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<第7回>
調光ミラーガラス窓 ~ナノテクノロジーにより快適な省エネルギー住生活空間を求める~
産業技術総合研究所 サステナブルマテリアル研究部門 環境応答機能薄膜研究グループ グループ長 吉村 和記氏に聞く

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 温室効果ガス排出削減,低炭素社会,持続可能な成長に向けて,省エネルギーの努力が続けられている.産業界,運輸関係の省エネルギーに比べ,民生部門は遅れている.各個人が快適な生活を求めるため,省エネルギーは二の次になり勝ちである.生活の質を保ちつつ,生活者が意識せずに省エネルギーが行えるよう,調光ミラーガラス窓という世界にも例を見ない賢い窓(Smart window)の研究の成果が2013年1月30日?2月1日に東京ビッグサイトで開催のnano tech 2013 第12回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議に展示・紹介された.このユニークな研究の契機,開発経緯,開発成果,今後の展開等を伺うべく,産業技術総合研究所 サステナブルマテリアル研究部門 環境応答機能薄膜研究グループ グループ長 吉村 和記(よしむら かずき)氏を,名古屋市東北部,なごやサイエンスパーク内の産業技術総合研究所中部センターに訪ねた.

 

 

 

 

 

 

1.研究の狙い—気づかぬうちに快適な省エネルギー生活

 サステナブルマテリアル研究部門は産業技術総合研究所の約50ある研究ユニットの一つで,2004年に中部センターに設立された.中部センターは主に材料分野における国際産業競争力の強化に寄与することを目的とした研究を行うと共に,地域の産学官連携の中核となる機能を果たしている.ミッションの一つは民生部門におけるCO2排出削減に役立つ材料,持続可能な社会に役立つ材料の開発である.

 産業部門のCO2排出量は1990年を100とした時,2008年には98まで下がっている.運輸部門のCO2排出量は一旦120まで増加したが2008年には114に下がった.これに対し,民生部門は増加を続け2008年には142にまでなった.民生部門は毎日の生活に関係し,不便な思いをするような手段はとりにくい.そこで,住宅や建物に使う新しい建築材料などを開発して,省エネルギーに伴って引き起される生活の不快感をなくすことを狙う.新しい材料に置換えることによって自然に,気づかぬうちに省エネルギーができるようになることを目指すのである.

 サステナブルマテリアル研究部門は省エネルギー型建築部材の開発のプロジェクトを組織し,省エネルギーに役立つ,住宅などに使う材料の開発として,調光ガラス,木質サッシ,調湿材料,保水材料の4つのテーマに取り組んでいる.木質サッシの開発では,アルミ合金の1/2000の熱伝導率の木材を用いて窓の断熱性を高める.調湿材料の開発では,室内の湿度を自動的に調整する働きを持つ壁材料を狙う.保水材料の開発では,廃棄されたセラミックスを保水・透水材料として再生させようとしている.調光ガラスの開発では,建物や住宅の冷暖房負荷や照明負荷が小さくなるように自動的にコントロールする窓ガラスの実現を目指す.吉村氏は,この調光ガラスの開発を行うグループのリーダーである.

2. 生活環境と光を調節する調光素子

 住宅からの熱の出入りは図1に示すように開口部の窓からが多く,夏の冷房時には70%を越える.窓ガラスの省エネルギー性能は断熱性を表わす熱貫流率(単位:W/m2K)と日射を遮る割合を示す日射熱取得係数の2つで評価される.冷暖房負荷は横軸に熱貫流率,縦軸に日射熱取得係数を採った図の等高線で表わされ,冷房負荷等高線は横に寝ているのに対し,暖房負荷等高線は縦に立っている(図2).従って,冷房負荷を下げるには日射熱取得係数を下げるのが有効だから,日射を遮る窓ガラスを狙う.ブラインドやカーテンで遮ることもできるが,窓の内側にあるために,吸収された熱が室内側に再放射されてしまう.より効率的に日射を遮るため,ガラスで日射を自動的に遮る,Smart windowに向けた調光ガラスが求められる.

 省エネルギー用窓ガラスには複層ガラス(ペアガラス)など高断熱ガラス,熱線反射ガラスのようにガラスの性質は変えない静的制御によるものと,調光ガラスのようにガラスの性質そのものを変える動的制御によるものとがある.

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図1 住宅における熱の出入り (住宅・建築省エネルギー機構パンフレット「次世代省エネルギー基準」より)



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図2 窓ガラスの省エネルギー性能 (提供:産総研)

 

 調光ガラスに用いられる材料(クロモジェニック材料)には,電気的にスイッチングするエレクトロクロミック,温度によって変化するサーモクロミック,周りの雰囲気(ガス)で変化するガスクロミック材料がある.この中では電気的に調光するエレクトロクロミックガラスの研究が最も進んでいる.エレクトロクロミック(EC)素子は,透明ガラスに透明電極(ITOなど),EC材料(WO3など),電解質,透明電極を重ねて作る.図3のように2つの電極に印加する電圧の極性により,透明と着色の2つの状態をスイッチングする.電圧印加により,薄膜中の水素イオンが移動し,透明なWO3が水素化して青いHxWO3に変るのを利用している.一方,図4のガスクロミックではペアガラス板の一方にWO3と触媒膜を重ね,空隙に水素を導入して水素化により着色し,酸素を導入して脱水素化により透明にする.可視光の透過率は約70%から約10%に変わる.

 

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図3 エレクトロクロミック素子の動作 (提供:産総研)


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図4 ガスクロミック素子の動作 (提供:産総研)

 

 ECガラスは,ボーイング787型航空機ドリームライナーの客室の窓に採用された.787型機の客室の窓にはシャッター(シェード)がない.エレクトロクロミックガラスを使っていて,窓枠の下のボタンを押すことにより,透明から濃い青に色が変わる.航空機への適用は多くの人の目に触れるからインパクトが大きい.アメリカでは日射を遮るのに建物用のエレクトロクロミックガラスを使い始め,国が補助して100?200のビルに導入された.問題は高価なことで10万円/m2もする.また,エレクトロクロミックでは,サイズが大きくなる程スイッチングが遅くなり,航空機の窓のサイズだと30秒で変るが,メートルサイズの窓だと10分もかかってしまう.

 これらのEC材料では,調光層で太陽光を吸収することで光を遮っているために,日射熱取得係数をあまり小さくすることができない.つまり,吸収した光は熱に変わり,熱平衡状態では吸っただけの熱が再放出されてしまうからである.吸収された熱は窓ガラスの両側に放出されるが,その割合は風で決まる.風がなければ内外半々だが,標準的な気象状態とされる風速3m/sの風が外で吹いていたら,1/3が室内,2/3が室外に放出される.図5に示すように入射光の80%が吸収,10%が反射され,10%が透過するとすれば,透過10%に吸収の1/3を加えて,室内に入る熱は入射光エネルギーの約40%になり,これ以上遮ることができない.もし,吸収ではなく,反射で遮光できたら,室内に入るエネルギーは少なくなる.つまり,透明から鏡に変えられる材料があれば,日射熱取得係数をもっと下げられるが,透明と鏡の間でスイッチングをする材料は最近まで知られていなかった.

 

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図5 吸収型と反射型調光 (提供:産総研)

3.調光ミラーの発見 -光吸収型から反射型調光へ

 可逆的に,透明から鏡に変る材料の発見は偶然行われた.1996年,Nature誌にオランダ アムステルダム自由大学(Vrije Universiteit Amsterdam, the Netherland)の超伝導の研究室が透明と鏡状態をスイッチできる材料を見つけたという論文が掲載され[1],Nature誌の表紙を飾った.希土類のLa(ランタン)やY(イットリウム)の200nmの膜に10nmのPd(パラジウム)膜を重ねたものである.作った時は金属光沢で鏡になっている.この材料を水素ガスに曝すと,Pdの触媒作用により,LaやYの水素化物ができて透明になる.水素化してできる金属状のYH2,LaH2がそれぞれさらに,絶縁体的なYH3,LaH3になるという金属-絶縁体転移(metal-insulator transition)が起り,透明な絶縁体になる.透明になったものを空気に曝すと,水素を放出して水ができ,金属状態のYH2,LaH2に戻って鏡面になる.論文はイットリウムハイドライドが鏡から黄色の透明な窓に変るといった応用が見つかるのではないかと指摘している.この現象は周囲の雰囲気によるスイッチングで,ガスクロミックと呼ぶ.

 この発見は偶然の産物だったと言う.太陽と同様に,惑星の木星は水素の塊だが,高温高圧水素が超伝導になるという説があった.超伝導を研究していたアムステルダム自由大学のGriessen教授らは,この説を実験で確かめようとした.ガスを直接高温高圧にするのは難しいので,水素を吸い易い金属に吸蔵させた状態で高温高圧にして,その振舞いを調べようとした.そこで水素吸蔵合金にもなるYを用いた.内部を覗ける装置で実験していたところ,金属光沢をしたYの膜は装置に水素を導入すると見えなくなってしまった.ところが,真空装置を開けてみたら,鏡に戻っていたと言う.空気に触れることで金属状態に戻ったものだった.

 吉村氏は,もともと吸収型の調光ガラスの研究をしていたが,炎天下に駐車した自動車の窓などは,なんとか鏡状態にできないだろうかと思っていた.この調光ミラー薄膜のことを知った時,これを用いれば,反射型の調光ガラスが実現できるのではないかと考え,2001年から調光ミラー薄膜を用いたガラスの研究を始めた.日本におけるこの種の研究は初めてだった.そこで,"Switchable Mirror"という英語に対して,「調光ミラー」という日本語をあてた.しかし,その頃までに知られていた調光ミラー薄膜は,水素化で透明になるといっても透過率は低く,また濃い黄色に着色していて,このままで用いることはできず,新しい材料の開発が必要だった.

4.調光ミラーへの挑戦

 初期の調光ミラーの開発状況は応用物理誌に紹介されている[2].吉村氏は,マグネシウム・ニッケル合金をベースにした調光ミラー薄膜が,建物に用いる調光ガラスとして適していると考え,この系の材料開発を行った.薄膜を作成する方法には,様々な方法があるが,大型ガラスへの成膜には,大面積でも均一な膜が作製できるスパッタ法が適しているため,マグネトロンスパッタ装置を用いて薄膜作成を行った.Mg,Ni,Pdの三つの金属ターゲットを装着した三極マグネトロンスパッタ装置で,約40nmのMg-Niと約5nmのPdを被着して,調光ミラー膜の作製を試みた.Mg-NiはMg2NiとMgの合金でMgとNiの組成比を変えられる.

 産総研で開発したMg-Ni薄膜の光学特性(図6)は鏡面時の可視光反射率が60%を越え,透明時の可視光透過率は50%と,それまで報告されていた材料と比べて大きく改善された.調光のメカニズムは金属状Mg2NiとMgの水素化による透明化,酸素導入による脱水素化・金属状復元である.

Mg2Ni(金属)+ 2H2 → Mg2NiH4(透明)  ⇔  Mg2Ni + 2H2O ← Mg2NiH4 + O2 
2Mg(金属)+ H2 → MgH2(透明)  ⇔  2Mg + 2H2O ← 2MgH2 + O2 

 

 この調光ミラー薄膜は,窓ガラスにコーティングした場合,横方向にはメートルサイズに広がっているが,ガラスに垂直な方向には数十ナノメーターの厚さしかなく,しかも、そのスイッチング特性は,Pd層とMg-Ni層の間の2nm程度の界面をどのように形成するかで決まる.その意味で,この調光ミラー薄膜もナノテクノロジーで制御された材料といえる.

 

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図6 Mg-Ni薄膜の光学スペクトル (提供:産総研)

 

 実際の調光ガラス窓として使用する際には,ペアガラスの一方の内面に,Mg2NiとPd触媒を被着し,ガスの流入口,排出口を設け,ペアガラス周辺を封止して作る(図7).Arガスに希釈した4%の水素,または酸素を,封止したペアガラスの空隙に注入して調光を行う.水素を入れて鏡から透明にするのに,3cm角なら2秒くらいで変る.透明から鏡に空気を入れて変えるのには2分くらいかかる.0.8m×1.2mの実サイズ調光ミラーガラス窓を作製して省エネルギー性能の試験を行った(図8).

 

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図7 調光ミラー窓の構造 (提供:産総研)


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図8 実サイズ調光ミラー窓ガラス (提供:産総研)

 

 ガスによるスイッチングでは大きなものを作り易く,1.2m×1.8mの大きなガススイッチ調光ミラーを作り,建物に付けて省エネルギー性能を評価した.サステナブルマテリアル研究部門は建物に使う省エネルギー材料を研究しているので,省エネルギー性能を実測する専用の部屋を用意している(図9).同じ大きさの窓,エアコン付の縦・横・高さ各2.5mの部屋を4つ持ち,省エネルギー性能を直接実測できる.一つの部屋を透明ペアガラス,もう一つの部屋を調光ミラーガラスの窓にして,日射遮蔽効果を測定した.外側のガラスの内側の面に調光ミラーを取り付ける.透明ガラスの窓だと1065Whであった負荷が,調光ミラーガラスにすると720Whと34%低減されることを確かめている(図10).

 

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図9 冷房負荷の実測 (提供:産総研)


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図10 冷房負荷計測結果 (提供:産総研)

 

 このようなガスを用いたスイッチングでは,ガスの供給が必要となる.ガスを用いることが難しい時は電気的スイッチングを使わねばならない.この要求に対し,吉村氏のグループでは,全固体型調光ミラーを開発した[3](図11).

 ガスクロミックでは,調光ミラー薄膜が,水素ガスにより水素化され酸素ガスにより脱水素化されてスイッチングするが,薄膜中のプロトンを電気的に調光ミラー薄膜に出し入れすることで,スイッチングを行うのが,エレクトロクロミック方式の調光ミラーである.

 積層された薄膜だけでスイッチングできるようにしたのが,全固体型調光ミラーで,その構造は,図11に示したように,Mg-Ni/Pd/Ta2O5/HxWO3/ITOの5層をガラスに被着して作る.各層はそれぞれ調光ミラー層,触媒層,固体電解質層,イオン貯蔵層,透明導電膜の役割を持つ.エレクトロクロミック素子のWO3は透過・吸収のスイッチング機能を担うが,水素イオンの移動で鏡状態と透明状態を切替えるガスクロミックでは水素イオン貯蔵の役割を担う.+5Vを印加すると,HxWO3の水素イオンがTa2O5層を通り抜け,Pdの触媒作用でMg-Niをハイドライドに変え,透明になる.−5Vの印加でハイドライドの水素イオンがWO3に戻り,ハイドライドはMg-Niに復帰して鏡になる.

 

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図11 全固体型調光ミラー (提供:産総研)

5.ガスクロミック調光ミラーの課題

 ガスクロミック方式とエレクトロクロミック方式を比較すると,エレクトロクロミック方式は,電圧を印加するだけでスイッチングができるので,非常に使いやすいが,構造が複雑で高コストになってしまう.一方,ガスクロミック方式は,膜の構造が簡単で,大面積でも安価にできるが,スイッチングに水素ガスが必要で,安全面に対する不安がある.また,エレクトロクロミック方式のスイッチングでは,サイズが大きくなると,だんだんとスイッチングが遅くなるが,ガスクロミック方式では,メートルサイズの物でも,30秒程度でスイッチングを行うことができる.従って,エレクトロクロミック方式の調光ミラーは,デバイスのような比較的サイズの小さい応用分野に適しており,ガスクロミック方式の調光ミラーは,建物の窓ガラス等のサイズの大きな応用先に適していると思われる.

 ただ,ガスクロミック方式では,スイッチングにガスを用いるために,必ずペアガラスとして使用しなければならないという大きな制約がある.調光ミラーガラスは自動車に使用できれば,大きな効果があるが,自動車には単板ガラスしか使用できず,ガスクロミックガラスを用いることができなかった.

 また,ガスクロミックには,このペアガラスでないといけないという制約に加えて,スイッチング反復の耐久性に課題があった.調光ミラー薄膜では,Mgが段々と酸化していってしまうのが,劣化の主な原因だが,エレクトロクロミック調光ミラーでは,デバイスをスイッチングのために酸素にさらす必要がないので,Mgの酸化による劣化が小さいのに対して,ガスクロミック方式では,透明から鏡に変化させる時に薄膜を酸素に曝す必要があり,どうしてもMgが酸化して劣化が早く起こってしまうという欠点があった.

 そこで,研究グループでは,このガスクロミックの耐久性を向上させる研究を行い,その課題解決策を2012年9月に新聞発表した[4].調光ミラー材料として,これまで用いていたMg-Ni系の材料に代えて,Mg-Y系の材料を用いることにより,Mg-Ni系の100回の耐久性が1万回以上になった(図12).耐久試験で1万回達成と発表したが,その時点では劣化の徴候が見られない.1万回以上のスイッチング繰返しに耐えるということは,朝,鏡にし,夕方,透明にするとすれば1日1回の反復だから,30年以上の耐久性となる.

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図12 Mg-Y系調光ミラーの耐久性 (提供:産総研)

 

 Pd/Mg-Niの構造では4nmのPd膜が重要な役割を果たしている.Mg-Niの水素吸蔵は300℃の高温で起るが,Pdを触媒として使うことにより水素との反応温度を常温まで下げることができる.Pd膜のもう一つの役割は,酸化し易いMgの酸化防止膜である.ところが,Mg-Niの水素化,脱水素化を行うと,水素化のときにMg膜は膨れて,膜厚が30%増す.薄いPd膜は膨張収縮に耐えられず,Mgがむき出しになる.Mg-NiはMg2NiとMgの混合物で,それぞれの粒子が入り交じっている.Mg-Ni鏡状金属は水素化してMg2NiH4,MgH2となり,膨張して透明になる.戻すとMg2Ni,Mgになって,金属状となり収縮するので,膨張収縮を繰返す.これに対し,Mg-Yを用いると,蒸着時はMg,Yの金属光沢が現れ鏡になる.これを水素化するとMgはMgH2,金属状Yは金属状のYH2を経由して透明なYH3となる.ここで水素を抜くと,MgH2はMgに戻るが,YH3は中間のYH2に戻り,Yにまで戻らない.再び水素化するとYH2がYH3となり,YH2とYH3の間のスイッチングになる.この変化のため膨張収縮が少ない.また,Mg-Yは水素化したとき可視光の透過率が高い.Yだけでは水素化しても黄色で,黄色のガラスは好まれないが,Mgを混ぜると水素化したとき透明になる.MgとYの混合比はほぼ50対50.それぞれが粒子となって分散している.反応式は次のように変化する.

 

Y(金属)+H2 → YH2(金属),2YH2+H2 → 2YH3(透明) ⇔ 4YH2 + 2H2 O ← 4YH3+O2
2Mg(金属)+ H2 → MgH2(透明)  ⇔  2Mg + 2H2O ← 2MgH2 + O2
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2YH2(金属)+H2 → 2YH3(透明) ⇔ 4YH2 + 2H2 O ← 4YH3+O2
2Mg(金属)+ H2 → MgH2(透明)  ⇔  2Mg + 2H2O ← 2MgH2 + O2

6.雰囲気の水蒸気でスイッチする,薄型,大面積化可能な調光ミラーガラス

 Mg-Y系の材料を使用することで,ガスクロミックの欠点であった,エレクトロクロミックに対して耐久性が劣るという欠点が克服されたため,後は,実際の窓で使用できる,安全なスイッチング方式ができれば,ガスクロミックガラスを実用化できると考え,昨年度に実際的なスイッチング方式の開発を行った.

 ガスクロミックガラスのスイッチング方式に関しては,調光層にWO3を用いるガラスの研究がドイツで行われてきた.表面にPtでカバーしたWO3薄膜蒸着したガラスをペアガラスにして,その中をアルゴンガスで満たしておき,水の電解で作った水素または酸素をその中に導入してスイッチングを行うものである[5].実用化の一歩手前まで進展していたが,そこで止まっており,現在も商品化されていない.

 調光ミラーのスイッチングも基本的には同じ原理で行えるので,産総研においても,当初,図13(左)のような,調光ミラー薄膜を蒸着したペアガラスにアルゴンを充填し,水を電気分解して発生した水素と酸素を導入する方法を検討した.

 この構成のスペーサは5mmくらいが普通だが,この研究の過程において,スペースが狭い方が,水素を有効に使用することができ,また応答が速くなることに気が付いた.そこで,いっそスペースをなくしてガラスとガラスを密着させてガスを導入してみると,それでもスイッチングできることがわかった.つまり,スペーサを用いずにガラスと透明シートを密着させても,平均の厚みが0.1mm程度の隙間が自然に形成されるが,この小さな間隙にガスを導入しても,ムラなく可変できることを見出した.ただし,このような小さい空間にガスを入れると,スイッチングによって膜がダメージを受け,2-3回程度しかもたない.そこでガスクロミズムの反応を調べたところ,従来とは違う別反応のあることが分かり,微小な空間でも良好にスイッチングできる方式を新たに開発した.反応のメカニズムはまだ公開していないが,この新しいスイッチング方式により,至る所でシートとガラスが局所的に接触しているにもかかわらず,従来のガスクロミック調光ガラス同様のスイッチングが行えるようになった.

 これまで,ガスクロミック方式では,必ずペアガラスとして用いなければならにという制約があり,例えば,単板のガラスしか使うことのできない自動車に用いることができなかった.しかし,この新方式のように,狭い空間でスイッチングができるようになると,必ずペアガラスとして用いなければならないというガスクロミックの最も大きな制約がなくなり,図13右に示したように,調光ミラー薄膜を蒸着したシートをガラスに張るだけでスイッチングが行え,自動車などにも使用できる.また,ガラス上に直接成膜するのではなく,シートとしても使用できるようになった.

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図13 従来方式と新方式の構造 (提供:産総研)

 

 透明シートに調光薄膜を被着し,ガラスに押し付けると,0.1mmのすき間ができるので,隙間の下部に電気分解セルを設けて周辺を封止し,セルで発生したガスを入れる(図13右).ガラスにシートを貼付けて押し付けるだけででき,ペアガラスは不要になる.膜の下部に置いたリボン状の薄い高分子膜から成る電解セルに電圧印加し,水の電気分解を行って水素と酸素を発生させる.水素化,脱水素化で膜の電気抵抗が変るので,膜の電気抵抗率変化で反射率変化をモニタし,制御できる.

 また,この新方式を用いることで,安全性に対する懸念も払拭することができる.従来のガスクロミック方式では,例えば5mmのスペーサを用いた場合,1m角のペアガラスでは5?のスペースに水素を含むガスが入っていることになる.しかも,導入した水素のうち,スイッチングに用いられるのはわずかで,大部分が未反応の水素として中に残ってしまう.これに対して,新方式では,0.1mm程度の間隙で,その容量は100cc程度になり,体積が少ないのに加えて,この中に導入した水素は即座に膜に吸収されてしまって残らないことから,水素の危険性がほとんど無くなった.例えば,調光ミラー薄膜を透明に保つには1%の濃度の水素があればよいが,100ccの空間に1%の水素だから,この間隙内において,1ccの水素が1m四方に分散しており,その危険性はほとんど無い.

 さらに,従来のガスクロミック素子では,水素源として,電気分解に必要な液体の水を供給する必要があったが,新方式では,ごく少量の水素でスイッチングが行えるため,水素源として,空気中の水蒸気を用いることができる.例えば,温度30℃,湿度50%だと,空気中の水蒸気濃度は2%になるので,この水蒸気を電気分解して水素に変えると,スイッチングに適した濃度の水素が得られる.除湿素子と呼ばれる装置があり,目的は湿度を精密にコントロールすることにあるが,空気中の湿度を電気分解することで湿度をコントロールするので,一方からは水素が発生する.調光ミラー薄膜を蒸着したシートと透明シートを合わせ,下部にこの除湿素子を取り付けると,素子に3Vの電圧をかけるだけで,調光ミラーのスイッチングができるようになる.この調光ミラー素子は,方法としてはガスクロミックだが,ガスも水も必要とせず,エレクトロクロミック同様電気だけで制御できることから非常に使いやすい.

 スパッタで作る調光ガラスのコストは,スパッタ層数,装置使用時間・回数,成膜速度で決まる.エレクトロクロミック(先の全固体型)は酸化物を含む5層で合せて1μmの膜,ガスクロミックは50nmの金属2層膜をスパッタで付ける.金属の方が成膜速度は酸化物の5倍と速い.ガスクロミックはエレクトロクロミックのように水素注入のためスパッタ装置使用回数が増えることもない.厚さは1/20だから,ガスクロミックの成膜時間はエレクトロクロミックの1/100でよい.

 このようにして,新たに開発したガスクロミック方式により,反復スイッチングの耐久性,水素使用の危険性,ペアガラスというガスクロミック調光ミラーの課題を克服し,水素や水を使わず,雰囲気の水蒸気でスイッチする,薄型,大面積化可能な調光ミラーガラスが出来上がった(図14).「高断熱調光ミラーガラス窓」と題して,nano tech 2013 第12回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議に展示された[6].

 

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図14 水蒸気を用いるガスクロミック (提供:産総研)

7.今後の展開

 建築材のような大型のものへのスパッタ利用は珍しいものではない.ビルなどに使われている熱線反射ガラスは20nmの金属膜を大型ガラスに被着するのにスパッタが使われている.大型のスパッタ装置を用いると,3m程度の大型ガラスにも,均一な膜を蒸着することができる.連続製膜で調光ミラーを実用化する時にはフィルムにスパッタしたシートをロール・ツー・ロールで作って貼る形になるだろう.何種類かある調光ミラー薄膜材料の中では,今のところ,耐久性や光学特性の観点から,Mg-Y系が最も有望だが,実用化の時には耐候性なども考慮して別の材料が選ばれるかも知れない.

 日本では,Yもそれほどレアな金属ではない.例えば,Yを含む化合物が蛍光体としてテレビブラウン管やLEDに使われている.地殻存在度は重量比で33ppm,Cuの55ppmに近い.Yの厚さは40nmと薄い.Pdは高価だが,厚さ4nmだから10万円位する1m2のガラスでのPd材料費は70円くらいと,問題にならない.4nmの厚さは約10原子層で高解像度の電子顕微鏡で10個くらいの原子が重なっているのを見ることができる.スパッタのため膜厚は均一で,常温でスパッタでき,薄いから蒸着時間は短い.エレクトロクロミックはITOの電極パターンを作るため,マスクを重ね合わせることが必要になる.また,エレクトロクロミック方式では透明導電膜を必要とするが,電子がこの透明導電膜を通過する間に電圧降下が起こるため,サイズが大きくなると,スイッチングが遅くなってしまう.それに対して,ガスクロミック方式では,大きなサイズの物でも早くスイッチングできる.また,透明導電膜は近赤外光を反射するので,エレクトロクロミック方式では近赤外光のスイッチングができないが,ガスクロミック方式では,近赤外光に対しても透過状態と反射状態のスイッチングができる.ただし,ガスクロミック方式では,水素の発生器が必要で,また,ガスを扱うため封止は必要になり,小さなデバイスなどへの応用は難しい.

 調光ミラーガラス窓について,プレス発表やnano tech 2013の展示後,多数の企業から問合せがあり,どのように使うかのイメージが膨らみ,課題も明らかになって来ているという.建築材としては耐候性が問題になり,これから検討しなければならない課題の一つである.ガスの温度が上がると反応は速くなるが,それがどのように影響するかは明らかでない.調光ミラーに興味を持つ企業が多くなり,フイルムメーカなどとの共同研究が始まっている.建築する人,使う人など,目的や専門の異なる人が参加し,快適な省エネルギー生活を可能にする建築材料の開発が進み,生活の質の向上に役立つことを期待している.

8.おわりに

 日射を遮る手段を吸収から反射に転換し,エレクトロクロミックより低コスト,高速化が可能になったガスクロミックにおいても残っていた,二重ガラス,水素の危険性,鏡と透明状態の切替え耐久性という3つの課題を克服して新方式による調光ミラーガラス窓が出来上がった.商品化まで持っていくためには,なおいくつかの問題は残っており,耐候性などの評価も今後の課題となっている.一つのステップを上がったこの技術は多くの人の関心を呼び,共同開発により新たな課題を見つけ,解決して行こうとしている.新たな道を拓いた調光ミラーガラスは,自然体で省エネルギーしながら,快適な生活を続けられる持続可能な社会の到来に貢献することが期待されよう.

参考文献


[1] J. N. Huiberts, R. Griessen, J. H. Rector, R. J. Wijngaarden, J. P. Dekker, D. G. de Groot & N. J. Koeman, "Yttrium and lanthanum hydride films with switchable optical properties", Nature Vol. 380, No. 6571, pp. 231 - 234 (1996).
[2] 吉村和記,"省エネルギー特性に優れた調光ミラーガラスの創製",応用物理 Vol. 79,No. 7, pp. 628-632 (2010).
[3] 電気的に鏡状態と透明状態を切り替えられる調光ミラーフィルムを開発
  産総研プレスリリース2007年11月21日
  http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2007/pr20071121/pr20071121.html

[4] 調光ミラーの鏡状態と透明状態の切り替えに対する耐久性を飛躍的に向上
  産総研プレスリリース2012年9月20日
  http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2012/pr20120920/pr20120920.html

[5] V. Wittwer, M. Datz, J. Ell, A. Georg, W. Graf, G. Walze", Gasochromic windows", Solar Energy Materials & Solar Cells Vol. 84, No. 1-4, pp. 305-314 (2004).
[6] 新たなガスクロミック方式の調光ミラーシートを開発
  産総研プレスリリース2013年1月23日
  http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2013/pr20130123/pr20130123.html

(古寺 博)

 

  

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です. nanotech2014_banner.jpg