NanotechJapan Bulletin

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<第5回>
ナノ構造を活かした指紋付着防止フィルム ~指紋汚れの"付きにくさ"と"見えにくさ"を実現~
東レ株式会社 フィルム研究所 石田 康之・岩谷 忠彦氏に聞く

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 東レ株式会社(以下「東レ」)は,国際ナノテクノロジー総合展・技術会議nano tech 2012,およびnano tech 2013に連続して二種類の指紋付着防止フィルムを展示し注目を集めた.展示の人気は,スマホやタブレットなどにタッチパネルが広く用いられるようになり,指紋の汚れ問題へ関心が高まっていることを反映している.nano tech 2012ではナノ凹凸型[1],nano tech 2013ではナノチャネル型を提案しており,双方共に,①フィルムと②その表面に形成されたナノスケールの構造および③付着する指紋物質の三者間に働く物理・化学的相互作用を巧みに活かすコンセプトに基づく画期的な技術である.

 今回,この指紋付着防止フィルムについて,市場の要求を真正面から捉えそれに応える技術コンセプト創りから具体的研究開発・商品化までを手掛けてこられた石田 康之(いしだ やすゆき 写真左)・岩谷 忠彦(いわや ただひこ 写真右)の両氏を,大津市にある東レ株式会社フィルム研究所に訪ね,研究の背景,技術内容,特徴および今後の展開等についてお伺いした.

 

 

1.東レの研究開発ビジョン

 初めに,取材に同席された技術センター企画室 主幹の松田 良夫氏から,東レの研究・技術開発戦略を紹介頂いた.

 東レは創業以来,「研究・技術開発こそ,明日の東レを創る」との信念に基づき,先端材料の研究・技術開発を推進している.東レの研究・技術開発の特長は,まず1番目に時流に迎合しない基礎研究重視の風土,2番目は多くの分野のスペシャリストがいること,3番目はそのスペシャリストが技術センターという組織にひとかたまりになっていることである(図1).ひとかたまりの研究・技術開発組織からは,技術の融合による新技術が生まれやすく,また,ある分野で創出された先端材料を,他の事業分野へ迅速に展開することも可能となる.この技術センターを核とした研究・技術開発の総合力が東レの最大の強みだと考えている.また研究・技術開発は徹底して極限まで追求するが,独りよがりであってはダメで,社会の要請をしっかりと捉え,科学技術的な価値についてよく理解した上で行う.それによって,初めて,社会的,経済的価値を備えた真のイノベーションにつながると言うものである.

 以下に紹介する指紋付着防止フィルムの研究は,こうした東レの研究・技術開発ビジョンの下で社会ニーズを踏まえ,ユーザコミュニケーションを重視,課題を徹底的に追求することで,ソリューションとなる新技術を創出したものである.

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図1 東レの研究・開発組織(技術センター) (提供:東レ)

2.新技術開発の背景

2.1 指紋付着防止技術のニーズ拡大

 まず初めに,指紋汚れとはどのようなものなのか,指紋がどうして問題になるのかについてお伺いした.

 指紋汚れとは,人間の指を経由して対象物の表面に汚れが付着したものであり,付着する環境によって化粧品のような油脂や,生活環境の埃,皮膚の角質等の固体も混ざったもので(図2),付着直後は水と油を含む液滴であるが,時間が経つと水分が蒸発しほぼ油の粒(油滴)に変わる.この油滴付着による表面反射光の変化を,我々人間の眼は指紋汚れと認識している.

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図2 指紋汚れとは (提供:東レ)

 

 耐指紋技術は,かつては眼鏡のレンズとか鏡やTVの画面など,偶発的に指が触れることにより指紋汚れが付着し,それに対する対策,つまり「拭き取りやすさ」が重要であった.今日では意識的に指で触れる必要のあるタッチパネルが登場し,指紋付着によるディスプレイ画面の汚れと視認性の低下が重大な問題となっており,「付着しないこと」,「見えないこと」が求められている.また対象とする材質についても,従来は指紋が付いても,比較的目立ち難い透明なものであったのに対し,より目立ち易い黒や金属光沢調のものへと移り,表示の視認性の低下に加え,電子機器等の筐体などでは高級感,清潔感の喪失が問題となっている(図3).

 

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図3 耐指紋技術に対するニーズの変遷 (提供:東レ)

2.2 指紋汚れの視認性

 当初,「お客様を訪問し自信のあるサンプルをお見せするのですが,指紋汚れの見える/見えないが頻繁に問題になりました.サンプルで良いと思っているものの効果が認められず,反対に意図しなかったことが良いと評価されるケースもありました.」と石田らは語った.このようなことから,この技術の検討においては,まず付着量と見え方の関係の定量化を試みた.マーカを用いて指紋汚れの付着量を定量化したところ,付着量が多ければよく目立つ傾向にはあるが,その程度は観察条件によって異なり,時には付着量が下限ぎりぎりのところでもよく見える場合もある.何故このようになるのかにつき調査・考察した結果,以下の3つのことが分かってきた.

1)基材と指紋の反射率の差を人間の眼は認識する
 ガラスやアクリル板の反射率は,比較的指紋汚れの反射率に近い(4?5%).この領域は対策の効果がまだ実感しやすい.一方,金属板などの場合,反射率は80%を超え,反射率の差が大きくなるため指紋汚れは沈んだように目立って見える.逆にメガネやTV画面に装着している反射防止フィルムの表面では,反射率が1%程度であるため,反射率4?5%の指紋は浮いたように目立って見える(図4).

 

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図4 材料反射率と視認性 (提供:東レ)
2)人間の眼と脳はパターンを強調する
 人間の眼と脳の働きは,「眼に映ったもの」に対し,特異なところを強調して判断する仕組みになっていると考えられ,これが指紋の見えやすさにも影響をしている.その例を図5に示す.図5では左はベタ(均一),右は濃淡のパターンになっている.測定器での測定値は平均値としてどちらもほぼ同じ値を示しているが(図下),人間の眼には右の濃淡パターンの方が目立つと認識される.つまり,測定器は平均値を測定するのに対し,人間の眼は周期的に上下に触れる振れ幅,即ちパターンを注視し強調してしまう.このことから,指紋汚れは付着量が非常に少なくても眼につきやすい.

 

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図5 パターン(模様)と視認性 (提供:東レ)

 

3)観察条件で見え方が変わる
 指紋汚れの見え方は付着量やその形によって変わるが,それに加えて観察条件によっても変わる.例えば,明るいところで見た場合に指紋汚れがよく目立って見えたものが暗いところでは目立たなくなり,逆に明るいところで目立たなかったものが暗いところで目立つようになる場合がある.これは,明るいところでは指紋汚れを正反射領域で観察しているが,暗いところでは正反射はほとんどなく拡散反射光で観察しているからである.このように観察条件が指紋汚れの「見える/見えない」の問題をさらに複雑にしている.

 以上のことから,「自らが納得し,ユーザにも納得して頂ける評価技術確立の必要性を痛感した.またこれによって,防指紋対策技術の指針も得られると考え,指紋汚れとその見え方を定量的に評価するための評価技術の開発に取り組むことにした」と当時を振り返られた.

3.指紋汚れ評価技術の開発

 ユーザに納得してもらえるようなお話ができなければならない.それにはユーザと同じ評価方法を持つことが大切であり,そのためにはできるだけ一般に使われている設備や方法を用いることが重要と考えた.そこで実際の指紋汚れの成分と近く,再現性のよい模擬指紋を付着させ,一般的に用いられている測定装置(分光色差計)を用いて評価する方法を開発した.

 この評価技術の開発は,指紋汚れを定量化することから始めた.まず光沢のある材料の表面に指紋汚れをつける前後で,反射光の角度分布がどのように変わるのかを調べてみた.図6に示すように指紋汚れが付くと2つの変化が現れる.一つは反射光量の低下(反射光量差),もう一つは裾引き(散乱光差)で,人間の眼はこの二つの差を検出し,反射光量差は光沢変化として,散乱光差は色味変化として認識していると考えられる.

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図6 指紋汚れの認識のメカニズム (提供:東レ)

 

 そこで,この光沢変化と色味変化を同じ単位系で扱うことが必要と考え,指紋汚れの付着前後の色差を2つの方法(正反射色差,拡散反射色差)で測定することを考案した.この「色差」とは,人間が認識する「色」の感覚を定量的に表した値で,色空間(図7のL:明るさ,a:赤色/緑色比,b:青色/黄色比)の中における距離の差(ΔEab=[(ΔL)2+(Δa)2+(Δb)2]1/2)で表されるもので,写真,画像,印刷物,塗装などの色の管理に使われている一般的なパラメーターである.

 まず,正反射色差(ΔE正反射)は,図7の上右側に示す積分球で捉えた全反射光のスペクトルから求めることができる.正反射光を含むため,光沢感のある材料を測定すると光沢変化が支配的になる.次いで拡散反射色差(ΔE拡散反射)は,全反射光から同図の正反射トラップで測定される正反射光を差し引いた反射光のスペクトルから求められる.実際の色味の変化を測定することができる.

 この二つの数値(正反射色差,拡散反射色差)は人間の感覚とよく合う形になっている.図の下の写真は,付着指紋をΔE正反射とΔE拡散反射とで定量化して示した例である.ΔE正反射が1.44,ΔE拡散反射も10.1と共に大きい指紋は,白っぽく光沢のあるぎらつきがあって良く目立つ.ΔE正反射が0.55でΔE拡散反射も3.44と中程度の指紋は,くすんではいるがはっきりと認識できる.ΔE正反射が0.27でΔE拡散反射も1.37と共に小さい指紋はかすかに認識できるが周辺と殆ど同一に見え目立たない.

 

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図7 耐指紋性評価方法 (提供:東レ)

 

 図8に耐指紋性(指紋の見えにくさを示す指標で,図中の等高線を指す)評価の結果を示す.図から言えることは①指紋は人によって大きく異なる.②指紋の付着量が少ない場合は正反射も拡散反射共に低い.③化粧品などが混じった指紋では正反射が特に強い.付着量を定量化できる模擬の指紋を使い,このような図を見せて説明することで,ユーザにも納得してもらえるようになった.

 

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図8 耐指紋性評価の実例 (提供:東レ)

4.開発評価技術の従来妨指紋技術への適用

 以上の測定評価方法で,指紋汚れは反射光の①光沢の変化と②色味の変化であり,異なる測定方法で測定された色差で定量化できることがわかった.メーカとしての次なる課題は,指紋の付着量,指紋の形をフィルムの側から如何に制御するかと言うことになる.

 従来の耐指紋技術には,油をフィルム表面になじませ目立たなくしようとする親油型と,汚れの転写を防ぐ撥油型があり,それなりの効果を示していたが,ユーザーはこれ等では満足せずダメと言っている.そこで,石田氏らは開発した評価手法で親油型,撥油型の何処に問題があるのか実態を調べた(図9).

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図9 従来技術(親油型,撥油型)の位置付け (提供:東レ)

 

 その結果どちらも,汚れの少ない指で触れた時は光沢変化も色味変化も少なく,確かに指紋汚れが目立たないが,汚れの多い指になると共に光沢変化も色味変化も大きく,目立つようになり,このことによってユーザが満足していないことが分かった(図9上図で,汚れ付着量が多くなると,親油型は色差が大きくなって効果がなくなる,.これに比べて撥油型は色差の増大が多少おさえられている).

 ここで,石田氏らは付着した指紋汚れの状態を①指紋汚れの付着量因子,②指紋汚れの形状因子(付着汚れの厚さと径との比:アスペクト比)で整理してみることにした(図9下).親油型は形状因子が小さく目立ちにくいが,多量に付着しているので見えてしまう.これに対し,撥油型は付着量が下がるものの,形状因子が高いため目立ちやすい.一方,付着量が限りなくゼロに近づけば,形状因子を無視することができるはずである.その考えから当初は超撥油型も試みた.フィルム表面に鋭いピン状の構造を設け,油が付着しないようにした結果,油の付着をほとんどなくすことができたが,表面の凹凸による乱反射でフィルムが真白になり,透明感,光沢を維持することができなかった.

5.新規防指紋技術の創出

5.1 防指紋技術コンセプト

 以上の初期検討結果を踏まえ,指紋が付着しても目立たなくかつ透明で光沢を維持できる表面とはどのようなものかを考察し,図10左上の「付着量/形状因子」のグラフに示すように,親油型と撥油型のそれぞれの特徴を活用しながら,新技術によってそのトレードオフを回避し,「見えにくさ」を抜本的に改善する商品技術の創出を追及した.

 「付着量をできるだけ減らしながら,形状因子も下げる」という考えの下,「付着したものが凝集するのを防ぎ,小粒径に分散させる」あるいは「付着したものをフィルムに浸透させて,見えにくくする」という2つのコンセプトが出来上がった.これが冒頭に述べた「ナノ凹凸型」と「ナノチャネル型」である.

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図10 東レ開発品のコンセプト (提供:東レ)

5.2 ナノ凹凸型指紋付着防止フィルムの開発[2][3][4]

 ナノ凹凸型指紋付着防止フィルムのコンセプトは,①表面での付着量をできるだけ減らし,②同時に表面に付着した油滴を微細に分散させることで見えにくくすることである.

 付着量を減らす手法は,面内均一な膜形成が困難な撥油性材料を新たな添加剤と組み合わせることでマトリックス材料と親和性をもたせ,フィルム表面に均一に膜形成することである.これにより指紋汚れの付着量は従来の撥油性フィルムから大幅に減少することができた.

 付着した油滴を微細に分散させる具体的手法は,自己組織化技術を用いてフィルム表面にナノメートルオーダのランダムなしわ状(ナノ凹凸構造)を形成することにある.(図11の下左).このナノ凹凸構造は,頑丈で耐久性を持たせるために,アスペクト比をできるだけ下げた山脈のような形になっている.表面の凹凸の高さ10nm以下の山脈が,数10nmから数100nmのピッチでなだらかに分布し,光沢感や透明性を損なわないようになっている.同一の模擬指紋に対するナノ凹凸型の効果を,図11右に示す.ナノ凹凸構造によって,高撥油材料だけでははじききれなかった付着指紋汚れが,表面で凝集し大きくなるのを防ぎ,フィルム上で微細に分散させている(一般の撥油型では油滴の径は100µm程度であるのに対し,ナノ凹凸構造では10µm程度である).

 

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図11 ナノ凹凸型指紋付着防止技術 (提供:東レ)

 

 図12に,このナノ凹凸構造指紋防止フィルムの諸特性を,従来の親油型および撥油型と比較して示す.物理的特性および光学的特性を維持したまま耐指紋性が向上していることが分かる.なお,写真の3個のサンプルは表の3品種に対応している.凹凸を形成することで,油の分散状態が変わることは予想しておらずこのような大きな効果が出るとは驚きであったとのことである(セレンディピティ的幸運).油滴がずるずる移動するのをこの凹凸が抵抗して防いでいるものと考えているがその詳細メカニズムは不明である.油滴の凝集しようとする力はほんの僅かなものなのであろう.

 

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図12 ナノ凹凸型指紋付着防止フィルムの耐指紋性 (提供:東レ)

5.3 ナノチャネル型指紋付着防止フィルムの開発[5]

 これは東レの自己修復コートフィルム(タフトップ® *1))に耐指紋性を付与したものである.自己修復性材料は"修復する"機能を発現するため,ポリマーの分子構造が大きな網目になっておりこれが絡み合った状態であるため,様々なものが浸透しやすいという側面がある一方,指紋汚れの付着が課題になっていた.そこで自己修復材料の欠点を逆手に取って,①できる限り指紋付着量を減らし,②それでも付着してしまったものは,浸透させる,即ち"付着しないようにはじきながら,付着したものはなじませる"と言う二律背反する要求への挑戦であり,以下のような技術コンセプトを案出した(図13).

① 海島構造*2)を自己修復層の表面に形成する(海部分が撥油性で,島部分が親油性),
② 指が指紋汚れを付着させようとしても,撥油性の海部分で指紋をはじき,付着量できるだけ減らす,
③ 親油性の島部分をチャネル(通路)として,それでも付着した指紋を吸収,浸透させ自己修復層内部に拡散させる,

 具体的作製方法は明らかにはされていないが,プロセス条件と材料設計によって撥油性材料と親油性材料の自己組織化を用い,撥油性成分の海の中に親油性成分の微細な島(直径 数10~100nm)が存在するほぼコンセプト通りの膜をつくることができた.

 

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図13 ナノチャネル型指紋付着防止技術 (提供:東レ)

 

 図13の右に見られるように,コンセプト通りに親油性成分の島をナノチャネルとして付着した指紋の油が浸透し,自己修復層内に拡散している様子が,時間の経過と共に付着した油滴が小粒径化し,かつ付着量が減少していることからも示されている.さらに,この「ナノチャネル型」には指紋汚れの拭き取り性が良いと言うメリットが加わった.いわゆる指紋汚れの「拭き取り」は,解析の結果,指紋汚れを「取り除く」効果より,「表面に広げる」ことが支配的で,場合によっては,拭いた方向に油滴が一列に並びパターンを形成するため,見る角度によっては余計に目立ってしまう.これに対し,ナノチャネル型では,一列に並んだ油滴を親油性の島部分がトラップ,浸透拡散して消滅させるので,容易に拭き取れたように見える.

 以上のようにして耐指紋性を付与した自己修復フィルムの諸特性を,従来の自己修復フィルムと比較して図14に示す(参考のために親油性ハードコートフィルムも示した).自己修復性を維持したまま,耐指紋性が著しく向上していることが分かる.

 

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図14 ナノチャネル型指紋付着防止フィルムの特性 (提供:東レ)

*1)タフトップ®は,表面についた凹み傷が時間がたてば元通りに修復されるフィルムであり(修復機構は切れた結合を完全に回復するものではないが,傷をうまく逃がしながらゴム弾性で元に戻すというもの),成型品の表面保護材やディスプレイ,タッチパネルの保護フィルムとして利用が広がっている.また,フィルムを2倍以上に伸ばしてもクラックや剥離が生じないので成形性に優れており,各種の電子・電気機器の筐体に用いることができる[6].
*2)互いになじみの良くないA,B二成分を混合すると二つの相に分離する.この時Aが多量であれば,Aで構成される海の中に点在する島のようにBが相分離する.このような状態の膜構造.

 

終わりに

 「東レの研究・技術開発陣には"深は新なり"というキーワードが語り継がれている.高浜虚子の言葉で,ひとつの事を深く掘り下げて行くと新しい発明・発見があるという考え方で,まさに極限追求の世界である.冒頭でも触れたが,その極限追求は独りよがりであってはダメで,社会の要請をしっかりと捉え,科学技術的な価値についてよく理解した上で,技術の極限を追求することが重要.それによって,初めて,社会的,経済的価値を備えた真のイノベーションにつながる」とのことである.本指紋付着防止フィルムの研究・技術開発ではこの言葉通りのことが行われていると感じ取った.顧客要求の理解とコミュニケーション向上を計るためになされた計測・評価技術開発,その評価結果の解析・考察から顧客要求に応える新しい技術コンセプトの創出,そしてそれを東レの持つ豊富な技術・ノウハウを駆使して適正価格で量産可能な製法に仕上げた研究・開発プロセスは見事である.

 また,ナノ凹凸指紋付着防止フィルムで培った技術を短期間の間に自己修復コートフィルムと融合させ,指紋付着防止と自己修復の両機能を持ったフィルムを実現したことも見事である.今後さらに同様の手法で,東レの製品である金属光沢調フィルムPICASUS®[7],や反射防止膜,さらにはハードコート膜等々の機能性フィルムにまつわる多くの市場要求に応える製品を世に送り出し,我々の生活の利便性向上に貢献してくれることを願っている.

参考文献

[1] 東レ,"ナノ凹凸構造による指紋付着防止フィルムを開発
 — 独自のウェットコーティング技術で,指紋汚れの"付きにくさ"と"見えにくさ"を実現 —"
  http://www.toray.co.jp/news/rd/nr120214.html

[2] 石田康之, "ナノ凹凸による指紋付着防止フィルム", ポリファイル, 49巻7号, p.p.34-35, 2012.07.
[3] 石田康之, 岩谷忠彦, 高田育, "ナノ凹凸構造による指紋付着防止フィルム−指紋汚れがつきにくく,目立ちにくい−", 紙パルプ技術タイムス, 55巻8号, p.p.96-98, 2012.08.
[4] 岩谷忠彦, 石田康之, 高田育, "ナノ凹凸構造を有する指紋付着防止フィルム", 高分子学会予稿集, 62巻1号, 論文No.1J05,2013.05.
[5] 石田康之, 岩谷忠彦, 高田育, "表面の加飾・機能化技術 ナノ構造を有する指紋付着防止フィルム", コンバーテック, 40巻6号, p.p.70-73,2012.06.
[6] 東レフィルム加工, "自己修復コートフィルム"
  http://www.toray-taf.co.jp/product/app_008.html

[7] 東レ, "金属光沢調・易成型フィルム PICASUS®"
  http://www.toray.jp/films/printing/product/picasus.html

(真辺 俊勝)

  

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