NanotechJapan Bulletin

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<第74回>
光を高精度に制御するナノ積層フィルム
~正面透過・斜め反射フィルム,紫外線カットフィルム,金属光沢調フィルム~
nano tech大賞 2020 受賞

東レ株式会社 フィルム研究所 合田 亘氏,宇都 孝行氏に聞く

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金属光沢調フィルムのポスターを挟んで合田氏(左)と宇都氏(右)

 

 nano tech 2020 国際ナノテクノロジー総合展は,「超スマート社会を実現するナノテクノロジー」をメインテーマにして2020年1月29日~31日に東京国際展示場(東京ビッグサイト)で開催された.その最終日に優れた展示に対する表彰式が行われ,350を超える出展者の中から東レ株式会社(以下,東レ)がnano tech大賞に選ばれた.受賞理由は「絹糸の断面を観察して開発した人工繊維,200%の伸縮率と高い復元性を両立した伸縮性フィルム,光を高精度に制御できるナノ積層フィルムなど,ナノテクノロジーを駆使した数多くの新素材を開発した点を賞す.」とのことであった[1].東レのブースでは上記の他に,コンタクトレンズに適用できる超親水化薄層コート技術,遺伝子解析に使う高感度DNAチップ,3Dプリンター用真球ポリアミド粒子,薄膜軽量・フレキシブル有機太陽電池,世界初の新製品 多孔質炭素繊維,カーボンナノチューブを用いた塗布型RFID(Radio Frequency Identification),独自開発のナノアロイ®応用技術としてプリプレグ(ゴルフシャフトやラケットに使用)と“しなやかタフポリマー”(革新的環動ポリマー構造にナノアロイ®技術を適用),など多くの分野に新製品・技術を展開している.

 今回,これら大賞受賞の展示の中から,特に“ナノ積層フィルム”に焦点を当て,その研究・技術開発を担当された東レ株式会社 フィルム研究所 主席研究員 合田 亘(ごうだ わたる)氏,主任研究員 宇都 孝行(うと たかゆき)氏に話を伺った.新型コロナウイルス感染症の流行により,取材はWEBを利用したリモート取材により行った.

 

1. 東レのフィルム事業とナノテクノロジーへの挑戦

 東レはコーポレートスローガンとして”Innovation by Chemistry”を掲げ,1926年の創業以来,化学を核にした革新技術・先端材料を社会に提供してきた.炭素繊維を研究開発した成果は,ゴルフシャフトや航空機の機体にまで応用されている.事業領域は祖業である繊維・化成品から,炭素複合材料,医薬・医療機器などのライフサイエンスまで幅広く展開している.

 高分子樹脂をフィルム化したフィルム事業では,ポリエステル(PET:PolyEthylene Terephthalate)を日本で初めて二軸延伸製法で工業化した[2].二軸延伸製法は,フィルムの走行と平行方向の縦方向と,その直行方向である横方向の二方向に延伸する製法である.PETフィルムは,強靭性・電気特性・耐薬品性等に優れ,工業材料として電気,環境エネルギー用途,印刷材料,工程離型紙,フィルムコンデンサー等に使用されている.また,光学材料(フラットパネルディスプレー関連部材用高透明基材,白色反射フィルム,偏光板工程紙等),磁気材料(コンピュータデータストレージ・ビデオカセットテープ等)の他,包装材料としても幅広く使用されている.PETフィルムは,東レが世界No.1シェアの製品になっている.その他,ポリプロピレン(PP),ポリフェニレンサルファイド(PPS),アラミド,ポリエチレン(PE),等のフィルムを二軸延伸法で製造し,各種の用途に採用されている.PEフィルムは,リチウムイオン二次電池向けセパレータ用フィルムとして使用されている.

 東レでは,研究者・技術者のDNAとして「深は新なり」をキーワードに,一つのことを深く掘り下げることで新たな価値を見出してきた.フィルムにおける極限追及の例を図1に示し,ナノテクノロジーを駆使することで,世の中の発展に役立つ先端材料の研究開発に挑戦している.ポリマーアロイは,複数のポリマーをnmオーダーで微分散させることで,従来材料と比較して飛躍的な特性向上を発現させる革新的微細構造制御技術(ナノアロイ®)である.ナノアロイ®については,nano tech 2014 nano tech⼤賞受賞記事としてNanotechJapan Bulletinで紹介した[3].

 

図1 高分子フィルム要素技術における極限の追求

 

 今回取りあげるナノ積層フィルムも,ポリマーアロイ・ナノコーティング・微多孔と並んで,高分子フィルムの極限追及の一つの方向性である.図2は,超多層・ナノ積層フィルムの発展経緯を,フィルムの断面TEM(透過電子顕微鏡)像で示している.ナノ積層フィルムの極限追及は,1980年~2020年の40年間で驚異的に進展した[4][5].図2の左側の図は、研究初期のもので、9μm厚さのA層と1μm厚さのB層とを交互に積層している.さらにナノ積層フィルムを深化させていくことで各層の薄膜化多層数化を進め、図2の中央は層厚70nmで201層を積層したもの,一番右側は層厚5nmで約2000層を積層したもので,層厚さはμmオーダーからnmオーダーへ3桁下がり,積層数は数10層から数1000層へと3桁増加した.

 この超多層・ナノ積層フィルムの極限追及を可能ならしめた技術は,

  ① フィルム設計技術:ナノ構造設計,光学多層膜干渉設計
  ② 樹脂設計技術:樹脂重合設計,樹脂性能のコンピュータ解析
  ③ フィルム製膜設備技術:樹脂流体の多層積層装置設計,流体積層コンピュータ解析

等であり,東レの強みである基盤技術を結集したものと,宇都氏は語った.フィルム製膜設備についても50年前から検討しており[5],現在では分子オーダーでの高精度で,数1000層の超多層膜を一挙に溶融押出し形成する技術を確立している.

 ナノ積層フィルムは光の干渉反射効果や,耐引裂性・高成形性に優れるなど,様々な特徴がある.例えば,金属を用いることなく透明なフィルムを積層することで金属調の外観を呈することから,PICASUS®の製品名で2008年に上市された.次節で,こうした特徴を発現する原理や,技術の詳細を紹介する.

 

図2 超多層・ナノ積層フィルムの発展経緯

 

2.ナノ積層フィルム PICASUS®の原理と製品ラインアップ

 2.1 光干渉反射フィルムの原理

 ナノ積層フィルムの最大の特徴は,積層するポリマー材料や層厚さ・積層数などを応用目的に対応して設計することで,金属光沢調をはじめとして様々な光反射特性をもつフィルムを実現できる点にある.

 図3は,ナノ積層フィルムでの光干渉反射の原理を描いている.積層フィルムに斜め左方から入射した光は,先ずフィルム表面で反射して右斜め上方に向かう(水色).フィルムの第1層(ポリマーA)に屈折入射した光は,第2層(ポリマーB)との界面で反射して,第1層の表面から空気中に出射される(黄緑色).さらに,第2層を通過した光は,第3層(ポリマーA)との界面で反射して,第2層・第1層を通過して第1層の表面から空気中に出射される(薄紫色).こうしてナノ積層膜からの反射光は,多数の積層膜界面での反射光が重なり合った干渉光となる.もし,多界面からの反射光の位相が揃った場合には,光波の山同士が重なるので強め合って反射光の強度は大きくなる(赤色).

 図3の下方に,反射光の反射率:Rを,ポリマーA/Bの屈折率:n1/n2,積層数:Lとの関係式で示している.ただし,光はフィルムに対して垂直入射(θ1=0), ポリマーA/Bの層厚:d1/d2=λ/4(λ:光の波長)の場合である.ポリマーA/B間の屈折率差を大きく,積層数を増やすと,反射率を高めることができる.また,反射光の波長λは,図3右下方の式で与えられ,ポリマーA層での往復光路長とポリマーB層での往復光路長の和が,波長λの整数k倍となる時に干渉光が強め合う.ポリマーA/Bの屈折率n1/n2や,層厚さ:d1/d2を目的に合わせて設計することにより,反射光の波長λが決まる.

 

図3 ナノ積層フィルムでの光干渉反射の原理

 

 透明な異種のポリマーを交互積層して,金属調の光沢を持たせるには,可視光領域の全ての波長で反射するようにすれば実現できるはずだ.図4の左側は,そうした特性を実現する多層フィルムの断面構造を描いている.高屈折率ポリマー(水色)と低屈折率ポリマー(ピンク色)を交互に積層して行くが,上方ほど層厚みを薄くし,下方に行くにしたがって層厚みを厚くしている.垂直入射の場合の反射波長は,図4左下の式で決まるので,積層フィルムの上方では波長が短い青色光が反射し,フィルム下方に行くにしたがって波長が長い緑色,さらには黄色,赤色の光が反射する.

 ナノ積層フィルムがユーザに提供された後,ユーザの製品に合わせて成形され,フィルム面積が拡大しても,金属光沢が保たれるようにしなければならない.図4右側のフィルム分光反射特性のように,黒実線の設計値では可視光~近赤外光まで80%近くの反射率としておく.成形後に面積倍率が1.5倍になって層厚さが短縮しても(赤色点線),可視光全域で高い反射率を保っているので,金属光沢を維持できる.

 

図4 金属光沢調のナノ積層フィルムの着想

 

 図5は,金属光沢調ナノ積層フィルムの光学シミュレーションと実測データを比較したものである.ポリマーとして結晶性PETと非晶性共重合PETを,200層積層した.図5左側は,横軸が層番号,縦軸が平均層厚みで,層厚みの垂直方向分布の設計値とフィルム断面TEM観察による測定値(〇)を示している.層番号が少ない領域では層厚みは85nm,層番号が増すにしたがって段階的に薄くなり,層番号200では75nmになっている.光学設計通りの層厚み分布が実現していることが分かる.

 図5右側は分光反射曲線で,赤色実線が実験結果,黒色点線が光学シミュレーション結果である.波長500nm~600nm弱にわたって高反射率になっている.反射率のピーク付近で2つの山に分かれた構造になっているが,これは積層構造が設計通りの理想的状態になってなく,積層乱れが発生しているためである.そのことも考慮した光学シミュレーションをしているので,光学シミュレーションと実験結果とはよく一致している.

 光学設計通りのナノ積層フィルムを実現するには,高精度なナノ積層製膜技術が不可欠である.溶融ポリエステルの各層の流れを精密に制御できる溶融押出し製膜装置の開発とともに,積層乱れの根本原因はポリマー同士の親和性や流動特性の違いにあると考え,溶解度パラメータの差や粘度特性を改善したポリマー設計にも取り組んだ[6][7].「積層乱れや層間の剥離などが発生しない,ナノオーダーの層厚みで設計通りに積層するには,樹脂そのものの設計からフィルム構造設計,そしてフィルム製造装置設計が連携して改良を重ねていった」,と合田氏は開発の苦労を振り返った.

 

図5 金属光沢調ナノ積層フィルムの光学シミュレーションと実測データ比較

 

2.2 様々な応用に応えるPICASUS®製品ラインアップ [2][8]

 ナノ積層フィルムの技術が確立され,最初の製品化は金属光沢調フィルムからスタートした.図6に,金属光沢調PICASUS®製品の特性を示す.図6左(a)は伸度―応力曲線で,赤色が従来の二軸延伸PETフィルム,青色がナノ積層フィルムである.ナノ界面効果によりフィルムを伸ばしても応力が発生しにくく,成形がし易いことを示している.インサート成形,熱プレス成形,真空圧成形,金型によるパネル加工,など各種成形技術が適用できる[2].

 図6右(b)は成形前後の分光反射曲線で,青実線が成形前,赤点線が成形後である.成形により面積倍率が1.5倍になっても,可視光領域での反射率は60%以上保たれており,金属光沢が維持される.金属を用いずに金属調の光沢を持つので,メッキや塗装の代替となる.また金属ではないので電磁波は透過し,スマートフォンや情報家電などでアンテナ機能を阻害することなく加飾できる.

 

図6 金属光沢調PICASUS®製品の特性

 

 東レでは金属光沢調PICASUS®で培ったナノ積層フィルム技術を深化させ,様々な用途に応えて光の反射性・透過性を波長毎に制御して製品ラインアップを揃えた.

 図7は,ナノ積層フィルムPICASUS®の製品ラインアップを描いている.一番左のUVカットは,紫外光をカットし可視光を透過するフィルムで,詳細について次章で紹介する.左から2番目のブルーライトカット(BC: Blue-Light Cut)は,パソコンやスマホの液晶ディスプレイに含まれ,眼精疲労・睡眠障害原因とされるブルーライトをカットするフィルムである.3番目のダイクロイック調(DC: DiChroic)は,特定の波長を反射することで特殊な色合いを示すフィルムである.一番右側のIR透過ピカサスは,可視光を反射,近赤外光は透過する金属調フィルム(CM: Cold Mirror)で,情報家電のリモートコントロール用近赤外センサーに適用される.

 

図7 ナノ積層フィルムPICASUS®の製品ラインアップ [8]

 

 ナノ積層フィルムは光反射特性を様々な用途に応じて制御できる特徴だけでなく,耐引き裂き強度が高い特徴もある.ナノ積層化することで高弾性率でありながら従来のPETフィルムの30倍の引き裂き強度を発現する.破れないことから,ガラス飛散防止フィルム,防犯フィルムとして2003年に商品化した.また,nmオーダーでナノ積層すると,熱寸法安定性に優れたフィルムもできる.熱収縮率は,従来のPETフィルムの約1/8であり,熱安定性が鍵となる応用への適用が期待される.

 これらの「ナノ積層ポリエステルフィルムの開発と工業化」に対して,東レに平成27年度の高分子学会賞が授与された[6][7].

 

3.最新のナノ積層フィルム ~nano tech 2020出展品の紹介~

 本章では,nano tech 2020に出展したナノ積層フィルムの最新製品PICASUS® UVと,最新技術である正面透過・斜め反射フィルムPICASUS® VTについて紹介する.

 

3.1 紫外線カットフィルム PICASUS® UV [9]

 紫外線カットのPICASUS® UVは,図8右側の光透過率特性が示すように,400nm以下の紫外線をカットするフィルムである(UVカット率は99.99%).黒色実線は従来のUVカットフィルムで,360nm以下の紫外線はカットするが,360nm~400nmの長波長UVは透過してしまう.これに対してPICASUS® UVでは,高精度のナノ積層技術で400nm近傍の長波長UVをシャープにカットしている.

 

図8  PICASUS® UVの紫外線カット性能

 

 近年ディスプレイの世界では,従来の液晶ディスプレイよりも薄型・低消費電力・高コントラストな有機ELディスプレイ(OLED:Organic Light Emitting Diode)がTVやスマートフォンに急速に採用されている.しかし,OLEDは水分や熱の他,紫外線にも弱く,特に可視光に近い波長400nm近傍の紫外線で劣化するという課題がある.

 図9は,OLEDスマートフォンのUV暴露試験結果である.スマートフォンの上部1/3には汎用のUVカットフィルムを,中部1/3にはPICASUS® UVを貼り,下部1/3には何もフィルムを貼ってない.左側はUV暴露前,右側がUVを80時間暴露した後(約2ヶ月間の屋外暴露相当)である.上部1/3と下部1/3はUV暴露で変色し,パネルの劣化が認められるが,中部1/3は変色が殆どなく,PICASUS® UVのパネル劣化防止効果が認められた.この差は,PICASUS® UVでは従来の紫外線吸収剤のみを含んだフィルムでは達成できない400nm近傍の紫外線までをシャープにカットしているためと考えられる.PICASUS® UVのフィルム厚さは35μmと薄く,スマホのカバーフィルムやタッチセンサーに貼り合わせて,画面保護と有機ELのUV保護と両方の役割を果たす使い方が行われている.

 

図9 OLEDスマートフォンのUV暴露試験によるPICASUS® UV効果

 

 この革新的な紫外線カットフィルムPICASUS® UVは,ディスプレイ用途以外でも自動車,建材,農業,電子材料,医薬等,特殊包装の様々な用途での使用が期待される.

 

3.2 正面透過・斜め反射フィルムPICASUS® VT [10]

 近年,現実空間の視界に情報を重ね合わせるAR技術(Augmented Reality:拡張現実)が実用化されつつある.頭に装着する眼鏡型のHMD(Head Mount Display)で3Dゲームや作業(医療)支援に利用したり,車載のHUD(Head Up Display)で運転支援したりする.

 図10は,車載HUDで運転者に交通情報を表示している状況を描いている.左側はスクリーンとして透明な投影部材(ガラス板など)を用いた場合,右側はハーフミラーを用いた場合である.運転者は前方の風景を見ながら,HUDで表示される交通情報を見ることになる.透明投影部材を用いた場合には,風景の視認性は良好だが,情報の表示性は低い.一方,ハーフミラーを用いると,情報の表示性は良好だが,風景の視認性は低下してしまう.AR向け投影部材としては,風景の視認性と情報表示性の両立が課題となっている.

 

図10 AR向け投影部材の課題:(左)透明投影部材,(右)ハーフミラー

 

 この課題を解決するスクリーンとして,東レはナノ積層フィルム技術をベースに,正面透過・斜め反射性のPICASUS® VTを開発した.図11は,従来のPICASUS® シリーズ(左側)と,新コンセプトのPICASUS® VT(右側)を比較して描いている.従来のPICASUS® シリーズでは,正面入射光も斜め入射光も反射させていた.反射率の波長依存性としては,入射角0°でも70°でも高反射率の積層フィルムであった.これに対して,積層フィルムの屈折率を精密に制御した新規光学設計により,正面から見ると屈折率差がなく多層膜だけれども1層だけのように見え,斜めから見ると多層膜になって見えるフィルムを考案した.正面入射では光は透過し,斜め入射では反射するフィルムである.反射率の波長依存性としては,入射角70°では全ての波長で高反射率であるが,入射角0°では全ての波長で低反射率,すなわち透過するフィルムである.

 

図11 PICASUS® VT(右)と従来製品(左)との比較

 

 一般的な光学材料としては,窓ガラスや透明プラスチックのように,正面~斜めいずれの方向から入射した光も透過する材料か,金属膜のように正面~斜めいずれの方向から入射した光も反射する素材であった.正面からの光は透過し,斜め入射した光は反射するといった機能を持つ光学部材は,今までなかった.今回のPICASUS® VTは,従来は不可能であった機能を,ナノ積層技術を駆使して実現したものである.

 図12は,PICASUS® VTをAR用途に利用した実証デモを示している.図12左上が,実証デモ装置を側面から見た模式図である.下方に設置したディスプレイからの画像情報が,PICASUS® VTを貼ったアクリル板に斜め入射して左方に反射され(黄緑色の矢印),左方にいる運転者がアクリル板を透過してくる道路風景(黄色の矢印)と共に画像情報を認識している.図12右側の写真は,アクリル板の左半分にPICASUS® VTを貼りつけて撮影したデモの結果である.左半分では,道路風景もディスプレイからの画像情報(黄緑色で「目的地まで20㎞」や上矢印を表示)も良好に見えている.右半分では,アクリル板が透明なので,道路風景は見えるものの,ディスプレイからの画像情報は殆ど見えない.

 PICASUS® VTの用途としてはAR向け投影部材だけでなく,パソコンやスマートフォン向けの覗き見防止フィルムとしての利用が考えられる.正面から見ている本人には見えるが,脇から覗き見しようとしている人には環境からの光がフィルムで反射して目に入るので,白い画面にしか見えないことになる.

 さらには次世代ディスプレイ用集光フィルムとしての適用も検討しているとのことで,3年後の実用化を目指してユーザと共同評価を進めている.

 

図12 正面透過・斜め反射フィルムのAR用途実証デモ

 

4.おわりに

 透明なポリマーをフィルム状に積層すると金属のように見えたり,正面からの光は透過し斜めからくる光は反射するといった不思議な特性が,ナノ積層フィルムで実現することに先ず驚いた.そのような革新的技術を完成するには,40年余の長期にわたる研究開発の蓄積が必要であった.ポリマー材料そのものの改良,用途に応じて光反射特性をマッチさせる光学設計,nmオーダーでのフィルム積層を実現する製造装置,等が融合した総合技術として成り立っている.1mを超す幅で連続的にロール状に製造する大面積のフィルムを,均一・高品質で安定して量産するまでには,並々ならぬ改善努力が積上げられたことであろう.nano tech 2020 nano tech大賞を受賞するに至った技術的背景が理解できた取材であった.

 ナノ積層フィルムの応用先であるユーザとの共同開発も,実用化の推進に重要となろう.ナノ積層フィルムが様々な応用を通して社会に浸透していくこと,また今までにない新しい機能を発現するナノ積層フィルムの発明,新製品の出現を期待したい.

 

参考文献

[1] nano tech大賞2020:https://www.nanotechexpo.jp/main/award2020.html
[2] 東レ HP, 機能化成品(樹脂,フィルム):https://www.toray.co.jp/products/prod_002.html
[3] nano tech 2014 nano tech⼤賞受賞 “ナノアロイ® による新素材の創出,東レ株式会社 化成品研究所樹脂研究室 ⼩林 定之⽒に聞く”,NanotechJapan Bulletin Vol. 7, No. 2, 2014:https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/Nano_Inov_pdf/nanoInnov-18.pdf
[4] 綱島研二,青木精三,曽田敦彦, ”積層ポリエステルフィルム",特開昭51-33177(1974.9.14出願)
[5] 森島 泰,太田 幸男,秋田 雅典,“流体混合器”,特開昭55-145522 (1980.11.13公開)
[6] 合田 亘,長田 俊一,坂本 純,井ノ本 健,中司 修平,”ナノ積層ポリエステルフィルムの開発と工業化”,高分子学会2016年次大会予稿集,3A09AL, Polymer Preprints, Japan Vol. 65, No. 1 (2016)
[7] 合田 亘,長田 俊一,坂本 純,井ノ本 健,中司 修平,”平成27年度高分子学会賞(技術):ナノ積層ポリエステルフィルムの開発と工業化”,高分子,65巻5月号,p.254 (2016)
[8] ナノテク深化でPICASUS® 新シリーズを拡充(近赤外透過,ダイクロイック調,ブルーライトカット)-ナノ積層技術の深化により,可視光線~近赤外光線までの波長選択性を実現-,東レ プレスリリース(2015年10月23日):https://cs2.toray.co.jp/news/toray/newsrrs01.nsf/0/97DCF5F054C0D1F949257EE6000B3528?open
[9] ナノ積層技術の深化で革新的な紫外線カットフィルムを創出-薄膜で紫外線の高遮蔽化と400nm近傍までの紫外線カットを実現-,東レ プレスリリース (2019年4月23日):https://cs2.toray.co.jp/news/film/newsrrs01.nsf/0/3FA992C42257EBCA492583F90001CA39
[10] 世界初の正面透過・斜め反射フィルム「PICASUS® VT」を創出-ナノ積層技術の深化で光の指向性を制御-,東レ プレスリリース (2020年1月29日):https://cs2.toray.co.jp/news/film/newsrrs01.nsf/0/A970DE5D559FFBB5492584FE0010B6BE

(図はすべて東レ株式会社から提供された)

(尾島 正啓)



 

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