NanotechJapan Bulletin

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<第48回>
九州地区の研究成果と知的資源の活用による地域経済の活性化の取り組み ~九州大学の移転を契機に地域科学技術システムの構築及び知・住・悠の舞台となる快適空間を作る~
九州大学学術研究都市推進機構の猿渡 稔氏,岩重 英治氏,酒見 幸男氏に聞く

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 科学技術イノベーションには,優れたシーズの創出とこれを育成して産業に結び付ける環境が必要である.いわゆる学園都市はその環境を提供し,そこから新しいビジネスの創出が期待される.その好例として,2016年1月27日から3日間に渡って開催された,nano tech 2016 第15回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議は,「nano tech大賞 2016」産学連携賞を,公益財団法人 九州大学学術研究都市推進機構(OPACK: Organization for Promotion Academic City by Kyushu University)に授賞した.授賞理由は「九州大学の研究成果という知的資源の活用と産業界の事業化需要を結びつけ,産学官の連携と地域経済活性化を目指す取り組みを賞す.」であった.そこで,どのような構想で,学術研究都市が建設され,どのような研究開発が行われ,新たな事業が産まれているか伺うべく,福岡市の博多駅から地下鉄で約30分の九大学研都市駅の前にある,九州大学学術研究都市推進機構(OPACK)を訪ねた.お話は,事務局長 猿渡 稔(さるわたり みのる)氏,産学連携主幹 岩重 英治(いわしげ えいじ)氏,企業立地シニアマネージャー 酒見 幸男(さけみ ゆきお)氏の3氏から伺った.

1.九州大学学術研究都市の構想

1.1 地元経済界から産まれた学術研究都市構想

 平成の初め,九州大学(九大)の本部と多くの学部は,JR博多駅や福岡空港の北方4~5kmの箱崎にあったが,手狭になって来た.周辺は既に住宅があって拡張できない.また,福岡空港の発着機の航路に当るため,騒音も問題だった.このため,九大は平成3年(1991年)に移転を決め,JR博多駅の西約20kmの西区にある伊都に移転することになった.地元経済界からは,移転を機に知の拠点の都市づくりをしようと声がかかって1998年に,九州大学学術研究都市推進協議会が組織された.協議会は九州大学,経済界,福岡県,福岡市,糸島市,佐賀県等で構成され,平成13年(2001年)に,福岡市の西から糸島市,その西の唐津市にも跨がる九州大学学術研究都市(九大学研都市)の構想,「九州大学学術研究都市推進構想」が取り纏められた(図1参照).これを承けて,学術研究都市づくりの総合マネジメント組織として,平成16年(2004年)10月1日に九州大学学術研究都市推進機構(OPACK)が発足した [1].

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図1 九大学研都市の位置 (提供:OPACK)

1.2 学研都市立地の背景

 福岡市は昔からアジアへの玄関口と位置づけられ,アジアで一番熱い都市の一つである.海外と結ぶ博多港と空港があり,人口は150万人超(都市圏では250万人超),都市機能のサポートが優れている.国家戦略特区(福岡市グローバル創業・雇用創出特区)も設けられ,コンベンション施設もある.伊都地区は福岡市の中心に近く,九州各地から高速道路でのアクセスも容易である.産業面で九州は,八幡製鉄所以来の鉄鋼業のみならず,シリコンアイランドなどの名で知られるように半導体工業も盛んである.また,自動車の生産が盛んで150万台を超える生産能力がある.さらに,福岡県,北九州市,福岡市は「グリーンアジア国際総合戦略特区」に指定されており,様々な支援措置がある.

 学研都市の知の中心となる九大は,多くのオリジナルな研究成果を挙げ,地域・産業のニーズに応じた最先端研究を行ってきた.例えば,水素社会に向けた大規模実証研究,全学共通ICカードの実証実験も行った.産学連携,共同研究が行われ,豊富な人材を持ち,留学生も多い.

 新キャンパスは伊都キャンパスと名付けられたが,伊都の地名は,「魏志倭人伝」にみえる倭国内の国の一つ伊都国(いとこく)に由来する.伊都国は福岡県糸島市,福岡市西区(旧怡土郡)付近に存在したとされ,学研都市エリアには古墳もあって,出土品も多い.

1.3 九大学研都市のコンセプト [2]

 このような背景の下に,九大の総合移転を契機として世界的な知の拠点をつくる.このために,知の交流・創造活動を促進する地域科学技術システムを構築し,知・住・悠の舞台となる快適空間を作るという学研都市構想が生まれた.大学の知の活用により,産業技術の高度化,地域の活性化を先導する「知の中央ステーション」構築が検討された.快適空間の形成では,地域の自然や歴史,産業との共生を理念とし,研究・交流・居住・生活等のサポートゾーン,環境・景観との保全ゾーン等の空間構成が検討された.その結果,「タウン・オン・キャンパス」,「分散型地域核“ほたる”(ホタル)」の2つのコンセプトが産まれた.前者は,大学と一体化したまち,大学と企業との垣根を取り払った知の交流拠点である.後者は,分散型地域開発である.やや小さい研究開発拠点等を点在させ,各所にホタルのように光る産業地域等を作る.自然の中に点在する小さな拠点を増やして学研都市,地域経済の成長を図る環境調和型の企画である.図2に,ホタルの整備イメージを示した.伊都キャンパスの周囲に白地の文字で工業団地やリサーチパーク等が記されている.それぞれが一匹のホタルに当り,自然の中に研究開発拠点,居住地域を点在させている.なお,伊都キャンパスでは左の部分にある青線で囲ったところがタウン・オン・キャンパスの西側地区で,キャンパス中央部にセンターゾーン,キャンパス左寄りの南北部にタウン・オン・キャンパス北側地区,南側地区がある.

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図2 九大学研都市のコンセプト (提供:OPACK)

 この考えに沿って,連携施設・研究センターを用意し,まちづくりを行う.西九州自動車道の周辺に産業団地,リサーチパークを増やす.インターチェンジに近く,高速道路を有効活用できる.都市機構は生活環境を整備し,新たな施設ができ,新たな主役の登場するのを待つ.駅,バスターミナル,マンション,モールなどを整備して都市の利便性を高めると共に自然の癒しを味わえるよう,新しいライフスタイルの提案を心がける.食文化としては地元の物を食べられるよう,地産地消の新たなスタイルの店舗が開業している.利便性と自然の活用である.

1.4 九大学研都市の特徴

 学園都市は国内外で数多く作られている.学園都市は,大学や,産・官の研究機関が多く立地するよう作られたまちである.例えば,筑波研究学園都市は国の研究機関の拡充・移設を目的に閣議決定され,1985年の国際科学技術博覧会(科学万博)を機にほぼ完成した.関西文化学術研究都市(けいはんな学研都市)は京大総長の呼びかけで,つくば同様,国のプロジェクトとして1994年にオープンしている.この2つが国のプロジェクトであったのに対し,福岡県北九州市で2001年にオープンした北九州学術研究都市は北九州市ルネッサンス構想という北九州市の基本構想のもとに作られた.「新たな産業の創出・技術の高度化」を目指し,「複数の理工系の国・公・私立大学や研究機関が同一のキャンパスに集積する」という独自の試みを行っている.

 これら3つの学園/学研都市と比較して,九大学研都市は次のような特徴を持つ.

(1)地元経済界から生まれた構想で,大学・地元経済界・自治体が連携して推進する.

(2)九州大学という一大学を中心とする.

(3)産業団地等を分散配置し,学術,産業,生活を融合したまちづくりを図る.

(4)大学と企業が融合した知の拠点を狙う.

(5)自然と共生した分散型拠点を併設する.

 こういった特徴を実現するには,様々な配慮,達成手法の整理などが必要になる.これに応える総合マネジメント組織が,公益財団法人 九州大学学術研究都市推進機構(OPACK)である.

2.九州大学学術研究都市推進機構の活動

2.1 九大学研機構の組織

 九州大学学術研究都市推進機構(OPACK,九大学研機構)は,九大移転を機に,地元経済界,九大,地方自治体により平成16年(2004年)に公益財団法人として設立された.次表のような役員構成で,大学,地元経済界・企業,自治体が一体となって運営する.

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 財団の活動の実務を担当する事務局は9名で構成され,福岡県,福岡市,九大,経済界から各2名,糸島市から1名の派遣者等で構成されている.因みに,お話を伺った3人は,それぞれ,県,市,経済界の出身であった.

2.2 九大学研機構の活動の4本柱

 九大学研機構はその活動に4つの柱を立てた.

 第1は広報で,セミナー等の開催,展示会出展がこれに含まれる.その一環で,nano tech 2016に出展した(図3).また,過去には国の補助を得て,連携推進のための九大シーズ集を作成,現在は九大の学術研究・産学連携本部(AiRIMaQ)がシーズ集作成に取組んでいる.

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図3 nano tech 2016における九大学研機構の展示

 第2の研究支援では,九大研究者との密接な連携を図る.九大の研究者の最先端研究活動の側面的支援を行う.研究成果を展示会に出展するための試作品作製も支援している.また,日頃から企業訪問を実施し,九大の研究者が有するシーズと企業のニーズをマッチングさせることに加え,九大の先生のシーズ発表会を主催するなどして,九大の研究者の研究成果を産業界と結び付け共同研究や委託研究の促進に注力している.

 第3は立地支援で,九大学研都市地域への企業の誘致活動である.九州大学の強みである水素エネルギー,ナノ・バイオテクノロジー,半導体などの産業分野を中心としたリーディング企業・研究所等の九大学研都市への立地を促進するため,企業訪問を行い,情報提供を実施するとともに,まずは共同研究等の連携から更には企業立地の進むことを狙っている.

 第4は交流支援で,大学と産業界の連携を図っている.例えば,九大との共同事業で「超高圧電子顕微鏡フォーラム」を運営している[3].九州大学にはナノテクノロジープラットフォームにおける微細構造解析拠点として,九州大学超顕微解析研究センター 微細構造解析プラットフォームがある.OPACKは九州大学超顕微解析研究センターと連携し,このフォーラムを通して,同センターに設置された超高圧電子顕微鏡等(図4)を活用した産学官交流・連携の促進を図っている.

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図4 九州大学超顕微解析研究センター 超高圧電子顕微鏡 (提供:OPACK)

 また,九州大学には,ナノテクノロジープラットフォームにおける分子・物質合成プラットフォームの拠点がある.ここでは,ナノ材料等の合成,構造解析・評価等の技術支援を行っている.しかし,企業から見て大学との間には高い敷居があると思われ勝ちである.この敷居を低くする試みとして,九大で開放している分析機器について,その使い方や結果の解析などのよろず相談が「分析NEXT」の名で2015年に始まった.大学の先生を中心に運営し,学研都市内の施設である福岡市産学連携交流センター(FiaS)の中に分析の相談に応じる人(コーディネータ)をおいている.OPACKは企画段階から参画し,広報の支援や企業訪問での紹介などを行っている.

 熊本は2016年4月の大地震で,研究設備などが大きな被害を受けた.九州大学のナノテクノロジープラットフォーム,福岡市産学連携交流センター(FiaS)は被害を受けた設備の使用者に緊急支援を実施した.OPACKは機器等を有しておらず,熊本の災害に対する直接的な支援は行っていないが,九州大学,分析NEXTを介しての支援が可能であり,周知・広報や分析機器利用の仲介をし,利用上の便宜を図ることなどが可能と考えている.

2.3 九大学研機構の都市開発・産学連携における役割

 産学連携や研究支援を行う組織として,福岡市には公益財団法人九州先端科学技術研究所(Institute of Systems, Information Technologies and Nanotechnologies:ISIT)があり,前述のFiaSを設け,FiaS内にナノテク研究室,有機光デバイス研究室を置いている.また福岡県には,公益財団法人 福岡県産業・科学技術振興財団 ふくおかアイスト(Fukuoka Industry, Science & Technology Foundation:IST)があり,「技術の橋渡し拠点」である「有機光エレクトロニクス実用化開発センター(i3-OPERA:アイキューブ オペラ)」の設立に参画している.一方,九州大学には,学術研究・産学官連携本部(AiRIMaQ)や産学連携機構九州(九大TLO)がある.

 図5は,上記の福岡市および福岡県,さらに九大の組織とOPACKの産学連携における役割をイメージにしたものである[4].OPACKは,産学連携を支援して新産業創出・企業化支援を行うISTおよびISITと連携し,また九大のAiRIMaQと密に連携して大学の知の成果を産業化に結び付ける役割を果たす.具体的にはOPACKは九大学研都市構想を進める中核として,産学連携,研究環境づくり,都市づくりなどを総括する.企業,自治体,大学の間に立って,企業立地,産学連携,情報発信を行っている.まちづくりに当たり,関係自治体,団体等の調整を行いながら円滑な推進を図っている.まちづくり,新産業の創出など学研都市建設の活動を化学反応に例えるなら,OPACKはその反応の触媒であると猿渡氏らはコメントされた.

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図5 産学連携におけるOPACKの役割イメージ (提供:OPACK)
(IST:福岡県産業・科学技術振興財団,ISIT:九州先端科学技術研究所)

3.九州大学学術研究都市 知の創造空間づくりの現状 [5]

3.1 生活環境づくり

 先に述べた構想に沿い,OPACKの触媒に例えられた陰の努力により,連携施設・研究センターの整備と並行して,まちづくりが進められた.西九州自動車道の周辺に産業団地,リサーチパークが設置されている.自治体が中心となって生活環境を整備し,新たな施設を造る.それぞれの事業主体が駅,バスターミナル,マンション,ショッピングモールなどを整備して,都市の利便性を高めると共に自然の癒しを味わえるよう,新しいライフスタイルの提案が心がけられた.JR筑肥線の今宿と周船寺の間に九大学研都市駅が新設され,福岡空港,博多駅からの地下鉄との相互乗り入れで,博多駅から30分で着ける.九大学研都市駅と九大伊都キャンパスとはバス13分で結ばれる.食文化としては地元の物を食べられるよう,地産地消の新たなスタイルの店舗が開業している.利便性と自然の活用である.

3.2 学研都市の頭脳拠点形成

 知の創造空間は,九州大学が中心になって形成された.図6は分野を超えて形成された頭脳拠点連携のイメージである.

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図6 分野を超えた頭脳拠点連携のイメージ (提供:OPACK)

 九大やこの地域で盛んな産業をもとにコア・ターゲット戦略分野として6分野:エネルギー・水素,次世代モビリティ,半導体,ナノテクノロジー,バイオテクノロジー,社会システムが選ばれた.これらの分野の技術は,九大伊都キャンパスにある「九州大学水素材料科学研究センター」始め,様々な研究センターが支える.中心に描かれた伊都キャンパスのセンター群の周りに,いくつものプロジェクト,研究施設が示されている.

3.3 新たな企業・研究施設の立地

 OPACKの活動の第3の柱であった立地支援は,次ぎのような成果に繋がっている.

 企業進出としては,図2の伊都キャンパスの左上にある元岡土地区画整理事業の行われた元岡地区へのダイハツ九州開発センター(予定)の立地がある.コア・ターゲット戦略分野の次世代モビリティにおける誘致にあたる.この地区には,福岡市産学交流連携センター(FiaS)が福岡市によって設置されている.2階建ての2棟が完成し,1階に九大の研究室,2階には企業のラボをおいて産学連携交流を推進している.

 第2の例としては,福岡県により水素エネルギー製品研究試験センター(HyTReC),社会システム実証センターと三次元半導体研究センターが糸島リサーチパーク(図2の中央上部)に開設された.HyTReCは,水素利用に関する製品をテストする産学連携施設であり,2014年4月に,新たに大型水素貯蔵タンクの試験棟(CRADLE(クレイドル)棟)が運用開始されており,燃料電池自動車に用いられる小型の水素貯蔵タンク等に加え,水素ステーションに用いられる大型タンクや燃料電池自動車そのものの試験に対応できる世界最高水準の試験機関となっている.コア・ターゲット戦略分野のエネルギー・水素分野に対応し,水素エネルギー社会実現に向けた取組みの一つである.社会システム実証センターと三次元半導体研究センターは,半導体コア戦略分野に対応し,公益財団法人 福岡県産業・科学技術振興財団が,糸島リサーチパークの4区画の一つに設置した.前者は,開発した先端半導体製品の評価,実証試験を行って,製品化促進を図ることを目的とする.後者は,システム・イン・パッケージ(SiP)など三次元先端実装技術の産官学共同研究施設として先端半導体関連産業の拠点化に資することが期待されている.糸島リサーチパークには合計約56,000m2の2つの区画が残っていて,企業・研究機関の進出を待っている.

 第3の例として,自然に優しい無添加化粧品の株式会社ピュール(本社 福岡県糸島市)が九州大学南口泊研究団地(九大南側地区)に研究所と工場を建設する.化粧品の研究開発を共同で行っている九州大学との連携を深めるためにも九大に近い立地が適していると判断した.ナノテクロジー,バイオテクノロジーコア分野に対応する,ピュールは自社工場で化粧品のOEM受託開発製造を行う会社で,研究団地に建設中の工場は2017年3月の操業を予定している.また,住友理工株式会社(本社 愛知県名古屋市)は,糸島市,九大と「健康」「医療」「介護」事業の連携協力に関する3社協定に調印した.「糸島市健康福祉センターふれあい」にオープンラボ「九州大学ヘルスケアシステムLABO 糸島」を設置して,九大と住友理工は共同で実証研究などを推進する[6].FiaSでの共同研究の後に,このラボが作られることになった.住友理工は,防振ゴム,介護用品,歩行アシストなどの事業を行い,九大との共同研究で事業強化を図ろうとしている.JSTフェア2015には,九大との歩行アシスト共同研究の成果を出展している[7].

4.九州大学学術研究都市に作られた研究組織,そこから産まれた成果

 九大学研都市という環境整備と共に大規模な研究が組織され,新しい事業や製品が生まれる.

4.1 九大学研都市における水素社会実現の取組み

 九大の移転,学研都市の推進により将来へ向けた数々の技術開発が進む.技術開発には人材育成も欠かせない.このため,九大は学内に水素エネルギー研究教育拠点を構築した[8].拠点には,水素関連の技術を基に材料研究を行う水素材料先端科学研究センター(HYDROGENIUS),製品直前の試験を行う水素エネルギー製品研究試験センター(HyTReC)まで設けられている.燃料電池を核にした水素エネルギー社会実現を図る(図7).次世代燃料電池産学連携センター(NEXT-FC)は固体燃料電池(SOFC)分野の世界初の産学連携集中研究所である.

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図7 燃料電池を核にした水素エネルギー社会実現へ (提供:OPACK)

 低炭素エネルギー分野の世界トップレベル研究拠点(WPI)であるカーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)は国際組織で,所員の半分は外国人,所長は米国イリノイ大学から来ている.学研都市の地区の外国人比率は高く,数十年後の日本の姿ともいわれている.福岡市にはイスラム教のモスクがあり,福岡空港には礼拝室もある.九大の外国人留学生は2,000人で日本の大学で5番目,国立では東大に次ぐ.外国人留学生と日本人学生の男女混合型学生寄宿舎として,582室を有する伊都協奏館をはじめ,ドミトリーI,II,IIIが九大にできている.

4.2 学研都市,産学連携から産まれた成果の例

(1)有機EL実用化を目指すベンチャー企業の誕生

 ナノテクの分野で,九大は応用化学系が強い.その一つとして最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)が大学に設けられ,そこを中心に生み出された成果の実用化に向けて福岡県産業・科学技術振興財団が有機光エレクトロニクス実用化開発センターを設置した.最先端有機光エレクトロニクス研究センターでは,2012年に第3世代有機EL発光材料である熱活性遅延蛍光(TADF)材料の開発に成功した.TADF材料は,レアメタルを使わずに,発光の励起子発生メカニズムにかかわる一重項(S)と三重項(T)励起状態のエネルギーギャップを小さくする分子設計により,電子を光へほぼ100%の効率で変換できる有機材料である(図8).この有機材料を実用化するため,2015年3月に,技術開発型ベンチャー企業,株式会社Kyulux(本社 福岡県福岡市)が設立された.Kyuluxは2016年2月に,産学連携機構九州(九州TLO),ベンチャーキャピタル等から15億円の資金を調達して,FiaSを拠点にi3-OPERA等で開発を進め,2018年の実用化を目指している[9].

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図8 有機EL発光の基本原理 (提供:OPACK)

(2)味の測定で消費を変える―九大発の味覚センサー

 九大伊都キャンパスには,九大 味覚・嗅覚センサー研究開発センターがある.世界ではじめて人間の舌を模倣した味覚センサー装置の開発で,センター長の都甲潔教授が2013年に紫綬褒章を受賞したのを機に設立された.人間の舌を覆う脂質膜を模した人工の膜を開発し,化学物質に対する電気反応を数値化して,そのデータを酸味,苦味などの味覚のレーダーチャートにする(図9).これを基に,例えばコーヒー豆のブレンドの指針を得ることができる[10].2002年に設立された株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー(Insent,本社 神奈川県厚木市)は都甲研究室との共同研究で味覚センサーを製品化している[11].

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図9 味覚のレーダーチャート [11]

(3)大学の眠る技術を活かした肌に浸透し易い美容液

 九大の後藤雅宏教授は,注射を使わなくて済む塗り薬を開発しようと,薬用成分をナノレベルで油に溶かし込む研究をしていた.2006年に新薬の製品化を目指して,創薬ベンチャーを設立したが,製品化は思うように進まなかった.しかし,ドラッグストア大手の株式会社コカコラファイン(本社 神奈川県横浜市)が,プライベートブランドの化粧品に後藤教授の技術が使えないかと目をつけた.技術の改良を進め,皮膚から成分を吸収できる美容液の製品化にめどを付け,化粧品受託製造会社の共和化粧品工業株式会社(本社 大阪府八尾市)で量産化して,美容液シリーズVIVCOが発売された.発売後5年で,VIVCOは年間20万本売れる大ヒットになった.タンパク性医薬品と界面活性剤の複合体を油中分散させることによって皮膚への浸透を促進する.九大のS/O®(Solid-in-Oil)(図10)の利用と,ナノテクノロジープラットフォームの支援による構造解析に基づくナノ粒子の安定化が製品化に役立ったことは,NanotechJapan BulletinのナノテクノロジーEXPRESS企画特集で紹介されている[12].

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図10 S/O®製剤の基本スキーム (提供:OPACK)

5.おわりに

 九大学研都市は,九大の伊都移転を契機に,経済界,自治体,大学が一体となって開発プロジェクトを推進している.地元発,一大学中心に加え,自然を生かした分散型の拠点形成という特徴を持った学園都市として,①最先端の研究・開発拠点が集積し,新しい技術新しい産業が創出する都市,②世界的な知の拠点にふさわしい国際文化都市を作ろうとしている.既に,九大の技術を基にした企業や製品も産まれ,共同研究やこの地方に根付いた技術に期待しての企業立地が進んでいる.2005年の工学部の移転を皮切りに2015年10月には理学部の移転が完了した.2019年までには農学部及び文系学部の移転で伊都キャンパスへの移転は完了する.高齢化社会への対応には文理両面からのアプローチが必要になろう.文理総合移転は,理系における産学連携から,文理融合の新たな学術の発展の機会となるかもしれない.

 九大学研機構(OPACK)は学研都市構想推進の総合マネジメントを行って来たが,その活動は上からの管理ではなく,学研都市建設やそこでの産学連携研究開発などの活動を助ける触媒作用であった.自治体を中心に産学連携のための施設等も手厚く用意されている.今後も,新たな技術・製品,産業創出に向けた優れた研究開発環境等の整備や地域科学技術システム構築,知・住・悠の舞台となる快適空間の建設など,OPACKの一層の活躍が期待される.

参考文献

[1] 「OPACK 公益財団法人 九州大学学術研究都市推進機構」パンフレット 2015.9
http://www.opack.jp/files/Pamphlet_1_file.pdf
[2] 「九州大学学術研究都市構想」パンフレット
[3] 「超高圧電子顕微鏡フォーラム」パンフレット
http://www.hvem.kyushu-u.ac.jp/dl/forum.pdf
[4] 「九州大学学術研究都市構想の推進に関する事業方針」平成27年3月(公財)九州大学学術研究都市推進機構
「九大学研都市づくりの取組みについて」平成27年3月(公財)九州大学学術研究都市推進機構
[5] 「九州大学学術研究都市 知の創造空間づくりの現状」OPACK パンフレット
http://www.opack.jp/files/Pamphlet_6_file.pdf
[6] 「糸島市・九州大学・住友理工「健康」「医療」「介護」事業の連携協力に関する3者協定に調印」,九大トピックス 2015.12.25
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/topics/view/15
[7] 「JSTフェア2015に歩行アシストスーツを出展」,住友理工ニュース2015.8.21
https://www.sumitomoriko.co.jp/pressrelease/2015/n51910245.pdf
[8] 「水素エネルギー 研究教育拠点 2015-2016」2015.7 パンフレット
[9] 「究極の有機EL発光材料を福岡から世界へ向けて実用化開発へ」九州大学,株式会社 Kyulux,科学技術振興機構 2016.2.28
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20160225/
http://www.kyulux.com/images/Kyulux_News_Release_Series_A_Financing040616FINAL.pdf
[10] 「味の測定で消費を変える」日本経済新聞2016.2.3
[11] 「味覚センサーとは」
http://www.insent.co.jp/products/taste_sensor_index.html
[12] 薬物のナノコーティング(S/O®)技術を利用した化粧品開発,ナノテクノロジーEXPRESS~ナノテクノロジープラットフォームから飛び立つ成果~第15回,NanotechJapan Bulletin Vol.6, No.6, 2013.12.17発行
https://www.nanonet.go.jp/ntjb_pdf/nanotechEXPRESS-15.pdf

(古寺 博)

 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です. nanotech2014_banner.jpg