NanotechJapan Bulletin

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<第67回>
業務革新や新しい価値提供をもたらす新技術開発
~リチウムイオン二次電池印刷技術,発電ゴム,小型レーザ 3Dスキャナ~
nano tech大賞 2019 受賞

株式会社リコー 研究開発本部 リコー未来技術研究所 早野 勝之氏,鈴木 栄子氏,荒海 麻由佳氏,岸 和人氏,三木 芳彦氏に聞く

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(左から)荒海 麻由佳氏,早野 勝之氏,岸 和人氏,鈴木 栄子氏,三木 芳彦氏

 

 2019年1月30日から3日間,東京ビッグサイトで開催された世界最大級の「nano tech 2019 第18回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」註1)[1]に,株式会社リコーは「想像しよう 未来の社会を ともに」のコンセプトを掲げ,機能する印刷ということで,①インクジェット電池印刷(リチウムイオン二次電池をデジタル印刷で製造する),②バイオ3Dプリンタ(インクジェットで細胞数と細胞配置の精密制御を可能にする),③インクジェットプリンティング法によるピエゾ膜の形成技術(高出力薄膜ピエゾを実現し振動デバイス等を印刷で形成する),革新的材料・デバイスということで,④発電ゴムを用いた環境発電電源(圧力・振動で発電する独自材料によりICを駆動する),⑤小型近赤外分光技術(MEMS応用により小型で低コストの分光器を実現する),⑥小型レーザ3Dスキャナ(レーザスペックルノイズを低減し,小型・軽量ながら高精度形状計測を実現する)の6点を出展し[2],最高のnano tech大賞を受賞した[1].リコーにとっては,nano tech 2016の受賞[3]に次いで2度目である.中でも電池印刷は特に高く評価され,受賞理由に「インクジェット技術を用いて,ロール・ツー・ロールでリチウムイオン二次電池を自由な形状で製造する技術を開発し,電池のデジタル印刷製造を大きく前進させたことを賞す.」とある.

 本稿では上記の内の“①電池印刷”,“④発電ゴム”,“⑥小型レーザ3Dスキャナ”を取り上げ紹介する.そこで,それぞれの技術開発の背景や狙い,技術内容,そしてその効果等をお伺いするため,神奈川県海老名市のリコーテクノロジーセンターと大阪府池田市の池田事業所を訪問した.海老名では,早野 勝之(はやの まさゆき)氏(研究開発本部 リコー未来技術研究所 研究企画センター 研究企画室 技術コミュニケーション推進グループ リーダー)にリコー全体の研究開発について,鈴木 栄子(すずき えいこ)氏(同 材料システム研究センター 新機能材料研究室 PE(Printed Electronics) グループリーダー)に電池材料印刷について,荒海 麻由佳(あらうみ まゆか)氏(同 材料システム研究センター 新機能材料研究室 スペシャリスト)と岸 和人(きし かずひと)氏(同 材料システム研究センター 新機能材料研究室 システム基盤グループリーダー)に発電ゴムについて,池田では三木 芳彦(みき よしひこ)氏(同 先端デバイス研究センター 第9研究グループ スペシャリスト)に小型レーザ3Dスキャナについてお伺いした.

註1)展示件数:377件(国内232,海外145), 来場者数:43,622人

 

1.株式会社リコーの概要 [5]

1.1 リコーの誕生と事業領域の拡大

 株式会社リコー(以下リコー)は,理化学研究所発明の“陽画感光紙”の製造・販売を目的とするベンチャー企業「理研感光紙株式会社」として1936年創業,翌年に多角化のためカメラ事業に進出し1938年「理研光学工業株式会社」に社名を変更,その後1963年に現在の社名「株式会社リコー」になった.この間に,年配の方なら懐かしい“青焼き”(卓上型ジアゾ湿式複写機)をオフィスに普及させ,仕事の進め方を改革し能率向上に大きく貢献した.その後もデジタル印刷機,ファクシミリ,プロジェクター等々を次々と開発・提供し,オフィスオートメーション(OA)をもたらし事務作業の合理化に革命をもたらした.図1は,リコーの事業領域を示したもので,印刷,画像機器,それに必要なソフトサービス等から成るオフィス事業領域を基盤とし,それらの技術・ノウハウを周辺の商用印刷事業領域,インダストリ事業領域,コンシューマ事業領域に応用展開している.2018年3月31日時点の業容は,資本金:135,364百万円,グループ企業数:222社,グループ従業員:97,878名(国内:33,796名,海外:64,082名),連結売上高:20,633億円(国内:38.8%,海外:61.2%)のグローバル企業である.

 

図1 拡大するリコーの事業領域

 

1.2 更なる発展を目指して:EMPOWERING DIGITAL WORKPLACES

 「世の中の役に立つ新しい価値を生み出し,提供しつづけることで,人々の生活の質の向上と持続可能な社会づくりに積極的に貢献する」ことを使命とするリコーウェイが脈々と続いている.現在,このお客様への提供価値をEMPOWERING DIGITAL WORKPLACESというメッセージとして定義し,図2に示すようにオフィスから始まって現場そして社会のさまざまなワークプレイスに真の価値を提供しようとしている.オフィスというワークプレイスで培ったデジタル技術とサービスを,オフィス外のワークプレイス(現場)で役立つようにさらに開発し新しい価値として導入する.そして,これらの事業を社会にまで広め,人々の生活の質の向上と持続可能な社会づくりに積極的に貢献しようとしている.

 

図2 EMPOWERING DIGITAL WORKPLACESで社会に貢献

 

1.3 SDGsやRE100に真剣に取り組むリコー

 特筆すべきは,リコーはサステナビリティへの取り組みにも熱心であることである.国連の定めるSDGs(Sustainable Development Goals)註2)を事業計画の中に組み入れその達成を目指している.またその一環として,再生可能エネルギーの取り組みにも熱心で,RE100(Renewable Energy 100%)註3)へ日本で第一番目に参加を表明し,次の目標を掲げている.

使用電力の再エネ活用目標:
2030年まで 少なくとも30%再生可能エネルギーで賄う
2050年まで 100%再生可能エネルギーで賄う

また,静岡県御殿場市に環境事業開発センターを2016年4月に開所している.

註2)持続可能な開発目標.2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」

註3)国際イニシアチブ.イギリスを拠点に活動する国際環境NGOのクライメイト・グループ(TCG)が2014年に創設

 

1.4 リコーの研究開発体制とnano tech 2019出展品の開発

 リコーの研究開発本部は,図1右下に示される“新しい分野への挑戦”を使命としている.オフィス,商用印刷,インダストリ,コンシューマのそれぞれの事業領域の研究・開発はそれぞれの事業領域に於いて行われる体制になっている.研究開発本部は,リコーICT研究所,リコー未来技術研究所,APT研究所の3研究所で構成されており(図3),リコーの将来事業を支えるための技術戦略を策定し,それを実現する要素技術や基盤技術の研究開発を進めている.

 

図3 リコーの研究開発体制

 

 リコーICT研究所は,オフィス機器で鍛えてきた画像・音響・文書の処理・認識技術で,いろいろなワークプレイスにある未解決の重要課題の解決に当たる.リコー未来技術研究所は,人にやさしいヘルスケア技術,地球にやさしいグリーン技術,社会を支える材料・デバイス技術,これらの技術をシーズから発掘し,新規事業に育てる研究開発を行う.APT研究所は,リコーの今まで培ってきた表示するための印刷技術,特に材料・プロセス,光学,可視化・モデル化技術を,医療,3D,電池,ディスプレイ等々の分野へ応用展開する.

 nano tech 2019へ出展された前述の6件は,総てリコー未来技術研究所からのものであり,種々のワークプレイスに新しい価値を提供できる種であり,国内外の企業とのコラボレーションのきっかけとなることを期待しているものである.

 

2.インクジェットによるリチウムイオン二次電池のデジタル印刷製造 [2][6][7]

 鈴木氏に,インクジェット電池印刷について伺った.

2.1 電池市場の動向とリコーのチャレンジ

 二次電池の市場は年々伸びており,2022年には7兆円超になると予想されている[4].電気自動車用や太陽光発電所の蓄電用等の大型電池が大きく伸びるが,一方IoT(Internet of Things)時代が要求する小型電池も大きく伸びる.従来,電池はほぼ規格化された筒型,コイン型,ラミネート型等立体形状をしており,大掛かりな専用の少品種・大量生産設備で造られている.一方,IoT時代が新しく要求する電池は,図4(左)にイメージするようにIoTデバイスやウェアラブルデバイスに向けた多種多様な形状の薄型・小型電池で,しかも電池は集積電子回路の一部として組み込まれるようになると予想され(図4右),これを実現するためには新たな製造法が求められている.

 

図4 IoT時代が新たに要求する電池は多種多様な薄型・小型形状(左:イメージ)で,
集積電子回路の一部として組み込まれる(右)

 

 このような状況を背景に,リコーはオフィス向けや産業向けで培ってきたインクジェット(以下IJ)によるデジタル印刷技術をリチウムイオン二次電池製造プロセスに導入することを考えた.

 従来のラミネート型の電池製造は,図5(上)に示すように,

1-①電池の設計(品種)が変わるたびに,負極や正極それぞれについて,それに合った治具やプロセスの段取り等の設備替えを行い,
1-②その後,負極および正極をそれぞれ別のラインで塗工・乾燥し,それらを所定の形・大きさに切断し,
1-③別途所定の寸法に切り出されたセパレータを加え,負極,セパレータ,正極の順に集積し,
1-④最後にパッケージして完成させる

プロセスで構成されている.
これに対し,リコーが目指す電池のデジタル製造法は,図5(下)に示すように,

2-①治具やプロセスの段取り替えを行うことなく,負極,セパレータ,正極の設計データにもとづき,
2-②RtoR(ロール・ツー・ロール)で流れてくる基板上に負極,セパレータ,正極の順に重ねて印刷し,
2-③パッケージして完成させる

シンプルなプロセスで構成される.上記プロセス2-②の具体的イメージを図6に示す.あらかじめリチウムイオン二次電池を構成する主要な部材である負極活物質,セパレータ,および正極活物質の素材をそれぞれインク化しておき,それらをIJヘッドから,RtoRで流れてくる基板上に所望の形状になるように負極,セパレータ,正極の順に重ねてデジタル印刷する.これにより,デザインや性能の多様化が予想されるIoTデバイスやウェアラブルデバイス向けの電池製造に柔軟に対応しようというものである.さらには,デバイス上に二次電池を直接印刷する実装技術の実現を目指すものでもある.

 

図5 従来の電池生産造法とリコーが目指す多種多様形状の電池製造法

 

図6 IJデジタル印刷による任意形状の
負極活物質/セパレータ/正極活物質積層体をRtoRで連続して形成する製造法

 

2.2 従来製法とリコー提案のIJデジタル印刷法の比較

 従来,電池電極は,セラミックス等の電極材料を混ぜ込んだ高粘度のペーストをスリットから押し出して塗布した後,必要な大きさや長さにそれらを切り出す,大掛かりな装置によって製造されている.しかし,異なった形状や性能の二次電池を製造するためには,先に述べたように形状や性能に応じた複数の製造ラインを持つか,時間のかかる製造プロセスの組み換えが必要である(図5上).また,電極を切り出す際に,電極以外の部分に塗布された電極材料は廃棄されていたため,多くの無駄が生じていた.

 これに対し,リコー提案のIJ印刷法(図5下,図6)は,IJヘッドを用いて,負極,セパレータ,正極の順にインクをそれぞれ吐き出し,設計データに基づいてデジタル印刷をする.このため,形状や性能が異なる多品種のリチウムイオン二次電池を製造する場合も,1つの製造ラインで対応できる.従来のような複数の製造ラインを用意したり,製造プロセスの組み換えをしたりする必要がない.また,必要な部分だけに電極材料を印刷するために,電極材料の無駄もなくなる.さらに,印刷データの変更のみでデバイスに最適な形状や性能の電池をカスタム形成することが可能になるので,電池はデバイスの一部となると言えるだろう.

 現時点では,正極,セパレータ,負極の3層形成までであるが,将来的には,パッケージも含めた全印刷実装により,デバイスとシームレスに繋がる二次電池の実現を目指すとの抱負を鈴木氏は述べられた.この考えに沿って開発された技術の現状を以下に紹介する.

 

2.3 電池印刷用IJ用インクの開発およびトータルシステムの構築

 IJ印刷を可能にするには,IJプロセスに適した正極活物質および負極活物質のインクを開発することが重要な課題であった.従来法では,粒径十数μmの固形分(電極活物質と導電助材)にバインダーと溶剤を混ぜた高粘度(数千mPa・s)のスラリーをダイコーターから吐き出し,塗布している.これに対し,通常のIJインクは低粘度(10mPa・s前後),低固形分濃度(数重量%)で固形分粒径0.5μm程度である.両者には非常に大きなギャップがある.この従来のスラリーを,IJプロセスに用いることのできるIJインクにしなければならない.このため,リコーでは,これまでのIJインクで培ったノウハウを活かし,通常凝集している活物質粒子をインクジェット性能と電池性能を両立させるサイズに分散・小粒径化し,図7右上に示す産業用のIJヘッドでデジタル印刷できる電池印刷用IJインクを開発した(図7左).インクジェットによる精密印刷によって,活物質層の膜厚を数μm単位から制御することができるようになっている.

 

図7 開発された電池印刷用IJインク(左)と使われるIJヘッド(右上),及びRtoR試験印刷機(右下)

 

 また,電池内で電極の短絡を防ぐ部材であるセパレータをIJで形成できる技術も同時に開発している.

 以上のIJインク,IJヘッドを用いて,任意形状の負極活物質/セパレータ/正極活物質積層体を,RtoRで形成する製造法を構築,図7右下に示すようなRtoR印刷システムを開発している.

 

2.4 試作電池とその特性

 上記の製造法で“R”字型の負極,正極の積層体を形成し,それを同じく“R”字型のアルミニウムラミネートに封入し,続いて用意されている注入孔から電解液を注入後,注入孔を封じて図8左のような“R”字型リチウムイオン二次電池を試作し,帽子に貼り付けたIoTモジュールに接続し駆動した.IoTモジュールは温度,湿度,気圧,照度をモニタリングし,BLE(Bluetooth Low Energy)でタブレット端末に30秒に1回情報を転送している.1度の充電で3日程度使用でき,太陽電池等と組み合わせれば充電なしで連続使用することも可能である.

 

図8 試作電池によるIoTモジュール駆動と電池特性

 

 また図8右は3mAhプロトタイプセルに,パルス電流を10ms流した時(青)の電池電圧変化(赤)を示したものである.インクジェット印刷では,活物質層を薄く出来るので内部抵抗を低く抑えることができる.図において電圧降下が小さいのはこのことを示している.

 

2.5 今後の展望

 以上の成果を踏まえ,2019年度から電池メーカーやデバイスセットメーカーに向けて,本技術を用いて製造した電池部材の提供やデジタル製造の提案を開始する.そして電池メーカーと共に,電池メーカーの持つ従来型の製造工程の一部とハイブリッドすることから実用化を進め,電池製造技術の革新に寄与する計画である.さらに,残されている集電基材,電解質(注液プロセスを除去できる溶液電解質の固体電解質化を含む),パッケージ等の工程もIJ印刷で形成する技術を開発し,電池をオンデマンド全印刷で製造する,「電池はセットする時代から好きな場所に印刷する時代に!!」を実現し,IoT社会へ貢献したいとしている.

 さらには,これと併せてリコーが目指す“機能する印刷”を推進する.リコーは,これまで紙へ印刷する従来のオフィス向けプリンタから,“表示する印刷”のコンセプトのもとフィルムや建材,布や食品など,紙以外にプリントする領域へ技術を拡張してきた.今後は,プリンティング技術による新たな価値創造を目指して“機能する印刷”に挑戦する.顔料インクを機能性インクに変えて,オンデマンド印刷を実現する.IJ印刷技術でデジタル印刷データから直ぐに製造できる“デジタルマニュファクチャリング”によって,モノづくりのあり方を変革する.短期間,安価な少量多品種製造を実現し,環境負荷の少ないサステイナブル社会の実現へ貢献する.電池印刷はその代表例である.

 

3.発電ゴムを用いた環境発電電源 [2][8][9][10]

 荒海氏から材料デバイスについて,岸氏から回路,システムについてお伺いした.

3.1 発電ゴムの発見

 「複写機部品材料を開発しているチームがあった.複写機用途だけではなく新しい視点で新しい価値を付加できるものはないかと,ひそかに本流から外れたものを探索研究する中で,運よく,電極で挟んで曲げたり叩いたりして負荷を与えると電気を発生するゴムを発見した[8].材料を工夫すると発生電力を増大することができ,これは何かに使えると考えるようになり,研究人員も増やして,現在に至っている.」と荒海氏は切り出された.

 なお,発電材料はリコー独自のものであり,その発電機構は従来の材料とは異なっており,目下,東京理科大学の山本 貴博教授との共同研究により,最先端の計算化学技術を用いる分子レベルでの発電機構解明の解析を進めており,まとまり次第,論文発表も検討していきたいとのことである.それまでは材料組成,発電機構については非公開であり,申し訳ないとの言葉があった.一方,特性やアプリケーションについては積極的に公開し,ユーザとの協業を計り実用化を推進したいとのことである.

 

3.2 発電ゴムの特性・特徴

 発電ゴムは,図9左に示すような厚さ0.1mm程度のペラペラの柔軟なゴムであり,RtoRで生産性よく製造できる.この切片を電極で挟んで,押した瞬間,離した瞬間に発電する(図9右).

 

図9 発電ゴムの発電現象と代表的特徴

 

 圧力による発電材料(圧電材料)の代表的なものとして,セラミックスのPZTや高分子樹脂のPVDFが知られている.今回の発電ゴムの特性をこれらと比較したのが表1である.PZTは,高出力ではあるが,壊れやすい,有毒な鉛を含む,重いなどの課題がある.また,PVDFは,薄くすることにより下敷き程度に柔軟にはなるがなお硬く,取り出せる電力は微量である.今回開発した「発電ゴム」は,柔軟性の高いフレキシブルなシート状でありながら,PZTと同等の高い発電性能を有する.高出力と柔軟性を両立したことにより,また条件によるが,数千万回での繰り返し負荷試験に耐える耐久性もあり,その用途は格段に広いと期待されている.

 

表1 発電ゴムと従来の圧電体との特性比較

 

3.3 応用例

 ニュースリリース[8]による発表以来多くの関心が寄せられている.中には,具体的用途を提案するもの,大学の研究テーマに取り上げたいとするものなどがあった.センサーとしての用途,センシングした情報を処理しかつそれを送信する電源としての用途等がある.リコーがこれまでに試みた代表的な応用例を以下に紹介する.

3.3.1 発電ゴムをセンサーおよび電源として活用[2]

 nano tech 2019でのデモンストレーションの全体像を図10左に示す.発電ゴム製の的にテニスボールを投げつけ,ボールの衝突による発電ゴムシートの変形で生じる発電量から,マイコン(Renesas製 R7F0E)で速度を計算し,反射型液晶に表示する.図10右はセンシング,電源としての機能および情報処理のプロセスを示すものである(ボール以外に,発電ゴムマットを踏んだ時の情報処理も含む).発電ゴムは,センサーの役割とそのデータを処理するマイコンの電源の役割を担っている.ボールが発電ゴムの的に当たるとその速度に応じた発電をする.センサーとしてその情報を上部にあるマイコンに送る.一方,電源としての働きは,その電力をリコー開発のIC(整流回路+パワーマネジメント機能を有する.電圧は大きいが電流が小さいのを補うためにインピーダンスマッチングさせている)が受け止め,適切な電圧,電流に変換し上部にあるマイコンに送り,マイコンを作動させ情報処理を行い,その結果をディスプレイに伝送する.このシステムは,多くの用途に適応可能であり,期待が持てる.

 

図10 発電ゴムをセンサーおよび電源として活用

 

3.3.2 LED点灯,着座センサー,生体センサー [9][10]

 図11左は,LED点灯用途の例である.既に述べたように発電ゴムは大きい電圧を発生させるが大電流を流せない.その点LEDは電荷をあまり必要とせず電圧で駆動できるので,LED点灯は相性の良い好都合な用途である.図では5cm×10cmの発電ゴムでLED400個の点灯が可能なことを示している.

 

図11  LED点灯,着座センサー,生体センサーへの応用例

 

 図11中央は,着座センサーの例である.椅子のカバーの下に発電ゴムが入れられている.人が立ったり座ったりすると発電しこれを検知する.荷物を置いたり除去したりする時にも発電する.人は座っていても身体が揺れているので発電が継続するが荷物は静置した状態では動きがないので発電はしない.これで,人と荷物の識別ができる.

 図11右は,発電ゴムの発電効率を向上させその配置にも工夫を加えた椅子で,人の脈拍に対応する体の微振動を感知する生体センサーの例である.健康管理や医療への展開が楽しみである.また,自動車の運転手の健康状態管理にも使えよう.急に脈拍がおかしくなった場合や,緊急時に自動運転から手動運転に切り替えるときの運転手が正常であるがどうかのチェックにも使えるのではないかと荒海,岸の両氏は期待を示された.

 

3.3.3 スマートシューズ

 リコーでは,また,スマートシューズ用電源をターゲットとして開発を進めている.これにより充電作業が不要な,活動量や歩き方を分析可能な靴が実現できる.図12に示すように,靴底に発電ゴムを配置し,一歩ごとに発電し,その電力で検知/演算/送信を行い,①位置情報を検知し徘徊のおそれのある人物の見守り,②荷重バランスを検知し,リハビリ効果を検証,③歩行速度やつまずき回数を検知し,病気予兆を見たりエアーバッグを作動させるなどして転倒保護等の機能を持つシューズが実現出来よう.

 

図12 スマートシューズ

 

 以上のように歩行のデータを活用した健康増進はもちろん,運動スキルの向上,美容,安全,アミューズメント等の用途への展開も視野に入れているとのことである.

 

3.4 今後の展望

 以上のように,発電素子(発電ゴム)と電力管理回路ICの組み合わせにより,安定的に電気回路を駆動することができるシステム構築が可能である.即ち,リコー独自の発電素子を用いた「充電レス」センシングプラットフォームという新しい価値を提供することによって,いつでも,どこでも,何度でも,メンテナンスレスでデータ取得・処理・発信ができ,IoT社会のより一層の充実に寄与したいと考えていると,荒海氏と岸氏は抱負を話された.

 

 4.ロボットに搭載可能な小型レーザ3Dスキャナ [11]

 開発した小型レーザ3Dスキャナを手にした三木芳彦氏から,お話を伺った.

4.1 高精度小型レーザ3次元形状計測スキャナ開発の狙い

 光を利用した3次元形状の計測は,様々な産業分野で行われており,リコーでも3Dビジョンセンサーを産業用ステレオカメラとして製品提供している[12].2台のカメラを横に並べ,その間の視差情報から対象物の位置を検出することで3次元データを取得している.ただし,装置は大型で重く,天井に設置して利用されている場合が多い.対象物との距離は離れているので,測距精度は1mm程である.一方,コンシューマ向けでは小型軽量の3Dセンサーとしてジェスチャ操作や顔認証が実用化されているが,対象は人間であり高精度は要求されない.

 小型・軽量で精度が高い3次元計測ができれば,産業用ロボットに搭載してより高度な作業の効率化が期待される.図13右上は今回開発した小型3Dスキャナで,幅75mm×奥行40mm×高さ36mmと掌に載るほど小型で,重さは150gと軽量である.図13左上に描いたように,ロボットの腕に組み込んで使用できる.対象物の近くで3次元計測を実施できるので,例えば電子機器の組み立てロボットで,小さな電子部品を認識してピッキングする作業が確実に行えるようになる.

 

図13 小型3Dスキャナ(右上)のロボット搭載イメージ(左上)と利活用分野(下段)

 

 図13下段の写真は,今回開発の小型3Dスキャナで3次元計測したもので,近いものを青色で,遠いものを赤色でカラー表示している.取得した3次元計測データは,対象物の設計CADデータと比較することで,設計通りに製作されているか検査できる.図13下段の4つの写真は左から,ボルト類のような小部品のピッキング,電子基板へ配線コネクタを嵌め込む組み立て,スポンジが水で膨らんで変形する様子の検査,イチゴの形状プロファイル計測,等での利用を示している.三木氏に3Dスキャナで撮像するデモを見せていただき,立体像をPC操作で色々な角度で眺めることができ,ロボットの眼の機能を果たすことが実感できた.

 

4.2 光パターン投影法による3次元形状計測の原理

 光を利用した3次元形状計測は,1980年代から研究開発され,コンピュータの性能向上に伴って実用化が進み,近年急速に普及している.光計測の手法としては,干渉法,TOF(Time Of Flight)法,三角測量法などがある[13].リコーの従来製品である産業用ステレオカメラは,2台のカメラを使う三角測量法で立体視しているが,対象物が白壁のような一様なものだと2つの画像で差がないので立体化できない.今回開発の小型3Dスキャナでは,ライン状のレーザ光照射とカメラ1台を使用する三角測量法で3次元形状計測している.

 図14左は三角測量による3次元形状計測の原理を描いたもので,レーザ光源から出射された赤線で示すレーザ光ビームが,対象物で反射してレンズを通して光検出器に導かれる.対象物の位置が前後に移動すると,光検出器上での集光点位置が変位するので対象物の奥行情報が得られる.図14右上は,この原理に基づいた光切断法で,ライン状光ビーム1本をベルトコンベア上の対象物に照射し,対象物からの反射光をカメラで検出することで対象物の切断面輪郭を得ている.ベルトコンベアの移動に伴って次々と切断面輪郭情報を取得することで,対象物の3次元形状が計測される.

 

図14 三角測量による3次元形状計測の原理;光切断法(右上)とパターン投影法(右下)

 

 今回開発の小型3Dスキャナで採用している方式は,図14右下に描いたように,静止した対象物にライン状光ビームを走査しながら,走査角度毎に形状情報を1台のカメラで得るもので,パターン投影法と呼ばれている[13].光ビーム強度は時間的にオン・オフして角度走査されるので,対象物には縞状のパターンが投影される.投影パターンは1つではなく,縞の間隔や位相をかえて複数パターンを照射する(符号化).対象物からの反射光パターンをカメラで検出し,複数パターンの検出情報からPCで復号化処理することで対象物の3次元形状を算出する.

 しかし,パターン投影法による3次元形状計測は,光パターン形成光学系が大きくなり,装置としては大型化してしまうことが課題であった.

 

4.3 MEMSスキャナとVCSELで小型化とスペックルノイズ低減による高精度計測を実現

 今回開発の3Dスキャナは,リコーが独自開発したデバイスであるMEMSスキャナと面発光レーザ(VCSEL)を採用することで,スキャナ装置の小型化とレーザ計測で問題となるスペックルノイズをなくした高精度計測を実現している.

 図15左上の筐体は,図13右上の写真に相当する3Dスキャナで,受光部であるカメラとVCSEL 及びMEMSスキャナで構成される照射部を一体化している.図15右上の写真がMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)スキャナで,小型ミラー面を用いレーザ走査を行う.リコーでは,複写機やレーザプリンタ,さらには車載用ヘッドアップディスプレイ向けの光スキャナとしてMEMSスキャナを自社開発しており,その技術を転用している[14].

 

図15 MEMSミラー(右上)と多波長VCSELアレイ(右下)を組み込んだ
小型3Dスキャナ(左上)による3次元形状計測,レーザスペックル低減効果(中央写真)

 

 VCSEL(Vertical Cavity Surface Emitting Laser)アレイは,図15右下の写真にあるように,基板面に垂直方向にビームを出射する半導体レーザ素子40~50ヶを2次元に高密度配置したものである.写真では赤色の発光点が並んでいるように見えるが,レーザ発振波長は近赤外域である.VCSELアレイは,リコーの商用印刷向けの高品質・高速レーザプリンタ用に名取の応用電子研究所で開発されていた技術を,3Dスキャナ向けに展開した[15].

 図15左上の3Dスキャナ筐体内で,VCSELアレイからの光ビームは,ライン状ビームに整形されてからMEMSスキャナに入射し,スキャナから約170mm離れた位置の対象物に向けてパターン投影される.対象物の測定範囲は約100mmを想定している.計測時間は,10種のパターン投影に要する時間と,カメラからの検出信号をPCで復号化処理する時間を合わせて,1秒である.

 MEMSスキャナと例えば端面発光LDを使うことで,パターン投影光学系は小型化できる.ところが問題となるのが,レーザを使うことによるスペックルノイズで,図15中央下の写真に見られるような斑点状のノイズにより測定精度が劣化してしまう.スペックルの発生原因は,レーザ光の干渉性が高いために対象物からの散乱光がカメラの検出面上で干渉してしまうからである.スペックルノイズはレーザディスプレイなどの画質劣化で問題であったため,干渉性を低下させる様々なスペックルノイズ低減法が検討されている.偏光多重,波長多重,角度多重などである[16].

 今回の小型3DスキャナではVCSELアレイを使用することで,発光点位置が異なる50ヶのVCSELからのレーザ光を,入射角度多重させてスペックルノイズを低減している.また,VCSELアレイを多波長化することで,波長多重効果を発現させ,さらにスペックルノイズを低減している.その結果,図15中央上の写真にあるようなスペックルノイズがないレーザ照明を実現した.スペックルノイズ低減には,リコーが長年レーザプリンタ製品の開発で蓄積したレーザアレイを均一性良く発光させるレーザ駆動制御技術も効いている.スペックルノイズを低減することで,3次元形状測定の奥行方向の測定精度は0.1mmを実現した.

 今後は,ロボットメーカやFAシステムメーカと協力して,小型レーザ3Dスキャナのロボットへの組込み,産業システムの高度化に貢献したい,と三木氏は抱負を語った.

 

5.おわりに

 お伺いした3件のテーマは,いずれも私たちの生活に新しい価値を提供する素晴らしいものであり,まさしく「EMPOWERING DIGITAL WORKPLACES」であり,持続社会実現に寄与するものであると実感した.中には,今の段階では企業秘密ということで,材料組成,効果発生のメカニズム,デバイスとしての特性など開示頂けない諸点もあったが,基本的な構成とその効果,それを活用したアプリケーションが示された.総てのテーマについて説明者が言っておられるように,「お客様と協業する,つまりお客様のお持ちの技術と今回の提案をハイブリッドすることにより,お客様に新しい価値を提供する」ことを願っている.これらが一つ一つ実って私たちの生活をより豊かにし,ひいては持続社会の実現を期待したい.

 

参考文献

[1] nano tech 2019 第18回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議,https://www.nanotechexpo.jp/2019/main/pdf/showreport_nanotech2019_j.pdf
[2] リコー,nano tech 2019出展,https://jp.ricoh.com/technology/exhibition/nanotech2019/report.html
[3] 2016年nano tech大賞(リコー取材記事),「ヘルスケア,グリーン,ナノファブリケーションの分野における新技術領域の開拓」,NanotechJapan Bulletin Vol. 9, No. 2 (2016),https://www.nanonet.go.jp/ntjb_pdf/nanoInnov-44.pdf
[4] 富士経済:「リチウムイオン二次電池市場の調査」,http://www.group.fuji-keizai.co.jp/press/pdf/190130_19007.pdf
[5] リコーHP,http://www.ricoh.co.jp/
[6] リコー ニュースリリース(2019.01.29),「世界初,インクジェット技術による二次電池の新たな製造技術を開発」,https://jp.ricoh.com/release/2019/0129_1.html
[7] Nano Insight Japan(2019.01.29),「インクジェットによる二次電池のデジタル印刷を実現 オフィスプリンティングから"機能する印刷"へ」,https://www.nanotechexpo.jp/2019/main/nano_insight_japan/190129_ricoh.html
[8] リコー ニュースリリース(2015.05.18),「柔軟性と高出力を両立する「発電ゴム」の開発に成功」,https://jp.ricoh.com/release/2015/0518_1.html
[9] リコー,ナノテク2016出展(発電ゴム),https://jp.ricoh.com/-/Media/Ricoh/Sites/jp_ricoh/technology/exhibition/nanotech/pdf/green04.pdf
[10] リコー,ナノテク2017出展(発電ゴム),https://jp.ricoh.com/-/Media/Ricoh/Sites/jp_ricoh/Technology/exhibition/nanotech2017/pdf/industry3_01.pdf
[11] リコー ニュースリリース(2018.09.04),"組込み利用可能な小型レーザー3D スキャナを開発 ~小型・軽量ながら高精度を実現~",https://jp.ricoh.com/release/2018/0904_1.html
[12] リコー HP, "3Dビジョンセンサー産業用ステレオカメラ",https://industry.ricoh.com/fa_camera_lens/sv-m-s1/
[13] 吉澤徹 編著,「光三次元計測」,朝倉書店,ISBN:978-4-254-20129-1 C3050 (2006)
[14] リコー ニュースリリース(2018.11.07)「レーザースキャン方式車載ヘッドアップディスプレイ(HUD)用 プロジェクションユニットを開発」, https://jp.ricoh.com/release/2018/1107_1.html
[15] リコー HP(技術紹介),「40チャンネル面発光型半導体レーザーアレイ素子(VCSEL)」, https://jp.ricoh.com/technology/tech/038_vcsel.html
[16] 黒田和男,「レーザースペックルノイズ」,レーザー研究, 39巻 第 6号, pp.390~394 (2011.6),https://www.jstage.jst.go.jp/article/lsj/39/6/39_390/_pdf

 本文中の図表は,全て株式会社リコーより提供されたものである.

 

(真辺 俊勝,尾島 正啓)

 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です.