NanotechJapan Bulletin

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<第45回>
ナノファイバー応用展開の可能性の追求 ~「ナノフロント(R)」やカーボンナノチューブヤーンが拓く世界~
帝人株式会社 エンジニアリングファイバー部 小林 美一氏と山田 秀夫氏に聞く

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 帝人株式会社はnano tech 2016 国際ナノテクノロジー総合展(2016年1月27日~2016年1月29日開催)において,nano tech大賞 2016のライフナノテクノロジー賞を受賞した.nano tech 2013におけるnano tech大賞の受賞に続く2度目の受賞である.受賞理由は「カーボンナノチューブを長尺の繊維として利用し,又,ナノファイバーをマスクやスキンシートなど様々なヘルスケア製品に応用したことを賞す.」であった.

 今回,東京都霞が関にある帝人株式会社の東京本社を訪問し,受賞の対象となったヘルスケア製品について高機能繊維事業本部エンジニアリングファイバー部スペシャリティーペーパー課ナノフロント開発担当 小林 美一(こばやし よしかず)氏に,また,カーボンナノチューブヤーンについて同部特務担当兼フリクションシール課技術開発担当 山田 秀夫(やまだ ひでお)氏にお話しを伺った.また,帝人におけるナノテク製品開発の全体像が紹介された.

 

 

1.nano tech 2016に見る帝人のナノテクノロジーへの展開

 帝人は2003年にナノファイバーの研究に着手し,2008年7月に「ナノフロント®」のブランド名で世界で初めて直径700nmのポリエステルナノファイバーによる繊維の商業生産を開始した.2013年にはnano tech大賞 2013を受賞している.その後も,「ナノフロント®」の応用の拡大を始めとしてナノテク製品の応用展開を追求し,顧客に合せた各種技術提案や商品開発をしてきた.そして今回nano tech 2016で2回目の表彰を受けた.帝人は展示のコンセプトを「次なる可能性へ「飛翔」するナノテクノロジー」として,鳥の翼を象ったブースを造形した.昨年のコンセプト「次なる可能性へ「孵化」するナノテクノロジー」から一歩踏み出している.表1に示すように社内の全事業が出展に参加しており,シナジーによる技術開発の加速を目指している.

 本取材記事では,表1の中の高機能繊維・複合材料部門に焦点を当て,「ナノフロント®」については,多くの応用商品展開の中からヘルスケア関連を,また,カーボンナノチューブ(CNT)ヤーンについては,その新しい可能性の追求の様子を紹介する.

表1 nano tech 2016における帝人の出展状況
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2.「ナノフロント®」の応用の追及

2.1 「ナノフロント®」の構造概要とその発現機能

 「ナノフロント®」については,本NanotechJapan Bulletin企画特集「10-9 INNOVATIONの最先端」の第1回の取材記事[1]の中で紹介している.その生産は海島複合紡糸法と云う製法でおこなっている.ポリマーを口金から吐出するに際して,「島」成分と「海」成分の2種類のポリマーにより図1上段の断面構造図で左側に示すような複合体を形成し,後工程で「海」の部分を溶解除去し,右側に示すファイバーの束を形成する手法である.上段右の写真はその束の断面写真である.下段は「ナノフロント®」の二つの応用形態,即ち,ナノファイバーの束を糸として編んだり織ったりする使用法とファイバーを切断して他の繊維と混ぜて不織布として使用する方法の構造写真で,それぞれ俯瞰写真と断面写真である.「「ナノフロント®」の他のファイバーと異なる特徴は,このように各種の応用に展開できる領域の広さにある」と小林氏は語る.

 「ナノフロント®」の発現機能とこれを活用して2013年当時に商品化された製品を,主力製品であるヘルスケア等日常用品分野について表2に示す.その後,応用展開の拡大を図るべく繊維を構造化する技術の改良を行い,今回のnano tech 2016で2つの技術が披露されている.一つは編み物に関する技術であり,もう一つは不織布に関するものである.次節以降にその二つを紹介する.

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図1 「ナノフロント®」の構造:(上段)製造過程の断面構造と海成分除去後の糸断面写真,
(下段)「ナノフロント®」応用の二つの構造


表2 「ナノフロント®」の発現機能と商品例(2013年当時)
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2.2 高いグリップ力を発揮する「ナノフロント®」織物製品の改質

 「ナノフロント®」の高グリップ力は,接触表面積が増大することによる.このグリップ力増大効果を利用した雨で濡れても滑らないゴルフ手袋,長時間顔から落ちない顔フェイスマスクについては前回の記事[1]で紹介した.今回,そのグリップ力を活かして靴の中で滑らない靴下の商品化を図るに際して,従来は「ナノフロント®」の織物が,海島構造の太い状態で編んで,その後海部分を除去していたのに対し,「ナノフロント®」の海部分を予め除去した糸で,靴下が編めるようにした.島の部分だけの糸はばらけてしまうが,色々な他の糸と合撚し同時に若干の糊を加えている.出来た靴下は,滑り難い特性とともに,がさつきが無くなり履き心地が良くなると共に,工程も簡素化され,コストが下がっている.図2に一般の綿の靴下との滑り難さを比較している.

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図2 「ナノフロント®」で編んだ靴下の滑り難さの評価

2.3 「ナノフロント®」不織布の他シートとの貼り合せ技術による応用展開の拡大

 「ナノフロント®」の応用は編物・織物が先行していたが,もう一つの応用形式として不織布がある.2013年の時点ではまだ開発状態であった.その後技術開発と応用展開が進んでいる.不織布は,「ナノフロント®」を切断し,ナノファイバーの綿を水に分散させ,他の繊維も混在させた上で紙を梳くのと類似の方法でシートにしたものである.この「ナノフロント®」の不織布の適用領域拡大の検討のなかで,他の材料との貼り合せ手法による新機能製品の展開の考えが生まれ,製品化が進行している.用途に合わせて「ナノフロント®」の不織布を作るだけではなく,他の材料との組み合わせで製品のバリエーションを増やす考えである.貼り合せに際しては,「ナノフロント®」シートの高い密着性を活かし,貼り付け相手の素材表面への追従性をよくすることなどで物理的な貼り合せを行っている.

 以下に貼り合せ手法で展開している応用例を紹介する.

(1)高い拭き取り機能を活かしたコットンパフ

 「ナノフロント®」使用シートの高い拭き取り性能は,図3に示すように,ナノファイバーの束で布帛が形成されており,拭き取り面との間にナノサイズの凹凸で発現する密着力でより確実に小さい塵まで捉え,多大なファイバー本数により,多くの塵を捉えることができること,更に液体の場合は繊維間空隙に取りこむことによると説明されている.この拭き取り性能とソフトな肌触りを特徴とする「ナノフロント®」使用シートをコットンパフの表面に貼り合せたらどうかという発想が,貼り合せ技術による新しい応用展開のきっかけであった.初め不織布を貼ることでコットンパフが硬くなる問題が生じたが,不織布を薄くする試みを重ねて約60%まで薄くすることで問題を解決した.この薄くした不織布は他にも応用できないかということで後の応用展開が始まった.

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図3 「ナノフロント®」シートの高い拭き取り性能を発揮するメカニズム

 図4に,「ナノフロント®」使用シートの汚れ拭き取り能力を評価した試験結果を示す.縦軸は汚れ付着面積で,左のデータは拭き取り前である.中央の「ナノフロント®」では汚れがほとんど無くなっているのに対し,右のマイクロファイバーシートでは,固まりは減っているが,薄いよごれとなって残る結果となっている.

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図4 「ナノフロント®」使用シートの拭き取り性能の評価

(2)高い遮熱・遮光性の活用

 「ナノフロント®」使用の傘に遮熱効果があることは,前回の取材記事でも説明している.遮熱効果があることを見つけたのは小林氏達で2008年頃であった.紫外線遮断用の日傘は従来からあるが,熱も遮断する効果を持つ傘は初めてであり当時話題を呼んだ.図5の上段左に夏の日差しを受けた傘温度をサーモグラフィで一般遮光傘と比較してその効果を実証している.通常のポリエステルシートでは紫外線領域では光を遮断するが,近赤外線領域は遮断できないため傘の温度が高くなっている.しかし,「ナノフロント®」の場合,図5の上段右に断面構造で示すように,細い繊維の密集している中に近赤外線が入り難く反射するため,図5下段の「ナノフロント®」使用シートの計測データが示すように,760nmから2000nmの近赤外線領域で透過光は激減し,近赤外線領域の広い範囲で80%近く反射していることがわかる.酸化チタン入れたポリエステル(RegFD-PET)がこれまで熱を反射するシートとされていたが,それと比較しても圧倒的効果がわかる.

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図5 「ナノフロント®」の高い遮熱・遮光性

 「ナノフロント®」不織布貼り合せ技術の応用展開の一つとして,遮熱・遮光性の特徴を活かすことを考えて,遮熱運動帽子を製品化した.図6に示すように帽子生地の裏に「ナノフロント®」の不織布を貼り付け,更に裏表面を滑らかなローン生地(透ける感じの薄い平織り生地)で覆っている.細い繊維の弱点は濃い色に染めることが難しい点にある.しかし,このように他の生地と貼り合せることで,自由に着色でき,かつ,「ナノフロント®」不織布の特徴である遮熱性はそのまま活かせることになる.

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図6 遮熱運動帽子

(3)「ナノフロント®」シートの柔らかさ,密着性,吸湿性の活用

 2015年秋に,(株)ファミリーマートとの共同開発ヘルスケア商品として高性能マスクの発売をプレスリリースした[2].図7にマスクの構成を示すように,「ナノフロント®」使用不織布は,フィルター類のシートの一番内側に貼り付けられている.これにより,ナノファイバーのしなやかさに基づく肌触りの良さ,またナノファイバーシートの密着性に基づくフィット感,優れた吸湿性によりメガネの曇り抑制,などの特徴が発揮される.

 マスク商品としては,消臭剤が付与されおり,細菌ウイルスを含む飛沫(3µm),微粒子(0.1µm)の99%以上を遮断すると云う.

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図7 「ナノフロント®」貼り付け技術のマスクへの応用

(4)「ナノフロント®」使用シートの緻密性の活用

 「ナノフロント®」使用不織布の緻密性の活用例として,産業用のバグフィルター濾布がある.一般の不織布等の濾布表面に,その追随性と密着性を活用して貼り付けるもので,これにより,微細な塵が濾布内部に入るのが防がれるので目詰まりが防止され,また,表面に付着する塵は容易に払い落とすことができ,バグフィルターの長寿命化が達成されるとのことである.

2.4 「ナノフロント®」の事業展開の流れについて

 前回nano tech大賞2013で大賞受賞以来今日までの3年間で,「ナノフロント®」関連商品の売り上げは一桁増えたとのことである.明確な特長がユーザーの心を掴んだ例として,ゴルフ手袋は市場の10%を占めるようになり,日傘は株式会社カタログハウス通販生活から売り出されて通常商品の売り上げを大きく上回るヒット商品であったという.この間に,応用分野を拡大するために,
 ①織物製品の製造では,海島構造の海の部分を削除したナノファイバー100%の状態で織る技術,
 ②不織布の製品では厚さを薄くして他の素材と貼り合せる技術
という二つの応用製品化技術を開発して,応用展開製品分野の拡大を図ってきた.

 帝人は事業ビジョンとして,単なる素材提供から,ソリューション提供に力を入れており,顧客と一体となった商品開発を進めている.今後も前記二つの応用製品化技術をもとに更なる応用商品の展開を図っていく.また,これまで一般生活雑貨が中心であったが,これからは,フィルターなど産業用にも力をいれていくと小林氏は語った.

 これまで説明してきた「ナノフロント®」のファイバー径は700nmである.しかし,現在ファイバー径400nmの「ナノフロント®」を開発している.繊維を細くすると,その繊維で使用目的に合せた構造体を作ることが難しくなる問題が存在する.しかし,産業用では,細くすることへの要望があり,今後,産業の応用展開を中心に進めることになろう.

3.カーボンナノチューブ(CNT)ヤーンの開発について

3.1 CNTヤーンの開発経緯

 帝人はnano tech大賞を受賞したnano tech 2013の開催中にCNTヤーンの開発成果をプレスリリースしている.その時の取材記事[1]では簡単に紹介をしたが,今回,その後の状況を含めた詳細を伺った.ヤーンというのは,一本一本の細い繊維がお互いに絡み合い,拘束しあって,形成された一本の糸のことである.CNTファイバーが,一本のCNT単結晶繊維を連想するので,帝人は製品に対してCNTヤーンの表現を使っているとのことである.

 CNTヤーンの開発は,帝人グループの一員であるテイジンアラミド社(本社:オランダ・アーネム市)とライス大学(米国テキサス州ヒューストン市)の共同研究の成果である.一般にCNTは化学的に安定であり,CNT同士が凝集し易く,液中への分散は困難とされているが,ライス大学は,CNTを強酸中に分散させて,液晶構造を得る方法を開発した.一方,テイジンアラミド社は,アラミド繊維「トワロン®」を湿式液晶紡糸法という技術で1980年代後半から工業化し,年間数万トンの繊維製品を出荷している.2000年に入ってCNT繊維の開発も進めつつあり,両者の思惑が合致し,2010年から湿式液晶紡糸法によるCNTヤーン製作の共同研究が開始された.

 2013年1月にはCNTヤーンについての論文がScience誌に掲載された[4].この論文は,AIChE(米国化学工学会)のSouth Texas Sectionから2013年のBest Applied Paperに選ばれ,また,2014年にポール・シュラック財団からこの共同研究の研究者に「ポール・シュラック人造繊維技術賞」が授与された.

3.2 CNTヤーンの製造技術

 CNTヤーンを製造する湿式液晶紡糸法について図8により説明する.図の左から,CNTを強酸性液体に分散させると,CNT単結晶は形状が揃っているので凝縮し液晶のように並ぶ.それが狭いノズルを通って引き出される際にせん断応力が働き液晶同士が密着し配向される.配向された液晶の束はノズルから出た後,強酸成分を除去する中和・洗浄のための液を通過し,その後乾燥される.CNT結晶100%の束が糸のように出来上がるので,これをリールに巻き取る.現在1つのノズルの口径は30µm程度で,こうしたノズルを数十個並べて同時に紡糸して一本の糸を作っている.場合によって糸は撚り合わせて仕上げられる.

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図8 CNTヤーンの製造方法

 CNT100%の糸の製法としては,このような湿式の製法に対して,基板上の触媒から成長させたCNTの集合体(Forest)の端をつまんで引っ張ることで連続的なCNTの糸を紡ぎだす乾式の紡糸法が発表されている[3].この単純な製法に比べてCNTヤーンの製造工程はやや複雑であるが,得られる糸の径はノズルの設計で自在に制御することができ,かつ均一である.一本の糸の径の均一性は電気伝導度の変動を抑え,糸全体の強度を保てるので,長さも長くできる.実験では100m余の長さを実証している.また原料のCNTの種類や製造技術についても選択できる特徴がある.現在の開発では,単層(SW)CNTと二層(DW)CNTを主に用いている.多層(MW)CNTを使用する場合,液晶化に際して配向性が不十分で,充填率が高くなりにくいため,特性が安定しない.現状,MWCNTはSW・DWCNTと比較してCNTヤーン作製の適性が低いと言わざるを得ない.しかしMWCNTの方が安価に入手できるので,今後,用途によっては,MWCMTを使いこなす技術開発も必要であるかも知れないと云う.

 図9にCNTヤーンの顕微鏡写真を示す.写真aはヤーンの繊維表面,写真bは強く屈曲した際に生じるキンク(折り癖)部分で内部構造の破断は起きていない.写真cは繊維内部を割いて見せた拡大写真である.写真dはCNTヤーンが柔軟な結び目を作ることができる様子を示している.

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図9 CNTヤーンの顕微鏡写真, a:繊維表面,b:屈曲試験で生じるキンク部分,
c:繊維を割いた内部,d:CNTヤーンの柔軟な結び目

3.3 CNTヤーンの特徴と特性

 表3にCNTヤーンの諸特性を示す.引張りの強度はあまり高くない.高強度の合成繊維,例えば帝人のアラミド繊維ほどの強さはない.密度は銅の5分の1程度と軽量であり,比電気伝導度が銅の7割程度である.言い換えるとCNTヤーンの断面積を5倍にし,銅と同じ重さにした時に,電気伝導度が銅の7割となる.従って電力伝送用に考えた場合は銅線の代替になり得ないレベルである.しかしながら,CNTではバリスティック伝導が考えられるので,金属製電線に高周波数の交流信号を流した場合にみられる電気抵抗の上昇(表皮効果)が起こり難いと考えられる.一方,熱伝導率は銅より高い.柔軟性が高く,屈曲疲労による破断が起き難く,耐熱性(1250℃,不活性ガス条件)や耐薬品性が高い.また,フィールドエミッション性(電界放出性)が高く,電子線源としても使用しやすい.図10はテイジンアラミド社とライス大学が開発したCNTヤーンの比電気伝導度と熱伝導率について,他の材料と比較したものである.

表3 CNTヤーン(CNTy)の物性
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図10 開発品の比電気伝導度と熱伝導率について,金属や他の炭素系素材との比較
(出典:参考文献[4])

3.4 CNTヤーンの応用分野の展開

 CNTヤーンは,上述のように軽量,微細配線,柔軟性,非金属,化学安定性,耐熱性,高熱伝導度,ユニークな電気伝導特性,フィールドエミッション性などの優れた特徴を有しており,その応用展開に興味を持つグループと連携して新しい産業の創出を目指した試みが行われている.以下にその幾つかを紹介する.

(1) 高周波信号伝達のメリットを生かす応用
 オランダのvan den Hul社がこのCNTヤーンを用いて高級オーディオ用のインターコネクトケーブル(例えばCDプレーヤーとアンプのアナログ接続)を商品化している.高音(高周波電気信号)領域における,忠実な再現性が得られているという.同社は,この商品の販売や開発に引き続き意欲的である.

(2) モーターのコイルへの適用の試み
 フィンランドのLappeenranta University of Technologyは,ステーターコイルにCNTヤーンを使用した試作モーターを作った.出力/入力の容量や応答特性,軽量化等の可能性を調査中である.金属を使わないモーター開発につながれば面白いと山田氏は語る.

(3) 医療分野への応用
 ライス大学内の医学部門では,体内に埋め込まれるペースメーカーなどの配線にCNTヤーンを用いることで,核磁気共鳴画像MRIの検査時に影とならない電極の開発を狙っている.また,脳神経系の研究分野でも,CNTヤーンを用いた柔軟で極細の電線や電極を利用して,被験者への負担を軽減するなど,適用分野を広げる可能性があると云われている.

(4) 航空・宇宙分野での利用への期待
 CNTヤーンは,高耐熱性,高耐化学薬品性,特に耐屈曲疲労性,軽量などの金属線に比べた利点を持ち,航空・宇宙分野の機器での利用が期待されている.

(5) 電池電極への応用
 柔軟で耐薬品性の高いCNTヤーンは,キャパシター用の電極や,比表面積が高いことを生かした電気化学的反応の場としての利用が考えられる[5].

3.5 CNTヤーンの発展に向けて

 このようにCNTヤーンは魅力的な多くの特徴を持ち,広い応用分野への展開が予想されるが,問題は現状の生産コストが高いので,応用展開が進まないことにある.テイジンアラミド社にある実験設備は小さいが,ニーズがあれば量産化は可能と云う.今後広く世の中で認められる素材になるまでには,相当の長い期間と多くの協同者との応用研究開発,そして事業の育成が望まれる.また,そのために相応の設備の拡充も必要である.

 このような新事業開拓の推進体制として,テイジンアラミド社に属していたCNTヤーンの研究開発チームは2016年1月にテイジンアラミド社から独立し,Conyar BV(コンヤー・ビーヴィ)を設立した.CEOは当初からチームを統括してきたDr. Marcin Ottoである.

 当面,テイジンアラミド社の実験設備を使用しながら独自の事業活動を開始している.Conyar BVは広く外部からの資金を募集しており,特に,従来の金属が占有している導電線分野をCNTヤーンに置き換えることに事業的魅力を感じるパーティーを探している.

4.おわりに

 「ナノフロント®」の応用展開は,ナノテクノロジーが日常生活やヘルスケア分野で使用する道具類にも思いがけない,そして人々の生活に役立つ新しい機能や性能を与えることを教えてくれた.それはまだ始まったばかりであり,今後の応用展開の進展に期待が膨らむ.

 CNTヤーンは金属にないユニークな特徴を持つ素材で,その特徴を発揮できる分野も広い.Conyar BVのDr. Ottoは「過去に電気が発見されて以来,金属に代わり得るポテンシャルを持った初めての素材である」と語り,技術の変革を起こす意気込みで新会社の経営を行っているとのことである.今後の,CNTヤーンの応用分野の展開からは目が離せない.

参考文献

[1] NanotechJapan Bulletin, 企画特集「10-9INNOVATIONの最先端」第1回,「ナノファイバーとその織りなす世界」NanotechJapan Bulletin,Vol. 6, No. 2, 2013.
https://www.nanonet.go.jp/ntjb_pdf/nanoInnov-01.pdf
[2] 帝人ニュース「ファミリーマートと帝人フロンティアの業務提携について 高機能素材を使用したヘルスケア商品を共同で開発」2015.10.7
http://www.teijin.co.jp/news/images/%E3%80%90%E6%9C%80%E7%B5%82%E7%89%88%E3%80%91151007%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%AF%E7%99%BA%E5%A3%B2_%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B9.pdf
[3] NanotechJapan Bulletin, 企画特集「10-9INNOVATIONの最先端」第11回,「カーボンナノチューブ紡績技術の開拓」NanotechJapan Bulletin,Vol. 6, No. 6, 2013.
https://www.nanonet.go.jp/ntjb_pdf/nanoInnov-11.pdf
[4] N. Behabtu, C. C. Young, D. E. Tsentalovich, O. Kleinerman, X. Wang, A. W. K. Ma, E. A. Bengio, R. F. ter Waarbeek, J. J. de Jong, R. E. Hoogerwerf, S. B. Fairchild, J. B. Ferguson, B. Maruyama, J. Kono, Y. Talmon, Y. Cohen, M. J. Otto, M. Pasquali, "Strong, Light, Multifunctional Fibers of Carbon Nanotubes with Ultrahigh Conductivity", Science , Vol. 339, Issue 6116, pp. 182-186 (2013).
[5] F. Liu, R.M. Wagterveld, B. Gebben, M.J. Otto, P.M. Biesheuvel, H.V.M. Hamelers, "Carbon nanotube yarns as strong flexible conductive capacitive electrodes", Colloids and Interface Science Communication, Vol. 3 (2015). pp. 9-12.

(註)本文中の図面は全て帝人より提供されたものである.

(向井 久和)

 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です. nanotech2014_banner.jpg