NanotechJapan Bulletin

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<第72回>
夢の新材料セルムスーパーポリマーの開発
アドバンスト・ソフトマテリアルズ株式会社 壷内 幹彦氏,野田 結実樹氏,富山 良孝氏に聞く

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(左から)野田 結実樹氏,壷内 幹彦氏,富山 良孝氏

 

 2019年1月30日から3日間,東京ビッグサイトで開催された第18回国際ナノテクノロジー総合展(nano tech 2019)会場の片隅に設定されたベンチャーコーナーの一小間ブースに,大きな未来の展開を予想させる新材料の展示が行われていいた.アドバンスト・ソフトマテリアルズ株式会社のセルムスーパーポリマーである.この展示は,総合展の最終日に行われたnano tech大賞2019の表彰式において,部門賞スタートアップ賞を受賞した.受賞理由は「環状高分子を化学修飾することで様々な工業用途に展開できる「セルム スーパーポリマー」を出展,ゴルフボールに採用されるなど着実に実績を上げている点を賞す.」であった.2019年6月,その大きな発展性を秘めた新材料開発を取材するため,千葉県柏市にある同社を訪問し,社長 壷内 幹彦(つぼうち みきひこ)氏,技術本部長(その後退任) 野田 結実樹(のだ ゆみき)氏,管理部部長 富山 良孝(とみやま よしたか)氏にその材料技術及び開発状況についてお話を伺った.

 

1.アドバンスト・ソフトマテリアル株式会社設立とスライドリングマテリアル [1]

 アドバンスト・ソフトマテリアルズ株式会社(以降,ASM)は,東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授 伊藤 耕三氏の研究室で革新的高分子材料として研究開発を展開しているスライドリングマテリアル(次節で説明)の実用化のために2005年に設立されたベンチャー企業である.2005年3月東京大学内で設立,同年8月に千葉県柏市にある東葛テクノプラザに研究所を増床,2011年1月に本社も研究所に移転統合している.伊藤研究室とASMが持つ基本特許を基に,スライドリングマテリアル(セルムスーパーポリマー)の核となるポリロタキサンの量産技術を確立して多くのユーザに提供するとともにその応用技術を研究開発し,革新的な材料技術が生み出す新しいメリットを広く社会の進化に役立てることを目的としている.

 

1.1 スライドリングマテリアルとは [2]

 東大 伊藤氏が研究開発を推進する革新的材料技術の基になる分子は,図1上に模擬的構造を,図1下にこれを構成する要素分子を示すように,直鎖状高分子のポリエチレングリコール(PEG)が,複数のα-シクロデキストリン(α-CD)という環状高分子を貫き,直鎖状高分子の両端には環状高分子がこぼれないように,ストッパーとなる高分子アダマンタンアミンが接続されている.ポリロタキサンと言われる構造である.伊藤氏はこの環状高分子に他の高分子を接続することで,架橋点がスライドして自由に動く超高分子の実現を目論み,これをスライドリングマテリアル(環動高分子)あるいは超分子ネットワークと名付けた.高分子の架橋についてはこれまでは架橋点は固定ということが当たり前であったが,架橋点が自由に動くという新しい概念を具現化する材料技術を2000年に実現した.複数の分子が,直接的な結合によらず,幾何学的に拘束された分子集合体であるトポロジカル超分子の化学製品としての高分子材料への応用である.図2にスライドリングマテリアルにおいて,架橋によって結合された高分子のネットワークの構成法を示す.架橋の形態として,ロタキサン同士がα-CDで接続される8字架橋と,ロタキサン分子のα-CDに他の分子が接続される9字架橋がある.

 

図1 ポリロタキサンの構造と構成要素

 

図2 ポリロタキサンのリング(α-CD)を介する架橋の二つの方式による超分子のネットワーク構成.8字架橋(α-CD同士が結合)(上図)と9字架橋(α-CDと別の高分子が結合)(下図).それぞれの図に於いては,高分子材料に横方向に引っ張る力を加える前と後の分子構造の変化を示している.1.3節で説明するα-CDの滑車効果が見られる.

 

1.2 トポロジカル超分子の研究開発の経緯

 トポロジカル超分子については,図3に示す基本形が発明されており,「分子機械のデザインと合成に関する業績」で,2016年のノーベル化学賞が,フランス ストラスブール大学名誉教授ジャンピエール・ソバージュ氏,米国ノースウエスタン大学教授フレイザー・ストッダート氏およびオランダ フローニンゲン大学教授ベルナルト・フェリンガ氏に授与された[3].ソバージュ氏は1983年,図3に示すカテナン(catenane)の合成法に成功し,同じ原理で,ロタキサン(rotaxane),トレフォイルノット(trefoil knot)など多くの異なるトポロジーを持つ化合物を合成した.ストッダート氏はロタキサンとカテナンに外部刺激により人為的に物理的な2値の状態を行き来させられる構造(例えば,ロタキサンの軸上にリングの安定位置2カ所作る)を実現し(1989年),1991年分子コンピュータ実現の基になる分子スイッチへの応用の可能性を示した.フェリンガ氏は光照射によって一方向に回転する光駆動型の分子モータを合成した.このように,トポロジカル超分子は,これまで,物理的機能実現の応用に向けた研究開発に目が向けられていた.

 

図3 トポロジカル超分子の例

 

 また,大阪大学教授 原田 明氏は1990年,環状のα-シクロデキストリンと紐状のポリエチレングリコールから図3に示すポリロタキサン(polyrotaxane)の自己組織的な合成に成功した.原田氏はこれを,スッタート氏達が目指す分子コンピュータ実現へのより進んだステップとしており,分子ネックレスと名付けた[4].東大の伊藤氏は学会へ参加した帰りの飛行機の中でたまたま一緒になった原田氏から,このポリロタキサンの話を聞いて,この構造を利用した従来とは全く異なる架橋方式による新しい高分子材料の開発を発想した.スライドリングマテリアル開発の起点である.

 

1.3 スライドリングマテリアルの基本的特徴 [5]

 開発当初,8字架橋で形成されたスライドリングマテリアルに水を含ませたスライドリングゲルの特性を測定したところ,図4に示すように25倍の高伸張性(水の含浸率80%の実験)と24000倍の高膨潤性という驚異的特徴が確認された.

 

図4 スライドリングゲルの高伸張性(図左)と高膨潤性(図右)の実験

 

 その驚異的高伸張性を図5により説明する.従来の通常の化学架橋高分子の場合,全体として長さが様々な分子鎖の3次元ネットワークが構成されており,外部から力が加わって変形する際,短い分子鎖に応力が集中し,その部分が切断し,破壊が起こる.一方,スライドリングマテリアルの場合は,α-CDのリングの中を貫通しているPEGの鎖状分子は自由に動けるので,α-CDがあたかも滑車のように作用し,鎖状分子に加わる応力に対応して鎖が移動するので,応力が特定分子鎖に集中することがなく,分散し均一化される.従って高分子材料が本来持つ強度を引き出し,伸張することができる.

 

図5 スライディングマテリアルの高伸張性の由来

 

 スライドリングマテリアルは形状回復力にも優れている.引き伸ばされてα-CDの密度分布が伸張方向では疎にこれと垂直方向では密になり,分布の不均一性が増加してエントロピーが低下する.そこで,力を除くとエントロピーを増大させようとする,即ち,α-CDの分布をより均一な元の状態にもどそうとする復元力が働くからである.

 

2.ASM社の事業展開 [5]

 ASM社は設立当初,ポリロタキサンのα-CD同士を共有結合で架橋することで,架橋部分が紐状部分にそって動く8字架橋のスライドリングマテリアル(環動高分子材料)に,水を含ませたゲルの商品化を手掛けた.通常のゲルはゼリー,ゼラチン,寒天など,分子同士の物理的力による集合体である物理ゲル,或いは,分子間結合に一部共有結合も含まれコンタクトレンズなどにも使われる化学ゲルである.ここで開発したゲルは従来のゲルにはない特性を示し,スライドリングゲル(環動ゲル)と名付けるべきものと壷内氏は語った.その伸張率や回復力については1.3節に紹介した.重力をかけてもへたらず,力を除けば回復する.水の含有量によって,弾むボールになったり逆に全く弾まないボールなったりできる.触ってみても,弾力がありながらしんなりした不思議な感触が感じられるという.いくつかの外部企業と連携して,コンタクトレンズやフェイスマスク等の商品化を行ったが,当時はまだ量産体制や価格の問題もあり,事業として広がらなかった.

 2007年頃から,それまでの医療・バイオの分野から工業製品分野に対象を変え,塗料への適用の検討を始めた.傷の付き難い塗料の開発を目的として自動車メーカとの協力開発を行った.後の自動車用プラスチック製品の改質の共同開発につながっている.

 

2.1 ポリロタキサン少量添加による高分子材料改質
~ASM社のプラットフォーム技術による顧客へのソリューション提供~

 従来概念を超えた革新的技術の適用分野や適用方法を模索する中で,ポリロタキサンの少量を汎用高分子に添加するだけでも,その高分子材料に,スライドリングマテリアルの特性を付与する物性改質が可能であることが分かった.当初の塗料の開発等ではポリロタキサンの含有量は数十%以上であったが,顧客の様々な樹脂に対して数%のポリタキサンを混入させるだけで元の樹脂の基本性能を変えることなく次のような特定機能を向上させることができる.

  • 衝撃吸収性の劇的向上による樹脂の強靭化
  • 応力緩和効果による耐傷性・耐摩耗性の向上
  • 形状記憶効果による復元性と柔軟性向上

従って,顧客の製品性能を向上させ競争優位性を高めることができる.

 ASM社は様々な樹脂と結合できる修飾ポリロタキサン構成(次節で説明)を「SeRM®」「セルム」の名称で商品登録した(2011年).これを中核とする保有技術を駆使して顧客のニーズに応える樹脂のカスタマイズを行うビジネスを展開している.

 図6は,ウレタン系とアクリル系の樹脂に「SeRM®」を少量添加した場合の効果を示すもので,図6(a)はウレタン樹脂シートの座圧分散性測定結果で,市販品に見られる臀部の圧力集中部分の黄色が「SeRM®」添加品では薄れ,全体的に圧力が均一化されている.図6(b)は硬質アクリル樹脂への「SeRM®」少量添加の例で,アクリル樹脂の持っている引張強度,曲げ強度はそのままで,衝撃強度だけを大きく改善している.

 

図6 「SeRM®」の少量添加による樹脂改質例:a. ウレタン樹脂シートの座圧分散性測定とb. アクリル樹脂の改質評価

 

2.2 修飾ポリロタキサン化合物:セルムスーパーポリマー「SeRM®」の構成と諸元

 ASM社はポリロタキサンの量産技術を確立し,図7に示す修飾ポリタキサンの形でセルムスーパーポリマーとして商品化している.PEG鎖と環状分子のα-CD,および,PEG鎖の両端でα-CDを封じるアダマンタンで構成されるポリロタキサンにおいて,α-CDの外側に存在するヒドロキシプロビルの水酸基をポリカプロラクトンで修飾し,その末端に1級水酸基あるいはラジカル反応性官能基(図ではR)を導入し,様々な樹脂と架橋できるようにしている.

 

図7 修飾ポリロタキサン化合物「SeRM®」の構成例(上図)と構造イメージ(下図)

 

 量産しているセルムスーパーポリマーは,PEG鎖の平均分子量が11,000,20,000,35,000の3種類である.α-CDのサイズはナノメートル以下でPEG鎖上を自由に滑れるが,アダマンタンで止められる大きさである.α-CDの数はPEGとα-CDの溶液からポリロタキサンが合成される際に自己組織的に決まるので,PEG鎖の長さに依存する.その値は上記分子量に対応して30~100個である.図7の下部にセルムスーパーポリマーのイメージ像を示す.

 

2.3 セルムスーパーポリマーによる事業展開と技術の広がり

 ASM社に於ける事業展開モデルの拡大と,扱う技術内容の変化の経緯を図8に示す.図の左端の汎用樹脂改質技術は,2.1節で紹介した「SeRM®」の少量添加により顧客の樹脂を改質するものである.修飾ポリロタキサンのα-CDに接続される官能基と顧客樹脂との結合の相性のよいウレタン樹脂,アクリル樹脂の分野で特に成果を上げている.例えば前者ではマットのへたり性・フィッティング性・通気性が改善され,後者では塗料の耐傷性の向上が改善されている.

 

図8 事業展開と技術の広がり

 

 この汎用樹脂改質の事業は,セルムスーパーポリマーの生産や使用技術開発の下支えになっているが,エンドユーザとは距離があってそこで発生するニーズは見えない.そこで,ASM社自身もセルムスーパーポリマーの特徴を生かした樹脂材料の製品化も行うこととした.それが図8の中央のブロックで,エラストマー技術である.直接エンドユーザと連携してウレタンエラストマー市場向けの復元性・柔軟性・接着性に優れた成型品や接着剤,誘電アクチュエータ用の高誘電率材料エラストマー等を手掛けている.

 スライドリングマテリアルの発明者の伊藤氏は,内閣府「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」の研究課題『超薄膜化・強靭化「しなやかなタフポリマー」の実現』(2014~2018)のプログラムマネージャーを務め,ASM社もこれに参画した.これに参画することで,自動車部品の樹脂化・高性能化(3.3節で説明)など成型品の改質にも使えることが分かり,図8の右端に示すように展開市場が広がることとなった.技術的にも修飾ポリロタキサンを顧客材料と反応させるのでなく,修飾ポリロタキサンに少し反応させたスライドリングマテリアルを成型品の材料に混練り形成するというこれまでと異なる新たな改質技術を開発している.

 

3.SeRM®の実用化例

3.1 コーティング剤への展開 [6]

(1)自己修復インク

 一般のコーティング剤(アクリル ポリウレタン)とこれに数%のSeRM®を添加したものを円盤上面を半分ずつに分けてコートした.その上を,図9の写真右のポンチ絵に示すように,重さ1kgの車輪を転がした.結果を図9左の写真に示すように,一般のコーティング剤の下半分は車輪跡が傷として残っているのに対しSeRM®を添加した上半分には傷が見当たらない.

 

図9 自己修復インクの耐摩耗性の評価実験

 

 この耐スクラッチ性のメカニズムを図10で説明する.従来のコーティング剤では断面図を模式的に示すように,局所的に圧力が加わったときに分子が破壊され,圧力が取り除かれた後に破壊状態(スクラッチ)が残る.これに対し,SeRM®添加のコーティング剤では,ポリロタキサンの環状分子の滑車作用によって局所的圧力に対して応力が分散され,分子の破壊が起こらず,圧力が取り除かれた後,材料の復元力により形状が元に戻るので,スクラッチは残らない.

 

図10 耐スクラッチ性発現のメカニズム

 

(2)ゴルフボールにSeRM®添加のコーティング剤を適用

 住友ゴム工業株式会社は,ゴルフボールの「SRIXON」シリーズに表面をSeRM®添加のコーティング剤でカバーした新製品「スリクソン Z-STAR」「スリクソン Z-STAR XV」を2019年2月8日に発売開始した.一般にゴルフボールは,できるだけ遠くへ飛ばすという使い方と,ボールにスピンをかけて目標の場所にピタリと止めるという使い方への対応が要求される.前者のためには硬さが,後者のためには柔らかさが要求される.表面にコートしたSeRM®添加の薄層がスピン性能とソフトな感触をもたらすことで後者の要求を解決した.多くのプロの選手から好評を得ているとのことである.

 

(3)スピーカーに適用して音質改善

 SeRM®添加のコーティング剤は,スピーカーのコーンに塗布することで,高音域で発生する雑音をおさえる効果があり,ビフレステック(株)のタマゴ型スピーカー(図11)に採用された.日立マクセル(現マクセルホールディング)(株)からハイレゾルーション・オーディオ対応フローティングスピーカーシステムとして2015年2月16日にリリースされている.タマゴ型スピーカーの正面にある低音から高音までフルレンジの音がでる出るコーンマイクの裏面にSeRM®添加のコーティング剤が塗布されており,高音領域で発生するピークディップ雑音を抑制する効果を発揮している.

 

図11 タマゴ型フローティングスピーカーシステム

 

3.2 SeRM®含有エラストマーによる新市場開拓 [5][6]

(1)研磨メディア

 SeRM®含有エラストマーを粉砕して直径100µm程度の粒状にする.その表面は粘着力があり,ここにダイヤ砥粒(直径1µm)を高密度に付着させる.このエラストマー粒子を対象物(例えば金属)表面に高圧空気により吹き付けることで,対象物の表面を研磨する.研磨性能が高い理由を図12に示す.

 

図12 SeRM®含有エラストマーによる研磨メカニズム

 

 砥粒を付着したSeRM®含有エラストマー粒子(核体)は対象物表面に当たって塑性変形し対象物表面と面で接触し滑っていくので,一般の硬い研磨剤が点で接触するのと異なり均質な研磨ができる.対象物表面から離れる時にはSeRM®含有エラストマーの形状回復力で核体は元の形状に戻り再使用できる.1000時間繰り返し使用しているとのことである.エアガンからの噴霧によるこの手法は,人手に頼らざるを得ない微小部位の鏡面仕上げを可能にする.この研磨メディアは共同開発の(株)不二製作所からシリュウスZの品名で発売されている.

 

(2)新開発e-Rubberによる誘電アクチュエータおよび誘電センサの開発促進 [5][7]

 SeRM®含有エラストマーは,通常の高分子材料に比べて誘電率が高い(ε=8~10)特徴がある.図13に示すように誘電層(エラストマー)を伸縮性の電極で挟んで電圧を加えると,誘電層は薄くなって横方向に伸びる.この特徴を活かす応用として誘電アクチュエータ及び誘電センサが考えられ,豊田合成(株)との共同研究を行ってきた.

 

図13  e-Rubberの構造と機能(出典:参考文献[7])

 

 これまで,誘電アクチュエータはエネルギー効率が高いものの動作電圧が高く(数千V)実用化にならなかった.誘電アクチュエータ用の誘電層高分子として望まれる条件は,動作電圧を下げるための低弾性率化,出力向上のための高誘電率化と薄層化,繰り返し動作性と低ヒステレシスロス化であった.SeRM®含有エラストマーはこの全ての項目に効果を発揮する.2007年にこの材料の開発に着手し,2013年9月18日,豊田合成(株)は,共同開発した低消費電力ゴム振動シートe-Rubber(イーラバー)のサンプル出荷を開始している.

 2017年5月に豊田合成(株)は,ASM社との間で,e-Rubberの主材料であるSeRM®を,誘電アクチェータと誘電センサ用途に限り,排他的に使用・販売できる独占ライセンスを締結した.誘電アクチュエータは電磁モータに代わる次世代の動力源としてロボットの人工筋肉などへの適用,誘電センサは,柔らかさを活かした触覚・圧力センサやモーションセンサーとして期待されている.

 

3.3 ImPACTの成果

 内閣府が推進するImPACTは,実現すれば産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす革新的な科学技術イノベーションの創出を目指し,ハイリスク・ハイインパクトな挑戦的研究開発を推進するものである.その中の伊藤耕三氏がプログラムマネージャーを務める研究課題『超薄膜化・強靭化「しなやかなタフポリマー」の実現』(2014~2018)にASM社も参画し,多くの参加企業とスライドリングマテリアルによる樹脂製品の改革を目指す連携活動を行った.その中で,顕著な成果を上げた東レ(株)の例を紹介する.

 

(1)しなやかなタフポリマー [8]

 東レ(株)は2種類以上のプラスチックをナノメートル単位で混練するナノアロイ®技術を開発保有しており,ImPACTのプロジェクトにおいて同社のポリアミドとASM社のスライドリングマテリアルにナノアロイ®技術を適用した.開発した材料は,従来のポリアミドに比べて硬さと強度はそのままで,約6倍の破断伸びと約20倍の屈曲耐久性を示した.従来の柔軟材料を添加する手法では得られない特性である.2016年9月にこの成果をプレスリリースしている.

 

(2)自動車部品への適用 [9][10]

 ImPACTプログラムの「車両構造用樹脂強靭化プロジェクト」において,航空機や自動車などの構造材料,テニスラケット,ゴルフフラブのシャフト,釣り竿などのスポーツ用品,義肢などの医療用途等に広く使われている炭素繊維強化プラスチック(CFRP)にスライドリングマテリアルを導入し,CFRPが持つ高い強度と剛性を維持しつつ耐疲労特性を約3倍に向上させることに成功した(2018年9月にプレスリリース).分子設計技術に基づきスライドリングマテリアルの分子構造を最適化したものを,上記,東レ(株)のナノアロイ®技術を適用して均一に混練したものである.

 このプロジェクトでは,CFRPによる未来の軽量化自動車の姿を示すコンセプトカーを作っており,図14に示すようにCFRP化を行っている.この中で,サスペンション,タイヤホイール,クラッシュボックス,インテリア等のCFRPにはスライドリングマテリアルが導入されている.

 

図14 コンセプトカーにおける樹脂化の部位

 

3.4 3Dプリンティング インクへの展開

 セルムスーパーポリマーの特徴を示す顕著な応用例として,硬質アクリル樹脂を用いた3Dプリンティングインクがある.図15は3Dプリンティングにより作った義歯などの試作サンプルである.SeRM®添加により,図6右図に示すように,硬質アクリル樹脂の持つ引張強度,曲げ強度はそのままで,衝撃強度だけ2.4倍に向上させることができた.このように,添加対象樹脂の長所はかわらず特定項目だけを改善できるのはセルムスーパーポリマーの特徴である.

 

図15 3Dプリンティングによる試作サンプル

 

3.5 軟質ウレタンフォームへの展開

 ウレタンはSeRM®との相性のよい樹脂であり,軟質ウレタンフォームはSeRM®の特徴を発揮し易い分野である.社内試作サンプルによりへたり性をJIS試験法(JIS K 6400-4 A法)により評価したところ,低下率0.1%を得た.これはへたり性評価のJISの5段階のクラス分類の最上位である低下率13%を大幅に上回る超ヘタリ性であるといえる.

 シートを作り圧力分布測定器を用いて,座圧分散性測定を行った結果は,図6左に示した通りで,高い圧力分散性を示した.国内大手寝具メーカからの関心を得ているが,現状は価格面の課題があり,高級寝具としての位置づけが考えられている.

 また,医療用として,国立がん研究センター東病院と共同で,脊髄手術時のソフトタッチ体位固定マット商品の開発を進めている.患者と接する表面にこの高機能ウレタン層を配している.2020年の春に実用を予定している.

*:定荷重繰り返し圧縮試験:荷重700N,繰り返し圧縮80,000回後に測定した40%圧縮硬さの低下率.

 

4.革新技術実用化の課題

 現代社会の発展の中で広く使われ大きな役割を果たしている高分子材料形成の基本となる分子間の架橋による結合方式に対して環動という従来の架橋の概念を超える変革を導入しようとしている.ベンチャー企業立ち上げから15年経た今,ようやく,適用領域,適用方法,適用効果等が具体的に見え,各種分野のユーザ企業との繋がりも増えてきたと壷内氏は語った.ここに至るまでに苦労し克服してきた課題については,

  • スライドリングマテリアルの量産技術の確立:安定して同じものが製作できること.
  • 初めに塗料を手掛けたが,これに続く応用分野の模索.
  • スライドリングマテリアルの顧客材料に合わせるカストマイズ.

を挙げている.

 今後の課題については次の項目が挙げられた.

  1.  まず学術的には,大学あるいは公的研究機関の協力を得て,ポリロタキサン導入によりマトリックス材料の中で起こっている現象を原子レベルで解明する.
  2.  技術的には,現状ではやや不十分な耐熱性の向上を図り,顧客の生産現場での熱処理に対応できるようにする.
  3.  低価格化を図る:セルムスーパーポリマーの生産工程の改善,量産技術の完成度向上,量産効果の発揮できるキラーアプリケーションの確保など.

 

5.おわりに

 この取材を通して,セルムスーパーポリマーが持つ高分子材料の性能改善の奇跡的能力を垣間見ることができた.それは,従来の用途において性能を改善するだけでなく,高分子の新たな使用分野への扉を開くことにもなる.壷内氏が語った今後の課題をクリヤされ,その先に壮大な市場が開けることを期待したい.

 

参考文献

[1] 野田結実樹,“新世代高分子材料”(特集:化学分野のベンチャー企業),化学経済,2017.12月号,45-47.
[2] Y. Okumura & K. Ito, “The polyrotaxane gel: A topological gel by figure-of-eight cross-links”. Advanced Materials, 13 (7), 485-487 (2001).
[3] Chem-Station, “2016年ノーベル化学賞は「分子マシンの設計と合成」に!”,2016.10.6.
 https://www.chem-station.com/blog/2016/10/nobel2016.html
[4] Akira Harada, Jun Li & Mikiharu Kamachi, “The molecular necklace: a rotaxane containing many threaded α-cyclodextrines”, Nature 356, 325-327 (1992).
[5] 野田結実樹,“環状高分子の合成と機能発現,第2章 環動高分子材料 セルム製品シリーズ”,CMC出版,2012.12月版,214—220.
[6] Yumiki Noda, Yuki Hayashi, Kohzo Ito, “From Topological Gels to Slide-Ring Materials”, Journal of Applied Polymer Science, 2014, DOI: 10.1002/app.40509
[7] アドバンスト・ソフトマテリアルズ株式会社,“低電力ゴム振動シートe-Rubberサンプル出荷開始”,プレスリリース,2013.10.29
 http://www.asmi.jp/wp-content/uploads/2013/10/20131030_Press-Rerease_e-rubber.pdf
[8] 東レ株式会社,“環動ポリマー構造を導入し竹のようにしなやかでタフなポリマー材料を開発”, プレスリリース,2016.9.28.
 https://www.jst.go.jp/pr/announce/20160928-2/index.html
[9] 東レ株式会社,“炭素繊維強化プラスチックの可能性を広げるしなやかなタフポリマー技術を開発”,プレスリリース,2018.9.28.
 https://www.jst.go.jp/pr/announce/20180928/index.html
[10] 東レ・カーボンマジック株式会社,“新素材「しなやかなタフポリマー」を活用した革新的コンセプトカーが完成”,プレスリリース,2018.9.28.
 https://www.jst.go.jp/pr/announce/20180928-2/index.html

 図面はアドバンスト・ソフトマテリアルズ株式会社から提供されたものである.

 

(向井 久和)

 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です.