NanotechJapan Bulletin

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<第70回>
筆記具で培った分散・精密加工・カーボン技術により先進的なナノ材料を開発
三菱鉛筆株式会社 産業資材事業室 岡 篤氏に聞く

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三菱鉛筆株式会社 本社 展示室に立つ岡 篤氏

 

 2001年に始まる第2期科学技術基本計画がナノテクノロジー・材料分野を,「広範な分野に大きな波及効果を及ぼす基盤」と位置づけたのとほぼ同時に始まった,国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech展)は2019年に第18回となった.毎回400~500機関の出展があり,最新のナノテク技術が紹介される.その中から,10~20件の優れた展示にナノテク大賞が贈られる.nano tech 2019のnano tech大賞 日刊工業新聞社賞は,長い歴史を持つ著名な筆記具メーカーの三菱鉛筆株式会社に贈られた.受賞理由は,「長年のコア技術である鉛筆やシャープペン芯の製造技術をナノテクに応用,カーボン多孔体,カーボンセンサー材料など,先進的なナノ材料を見出した点を賞す.」であった[1].

 一方,NanotechJapan Bulletinのnano tech展開催報告は,この展示について「ボールペンインクのニーズから顔料を長期間安定して分散させる技術の開拓で,独自の超微粒子分散技術を開発しており,この技術を応用して,PTFE(ポリテトラフルオロエチレン:フッ化炭素樹脂,商品名テフロン)の分散体,(中略)更にシャープ芯・鉛筆芯技術より開発した高強度・高剛性のカーボン素材(PFC:Plastic formed carbon)等を展示した.」と記している[2].また,nano tech 2019のWEBサイトは「筆記具で培った技術で難分散材料の微分散に挑む三菱鉛筆」と題する記事で,展示内容を紹介した[3].

 筆記具で培われた技術は幅広い.筆記具で培ったコア技術である分散・精密加工・カーボン技術により,どのような先進的なナノ材料が開発されているかを伺うべく,東京都品川区東大井の三菱鉛筆株式会社 本社に,同社 産業資材事業室 課長代理 岡 篤(おか あつし)氏を訪ねた.

 

1.鉛筆を独自開発・創業して133年,三菱鉛筆は様々な筆記具を開発 [4]

 三菱鉛筆株式会社(以下,「三菱鉛筆」と記す.)の創業は1887年(明治22年)に遡る.創業者の真崎 仁六氏は明治維新の動乱期に英語を学び,貿易会社の技師長として1878年のパリ万国博覧会を訪れて,陳列された鉛筆に魅せられた.帰国後,本務の傍ら,鉛筆の芯,軸木材,製造機械の開発を進め,我が国初の鉛筆工業生産に成功して,真崎鉛筆製造所を設立した.三菱の称号,スリーダイヤのロゴは真崎家の家紋に由来するもので(図1),三菱重工などの三菱グループとは関係ない.ロゴの商標登録は三菱鉛筆が15年ほど早く,文具類のみ,同じ三菱マークを使用している.

 

図1 三菱鉛筆の商標とコーポレートブランド

 

 1901年には,逓信省(現 総務省)御用達として初めての国産鉛筆を納入し,品質向上,事業拡大を進め,1958年には高級鉛筆の代名詞となる「ユニ」を発売した.そのアルファベット表記の「uni」は企業全体のブランドマークとなっている.その後,製造・販売する筆記具の種類を増やし,1959年にはボールペンの製造を開始し,1961年にはシャープペンシル(当時の芯の太さ:0.7mm・0.9mm)を発売した.現在の事業は,鉛筆,シャープペンシル・シャープ替え芯,ボールペン,サインペンなどの筆記具事業,消しゴム,修正テープ,OA用品,文具セット,印章などの非筆記具事業であり,さらにこれらの商品の開発で培った技術で新事業を展開している.

 三菱鉛筆は,東京証券取引所一部に上場し,国内外の営業・製造拠点,製造関連会社とともにグループを形成する.2018年の売上高(連結)は625億円,従業員数は単体約600人,グループトータル約3,000人であった.売上の半分50.1%はボールペン,次に多いのがサインペン(蛍光ペンを含む)の17.5%,シャープペンシル14.3%,祖業の鉛筆関連は,鉛筆が7.2%と売上に占める割合は低くなっている.筆記具の他は,机上用品1.7%,OA機器0.8%で,その他が8.4%と大きな割合を占める(図2).その他の主なものは筆記具で培った技術を活かした化粧品のOEM(他社ブランド製品)である.2019年5月にパシフィコ横浜で開かれた第9回化粧品産業技術展にも出品している.国内/海外構成比は57.6%/42.4%である.

 

図2 三菱鉛筆の売上における主要製品および国内外構成比

 

2.筆記具の開発で培われたコア技術

2.1 炭素材加工技術・微細構造制御技術 ~鉛筆.シャープの芯の技術で培われた~

 鉛筆はカーボン(炭素)の芯を周囲の木材が支える構造である.カーボンを主成分とする芯は,グラファイト(黒鉛)と粘土で作られる.黒鉛は層状構造をしていて層間が滑りやすいため,筆記時の滑らかさを与える.この黒鉛と粘土をまぜる比率で,H(硬い)やB(軟らかい)などの鉛筆の硬度を制御する.中庸の硬度のHBは,黒鉛70,粘土30の配合比で得られる.三菱鉛筆は硬度10Bから10Hまでの鉛筆を供給している唯一のメーカーである.安定した所定硬度の鉛筆が作られるので,塗装の引っかき強度試験の日本工業規格(JIS)に鉛筆法が制定され,引っかき傷を作る鉛筆の硬度(4H,2Bなど)で塗装の強度を表している[5].

 鉛筆に用いる黒鉛の産地は,中国,ブラジル,スリランカなどで,粘土はドイツ産が多く使われる.鉛筆の芯の製造(図3)はまず,この黒鉛と粘土に水を加えて,粉砕し,よく混ぜて練り合わせることから始まる[6].つぎに練り合わせたものを押しつぶして直径10cm程度の丸棒にする.次いで,この丸棒を芯の太さに押し出して長さを切りそろえる.芯はまだ水を含んで軟らかい状態にあるので,乾燥機で乾かし,1,000~1,200℃の炉で焼成する.滑りを良くするために芯を熱い油に浸けて油を染みこませ,ゆっくり冷やす.一方,芯を包み込む木材を準備する.鉛筆用木材には,きめがこまかくて,ふしがなく,木目(もくめ)がまっすぐな木が必要で,三菱鉛筆では主に,アメリカ・カリフォルニア州のシエラ・ネバダ山中に育つヒノキの一種,インセンスシダーを使っている.この板に芯の太さに合わせた窪みを設け,窪みに接着剤を塗って,板2枚で芯を挟み貼り合わせる.その後,板の表面を鉛筆形状に合わせて六角形や円形に加工し,一本,一本に切断する.

 

図3 鉛筆の製造工程
(左)原料の混合,(中左)押出し・成形(中右)乾燥・焼成,(右)木材で芯を挟む

 

 シャープの芯は,鉛筆の芯と同様の工程で作られる.鉛筆の場合は,太さ2mm程度の芯を木材で挟むが,シャープペンシルの芯はシャープペンシルの軸で保持され,太さは0.9mmから,細いものは0.3mmになる.細くても筆圧に耐える強度が必要になり,粘土に代わって樹脂が練りこまれるようになった.細長い黒鉛粒子と炭化した樹脂粒子の方向が揃っているため折れにくい(図4).微細構造を制御してシャープの芯は作られている.

 

図4 シャープ芯におけるミクロ構造制御

 

 鉛筆やシャープの芯は,黒鉛の粉砕・混合・混練といったナノ材料加工技術に始まり,三菱鉛筆は炭素材料の配合や加工を研究し,芯の硬度や太さ・形状の自由度を拡げてきた.炭素材料に,用途に応じた機能性を付与し,プラスチックのように自在な成形も可能な炭素材加工技術が,三菱鉛筆の持つコア技術の一つとなった.その材料特性は高級シャープ芯で行われたようなミクロ構造制御技術でコントロールされる.

 

2.2 超微粒子分散技術・精密加工技術 ~ボールペンの製造・インクの高度化で培う~ [7]

 ボールペンはインクだめの軸の先端に取り付けられた微小なボールが回転することでボールに付いたインクが紙に写ることによって,文字が書ける筆記具である(図5).

 

図5 ボールペンの構造(左)と製造工程(右)

 

 ボールペン先端のチップは,インクの定量吐出や書き味向上のため,1/1,000mm(1μm)単位で加工される.難削材とされる,ステンレスに0.1mm以下の貫通穴開け加工をしてインクの通り道を作り,ボール受け部を塑性加工(カシメ加工)で作り上げる.ボールの真球度は1/10,000mm(100nm)以下の精度で精密に加工され,ボールとその保持部との間の隙間は1/1,000mm(1μm)以下に制御されている.ボールの大きさは0.28mm,0.38mm,0.5mm,0.7mm,0.8mm,1.0mmなどである.作られる商品は,一本100円程度で大量に販売されるから,この精密加工技術は生産性の高いものに磨き上げられている.

 ボールペンのインクは,溶剤・色素・添加剤などからできている.ボールペンは,色素や添加剤を溶かし込む溶剤が,「有機溶剤」の場合は「油性」,「水」の場合「水性」と区分される.初期のボールペンは,アルコール系溶剤に樹脂を加えた溶剤に染料を溶かした油性ボールペンだった.インクの粘度が高くインク漏れを避けやすいので初期の加工技術に適していた.しかし書き味がやや重く,ペン先にインクの溜まるボテの起こることがある.一方,水に濡れても滲んだりしない.これに対し,水に染料を溶かしたインクを使う水性ボールペンが作られ,書き味はなめらかになった.しかし,紙に浸透する染料は,紙が水に濡れると溶け出すから,耐水性は劣る.これに対し色素が粒子である顔料は耐光性や耐水性に優れるが,溶剤への分散が難しかった.放置しておくと沈降が起こるので長期安定性が課題となった.これに対し,三菱鉛筆は積極的に顔料の活用を進め,顔料をナノオーダーまで微細化する技術によって濃度を均一にし,インクの長期安定性を実現して,耐水性の良好な水性ボールペンを市場に提供した.この過程で,超微粒子分散技術というコア技術を取得したことになる[8].

 ボールペンの書きやすさにはインクの粘度が影響する.ゲルインクは力を加えると粘度が低下する.インク溜め内では粘度の高いゲル状のインクは,ペン先のボールが回転することで低い粘度に変化する.このため,ゲルインクボールペンは,軽い力で濃くはっきりとしたにじみにくい文字を書くことができる.インクの流動性をコントロールするレオロジー技術は,ボールペンやサインペンなど,筆記具に合わせてインクの粘度を調整し,書きやすさ・塗りやすさ・滲みにくさなどの使用感を向上させ,三菱鉛筆の重要なコア技術の一つとなった.

 

3.コア技術を基にナノテク技術・製品を展開

3.1 PTFE分散体 ~微粒子分散技術でテフロンを様々な溶媒に分散~ [9]

 ボールペンやサインペンで培われた微粒子分散技術により,PTFE分散体が開発された.PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)は,フッ素原子と炭素原子のみからなるフッ素樹脂(フッ化炭素樹脂)でテフロン(Teflon)の商品名で知られ,化学的に安定で耐熱性,耐薬品性に優れる.フライパンなどの調理器具表面のコート塗装などに多く使用される一方,電気絶縁材,断熱材,摺動材,高温腐食性流体を扱う化学機械の加工用素材として利用される.潤滑や撥水機能の向上を目的として他の合成樹脂・油脂などへの添加剤としても使われる.しかし,PTFE微粒子は,分散過程で受ける剪断力により繊維状に引き伸ばされてフィブリル化することが多かった(図6左).これに対し,三菱鉛筆はナノオーダーに分散(図6中)させても,フィブリル化しにくいPTFE分散体(図6右)の開発に成功した.

 

図6 PTFE分散体
(左)フィブリル化してしまう一般品,(中)開発品の粒径分布例,(右)フィブリルしにくい開発品

 

 三菱鉛筆のPTFE分散体は,メチルエチルケトン(Methyl ethyl ketone:MEK),N-メチル-2-ピロリドン(N-methyl-2-pyrrolidone:NMP),イソプロピルアルコール(Isopropyl alcohol:IPA),水など様々な溶媒を選ぶことができる.このため,溶剤を選んで,ポリイミド,ポリウレタン,エポキシなど様々な樹脂溶媒に混ぜることができ,混ぜた後で沈降しにくい.従来品に比べ,PTFEの凝集粒子が小さいので薄膜化でき,表面が平滑になる(図7).

 

図7 表面の平滑化 (左)平滑化の説明(フィルムの厚さ12.5μm),(右)表面のSEM写真

 

 PTFE分散体の応用の一つはフィルムコーティングである.各種フィルムのワニスやコーティング剤に混合することで恒久的な撥水・撥油効果が期待できる(図8).

 

図8 PTFE分散体塗布膜の恒久的な撥水・撥油効果

 

 また,PTFE分散体を塗料に混合すると摺動性が高まる.図9は200~300nmのPTFEをイソプロピルアルコール(IPA)に分散させた製品番号MPT-I4の分散体をアルコール系塗料に混ぜた例で添加量に応じて摩擦係数が低減している.

 

図9 PTFE分散体添加塗料の安定した摩擦係数低減

 

 さらにフレキシブルプリント基板(FPC)を作る場合,FPC材料であるポリイミド樹脂にPTFE分散体を混ぜると,ポリイミドフィルムの比誘電率,誘電損失(誘電正接,tan δ,Df)を低下させることができる(図10).

 

図10  PTFE分散体のFPC材料への応用

 

3.2 磁性粉体・炭化ケイ素の微粒子分散 ~超微粒子分散技術を無機材料に適用~

 コア技術の超微粒子分散技術は無機材料にも適用される.

 磁性粉体に微粒子分散技術を適用すると,凝集がほぐれて粒子径は10分の1以下になり,塗膜は緻密で(図11),光沢度は1.2%から11.4%に上がった.超微粒子化しても磁気特性に大きな変化はない[10].磁性粉体の微粒子分散はコーティング用途などに適用される.

 

図11 磁性粉体の微粒子分散 (左)粒度分布,(右)分散液とコーティング膜のSEM観察

 

 炭化ケイ素(SiC)はダイヤモンドに次ぐ高い硬度を持つことから,塗膜に含有させて硬さや耐摩耗性を向上できる優れた材料である.その一方,硬度や比重の大きさが微粒子化のハードルとなり,特に液中において粒子の安定化が難しいという問題を有している.三菱鉛筆では,こうした問題に独自の分散技術でアプローチし,100nmレベルの炭化ケイ素微粒子分散液の開発に成功した[11].この分散液は過酷な環境であるNiめっき液中においても高い安定性を示し,従来困難とされた「凝集のない均一な炭化ケイ素複合めっき」を実現した(図12).

 

図12 凝集のない均一な炭化ケイ素複合めっき

 

3.3 カーボン素材(PFC) ~カーボンで作るスプリングやスピーカー,超音波センサ~ [12]

 筆記具で培ったコア技術の炭素材加工技術から数々のカーボン製品が生まれる.シャープ芯・鉛筆芯の加工技術を基に開発したカーボン製品をPFC(Plastic formed carbon)と呼び,カーボンの特徴である電気伝導性・熱伝導性・耐熱性・耐食性・潤滑性・生体親和性・吸着活性などを有し,高強度・高剛性を特徴とする.鉛筆の芯のような緻密な材料だけでなく,任意の気孔サイズ・気孔率のカーボン多孔体も作ることもできる.

 成形品としては,カーボンロッド(ピン)やカーボンスプリングがある(図13左).カーボンロッドはステンレス鋼(SUS)に比べ塑性限界が高く高強度であり(図13右),摩擦でパーティクル(粉塵)が発生することはほとんどない.荷重300g,筆記速度50mm/s,筆記距離6mの摩擦試験において,冷間等方圧加圧(CIP)法による他社品が0.56mm摩耗するのにPFCの摩耗は0だった.カーボンスプリングは,高温度領域でもスプリング性を発現し,金属疲労が無く,電子部品の高温封止治具などに用いられる.

 

図13 PFC成形品 (左)カーボンスプリング (右)ステンレスとの曲げ強度比較

 

 また,カーボンの振動板においては,密度やヤング率を制御することにより媒体の音速は8,100m/sに達し,100kHzまでの音に対応するので(図14),ハイレゾ対応スピーカーに最適の材料として日本オーディオ協会でも注目された(ハイレゾ:CD-DAの44.1kHz,DATの48kHzを超えるサンプリング周波数,主に64kHz以上のサンプリングに対応する高分解音質・高解像度音質).

 

図14 カーボン振動板 (左)製品例,(右)特性例

 

 PFCの薄層は密度と音速を調整することにより音響インピーダンスを任意に制御できるため,導電性を持ったカーボン整合層に適している(図15).この音響整合層を超音波プローブに組み込むと超音波映像装置の映像が鮮明になる.このカーボン整合層をガス検知に用いるとカーボンが化学的に安定なため,劣化しない.車載用ソナーセンサに用いると,感知距離はAlを用いた従来品の7mから9mに伸びた.

 

図15 カーボン整合層

 

 さらに,PFCは,カーボンの化学的安定性・耐薬品性を利用して電極材に使われ,フッ酸濃度計の電極などに使われる.また,低摩擦係数・潤滑性・耐摩耗性を活かしてカーボン摺動部材がつくられ,耐熱性・熱伝導性・電気伝導性の特徴からカーボン発熱体・ヒーターや放熱材が作られる.緻密性・パーティクルレス・ガス不透過性のため,電池のセパレータに使われ,多孔質・高比表面積のカーボン多孔体は,キャパシタ電極材,触媒担持体,フィルターなどへの応用が期待される.

 

3.4 化粧品・光通信部品 ~精密加工技術で異業種に展開

 三菱鉛筆は,1985年に,化粧品事業会社として株式会社ユニコスモを設立し,ペンタイプ化粧品を中心とした各種化粧品のOEM提供を行っている[13].サインペンやボールペンは,化粧品への事業展開に必要な技術を育んだ.インクを収納する容器がサインペン主要構成要素の一つで,定量吐出・液漏れ防止・インクの蒸散を防ぐ高い機密性といった,精密な容器設計技術が培われた.また,インクは発色が良く,色あせしない耐久性を持ち,様々な色のペンを作るための多色展開といった,内容液開発技術を培った.ペンの書き心地は,ペン先・アプリケータ技術を培い,この技術は化粧品における肌あたりの良さ.筆先への液含みの良さを生み出す(図16).これらの筆記具で培った技術により,容器の設計から内容液の開発,製造,充填までの工程を全て自社で行い,化粧品メーカーにOEM製品を提供している.

 

図16 内容液・ペン先開発・容器設計技術で化粧品開発

 

 また,ボールペンの組み立て技術を展開して光ファイバコリメータを開発し,プロトタイプまで作った[14][15].光ファイバ同士やファイバと光学素子との接続をレンズで行う(図17).ボールペンは精密加工でボールを保持し,何億本も作っている.この金属ボールをガラスレンズに変えることになるが,ファイバの固定にカシメを使うことになるのでグラスファイバーだと割れてしまう.このため,ボールペンの加工法は,POF(プラスチック光ファイバー)に適している.

 

 光ファイバコリメータは,次世代通信方式の5G,光ファイバ通信,情報光伝送,自動車内通信などに用いられる.円筒のスリーブにPOFを差し込み,先端にガラスレンズをカシメで固定する.デモ用には先端に磁石をつけ,2つの光ファイバコリメータが磁石で引き合って接続するのを示した(https://www.mpuni.co.jp/company/rd/collimator/ に動画).光コネクターでは精密に加工したフェルールを使って光軸調整していたのをレンズ結合に置き換えている.

 

図17 ボールペンの精密加工技術を応用したオプティカルコリメーター

 

おわりに

 nano tech大賞受賞者には,材料や測定器メーカーのような展示会常連の企業に並んで,nano tech展であまり見かけなかった他の業界の企業の名を目にすることがある.三菱鉛筆もその一つであった.受賞理由や展示内容をもとにお話を伺ってみると,平素何気なく便利に使っている筆記具に多数の高度な技術が開発され,盛り込まれていることを改めて認識することになった.作られる製品は1本100円程度で買えるボールペンもあり,高度でありながら安く大量に作る技術が求められている.科学技術振興機構のJ-GLOBAL(科学技術総合リンクセンター)で三菱鉛筆をキーワードとして文献や特許を検索すると,特許のヒット件数は約5,000件に上る.この筆記具で培ったコア技術は,炭素材加工技術,ミクロ構造制御技術,超微粒子分散技術,レオロジー技術,容器・機構設計技術,自動化技術,精密加工技術と多岐にわたる.三菱鉛筆はこれらのコア技術をもとに,PTFE分散体,カーボン製品などの産業資材事業,並びに化粧品事業という新事業分野を展開している.特に,超微粒子分散技術はナノ材料を取り扱う時に常につきまとう「分散」の課題に応えるもので今後の新事業展開の核になろう.2008年のNanotechJapan Bulletinn, Vol.1には,機能性食品を扱っていた会社が,技術の棚卸しをして自らの技術がナノテクであることを認識した結果,ナノテクで新価値を組み上げ,ナノフードという新しい機能性食品の分野を開拓したという記事がある[16].既存事業の中で育まれ,表に出ていなかった優れたナノテクノロジー技術が認識され,その会社の新事業展開に役立つとともに,ナノテクノロジー・材料技術に新たな価値を付け加えて行くことが期待される.

 

参考文献

[1] 「nano tech 大賞 2019」,https://www.nanotechexpo.jp/2019/main/award2019.html
[2] 「第18回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2019)開催報告」,NanotechJapan Bulletin, Vol.12,No. 2,2019年4月26日発行,https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/Event_rep_pdf/v12n2_nanotech2019.pdf
[3] 「Nano Insight Japan 【三菱鉛筆】筆記具で培った技術で難分散材料の微分散に挑む三菱鉛筆 ~ボールペンインクの顔料分散から独自分散技術への展開~」,https://www.nanotechexpo.jp/2019/main/nano_insight_japan/181211_mitsubishi_pencil.html
[4] 「三菱鉛筆株式会社」,https://www.mpuni.co.jp
[5] 「塗料一般試験方法 引っかき硬度(鉛筆法)について知りたい」,三菱鉛筆お客様相談室,https://www.mpuni.co.jp/customer/ans_88.html
[6] 「鉛筆ができるまで」三菱鉛筆WEB博物館,https://www.mpuni.co.jp/museum/tour/pencil.html
[7] 「三菱鉛筆お役立ち情報<ボールペン編>」,https://www.mpuni.co.jp/pdf/customer/Ball%20Point%20Pen.pdf
[8] 市川 秀寿,「なめらか市場を作ったボールペン「ジェットストリーム」」,日本機械学会誌,116巻,1138号p. 650-652(2013)
[9] 「PTFE分散体」,https://www.mpuni.co.jp/company/rd/ptfe/
[10] 「磁性粉体の微粒子分散」,https://www.mpuni.co.jp/company/rd/magnetic/
[11] 「炭化ケイ素の微粒子分散」,https://www.mpuni.co.jp/company/rd/sic/
[12] 「カーボン製造技術/PFCの特長」,https://www.mpuni.co.jp/company/rd/carbon/
[13] 「unicosmo(ユニコスモ)」,https://www.unicosmo.com/unicosmo/jp/index.html
[14] 「光ファイバ接続部品」,https://www.mpuni.co.jp/company/rd/collimator/
[15] 三井 章仁,鳥飼 俊敬,瀧塚 博志,小池 康博,「屈折率分布型プラスチック光ファイバの簡便な光接続へのボールペン技術の応用」,電子情報通信学会論文誌 C,Vol. J99-C,No.9,pp.434-439 (2016)
[16] 「食生活を豊かにするナノフード,その技術はナノツールへ」,NanotechJapan Bulletin, Vol.1, No. 7, 2008年10月31日発行,https://www.nanonet.go.jp/ntjb_pdf/GN-03.pdf

(図は全て三菱鉛筆株式会社から提供された)

 

(古寺 博)

 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です.