NanotechJapan Bulletin

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<第68回>
米国において地球科学・環境問題に挑戦するナノテクノロジー
バージニア工科大学 村山 光宏氏に聞く

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下水処理場の汚泥から見つかった硫化銀ナノ粒子を示す村山氏

 

 酸化鉄などのナノ粒子は,太古以来凝集して鉱物となり,鉱物から成る岩石は風化してナノ粒子に戻り,一部は黄砂やPM2.5などの成分となって生活環境に影響を与える.米国には,このような地球科学や環境問題に特化したナノテクノロジーのプラットフォームが設けられ,日本人研究者の村山 光宏氏がセンター長を務める.村山氏が,第17回ナノテクノロジー総合シンポジウム(JAPAN NANO 2019)の講演[1]に来られる機会をとらえ,地球科学・環境問題に挑戦するナノテクノロジー研究のお話を伺った.村山氏は,物質・材料研究機構(NIMS)において主に透過電子顕微鏡法を用いた材料の微細構造解析を超鉄鋼プロジェクトなどで行ったのち,新たな課題への挑戦に向け研究拠点を米国に移した.現在は,バージニア工科大学 材料科学工学科教授;バージニア工科大学 国立地球・環境ナノテクノロジーセンター センター長である:Professor of Materials Science and Engineering,Virginia Polytechnic Institute and State University;the Director of Virginia Tech National Center for Earth and Environmental Nanotechnology Infrastructure(NanoEarth).

 

1.ナノマテリアル・ナノ粒子の地球・環境への影響 [2][3]

1.1 地球システムにおけるナノ粒子生成

 地球の外殻は主に岩石から成り,岩石はナノ鉱物粒子が高温・高圧下で塊となって形成されたとも考えられる.特に地表付近では,岩石の風化や活火山からの噴出物,岩塩を含む海水のしぶきといった自然現象によって生み出されたナノ鉱物粒子(mineral nanoparticle)および鉱物ナノ粒子(nanomineral,少なくとも一つの次元の寸法が数十nm以下),バクテリアなどが有機金属を取り込んだり金属イオンを酸化することで形成される生物由来のナノ鉱物粒子とともに長期間ナノ粒子形状を保ちやすく,地圏〜水圏〜気圏を循環している.ナノ鉱物粒子は,例えば,図1のような形で構成される.酸化第二鉄単量体(図1左上)は,鉄第2イオン(Fe3+)の周りに八面体配置で6個の酸素(O),その外にそれぞれ2つの水素(H)が配置されている.これが重合した3量体と共に数層積み上げて,直径1~5nmの赤鉄鉱(ヘマタイトα-Fe2O3)ナノ粒子の多面体が出来上がる(図1中央).図1右上は,アフリカ ナビビアで採取された赤鉄鉱ナノ粒子の高分解能透過電子顕微鏡(HRTEM)像,図1右中は米国Montana州の酸性鉱物排水中から得られた3nm,5nmの赤鉄鉱結晶の透過電子顕微鏡(TEM)像,図1右下はマクロな赤鉄鉱鉱物の写真である.

 

図1 赤鉄鉱(ヘマタイトα-Fe2O3)の構造とサイズモデル [1]

 

 このような鉱物ナノ粒子は,大気,海洋,地下水,地表水,土壌,生物器官の内外にまで広く分布し,地球上で起こる多くの物理的,化学的,生物学的プロセスに影響を与える.例えば,地震や地滑りによって生じた断層から採取した岩石を電子顕微鏡観察したところ,10〜20nmのナノ粒子化した鉱物が変形中に生成され,これが変形機構に関与している可能性が高い,という報告があり[4],これは従来から深発地震発生のメカニズムにナノ粒子化した鉱物が関与している可能性が指摘されていることと含め,ナノ地球科学が巨視的な現象の理解に必須であることを示している.

 海水中の植物プランクトン類は,大気中のCO2量に影響を与えるが,これらの成長は海水に溶け込んだ有機・無機複合物質に含まれる鉄をどれだけ利用できるかに支配される.海洋中に溶解した鉄の多くは,鉄のコロイドとナノ粒子(<0.4μm)から成る.限外ろ過膜法によりコロイド鉄のサイズは20〜25nmと見積もられていたが,電子顕微鏡観察から2〜20nmのナノ粒子がより高い濃度で存在することがわかった.さらに,HRTEM観察と電子エネルギー損失分光(EELS)分析の併用によって,氷河や河川沈渣の中に,直径5〜20nmの鉄水酸化物が有意量含まれていることが突き止められた.採集した種々の天然試料の分析を行う一方,実験室において,酸化鉄ナノ粒子は光還元されて水に溶け,植物プランクトンに浸透吸収されて,その成長を助けることが確かめられた.

 

1.2 ナノ粒子の移動による環境問題

 鉱物ナノ粒子・ナノ鉱物粒子は,地球の表面近くにある有害金属を含む各種元素が,岩石,土壌,水,空気,生体を通して移動するのを助ける.例えば,米国Montana州西部のClark Fork River流域には約500kmに渡り汚染の深刻な廃棄物処理施設跡地(superfund site)が広がっている.鉛,ヒ素,銅,亜鉛等の重金属が,従来存在が知られていなかった結晶性Mnオキシ水酸化物ナノ鉱物(Mn3+OOH)に取り込まれた形でこの流域を数100kmに渡り移動していることが,実際に河川から採取した水中に含まれるナノ粒子を電子顕微鏡観察した結果,明らかとなった.図2は,赤鉄鉱鉱物ナノ粒子(A)が,水中のMn2+を触媒酸化してMn3+OOHを生成させ(B,C),Mn3+OOHが有害金属元素を取り込んで流域(D)を移動するモデルであり,ナノスケールで生じる移動過程をよく説明している.

 

図2 ナノ鉱物粒子を担体とした有害金属元素の河川における輸送モデル[1]

 

 類似の例として,地下にある放射性核種や他の有害金属元素は基本的には安定で長距離輸送されないとされているが,ロシアのMayakにある核廃棄物再処理施設ではプルトニウム(Pu)が地下水系を通して数km移動していたことが明らかとなった.この場合は,地下水の中の15nm以下の赤色酸化鉄(ferric iron oxide)ナノ粒子が,Puの主なキャリアとなっていた.

 大気中においてもナノ粒子が関与する長距離移動が生じている.波のしぶきから水分が蒸発することによって生成した,岩塩(NaCl)や含水硫化物(hydrous sulfate)ナノ粒子は水を吸い込み,ナノ粒子が水の凝結核となって生成した水滴は成長して雲となる.生成した水滴の大きさと密度は大気の太陽光散乱能と雲の寿命を定め,地球の平均温度に影響するとともに大気の移動に伴うナノ粒子の長距離移動を促進する.例えば,NaClナノ粒子による水滴の生成はナノ粒子のサイズに依存し,比較的大きいナノ粒子(>40nm)が雲の凝結核になると見られている.

 

1.3 ナノテクノロジーで地球システムの課題に挑む

 鉱物ナノ粒子またはナノ鉱物粒子の環境との化学的相互作用は,ナノ粒子のサイズや比表面積によって変わると一般に考えられており,これを示唆する様々な実験結果が得られている.水性Mn2+の酸化において,7nmの赤鉄鉱ナノ結晶は,37nmの赤鉄鉱ナノ結晶より1〜2桁速い触媒作用を示し,水や土壌中の重金属イオン吸着に重要な酸化マンガンを急速形成させた.また,表面積5×64nm2の褐鉄鉱(α-FeOOH)のハイドロキノン還元性溶解反応は22×367nm2の褐鉄鉱に比べて2倍速かった.さらに,7nmの赤鉄鉱は,25nm,88nmのものと比べ,水性Cu2+の吸着親和性が増した.金属無毒化細菌のシェワネラ・オネイデンシスによる赤鉄鉱の還元速度は11nmナノ粒子に比べ99nmでは一桁速かった.しかし,サイズによって鉱物ナノ粒子の化学的相互作用がなぜどのように変わるかの明確な指針はまだない.

 このように,地球科学や環境科学には,ナノスケールで観察し,解析しないとわからないことが多くあることが明らかになってきた.1980年代までは地球科学分野においてもX線や電子顕微鏡を使った結晶構造解析が盛んに行われた.例えば,石灰岩がどんな構造を持っていて,どう変形していくかなどを研究する結晶鉱物学が隆盛であった.しかしその後,日米ともに地球科学系学科で,結晶構造解析の専門家が徐々に引退するとともに分野が細分化され,基礎科目としての結晶構造解析を教える人が少なくなった.原子吸光分析などの化学的分析手法が新たに導入される一方で,1μm以下の微小領域を得意とする透過電子顕微鏡や先端走査電子顕微鏡といった材料工学や固体物理学では一般的なナノスケール解析手法を積極的に使った研究も少なくなった.このような流れに対して,バージニア工科大学(Virginia Tech)では他の学問分野で発展した解析手法を応用してナノの地球科学を進めようとしている.

 村山氏はNIMS在職中,アトムプローブ電界イオン顕微鏡法を用いてAl合金などの原子スケール構造・組成解析に携わり,その後,金属材料を変形したときの組織変化と力学特性の関係や,鉄鋼を中心とする構造材料の錆(腐食)や破壊の仕組みを理解するため電子顕微鏡法を研究手法の中心に据えた.「強度2倍,寿命2倍」かつ「リサイクルが可能な省合金元素」の鉄鋼材料の開発を目標とした,NIMSの「超鉄鋼プロジェクト」[5]に参加し,NIMS超鉄鋼センターで超鉄鋼の変形組織の解析を担当した[6].解析手法に熟達すると,テクニックとして,錆を見るのと,遷移金属の酸化物や酸水化物からなるナノ鉱物を見るのとはあまり変わらないことになる.超鉄鋼プロジェクトにおける海浜暴露した鉄の電子顕微鏡観察と地球科学における鉱物としてのアルミナシリケートの電子顕微鏡観察は,観察試料作製のノウハウを含めてあまり変わらない.そこで村山氏は,この2期6年にわたるプロジェクトが2006年に終了しNIMSでの研究が一区切りついたところで,これまで経験のない分野へ研究の幅を広げようと渡米し,Virginia Techのナノ地球科学の研究には2008年から参加した.

 

2.Virginia Tech NanoEarth [1]:地球科学や環境問題に特化したナノテクプラットフォーム

2.1 バージニア工科大学での研究

 バージニア工科大学(Virginia Polytechnic Institute and State University:Virginia Tech)は,1872年にアメリカ建国時における開拓の最前線に設立された大学で,バージニア州南西部の大学町Blacksburg(首都ワシントンの南西約400km)にある.設立の経緯から,陸海空軍の予備役将校訓練課程を持つ.農学部,工学部から始まり,農業および鉱業が盛んな地域であるため自然環境や地球科学と関連が深い.現在はさらに,人文学,商学,獣医学,自然資源学,理学,建築・都市学部等を有する総合大学となっている.2,600エーカー(10km2)の校地で,約3万人の学生を,1,400人の教員が指導する.Virginia Techは東海岸におけるアメリカンフットボールの強豪校の一つで,Blacksburgの人口は4万人強だが,大学には6万7千人を収容するフットボールのスタジアムがある.

 村山氏は,Virginia Tech材料科学工学科教授;NanoEarthセンター長に加えて,米国エネルギー省(DOE)のPacific Northwest National Laboratory(PNNL)のChief Scientistを併任している.PNNLは米国西部ワシントン州に立地する国立研究所で,核〜再生可能エネルギー,地球環境,社会基盤,生物,サイバーセキュリティなど,多岐にわたる研究開発を行っている.PNNLはNanoEarthの提携機関であり,他のDOE国立研究所と同様に施設の一部を外来研究者に開放しているが,併任することによりPNNLの特色ある解析施設を職員と同様に使え,また予算を含めPNNL研究者との共同研究プロジェクト参加が容易になる. 実際に,グループに所属する大学院生の一人は大学とPNNLを行き来してエネルギー・環境に関する共同研究を行っている.さらに,九州大学先導物質化学研究所の客員教授として日本国内での共同研究や後進の指導も行っている.大学外にも籍を持つことで,幅広い研究資源へのアクセスや人的交流が可能となり,国内外での共同研究がやりやすくなっていると共にセンターの認知度を高めている.その分,村山氏がNanoEarthの自席にいないことも多いと聞くが,NanoEarthにはAssistant Directorを初めとする有能な技術スタッフが利用者の窓口となり,装置を操作し,事務を統括し,予算管理や各種報告書作成を行うなどの日常業務のほとんどをディレクター不在でも行える体制が整っており,大きな支障はないようである.Assistant DirectorのMs. Tonya R PruittはJAPAN NANO 2019 Proceedings収録論文の共著者でもある.

 

2.2 バージニア工科大学ナノテクロジーセンターNanoEarthの設立

 バージニア工科大学 国立地球・環境ナノテクノロジーセンター:NanoEarth(Virginia Tech National Center for Earth and Environmental Nanotechnology Infrastructure)は,NSF(合衆国国立科学財団:U.S. National Science Foundation)が運営する国立ナノテクノロジー共用基盤:NNCI(National Nanotechnology Coordinated Infrastructure)における地球および環境科学・技術に関係するナノサイエンス/ナノテクノロジー研究を支援するネットワークサイトとして,2015年9月に設立された(図3).地球および環境科学・技術の研究対象は,局所,地域,そして地球規模にまたがる,地圏,気圏,水圏,生物圏である.新たなサイトの設立により,地球科学や,気候変動の科学と技術を含む遠大かつ喫緊の環境問題の課題解決にナノテクノロジーを応用する能力が高められると期待されている.

 

図3 全米に広がるNNCIのサイト(NanoEarthの所在地を楕円で示す)

 

 NNCIは,前身のNNIN(National Nanotechnology Infrastructure Network,2004〜2015)を引き継いだナノテクインフラのネットワークで,最初の5年間は8,100万ドル(90億円)の予算規模で全国的な研究支援を行う.米国のナノテクインフラネットワークは,NSFがCornell大学など数機関の小規模な組織で始めて以来,40余年の歴史を持ち,10年ごとに名称と組織が若干変わっている.NNCIの概要については,とりまとめ機関(Coordination Office)の置かれたGeorgia Institute of TechnologyのOliver Brand氏が,JAPAN NANO 2018で紹介している[7].NNCIの中でNanoEarthは,地球および環境科学・工学の領域に特化した多少風変わりなサイトである.

 NNCIには,参画機関で構成される16のサイトがあり,米国全土に配置されている.このうち,NanoEarth以外の15のサイトはそのほとんどが2〜3の大学・機関で構成され,伝統的なナノテクインフラネットワークの流れである微細加工と微細構造解析を支援する中〜大規模なクリーンルームを持つ.複数のサイトで同じような装置・設備を提供し,使用される材料や設計によって利用するサイトを選べるようにすることで,プロトタイピングの効率化を目指している.これに対し,NanoEarthはバージニア工科大学単一の機関で構成されるサイトで,クリーンルーム,微細加工施設(ナノファブ)を持っていない.実はNNCIの前身であるNNINに対して,地球科学関連の部局からも費用負担がなされていたのにも関わらず地球科学関連の研究者にとって使いやすいものではなく分野の発展に寄与していない,という声があったのに応えて設置されたという経緯も無視できない.例えば,NanoEarthには地球・環境科学に関する化学合成や分離を行う実験設備があるが,半導体やフォトニクスに関連した微細加工は支援しない.ナノファブを持たないので,NNCIの設立当初は他のサイトからネットワークへの寄与を疑問視する声があったが,設立の狙いであった地球・環境科学への支援が着実に成果を上げていることから,現在ではNSFからもネットワークの他機関からも高い評価を得ている.NNCIには環境科学や地球科学分野の研究が活発なDuke大学やMontana州立大学が参加したサイトもあるのだが,NanoEarthが行っているような先端構造解析手法による基礎研究目的での利用は少ない.例えばMontana州立大学はYellow Stone国立公園の北にあり,微生物による鉄鋼材料の腐食研究などで知られているが,伝統的に近郊の鉱山関係の中小企業に対する支援業務が多い.また,これらの大学がバージニア工科大学と共同で一つのセンターを運営するには地理的にも離れすぎている.こういった事情も絡んで,Duke大学やCornell大学に比べると規模の小さいバージニア工科大学が単独でNNCI中最小のサイトを運営している.

 

2.3 NanoEarthの施設と運用 [8]

 NanoEarthは,併せて21,300ft2(2,000m2)の2つの施設,Nanoscale Characterization and Fabrication Lab(NCFL),VT Center for Sustainable Nanotechnology(VTSuN)に,電子線・X線等の測定装置,ナノ合成・試料作成,バイオ培養・反応,エアロゾル・水圏・土壌等の環境に合わせた試料合成設備,現場での試料採取道具,などの装置類を備えている(図4).測定評価装置には,3台の透過電子顕微鏡(TEM),2台の走査電子顕微鏡(SEM),集束イオンビーム(FIB),二次イオン質量分光(SIMS),X線光電子分光(XPS),ラマン分光(Raman/AFM),3台の原子間力顕微鏡(AFM),紫外・可視・近赤外分光(UV-Vis-NIR),比表面積(BET),動的光散乱(DLS),限外ろ過膜(ultrafiltration)がある.さらに,PNNLのEML(Experimental Molecular Scientific Laboratory)とは,連携施設(Partner Facilities)の一つとして提携し,NanoEarthの利用設備を拡充している.PNNL-EMSLは,質量分析,顕微測定,分光・回折,分子化学理論,核磁気・常磁性共鳴(NMR/EPR),表層流,細胞分離・解析などのサービスを提供しており,NanoEarthを通じて利用申し込みを行うと申請課題の審査期間が短縮される特典がある.

 

図4 バージニア工科大学におけるNanoEarthの施設:
(左上)NCFL,(左下)VTSuN,(右)透過電子顕微鏡(FEI Titan 80-300)

 

 NanoEarthはNSFが支援するサービスセンターである.つまり,所有設備を利用した研究の申請に対して,技術スタッフは設備をどのように活用して技術的に正しい結果を得るかを利用者と共に検討する.国立研究所に代表される多くの共用施設は,利用者が研究計画を立て利用申請を行い,研究内容の学術的価値について審査を受けて合格することが設備利用の必須条件である.これに対しNanoEarthでは研究内容の学術的価値についての審査はせず,持っている設備で申請書に示された内容が技術的に行い得るかだけが審査基準である.従って利用申請のほとんどが受理されており,予算やスタッフの許す限り産官学を問わず外来研究者に対する研究支援を行う.例えば,環境中にあるナノ物質が環境全体にどう影響するか調べる目的で,洪水直後の川の水を汲んで存在するナノ粒子を調べたいが,装置課金を支払う予算やセンターを訪れる旅費がない,という申請者に対してセンターは費用を補助し,訪れた学生を指導してデータのまとめまでサポートすることもある.利用者が結果を基に予算取得に成功したら,次回からの利用には費用負担を求めるが,地球・環境科学では研究課題あたりに交付される外部資金が平均的に少ないこともあり,現在までのところセンター利用の90%になんらかの補助を出している.初回の試行とか,装置利用のトレーニングだけを無料にしているセンターはあるが,NanoEarthのような規模で費用補助を行っているところは他にない.さらにユニークな点として,利用者に対する援助は学術論文を発表できるレベルの研究に留まらない.米国の高等教育機関に特徴的なものの一つにCommunity Collegeがある.Community Collegeの就学は2〜4年だが学士の学位認定は行わない.このCommunity Collegeでは先端解析装置を利用できるような研究費を学生が行う卒業研究のために得ることなど想像もできない話であるため,このような予算のないグループでもセンターを利用できるよう,MUNI(NanoEarth's Multicultural and Underrepresented Nanoscience Initiative)と名付けたマイノリティ(Underrepresented)および地球・環境科学ナノサイエンス研究において先端設備利用経験の無いグループを補助する制度を設けている.

 

2.4 NanoEarthの利用状況

 NanoEarthが始まってから3年間のユーザは,24の大学とカレッジ,5つの政府機関,5つの海外機関,14の大企業,18の中小企業となった.大学にはDuke大学,Montana州立大学,政府機関にはNASA Jet Propulsion Laboratory,海外機関には北京大学,東京農工大学,Cambridge大学,大企業にはChevron Philips(有機化学材料),Harris(通信・宇宙・エレクトロニクス)などが含まれている.利用者にとっては,自分の研究領域の言葉が通じ,研究の価値をそのまま理解してくれる人の方が仕事を頼みやすい.そのためか,Duke大学のようにNNCIのサイトになっているところや,材料系で有名な研究機関からも地球・環境科学系の課題を持った研究者が利用に訪れる.これは例えば,設備を持っているサイトの専門分野が半導体工学だと,排水の中に入っているナノ粒子を調べたいと言っても試料準備やデータ取得手順がわからないと言われたり,データは取れても有意な解析ができなかったり,また見慣れない対称性の低い鉱物の結晶の同定作業に極めて多くの時間を要したりと双方にとってハードルが高くなってしまうことがよく生じるためと考えられる.

 利用者を専門(discipline)で分類し,JAPAN NANO 2018で報告されたNNCIにおけるユーザ分布[7]とNanoEarthにおける利用者分布[1]を表1で比較した.NanoEarthにおける地球科学の割合はNNCI全体平均の7倍になっている.ただし,分類システム上の理由から多くの環境科学系の課題が化学または材料工学と分類されており,環境科学を合わせた実際の比率はさらに高いと考えられる.

 

表1 NanoEarthのユーザ分布

 

3.天然・人工のナノ粒子をナノテクノロジーでとらえ,地球システムへの影響を探る

 これまでに述べたサービスセンターとしての役割に加えて,NanoEarthはその学術目標の一つとして,天然,偶発的発生,人工のナノマテリアル間の相互作用,その地球システムへの影響を理解することを挙げている.このような包括的理解を目指す研究が積極的に行われるようになったのは,最近20年間くらいのことであり,例として次のような研究が挙げられる.

 

3.1 赤鉄鉱(ヘマタイト)の構造から成因を探る [1]

 鉱物ナノ粒子である,30nmの赤鉄鉱(ヘマタイト:α-Fe2O3)粒子を電子線トモグラフィーで見た.100枚以上の透過電子顕微鏡像を基に,数学的アルゴリズムを用いて写真(二次元投影像)から三次元画像を再構成し描画する.この三次元像はNanoEarthのホームページにナノ粒子が回転する動画で示してある [8].図5に示すように三次元像から,粒子内部に緑色で示す密度の低いところ(空隙)が存在することが明らかとなり,まだ数学的な制約から表面形状の原子レベルでの再構成は困難である一方で,約3nm幅の凹みが生じていることが明瞭に観察できる.この空隙や表面の凹凸が何故できたか,これが地表上で起こっている鉱物の成長とどう関わっているかを地球化学の観点から検討した.その結果,図1のように,水中でナノ粒子が集合・合体するとともに組成が変化して定型を持ったナノサイズの鉱物粒子へと成長してゆくモデルを提唱するに至った.

 

図5 ヘマタイトのTEM三次元画像

 

3.2 地熱塩水からのナノ粒子析出 [1]

 地熱発電には地熱塩水や熱水鉱床が使われる.通常地熱塩水は汲み上げて発電に使ったのち地下に戻すが,これを常温常圧に戻すと塩水中に溶解している種々の元素が結晶化しナノ粒子を形成する.この溶液を,原子分解能を持つ分析用透過電子顕微鏡で解析すると,アルミナ(Al2O3)ナノ粒子が冷却中に晶出しており,さらにそれらの粒子上に白い輝点が複数見られる.元素分析を行うとこれらの輝点はヒ素(As)であることが分かった.アルミナナノ粒子の上に2〜3原子程度のAs(二量体,三量体)が吸着しており,これはつまり鉱床の中に微量に存在していたAsがAl2O3鉱物ナノ粒子によって輸送される過程を捉えたと考えられる.仮にこの水が環境中に放出されたとすると,ヒ素が吸着した反応性の高いアルミナナノ粒子を取り除く有効な手段がない限り,ヒ素は他のナノ粒子と共に地表に留まりさらなる化学反応を引き起こすきっかけとなる.Al2O3ナノ粒子自体に生物毒性はないが,ナノ粒子が有毒元素のキャリアになっている一例といえる.

 

図6 地熱発電廃水中から晶出したAl2O3の上にAsを発見

 

3.3 市販製品に使用された抗菌用銀ナノ粒子の行方 [9]

 工業用に生産されたナノ粒子が使用後に環境中に放出された場合どのような振る舞いを見せるかを調べるため,実際の下水処理施設から汚泥を採取し,そこに何が存在するかを調べた.結果として下水処理場の汚泥中から,大きさ数十nmの硫化銀ナノ粒子が比較的高密度で見つかった.汚泥を乾かして有機物を除き,透過電子顕微鏡用試料として調製した後,試料中の様々なナノ粒子の形態と結晶構造,および化学組成を同定した.楕円体状で大きさ5~20nmのAg2Sナノ結晶が数個,有機物の膜に包まれ緩く凝集している(図7左).どれも基本的にはα-Ag2Sと同定された(図7右)が,硫化銀ナノ粒子の中にはAgとSの比が1に近いものがあり,硫黄リッチの環境で硫化が生じたとみられる.Agナノ粒子は,近年,抗菌スプレーや靴下などの防臭・抗菌に広く用いられている.天然に純銀の金属ナノ粒子は存在しないため,市販品に使われたAgナノ粒子が洗濯排水などの水流に混ざって水処理場に運ばれ,沈降層のような硫黄リッチの環境下で硫化銀になったと考えられる.排水処理プロセスがAgナノ粒子とそこから生まれるAgイオンの変換過程に影響しているとみられる.断熱材など建築用途に使用されたアスベストの飛散,吸引による肺の傷害が問題になっているが,アスベストの粒子は20~300nmの大きさで肺にとどまる.一方で10nm以下のナノ粒子は血管や植物の細胞壁内にまで入り込む.汚泥は有機物に富んでいるため肥料の原料とされることがあり,この肥料で育った野菜を通しての食物連鎖や大気中への飛散によってAg2Sナノ粒子が人体に入り込む可能性がある.この2010年に発表された論文は,実際の下水処理施設からの汚泥にナノスケール解析手法を適用した初めての例であり,現在までに500回以上引用されている.

 

図7 下水処理場汚泥中に見つかったAg2Sナノ粒子:
(左)透過電子顕微鏡写真,(右)エネルギー分散X線分光スペクトルによる粒子中の元素同定結果

 

3.4 石炭のエネルギー利用で発生した燃焼灰の追跡 [1][10]

 2014年,バージニア州のダン川(Dan River)流域において,82,000トンという大量の石炭燃焼灰の流入事故があり,河川と周辺環境の除染に295M$以上の経費を要した.川が見た目には綺麗になっても,流入した石炭燃焼灰の多くは取り除けないまま環境中に残っている.石炭燃焼は火力発電や暖房エネルギーの目的で今でも世界的に行われており,シリカを主成分とする砂,燃え残りの炭素,様々な不純物金属およびその化合物を含むので,残った灰の長期にわたる生態系への影響が懸念される.この石炭灰をナノスケール解析手法によって分析したところ,元々不純物として含まれているTiから稀に生成される非化学量論的酸化物TixO2x-1(4≦x≦9)が大量に見つかった(図8).光触媒にもなるTiO2と反対にTixO2x-1は負の光学活性を持つため,生物の体内に取り込まれた段階で触媒活性を示す可能性が高い.天然には酸素欠損を持つTi酸化物は存在しないため,TixO2x-1の環境中での分布は石炭燃焼に伴う固体塵の放出,移送を示していると考えられる.これは,経済活動に伴って副産物として生成されたナノ粒子が,経済活動が生活環境に及ぼす影響を調べるためのマーカーとして有意であることを示す興味深い例である.

 

図8 石炭灰から見つかった非化学量論的化合物TixO2x-1の同定:
(左)電子顕微鏡写真,(中)□の部分の拡大,(右)○の電子線回折像)

 

3.5 地震活動に関連する岩石の変形過程とその機構 [1][11]

 地震には地殻中の岩石の変形が伴う.つまり,岩石の変形過程を観察し,その機構を理解することで,地震活動のメカニズムの理解を深めることができる.堆積岩の代表例である石灰岩はカルサイト(方解石)と粘土の複合物のため,岩石中に脆い硬質相と変形しやすい軟質相が混在している.外力の印加によって鉱物の結晶に双晶や転位が発生し,またマイクロボイドやクラックが成長して遂には岩石の破壊に至る.この現象は,例えば硬質,軟質,介在物の複相からなる,構造用の鉄鋼材料における破壊のメカニズムと本質的には同等と考えられる.また,地表付近に存在する岩石は多少なりとも風化されているため,実際の岩石を用いて,変形中に物理的.機械的性質にどんな変化が起こっているかを知ることは,メカニズムの理解に欠かせない.このような観点から,電子顕微鏡下で岩石の変形をナノスケールで観察することを目指して,専用のその場変形観察ホルダーを開発するなど,九州大学との学際的国際共同研究が進められている(図9).

 

図9 変形・風化した岩石の分析(石灰岩中の方解石):
(上)石灰岩の微細構造,(下)電子顕微鏡ホルダーと破壊クラック進展のその場観察

 

おわりに

 ナノマテリアルは,天然に存在し,地球活動で生まれ,人工的に作られ,大気圏,水圏,地球上・地殻内を移動して,人類の生活環境を含む地球システムに影響を与える.鉄鋼等の工学的対象の微細構造解析を経験して得た基礎的知見を基に,村山氏は,地球・環境科学のナノテクノロジーという比較的新しい研究分野に研究対象と研究拠点を移した.米国のナノテクノロジープラットフォームに微細加工を持たない新たなタイプのサイトを設立するための主導的役割を担い,工学系で蓄積された微細構造解析技術をもとに,地球科学系の課題解決への挑戦に向け,地球・環境科学のためのナノテクノロジー研究を支援・推進してきた.地球科学の一分野である鉱物学では伝統的に「鉱物は天然に存在する結晶性物質で,一義的な化学組成,特定の物理的,化学的性質を持つ」とされてきたが,近年のナノスケールでの観察から,少なくとも物理的,化学的性質は大きさに強く依存することがわかり,伝統的な学問分野における新たな展開が現実的となってきた.ナノスケールの科学が,巨大な地球の仕組みを解明し,環境問題への対応を可能にすることが期待される.

 

参考文献

[1] M. Murayama, M. F. Hochella, Jr., and T. R. Pruitt, “Emerging understanding of anthropogenic and natural nanoparticle impacts on Earth systems –a new paradigm for earth science–” 「人為的及び自然ナノ粒子の地球システムへの影響の新しい理解〜地球科学における新たなパラダイム〜」,第17回ナノテクノロジー総合シンポジウム JAPAN NANO 2019 Proceedings, pp. 58-66 (February 01, 2019)
[2] Michael F. Hochella Jr., Steven K. Lower, Patricia A. Maurice, R. Lee Penn, Nita Sahai, Donald L. Sparks, and Benjamin S. Twining, “Nanominerals, Mineral Nanoparticles, and Earth Systems”, Science, 21 Mar 2008: Vol. 319, Issue 5870, pp. 1631-1635
[3] Michael F. Hochella Jr., David W. Mogk, James Ranville, Irving C. Allen, George W. Luther, Linsey C. Marr, B. Peter McGrail, Mitsu Murayama, Nikolla P. Qafoku, Kevin M. Rosso, Nita Sahai, Paul A. Schroeder, Peter Vikesland, Paul Westerhoff, and Yi Yang, “Natural, incidental, and engineered nanomaterials and their impacts on the Earth system”, Science, 29 March 2019: Vol. 363, Issue 6434, eaau8299
[4] H. W. Green II & P. C. Burnley, “A new self-organizing mechanism for deep-focus earthquakes”, Nature, Vol. 341, pp. 733–737 (1989)
[5] 長井 寿,「超鉄鋼の開発について−その現状と将来展望」,Engineering. No. 113, pp. 8-10 (2007年1月) https://www.nims.go.jp/smc-5/image/top/engineering113.pdf
[6] 村山 光宏,J. M. Howe,飛鷹 秀幸,高木 節雄,「メカニカルミリング法により強ひずみ加工された鉄粉末材の組織解析」,まてりあ, 第42巻 第12号,p. 877 (2003)
[7] Oliver Brand, 「米国ナノテクノロジー共用施設ネットワーク, NNCI」 / "National Nanotechnology Coordinated Infrastructure : an NSF - funded Nanotechnology Lab Network in the United States",JAPAN NANO 2018, Session 2(February 16, 2018)
[8] Virginia Tech National Center for Earth and Environmental Nanotechnology Infrastructure (NanoEarth)  https://www.nanoearth.ictas.vt.edu
[9] Bojeong Kim, Chee-Sung Park, Mitsuhiro Murayama, and Michael F. Hochella Jr., “Discovery and Characterization of Silver Sulfide Nanoparticles in Final Sewage Sludge Products”, Environmental. Science & Technology, Vol. 44, No. 19, pp 7509–7514 (2010)
[10] Yi Yang, Bo Chen, James Hower, Michael Schindler, Christopher Winkler, Jessica Brandt, Richard Di Giulio, Jianping Ge, Min Liu, Yuhao Fu, Lijun Zhang, Yuru Chen, Shashank Priya, and  Michael F. Hochella Jr., “Discovery and ramifications of incidental Magnéli phase generation and release from industrial coal-burning”, Nature Communications, Vol. 8, Article number: 194 (2017); https://doi.org/10.1038/s41467-017-00276-2
[11] K. Sato, H. Miyazaki, T. Gondo, S. Miyazaki, M. Murayama, and S. Hata, “Development of a novel straining holder for transmission electron microscopy compatible with single tilt-axis electron tomography”, Microscopy, Vol. 64, Issue 5, October 2015, pp. 369–375

(図はすべて村山氏から提供された)

 

(古寺 博)

 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です.