NanotechJapan Bulletin

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<第43回>
米国における最近の液晶研究 ~ソフトマテリアルとしての新たな展開~
米国ケント州立大学液晶研究所長 横山 浩氏に聞く

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 液晶ディスプレイは私達の身の回りに数多く存在する.テレビ,スマートフォン,パソコン,時計,リモコンなどあらゆる機器で様々に用いられ,軽量で鮮明な表示ツールとして生活を変えたともいわれる.液晶はその独特の性質を活用して,ソフトマテリアルとしての新たな応用展開が進められている.その一方では,米国と日本で,液晶研究の重点や,研究開発自体の進め方が異なるように見える.液晶ディスプレイの元となる発明は米国オハイオ州のケント州立大学(Kent State University, KSU)液晶研究所(Liquid Crystal Institute, LCI)などにおいて1960年代後半になされた.現在のLCI所長(Director)は,産業技術総合研究所(産総研)で液晶研究において数々の実績を積まれた横山 浩(よこやま ひろし,Director & Ohio Research Scholar, Professor of Chemical Physics Interdisciplinary Program, Liquid Crystal Institute, Kent State University)氏が務める.横山氏は,ナノテクノロジープラットフォーム事業の前身に当る文部科学省ナノテクノロジー支援プロジェクト(2002年~2006年)においては産総研ナノテクノロジー研究部門長として,プロジェクト推進に貢献された.このような背景の下に,年末,年始にかけて横山氏が日本に滞在される機会を捉え,「米国における最近の液晶研究」について伺った.

 

 

 

1.液晶の発見から液晶ディスプレイへの発展

1.1 液晶の発見

 液晶は有機物の液体で,油や石けんと同じである.分子量は200くらいで特殊な元素は含まない.C,H,N,Oで構成される有機化合物で,その並び方が桿(かん)状(棒状)となり,長さと分子の軟らかさがうまい兼ね合いになると液晶相(フェーズ)になる.液晶は流動性を持つが,桿状であることから異方性を持った液体となる.

 物質は,構成する分子の自由度から気体,液体,固体に分類される.気体は体積が限定されず,容器に入れていなければどこまでも広がる.液体は分子の相互作用があるので体積は限定されるが形は定まらないし,分子配列の規則性はない.固体は分子が結合して規則的な結晶格子を構成し,体積・形状とも固定される.本稿の中心課題である「液晶」は分子配列の規則性を持つが液体同様の流動性を持つ.このため液晶は,気相(気体状態),液相,固相に次ぐ第4の相(状態)ともいわれる.

 液晶は19世紀末に欧州で見つかった[1].オーストリアの植物学者Friedrich Reinitzerが,植物から抽出されたコレステロールの同族体の温度による変化を調べていた.この時に調べていたのはコレステロールの安息香酸エステルで,その相変態の途中に透明な液体が曇った状態になるのを見つけた.透明な液体が178℃で白濁した液体になり,145℃で固体となった.融解が二度起る不思議な物質だった.そこでこの試料をドイツの結晶学者Otto Lehmannに送り,1888年に液晶が見つかったとされている.Lehmannは試料台の温度を変えられる偏光顕微鏡を使って,試料の温度変化を観察し,試料が方解石などの結晶にしか見られない複屈折効果を持つことを見つけた.結晶の性質を持つ液体ということで液晶(Liquid Crystal)の名が付いた.このときの液晶分子は図1の分子構造を持ち,分子の集合形態からコレステリック液晶に分類される.液晶は何によって相変態を起こすかでも分類される.熱や圧力のみによって相変化する液晶をサーモトロピック(thermotropic)液晶,多成分から成り,温度と成分の構成によって相変化するリオトロピック(Lyotropic)液晶とがある.最初に発見された液晶はサーモトロピック液晶だった.

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図1 最初に発見された液晶分子 [1]

1.2 液晶ディスプレイの発明

 液晶の発見の後,ドイツの化学者,フランスの物理学者が学術研究を進めたが,1950年頃には関心が薄れてしまった.しかし,1960年代に壁掛けテレビが話題になり,米国でNTSC方式のテレビを生み出したRCA社のGeorge H. Heilmeierが液晶ディスプレイのプロトタイプを作った.電圧を印加して数個の文字を表示できる程度のものだったが,IEEEの学会での発表は大変な話題になった.日本のシャープ社はHeilmeierの成功を聞き,電卓に使えるのではないかと着目し,その後の開発努力により,電卓への応用に成功した.NHK番組のプロジェクトXで開発の苦労が紹介されている[2].しかし,Heilmeierの用いた動作原理は現在使われている液晶の動作原理とは異なる.

 少量の電気伝導性物質を入れておき,電圧をかけると電気伝導性物質を通して流れる電流によって液晶分子が一定方向に配列する(ホモジニアス配列).高い電圧を印加すると,液晶分子は全く無秩序な配列状態となり,光を当てると,入射光は散乱されて透過しない.液晶は透明から白濁状態になる(図2).これを動的散乱(Dynamic Scattering, DS)と呼ぶが,Heilmeierの液晶表示はこれを用いたものだった.液晶の動作には電流効果(current effect)と電界効果(field effect)があるが,Heilmeierは電流効果を使った.電流効果は効率が悪く,電流・電力が大きくなってしまった.電流によって液晶の溶剤の油が分解してしまう.このため,RCA型の製品はシャープの最初の電卓だけだった.

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図2 最初の液晶ディスプレイにおける液晶配列 [3]

 その後の液晶ディスプレイ実用化の鍵は電流効果に代えて,電界効果を用いることであった.1969年に電界効果型が欧州と米国で発明された.欧州はスイスのHoffmann-La Roche社のMartin Schadtである.米国はKSU(Kent State University)LCIの当時の副所長であったJames Fergasonが発明した.現在の液晶表示方式の基礎となるねじれネマティック(Twisted Nematic, TN)液晶である.DSモードは液晶を2枚の板ではさんだだけのデバイスを用い,液晶分子配列を乱雑にすることで光を遮断した.TNモードでは液晶の複屈折効果を利用する.その基本原理を図3に示すが,次の通りである.

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図3 TN液晶の動作 [4]

 複屈折は屈折率が異方性を持つことによって起り,液晶の整列した方向の直線偏光しか通さないようになる.液晶分子は外部刺激によって方向を変えるので液晶を挟む板の上面と下面で液晶の方向が90°変わるような刺激を与える.液晶分子は上面から下面に向かって徐々に方向を変えるねじれた状態になっている.上下に互いに直交した偏光板を置き,光を上から下に通すと,液晶のねじれのため光は透過する.これに臨界値以上の電界を印加すると液晶の方向が揃い,光が遮断される.電流を流さない電界効果なので電力は少なくて済む.

1.3 液晶ディスプレイの実用化

 Fergasonは,1966年にLCIに入る前に,KentにILIXCOという会社を作っていた.KSUでの役割は,コレステリック液晶を用いて温度測定により癌などを検出する医学応用の研究だった.ところが,TN液晶を発明すると,大学での研究よりも会社での製品開発に熱中するようになったという.この結果,1971年にスイスのGruen Watch Co.向けに液晶表示時計の開発に成功した(図4).原理は簡単なのでセイコー,カシオが後を追った.10年の内に,ほとんど全ての電池駆動デジタル腕時計,電卓にTN液晶表示が使われるようになり,液晶表示産業は現在1,000億ドルの産業に育っている.

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図4 Gruen社の開発した液晶表示時計

 しかしFergasonはILIXCOの名で米国特許を取り,Hoffmann社は欧州特許をその3ヶ月前に取っていたから,欧州と米国の特許係争が起った.特許使用許諾権について,KSU,Fergason,ILIXCO,Hoffmann-La Roche,時計メーカーのU.S.Time Corporation(現在はTimex)が争ったが,1976年1月に和解に漕ぎ着けることができた.

1.4 液晶ディスプレイ技術の展開

 図3に示した動作原理では,一つの点の表示にしかならない.現在の液晶テレビの精細度は4Kから8Kに向かおうとしている.多数の画素を高速にオン・オフしてカラーで表示する技術が必要になる.画素のマトリックスのオン・オフには単純な格子状配線の交点の電圧を変えるドットマトリックスに,アクティブマトリックス方式が加わり,スイッチング素子にはTFT(Thin Film Transistor)が使われるようになった.表示は液晶分子の向きを変えるのが基本だから,向きを変える速度も問題になる.透過光を使うときはバックライトが必要になり,カラー化にはカラーフィルターを使うし,液晶表示は見る方向によって明るさが変わるといった視野角(視認性)の問題もあった.これらの問題を全てカバーするものではないが,技術の展開に関して横山氏は次ぎのような話をされた.

 図5に示すように,液晶にはネマティック,コレステリック,スメクティック液晶などの分類がある.現在のディスプレイに使われている液晶は全てネマティック液晶である.液体の中で分子が少し揃っているのがネマティック液晶である.これに対し位置の秩序を持たせた材料がスメクティック液晶である.何がスメクティックになるか,その特性がどうなるかがここ30年の研究テーマになっている.スメクティック液晶の特許は,1979年に米国コロラド大 クラーク,スウェーデンのラバガルから出ている.コレステリック液晶は液晶分子がらせん状に層をなして積み上がっている.この層の間隔が温度で変化するので反射光に干渉色を生じる.この原理を使って温度センサーが構成される一方,ネクタイピンなどの装飾にも使われる.

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図5 液晶分子配列のイメージ [5]

 ディスプレイの材料をスメクティックにすると応答が遅い.スメクティック液晶で誘電性を持たせ,高速性,視認性を改善しようという動きもあった.このスメクティックと駆動原理の近いネマティック液晶で液晶分子の回転を面内で行わせることで高速化したのがIPS(In-Plane Switching)である.液晶の材料開発では,大きな双極子モーメントを持つ分子を加え,誘電率を高くするなど,分子構造を少しずついじる.この結果,液晶の動作温度範囲が広がった.良いものが出来たら混ぜてみる.これを役に立つ材料に仕上げるのがMerck社などの企業である.誘電率,屈折率など注文に応じて調合している.

2.液晶技術開発におけるケント州立大学の貢献

2.1 ケント州立大学液晶研究所の設立

 ケント州立大学(KSU)は,米国とカナダに挟まれた五大湖の一つ,エリー(Erie)湖の畔にあるクリーブランド(Cleveland)市から南約30kmのケント(Kent)市にある.オハイオ(Ohio)州にある13の州立大学のひとつで,学部大学院を合わせて約4万人の学生数はオハイオ州立大学につぐ.1910年に,もっぱら小中学校教員の養成を目的に設立された教育系大学で,いまもその伝統がそこここに残っている.ベトナム戦争が泥沼化した際にはケント大学での集会と事件が反戦運動のきっかけとなり,米国の大学としてはじめて,黒人を教授として採用したことからも分かるとおり,伝統的にリベラルな校風を今に伝えている.

 1965年,当時化学科の教授だったGlenn H. Brownは10年前から興味を持っていた液晶の将来性に期待して,液晶研究所(Liquid Crystal Institute)の設立を進言し,大学の評議会の承認のもとに同年3月に発足した.世界で初めての液晶研究に焦点を絞った研究所で,2015年には創立50周年を祝い,記念誌が編纂されている.発足当初の規模は小さかったが,所長(Director)になったBrownは,米国国立衛生研究所(National Institutes of Health, NIH),米国科学財団(National Science Foundation, NSF),米国陸空軍(U.S. Army and Air Force,現在のU.S. Air Force)からの支援を獲得して人員・設備の拡充,研究の展開を行った.さらに,Brownは液晶研究における情報交換の必要を感じ,会議が成功したら支援が得られるという条件の下に液晶の会議を1965年にKSUで開催し,見事129人の参加を得ることができた.会議の成功は,その後の液晶研究の継続・展開を可能にした.会議は隔年に継続して開催され,現在に至っている.

 Brown自身は,生体の液晶構造に興味を持っていたが,液晶ディスプレイの黎明を知るやJames Fergasonを副所長に迎えるといった先見と行動力も持っていた.TN液晶の発明や高分子分散液晶,双安定コレステリック液晶デバイスなどの応用を先導する一方で,液晶の物理科学にもウエイトをおいた研究所運営をその後継続し,国際液晶学会を組織してその事務局機能を担うなど,ケント州立大液晶研究所は,産業応用が発展する液晶学界の中枢で主導的な活動を続けてきている.

2.2 液晶ディスプレイの発明から新たな液晶研究への展開

 LCIの運営が何とか軌道に乗って数年後には,1.3で述べたFergasonによるTN液晶の発明があった.LCIの初期における研究は材料の基礎物性の解明に力を入れていた.分子の配列や運動を核磁気共鳴(NMR)で調べていた.凝集系物性の研究強化に伴い,DOD(米国国防省)の支援の下,粘性,光学特性,赤外二色性などの研究が進み,生物系の液晶への関心も生じた.DODの支援はNSFに引き継がれ.グループ支援から個々の研究者支援に変った.高分子分散液晶(Polymer Dispersed Liquid Crystal, PDLC)が相分離技術によって見つかり,光学デバイスの可能性から,GM(General Motors)と自動車応用の共同研究を組んだ.医学関係にも展開し,リン脂質(phospholipids)2層膜中の液晶相転移の論文なども出ている.

 一方,1985年頃の企業との関係を見ると,液晶ディスプレイは既に平面ディスプレイとしての事業展開が期待されるようになっていたが,SID(Society for Information Display,米国情報ディスプレイ学会)の会議に出席する大学はKSUのみでこの分野の大学と企業の関係は強くなかった.一方,NSFはLCIの研究成果が経済に役立つことを期待する.LCIの研究に興味を示す米国企業がなく,興味を示す国外企業に技術を渡したのでは米国やオハイオ州の経済には役立たない.そこで,Kent Displays Inc.(KDI)などの地方企業を作り,LCIの成果の経済貢献を図った.

2.3 世界の液晶の研究開発への貢献

 LCIは数々の新しい液晶技術を産み出し,なお新たな挑戦を続けている.その技術は多くの企業の製品に活かされている.地元企業を興すだけでなく,これまでに挙げた以外にもApple,Samsung Co.などとの共同研究もある.LCI発足後暫くは,世界の液晶研究者に研究用試料を提供した.試料提供はコラボレーションを産み出し,さらに液晶研究を促進するものとなった.

 これに加えて,LCI創立当初にInternational Liquid Crystal Conference(ILCC)を開催し,1968年以後隔年開催で世界の液晶研究者に情報交換の場を提供して来た.初めの内はKSUで開催することが多かったが,1970年に第3回のBerlin(ドイツ)をふり出しに,1980年に第8回京都と世界各国を巡回している.日本では1980年の京都と2000年の仙台で開催され,2008年には韓国済州島で開催されている.2016年は久々のKent開催となる.横山氏は組織委員長を務め,Advisory Boardには東京理科大学 小林 駿介教授,トヨタ理研 竹添 秀男フェロー,Scientific Committeeには中大 池田 富樹教授,東大 加藤 隆史教授が参加している.2018年にはまた,日本で開かれる予定である.

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図6 1968年のILCCプログラム

3.米国の液晶研究-研究支援と応用展開

3.1 米国における公的研究支援

 2.1に記したように,LCIはDOD,NSF,NIHなどからの支援を得ることによって基礎を固め,研究を推進して来た.研究遂行に公的機関の支援は欠かせない.米国で研究所を率いながら研究を進める横山氏は米国の公的支援をどのように感じているのだろうか.

 米国の大学では国のプロジェクトは少ない.NSFの大型Grantはあるが,個別のものが大きいだけで国の主導ではない.提案者大学側がNSFに提案するボトムアップである.そしてNSFの科学技術支援は日本の文部科学省より小さい.日本の内閣府が定める科学技術基本計画は第5次になり,その中心課題の1つはAI(Artificial Intelligence,人工知能)になった.内閣府の纏める科学技術関係予算の2015年度総額4兆円の内,63.7%が文部科学省でその予算金額は2兆6000億円である.これに対し,2015年度の米国の研究開発予算138b$(約16兆円)の約半分は国防省で,NSFの予算は全予算の4.3%,6b$(約7000億円)に止まる.

 課題が採択されて得られる支援金の相当部分は学生の給料とオーバーヘッドに使われる.DODの場合は,White Paperという“Letter of intent”を提出し,DODのマネージャーが面白いと思うと,20ページくらいの提案書を出す.よく知られたDARPA(Defence Advanced Research Projects Agency)はDODの一部である.Night scopeなどVision関係の研究助成でも,ミサイルの追撃などSpecificな要求が並び,研究助成より発注に近い.

 国立研究所は日本の10倍の予算で独自に動いている.SBIR(Small Business Innovation Research Program)は商務省(DOC)管轄のNIST(National Institute of Standard and Technology,国立標準技術研究所)経由で資金が出る.NISTの研究管理は厳しい.Phase 1は数百万円の規模で半年間,短期・小規模研究の厳しい審査が通ると,Phase 2に入り数千万円の規模になる.Phase 3となれば数億円の規模である.

3.2 KSUにおける研究者の育成

 横山氏は2009年7月に液晶研究所に赴任し,2011年7月からOleg Lavrentovichの後を受けて,第5代の研究所長を務めている.米国の大学での研究は文字通り教授一人からのスタートであることから,研究の焦点を界面・コロイド現象と装置開発との共通部分にフォーカスして活動を開始した.研究室の大学院生も毎年増えてきて,現在では6名になっている(アメリカ人3人,中国人3人).加えて,共同研究企業から2人の技術者(アメリカ人と韓国人)が居り,これだけの人数で130平米ほどの実験室を共有しているので,実験室は過密状態であり,学生は自主的に時分割行動をしている.

 横山氏の基本姿勢として,学生を既存の研究の一戦力として考えるのではなく(戦力となることを期待はするものの),学生が自ら思考して実行することを第一として,その歩みを助け,場合によっては先取りして導くことを旨として指導している.自分の研究のための装置を自分で作るということも必須課題としており,最初は装置作りに全く経験のなかった学生たちが,次第にCNC(コンピュータ数値制御)機械工作や電子回路に習熟し,ものづくりを楽しめるようになってきており,国際会議でも発表できるようになってきている(図7).反対に,研究成果が形になるには大変な時間がかかるのは致し方ない.人の育成を重視している.

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図7 シニア大学院生4人と第25回国際液晶会議(2014年7月,Dublinにて)
(提供:横山氏)

 公的資金のかなりの部分は学生の支援に充てられる.支援を受けて育った学生でアカデミアに行くのは1~2割で,8割は企業に行く.学生は,いくつかのプロジェクトを経験し,その中の一つで論文を纏める.いくつものプロジェクトを経験することで仕事の位置付けなどが分るようになる.学生が企業に入るにはかなりの手間がかかる.セミナーをやらせ,インタビューに進み,2日かけて数人から個別面接を受ける.企業は一人雇うのにも手間をかけ,様々な角度から人を見る.

3.3 米国の液晶研究-日本との違い

 日本は液晶の平面ディスプレイ応用に成功し,これが液晶研究・開発の中心になっている.しかし,そこからの将来展開は少ないのではと考えている.米国の液晶研究者は単なる平面ディスプレイを手がけても国内では役に立たないから,他のものを研究対象にする.3Dディスプレイは沈静化しているが,VR(Virtual Reality)のためのディスプレイとして復活するかもしれない.液晶は,光の明暗でなく,屈折率によって光を制御し,波面を歪ませるから,人の見る光そのものを再現できる.Switchable lensになり,焦点距離を変えて波面を2次元的に制御できる.液晶の機能は偏光を利用し,電界で屈折率を変える.位相変化の利用である.これは液晶の特徴でVRの波面制御に有効である.不自然な立体視でなく,自然なものになるから,液晶はVRのコンポーネントとして期待される.VR実用化の動きは米国で注目され,Consumer Electronicsの次のキーデバイスになると信じている人もいる.

 Google X(Googleの先端技術グループ)の8つのプロジェクトの一つにAR(Augmented Reality)ヘッドマウントディスプレイがあり,Facebookの子会社オキュラス(Oculus)がゲーム用VRデバイスでWearableな“Oculus Rift”を作った.このような応用では奥行のある画像認識のため大きなデータの計算が必要になるのでIntelがその画像処理デバイスに力を入れている.奥行認識光学技術を採用し,ジェスチャー制御,3Dキャプチャー,革新的な写真ビデオ機能などを提供する.Intelはチップだけだと商売にならないし,システムの提案も出来ない.そこでオキュラスに搭載し,見せる人と一緒に開発している.液晶の機能を生かしたディスプレイデバイスが新しいLSIを産み出すことになっている.

 ディスプレイにも,半導体ロードマップと同様なロードマップがある.日本のロードマップは大きくするだけのもので,何を作るかではなくいかに作るかの将来像を示している.しかし,米国のR&Dはいかに作るかより,何を作るかを重視している.

 アップルの製品では液晶ディスプレイが重要な役割を担っている.アップル製品における液晶技術の成功は,何を作るかのディスプレイの設計だけを自社で行い,製造は中国と台湾で行ったことによる.生産側の競争を利用して安く作れる.R&Dと生産を分けているため,製造側に厳しい要求を出せる.

 米国の研究者はアップル型ディスプレイに関心があるが,大型ディスプレイには興味がない.大型ディスプレイで使っている光の特性変換という機能をもっと別のものに使おうとしている.液晶は,光,電圧,電流(電子流,イオン流),物質流(ガスの透過,吸着)に応答する.ガスが吸着すると分子の配向が変る.弾性定数は金属の10-6と小さいので少しの刺激で曲がって歪む.半導体センサーで感度の高いものもあるが,複雑な分子を相手にする液晶バイオセンサの感度はもっと高く,そのベンチャー企業が立ち上がっている.KSUのスタートアップもある.Crystal DiagnosticsなどKSUのスピンオフは10社以上あり,大学の研究室が立ち上げている.教授の職はそのままにしてスタートアップの運営も兼ねる.当初は学生が関与していたが,最近は利益相反問題から学生は除外する方向にある.

3.4 ケント州立大学液晶研究所における研究展開

 2.2に述べたKSUのLCIにおける液晶研究開発から年代は飛ぶが,LCIは引き続き液晶の新しい性質,材料,応用を求めて研究を展開している.ビーム制御(beam steering),液晶エラストマー,液晶ベースの光メタマテリアル(liquid crystal-based optical metamaterials),液晶コロイド(liquid crystal colloids)と曲核材料(bent-core materials),光形成パターンによる表面配向(photopatterned surface alignment),液晶エラストマーの構造や欠陥のコンピューターシミュレーション,液晶の生物学応用,ブルー位相液晶,液晶-ナノ粒子複合材,細菌微生物(microbe)のリアルタイムセンサーなど,新たな研究者も迎えて推進している.

 光形成パターンによる表面配向は横山氏の研究テーマで,薄膜エピの下地に液晶を用い,液晶の持つ配向性などを薄膜の性質に反映させようというものである.液晶の表面相互作用は,産総研時代からの横山氏のテーマだった.影響の及ぶ範囲は表面から数百µmになる.薄膜エピの下地として,一つの液晶の上に配向の合った別の液晶を作るなど,液晶の持つ基本現象を液晶表面にある材料の物理現象に展開するものである.

4.ケント州立大学液晶研究所から生まれた新機能液晶技術

4.1 光配向による微細表面配向パターンの形成と光デバイスへの応用など

 横山氏は,液晶をベースとした発泡体,光配向による微細表面配向パターンの形成と光デバイスへの応用,マスクを用いない光配向パターンニング装置,トルクバランスを使った液晶における角運動量の計測などの研究を進めている.

 光形成パターンによる表面配向では,表面構造の光学特性制御を行っている.光波面制御,屈折率制御は厚さによって変化する.横と縦の位相差を使うと,液晶の向きで位相が確定し,数µmの液晶で位相制御が出来る.ディスプレイが得意とする技術を使って作り,表面の液晶制御を行う.マスクレス露光装置を微細パターン光配向のために自動化して,電気的スイッチ可能なマイクロレンズや微細加工用位相マスクを実現した(図8).

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図8 マイクロパターン光配向によるマイクロレンズアレー.
配向分布(左)と製作したレンズパターン(右,レンズ半径500µm).
(提供:横山氏)

 このほか,独自のマイクロ流路を設計・作成して,毎秒1000個もの気泡を液晶に注入することを可能にして,気泡が3次元の液晶のなかで面心立方格子を形成することを明らかにした(図9).

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図9 マイクロ流路を使って微小気泡をスメクティック液晶に高速・高密度に注入している様子
(提供:横山氏)

 また,変り種としては,液晶分子の回転にともなう角運動量を直接検出したいということで,古典的なねじり天秤を製作して,実際に液晶セルにおけるバックフローの効果を機械的に検出できた(図10).

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図10 角運動量を検出するためのねじり天秤.
CADソフトで設計した天秤(左),実際に製作した結果(中),
ねじり天秤の自然振動と同期した電圧を天秤に固定したハイブリッド液晶セルに印加して,
天秤の振動振幅がしだいに増大している様子(右).(提供:横山氏)

 

4.2 液晶エラストマーにおけるレーザー発振とこれを用いた歪みセンサー [6][7]

 液晶エラストマーは液晶の性質を持ったゴムで,ゴムになる高分子に液晶を分散させて作られる高分子分散液晶(PDLC)の一つである.液晶は分子配置が自己集合的に周期的となる性質を持ち,光,電界,応力などによって液晶分子が配置を変えるので,液晶エラストマーもこれらの刺激によって形状や特性が変化する.一方,レーザーは光増幅作用を持った物質で共振器を構成して作られる.典型的な共振器は2つの反射面で構成される.その後,発光層の光伝搬方向に周期的な反射構造を設けた分布帰還型(Distributed Feedback,DFB)レーザーが生まれた.コレステリック液晶は周期的ならせん構造を持ち,その周期に応じて光反射構造が出来るので,これを利用すれば液晶レーザーが出来る.

 LCIの研究チームは,ネマティック液晶とポリマーの光重合でコレステリック液晶エラストマー(CLCE)を作った.CLCEは液晶配列によって構成されるフォトニック結晶によって光を反射する.ゴム状態のCLCEに最大圧縮率47.5%の一軸性歪みをかけると,らせんピッチは453nmから238nmに変化し,反射のピーク波長は705nmから370nmにまで変化した.

 このCLCEに光増幅材として波長575nmに蛍光発光ピークを持つ色素を添加した.これを波長532nmのNd: YAGレーザーパルスで光ポンピングしたところ,レーザー発振を起こした.反射(黒)と発振(赤)のスペクトラムは印加歪みによるらせんピッチの変化と共に移動し(図11左),レーザー発光は,ほぼらせんピッチに比例して変化した(図11右).

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図11 歪みによる液晶レーザーの発振波長変化 [7]

 この結果は,液晶エラストマーよるレーザー発振の可能性を確認し,歪み測定への応用の可能性を示唆するものである.この研究は,研究チームに京都工芸繊維大学の研究者が参加し,米国のNSFと日本の学術振興会の支援を受けるという国際協力体制で行われた.

4.3 液晶ベースの病原体検出システムで食品安全性監視 [8]

 この生物検知(Biosensing)技術は,KSUとNorthwest Ohio Medical UniversityがU.S. Armyから軍隊の飲料水の安全に関する研究を受託したことに始まる.大腸菌株(Escherichia coli strains)や食中毒を引き起こす腸内細菌のサルモネラのような多数の病原菌を一度に検査できる装置に仕上げ,KSU発の企業であるCrystal Diagnosticsが食品安全検査に注力して開発を進めている.

 独自に開発したリオトロピッククロモニック液晶(添加した色素類の濃度で相変化する液晶)を標的病原菌試料と混ぜると,液晶配列が変わることによって病原菌像のコントラストが増大することを利用する.検知したい病原菌と結合する抗体を検体に加えると,病原菌と抗体が結合して球状の塊となって分散する.液晶単独なら,規則的に配列しているので直交した偏光板に挟んだ状態では光を通さない.ところが,病原菌と抗体が結合した球状の塊を混ぜると,液晶の配列が規則性を失う.そこで下から光を当てると,上部の偏光板の上においた撮像カメラには規則性を失った場所に相当する輝点が写る.この輝点分布は病原菌に由来するものだから,この画像を解析して病原菌を検出できる.図12に示した分析用のセルは数個のカセットから成り,同時に異なる抗体を加えた試料の分析が出来る.

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図12 液晶による病原菌検出 [8]

4.4 ブラインド一体型の窓 [9]

 ブラインド一体型の窓の開発は,高分子分散液晶(PDLC)を長く研究して来た,KSUのJohn West教授が被膜に均一なクラックの出来ることを見つけたことに始まる.

 PDLCは透明なポリマーに液晶を混ぜて作られ,West教授は,完全透明から完全不透明にスイッチできるプライバシーウインドウにPDLCを使っていた.PDLCを窓に使うと,液晶が様々方向に向いているため光を散乱するので,ガラスは曇っている.しかし電界を印加すると液晶の方向が揃ってガラスは透明になる.このPDLCにクラックが入っていたら曇ガラスがまだらになる.ディスプレイに電圧を印加するための電極にするITO(酸化インジウムスズ)もクラックが入っては困るが,フレキシブル基板に被着するとITO膜は割れてしまう.

 West教授は逆手を採って,フレキシブルプラスチック基板を曲げてクラックをコントロールするプロセスを開発した.この結果,高価なフォトリソグラフィなど使わずに,窓の中の選んだ領域のPDLCを電界でスイッチするようなITOパターンをクラックで作ることことに成功した.フレキシブル基板上にPDLCとクラックの入ったITO膜を被着し,電気的に開閉できるブラインドを内蔵した窓が出来た(図13).

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図13 液晶ブラインドの窓 [9]

 West教授は,この素材を窓のメーカーに売るため,FITOS(Flexible Indium Tin Oxide Solution)と言う名の会社を立ち上げた.その一方,彼はタッチスクリーンやフレキシブルディスプレイにこの素材が使えないか,検討を進めているという.

4.5 フレキシブル手書き入力ディスプレイ [10]

 コレステリック液晶(Cholesteric liquid crystal,ChLC)では,分子が互いに少しずつ違った角度に配列するような分子間力が働くため,鉛直方向に二次元的な層が重なったらせん構造をとる.コレステリック液晶の重要な特性は重なった層のピッチ(空間的繰返し周期)で,ピッチに等しい波長の光を選択的に反射する.このピッチは,温度によって変化するから,反射干渉色が変わるので温度計ができる.又,ピッチは圧力によって変化し,圧力を除いてもピッチは変わった状態にとどまるが,電圧を印加すると元のピッチに戻るという双安定性を示す.このため,フレキシブル基板に挟んだコレステリック液晶に入力ペン(stylus)で力を加えれば,そこだけ反射率が変わるから文字や図形が描けることになる.この考えで生まれたフレキシブルディスプレイがKSU発のKent Displays IncorporatedのeWriterディスプレイである.描かれた文字や図形は,電界を印加して消去するまで保持される.

 この技術を使って作られたペン入力消去可能なディスプレイが,ブーギーボード(Boogie Board®)である.子供の学習用タブレットなどに用いられ,日本でも事務機メーカーが電子文具として売り出している.2016年1月5日に米国のラスベガスで始まった世界有数の家電見本市(CES,Consumer Electronics Show)には,eWriterのカラーバージョンなどの新製品が発表されている(図14).

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図14 CESプレスリリースのeWriters [11]

おわりに

 液晶というと古くは電卓,最近では高精細大型テレビを思いつく.これらを産み出す元になった技術の発祥地の一つである米国ケント州立大学では,液晶の基礎研究を進め,その機能を活かしてディスプレイの大型化とは異なる新しい開発が進んでいる.日本では,横山氏が産総研在任中に,氏が研究代表者を務めた戦略的創造研究推進事業 発展研究(SORST)研究課題「液晶ナノシステム」のような新しい方向の研究開発もあったが,いまだに大型化研究から抜け出せていない.米国ケント州立大学では,「いかに作るか」より「何を作るか」を重視する米国文化のもとに,液晶技術とこれを基にした新しい開発が活発に行われ,開発した技術は,技術移転(スタートアップ)を行うことによってその速やかな実用化を図っている.このような米国における液晶技術の開発によって,我が国の第5次科学技術基本計画で取り上げられているAIの要素デバイスも開発・実用化されそうである.改めて,米国の液晶研究を認識し,液晶の将来の可能性を確認することとなるインタビューであった.

参考文献

[1] What are Liquid Crystalsindex.html
http://www.lcinet.kent.edu/tutorials/index.htmlcontent=introduction/index&title=What+are+liquid+crystalsindex.html
[2] NHK「プロジェクトX」制作班,“液晶 執念の対決/瀬戸際のリーダー・大勝負”,「プロジェクトX 挑戦者たち8 思いは国境を越えた」,日本放送出版協会 2001年9月
[3] 佐々木昭夫,“電子ディスプレイデバイス”,図9.10,工業調査会 1990年
[4] 小林駿介,“液晶表示の原理と方式”,応用物理 Vol. 68, No. 5, pp. 561-566 (1999)
[5] 小林駿介,“液晶,その不思議な世界へ”,p. 22,オーム社 2007年
[6] Newly Developed Liquid Crystal Elastomer Material Could Enable Advanced Sensors
http://www.lcinet.kent.edu/news_events/index.htmlid=76&ref=1450813735
[7] Andrii Varanytsia, Hama Nagai, Kenji Urayama & Peter Palffy-Muhoray, "Tunable lasing in cholesteric liquid crystal elastomers with accurate measurements of strain", Scientific Reports Vol. 5, Article number: 17739 (2015)
[8] LCI technology goes into food safety market~Crystal Diagnostics unveils liquid-crystal-based pathogen sensors~
http://www.lcinet.kent.edu/news_events/index.htmlid=30&ref=1319824371
[9] Window on the Future,http://www.kent.edunews/window-future
[10] Kent Displays Incorporated,http://www.kentdisplays.com/
[11] Boogie Board Debuts New Jot 4.5 and Scribble n' Play eWriters at CES 2016
http://kentdisplays.com/uploads/boogie-board-2016-ces-release.pdf

(古寺 博)

 

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