NanotechJapan Bulletin

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<第69回>
自己修復性ポリマーゲル“ウィザードゲル”の開発
~切れても再生する高靭性・高伸縮性・耐乾燥性を持つタフでスマートな素材~

ユシロ化学工業株式会社 神奈川テクニカルセンター 研究本部 押本 康成氏,高橋 宏明氏,高橋 和也氏に聞く

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左から,高橋 宏明氏,高橋 和也氏,押本 康成氏

 

 資源,環境保全,インフラ老朽化対策,医療器具の信頼性,コスト等の観点から,損傷を受けても自己修復する材料への期待が高まっている[1].自動車のクリヤコートやスマートホンの保護フィルム等の塗料に実用化され効果をあげている[2][3]が,これらは小さな凹み傷が塗料用材料自身の持つ弾性力で回復するものであり,切断傷には無力である.これに対し,今回,凹み傷が再生する上に更に切断されても修復する素材が,「nano tech 2019 第18回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」に出展され[4],注目を浴び,ナノテク大賞 産学連携賞を受賞した[5].大阪大学大学院理学研究科 原田 明特任教授(常勤)(現所属:産業科学研究所)らの研究グループで生まれたシーズ技術[6]をもとに,同グループとユシロ化学工業株式会社が共同で開発・商品化した「ウィザードゲル」[7]である.受賞理由は,「大阪大学大学院理学研究科のシーズ技術を基に,切れても再生する自己修復性ポリマーゲルを開発した.高靱性,高伸縮性,耐乾燥性な「タフな材料」でもあり,産学連携で生み出したことを賞す.」である.

 そこでこの魔法のような特性を持つ素材を取材するため,ユシロ化学工業株式会社 神奈川テクニカルセンター(神奈川県高座郡寒川町)を訪問し,開発に携わられた研究本部 研究開発部 主席 押本 康成(おしもと やすなり)氏,研究本部 研究開発部 新規事業グループ グループリーダー 高橋 宏明(たかはし ひろあき)氏,研究本部 研究開発部 新規事業グループ 主任 高橋 和也(たかはし かずや)氏からお話を伺った.

 

1.ユシロ化学工業の概要 [8]

1.1 創業から今日まで

 ユシロ化学工業株式会社は,創業者の森本貫一氏により,油・脂・蝋の精製加工を目的として,1944年大阪市に設立された.社名は,原料の油()・脂()・蝋(ウ)の頭文字をとりユシロ化学工業と命名され,カタカナの社名「ユシロ」は当時の社会に新鮮な感覚を与えたようである.以来,企業理念「共々の道」(相互信頼を土台に顧客と連携し社会のニーズに応えて行く)のもと,金属加工油の生産・販売を続け,『ユシロ=潤滑油剤メーカ』と言われるまでに成長発展してきた.2019年3月期現在,資本金4,249百万円,売上高351億円(国内179億円,海外172億円.年々海外比率が伸びている),従業員1,034名,国内に10営業所,2研究所,2工場,海外に子会社13社を構えるグローバル企業である.

 

1.2 事業内容の現状と新規事業の立ち上げ

 現在の取り扱い製品は,金属加工油剤(切削油剤,塑性加工油剤,圧延油剤,引き抜き油剤,プレス油剤,ダイカスト離型剤,錆止め油剤,洗浄剤等)に加え,ビルメンテナンス製品(フロアメンテナンス用ワックス,剥離溶剤,洗浄剤,メンテナンス用機器等)である.金属加工油剤事業で主とする顧客は,自動車メーカやその部品メーカ各社をはじめとし金属加工に関連した業態の企業である.一方,ビルメンテナンス事業においては,量販店等を対象としたビルメンテナンス会社を主軸に,鉄道や航空関連業界の企業である.

 金属加工油剤が売り上げの95%を占める(内切削油剤が65%であり,国内シェアトップ,グローバルには4位).ビルメンテナンス製品の売り上げ比率は5%である.

 売り上げの大半を占める切削油剤は自動車エンジンの加工用である.社会の趨勢として,自動車のEV(電気自動車)化が進み,エンジン部品が減少し,その加工量が1/2になると予想され,自動車産業に依存しない新事業の立ち上げが必須と捉え,約6年前に社長命で若手中心に新事業の提案を募った.200件ほどが集まった.その中の一つが,以下に紹介する本稿の主題である自己修復性ポリマーゲル“ウィザードゲル”である.

 

2.自己修復性ポリマーゲル“ウィザードゲル”の開発

2.1 大阪大学のシーズ技術との出会い

 提案者は高橋宏明氏である.高橋氏は金属加工が専門であるが,将来必要とされる素材として政府も企業も取り上げている自己治癒・自己修復機能を持つインテリジェント素材に関心を持っていた.自動車の給油パイプや医療器具の薬剤輸送管に穴が開いて修復されないまま使っていたら事故を引き起こすだろう.このような時の2013年10月,自己修復材に関する有料セミナー(講師:大阪大学大学院理学研究科 原田明特任教授(常勤)(現所属:産業科学研究所))があることを知り,これに参加した.内容は,原田明特任教授(常勤)らの研究グループで見出された,有機高分子の側鎖に凹の形状をした官能基(原子団)と凸の形状をした官能基を導入し,この凹凸が結合したり離れたりすることにより “切断されても切断面を接触させるだけで元のように修復するポリマーゲル”[6][9]の紹介であった.“探し求めていたものは,これだ!”と高橋氏は確信したそうである.そこで,セミナー終了後即座に,原田氏のもとへ行き,「この技術についてもっと教えて頂きたい.つきましては上司と共に先生の所へお伺いしたいのですが---」と申し出た.原田氏は気さくな方で,若者の勢いに乗って下さり,お許しを得た.この時,上司の許諾は得ておらず,また得られるかどうかも定かではなかったが,このチャンスを逃してはとの思いで突き進んだそうである.その後,話は順調に進み,正式に産学連携の共同研究がスタートした.

 大学のシーズ技術を,実用化するために欠けているものは何か,それを付与するにはどうすればよいか等々の検討を始めた.それらがまとまり,製品化のためのプロトタイプも出来上がり,特許出願(大学と共願)も済ませ,商品名をウィザードゲルと命名し,サンプルを,共同研究を始めて半年後の2015年10月の神奈川県産業技術総合研究所の展示会を始めあちこちの展示会に出展した.はじめは誰も見向きもしてくれなかったが,2016年6月の医療機器展に出展して注目されはじめた.切れても再生するという自己修復の価値観がだんだんと浸透しだした手応えを覚えたとのことである.そして,2018年6月より,ウィザードゲルの素となる3種混合型の製品「ウィザードパック」[7]の販売を開始した. nano tech 2019への出展は,販売開始後最初の大きな展示会であり,来場者に1,800部ものカタログをもらって頂き,商談レベルでユーザと話し合いができ大変有益であったとのことである.

 ここに至るまでの経緯を,以下に紹介する.

 

2.2 シーズ技術の内容

1)大阪大学大学院理学研究科 原田明特任教授(常勤)(現所属:産業科学研究所)らの研究グループのシーズ技術 [10]

 大阪大学大学院理学研究科 原田明特任教授(常勤)(現所属:産業科学研究所)らの研究グループでは,シクロデキストリン(図1)註1)について長く研究を続けており,このものの持つ特異な特性を利用してタフなポリマーであるポリロタキサンの合成やまたそれから分子チューブを創製している.さらにはシクロデキストリンの穴のあいた立体構造を使ってこれをホストとしこれにすっぽり入る分子例えばフェロセンやアダマンタン(図2)註2)をゲストとするホスト-ゲスト相互作用の研究をし,これを利用し自己修復材料の創製を行っている[11][12].これらの内の一つがβ-CDにぴったりとおさまるアダマンタンとのペアであり,本稿で取り上げるシーズ技術である[9][12].

註1)シクロデキストリン(Cyclodextrin,CD):グルコピラノース(Glucopyranose)単位から成るα-1,4結合によって繋がった環状オリゴ糖である.1分子中に含まれるグルコピラノース単位の数によりα-CD(6量体),β-CD(7量体),γ-CD(8量体)がある.環状の内側は疎水性,外側は親水性である.

 

図1 シクロデキストリンの構造と性質 [10]

 

註2)アダマンタン(adamantane Ad)C10H1610個の炭素がダイヤモンドの構造と同様に配置されている,かご型の分子である.融点は270℃.各炭素の結合角がsp3炭素の本来の角度(約109.5度)を成しているため全くひずみのない構造で,このため極めて安定である.対称性が高いため融点が高く,長らく炭化水素の高融点記録を保持していた.

 

図2 アダマンタンの構造 [13]

 

2)自己修復材料β-CD‐Adゲルの作製プロセス [12]

 β-CD をホスト分子としAdをゲスト分子とするホスト-ゲスト相互作用を用いる自己修復材料の作製方法を図3に示す.

①まず初めに,

・β-CD 修飾モノマー(アクリルアミドβ-CD---図3上段左辺のアクリルアミドにβ-CDが導入されているモノマー)と
・アダマンタン修飾モノマー(アダマンチルアクリルアミド---図3上段左辺のアクリルアミドにAdが導入されているモノマー)を
混合し反応させβ-CDとAdが結合した包接錯体を形成する(図3上段右辺).

②次いで,

・包接錯体と主鎖モノマー(アクリルアミド)の混合物(図3上段右辺)に
・重合開始剤(APS,TEMED)を加え,ラジカル共重合を行い,β-CD‐Adヒドロゲル(m, n)とする(図3下段).

 

図3 自己修復材料β-CD‐Adゲルの作製プロセス [12]

APS:過硫酸アンモニウム(ammonium peroxodisulfate:(NH4)2S2O8
TEMED:テトラメチルエチレンジアミン(tetramethylethylenediamine:(CH3)2NCH2CH2N(CH3)2
これら二つがアクリルアミドをポリアクリルアミドゲルとする重合・ゲル化反応開始剤

 

3)β-CD‐Adヒドロゲルの切断と自己修復のメカニズム

 このβ-CD‐Adヒドロゲルの切断と自己修復現象は下記のメカニズムで起る(図4,図5).

①合成されたβ-CD‐Adヒドロゲル(図4)は,β-CDの環内にAdが取り込まれて結合している(ホスト-ゲスト相互作用)(図5左),

②このゲルにナイフで外力を加えると,優先的に上記β-CDとAd結合が 解離・切断される.切断面には解離されたβ-CDとAdが生成する(図5中央).

③切断面を接触させると,特殊な装置や条件を必要とせずに,β-CDとAdは自ら再びホスト-ゲスト相互作用により結合し,数時間で接着面は見えなくなり,1日後にはゲル強度は元の85%にまで回復する(図5右).

④このため,β-CD‐Adヒドロゲルはどの場所に切断傷を負っても,また同じ場所が再度切断されても同様の原理が働き,自己修復することができる.

 

図4 β-CD‐Adヒドロゲルの分子構造

 

図5 自己修復の仕組み(ホスト-ゲスト相互作用)

 

4)シーズ技術の要改良点

 このシーズ技術を工業生産に適用し,商品として実用化するには,次の課題があった.

①ゲル作製に長時間(72時間)を要する

②自己修復に湿潤環境下で長時間(24時間)を要する

③ゲルが容易に乾き,固化し柔軟性が失われる

④乾燥したゲルは,ホスト基,ゲスト基の動きがほとんどなく,従って自己修復しない

⑤不透明である

 

5)問題点の解決とβ-CD‐Adヒドロゲルの商品化

 これらの問題を解決するための対策を,大阪大学大学院理学研究科 原田 明特任教授(常勤)(現所属:産業科学研究所)の研究グループとユシロ化学工業の産学連携チームで鋭意検討した.その中で最も大きな効果を発揮したのは,ゲルの溶媒である水を,水より沸点の高い別の溶剤に置換することであった.そして先述の諸問題点は次のように解決された.

①ゲル作製時間:~30分

②自己修復時間:~数分

③④ゲルの乾燥:乾燥せず,自己修復機能を保持

⑤不透明:透明化し着色も可能

 更に,このβ-CD‐Adヒドロゲルの諸特性を測定し,表1に示すような物理的,化学的,機械的特徴を有することが明らかになった.

 

表1 β-CD‐Adヒドロゲルの諸特性

 

 このようにして得られた“β-CD‐Adヒドロゲル”は,切断されても自己修復することに加え,表1に示すような予期せぬ優れた特性(次章に詳述)を持つことが明らかとなったことから,魔法のような特性を持つという意味を滲ませ自己修復性ポリマーゲル「ウィザードゲル」(Wizard Gel)と命名し商標登録も済ませた.そして,2018年6月よりウィザードゲルの素となる3種混合型の製品パッケージ「ウィザードパック」の販売を開始している.セミナーに参加し産学連携の研究開発をスタートしてから僅か3年余である.このように短期間に商品化出来たことに高橋宏明氏は,幸運の神が舞い降りて下さったような思いがしていると,喜びを語られた.

 次章に開発されたウィザードゲルとその諸特性を紹介する.

 

3.ウィザードゲルの特性

3.1 ウィザードゲルの構造と自己修復メカニズム

 これまで述べてきたように,ウィザードゲルは,大阪大学大学院理学研究科 原田明特任教授(常勤)(現所属:産業科学研究所)らの研究グループが見出したホスト-ゲスト相互作用を発現する新規なポリマーをシーズに,同グループとユシロ化学工業とが共同開発したものである.その構造および自己修復のメカニズムを改めて模式的に図6に示す.構造は,図6(a)に示すように,ポリマーにホストとなる凹状の側鎖およびゲストとなる凸状の側鎖を導入したものである.このような構造のポリマーゲルは,隣のポリマーとホスト-ゲスト相互作用を発現し(図6(b)),巨大分子量になりその結果ゲルとなる(図6(c)).このホスト-ゲスト相互作用はポリマー主鎖の結合より弱いので,外力が加わった個所ではホスト-ゲスト部分が選択的に解離(切断)する(図6(d)).その後切断面を接触させると再びホスト-ゲスト相互作用によって再生する(図6(e)).また,ゲルの表面にはホスト分子,ゲスト分子が無数に存在するので,切断面ではないゲル塊を接触させても接着する.

 

 

図6 ウィザードゲルの自己修復の仕組み(ホスト-ゲスト相互作用)

 

3.2 ウィザードゲルの諸特性

 ウィザードゲルは,

①何度切っても修復し元の強度に復帰する自己修復性に加え,

②カッターナイフも通しにくい高靭性,

③元の寸法の10倍近く伸び,再び元の寸法に戻る高伸縮性/形状記憶性,

④2トンの圧力を受けても壊れない耐圧力性,

⑤大気中に放置してもゲル状態を長く保持する耐乾燥性等を備えたタフな新素材である.また,

⑥外観は無色であるが染料で着色することが可能で,さらに様々な形状に成形することができる.

 以下これらの具体的内容を紹介する.

 

1)切れても再生 自己修復機能を実現

 ウィザードゲルは,切れても再生する自己修復性ポリマーゲルである.ウィザードゲルの大きな特徴は「切断傷を受けても再接触させることで傷が治る」(図7)というもので,今までにはない全く新しい材料である.しかも,同じ場所を何度切っても修復し元の強度に復帰する(図8左).図8左は,材料(10×10×40mm)を200mm/minで引張,破断した際の力を測定したもので,破断面を再接触させ,24時間後に再試験を実施,これを5回繰り返した結果を示したものである.元の強度に復帰している.図8右は,破断面を毎回変えたもののゲルの様子である.修復した個所の強度は完全に回復していた.

 

図7 切断傷を受けても再接触させることで傷が治る

 

図8 同じ場所での破断と再修復を5回繰り返した時の破断力(左)と異なる場所を切断・修復した試験後の破断個所

 

2)カッターナイフも通しにくい高靭性

 ウィザードゲルは,自己修復性の他にも多彩な機能を有している.カッターナイフの刃も通りにくい高い靭性もそのひとつである(図9).

 

図9 高靭性

 

3)元の寸法の10倍近く伸び,再び元の寸法に戻る高伸縮性/形状記憶性

 高い伸縮性と形状記憶性がある(図10左).切断・結合部も同様の高い伸縮性と形状記憶性を示す(600~1000%)(図10右)

 

図10 高伸縮性

 

4)2トンの圧力を受けても壊れない耐圧力性

 一般的なゲルは圧力を加えると破壊される(図11左)が,ウィザードゲルは2トンの圧力を受けても壊れない耐圧力性を示す(図11右)

 

図11 耐圧力性

 

5)大気中に放置してもゲル状態を長く保持する耐乾燥性

 一般的なヒドロゲルは大気中に数日放置すると乾燥し,強度や柔軟性が低下する(図12左)が,ウィザードゲルは室温下で6カ月以上保存しても乾燥せず元のゲル状態・特性を保つ.

 

図12 耐乾燥性(50℃,24h後の外観)

 

6)外観は無色であるが染料で着色することが可能で,さらに様々な形状に成型することができる

 ウィザードゲルは,好みの形に成型することが可能である.例えば,各種ブロック(図13左),シート,薄いフィルム(図13中央),立体模型(図13右)を作製することや,さらにあらかじめ色素を混合しておくことで,着色なども容易に行うことができる.切断面以外の面も接合するので,成型したものを接着することで,より複雑な形状を組み上げることも可能である.

 

図13 染色性と成型性

 

4.提供製品と想定用途例

4.1 提供製品

 ユシロ化学工業は,ユーザのアイディア,用途に応じてゲルを成型して頂くことが大切であると考え,ゲルの素となる3種混合型のパッケージ製品「ウィザードパック」(図14)を商品化し提供を始めている.「ウィザードパック」はゲル化させる前の水溶液であるので,現在使用の樹脂(例えば,ウレタン樹脂やエポキシ樹脂等)と置き換えて注型成型することで,同一形状のウィザードゲルを成型することが可能である.今の所,直接ゲル形状での販売は行わず,顧客に標準的処方を提供すると同時に,顧客と共に目的物形成に向け課題解決に努めるようにしている.

 ウィザードパックには重合方法により,熱重合タイプの「ウィザードパック熱」と,光(紫外線)重合タイプ「ウィザードパック光」の2品種がある(図14).それぞれユーザのラボ評価用を想定しており1パッケージ当たり400gのゲルが生成できる量である.本格的需要が出てくればより大きなスケールで提供するとのことである.

 

図14 ウィザードパック

 

1)ウィザードパック熱 混合タイプ

 ウィザードモノマーSMHとウィザードプラスSWをよく混合し,ウィザードプラスSKHを混合することでゲル化し,ウィザードゲルが完成する.23℃環境下では,硬化前の作業可能時間は3分~10分,標準硬化時間は10分~20分である(図15).バルク材,ブロック等の成形品作製に向く(図には長さ4cmの四角い棒状の成形品が示されている).

 

図15 ウィザードパック 熱によるウィザードゲルの作製

 

2)ウィザードパック光 UV照射タイプ

 ウィザードモノマーSMUにウィザードプラスPKUを溶解したあとに,ウィザードプラスSWを入れ,よく混合する.この溶液にUV(紫外線)を照射することによりウィザードゲルが完成する.推奨波長は365nm,標準硬化時間は1分~5分であるが照射強度や着色により硬化時間が変化する(図16).薄物作製に向く(図には5cm角のシートが例示されている).

 

図16 ウィザードパック 光によるウィザードゲルの作製

 

4.2 想定用途例

 ユシロ化学工業では,顧客にウィザードパックを提供し,顧客の望む用途品の開発を顧客と共に行うことを想定している.ここでは,ウィザードゲルの特徴を活かした用途の一例として医療研修用3次元モデルを紹介する(図17).手術や処置の手技トレーニングに使用する心臓や皮膚のモデル品は,切ったり針を刺したりすることで廃品となるが,ウィザードゲルを使用することで繰返し使用が可能となり,手技トレーニングの更なる普及に貢献できると考えている.また,ウィザードゲルは水も含有するポリマーであるため,人体に類似した質感を再現できることから現行モデルよりもリアリティに富む.加えて,着色が可能であり,CTスキャンなど3次元データと3Dプリンタの組合せで作製した金型を用いることで精巧なモデルを作製することが可能である.

 自己修復を望まれる用途はこれ以外にも何でもありで限定しない.切れても再生するという自己修復の価値を見だせるあらゆる分野で,思いもよらない使われ方を期待している.

 

図17 ウィザードゲルで作製した医療研修モデル(左:心臓,右:皮膚)

 

4.おわりに

 魔法のような特性を示すウィザードゲルを実際に見て触り,強烈な印象を受けた.また,産学連携による研究開発開始後短期間の内に,紹介したようなウィザードゲルを開発・商品化したことに深く感銘した.本開発はニーズ指向ではなくシーズ指向であったため,これをどのような所にどのように展開していくかが現在の最大の課題であるとのことである.そのためには,いろいろなニーズをお持もちの方々にまずこのウィザードゲルを知って頂くことが大切である. nano tech 2019はこのことに大変役立ったとユシロの関係者は喜んでおられた.ついては,本稿の読者の皆様方にも,本稿の内容を解りやすくまたウィザードゲルの持つポテンシャルを簡潔に紹介している下記URLからアクセスできる動画を是非見て関心を持って頂きたい.そして,「共々の道」の精神で我々の暮らしを向上させる応用展開の実現を期待している.

 

ウィザードゲル 動画:

https://www.youtube.com/watch?v=gwVULr54l5Y&feature=youtu.be

 

 なお,ウィザードゲルが開発された後,よく似た効用を謳う二つの研究成果が発表された.一つは,ウィザードゲルの生みの親でもある大阪大学大学院理学研究科 原田 明特任教授(常勤)(現所属:産業科学研究所)が中心となって内閣府が推進する「革新的研究開発推進プログラム(インパクト ImPACT:(Impulsing PAradigm Change through disruptive Technologies))」の中でなされた,ホスト-ゲスト相互作用に加えポリロタキサンを導入した『凹み傷も切り傷も自己修復できるコーティング材料を開発 ~車のコーティングから止血シートまで幅広い分野で製品化に繋がる可能性~』[14]である.今一つは,理化学研究所のHaobing Wangらが発表した研究成果『新しい機能性ポリマーの開発に成功 ~さまざまな環境で自己修復できる実用材料の開発に期待~』[15]である.ウィザードゲルとこれらの技術が市場で切磋琢磨し,その結果,自己修復材料が広く社会に普及・発展することを願っている.

 

参考文献

[1] 新谷紀雄(NIMS),「自己修復材料の研究開発の現状と今後期待される展開」,表面技術,Vol. 65, No.10, pp. 464-469(2014)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj/65/10/65_464/_pdf
[2] 中筋英樹(日産自動車),「自己修復機能を持つ自動車用塗装“スクラッチシールド”の開発」,表面技術,Vol.65, No.10, pp.480~483(2014)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj/65/10/65_480/_pdf
[3] 自己修復塗料「自己治癒®クリヤー」,http://www.natoco.co.jp/pop_up/selfheal.html
[4] ユシロ化学 ナノテク2019出展
http://nanotech2019.jcdbizmatch.jp/Info/nanotech/jp/ExhibitorDetail?val=iidcF0zuR0w
https://www.nanotechexpo.jp/2019/main/nano_insight_japan/190116_yushiro.html
[5] nano tech 2019 大賞,https://www.nanotechexpo.jp/2019/main/award2019.html
[6] Harada, A.; Kobayashi, R.; Takashima, Y.; Hashidzume, A.; Yamaguchi, H., Nature Chem. 2011, 3, 34-37(DOI : 10.1038/NCHEM.893)
[7] ウィザードゲル,https://www.yushiro.co.jp/pdf/newfield/wizardgel.pdf
[8] ユシロ化学HP,https://www.yushiro.co.jp/
[9] 原田明,他,「包接錯体,自己修復性及び形状記憶性を有するゲル」,特許第6239043号(原出願日2013.4.26)
[10] 大阪大学大学院理学研究科 原田グループHP
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/harada/jp/research/05-3.html
[11] Masaki Nakahata, Yoshinori Takashima, Hiroyasu Yamaguchi and Akira Harada, “Redox-responsive self-healing materials formed from hosut-guest polymers”, NATURE COMMUNICATIONS(DOI:10.1038/ncomms1521)
[12] Kakuta, T.; Takashima, Y.; Nakahata, M.; Otsubo, M.; Yamaguchi, H.; Harada, A., Adv. Mater. 2013, 25, 2849. (DOI : 10.1002/adma.201205321)
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/harada/jp/research/05-3.html
[13] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%B3
[14] Masaki Nakahata, Shoko Mori, Yoshinori Takashima, Hiroyasu Yamaguchi, and Akira Harada, “Self-Healing Materials Formed by Cross-Linked Polyrotaxanes with Reversible Bonds”, Chem Vlo. 1, Issue 5, pp. 766-775, doi: 10.1016/j.chempr.2016.09.013; Published: November 10, 2016
大阪大学/科学技術振興機構(JST)/内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当),「凹み傷も切り傷も自己修復できるコーティング材料を開発~車のコーティングから止血シートまで幅広い分野で製品化に繋がる可能性~」平成28年11月11日
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20161111/index.html
[15] Haobing Wang, Yang Yang, Masayoshi Nishiura, Yuji Higaki, Atsushi Takahara, Zhaomin Hou, "Synthesis of Self-Healing Polymers by Scandium-Catalysed Co-polymerization of Ethylene and Anisylpropylenes", Journal of the American Chemical Society, 2019, 141 (7), pp 3249–3257, DOI: 10.1021/jacs.8b13316; Publication Date (Web): February 6, 2019
理化学研究所,「新しい機能性ポリマーの開発に成功-さまざまな環境で自己修復できる実用材料の開発に期待-」(2019年2月)
http://www.riken.jp/pr/press/2019/20190207_2/

本文中の図1~3は、図中に表記した文献から引用した.その他の図表は総てユシロ化学工業株式会社から提供されたものである.

 

(真辺 俊勝)

 

 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です.