NanotechJapan Bulletin

 メニュー
      


<第37回>
ナノ粒子・分子デバイスによるボトムアップエレクトロニクスへの挑戦
東京工業大学 応用セラミックス研究所 教授 真島 豊氏に聞く

LifeAndGreen.jpg

portrait-caption.jpg

 集積回路は微細加工技術の進歩により急速な進化を遂げ,今日のエレクトロニクスを築き,情報化に基づく社会・経済の発展の基盤となっている.しかし,その微細加工技術が次第に限界に近づきつつある中で,材料を加工して微細化するトップダウン的手法でなく,物質の最小単位である原子や,構造が定義されている分子からエレクトロニクスを構成するというボトムアップエレクトロニクスが注目されており,それを実現する確かな手法の模索が続いている.そうした中で,東京工業大学 応用セラミックス研究所の教授 真島 豊氏は独自のナノ粒子・分子デバイス構成技術の提案で数々の成果を挙げ,論理機能やメモリー機能などエレクトロニクスの基本機能を確認し,ボトムアップエレクトロニクスの実現へ挑戦している.今回,横浜にある同大学のすずかけ台キャンパスの研究室に真島氏を訪ね,その研究の要旨を伺った.

 

 

 

 

 

 

1. 研究の想いと研究展開の原点

 真島氏は「ナノスケールのデバイスを実用的観点で実現したいと思っている.ただし,従来の半導体材料を使ったトップダウン手法ではなく,ナノ粒子,単分子に基づくデバイスを基本としたボトムアップ手法によってである.」と語った.国際半導体技術ロードマップ専門委員会が公表しているSi LSIの微細化動向に基づく将来予測は,2023年には最小加工寸法(メモリーのハーフピッチ)8nmの微細加工技術でLSIを作ることになっている.例えばフラッシュメモリーを考えても,現状の技術による製造コストは高く,工業的に成り立たなくなると考えられる.そこで新しい原理に基づくデバイスを用いたメモリーLSIが候補にあがっている.これには現在,相変化型とスピン活用型,および分子型メモリーの3種がある.真島氏はこのうち,分子型メモリーを取り上げて,その実現に資する研究をやりたいと思っていると語った.

 真島氏は,個々の分子の挙動をナノレベルで評価し,その際の分子に出入りする個々の電子の動きを計測するという,計測評価技術の追求と分子機能評価の両方を並行させることを研究推進の基盤に置いて新技術分野の開拓に挑戦している.こうした研究の進め方は学生時代の水面上の単分子膜の変位電流測定[1]に始まり,STM(走査型トンネル顕微鏡)の探針(プローブ)を振動させる走査型振動プローブによるシリコンの電荷蓄積,空乏,極性反転などの内部状況の局所的検出[2]に発展し,ノンコンタクト原子間力スペクトロスコピーによる単一ナノ粒子の単一電子検出[3]に至った.

 プローブ顕微鏡を駆使して,得意とする電気的特性測定技術を使う研究を進めてきたが,それがSTMを活用する走査トンネル・スペクトロスコピー(STS)によるナノ粒子や単一分子の評価,デバイスの開発につながっている.

2.走査トンネル・スペクトロスコピーによる単一ナノ粒子の評価

 最近,単一分子等の測定にSTMブレークジャンクションという方法が広く使われている.この方法は溶液中に置かれた単一分子に,一定電圧を加えた探針を結合させ釣り上げた時の距離の変化に対応する電流を測り,分子のコンダクタンスなどを評価する.これに対してSTSは,探針の位置を固定して,電圧を変化させて電流の変化を測る.即ちバイアス電圧に相当するエネルギーを変化させることでスペクトロスコピーがとれ,測定物の物性や機能が分かるという特長がある.

 ここで単電子トランジスタを想定した金のナノ粒子の評価例を紹介する[4].図1にSTS測定の探針と金の基板上に置かれたナノ粒子,および,それが形成する二重バリアトンネル接合の等価電子回路を示す.

Fig01.jpg

図1 STS測定の探針とナノ粒子,および形成される等価電子回路
(出典:Phys. Rev. B. 72, 205441 (2005) [4])

 金粒子は表面にアルカンチオール(Alkanethiol)という鎖状の分子を保護基として纏わせている.アルカンは
CH3(CH2)nで,メチレン基(CH2)が鎖状に繋がりアルカン鎖を形成している.その一端に硫黄(S)を含む結合基チオール(SH)が接続されているのがアルカンチオールである.Sは金属に対する親和力が強く,安定な化学結合を形成する.金粒子にはこのSを介してアルカンチオールが結合している.図に示すように,金の基板と上部にある探針との間に金粒子1個を置き,探針を金粒子に接近させて電圧をかけて行くと,探針の先端の原子から,クーロンブロッケードにより1個の電子だけがナノ粒子に載ることができトンネル電流として流れる.更に電圧を上げて行くと追加して1個ずつ逐次電子が流れ,クーロンステアケースと呼ぶ階段状の電流-電圧特性が得られる.

 図1の右の等価回路で,R1はトンネル抵抗,R2はナノ粒子と基板の間のアルカンチオールの一本の鎖のトンネル抵抗である.測定条件を変えて測定したクーロンステアケースからR1とR2を抽出した結果を図2に示す.横軸のセットポイント電流は測定開始時に設定した電流である.

Fig02.jpg

図2 STSによるナノ粒子測定(図1の構成)データ例.
(a)は図1のR1,(b)は図1のR2の測定値.
(出典:Phys. Rev. B. 72, 205441 (2005) [4])

 ここで,○はアルカンチオールの鎖の長さがアルカン8個の場合,●は6個の場合,□はアルカン8個の場合で探針がよりナノ粒子に近づいてアルカンチオールの先端より内側に入った場合である.図から分かることは,R1はトンネル電流で決まりアルカンチオールの鎖の長さには関係が無く,探針を近づけた場合は桁数が変わるほど大きく変わる.一方,R2はアルカンチオール一本の鎖の抵抗であり,種々の条件で安定に一定に保たれている.そして,鎖の長さの違い,即ち,アルカン2個分の違いが約1桁の抵抗値の差として現れている.この実験結果は,STSの探針の先端の1個の原子から流れるトンネル電流は,一本の分子鎖だけを流れ,また,分子の抵抗は,安定した,ばらつきの少ないものであることを示している.「構造の分かった分子でボトムアップにデバイスを組みあげることは,結構素性の良い技術に成り得ることを示唆している.」と真島氏は語った.

3.ナノ粒子単電子トランジスタの創出とその機能性 [5]

3.1 ナノ粒子単電子トランジスタ構築の戦略

 前章のSTSによる単一ナノ粒子評価の経験を踏まえて,単電子トランジスタの構築を次のような化学的プロセスを主役として組み上げることを考えた.

 目標とするトランジスタ構造は,シリコン(Si)基板表面の酸化膜(SiO2)上に,図3の模式図で平面構造を示すように,ソース,ドレイン,および二つのゲート電極層を形成し,ソースとドレインの間の数nmの金(Au)のナノ粒子を挿入する.これによりソース,ドレイン間に前章と同じクーロンブロッケード現象を伴うトンネル効果による電子のやりとりが行われるようにする.

Fig03.jpg

図3 ナノ粒子単電子トランジスタの構造
(出典:Jpn. J. Appl. Phys. 48, 04C180 (2009) [6])

 この構造実現の戦略としては,

(1)電極形成に当たって,電極の母構造は電子線リソグラフィーで作るが,その後は,無電解メッキを行い,極狭の空隙を無電解メッキの自己停止機能で3nmの電極間隙を実現する.

(2)金などの金属表面にアルカンチオールを自己組織化させ,単分子膜で表面を被覆する.この自己組織化単分子膜は,撥水性があり,汚れを防ぎ,表面を安定に保つ.

(3)上記自己組織化単分子膜のアルカンチオールの中に,少数のアルカンジチオール(Alkanedithiol)を混在させる.アルカンジチオールは,アルカン鎖の両端にSを含む結合基チオールを配置したもので,アルカンチオール単分子膜の所々にSが顔をのぞかせる形となる.

 これにより,金ナノ粒子の電極との接続は接触による物理吸着から安定した化学結合となる(図4).なお,アルカンジチオールを混入させるプロセスは,アルカンジチオールの溶液にアルカンチオール自己組織化単分子膜を被覆した電極を浸すと平衡状態になっていて,アルカンチオールの一部がアルカンジチオールに置換わることで実現する.

 最初の電子線リソグラフィーで電極の母構造を作るところを除けば,後は,化学的組み立てで,極めて安定な単電子トランジスタが出来ることになる.

Fig04.jpg

図4 アルカンチオール自己組織化単分子膜(SAM)(写真左)にアルカンジチオールを混在させ(写真中),
金ナノ粒子と化学結合させた(写真右).
アルカンチオールはメチレン基8個,アルカンジチオールは10基の例.
(出典:Jpn. J. Appl. Phys. 48, 04C180 (2009) [6])

3.2 無電解メッキの自己停止機能によるナノギャップ電極の形成

 ナノギャップ電極の形成技術は単電子トランジスタだけでなく,今後分子デバイスにおいても基盤となる技術で,研究のプラットフォームと考えている.

 電極の形成は,先ず,Siの表面のSiO2膜上にTi(2nm)とAu(10nm)を蒸着し,電子線リソグラフィー(EBL)で図5左写真に示す骨格となるパターンを作る.続いて無電解金メッキ(ELGP)で母構造を被覆し,図5右写真の電極パターンが得られる.このメッキの過程で,自己停止機能が働いて,数nmの微細ギャップが形成されるという画期的な特徴がある.

Fig05.jpg

図5 写真左は電子線リソグラフィーで形成した金電極パターン,
写真右はその上に無電解メッキを被せたパターン.
電極ギャップは,写真左12nm,写真右3nm.

 この画期的な無電解メッキを始めて見つけたのは10年位前で,2007年のApplied Physics Lettersに発表した[7].当時はばらつきも多く,ギャップ幅3nm以下が46%位の歩留りであった.その後改良を続け,5nm以下で90%を実現している,製作法は単純安全なヨウ素(I)無電解金メッキである.ヨウドチンキに金箔を溶かし,還元剤としてビタミンC(アスコルビン酸C6H8O6)を加え,加熱してから上澄液を取り出し,水で1000倍に薄めて試料を入れるだけであると云う.メッキ速度を落として滑らかな表面を得ている.では,なぜ寸止めができるのか.

 金電極表面にアスコルビン酸と金の1価のプラスイオンが存在する状態の時,アスコルビン酸が還元剤であるので表面に電子のある状態が形成され,金電極の表面自己触媒反応により,金イオンが還元されて金となりメッキされる.ところが,図6の模式断面図に示すように,電極のギャップの部分が狭くなるとヘルムホルツ層(電極表面に吸着した溶媒や溶質分子,溶質イオンの層)もあり,金が入って行けない.従ってギャップが狭くなるとメッキが出来なくなる.即ち拡散律速で寸止め状態が実現する.図7は,ギャップ長形成実験の例である.

Fig06.jpg

図6 無電解メッキで寸止めの原理


Fig07.jpg

図7 電極ギャップ長の分布例.
右は電子線リソグラフィーで形成した状態,左は無電解金メッキ後.
(出典:Nanoscale 4, 7161 (2012) [8])

 さらに,界面活性剤分子を保護基として用いて,交互嵌合型分子定規無電解金メッキを行うことで,ギャップ長を制御できることを見いだした[9][10].界面活性剤としてアルキルトリメチルアンモニウムブロマイド(Alkyltrimethylammonium Bromide(Cn-TAB))を用い,アルキル鎖長nを変えることで分子の長さを変えると,ちょうどアルキル鎖長のところでメッキが止まる.この電極の表面を覆っているアルキルトリメチルアンモニウムブロマイドは金との結合が弱いので,アルカンチオールの溶液に浸けると,アルカンチオールに置き換わってしまう.従って,前節で述べた単電子トランジスタの工程にそのまま移ることができる.

 このように無電解メッキによる電極形成技術でナノ領域の寸法を制御できことが分かったので,このメッキ技術は,分子デバイスの展開におけるプラットフォームと位置づけていると真島氏は語った.

3.3 ナノ粒子単電子トランジスタの論理機能を確認

 3.1節の図3に示したナノ粒子単電子トランジスタを動作させた測定例を図8に示す[11].写真の矢印のところに直径5.2nmのナノ粒子が入っている.右上のグラフはソース,ドレイン間の電流で,ゲート1に電圧を加えた場合と加えない場合である.左下の図はドレイン電圧Vdとゲート1電圧Vg1を縦軸,横軸とし,色はソース・ドレイン間電流値Iを表している.Vd=0の付近の横方向に繋がる紫色の電流の流れない領域はクーロンダイヤモンドと云われる菱形が繋がった形をしている.この領域はクーロンブロッケード現象で電流が流れない.図右下の色が電流の微分値(dI/dVd)を表すグラフではクーロンダイヤモンドがより明瞭に見えている.この菱形の接点のところは余剰電子の存在確率50%で電流が流れることになる.Vdの値を菱形の頂点より低く設定して,Vg1を横に掃引すれば,電流Iはオンオフを繰り返す単電子トランジスタの独特のクーロンオシレーション特性が得られる.このように単電子トランジスタの基本機能を果たすことが確認された.

Fig08.jpg

図8 化学的に組み上げた単電子トランジスタの動作確認
(出典:Appl. Phys. Lett. 100, 033101 (2012) [11])

 図9にこのデバイスで各種論理演算機能を実行する例として,排他論理和(exclusive OR)について示す[12].図左上の等高線図は,ゲート1に加える入力Aの電圧Vg1を横軸にし,ゲート2に加える入力Bの電圧Vg2を縦軸にしたグラフに,Vdを30mVとした時のソース・ドレイン間の電流値を色で表現している.赤は電流がピークで,紫はゼロである.このグラフに白線で描かれた四角の4つの角をゲート1とゲート2の入力論理0と入力論理1の組み合わせに対応させれば,図上に記載されている論理値表のような出力が得られ,exclusive ORの論理演算が実現する.図右上は,等高線をVg2=0.5Vで横断したときの電流値の変化を示しており,左上図中の横断線上での○と●に対応する点が記入されている.図左下は,4つの角におけるソース・ドレイン間の電流‐電圧特性を示している.また,図右下は,A,Bの入力電圧波形(青線)と出力電流波形(赤線)である.

Fig09.jpg

図9 論理演算機能の排他論理和(exclusive OR)の実行
(出典:ACS Nano 5, 2798 (2012) [12])

 図10は否定排他論理和(exclusive NOR)を実行する際の二つのゲートの論理0と1の入力電圧を示している.この論理入力により,exclusive NORの機能を確認している.

 また,同様に論理和(OR),論理積(AND)およびそれらの否定(NOR,NAND)の論理演算機能の確認もできている.

Fig10.jpg

図10 否定排他論理和(exclusive NOR)の実現
(出典:ACS Nano 5, 2798 (2012) [12])

3.4 ナノ粒子の蓄積エネルギーの設計と常温動作の検討

 化学的にボトムアップで組み上げるナノ粒子単電子トランジスタが,トップダウン的に作製する単電子トランジスタに比べ,より容易に精度よく微細化でき,安定であり,構造制御技術も整ってきた.実験検討の幅も広がりつつある.その一つとして常温動作の可能性についても検討している.

 本研究では金粒子を化学合成で粒径を精度よく製作できることが特徴の一つである.この金ナノ粒子は共同研究している京都大学教授 寺西 利治氏のところで合成している.

 粒径を6.2nm,5nm,3nmと縮小した場合のナノ粒子のキャパシタンスの縮小とその逆数に比例するチャージングエネルギーの増加を求めたのが図11である[13].これまで説明した特性測定は全て9Kかそれ以下の低温で行っているが,常温で動作できるようにしたい.そのためには,チャージングエネルギーを電子の常温での熱エネルギーより大きくする必要がある.現在,160Kから200Kまで動作確認が出来るようになってきている.あと一息で常温で安定に動作するナノ粒子単電子トランジスタが出来ると真島氏は語る.

Fig11.jpg

図11 ナノ粒子の粒径によるキャパシタンスとチャージングエネルギーの変化
(出典:Nanotechnology 26, 045702 (2015) [13])

4.分子デバイス実現とSTS

 「分子デバイスの開発を目的としているが,そのためには分子個々の構造・物性・機能を評価する必要があり,その手段としてSTSが重要であるとの考えで研究を進めている.」と真島氏は語る.この章では,他の大学の先生と共同研究で進めている分子デバイス技術創出のためのSTSを活用した研究例を紹介する.

4.1 金属内包フラーレンのスイッチング機能の発見

 この発見は,フラーレンの研究を行っている名古屋大学教授 篠原 久典氏との共同研究の成果である.直径1nmのフラーレン殻には,テルビウム原子1個を内包させ,その固定位置は殻の中心からずれている.テルビウムは+3価,フラーレン殻は-3価に帯電しており,双極子モーメントが生じる.フラーレン殻を回転させて,双極子の向きを制御できれば単一分子スイッチが実現できる.この制御をSTMで行いその機能を確認した.

 図12の右図は基板とSTMの探針との間にフラーレン殻が置かれ,探針からの電界によって双極子が反転する様子を示している[14].この際,金の基板表面に,前述のアルカンチオール単分子膜を形成しておき,フラーレン殻の回転を可能としている.図12の左図は横軸の探針電圧を振った時の,縦軸のトンネル電流と双極子の向きを示しており,スイッチング現象を説明している.なお,この実験は13Kの温度で行っている.

Fig12.jpg

図12 STMによる金属内包フラーレン双極子モーメントによるスイッチの確認
(出典:Nano. Lett., 5, 1057 (2005) [14])

4.2 分子共鳴トンネル現象の確認 [15]

 この研究は京都大学教授 大須 賀篤弘氏との共同研究で行った.この実験は分子の持つ電子エネルギー準位を活用した共鳴トンネルによる電子の分子間移動を確認したものである.

 π共役系分子(原子間で電子のp軌道が重なり原子グループ内に非局在化電子を持つ)のサブポルフィリン分子間で,電子のエネルギー準位のHOMO(Highest Occupied Molecular Orbital:最高被占軌道)とLUMO(Lowest Unoccupied Molecular Orbital:最低空軌道)の間での共鳴トンネル現象を起こさせ,これに基づく負性抵抗を確認した.即ち,分子による共鳴トンネルダイオードを実現したことになる.

 実験は,STMの探針にサブポルフィリンを付着させ,対向する基板上のサブポルフィリンとの間でトンネル電流を流させた時の特性を,探針にサブポルフィリン付着の無い場合と比較して,分子間に共鳴トンネル現象が起こっていることを明らかにした.

 図13左図は,探針と基板が左右にあって,その間に挟まれた2個のサブポルフィリンの電子準位を示しており,基板側のHOMOから探針側のLUMOへトンネルが起こる状態を示している.図13右図は電流‐電圧及び電流の微分値の特性を表している.明瞭な負性抵抗が見られる.

Fig13.jpg

図13 分子による共鳴トンネルダイオード
(出典:JACS, 135, 14159 (2013) [15])

4.3 分子メモリー機能の発見

 これは名古屋大学教授 田中 健太郎氏との共同研究の成果である.ポルフィリンと云う分子は図14左図に示す様な分子構造で,4か所に見えるS(硫黄)によって右図に示すように金の基板に結合させ,室温でSTS計測を行なった.

Fig14.jpg

図14 STSによる分子のメモリー機能の検出
(出典:Appl. Phys. Lett., 100, 053101 (2012) [16])

 図15左図にその電圧-電流特性をリニアスケールとセミログスケールで示す.初めに電圧を+1.8Vから-1.8Vに掃引し(赤線)次に-1.8Vから+1.8Vに掃引すると(青線),電流は中央部では流れないが,その両外側ではヒステレシス曲線を示し,メモリー機能があることを示している.図15右図は,書き込み,読み出し,消去のパルス電圧に対する電流の変化を調べたものでメモリー動作が確認された.

 電流のオンオフ比は2.9で少ないが,室温で単分子メモリー効果を発見した意義が大きい.ここで起こっている原因については,まだ分かっていないが,クーロンブロッケード現象の変調が起こっていると考えられるという.

Fig15.jpg

図15 分子メモリーの機能評価
(出典:Appl. Phys. Lett., 100, 053101 (2012) [16])

4.4 分子デバイスについての今後の展開

 以上述べたように,STSによる分子のデバイスとしての評価を進めているが,この先に向けて,現在次のような検討を進めている.

(1)STSによりメモリー機能を確認した分子をナノギャップ構造の電極に入れて安定なデバイス構造での評価を進める.

(2)ナノギャップの電極構造は分子デバイス研究開発のプラットフォームとして,一貫して活用して行くことを考えており,その改良を図っていく.分子の評価に当たって,ゲート電極を備えたトランジスタ構造は分子のより詳細な物性の評価を可能とする.そのゲートの効果を高めるためには,ソース・ドレインの電極幅を細くして,ギャップ内の分子とゲート電極の距離を近くすることが望まれる.これまで60nmであった電極幅を,図5に示したように40nmまで細めることができている.また実験的にはゲートを上下に挟む試みも行っている.下は基板の金であり,上は電極を橋渡しする形をとっている.

(3)ナノメートルレベルの微細構造では材料特性も変わる.温度安定性の考慮を含めて,金以外の材料や,メッキ法の改善を検討する.

 真島氏は「このプラットフォームを使って,これまで種々発表されている分子トランジスタとは違い,常温で安定した動作が保証され,誰もが納得する分子トランジスタを作ることを一つの目標とした研究開発を進めている.」と語った.

 2節に紹介したように,分子がナノ電子デバイスとして機能を発揮する二つの現象の活用が考えられる.一つは分子が持つ電子のエネルギー準位を活用した共鳴トンネル現象の活用であり,もう一つは,分子中の電荷に基づくクーロンブロッケード的現象の活用である.後者の場合,例えば電界により分子中のイオン価数が変わる等の構造変化が起こり,それがクーロンブロッケードのエネルギーの変化として電界除去後も保たれれば,単分子メモリーとなる.分子デバイスには極めて様々な可能性があると思われるが,ボトムアップエレクトロニクスとして真っ先に実用に結びつくのは,単分子メモリーであろうと真島氏は推測している.

5.おわりに

 真島氏はSTS解析とボトムアップ手法によるナノギャップ電極を武器として,ナノレベルの分子の評価による,分子デバイスの可能性追求を一貫して続けており,そこで評価する分子に関して各方面の専門グループと共同研究を行い,成果を挙げてきた.今後もその方針で研究を展開すると云う.また,ナノギャップ電極については,分子デバイス用だけではない他のアプリケーション,例えば量子情報やセンサー応用等への広がりもあり得るとしている.

 将来,集積規模の大きいLSIに分子デバイスが適用される場合でも,単分子のデバイスとしての徹底的評価と完成度向上が不可欠との信念で未知の領域の開拓に邁進している.様々な共同研究から生まれる成果は,分子デバイスによるボトムアップエレクトロニクスの基盤を確立し,新たな産業の発展に結びつくものと期待される.

参考文献

 本文中の図は,全て真島氏より提供されたものである.

[1] Mitsumasa Iwamoto, Yutaka Majima, Haruhiko Naruse, Tetsuya Noguchi & Hiromasa Fuwa, "Generation of Maxwell displacement current across an azobenzene monolayer by photoisomerization", Nature Vol. 353, p. 645 (1991).
[2] Yutaka Majima, Yutaka Oyama, and Mitsumasa Iwamoto, "Measurement of semiconductor local carrier concentration from displacement current-voltage curves with a scanning vibrating probe", Physical Review B Vol. 62, p. 1971 (2000).
[3] Yasuo Azuma, Masayuki Kanehara, Toshiharu Teranishi, and Yutaka Majima, "Single Electron on a Nanodot in a Double-Barrier Tunneling Structure Observed by Noncontact Atomic-Force Spectroscopy", Physical Review Letters, Vol. 96, p. 016108 (2006).
[4] H. Zhang, Y. Yasutake, Y. Shichibu, T. Teranishi, an Y. Majima, "Tunneling resistance of double-barrier tunneling structures with an alkanethiol-protected Au nanoparticle", Physical Review B, Vol. 72, p. 205441 (2005).
[5] 真島 豊, "ボトムアップ手法で作製する単電子トランジスター", パリティ, Vol. 28, No.5, pp. 42-45 (2013).
[6] Xinheng Li, Yuhsuke Yasutake, Keijiro Kono, Masayuki Kanehara, Toshiharu Teranishi and Yutaka Majima, "Au Nanoparticles Chemisorbed by Dithiol Molecules Inserted in Alkanethiol Self-Assembled Monolayers Characterized by Scanning Tunneling Microscopy", Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 48, No. 4S, p. 04C180 (2009).
[7] Yuhsuke Yasutake, Keijiro Kono, Masayuki Kanehara, Toshiharu Teranishi, Mark R. Buitelaar, Charles G. Smith and Yutaka Majima, "Simultaneous Fabrication of Nanogap Gold Electrodes by Electroless Gold Plating using a Common Medical Liquid", Applied Physics Letters, Vol. 91, p. 203107 (2007).
[8] Victor M. Serdio V., Yasuo Azuma, Shuhei Takeshita, Taro Muraki, Toshiharu Teranishi and Yutaka Majima, "Robust nanogap electrodes by self-terminating electroless gold plating", Nanoscale, The Royal Society of Chemistry, Vol. 4, p. 7161 (2012).
[9] 戦略的創造研究推進事業 (CREST) 研究領域「ナノ科学を基礎とした革新的製造技術の創成」研究課題「高精度にサイズ制御した単電子デバイスの揮発」研究終了報告書 研究期間 平成20年10月~平成26年3月.
[10] Victor M. Serdio V, Taro Muraki, Shuhei Takeshita, Daniel E. Hurtado S, Shinya Kano, Toshiharu Teranishi and Yutaka Majima, "Gap separation-controlled nanogap electrodes by molecular ruler electroless gold plating", RSC Advances, Vol. 5, p. 22160 (2015).
[11] Norio Okabayashi, Kosuke Maeda, Taro Muraki, Daisuke Tanaka, Masanori Sakamoto, Toshiharu Teranishi, and Yutaka Majima, "Uniform charging energy of single-electron transistors by using size-controlled Au nanoparticles", Applied Physics Letters, Vol. 100, p. 033101 (2012).
[12] Kosuke Maeda, Norio Okabayashi, Shinya Kano, Shuhei Takeshita, Daisuke Tanaka, Masanori Sakamoto, Toshiharu Teranishi, Yutaka Majima, "Logic Operations of Chemically Assembled Single-Electron Transistor", ACS Nano, Vol. 5, p. 2798 (2012).
[13] S. Kano, D. Tanaka, M. Sakamoto, T. Teranishi, Y. Majima, "Control of charging energy in chemically assembled nanoparticle single-electron transistors", Nanotechnology, Vol. 26, p. 045702 (2015).
[14] Yuhsuke Yasutake, Zujin Shi, Toshiya Okazaki, Hisanori Shinohara and Yutaka Majima, "Single Molecular Orientation Switching of an Endohedral Metallofullerene", Nano Letters, Vol. 5, p. 1057 (2005).
[15] Yutaka Majima, Daisuke Ogawa, Masachika Iwamoto, Yasuo Azuma, Eiji Tsurumaki, and Atsuhiro Osuka,"Negative Differential Resistance by Molecular Resonant Tunneling between Neutral Tribenzosubporphine Anchored to a Au(111) Surface and Tribenzosubporphine Cation Adsorbed on to a Tungsten Tip",Journal of the American Chemical Society, Vol.135, p.14159 (2013).
[16] Shinya Kano, Yasuyuki Yamada, Kentaro Tanaka, Yutaka Majima, "Room-Temperature Single Molecular Memory", Applied Physics Letters, Vol. 105, p. 053101 (2012).

(向井 久和)

 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です. nanotech2014_banner.jpg