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<第41回>
厳しい環境下で使用可能な“超耐水熱劣化性ジルコニア”の創出 ~基礎研究からの知見を元に産学連携で世界最高性能のジルコニアを開発~
東京大学 幾原 雄一 教授,東ソー株式会社 松井 光二 主席研究員に聞く

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 ジルコニアは,金属のジルコニウム(Zr)が酸化した白い粉末(ZrO2)を焼き固めたセラミックスである(以下ではジルコニア粉末,ジルコニア・セラミックスともにジルコニアと略称する).融点が2700℃と高く耐熱性があるので,スペースシャトルの外壁材に使われた.一般にセラミックスは,陶磁器の茶碗のように硬いけれども割れやすい.しかし,ジルコニアは硬さに加えて,ある程度曲げても割れないしなやかさを合わせ持っている.鋼鉄と比べ得るような高強度・高靭性を持っていて,しかも鋼鉄より軽いという特徴がある.その特徴を活かして,白いセラミックス製の包丁に利用されている.最近では,歯科治療で従来の金歯に替わり,見た目は歯と同じであるが本物の歯より硬くて丈夫ということで,義歯や被せ物として身近な存在になっている.この鋼鉄のようなセラミックスであるジルコニアでも,高温大気や熱水中に長時間さらされると劣化してしまうという欠点があり,その用途の拡大を阻んでいた.

 2015年8月27~28日に開催されたJSTフェア2015で,東ソー株式会社と東京大学は,“厳しい環境下で使用可能なジルコニアの創出に成功”したと発表・展示した[1].この成果は,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業の支援を受けて成し遂げられたものである.東ソー株式会社ではセラミックス焼結体の結晶相変態に伴う結晶粒界でのナノスケール解析で長年にわたって基礎研究を積み重ね,それをベースにして高品質ジルコニアをファインセラミックス製品として量産レベルで安定生産している.今回の発表は東京大学との共同研究で,更に“超耐水熱劣化性”を持つ世界最高性能のジルコニアを開発するに至ったもので,その経緯を伺うべく,東京大学大学院工学系研究科総合研究機構の幾原 雄一(いくはら ゆういち)教授を研究室に訪ね,共同研究者である東ソー株式会社無機材料研究所の松井 光二(まつい こうじ)主席研究員と共に,ご苦労話も含め取材させていただいた.

1.ジルコニアとは

1.1 ジルコニア材料開発の歴史

 ジルコニアの材料開発の歴史は古く,1892年のジルコニア鉱物発見に始まる.20世紀に入ると,結晶変態や安定化剤が発見され,ジルコニアと安定化剤との相平衡の研究が進展し,耐火物材料としての利用につながっていった.

 ジルコニアの発展の分岐点は,1975年にGarvie等が変態強化を発見し,その成果である "Ceramic steelindex.html " という論文がNature誌に掲載されたときである[2].この論文で,部分安定化ジルコニア(PSZ:Partially Stabilized ZrO2)という概念が登場した.安定化剤としてカルシア(CaO)が添加され,結晶相としては正方晶と立方晶の混相で強度が650MPaと,金属酸化物の焼結体であるセラミックスでもかなり高い強度が得られることが示された.

 Garvieの論文に刺激されて,1978年にはGuptaが正方晶ジルコニア(Y-TZP:Y2O3 stabilized Tetragonal ZrO2 Polycrystal)の作製に成功し,産業界でも酸素センサー用途でジルコニアの開発が進展した.1981年には,1000MPaの高強度・耐劣化性Y-TZPの開発に日本ガイシ株式会社が成功する一方で[3],低温劣化現象が東レ株式会社から報告された[4].1985年には東ソー株式会社(以下,東ソー)が,Y-TZPとアルミナ(Al2O3)の複合体を熱間等方加圧法(HIP:Hot Isostatic Pressing)により作製し,2400MPaという当時としては画期的な世界最高の高強度が達成された.

 「以上のように,1970年代~1980年代はジルコニア開発の黎明期だったと言える.今回の“超耐水熱劣化性ジルコニア”の開発は,これに続くトピックスと歴史的には位置付けられるのでは,との思いで取り組んでいる.」と松井氏は語った.

1.2 東ソーのジルコニア事業

 東ソーは,1935年に東洋曹達工業株式会社として設立され,カセイソーダ(水酸化ナトリウム)の製造から始まった.その後,セメント製造や塩化ビニル樹脂,ポリエチレン等の石油化学品の製造,さらには合成ゼオライトやジルコニア粉末製造まで展開する総合化学メーカーとして成長してきた.図1に,東ソーが事業展開している3つの製品群;①クロル・アルカリ事業,②石油化学事業,③機能商品事業,が描かれている[5].ジルコニア粉末は,機能商品事業における高機能材料の高成長製品であり,世界トップシェアを誇っている.

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図1 東ソーの事業分野 [5]

 東ソーのジルコニア事業は図2に示したように,1980年に名古屋工業技術試験所(現在,産業技術総合研究所中部センター)・株式会社ニッカトーとの共同研究から始まった.共同研究での東ソーの役割は,ジルコニア粉末の工業化技術を確立することであった.1981年に世界初のジルコニア粉末の工業的製造法である加水分解法をベースにした製法を開発し,1983年には山口県の周南市にある南陽事業所内にジルコニアのコマーシャルプラントを建設した.南陽事業所は東ソーの主力生産拠点で,図2左側の写真にあるように,敷地面積は約300万m2,東京ドーム62個分の広さで,単一工場としては日本最大級の規模である.また,電力会社並みの自家発電設備や,原料搬入・製品搬出のための大型船舶が接岸できる港湾設備を有している.更に2008年にはリスク回避のために,三重県の四日市事業所(右下写真)内にもプラントを建設して2拠点体制で生産している.

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図2 東ソーのジルコニア事業

1.3 ジルコニアの用途

 図3は,ジルコニアの用途別需要推定量を1989年(左)と2011年(右)で比較したものである.1989年にはジルコニアの生産量は7,750トンで,その殆どは耐火物利用であり,ファインセラミックスと呼ばれる組成・組織・粒径が精密に制御されたジルコニアは僅か3%の260トンであった.2011年になると生産量は約2倍の13,450トンに増え,その中でもファインセラミックスは2,601トンと10年余で10倍に急成長し,ジルコニア全体の19%を占めるまでになった.

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図3 ジルコニアの用途別需要推定量

 用途は2種類に大別される.先ず高強度・高靭性という優れた機械的特徴を活かした用途では,安定化剤のY2O3を3mol%含む正方晶ジルコニア(Y-TZP)が使われる.具体的には,例えば工業用の研磨・研削材(粉砕用ボール)として使われている.ZrO2の密度は6(g/cm3)でセラミックとしては重く,砕くのに良い.摩耗性も少ないので,コンタミネーションが入りにくい.粉砕用ボールのサイズは,小さいものは30~40µm,大きいものは10~20mmまで,用途に応じて選べ,均一なサイズのボールが提供可能である.主にセラミックス原料や電子部品の粉砕に使われる.通信分野の光ファイバコネクタ用では,フェルール及びスリーブに使用されている.ジルコニアはヤング率がアルミナよりは小さいので軟らかく,靭性があって,光ファイバーとの密着性が良い.これは粒径が小さく,サブミクロン結晶であるためで,この性能ではアルミナに勝っている.最近では,装飾用途も増えている.顔料を混ぜてジルコニアに色をつけ,腕時計のベゼルとして嵌め込んだり,車のシフトレバーにも使われている.歯科用では,患者の歯の型をCADでデータ処理し,ジルコニア粉末で作ったブロックから,焼結の時に収縮することを考慮して加工し,焼結する方法で義歯として使用されている.

 もう一方の用途では,電気的特性である酸素イオン導電性を有する,Y2O3 8~10mol%の立方晶ジルコニア(Y-CSZ,Cubic Stabilized ZrO2)が使われている.具体的には,燃料電池の固体電解質膜として使われる.また,自動車の排ガス規制に対応して,酸素濃度を厳密にチェックする酸素センサー(Y2O3 5~6mol%)は,ZrO2濃淡電池を活用したものである.

2.ジルコニアの結晶構造・相変態と安定化・高強度機構

2.1 ジルコニアの結晶構造と相変態

 ジルコニアの優れた特性は,結晶構造とその相変態に関する知見から理解することができる.図4はジルコニアの結晶構造を描いたもので,通常室温では単斜晶(M:Monoclinic)である.加熱して温度を上げて行くと,1170℃以上で正方晶(T:Tetragonal)に変態する.さらに2370℃以上になると,立方晶(C:Cubic)に変態する.焼結のために室温から温度を上げて行き,単斜晶から正方晶になると体積は収縮し(収縮率4.6%),逆に温度を室温に戻していくと正方晶から単斜晶に戻るが体積は膨張して割れてしまう.これは鋼鉄のFe-C系でのマルテンサイト変態と同様で,亀裂が生じて割れ易く,使い物にならない.すなわち,安定化剤を含まない純粋なジルコニアは,焼結冷却過程で相変態温度を通過する時に破壊してしまう.そこで相変態しても安定なジルコニアを実現しようと,相平衡や安定化剤に関する研究が盛んになった.

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図4 ジルコニアの結晶構造と相変態

2.2 ジルコニアの安定化と相図

 図5に示した相図は,ジルコニアに安定化剤として酸化イットリウム(Y2O3)を添加した場合のZrO2-Y2O32元系状態図で,縦軸が温度,横軸は1/2(Y2O3)のmol%である.完全安定化ジルコニアは,安定化剤を多量に添加してどの温度でも立方晶(C)単相となっている.焼結過程で相変態することなく安定であり,耐火物の材料として用いられている.1.1節で述べたGarvieが発見した部分安定化ジルコニア(PSZ)は,安定化剤の割合を減らして正方晶(T)と立方晶(C)の二相組織(T+C)にしたもので,2.3節で説明するように正方晶(T)が準安定相としてジルコニアの高強度に寄与していることが分かっている.

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図5 ZrO2-Y2O3系の相図と安定化ジルコニア

 GuptaはPSZで立方晶の少ない焼結体である正方晶ジルコニア多結晶体(TZP)の作製にも成功している.典型的なTZPは,Y2O3を3mol%添加した3mol% Y-TZPで,高強度・高靭性のセラミックス材料として一般的によく使われている.その曲げ強度は1100MPa程度であり通常のアルミナ焼結体の3倍に匹敵し,破壊靭性もアルミナよりはるかに大きい.ただし,高強度・高靭性という特徴は室温においてであり,高温では劣化してしまうという欠点があるが,これについては後述する.また,ヤング率はアルミナより小さく,硬度が小さいのでアルミナより加工し易いという特徴も持つ.密度は6.07g/cm3と重く,熱膨張係数も大きいので金属に近いが,熱伝導率は3.1W/mKとアルミナの1/10しかなく断熱効果があるので,ガスタービンの材料としても使われている.

2.3 ジルコニアの高強度化機構

 一般に破壊強度はヤング率に比例するとされていて,ヤング率が高い材料が高強度だと思われている.ところが,Y-TZPのヤング率は210GPaでアルミナの400GPaより小さいのに,何故アルミナより3倍も高強度なのか? その理由は,“応力誘起相変態”にあることが分かってきた.応力が作用すると,準安定の正方晶(T)から安定な単斜晶(M)に相変態して体積が膨張する.破壊はクラックが進展して生じるが,クラック先端ではこの相変態による体積膨張のため圧縮応力が発生するので,その進展が抑えられてしまう.つまり,相変態することによって破壊すること無しに高い強度が得られているものと考えられる.このメカニズムはセラミックスでは一般ではなく,ジルコニアに特有のユニークなものである.

3.ジルコニア粉末の製造

3.1 ジルコニア・セラミックスの製造方法

 図6は,ジルコニア・セラミックスの製造工程を描いたもので,左上のジルコニアサンド(ZrSiO4)から始まって,加水分解法でY-ZrO2粉末を作り,最終製品である焼結体のYSZ製品に至る流れになっている.この中で図中央部の原料技術と呼んでいるY-ZrO2粉末を作る工程が特に重要で,いかに再現性良く同じ品質の粉末を安定して生産できるかがポイントになる.そのために,東ソーではジルコニア粉末の粒子構造を精密に制御する技術開発に取り組んできた(3.2節で詳述).一方で,粉末から焼結体を作って最終製品の高機能化を目指すには,焼結のメカニズム解明が必要で,東京大学の幾原教授との共同研究でナノスケールでの組織解析研究を2001年から継続して実施している(4章で詳述).

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図6 ジルコニア・セラミックスの製造方法

3.2 ジルコニア粒子の微細構造制御

 ジルコニア粒子の製造方法は,図7に示すように,先ず0.5nmのZrO2単位格子の集合体である結晶子(~10nm)を作り,さらに1次粒子(~102nm),2次粒子(~103nm),3次粒子(~104nm)と大きい粒子に成長させる.2次粒子中には,1次粒子が凝集してランダムに固まっており,この段階では未だきれいな球状ではない.最終段階で2次粒子が集まった,球状の3次粒子にする.提供する粉末商品は,例えば図7右下のSEM写真にあるような直径50µm程度の球状顆粒体で,粒径が揃ったものである.「顆粒状の粉末を作る原料工程では,各階層で粒子の均一性を精密に制御している.大規模な工業プラントでジルコニア粉末の品質を安定化させるまでには,苦労の連続であった」と松井氏は語った.

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図7 ジルコニア粉末の粒子構造

 Y2O3添加ZrO2でのイットリウム(Y)固溶状況を調べた結果が図8である[6].図8左側のHR-TEM(High-Resolution Transmission Electron Microscope,高分解能透過電子顕微鏡)観察から,約50nmの正方晶系(T)単相の粒子になっていることがわかった.図8左下の(b)(c)2枚は,左上(a)の写真中にB(粒子表面付近)とC(粒子中心付近)の2点での拡大像である.図8右側は,ナノプローブを使ったEDS(Energy-Dispersive X-ray Spectroscopy,エネルギー分散X線分光)の解析結果で,縦軸がY2O3の濃度,横軸が粒子表面からの深さである.ナノプローブは1nm程度以下に絞った電子線で,この電子線を試料に照射したときに放出される特性X線を観測することにより微小領域の組成分析ができる.この結果から,正方晶粒子の内部にYは均一に固溶しており,粒子表面付近でいったん減少するが表面には約1nm幅のYの偏析層があることが初めて明らかになった.Yが偏析することで,表面エネルギーを減少させているのではないかと考えられる.こうしたナノスケールでの観察は企業内だけでは実施できず,東京大学の知見と技術によりはじめて試料作製から観察結果の解釈までが可能になったものである.

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図8 Y2O3ドープZrO2粒子の微細構造 [6]

4.ジルコニアの焼結メカニズム

4.1 ZrO2-Y2O3系相図と微細組織

 図9の左側は図5に示したZrO2-Y2O3系の相図で,ジルコニアで一番高強度・高靭性になる3mol% Y2O3添加ZrO2のラインを,赤い点線で示した.横軸は1/2(Y2O3)なので,目盛りとしては5.8を指している.1500℃近傍の焼結温度では,正方晶(T)と立方晶(C)の二相混合(T+C)になっている.混合の比率は,相図の1500℃の等温度線(青の点線)がT相,C相と交わる線分比から約8割がT相,2割がC相と見積もられる.焼結体の組織構造を走査電子顕微鏡(SEM)で観察したものが図9右下のSEM写真で,粒径は0.5µm位である.これらの粒子はT相の粒子か,C相の粒子かで8:2の割合で混合している,との考えが従来からの定説であった.T-C二相混合組織での粒成長は,マイナー相であるC粒子が粒界移動をピン止めしている,と考えられていた.また,結晶粒子どうしの境界では,それまで定説となっていたアモルファス(非結晶)層はなく結晶粒子が直接接合していること,粒界にはYが4~6nm幅で偏析していることを,幾原教授らが世界に先駆けて1997年に明らかにしていた[7].

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図9 ZrO2-Y2O3系の相図と微細構造

 「ただ,この二相混合組織モデルは本当なのか? 東ソーのジルコニア生産現場での評価データのバラツキ等から,このモデルでは説明し難い感触もあった.また,ジルコニアの高機能化・高信頼化を目指すには焼結メカニズムの本質を理解することが重要と考え,さらに東大との共同研究を進め上述した定説の妥当性検証に取組んだ」と松井氏は語った.

4.2 粒界偏析誘起相変態の発見と結晶粒の成長スキーム [8][9][10]

 3mol% Y2O3添加ZrO2(3Y)の焼結温度を1100℃から1650℃まで順次上げて行くと,密度は50%から100%まで緻密化が進む.平均粒径は0.1µm(1100℃)から1.2µm(1650℃)まで大きくなる.X線回折(XRD)で相組織を分析すると,1100℃焼結では100%T相であったが,焼結温度を上げて行くとC相が増えて行き,1650℃ではC相は20%までになっている.HR-TEMで1100~1500℃焼結体の粒界を観察すると,粒界にはアモルファスはなく,結晶粒が直接接合していることが分かる.結晶粒界付近でのY濃度分布をナノプローブを用いてEDS解析をすると,T-T粒界とT-C粒界とではYの分布の様子が違うことが分かった.1300℃まではYが偏析しているT-T粒界のみが形成されており,粒子内ではYは均一に分布している.一方,1500℃以上の焼結温度ではT-C粒界も観察され,Yが偏析した粒界からY濃度が高いC相が成長している.STEM観察像のYのマッピング像からも,焼結温度が1500℃以上になると高Y濃度のC相が粒界から増えて行く様子が確認できた.さらに,結晶粒の成長は,C相の影響はかなり小さく,粒界に偏析しているYが直接関与しており,Y偏析量の増加とともに粒成長が抑制されていることも突き止めた.

 以上のような結晶粒界でのナノスケール組織解析結果から,図10に描いたような昇温焼結におけるT-C相変態スキームを提案した.すなわち,焼結温度が1300℃を超えると粒界に偏析した高濃度Yを起点にしてT相の中にC相の領域が成長していく“粒界偏析誘起相変態”(GBSIPT:Grain Boundary Segregation-Induced Phase Transformation)が起こっている.これは定説であった二相混合組織モデルを覆す,新たな発見であった.

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図10 粒界偏析誘起のT-C相変態 [8]

5.超耐水熱劣化性ジルコニア

5.1 ジルコニアの低温劣化

 ジルコニアは高強度・高靭性のセラミックとして様々な用途で使われてはいるが,最大の問題点として,低温劣化現象(LTD:Low Temperature Degradation)が知られている[4].Y-TZPを高温大気中や熱水中に長時間放置すると,機械的な特性が低下して劣化してしまい,極端に言えば焼結体がバラバラになって崩壊しまう,という現象である.その要因は,変態強化に関与している準安定な正方晶(T)が,自発的に安定な単斜晶(M)に相変態してしまうためである.2.3節で,応力を加えるとT相からM相への応力誘起相変態で高強度化されると説明したが,上記の環境下に放置すると,何もしないでM相になって体積が膨張してばらけてしまう.この現象が優れた機械的特性を持つY-TZPの用途の拡大を阻害していた.

 図11に,3mol% Y-TZPのLTD加速試験結果の例を示した.1500℃で焼結したT-C二相組織のジルコニアをオートクレーブに投入し,140℃の熱水処理で時間経過とともにどうなるかを調べた.図11左側は,X線回折(XRD)プロファイルで,試験開始時は殆どT相のピークしかないが,3時間経過でM相が出現し,15時間経過でM相のピークは成長し,加えてC相が顕著になる.そしてT相のピークは殆ど消失している.図11右側は,3時間経過時の断面SEM観察である.表面から1700nmの深さまで,亀裂が入って劣化したM相になっていることが分かる.T相のM相への変態は15時間程で終了し,その割合はピーク強度比として70%に達し,残りはC相である.

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図11 3mol% Y-TZPのLTD加速試験

5.2 超耐水熱劣化性ジルコニアの開発 [11][12]

 そこで,ジルコニア焼結時の微細組織制御に関する知見をフルに活用して,3Y-TZPの低温劣化(LTD)を防ぐ取り組みを始めた.図12に,LTD耐性向上の仮説を示した.図12左側は,3Y-TZPを1500℃焼結した時のT-C 二相組織を観察したTEM写真とナノプローブを用いたEDS(エネルギー分散型X線分光法)によるYマップである.4.2節で説明したGBSIPTにより粒子内のT相領域では,YがC相へ吸われてY濃度が低くなり,不安定な状態になっていると考えられる.一方,図12右側のように焼結温度が低いとT単相なので1500℃焼結よりもT相のY濃度が高く,Yが均一に分布した安定したT単相組織になっている.もし,1200℃という低温焼結で100%高密度化ができれば,LTD耐性が向上するのではないかと考えられた.

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図12 LTD耐性向上の仮説

 原料技術と添加物効果の知識を活用し,多くの試作実験の末にAl2O3を微量(0.25mass%)添加することで1250℃で常圧焼結可能な粉末を開発することができた(3Y-A).3Y-Aに,更に微量(0.25mass%)のGeO2を添加すると(3Y-AG),目標とした1200℃で100%密度の焼結体ができた.図13は,縦軸に相対密度,横軸に焼結温度をとって,3Y-AG(赤線)と3Y(青線)のバルク構造解析結果をプロットしたものである.「Al2O3やGeO2の添加は,低温でZrイオンの拡散を活性化することが以前の研究で分かっていたので,焼結温度を下げる効果があると考えた」と幾原教授は語った.

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図13 3Y-AG(赤線)と3Y(青線)のバルク構造解析 [12]

 図14は,3Yの1500℃焼結体と3Y-AGの1200℃焼結体とで,SEM観察(左)とXRDプロファイル(右)で結晶相を調べた結果である.SEM像から3Yは平均粒径540nmの大きな結晶粒であるのに対して,3Y-AGでは平均150nm径と小さくなっている.XRDプロファイルから,3YではT相とC相の両方のピークが見られるが,3Y-AGではT相のピークだけが観測され,T単相になっていることが確認された.

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図14 3Yと3Y-AGのSEM像(左),XRDプロファイル(右) [12]

 図15は,ナノテクノロジープラットフォームの最新鋭装置である透過/走査型分析電子顕微鏡(JEOL製;JEM-2800)を用いて,1200℃焼結の3Y-AGについて粒子内の微細構造を解析した結果である.左上の写真はSTEM像,他の4枚の写真は各元素のマッピング像で,Zr(上段中央)・Y(上段右)・Al(下段左)・Ge(下段中央)の像である.Yのマッピング像で粒界がはっきり見えるのは,Yが粒界で偏析していることを示している.粒子内では,Yはほぼ均一に分布している.AlやGeのマッピング像でも,粒界が明るく見えているので,粒界でAlやGeも偏析していることが明瞭に観察された.

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図15 3Y-AGの微構造解析 [12]

 図16は,1200℃焼結した3Y-AGの粒界構造をHRTEM(高分解能電子顕微鏡法)によって観察した像である.写真ではZrO2の格子に対応するコントラストが観察される.これより,粒界にはアモルファス層はなく,結晶粒子が直接接合している様子が分かる.写真上部にある黄色の点で示した間隔で,0.5nm分解能のナノプローブを用いてY/Al/Ge濃度を評価した結果が図17である.図17から,Y/Al/Geいずれも結晶粒界で偏析している様子がわかる.粒界で偏析しているY濃度ピークは4mol%であり,6mol%以下であるのでC相にはなってないと結論できる.以上の観察から,3Y-AGの1200℃焼結体では,T相だけの単相組織であることが分かった.

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図16 3Y-AGの粒界解析 [12]


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図17 3Y-AGでの粒界におけるY/Al/Ge濃度分布プロファイル [12]

5.3 低温劣化耐性の試験結果 [11][12]

 図18は,1200℃で焼結した3Y-AGをLTD加速試験(140℃熱水)にかけた結果で,左側がXRDプロファイルの経過時間依存性である.図11の結果とは大きく異なり,X線回折プロファイルにはT相のピークだけしか観測されない.60時間経過しても変化がない.図18右側には,図11の3Y(1500℃焼結)と3Y-AGのLTD加速試験結果を比較に示した.3Yでは単斜晶(M)ピークが増加していく様子が青線で示されているが,3Y-AG(赤線)は60時間経過しても全くM相はなく,T相のままである.この結果は,「正方晶(T)単相の組織がLTD耐性を向上させる」という仮説の妥当性を強くサポートするものである.

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図18 3Y-AGのLTDの加速試験結果 [12];(左)XRDプロファイル,(右)単斜相の割合

 60時間の加速試験では全く劣化しないということで,更にどれくらい長時間もつか,1500日(4年超)まで加速試験を延長して行った結果が図19である.3Y-AGは赤線で示したように,M相の割合は1500日経っても殆ど増大せず,2%止まりであった.図19中の写真は,加速試験後の3Y-AGサンプル外観(直径17mm,厚さ2.5mm)で,亀裂などによる劣化は殆ど見られない.実は加速試験を1500日も継続すると,3Y-AGジルコニアよりも評価装置のパーツが先に劣化してしまい,それを交換しないと試験が継続できないという状況であった.

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図19 1500日の長期間LTD加速試験結果 [11][12]

 今回新しく開発した正方晶(T)単相の3Y-AGジルコニアは,驚異的なLTD耐性を持つことが確認された.本成果は2014年4月にニュースリリースし[11],論文としてもScientitific Reports誌に掲載された[12].

6.今後の展開

 開発したLTD耐性のあるジルコニアがどんな用途に応用展開できるか,現在サンプル提供を通じてマーケティング中である.具体的な応用先候補としては,例えば高温スラリーでの粉砕用部材としての使用が期待される.また,高温溶液でのセラミック・メンブレンに使ったり,厳しい使用環境条件が要求される医療工学用の部品も有望分野と思われる.

 ナノグレイン組織制御という新技術の展開としては,超塑性やイオン伝導性の応用も可能性がある.ジルコニアの組織・粒界制御で超耐水熱劣化性を実現したが,こうした基礎研究・本質解明を通して,更に高機能なジルコニア粉末を開発できる可能性も秘めている.加速試験で電気化学的にどんな反応が起こって劣化が進行するか等も,解明すべき課題である.「ジルコニアは色々と相変態するという点で,Fe-C系の鋼鉄材料に似ている.セラミックスの固定観念に捕らわれることなく,金属材料的なセンスを発揮することも新しいセラミックスの開発には必要」と幾原教授は語った.今回開発した“超耐水熱劣化性”ジルコニアは,これまで制限されていた厳しい使用環境下でも高強度・高靭性セラミック材料として活用できるので,ジルコニアの応用分野がさらに拡大することを期待したい.

参考文献

※本文中の図は,全て東ソーの松井氏より提供されたものである.

[1] JSTフェア2015,展示E-28,"厳しい環境下で使用可能なジルコニアの創出に成功"
http://www.jst.go.jp/tt/jstfair/list/detail/g001.html
[2] Ronald C.Garvie, Richared H. Hannink and R.T.Pascoe, "Ceramic steelindex.html", Nature vol.258, pp.703-704 (1975)
[3] 小田切正,渡辺徹男,間瀬俊三,「ジルコニア磁器」,特開昭56-134564 (出願日:1980.03.26)
[4] Keisuke Kobayashi, H.Kuwajima and Takaki Masaki, "Phase change and mechanical properties of ZrO2-Y2O3 solid electrolyte after ageing", Solid State Ionics,vol.3/4, pp.489-493 (1981)
[5] 東ソー株式会社,会社案内パンフレット;
http://www.tosoh.co.jp/company/assets/pamphlet.pdf
[6] Seiichiro Ii, Hidehiro Yoshida, Koji Matsui, Nobukatsu Ohmichi and Yuichi Ikuhara, "Microstructure and surface segregation of 3 mol% Y2O3-doped ZrO2 particle," Journal of the American Ceramic Society, vol.89, Issue 9, pp.2952-2955 (2006)
[7] Yuichi Ikuhara, Parjaree Thavomiti and Taketo Sakuma, "Solute segregation at grain boundaries in superplastic SiO2-doped TZP," Acta Materialia, vol.45, Issue 12, pp.5275-5284 (1997)
[8] Koji Matsui, Hideharu Horikoshi, Nobukatsu Ohmichi, Michiharu Ohgai, Hidehiro Yoshida and Yuichi Ikuhara, "Cubic-formation and grain-growth mechanisms in tetragonal zirconia polycrystal," Journal of the American Ceramic Society, vol.86, Issue 8, pp.1401-1408 (2003)
[9] Koji Matsui, Nobukatsu Ohmichi, Michiharu Ohgai, Hidehiro Yoshida and Yuichi Ikuhara, "Grain boundary segregation-induced phase transformation in yttria-stabilized tetragonal zirconia polycrystal," Journal of the Ceramic Society of Japan, vol.114, Issue 3, pp.230-237 (2006).
[10] Koji Matsui, Hidehiro Yoshida and Yuichi Ikuhara "Grain-boundary structure and microstructure-development mechanism in 2-8 mol% yttria-stabilized zirconia polycrystals," Acta Materialia, vol.56, Issue 6, pp.1315-1325 (2008).
[11] 東ソー株式会社,News Release,"厳しい環境下で使用可能なジルコニアの創出に成功" (2014年4月23日),http://www.tosoh.co.jp/news/assets/20140423001.pdf
[12] Koji Matsui, Hidehiro Yoshida and Yuichi Ikuhara, "Nanocrystalline, Ultra-Degradation-Resistant Zirconia: Its Grain Boundary Nanostructure and Nanochemistry", Scientitific Reports vol.4, Article number 4758, DOI:10.1038/srep04758 (2014)

(尾島 正啓)

 

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