NanotechJapan Bulletin

      


<第66回>
テラフォトニクス技術における新パラダイム ~新技術の社会実装に向けて~
理化学研究所 光量子工学研究センター テラヘルツ光源研究チーム 南出 泰亜氏,縄田 耕二氏,瀧田 佑馬氏に聞く

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 今世紀初頭から毎年開催され,500社が展示し,5万人が参加する国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech)は,優れた展示にnano tech大賞を贈って表彰してきた.2018年2月14日~16日に東京ビッグサイトで開催されたnano tech 2018では,nano tech大賞 プロジェクト賞に理化学研究所(以下,理研)の展示の一つである小間番号:6N-04の「テラフォトニクス技術における新パラダイム ~社会実装に向けて~」が選ばれた.授賞理由;偶然発見したテラヘルツ波の新しい発生原理を応用し,数キロワットの高い出力を出せる小型装置を開発した.有害なガスの検出などこれまで実現が難しかったテラヘルツ波の新たな用途開拓につながる.理研発ベンチャーからの製品化を検討している点を賞す[1].

 今回,理研仙台地区を訪問し,このプロジェクト賞を受賞した理研 光量子工学研究センター テラヘルツ光源研究チームを取材した.お話を伺った方々は,テラヘルツ光源研究チームのチームリーダー 南出 泰亜(みなみで ひろあき)氏,研究員 縄田 耕二(なわた こうじ)氏,研究員 瀧田 佑馬(たきだ ゆうま)氏であった.

 

左から 瀧田氏,南出氏,縄田氏
南出氏の手にはnano tech大賞プロジェクト賞の表彰盾

 

1.テラヘルツ光の特徴と社会実装への期待

1.1 テラヘルツ光とは?

 テラヘルツ(THz)波とは1012/s,すなわち電磁場が1秒間に1012回振動している電磁波のことである.近年,THz光が注目されるようになったのは非破壊検査利用の可能性である.図1の一番上に,電磁波の周波数軸におけるTHz光の位置付けを示した.THz光より周波数が低い電磁波(電波)は,マイクロ波やミリ波として携帯電話・スマートフォン向けの無線通信や電子レンジでの加熱などに使用されている.一方,THz光より周波数が高い電磁波(光)は,赤外線や可視光など太陽光やレーザ光として我々の日常生活に無くてはならない存在になっている.THz光は,電波と光に挟まれた境界領域の電磁波のため技術開発が遅れ,現時点では産業的には殆ど利用されていない.

 

 

図1 テラヘルツ光の位置付けと特徴

 

 THz光は未開拓電磁波ではあるが,図1に描いたようにいくつもの特徴があり,潜在的には極めて魅力的な電磁波と言える.先ず,多くの物質を透過する.光に比べ電波は透過性があるが,THz光は電波よりも周波数が高く波長が短いのでイメージングに用いると空間分解能が高い.さらに,物質固有のスペクトルである“指紋スペクトル”がTHz帯にはあるので,THz光を使って物質の判別,識別ができる.したがって,THz光の発生・検出技術を実用的なレベルで確立できれば,工業・農業・医療などの分野や環境において安心安全な社会を支える基盤技術になる可能性を秘めている.

 

1.2 テラヘルツ技術の社会実装で期待されるイノベーション

 図2は,THz技術が社会実装されたときに期待されるイノベーションを,より具体的に描いている.大きくは,

①非破壊検査
②分子生物的検査
③情報通信向けデバイスコンポーネント

の3分野での社会実装が期待されている.

 

図2 テラヘルツ光技術が目指すイノベーション

 

 非破壊検査では,例えばプラスチック製品のSUICAカードの中を分解能良く見られる.郵便物の中にある麻薬を,封筒を開けることなく検査したり,粉ミルク中の異物検査もできる.可視光では封筒の中は見えないし,粉ミルクは光を散乱するので透過検査はできない.電波は衣服を透過するので空港のセキュリティゲートにミリ波を使ったボディ・スキャナが使われているが,THz光を使えば分解能が上がるので隠れているナイフやピストルなどをよりクリアに見ることができる.

 分子生物的検査では,物質の分子が特定の波長の電磁波を吸収する“指紋スペクトル”を検出することで物質の判別,識別ができる.麻薬がTHz光を吸収するのを利用して検出されるのがその例である.“指紋スペクトル”検出による物質の判別,識別は,医療や創薬など様々な応用が検討されている.空気中に危険なガス分子がないか,例えば爆薬そのもの,あるいは製造に使われる物質がないかを,THz領域でスペクトル分析することで検出できる.

 情報通信向けのデバイスコンポーネントとしては,既存の光ファイバ通信インフラと組合わせて,大容量データの無線通信への応用が期待されている.現状の無線通信インフラはマイクロ波(GHz帯)を使った第4世代(4G)であり,2020年以降の5Gはミリ波(数10GHz帯)を使って通信速度を10Gbpsに向上させようとしている.5Gの次,6Gでは通信速度をさらに10倍の100Gbpsに向上させたいとなると,ミリ波より高周波のTHz光を使わないと達成できないと考えられている.

 このようにTHz技術は,技術の世代交代,イノベーションを促し,社会への効果が波及していくものと期待されている.

 

1.3 テラヘルツ技術の社会実装へ

 このようなTHz技術の特徴,応用の期待に応え,南出氏らが理研においてTHz技術の研究開発を推進している.

 理研以外でも,日本国内では総務省所管の国立研究開発法人である情報通信研究機構(NICT)にも,無線通信での高周波数化に向けたTHz研究チームがある.NICTと理研とは,国立研究開発法人同士で協力してTHz研究を加速しようと,年1回はシンポジウムを開催して情報共有,意見交換をしている.

 また,国内でTHzコミュニティー,“テラヘルツテクノロジーフォーラム”があり,南出氏らはこれに積極的に参加している[2].日本学術振興会の第182委員会(テラヘルツ波科学技術と産業開拓)や,無線通信応用での産業界への橋渡し的役割を果たす“テラヘルツシステム応用推進協議会”も発足し,日本全体でTHz研究開発が活性化されている.

 

2.理化学研究所のテラヘルツ光研究

2.1 光量子工学研究センターとテラヘルツ光研究領域

 理研は,THz光研究の国内有数の拠点になっている.理研では基幹研究所の一部を改組する形で,テラヘルツ光源研究チームが属する「光量子工学研究領域」が発足し,2018年4月に「光量子工学研究センター」へと改称された.今まで見えなかったものを見たい,その夢を実現することをミッションとし,「無限の可能性を秘める光科学 その地平を拓く」をスローガンに掲げている.センターには17の研究チームがあり,これを以下の4つの研究領域にまとめている[3];

①エクストリームフォトニクス研究領域(アト秒(10-18s)レーザによる超高速現象の観測など4チーム)
②サブ波長フォトニクス研究領域(超解像顕微鏡による生細胞観察など6チーム)
③テラヘルツ光研究領域(テラヘルツ光源研究チームを含む3チーム)
④光量子技術基盤開発領域(超精密加工光学素子など4チーム)

上記の①②④は理研本部と同じ埼玉県和光市にあり,③テラヘルツ光研究領域は宮城県仙台市にある.今回訪問した理研仙台地区は,仙台駅から市営地下鉄東西線に乗車し青葉山駅で下車し,東北大学の青葉山キャンパスの近くにある.

 

2.2 テラヘルツ光源研究チームの活動概要 [4]

 テラヘルツ光研究領域は以下の3チームから構成されている;

①テラヘルツイメージング研究チーム(THz光の応用研究)
②テラヘルツ光源研究チーム(高強度THz光源の開発)
③テラヘルツ量子素子研究チーム(量子カスケードレーザによるTHz光発生)

各研究チームは10人程のメンバーで,3チーム総勢で約30人が仙台地区でTHz光研究に取り組んでいる.THz光研究は国内外で盛んになってきているが,上記のように3チームがまとまって一つの組織となっているのは珍しく,世界的にも注目されている.

 今回のプロジェクト賞を受賞した研究内容については次章で詳しく紹介するが,その前に南出氏がチームリーダーを務めているテラヘルツ光源研究チームの研究活動の全体像を伺った.南出氏は,2010年から本チームのチームリーダーとして活躍されている.

 テラヘルツ光源研究チームでは,以下の4本の柱を軸に研究を推進している[4];

①光源;非線形光学現象を利用した高出力・広帯域・波長可変THz光源の開発
 非線形光学効果が大きい有機材料の単結晶育成技術の開発
②検出;非線形光学現象を利用した高感度・室温動作THz光検出器の開発
③応用;開発した光源・検出器を利用した危険ガス検知などへの応用
④データベース構築;世界に向けて THz光領域スペクトルデータベースを公開.
 THz光利用を考える方々のために、情報通信研究機構と連携して両者が有するスペクトルデータを共同公開している.

本稿では①②の成果を中心に紹介する.さらに,1.3に記したようにコンソーシアムに参加して社会実装の推進に取り組んでいる.

 また仙台地区には3つの研究チームが一緒にいるので,チーム間の横のつながり,連携プレーも垣根なく行っている.例えば,光源チームの開発した新しいTHz光源をテラヘルツイメージング研究チームが使ったり,テラヘルツ量子素子研究チームの開発した半導体THz素子をテラヘルツ光源研究チームが評価したりしている.

 

3.テラヘルツ光源研究チームが成し遂げた3つのブレークスルー技術

 未開拓の電磁波であるTHz光の技術を社会実装するまでには,いくつものブレークスルー技術が必要である.「THz光の研究に取り組んで20年余りになり,社会実装までの道のりは険しいのが実感ですが,着実に進んでいます.」と南出氏は語る.最初に掲げた目標は,より明るいTHz光源を作ることであった.

 

3.1 ブレークスルー技術①:テラヘルツ光源の高出力化 ~100kWピーク出力~ [5]

 THz光を発生させるには,どんな方法があるか? 電波の発生技術をベースに考えると,電波を発生するアンテナを小さくし,さらにデバイスの動作周波数を上げる.しかし,ミリ波よりも短い波長0.1mm以下の基本波発生を実現するのは難しい.一方,レーザ光の発生技術をベースに考えると,バンドギャップがある半導体に電流注入して反転分布状態を作って誘導放出させることが考えられる.実際,波長1μmあるいはフォトンエネルギー1eV程度であれば,これと同程度のバンドギャップを持った半導体材料を用いてレーザ発振できるが,THz帯となるとフォトンエネルギーは1/1000の数meVになるので,単純な構造では熱エネルギーの影響が大きく発振しない.結局,図3に描いたように,充分明るいTHz光源が存在しない“テラヘルツ・ギャップ”が,当初THz光利用に大きな壁となって立ちはだかっていた.

 

図3 電磁波発生出力におけるテラヘルツ・ギャップ

 

 この壁をどうやって克服するか? テラヘルツ光源研究チームがとったアプローチは,レーザ光からの波長変換である.すなわち,非線形光学結晶にレーザ光を入射し,結晶の二次の非線形過程である光パラメトリック発生によってTHz光を発生させる.図4は,そうした非線形光学現象による光パラメトリック波長変換(波長の異なる3つの波の混合によって起こる)でTHz光を発生させる実験系構成を描いている.図4左方に,2つのレーザがある.励起光源であるマイクロチップNd:YAGレーザ(波長1.064μm)と,狭線幅発生の種光の外部共振器ダイオードレーザ(ECDL,波長1.07μm付近で波長可変)である.図4右方の水色が,非線形光学結晶のLiNbO3(MgO添加)である.橙色実線の励起(Pumping)光と,朱色点線の種(Seeding)光とを,若干角度をつけて非線形光学結晶に入射させると,緑色で示したTHz光ビームがLiNbO3結晶の側面から斜め上前方(紙面上)に発生・出射する.励起光波の進み具合(位相速度)と,種光とTHz光との進み具合を同じにして位相整合をとることで,光パラメトリック波長変換の変換効率を上げている.

 

図4 光注入型THz光パラメトリック発生器の構成

 

 ところが,波長変換の実験開始当初(1999年,理研で研究をスタートさせた年)は,期待していたTHz光出力は得られず極めて微弱なTHz光ビーム(ピーク出力100mW)しか発生しなかった.波長変換効率としては,10-7~10-8であった.変換効率を上げようと励起光強度を上げると,結晶が破壊されてしまう.どうしたら波長変換効率を上げて,明るいTHz光源を作ることができるか考えあぐねていたところに,2011年3月11日の東日本大震災に襲われた.

 その前年2010年に南出氏はテラヘルツ光源研究チームのチームリーダーになり,縄田氏が理研に入所してチームに加わっていた.震災を機に,頭をクールダウンして戦略を練り直した.過去のデータからパルス幅を短くした場合にスロープ効率が上がる傾向を予想し,パルス幅を現状より短くして瞬時的ピーク強度を高め,より強力な励起光を用いることで,変換効率を上げられるのではないかと提案した.縄田氏は光増幅技術の経験を有しており,図4に示したようにパルス幅0.42nsの微弱な励起光を0.7mJから光増幅器によって10mJまで増幅した.実際の実験は,林氏(現 情報通信研究機構)と高橋氏(当時 仙台高等専門学校)によって実施され、前述の励起光を用いたところ,変換効率は100倍になり,THz光のピーク出力は10Wになった.さらに,非線形光学結晶の長さを最適化するなどして,図5にあるように2THzでのピーク出力100kW,波長変換効率として10-3~10-4まで向上した.パルス幅が10nsと長かった時に波長変換が阻害されていたのは,励起光エネルギーが誘導ブリルアン散乱で格子振動にとられてしまっていたことも分かった[6].

 

図5 光注入型THz光パラメトリック発生器ピーク出力の変遷
(2001年の100mWから2015年の100kWへ,106倍向上)

 

 この光注入型THz光パラメトリック発生器からは,バンド幅が極めて狭い(Δω = 4GHz)単色THz光が出力される.動作に関する基礎研究および応用研究に関する詳細な実験は、瀧田氏によって行われた.図6の出力帯域特性は,注入する種光の波長を変えながら,図6右上に描いた表面出射構成でTHz光を発生させた時のTHz光の出力と周波数可変域を評価したデータである.図6右下の焦電型検出器(検出窓2mmφ)で,THz光の強度を測定した.0.5~4.5THzの広い可変域を,一つの装置でカバーできる.なお,周波数スペクトルの中に微細なディップ構造があるのは,水蒸気(H2O(g))の吸収線(青の縦線群)によるものである.物質によって吸収スペクトルは異なるので,THz帯域でのガス分析をすることで環境計測評価ができることになる.

 

図6 光注入型THz光パラメトリック発生器出力の周波数可変域

 

3.2 ブレークスルー技術②:テラヘルツ光源の小型化 ~後進波パラメトリック発振~

 前節で説明した光注入型THz光パラメトリック発生器は,光出力が100kWということだけでなく,図4の光学系構成をA0サイズ(80cm×120cm)の卓上型に瀧田氏がまとめ上げたことで,光源の小型化に向けても前進した.kW級のTHz光は,それまではバスケットコート程もある大型の自由電子レーザ設備[7]でしか得られなかったので,大きく前進した.しかし,社会実装を考えると卓上型では未だ大きく,さらなる小型化が要求される.

 小型化に向けたブレークスルー技術は,目的の異なる実験をしている中で,大発見となった.図7左に描いた模式図で,LiNbO3の疑似位相整合デバイスを使ってTHz光の検出実験をしていた.検出に関しては,詳細を次節(3.3節)に示す.疑似位相整合デバイスは,分極が周期的に反転した人工的な非線形光学結晶で,周期構造を励起光に対して斜めに傾けた配置とし,疑似位相整合させて変換効率を上げようとした.検出ができたことからTHz光の発生も逆過程で効率よく発生すると考え,縄田氏が実験を行った.左下方から近赤外励起光を疑似位相整合デバイスに入射させると,光パラメトリック発生でアイドラー光(副生光)とTHz光の2つに分かれて前方および側方に出射されてくるものと予想していた.ところが,励起光より波長が若干長い波長幅0.01nmの狭スペクトルのアイドラー光が,予想とは異なる方向に発生し、一方THz光の側方への発生は確認できなかった.

 この研究に関わるメンバーで様々な議論を交わした結果,THz光は後方に出ているのではないか?と仮説を考えるに至った.その実証のために、ミラーに穴をあけて励起光を通し,後方に出てくるTHz光を反射させて横に導く放物面鏡を使い,実際にTHz光が後方に出ていることを確かめた.この実験結果は,全く新しい原理に基づくTHz光発生であり,“ミラーレスTHz後進波パラメトリック発振”と名付けた.非線形光学素子に励起光を入射するだけで,ある入射閾値を超えると高効率でTHz光が後方に発生する.外部共振器無しにパラメトリック発振が実現でき,THz光源は大幅に小型化でき,かつ安定である.図7右の写真は,縄田氏の掌上の超小型THz光源で,長さ8cm(結晶長5cm),重さ100gである[8].

 

図7 超小型のミラーレスTHz後進波パラメトリック発振器:模式図(左)と試作モジュール(右) [8]

 

 後進波パラメトリック発振による波長変換については,50年程前の1966年にStanford大学のS. Harrisによって理論提案があった[9].波長変換光が励起光に対して後進することでフィードバック効果が自発的に起こり,光パラメトリック発振する.従来必要であった共振器が不要になるため注目されたが,実証例は殆どなく,原理の詳細も明らかではなかった.そこで,南出氏が率いるテラヘルツ光源研究チームでは,“ミラーレスTHz後進波パラメトリック発振”の理論構築を,実験と並行して進めている.特許は2016年に出願している[10].

 図8は,構築した理論に基づいて,後進波パラメトリック発振によるTHz光の周波数が,疑似位相整合デバイスの角度によって変化する様子を計算した結果である.図8の横軸は,図上に描いたように疑似位相整合デバイスを平面的に回転したときの励起光進行方向に対しての角度である.黒色,赤色,青色の実線は,それぞれ疑似位相整合デバイスの分極反転周期:Λが35μm,53μm,100μmの場合の計算結果である.図中の〇と□は実験値で,理論計算と一致しており,設計通りのTHz光の波長同調を実証している.

 

図8 ミラーレスTHz後進波パラメトリック発振での波長可変性(新発見)[8]

 

 ミラーレスTHz後進波パラメトリック発振の実証実験は,以下のように行った.励起光としては,Nd:YAGレーザ(波長1.0643μm,パルス幅660ps,増幅後パワー8mJ,パルス繰り返し周期100Hz)を用いた.疑似位相整合デバイスは,長さ50mm×幅5mm×厚さ1mmの周期的分極反転LiNbO3で,入射させるのは励起光だけであり,図4の光注入型THz光パラメトリック発生器での種光は不要である.発生したアイドラー光は励起光の波長より若干長い1.0655μm,THz光は励起光とアイドラー光との差周波数の0.31THzであった(図8の〇参照).励起光からTHz光,およびアイドラー光への量子変換効率は10%であった.過去の論文が示す理論的な変換効率は100%であり,今後さらなる高効率化が期待できる.また,疑似位相整合デバイスを回転させるだけでTHz光の発振周波数を制御可能であることも初めて実証した[10][11].

 

3.3 ブレークスルー技術③:テラヘルツ光の高感度検出 ~光に波長変換して検出~

 従来の主なTHz光の検出器としては, THz光出力を熱エネルギーとして扱い,検出素子の温度変化からTHz光を計測するボロメータなどが一般的であるが,高感度検出するには素子を液体ヘリウムで極低温に冷却しないといけない.そこで,第3のブレークスルー技術として,THz光を近赤外光に波長変換して近赤外領域の成熟した高感度検出で計測する常温高感度検出技術を開発した.前節(3.2節)で述べたように,LiNbO3の疑似位相整合デバイスを用いて,光パラメトリック波長変換でTHz光を逆過程で近赤外光に戻して検出する方法を考えた.

 図9は,THz光を近赤外光にパラメトリック変換して高感度検出する実験系の模式図(上)で,模式図の中の点線で囲った光学系を斜め上方から撮った写真と,真上から撮った写真(右)である.励起光(朱色実線)を疑似位相整合デバイスに入射させ,検出すべきTHz光(水色実線)はファイバに通してデバイスの側面から入射させる.疑似位相整合デバイスは,THz後進波パラメトリック発振と同様,周期的に分極反転したLiNbO3で,その周期構造を励起光に対して斜めに傾けて配置する.しかるべき角度で配置すると,アップコンバージョン光(橙色実線),すなわちTHz光が波長変換されて励起光の周波数に近い光となってデバイスから出射される.それを高感度の光検出器へファイバで導いて検出する.

 

図9  THz光を近赤外光にパラメトリック変換して高感度検出

 

 図10右は,斜周期分極反転LiNbO3非線形光学結晶(PPMgLN:Periodically Poled Mg-doped LiNbO3)に対する励起光(朱色),THz光(水色)とアップコンバージョン光(橙色)の配置図である.アップコンバージョン光(橙色)は,差周波数発生(DFG:Difference Frequency Generation)の例を示しており,図10左に描いた位相整合条件を満たす光としてTHz光から波長変換されて発生する.図10左の4つの矢印(k)は波数ベクトルで,橙色のアップコンバージョン光波数ベクトル(kDFG)+水色のTHz光波数ベクトル(kTHz)+黒色の分極反転周期ベクトル(kΛ)のベクトル和が,朱色の励起光波数ベクトル(kpump)に一致する[12].より高感度検出を実現するには,信号強度は減少するが,和周波発生(Sum Frequency Generation:SFG)が有効である.

 

図10 斜周期分極反転LiNbO3非線形光学結晶での位相整合THz光検出 [12]

 

 関連するTHz光検出の実験では,励起光であるNd:YAGレーザの入力パワー10mJに対して,最小THz光エネルギー 80aJ(10-18 J)まで検出し,従来の極低温動作ボロメータより高感度検出できることを確認した.また,線形検出できるTHz光のパワー範囲,ダイナミックレンジは100dB(1010)と極めて広いことも分かった.この広い検出ダイナミックレンジを利用して,出力がμWレベルのTHz帯共鳴トンネルダイオード(RTD)を,50dB(105)以上出力が大きく較正された光源と同一検出器で比較することで評価した[13].

 

4.テラフォトニクス技術の応用展開とベンチャー起業化

4.1 小型で高出力なTHz光源と高感度THz光検出器の応用展開

 前章で,THz技術の社会実装に向けた3つのブレークスルー技術について説明した.いずれもレーザ光と非線形光学結晶を組み合わせたTHz光の発生と検出で,小型で高出力なTHz光源と高感度THz光検出器が実現した.これらのTHz技術を応用すると,図2で紹介した非破壊検査など,様々な展開が期待される.

 図11にTHz光源・検出器の小型化を生かした応用展開の具体例を示す.一つは,小型である特徴を生かし自動車の生産ラインでロボットアームに取り付けて,車体への塗装膜厚の測定や品質検査に応用検討した例である.また,光ファイバを使ってTHz光の高感度検出ができる特徴を生かし,爆発物や危険ガスをスタンドオフセンシングすることを検討している.危険な対象物から離れた遠隔地で,安全かつ高感度に分析検査できる.あるいは,対象物の近くまで行って,衝撃を与えることなく非接触で検査する.

 

図11 小型THz光源・検出器の応用展開

 

 その他にも,高出力の特徴を生かしたいくつかの応用展開を模索している.下記には他グループによって提案されている一例を示す.

・粒子加速器への応用;理研の播磨地区(放射光科学センター,大型放射光施設SPring-8)にある粒子加速器は700mもの大型設備だが,これをコンパクトにできる可能性がある.波長が長い方が粒子加速に良いので,THz光はレーザ光より効率が良い.

・結晶の構造制御;結晶化度の制御の可能性が示唆されている.強いTHz光の照射で,結晶の高次構造を制御できる.創薬では,薬の成分結晶の多形制御に展開できる.

・質量分析への応用;THz光はmeVオーダーのソフトエネルギーであり,分子の側鎖を切らずにイオン化できる.ノーベル化学賞を受賞した田中 耕一氏の成果である質量分析のMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption / Ionization)に使えば,レーザ光の代わりにTHz光でイオン化できる.ソフトマテリアルのイオン化,加工への応用も期待できる.

 

4.2 テラフォトニクス技術の社会実装に向けたベンチャー企業立ち上げ

 理研には「理研ベンチャー認定・支援制度」があり,理研の研究成果を中核技術として起業し一定の要件を満たした企業を理研ベンチャーとして認定し,新たな製品やサービスの形で社会に提供し貢献することを奨励している[14].THz光源の研究成果を世の中に製品として提供すべく,2010年にフラクシ株式会社(PHLUXi, Inc.)を設立した[15].南出氏は取締役CTOとして技術面でサポートし,代表取締役社長には別の理研ベンチャー(株式会社メガオプト)を経験した浦田佳治氏が就任している.

 フラクシ(株)の主な事業内容は,THz光の光源や周辺製品の開発である.THz光源では国内の複数の大学に,THz光パラメトリック発振器を納入した.超小型のミラーレスTHz後進波パラメトリック発振器の製品化は,これからである.THz光発生に使っているNd:YAGレーザや増幅器モジュールなどの赤外線関連も,製品に含めて事業展開している.

 THz光関連の周辺機器としては,THz光向けのレンズを開発した.Tsurupica®という商品名でTHz分野では全世界で使われている[16].特殊な樹脂材料を使用しており,THz光に対しても可視光に対しても透明な樹脂を数ヶ月かけて探した.THz光検出器としては,焦電型の高感度パイロ検出器を開発した.図6右下の写真がそれで,小型(ヘッドサイズ:80×80×35mm3)室温動作で,ボロメータに迫る高速性がある.海外からのパイロ検出器は軍事用に開発され仕様がマッチしないので,国内で使えるように開発した.

 製品は顧客要求に応じてカスタマイズしたり,顧客の開発支援・受託開発製作にも取り組む.THz関連の技術相談,コンサルティングサービスも提供している.

 

5.おわりに

 未開拓の電磁波であるTHz光を,レーザ光と非線形光学をベースにしたテラフォトニクス技術で,社会実装に向けて着実に前進させてきたお話を伺った.20年余の研究の間には,3.11の大震災を挟んで苦闘とドラマチックな大発見もあり,実験を担当された若手研究者の方々も興奮したことであろう.理研仙台地区を訪問し,テラヘルツ光源研究チームの皆さんから研究の裏話も含めてお話を聞くことができた.

 THz技術の社会実装は未だ緒に就いたばかりであり,これからが本番であろう.理研テラヘルツ光源研究チームの今後の一層の活躍,社会実装の進展を期待したい.

 

参考文献

[1] nano tech大賞2018, プロジェクト賞;https://nanotechexpo.jp/main/award2018.html
[2] テラヘルツテクノロジーフォーラム;http://www.terahertzjapan.com
[3] 理化学研究所 光量子工学研究センター;https://rap.riken.jp/about/organization/
[4] 理化学研究所 光量子工学研究センター テラヘルツ光源研究チーム;http://www.riken.go.jp/lab-www/tera/index.html
[5] Hiroaki Minamide, "Development of High-Power Terahertz-Wave Sources for Finding Novel Applications," IEEE TRANSACTIONS ON TERAHERTZ SCIENCE AND TECHNOLOGY, Vol 5, Issue 6, pp.1104-1109, (Nov. 2015).
[6] Hiroaki Minamide, Shin'ichiro Hayashi, Koji Nawata, Takunori Taira, Jun-ichi Shikata, and Kodo Kawase,  "Kilowatt-peak Terahertz-wave Generation and Sub-femtojoule Terahertz-wave Pulse Detection Based on Nonlinear Optical Wavelength-conversion at Room Temperature," Journal of Infrared, Millimeter, and Terahertz Waves, Vol. 35, No.1, pp. 25-37, (Dec. 2013).
[7] カリフォルニア大学サンタバーバラ校,UCSB (University of California, Santa Barbara);http://www.mrl.ucsb.edu/terahertz-facility/instruments/ucsb-free-electron-laser-source
[8] 理研プレスリリース「光波長変換による後進テラヘルツ波発振を実現-複雑な共振器構造のない究極の小型化へ-」(2017年10月2日);http://www.riken.jp/pr/press/2017/20171002_1/
[9] Stephen E. Harris, "Proposed Backward Wave Oscillation in the Infrared," Appl. Phys. Lett. 9, pp.114-116 (1966)
[10] 縄田耕二,時実悠,南出泰亜,"テラヘルツ波生成装置,光パラメトリック増幅器,テラヘルツ波検出器,および非線形光学素子",特開2018-54959 (2018年4月5日公開, 2016年9月30日出願)
[11] 南出泰亜, 縄田耕二, 瀧田佑馬, "高効率非線形光学波長変換によるテラヘルツ波発生検出技術", フォトニクスニュースPhotonics Division, Vol.3, No.3, pp.105-109, (2017.12) .
[12] Kouji Nawata, Takashi Notake, Hideki Ishizuki, Feng Qi, Yuma Takida, Shuzhen Fan,  Shin'ichiro Hayashi, Takunori Taira, and Hiroaki Minamide, "Effective terahertz-to-near-infrared photon conversion in slant-stripe-type periodically poled LiNbO3", Appl. Phys. Lett. 104, 091125 (2014), https://aip.scitation.org/doi/10.1063/1.4868096
[13] Yuma Takida, Kouji Nawata, Safumi Suzuki, Masahiro Asada, and Hiroaki Minamide, "Nonlinear optical detection of terahertz-wave radiation from resonant tunneling diodes," Opt. Express, Vol. 25, No. 5, pp. 5389-5396 (2017).
[14] 理研ベンチャー認定・支援制度; http://www.riken.jp/outreach/ventures/
[15] フラクシ株式会社(PHLUXi, Inc.);http://phluxi.com/jp/
[16] 画期的テラヘルツ用オプティクス "Tsurupica®";http://www.phluxi.com/P91-2-001.pdf

(図はすべて南出氏から提供された)

(尾島 正啓)

 

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