NanotechJapan Bulletin

 メニュー
      


<第39回>
ナノファイバーの量産技術
株式会社ゼタ 副社長 谷岡 明彦氏に聞く

LifeAndGreen.jpg

portrait-caption.jpg

 nano tech 2015国際ナノテクノロジー総合展の会場で,ガラス張りの装置の中で白いファイバーが綿のようになって飛んでいる展示に人だかりがしていた.株式会社ゼタのブースである.そのゼタはnano tech大賞2015で独創賞を受賞した.受賞理由は「様々なプラスチック素材のナノファイバーを安価に大量生産できる独自の紡糸法を開発した.PM2.5対応マスクなどナノファイバーの幅広い応用に道を開いたことを賞す.」と発表されている.

 今回その新紡糸法がどの様なものかを知るために,株式会社ゼタを訪問し,副社長で東京工業大学名誉教授の谷岡 明彦(たにおか あきひこ)氏にお話を伺った.

 

 

 

 

 

 

 

 

1.ナノファイバーが拓く新しい世界へ向かって

 株式会社ゼタ(Zettta)は,2011年11月11日に発足した東京工業大学発のベンチャー企業で,ナノファイバーの量産装置の開発やアプリケーションの開拓を行う会社である.社名のZettaは,Tera(1012),Peta(1015),Exa(1018)に続く「1021」を表す単位の表現であり,ナノファイバーの量産規模の拡大と普及と共に会社の発展を象徴している.

1.1 ナノファイバーへの期待

 ナノファイバーは,1nmから100nmの太さで,長さが太さの100倍以上ある繊維状の物質をいう.様々な機能を発現することが立証されていることから,夢の素材として衣類,建築,コスメティック,メディカル,電気,電子分野など幅広い用途への応用が待望されている.

 一方,ナイロンの発明に始まった合成繊維の発展は衣料に画期的な変革をもたらしただけではなく,様々な工業用資材として発展している.合成繊維は力学的強度に優れ,耐水性があり,コンポジット(複合材料)が作れ,新たな機能付与が容易であり,紡糸時に繊維径を自由に制御できる等の特長がある.繊維メーカーは,繊維径を微細化することで製品の特徴を出す努力を続け,サブミクロン領域に達してナノファイバーを生産している[1].しかし,これらの工業生産に適用されている製法は,例えば,微細吐出孔を設けた口金から溶融した島と海の2種類の高分子を吐出させた後,海を除去して島をファイバーとして残す複合溶融紡糸法など,溶融高分子から直接ファイバーを生成する方法であるが,より微細なナノ領域での実用は困難とされている.

1.2 ナノ領域の微細化を可能とするESD法

 一方,ナノ領域の微細化を可能とする方法としてエレクトロスプレーデポジション(Electrospray Deposition, ESD)法と呼ばれる手法がある.先端がノズルとなった容器に高分子の溶液を入れ,ノズルと対向する基板と溶液の間に数千~100万ボルトの高電圧を印加すると,静電気力により試料溶液が液滴あるいはジェットとしてノズルから噴射される.液滴あるいはジェットは帯電しており基板に引きつけられる.その間,液滴は微小で比表面積が大きいので,溶媒は急速に蒸発してしまい,溶質高分子が基板に堆積され,基板上にナノスケールの粒状・紡錘上・繊維状などの構造体が形成される.一般に,分子量の比較的小さい試料の場合粒子構造に,分子量の比較的大きい場合は繊維構造になりやすいという.ESD法により繊維構造のみを取り出す場合を,特に電界紡糸(Electrospining, ESP)法と呼んでいる.

1.3 ESD法の特徴と課題

 ESDによるナノファイバーの製造は,ファイバー径を100nm以下にすることも容易であり,注射器と高圧電源を基本とする簡単な装置で実験が可能であり,1990年代後半,ESDの研究がブームとなった.しかし,生産性が非常に低いので用途が限られた.繊維径が細い効果を活用し,少量でも可能な用途を開発したのは,米国ドナルドソン社で,不織布や紙の上に繊維を微量コーティングすることでエアフィルター性能を向上させた.その効果を広く認識させたのは,第2次湾岸戦争で戦車のエンジンのエアフィルターに用いて,砂漠での活動を可能としたことである.ただ,車のエンジン用エアフィルターへの適用は,特殊な大型車に限られ,経済性が問われる量産車には適用できなかった.

 2000年以降,グローバルにナノテクノロジーの研究開発が活発化している.ESDで可能となるナノファイバーの微細領域では,不織布が対象となる.これまで不織布産業は世界的に見ると発展が著しいが,国内の生産量は世界ランキングでも10位以下と低い.用途は医療・衛生用,生活関連用,産業用が中心であるが,品質が高くて高度な技術を要する製品の部材として使われて,生産量は少ない.ナノファイバー不織布を作る場合は特に,電界紡糸法の弱点である低い生産性のため工業化が進まない状況であった.

1.4 課題解決に向けNEDOの大型プロジェクト

 こうした状況を打開すべく,2006年から2011年にかけて独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の大型プロジェクト「先端機能発現型新構造部材基盤技術の開発」(通称:ナノファイバープロジェクト)が谷岡氏をプロジェクトリーダーとして行われた[2].そこでの研究開発の経験を経て(株)ゼタの飛躍的な量産技術が誕生した.なお,このプロジェクトの中でナノファイバーの発揮する効果は表1に示すように纏められている.将来のトータル市場規模としては10年前のプロジェクト開始時には6.5兆円と予想されていたが,現在は10兆円を超えると予想されると谷岡氏は語った.

表1 ナノファイバーで発現する効果と期待される応用例 [2][3]

Table01.jpg

2.ナノファイバー量産化へのステップ――NEDO「ナノファイバープロジェクト」 [2]

2.1 ナノファイバープロジェクトの構成

 このプロジェクトは,産学の科学的・技術的な能力を集結して,共通基盤技術を確立すると共にその上に複数の実用化技術の展開を並行して進めるという特徴ある構成になっており,産業技術の戦略的展開に繋がることを狙いとし,以下の項目で開発を行った.

【共通基盤技術】
 ①電界紡糸法における繊維高機能化,大型装置化技術の開発
 ②ナノ溶融分散紡糸法による炭素超極細繊維製造技術の開発
【実用化技術】
 ③高性能,高機能電池用部材の開発
 ④高性能,高機能フィルター用部材の開発
 ⑤高性能,高機能医療衛生・産業用部材の開発

ここで,基盤技術開発には東京工業大学を中心に3社が参加し,実用化技術については11社が参加している.ゼタはプロジェクトの種々の成果のうちプラスチックナノファイバーの量産技術の発展のために設立された企業であり,今回は上記①の活動に着目して以下に紹介する.

2.2 電界紡糸法における高性能化の目標と課題への挑戦 [2]

 電界紡糸法は,繊維径をナノ領域で制御でき,常温での紡糸が可能であり,更に,高分 子,たんぱく質,無機材料等,材料に関わらず超極細繊維を製造できる唯一の紡糸法である.しかしながら,生産性が極めて低く,また,溶媒回収の必要性があるなどにより,本格的工業化に至っていない.そこで,大型紡糸装置の開発が強く求められていた.

 当時の製造装置では1本のノズルからの溶液吐出量は毎分1µ? 程度と非常に少なく,ノズル本数を増やす場合には吐出液相互間の干渉による繊維径の制御が難しくなる等の問題もあり,当時の最大ノズル数は約2万本であった.不織布材料の大量生産には少なくともその10倍の本数が必要とされた.また,当時エアフィルター用等に工業生産(メルトブロー法)されている最小繊維径は500nm程度であり,超高性能エアフィルター開発にはさらにその10分の1の繊維径が必要とされた.

 このプロジェクトの目的は,工業化に適する量産可能な大型装置技術の開発であり,2010年度までに表2の特性値が得られ,当初の目標が達成された.なお,装置は,ノズル,メインフレーム,電源及び電界・流体制御系,乾燥系及び溶媒・繊維塵回収系から構成されている.ここでメインフレームは,ノズルから噴出した超極細繊維を集積する集積板,集積板を巻き取る巻き取り装置あるいはフィラメントを巻き取る巻き取り装置等からなるシステムである.

表2 2010年度に達成した大型電界紡糸装置基盤技術の性能値 [2]

Table02.jpg

 これらの性能を得るために,ノズル製造技術,電界の制御技術,流体制御技術および溶媒と繊維塵回収技術の開発を行った.電界紡糸法では,原料液が電荷を付与されてノズルから電界によって引き出される.比表面積の大きい液滴から溶媒は急速に蒸発し,その体積が減るので電荷密度が高まり,原料液の中に発生する反発方向のクーロン力が原料液の表面張力より勝った時点で原料液が爆発的に線状に延伸される現象が生じる.これが静電延伸現象である.これによりナノオーダの繊維や微粒子を生成する.静電延伸現象を効果的に行わせるために,ノズル形状,印加電圧,ポリマー粘度,流体速度,帯電量制御などの最適化を検討し,また,複数のノズルから吐出する場合の相互干渉も考慮する必要があった.

 蒸発した有機溶媒は回収して再利用するが,引火性があり,高電界を扱う空間内で爆発を起こす可能性がある.各国の電界紡糸装置は皆有機溶媒の引火爆発の経験があるとのことであり,研究開発での対応と共に,製品化技術として爆発の起こらないシステムの確立を目指した.

2.3 ナノファイバー量産化技術と安全化技術の追求

 量産性能を決める基となるノズルの検討では,多数ノズルの配列の問題では,1次元に配列した多ノズル方式,それを多列配列した多ノズル方式等におけるノズル間の電界の影響を検討し,多数ノズルからの安定なスプレーを可能とした.更に,新しいノズル方式として,ロータリーシリンダー方式を開発した.シリンダーの先端部の側面に多数の原料吐出口が設けられている.回転遠心力を利用しながらナノファイバーを生成させる方法である.

 これにより,従来のノズル方式の約百万倍の生産能力を実現できるようになった.また,このノズル方式は,ノズル間の電界干渉を防ぐ効果もあった.なおシリンダーには高電圧が加わるので,回転駆動モータとの間は完全に絶縁されている.

 一方,生産されたナノファイバーを捕集する仕組みとしては,平板の上に堆積する方式など検討されたが,ロータリーシリンダー型ノズルの大量生成能力に対応して大型ドラムの捕集器を開発した.図1左は,ロータリーシリンダー型ノズルと大型ドラム捕集器で行った紡績実験の写真である.写真の中央やや左の2基のロータリーシリンダーがドラムに向かっている.写真右上は製造されて1.5m×6mの不織布,写真右下はシリンダーから不織布を巻き取る様子を示している.

Fig01.jpg

図1 左写真:ロータリーシリンダーノズルと大型ドラム捕集器による実験模様,
右上写真:1.5m×6mのPVA(ポリビニルアルコール)不織布,
右下写真:シリンダーから不織布を巻き取る様子 (提供:谷岡氏)

 前述の蒸発有機溶媒の爆発の危険を避けることと,溶媒を回収するために,ナノファイバー紡糸空間に風を流して,溶媒蒸気濃度を制御する方法についても,ナノファイバー生成への影響を含めて種々の方式の実験検討が行われた.一つの答えとして,空気の流れを活用してファイバーリング方式によりナノファイバー生成部と捕集部を分離し,溶媒蒸気を含んだ空気は捕集部を経てスクラバで溶媒を回収し,温度調整をして再びナノファイバー生成部に戻すという溶媒循環方式を構築した.

 このNEDOのナノファイバープロジェクトではロータリーシリンダーノズルを基本とし,ファイバーリング方式を採用して,世界一安全な大量生産電界紡糸装置(図2)を提案することができた.またノズルの生成能力では,ノズル1孔での吐出量が20µ? /本・分という世界最高性能を記録している.さらにシリンダノズルの場合は一個が従来のノズルの20万本相当である[2][4].

Fig02.jpg

図2 世界一安全な大量生産電界紡糸装置 (提供:谷岡氏)

 しかし,産業化に際し,ロータリーシリンダーノズルに関しては紡糸過程の制御技術を確立する必要があり,繊維径やばらつき等の品質管理,電力消費,メンテナンス等の実用上の様々な要素を考慮した上で,最適なノズル性能を決める必要がある.

 図3はプロジェクトの最終年2011年に生成したナノファイバーの走査型電子顕微鏡(SEM)写真で,写真中に表示された各点のナノファイバーの径を測定しており,太い一本が108nmで,それ以外は20nm台である.図4はこれを生成した電界紡糸装置の16連ノズルからのポリウレタンナノファイバー吐出の様子を示す[5].ノズルの数は用途,例えばシートの幅に対応して増設できる.

Fig03.jpg

図3 繊維径20nm台のナノファイバーのSEM写真 (提供:谷岡氏)


Fig04.jpg

図4 電界紡糸装置の16連ノズルから吐出するポリウレタンナノファイバー (提供:谷岡氏)

3.(株)ゼタでの大量生産への飛躍

 ナノファイバープロジェクト終了後,プロジェクの基盤技術開発に参加していたパナソニックファクトリーソリューションズ株式会社(PFSC)を退職した高橋光弘氏が中心となり,谷岡氏と協力して(株)ゼタを設立した.ナノファイバー紡糸量産装置の工業製品としての完成と量産ナノファイバーの応用展開による社会貢献を目指し,東工大すずかけ台キャンパスの東工大横浜ベンチャープラザーで研究・開発を進めている.

3.1 Zetta ESD法の試作による大量生産時の新たな課題の発見 [6]

 最初に取り掛かった装置は,より生産規模を高めることを狙ったもので,Zetta ESDと名付けられた.その特徴は,

1.ノズルから吐出するナノファイバーの帯電量が大きく,その生成量が多い.

2.繊維径を100nm以下にすることができる.

3.引火性空気溶媒蒸気を空気で2000ppm以下に希釈して爆発を防止している.

であった.しかし,この装置の製造により,従来のESD法の生産量が少なかったため分からなかったESDに共通の次の課題が明らかになった.

1.繊維径が300nm以下になるとファイバーに腰がなくなり,電荷を持った大量のファイバーがクーロン力で基板に引き付けられ,2次元構造に潰れてしまい,圧力損失が増加し,捕集効率が悪化する.

2.繊維径が100nm程度になると基材の間隙を通ってナノファイバーが基板に到達し,接着することで,基材を移動させる時にナノファイバー層が引っ張られて穴が空く.

3.空中にあるナノファイバーが有するチャージが基板に放電し,すでに堆積しているナノファイバー層が溶けて穴が空く.

4.湿度によって帯電したポリマーからの放電量に差が生じナノファイバーの生成が影響される.

5.ナノファイバーが小さな空間で大量に生成されるため,蒸気密度が大きく変化する.

 

3.2 新紡糸方式Zs(Zeta spinning)方式の創出

 Zeta ESD方式の問題解決を目指して,ノズルと基板の間の帯電したナノファイバーを吹き飛ばし,且つ,有機溶媒蒸気濃度を2000ppm以下にするようにブロアーで大量空気を送りこむ実験からヒントを得て,新方式を創出した.

 新紡糸方式Zs(Zeta spinning)方式の構造は図5に示すように単純である.ノズルから引き出される材料の高分子は高速高温の空気の流によって巻き込まれる緩やかな気圧層によって惹きこまれ徐々に延伸していく.Zs方式には,電界を使って溶媒に溶かした高分子を引出しつつ高速高温の空気の流れに載せる溶媒紡糸方式と,熱で溶かした高分子を電界印加せずに高速高温の空気の流れに載せる溶融紡糸方式がある.前者の場合,その延伸は電界で引き出された後溶媒が急速に蒸発し高分子が固形化し延伸力と釣り合った時に止まり,後者の場合,高分子が冷却して固形化し延伸力と釣り合った時に止まる.

Fig05.jpg

図5 Zs方式の原理図 (出典:参考資料[6])

 ナノファイバー製造の溶媒法と溶融法は用途によって使い分ける.フィルターには溶媒法を使っている.溶媒法で作ると分散が少なく,付加価値は高いが,コストも高い.溶融法は分散が大きいが,生産性は高い.

 ゼタのZsの大きな利点は,生産性が飛躍的に高まったことである.特に溶融法を用いると,ポリプロピレン(PP)で毎分25kg生産することができる.そのうえ,この性能を出すのにノズルは数本で済み,メンテナンスも簡単である.また,熱可塑性高分子や溶剤可溶高分子だけでなく,ガラス等の無機材料,カーボン,金属材料にも適用可能という.繊維径は,適用する材料により異なるが,50nmから20µmまでと広い.さらに,溶融法には次の特徴がある.

1.高電圧を使うことがなく,爆発の危険性がないので安全である.

2.電界干渉がないため,絶縁や帯電の対策が不要である.

3.クーロン力がないので,3次元構造のフィルターを作ることができる.

4.温度・湿度の影響がない.

5.吐出量をノズル径で制御できる.

 表3にナノファイバーの各種製造法の特徴(長所,短所,対象材料)の比較を示す.また表4はZs方式とメルトブロー方式(註)の性能等の諸元を比較している.

(註)メルトブロー(Melt Blown)法:従来からある不織布作製法で,押出機で溶融した熱可塑性樹脂を幅方向に1m当り数百から1000個以上の口金を持つダイから押し出すと同時に,口金周辺に同じ方向に高温・高速の空気流を作り,樹脂を引きだし繊維状に延伸させ,コンベアー上に堆積させる方式.

 

表3 ナノファイバーの各種製造法の比較 (出典:参考文献[4])

Table03.jpg


表4 Zs方式とメルトブロー方式の比較 (出典:参考文献[4])

Table04.jpg

 図6はZs方式の溶融型量産装置によるナノファイバー大量生成の実験状況を示す写真である.図7は,溶融型装置で生成されたナノファイバーのSEM写真で,他社の製品と比較している.写真aのエバールの繊維径測定値は2.8µm~5.8µm,写真bのリサイクル製品の場合は0.83µm~5.0µmであるのに対して,Zsの溶融型装置で大量生成されたナノファイバー径は,写真cのPP(90%)とPET(10%)の場合0.57µm~1.7µm,写真dのPLA(ポリ乳酸)の場合0.31µm~0.53µmである.図8に表4に示したZs方式の特徴とする応用例の写真を示す.

Fig06.jpg

図6 Zs方式の溶融型量産装置によるナノファイバー大量生成の実験状況 (提供:谷岡氏)


Fig07.jpg

図7 生成ナノファイバーのSEM像の比較.
a:エバール,b:リサイクルPET,
c:ゼタでPP(90%)とPET(10%),d:ゼタでPLA
(提供:谷岡氏)


Fig08.jpg

図8 溶融型ナノファイバー量産装置Zsによる製品例.
a:Thickシート(布団),b:Thinシート(ダウンジャケット,おむつ),
c:Thickシート(油回収),d:綿
(提供:谷岡氏)

3.3 Zs方式が拓く応用展開 [3][6]

 Zs方式によって,大量にそして安価にナノファイバーが得られるようになった.これにより表1に示したようなナノファイバーが発揮する特異な効果が,広く現代社会の様々な問題解決や人々の生活の快適化に貢献することが可能になると期待される.以下に,いくつかの例を挙げる.


(1)エアフィルターおよびマスク

 エアフィルターは,製鉄所,工場,ごみ焼却炉の煤煙処理に使われている.ここにナノファイバーフィルターを使えばフィルター能力が高いのでモータの電力を30~40%削減できる.価格が問題視されるが,エアフィルターは不織布等にナノファイバー不織布をコートするだけで使用量が少ないので,溶媒型紡糸法が適用できる.

 フィルター性能は図9に示すように繊維径に依存することが知られている[6].繊維の太さで決まる空間より大きい粒子は通過できないので取り除ける.また,十分小さい粒子も拡散と吸着によって取り除ける.しかし,その中間のサブミクロンのものがとれない.これはPM0.5やウイルスの大きさに当る.ところが図に50nmの例で示すナノファイバーだとうまくとれる.このため,PM0.5対応マスク,エアコン,空気清浄機にナノファイバーフィルターに用いて効果を発揮することになる.今後の市場展開に期待している.フィルター材料がプラスチックだと,煤煙をさましてから使う必要があるので,高温のままでのフィルトレーション膜を開発したいと谷岡氏は語った.

Fig09.jpg

図9 繊維径による微粒子に対する捕集効率特性の変化 (出典:参考資料[6])

(2)断熱性,吸音性,抗菌性,難燃性の活用

 グンゼは数百nmのナノファイバーのポリウレタンシートを作った.ポリエステルの布で表面を覆ってインナーウェアにしてnano tech総合展にも展示している.防寒性と共に透湿性があり.ヒートテックの対抗品である.課題は価格の低減である.ゼタはナノファイバーの大量生産による低価格を狙っている.特に溶融型紡糸法では,図8dに示した綿は自然に大量にできる.綿のファイバー径は製造条件で設定できるが,例えば100nm~数µmのように分布している.実用的にはこれは利点となる.太いファイバーが機械的な弾力性を持ち,細いファイバーは断熱性を発揮する.布団に使うと,軽くて暖かく,透湿性のあるものが出来,羽毛布団に代わる機能性がある.中国では使われるようになったが,日本では羽毛でないと高級と見なされず,普及に苦労しているとのことである.

 その他に,ナノファイバーは分子間力によって,ウイルスやバクテリアを引きつけることで,抗菌性を発揮するとのこと.図10はナノファイバーに塩(細菌モデル)が付着している様子を示す.また,ナノファイバーの熱容量が小さいため,加熱により簡単に溶けることで難燃特性が良いとされている.

Fig10.jpg

図10 ナノファイバーへの塩(細菌モデル)の付着 (出典:参考資料[6])

(3)油水分離特性の活用

 PPやPETは親油性と撥水性の特徴を持っているので,強い油吸着特性を持つ.油を取り込む能力が大きく,吸収速度も速い.図11は油を吸収したPPとPETの綿で,自重の50倍の油を吸収する.この能力を用いれば,海難事故や海底油田から漏洩した油の回収に活用できる.

Fig11.jpg

図11 油を吸収したPP,PRT綿 (提供:谷岡氏)

(4)砂漠の緑化

 PPやPETのナノファイバーシートの超撥水性と,砂の毛細管現象を活用して貯水の実現を図るアイディアが提案されている.ナノファイバーシート上に砂の層を作り,更にその表面をナノファイバーシートで覆う構造で,上面シートに穴を開けて,植物を植える(図12).表面シートは,昼は太陽光を反射して水分の蒸発を防ぎ,夜は保温の働きをして,水が凍らないようにする.ナノファイバーシートは1kgで30m2に敷くことが可能であり,また,シートのつなぎ目は重ねて砂を掛けるだけでよいとのことである.シートは軽量で,施工に重機は不要と云う.

Fig12.jpg

図12 砂地の乾燥防止と保温により植物を育成 (出典:参考資料[6])

(5)ナノファイバーの医療分野への応用 [3]

 この分野では,医療現場に於いて使用量が少ないこともあり,その場合は小規模な電界紡糸装置の利用が可能であるが,使用量が多量になれば,量産装置による経済化が有効である.

■ ドラッグデリバリーとして
 主として生体高分子から作製されたナノファイバーで構成されたナノファイバーシートは生体活性材料あるいは薬剤のキャリアとして活用することができる.医薬有効成分を高分子に添加して電界紡糸法でナノファイバーシートを作製し,生体内で医薬成分を効率よく放出させるもので,難溶性薬物の生体内利用を著しく向上させると云われている.

■ 創傷治療
 キトサン,ゼラチン,コラーゲンの生体高分子やポリ乳酸(PLA),ポリカプロラクトン(PCL),ポエイグルコール酸(PGA)等の生分解性合成高分子を原料としたナノファイバーシートに薬剤を含浸させたり吸着させたりしたものは,創傷被覆材や創傷治癒に使用される.すでにin vitroin vivoの実験でその有効性が示されている.さらに,ナノファイバーが有する本来の抗菌作用を利用したり,抗菌や殺菌作用を有する薬物をあらかじめ添加することにより薬効効果を更に高めることができる.

■ 再生医療用培地
 多くの医療用ナノファイバーは,前述の生分解性合成高分子から紡糸され,さらに様々な薬物添加剤を加えて必要機能を付加することもできる.そのサイズはヒト細胞のサイズに近いので,これを用いて細胞移植に重要な働きをするスキャフォールド(足場材)を作ることが考えられている.近年活発に研究開発が進められている細胞移植の進展への貢献が期待される.

4.むすび

 ナノファイバー作成に優れた機能を発揮する電界紡糸であるが,その生産性の向上には多くの壁が立ちはだかっていた.これを突破するためのナノファイバープロジェクトでは,輻輳する課題を一つ一つ解決する努力の積み重ねで,量産装置の可能性を実証した.この成果を引き継いで実用量産装置開発を行うため設立したゼタでは,一段と飛躍した新方式Zsを創出した.世界で初めての本格的ナノファイバー大量生産装置であり,ナノファイバーの新しい時代を切り開くものと谷岡氏は語る.

 ゼタは,事業推進にあたって,「地球防衛軍」と称して地球環境問題解決への貢献を目指す活動を行っている[5][6].前章で紹介したナノファイバーの応用例の他に,海水・汚水の淡水化,浸透圧発電,メタルナノファイバー,カーボンナノファイバー等の課題も提起されている.ナノファイバーが次世代材料として,自然環境,エネルギー問題の解決に貢献すると共に人々に安全で豊かな暮らしをもたらす時代が開かれつつある.

参考文献

[1] 企画特集:「10-9 INNOVATIONの最先端」
~Life & Green Nanotechnologyが培う新技術~「ナノファイバーの創出とその織りなす世界」,NanotchJapan Bulletin, Vol.6, No.2, 2013.
https://www.nanonet.go.jp/ntjb_pdf/nanoInnov-01.pdf
[2] 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 研究評価委員会,「先端機能発現型新構造繊維部材基盤技術の開発」事後評価報告書,平成24年3月
http://www.nedo.go.jp/content/100496844.pdf
[3] 谷岡明彦,木山晋哉,「医療とナノファイバー」, 高機能性繊維の最前線~医療,ヘルスケア分野への挑戦,第3編,第1章,CMC出版2014
[4] 谷岡明彦,「セダナノファイバー」,WEB_Journal 2015年8月号
[5] 谷岡明彦,「化学・バイオ分野の注目ベンチャー ゼタ ナノファイバーが世界を救う」化学経済,Vol. 62, No. 11, pp.42-43 (2015年9月)
[6] 髙橋光弘,「ナノファイバーが紡ぐ未来の世界」,WEB_Journal,No.154(2014年11月)

(向井 久和)

 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です. nanotech2014_banner.jpg