さないようにする.これによって,デンドライトの先端がセパレータに達したとしてもセパレータの中にはZn(OH)42-イオンは存在しないので,セパレータの中でZnの析出,即ちデンドライトの成長は起らない(図7).

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図7 本開発イオン導電性セパレータによるZnデンドライト短絡抑止メカニズム

 以上の考えに立って開発し出来上がったものが,イオン伝導性フィルムである.

3.3 実証試験とその結果

 開発したイオン伝導性フィルム製のセパレータを組み込んだNi/Zn二次電池を作製し,充放電のサイクル試験を行った.結果は,図8に示すように,通常の微多孔フィルムをセパレータに用いたNi/Zn二次電池では,150サイクル近くから急激に放電容量が低下してしまうのに対し,本開発のイオン伝導性フィルム製セパレータを用いたものは1,300サイクルにおいても初期の放電容量の95%以上を維持している.

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図8 本開発イオン伝導性セパレータを使用によるNi/Zn二次電池のサイクル寿命の改善

 今回の実証よって,Ni/Zn二次電池が現在ハイブリッド電気自動車他に使用されているNi/MH二次電池を代替する可能性が出てきた.そしてさらによりエネルギー密度の高いAir/Zn二次電池への展開が期待される(表2).

3.4 開発技術の特徴と想定用途

 開発されたイオン伝導性フィルムの主要特性は,

①強アルカリ水溶液中にて安定である.従って,アルカリ水溶液電解液電池に使える.

②電子伝導性がない.電子伝導抵抗>1GΩ

③アルカリ水溶液中において,水酸化物イオン(OH-)は通すが,ジンケートイオン(Zn(OH)42-)は通さない.イオン伝導に選択性がある.水酸化物イオン(OH-)伝導度:0.011S/cm.②と合わせて,電池のセパレータに使える.

④水酸化物イオン(OH-)伝導を担う微多孔は,フィルム全面に渡って均一に形成されている.電極の均一な溶解・析出が可能となる.

⑤高い機械的強度を保有しており,かつ柔軟で,自立できる膜である(図9).突き刺し強度:3~4N/cm2であり,デンドライトで破れる恐れは少ない.巻回等の電池製造プロセスに要求される機械的強度を持つ.

⑥膜厚範囲:100~300µm

⑦ガーレ値(300µm):測定不可(空気透過抵抗が大きい.多孔膜であるが孔の大きさが非常に小さい)

である.

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図9 イオン伝導性フィルム外観

 このような特性を持つイオン伝導性フィルムは,無機化合物の持つ様々な性能を日本触媒のポリマー技術によって柔軟なシートに生かした有機/無機複合フィルムであり,製造技術は幾つかの特許になっている.

 小川氏らは,当初はセパレータ素材を塗料にしてZn電極表面に塗布することを考えたが,ユーザーニーズや品質の安定性と共に,デンドライト抑止性能を追求した結果,この柔軟な自立膜に仕上げるに至った.塗布では,塗料の安定性や塗布・乾燥条件によってバラツキの問題が生じるが,フィルムでは安定した品質を実現出来る.また,使用する電池メーカーにとってもフィルムの方が,自由に扱える使い易さがあると考えた.ただし,ユーザーニーズがあれば塗布型のイオン伝導性膜の開発も考えるとのことである.

 一方内外の状況であるが,欧米では負極としてZnが着目されているようである.国内では日本碍子がセラミックセパレータを用いたNi/Zn二次電池を発表した[3].これ等に対し,本イオン伝導性フィルムは柔軟な従来のセパレータと同じ形態をしていることが特徴である.

 なお,このフィルムは二次電池のセパレータのみならず,アルカリ型燃料電池や各種センサー・フィルター類への応用も考えられる.

3.5 今後の展開

 開発したイオン伝導性フィルムの持つ特性から,上述したように様々な応用展開が期待できる.先ず,Ni/Zn一次電池が既にあるが,この一次電池のセパレータを本開発のフィルムに置き換えることで二次電池化を図る.即ち,Ni/Zn二次電池開発・商品化を行う電池メーカーと連携し,電池メーカーの要求に応えさらに改良を加え,Ni/Zn二次電池実現に寄与する.そしてこれが一般家庭や小規模工場などで太陽発電や安価な夜間電力を蓄える電池として普及するのを期待している.

 次いで,これも既に述べたようにAir/Zn二次電池用セパレータに挑戦する.現在Air/Zn二次電池用では,空気極が未開発である.Zn極,空気極の作り方と併せて,それに適合できるようフィルムを改良し,Air/Zn二次気電池の実現に貢献したい.

 さらには,センサー等その他への適用を考えているユーザーとのマッチングを探り,その方面への展開も図りたい.研究開発の段階からユーザーと連携しながら開発を進めていく.

4.長年蓄積した触媒合成技術から生まれた「ジルコニアナノ粒子分散液 ジルコスター®

4.1 開発の動機と製品特性・特徴

 「日本触媒は石油化学の会社として必要な触媒を多く開発して来た.そして前述したように開発した触媒を用いて合成された有機化合物をさらに各種素材へと多くの応用技術を開発してきた.触媒は金属酸化物が多く,ナノ粒子である.数十年かけて培って来た触媒合成技術と有機合成・応用技術を駆使して,触媒分野以外の材料系に展開できないかと考えて開発したのがここに取りあげるジルコスター®である.」と高橋氏は開発の動機と経緯を述べられた.

 ジルコスター®は,図10に見られるようにやや細長い形状のジルコニア(酸化ジルコニウム:ZrO2)ナノ粒子(粒子を球状とみなした場合の平均粒径10nm)の表面に,有機物による表面処理層が被覆されたものである(図11).

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図10 ジルコニアナノ粒子の電子顕微鏡写真


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図11 ジルコスター®の構造模式図

 表面処理層は,ジルコニアナノ粒子表面によく馴染み,かつジルコニアナノ粒子を分散させる溶媒や樹脂によく馴染む材料が選ばれる.

 ジルコニアの結晶構造は正方晶系,単斜晶系,立方晶系など多数あるが,主成分として屈折率の最も大きい正方晶を用いている.表面処理層で使用する材料の組成については,用途によっていろいろな仕様に変更することができる.

 その特徴は,

①ジルコニア粒子がシャープな粒度分布を有するナノ粒子である.

②ジルコニアナノ粒子表面が有機物層であるので,多様な有機溶媒・樹脂によく分散する(例:メチルエチルケトン(MEK)/プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(PGMEA))

③UV硬化型アクリル樹脂/モノマーへの分散も良好である(例:ベンジルアクリレート)

④通常のナノ粒子では凝集が発生し分散が困難である高濃度領域において,ジルコニアナノ粒子分散液を実現している.

⑤ジルコニアナノ粒子をフィラーとして分散させた樹脂は,高い透明性を有する.また,高屈折率でありながらアッベ数の向上を図ることができる:プラスチックレンズ等の光学材料,電子材料に最適である.

⑥ジルコニアナノ粒子を樹脂に分散させることで樹脂の硬さ,他の性質を変えることなく屈折率だけを調整することができる.

 

4.2 製品

1)分散液ラインナップ
 2つのタイプがあり,Type 1はメチルエチルケトン(MEK)を分散媒にし,Type 2はベンジルアクリレートを分散媒にしている(表3).粒子含有率はそれぞれ,70%,80%と高いが,粒子の分散度が高く良好な透明性を示している(図12).主な顧客はコーティング材のメーカーであり,樹脂に配合して使用する.

表3 ジルコニアナノ粒子分散液の諸特性
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図12 ジルコニアナノ粒子分散液の透明性(分散度)

2)ジルコスター®の性能
 ジルコニアナノ粒子表面にUV感応性官能基が導入されていることで,UV硬化後も透明性を保つ.粒子含有率を増加することにより,屈折率を高くすることができるが,透過率低下は発生しない(表4).機械的強度を表わす一つの指標である鉛筆硬度は2Hであり,粒子含有率を高めても損なわれることはない.

表4 ジルコニアナノ粒子分散液を用いて形成したフィルムの特性
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4.3 想定用途

 これまでに述べたジルコスター®の特性,分散性から次のような用途が想定される.

 ・高屈折率ナノフィラー
 ・屈折率&アッベ数調整用材料

 具体的にはレンズ,ディスプレイやタッチパネル等の光学材料,電子材料に使用される透明性と高屈折率が要求されるコーティング材料/成形材料への使用が想定され,一部商業生産も始まっている.タッチパネルに使うITOは屈折率が高いため配線の筋が見えてしまい見難くなってしまう問題があるが,ITOと基材の中間の屈折率を持つジルコスター®使用樹脂を用いるとこの問題は解消される.また,高屈折ナノ粒子であるジルコスター®を使用することで,液晶バックライトの光を拡散させず一方向に集めることができるようになり,光量を少なくすることができるのでバッテリー等の消費電力を抑えることができる(省エネ).

5.振動減衰材用樹脂

 振動減衰材用樹脂は,輸送機器(車両,船舶,飛行機など),住宅,建材,家電,精密機械などで生じる不快な振動・音を低減し,人々の「快適」への要求に応えようとするものである.日本触媒は,独自のポリマー設計技術を用いて振動減衰温度領域を制御することで,幅広い温度領域で高い振動減衰効果を実現している.この材料は,樹脂単独での使用だけではなく,例えば,ユーザーにおいて有機・無機顔料や異種ポリマーと混合して用いることも想定している.

 その特徴は,

①高い損失正接(tanδ)註2)

②優れた制振性

③好ましい遮音性

④使用温度に応じて,損失正接(tanδ)のピーク温度域を任意に調整可能

⑤VOCフリーの水系樹脂として供給可能

⑥樹脂組成物を振動体に塗布できるため,施工作業性が良い

である.

 以下,代表的な特性・特徴についてお伺いした.

註2)損失正接(tanδ):動的粘弾性の測定で得られた,損失弾性率/貯蔵弾性率の比を損失正接tanδと表記する.一般的にtanδの値が大きいほど振動の減衰効果が大きい[4].

 

5.1 代表的な特性・特徴

1)高い損失正接(tanδ)(図13)
 日本触媒独自の樹脂設計技術で開発した新規樹脂は,一般的なアクリル樹脂のtanδが2以下であるのに対し,室温付近で3を超える設計が可能である.

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図13 塗膜の制振性:損失正接(tanδ)

2)優れた制振性(図14)
 振動減衰材用樹脂に無機顔料を混合した複合材料を鉄板に塗布した時の制振性を比較すると,常温付近において,一般的なアクリル樹脂に無機顔料を混合した場合に比べて非常に大きな振動減衰性を示す.

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図14 振動減衰材用樹脂を塗布された鋼鈑の振動減衰性

3)好ましい遮音性(図15)
 アルミ板(Al板)に振動減衰材用樹脂に無機顔料を混合した複合材料を塗布すると,遮音性の向上が見られ,特に10kHz以上で大きな効果がみられる.

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図15 振動減衰材用樹脂を塗布されたAl板の遮音性
TL(Sound Transmission Loss:透過損失)=10log10(入射音のエネルギー/透過音のエネルギー)

4)使用温度に応じた樹脂設計が可能(図16)
 図は,振動減衰材用樹脂のピーク温度を11℃,27℃,51℃に調整したデータであり,tanδのピーク温度を任意の温度域に調整できることを示している.

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図16 損失係数(tanδ)の制御

5)VOCフリーの水系樹脂として供給可能
 振動減衰材用樹脂はVOC(Volatile Organic Compounds:揮発性有機化合物)を含まない環境に優しい水系であるため,有機溶剤を嫌う現場での施工に適している.

6)樹脂組成物を振動体に塗布するだけでよく,施工作業性が良い
 アスファルトシートが振動減衰材として用いられている用途については,これを振動減衰材用樹脂を用いた複合材料に置換えることで振動体に塗布可能であり,作業者の負担は大きく軽減される.

5.2 今後の展開

 本開発品は,車両,船舶,住宅,建材,家電,精密機器などの微小振動の抑制を求める部材に適用することを期待しており,今回のこの記事がユーザーとのマッチングに繋がればありがたいと齊藤氏は期待を示された.

おわりに

 取材時に2冊の本を頂いた.“炎の経営者”と“テクノアメニティ-「日本触媒」未来への挑戦,夢の実現-”である[5][6].前者は,1959年当時,石油化学業界では海外技術の導入が当たり前であった時に,自社開発の独自技術に自信を持ち酸化エチレン事業を立ち上げた二代目社長八谷泰造氏の炎の経営者としての生きざまを描いたものであり,後者はそれを企業理念「TechnoAmenity」として発展的に引き継いでいることを述べたものである.今回の取材の要所要所でこれが息づいていることを感じ取ることができた.

 本文中でも触れたことであるが,ここに紹介した技術や開発品が,読者の考えておられることを実現するのに役立つ可能性があり,日本触媒と連携・協業することにより出来上がった技術・製品をもって,人と社会に豊かさと快適さを提供する「TechnoAmenity」の実現につながることを願う.

参考文献

[1] 株式会社日本触媒ホームページ,http://www.shokubai.co.jp/ja/
[2] 日本触媒,「リチウム電池電解質 LiFSI」,
http://www.shokubai.co.jp/ja/news/file.cgiindex.htmlfile=file1_0044.pdf
[3] 山田直人, 山本一博,富田崇弘,大塚春男,「亜鉛二次電池」,WO2013/118561(国際出願日:2013.1.18)
[4] 小野測器,「制振材料とその性能測定について」,
https://www.onosokki.co.jp/HP-WK/c_support/newreport/damp/damp_1.htm#mark3
[5] 高杉 良著,“炎の経営者”,文春文庫,文芸春秋社刊(2009)
[6] 岡田晴彦著,“テクノアメニティ -「日本触媒」未来への挑戦,夢の実現-”,ダイヤモンド社刊(2012)

本文中の図表は,日本触媒より提供されたものである(ただし,図5,図11は,伺った話の内容をもとに筆者が作成したものである).

(真辺 俊勝)

 

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