NanotechJapan Bulletin

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<第76回>
太陽光と水と二酸化炭素から,プラスチック原料へ
~人工光合成プロジェクト~

三菱ケミカル株式会社 瀬戸山 亨氏に聞く

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瀬戸山 亨 氏(三菱ケミカル株式会社 エグゼクティブフェロー)

 

 “ナノテクノロジー”をテーマとする世界最大級の展示会である“第19回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2020)”が,2020年1月29日から31日までの3日間例年通り東京国際展示場(東京ビッグサイト)で開催された.世界の358企業・団体(国内224,海外134)から出展があり,その中から,最終日に優れた展示に対する表彰式が行われ,プロジェクト賞にNEDOプロジェクト「太陽光と水と二酸化炭素から,プラスチック原料へ ~人工光合成プロジェクト~」が選ばれた.受賞理由は「太陽光と水と二酸化炭素からプラスチック原料を合成する技術を研究しており,二酸化炭素削減と石油由来プラスチックの削減に向けて実現性が見えてきた点を賞す.」である[1].そこで,このプロジェクトでどのような技術が開発されているのか,プロジェクトリーダである三菱ケミカル株式会社 エグゼクティブフェロー・Setoyama Laboratory所長 瀬戸山 亨(せとやま とおる)氏,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)材料・ナノテクノロジー部にお話を伺った.なお,nano tech 2020の直後からの新型コロナウィルス感染症の流行により,お話はWebを利用したリモート取材により伺った.

 

1.新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)材料・ナノテクノロジー部の活動 [2]

1.1 NEDOの起源

 1970年代に世界を襲ったオイルショックでエネルギーの多様化が求められ,国・経済産業省(当時,通商産業省)は,1974年に新エネルギー技術研究開発についての長期計画「サンシャイン計画」を,続いて1978年に省エネルギー技術開発「ムーンライト計画」を開始した.そして,1980にこれらの技術開発マネジメント機関として,NEDOの前身「新エネルギー総合開発機構」が設立された.その後幾度か内容が拡充され現在の「国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構」に至っている.

 

1.2 NEDOのミッション

 上記のことからもわかるようにNEDOは,経済産業行政の一翼を担う国立研究開発法人であり,「エネルギー・地球環境問題の解決」や「産業技術力の強化」をミッションに技術開発マネジメントをしている組織である.その運営役割は,国・経済産業省から示された国の指針・予算を元に技術戦略を策定し,その遂行に向けて,産業界・大学・公的研究機関とプロジェクト体制を築き,その実行をマネジメントすることである(図1).この運営を通して得られた技術・知見をもとに国に技術戦略提言をフィードバックして政策立案に役立てるサイクルを通して,国の競争力強化,オープンイノベーションを推進している.

 

図1 NEDOの役割

 

1.3 NEDO 材料・ナノテクノロジー部の役割と推進プロジェクト

 NEDO材料・ナノテクノロジー部は,特に産業技術力の強化に重きを置いて取り組んでいるNEDOの一部門であり,4つの領域(①軽量・高強度を特徴とする構造材料,②新規高機能を有する先端材料,③省エネ化学品製造に資するプロセス技術,④バイオ材料を基とする生産技術)で14のプロジェクトを推進している(図2).本稿で取り上げるのはその内の1つ「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発」である.

 

図2 材料・ナノテクノロジー部が推進する14のプロジェクト

 

2.二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発:人工光合成プロジェクト

2.1 プロジェクト設立の背景

 日本の化学産業は,あらゆる産業に様々な素材を供給する基盤産業である.そのメインは,原油を精製して得たナフサを分解してエチレン(C2),プロピレン(C3),ブテン(C4)等のオレフィンを造る.これらのオレフィンをもとにプラスチック,合成繊維,合成ゴム等をはじめとする多くの誘導品を合成し,我々の生活に必要な衣類からエレクトロニクス関連,さらには医療・健康分野の製品を供給している.

 課題は,原料の95%を原油(ナフサ)に依存していること,および化学産業の二酸化炭素排出量が7400万トン/年(2015年)であり,日本の産業界の二酸化炭素排出量の22%を占めていることである.このことから,①化石資源への依存度の低減,②原料多様化への対応,③低炭素社会の実現 に貢献可能な新規化学品製造技術が求められている.

 

2.2 人工光合成プロジェクトの目的

 上記の課題を克服するために本プロジェクトが設けられた.その目的は図3(上)に示すように,太陽エネルギーを利用して,

①光触媒によって,水を水素と酸素に分解し,
②次に分離膜によって,水素と酸素の混合ガスから水素を安全に分離し,
③最後に,その水素と工場排ガス等から取り出した二酸化炭素を原料として,基幹化学品であるC2(エチレン),C3(プロピレン),C4(ブテン)等のオレフィンを選択的に製造する基盤技術を開発することである.

 

図3 人工光合成プロジェクトの目的(上)と実用化イメージ(下)

 

 これによって,オレフィン原料の化石資源依存性を低減,二酸化炭素の原料化による低炭素社会の実現に貢献する.なお,一般に人工光合成と言えば,太陽エネルギーを用いて高エネルギー物質の水素等の化合物を造るところまでを言うことが多いが,本プロジェクトでは得られた水素と二酸化炭素をさらに反応させプラスチックの原料のオレフィンまでもっていく,これが本プロジェクトの特徴で,他では手掛けられていないことである.

 

2.3 人工光合成の実用化イメージ

 ここで,本プロジェクトの人工光合成の全体像を理解するために実用化イメージを図3(下)に示す.本プロジェクトにおいて確立した基盤技術を太陽エネルギー密度の高い地域で実用化する.また,日射量や日中/夜間の水素発生変量変動対応として,化石資源(CH4等)由来の水素と併用する複合プロセスを想定している.さらに,生成する酸素は合成反応などに利用可能であり,その用途も考慮する.

 

2.4 プロジェクト実施体制と研究開発スケジュールおよび最終目標

 実施体制を図4に示す.NEDOのマネジメントのもと,人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPCem)[3]に委託され,産学官連携のオールジャパン体制で,総勢約150人で推進している.プロジェクトリーダは三菱ケミカルの瀬戸山氏,光触媒のテーマリーダは東京大学の堂免氏,分離膜のテーマリーダは三菱ケミカルの武脇氏,合成触媒のテーマリーダは東京工業大学名誉教授の辰巳氏である.

 

図4 人工光合成プロジェクトの実施体制

 

 研究開発スケジュールを図5に示す.10年間のプロジェクトで総予算は約150億円(10年間)である.2012年に経済産業省のプロジェクトとして発足し,組合が設立された2014年からはNEDOのプロジェクトとして運営されている.

 

図5 人工光合成プロジェクトの研究開発スケジュール

 

 本プロジェクトの最終目標は(表1),(1)①-a光触媒の太陽エネルギー変換効率10%のモジュール,(2)①-b水素を安全に分離するモジュール,(3)②炭素数2,3,4の単独オレフィンを収率70%で製造する小型パイロットプラント,の実現である.

 

表1 人工光合成プロジェクトの最終目標

 

2.5 プロジェクト成果のnano tech展への展示

 nano tech 2020に人工光合成プロジェクトは,NEDOゾーンに「太陽光で水を水素と酸素に分解する光触媒パネル」を展示した(図6).太陽光を吸収して水を高効率に分解する光触媒は,最終目標10%の変換効率に対し,2019年度中間目標の効率7%を達成した.太陽光を効率良く利用するためには,可視光に応答する光触媒の開発が不可欠で,酸硫化物系半導体材料において,Y2Ti2O5S2光触媒が単独で水を完全分解できることを実証した.水分解で得られた水素と酸素の混合ガスは,爆発範囲にあり,そのままでは利用できないので,サブnmオーダーの微細孔をもつ分離膜を用いて,混合ガスから水素を安全に取り出す.合成触媒により,水素(H2と二酸化炭素(CO2)からプラスチック原料であるオレフィン(C2,C3,C4)を効率的に合成する.2021年までに各要素プロセスの基本技術を確立し, 2030年頃に,商用プラントの稼働を目指すとした.

 

図6 nano tech 2020に展示された光触媒パネル

 

 表1の三つの最終目標に向けたこれまでの成果を以下に紹介する.

 

3.光触媒による水素,酸素の生成およびそのモジュールの開発

 多くの光触媒が検討されているが,ここではその内の代表的なものとしてチタン酸ストロンチウム(SrTiO3),Y2Ti2O5S2,窒化タンタル(Ta3N5),およびSrTiOを用いた光触媒反応器を紹介する.

 

3.1 光触媒による水分解の原理と変換効率 [4][5]

 初めに光触媒による水分解の原理について述べておく.光触媒は半導体の微粒子であり図7に示すように,

(i)バンドギャップ以上のエネルギーを持つ光を照射すると価電子帯と伝導帯の間でバンド間遷移が起こり光を吸収する.
(ii)このとき,伝導帯下端には光励起された電子(e-),価電子帯上端には光により生成した正孔(h+)が生じる.
(iii)電子は水素生成助触媒,正孔は酸素生成助触媒まで拡散し,それぞれの助触媒上で下記の反応により水素と酸素を発生する.

水の電離平衡 H2O ⇋ H+ + OH
水素発生 4H+ + 4e → 2H2
酸素発生 4OH + 4h+ → O2 + 2H2O

 

図7 光触媒による水分解の原理

 

 光触媒の重要な性能である太陽エネルギー変換効率(STH:Sun light conversion to hydrogen)は太陽光エネルギーの内,水分解に使われた割合である.入射太陽光のうち光触媒によって吸収される量をQ,吸収された光子により生成した電子と正孔の内,再結合することなく水分解反応に使われた割合を量子収率ηとすれば,STHはQ×ηである.

 太陽光エネルギーの波長分布を表す太陽光のスペクトル強度のピークは,波長400nm~800nmの可視光領域にある(図8).それ故STH向上のためには,可視光を吸収する光触媒を用いかつ量子収率を高めることが重要である.図9は,量子収率をパラメータにして利用可能波長とSTHとの関係を示したものである.目標のSTH 10%を達成するためには,量子収率100%の場合540nm以上の吸収端波長を持つ光半導体が必要である.700nm,800nm以上の吸収端を持つ光半導体であれば量子収率は40%,30%でよいことを示している.

 

図8 太陽光の波長とスペクトル強度

 

図9 STHと量子収率と利用可能波長との関係

 

3.2 光触媒SrTiO(Alドープ)で量子収率100%を実現:~収率低下要因を抑える高活性な光触媒の設計指針~ [6]

 前述のようにSTH向上には,利用できる太陽光の波長範囲を広げることと,各波長における量子収率を高めることの二つの要素を改善する必要がある.前者は用いる光触媒材料のバンドギャップで決まり,後者はその調製法や助触媒(光半導体上に担持され水素/酸素生成を促進する)との組み合わせで決まる.ここでは後者に焦点を絞り,理論上最大となる100%に近い量子収率での水分解を達成した.

 用いた光触媒はSrTiO3(Alドープ)で,フラックス法で合成した結晶癖のある微粒子は,[100]面,[110]面が露出している(図10).その[100]面に水素生成助触媒Rh/Cr2O3を,[110]面に酸素生成助触媒CoOOHを光電着法で選択的に担持している.

 

図10 SrTiO(Alドープ)光触媒の構造と水分解反応プロセス

 

 本研究において,上記光触媒SrTiO3(Alドープ)では,光によって励起された電子と正孔がそれぞれ[100]面,[110]面に向かって選択的に移動する異方的電荷移動現象が起こることは,及びe-の結晶粒子内での濃度勾配と異方性のsimulationとよく一致している.高量子収率発現は,これを効果的に利用している.即ち,

1)助触媒の選択的担持:光電着法では,光により励起された電子が到達する結晶面で水素生成助触媒が還元的に,正孔が到達する別の結晶面で酸素生成助触媒が酸化的にそれぞれ析出・担持される.
2)光励起で生じた電子と正孔が,それぞれの助触媒に送られ,水素及び酸素生成反応で速やかに消費される.
3)また水素生成助触媒Rh/Cr2O3は,Rh粒子の外側を酸素を透過させないCr2O3で被覆された構造をしている.これにより,酸素生成助触媒上で発生した酸素が水素生成助触媒コアへの拡散するのを防ぐので,生成した酸素と水素が元の水に戻る逆反応を抑制している.

 このようにして100%近い量子収率は実現したが,光触媒SrTiO3(Alドープ)はバンドギャップが大きく吸収端波長360nm程度の近紫外光応答の触媒であり,STHは1%未満に止まる.今後,バンドギャップが小さく幅の広い可視光領域の光を利用できる光触媒に,ここで得られた知見,技術を適用して目標のSTH 10%を目指している.

 

3.3 可視光を利用して水を分解する酸硫化物光触媒Y2Ti2O5S2を開発:高STHと安価な水素製造プロセスの実現に期待 [7]

 酸硫化物半導体であるY2Ti2O5S2は,波長640nm以下の太陽光を吸収し,弱アルカリ性水溶液中で水を水素と酸素に分解することが知られており,STH向上が期待される光触媒材料である.本プロジェクトでは,水分解反応の条件や,水素生成反応と酸素生成反応を効率よく進行させる助触媒の探索,及びY2Ti2O5S2は自身の結晶性向上等の検討を実施している.

 Y2Ti2O5S2は,その可視光応答性と先述のSrTiO(Alドープ)で量子収率100%を達成した技術・知見を組み合わせ,本プロジェクトの目標であるSTH 10%実現が期待され,検討が進められている光触媒材料である.またY2Ti2O5S2は特に水素製造用の半反応触媒としても比較的高い活性を示し,パラレル二段型触媒への応用も期待できる.

 

3.4 窒化タンタルからなる赤色透明な酸素生成光電極を開発 ~世界トップレベルの太陽光エネルギー変換効率(STH)7%を達成~ [8]

 光触媒による水分解には,先述のSrTiO3やY2Ti2O5S2のように一つの光触媒上でH2とO2を生成させる一段型と,一つの光半導体電極でO2(またはH2)を生成し,もう一つの対電極でH2(またはO2)を生成させる二段型とがある.ここでは,後者の窒化タンタルからなる酸素生成光電極を開発した.

 窒化タンタル(Ta3N5)は,400nm~600nmまでの可視光を吸収し,光触媒的に水を分解し酸素を生成する光触媒材料である.本プロジェクトでは,この窒化タンタルを成膜する導電性基板として,透明で低抵抗・耐熱性に優れたGaN/Al2O3を適用するとともに,スパッタリングによる成膜条件を最適化し,温和な条件での窒化により酸素生成光電極に仕上げた.この酸素生成光電極は赤色透明という大きな特徴を持っており,600nmよりも長波長の光の70%以上を背面に透過させることができる.

 今回開発した酸素生成光電極を1段目(前面)に,既知のカルコゲナイト系p型光半導体であるCuInSe2(1100nmまで光吸収可能)をベースとした水素生成光電極を2段目(背面)に,それぞれ配置した2段型のタンデムセルを作製し(図11),疑似太陽光の照射下における水の全分解反応を検討した.その結果,5.5%(2018年),さらに7%(nano tech 2020展示時)まで向上した.この変換効率の値は,窒化タンタル光触媒として世界トップレベルである.一方Ta3N5自身は水によって酸化されやすい材料である為,触媒寿命を確保する為の様々な検討がなされている.

 

図11 Ta3N5光触媒をベースとする酸素生成光電極と,
CuInSe2をベースとする水素生成光電極とからなるタンデムセル(2段型)の模式図

 

3.5 大面積化・低コスト化を実現する新しい光触媒パネル反応器を開発:~水深1mmの反応器で水分解を実現~ [9]

 光触媒の開発に続き,人工光合成システムの社会実装に向けて大面積化・低コスト化を実現する光触媒パネル反応器の検討を,現在大量に入手できるSrTiO(Alドープ)光触媒を用いて進めている.SrTiO(Alドープ)光触媒粉末をガラス基板上に塗布して固定した光触媒シートを用いて,水深が浅く,強制的な対流も必要としない,水分解用の光触媒パネル反応器を設計,開発した.この小型反応器には,約10cm角のSrTiO(Alドープ)光触媒シートが格納され,その上面の紫外光が当たる面は透明な石英の窓となっている.その間から,数ミリメートルの水深で水が供給される仕組みである.

 小型光触媒パネル反応器を用いて水深の影響を検討した結果,水深がわずか1mmであっても物質の拡散の律速などに起因する損失が生じないことがわかった.更にSTH 10%に相当する状態を模擬的に構成した結果から,STH 10%の場合の水素生成量である3.7ml(1cm2で,1時間あたり)を支障なく生成できることを確認できた.

 光触媒反応器のスケールアップおよび実証試験も進めている.塗布により基板上に形成した25cm角のSrTiO(Alドープ)光触媒シート16枚をパネル反応器に格納した1m2スケールの大型光触媒パネル反応器を作製,これを並べた3m2級,100m2級へと段階的なスケールアップと次節で述べるガス分離ユニットを加えフィールドテストを計画している.

 

4.水素と酸素の混合気体から水素を安全に分離する分離膜およびモジュールの開発 [10]

 本プロジェクトの第2の課題である水素/酸素分離のコンセプトを図12左に示す.0.29nm~0.34nmの細孔を持つ分離膜材料を用意し,上方に水素(径0.29nm)と酸素(径0.34nm)の混合気体を導入すると,分子ふるいの効果によりサイズの小さい水素のみが下方に選択的に透過する.図12右は,この膜を被覆したセラミックパイプを作りその外側に水素,酸素の混合ガスを加圧導入すればパイプの内側から水素を取り出すことができるというものである.

 

図12 水素/酸素分離のコンセプト

 

 高性能な分離膜の要件としては,高い水素/酸素分離選択性と高い水素透過性が必要となる.水素中での酸素の爆発下限界=許容限界を考慮して,水素の濃度は96vol%以上が必要である.また分離膜コストの大半を占める多孔質アルミナ支持体の価格を考慮した経済性確保の条件として一定以上の水素透過性が必要になる.結果として高透過膜,高選択膜それぞれに水素透過性と水素/酸素分離選択性が必要になる.

 これらの膜を用いた水素/酸素分離ユニット(モジュール)の構成を図13に示す.光触媒の実環境下では太陽熱により水温が上昇し水蒸気が発生する為,その影響を軽減する目的での前処理が必要となる.水素/酸素分離は,高水素透過性のA膜をまず通し,次いで高水素/酸素分離選択性のB膜を通す2段で行う.

 

図13 水蒸気・水素・酸素混合気体の分離プロセス

 

 また光触媒で生成した水素/酸素混合ガスは,水素/酸素比=2/1の曝鳴気である.水素/酸素混合ガスの分離ユニットまでのガス移動は,絶対に爆発事故を起こしてはならないという“本質安全”対策が必要である.この課題に対しては,爆発の可能性を限りなく最少化し,もし爆発があっても周囲に影響を及ぼさないというコンセプトでの安全設備を基本に検討を進めている.

 

5.水素と二酸化炭素からオレフィンを合成する一貫プロセス開発

5.1 水素と二酸化炭素からオレフィンの合成 [11]

 混合ガスから水素を 安全に取り出したら,合成触媒により,水素(H2)と二酸化炭素(CO2)からプラスチック原料である オレフィン(C2,C3,C4)を効率的に合成する.

 水素と二酸化炭素からオレフィンの合成プロセスは下式のように,水素と二酸化炭素からメタノールを合成するプロセス(式(1))と,メタノールからオレフィンを合成するプロセス(MTO,Methanol to Olefin,式(2))からなる.

 


 

このメタノール合成とMTO合成反応は,いずれも既に工業化されている技術であるが,一般に,メタノール合成は平衡制約から250℃程度,5MPa 以上といった中温・高圧の反応条件が必要である一方,MTO合成反応は400℃以上,0.3MPa程度といった高温・低圧の反応条件が適している.そこで,従来のプロセスでは,各々の反応における収率の最大化を図るため,メタノール合成設備とMTO設備を別々に設置し,中間生成物であるメタノールを一旦外部に取りだすために反応/精製/貯蔵設備を二式有していて,コスト的に課題があった.また,本プロセスは高温のスチーム環境下で反応させる必要があり,工業化されている従来の触媒では大幅に活性が低下するため,生産性向上が大きな課題となっていた.本研究開発では,前段のメタノール合成反応においては平衡制約を緩和し,高効率で低級オレフィン合成を可能にするコスト競争力の高いメタノール合成/MTO合成反応一貫プロセスを開発した.

 また,ソーラー水素と二酸化炭素からオレフィンを合成するプロセスは,上記式(1)~(2)の通りである.一方,革新的C1化学プロセスⅠと呼ばれているメタンからメタノールを経由するオレフィン合成プロセスは,

〔CH4 + 1/2O2 →CO + 2H2 〕⇒〔CO + 2H2 →CH3OH〕⇒〔CH3OH→(CH2) + H2O〕

である.本プロジェクトで開発するプロセスは,C1化学プロセスⅠにも適用できるものであり,ソーラー水素の日射量変動平準化のためにこれらをハイブリッド化して使用すべきであるとプロジェクトでは主張している.

 

5.2 メタノール合成プロセス

 前半のメタノール合成反応においては,ベースとなる触媒の選択と平衡制約の緩和手段として分離膜の反応プロセスへの導入を検討した.メタノール合成触媒としては生産性に優れた既存のCu-Zn系触媒を用いた.また,分離膜反応プロセスにおいては,メタノールを選択的に透過する分離膜を用いて生成物を反応系外に取り出すことによって反応の平衡をずらすプロセス技術を完成させた.具体的には,図14に示すように,反応生成物であるCH3OHは透過し,未反応のCO2,H2,COを通さない特殊なゼオライト分離膜を開発・導入することによって,上記式(1)の平衡制約を緩和し反応速度を画期的に高めた.このゼオライト分離膜導入により,50年来の常識を覆す革新的メタノール合成プロセスを目指している.

 

図14 CH3OHのみを透過するゼオライト分離膜

 

5.3 オレフィン合成プロセス(MTO):不死身の超高耐久性ゼオライト触媒を開発

 従来のMTO反応は,ゼオライト骨格内の4配位アルミニウム(Al)に起因する酸点によって進行する.今回開発された触媒は,公知の触媒とは異なり高温のスチーム処理後においてもゼオライト骨格内の4配位Alが安定に存在し(図15左),触媒活性が維持されている(図15右).本開発の触媒はスチーム耐性が高く,脱アルミによる永久劣化の程度が非常に小さいため,スチーム分圧の高い非常に苛酷な条件においても長時間活性を維持することが可能である.また本触媒は,反応時に析出したコーク(炭素)の燃焼除去による再生繰り返し操作を行っても,触媒性能が変化しない不死身の触媒と言える.

 

図15 新規触媒と公知触媒の高温スチーム処理前後の27Al MAS NMRの比較(左),
高温スチーム処理前後の活性比較(右)

 

 本触媒の基本骨格となるゼオライト構造には,活性点となりうるAlの位置が複数存在するが,MTO触媒として好ましい特定の位置にのみAlを導入する手法が確立されている.また本触媒は,Al以外の金属をドープすることにより高温での反応選択性が改善され,550℃においてC2~C4オレフィン収率が83%に到達することが確認された.これにより,MTO反応プロセスにおいて高選択性,高生産性を合わせて実現できる.

 開発したMTO触媒を大スケールで製造し,小型パイロット規模での技術実証を行った(図16).高温,高水蒸気分圧下において触媒の500時間以上の耐久性を確認し,低級オレフィン収率80%を達成した.

 

図16 小型パイロット設備(左)と反応時に析出したコーク(炭素)の燃焼除去の再生繰り返し操作実証運転結果(右)

 

6.社会実装に向けて [10]

 インタビューの多くの場面で,図表を用いてコスト見通しの話があった.化石資源由来の水素価格の見通しとそれに対抗するにはSTHが10%の場合日照時間,光触媒をはじめとする材料費,プラント建設費,これらの減価償却費等々を考慮し,ソーラー水素は350円/kg-H2(30円/Nm3-H)と設定された.これは国際エネルギー機関(IEA)による2030年時点での化石資源の国際取引価格を前提として,天然ガス改質により得られる水素の製造コストと同等になるという前提での設定である.

 そのためには光触媒は大量生産ができかつ粉粒体でしかも塗布プロセスでパネルが作成できなければならない等事細かく考察されている.そして図17に示す“CO2とソーラー水素を原料とした人工光合成実用化シナリオ”が描かれている.

 

図17 排出CO2とsolar水素を原料とした人工光合成実用化シナリオ

 

 この中には,水素については,負荷平準化のため化石資源であるCH4由来の水素の併用が,またオレフィン合成についてはCH4からのメタノールを用いるハイブリッド化が盛り込まれている.

 また,これの実現のためのロードマップが示されている(図18).本プロジェクトで築いた基盤技術(Phase 0)を基に,1ha級規模のソーラー水素製造を実証し(Phase 1),さらにソーラー水素の大規模モジュールを実証し(Phase2),最後に化石資源由来水素からソーラー水素への完全移行を行う(Phase3).このため水素については,2025年頃にはメタンガス由来合成ガスを導入し化学プラントへの適用を開始し,2035年頃にソーラー水素を本格的に導入しソーラー水素の社会実装を実現するというものである.

 

図18 事業化へ向けたロードマップ

 

7.おわりに

 瀬戸山氏のお話には, SrTiO3(Alドープ)光触媒で量子収率100%実現のようなプロセスを抜本的に改善する基礎的知見を求める研究がある一方,話のはしばしに光触媒によって生成される水素の価格が化石由来の水素価格より優位なものでなければならない,そのためには材料,プロセス,モジュールはかくかくしかじかでなければならないとするコスト検討の話があり,本プロジェクト全体が開発技術の実用化(社会実装)を強く意識しながら進められていることを感じた取材であった.また,プロジェクトにかかわる数々の心を打たれるエピソードを伺った.例えば,①東大の堂免先生が2001年にGaN:ZnOを用い可視光で水分解の研究結果を発表された.従来より2桁以上の水素の発生量である.これを見た瀬戸山氏は企業の研究者魂が沸き上がり,すぐに堂免先生を訪ね共同研究を申し出た.これが瀬戸山氏にとってこの研究のスタートであった.共同研究を進める傍ら,経済産業省にも働きかけ本プロジェクトの設立に繋がったとのことである.②基礎研究やモジュール開発に多用しているSrTiO3(Alドープ)の話である.若い研究者が今まで使用していたルツボが見当たらなかったので代わりにアルミナ(Al2O3)ルツボを用いてSrTiO3を合成した.従来より飛躍した性能向上が確認され,詳細に調べて見たところSrTiO3にルツボのAl成分がドープされSrTiO3(Alドープ)になっていることが明らかになった.幸運なセレンディビティの賜であった.③100%に近い量子収率で水を分解する光触媒に関してである.本論文はnature誌に掲載された学術的にも技術的にも高く評価されている論文である.論文を読むと,量子収率100%は,SrTiO3(Alドープ)光触媒粒子上に担持された助触媒の粒子数をTEM像から根気よく数え,そこにどれだけの光量の光が降り注いだか,そこから発生した水素がいくらであるかを目の子で求め,量子収率が100%であることを見出した地道な実験と地道な解析のたまものであることが良く判る.

 これらの幸運,努力が稔り社会実装が実現して低炭素社会が進み,我々が最近たびたび遭遇している「これまでに経験したことのない大雨や大風,大波等の荒々しい気象現象」が和らげられ穏やかに暮らせる日が来ることを期待したい.

 

参考文献

[1] nano tech大賞2020,https://www.nanotechexpo.jp/2020/main/award2020.html
[2] NEDO 材料・ナノテクノロジー部2019年度パンフレット,https://www.nedo.go.jp/content/100899503.pdf
[3] 人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem),https://www.meti.go.jp/policy/tech_promotion/kenkyuu/saishin/24.pdf
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy_environment/jisedai_karyoku/pdf/002_02_05.pdf
[4] 久保田純,堂免一成,「可視応答型光触媒を用いた水の全分解による水素製造」,光学,Vol.41,6号,pp.318-323(2012)
[5] Qian Wang and Kazunari Domen,「Particulate Photocatalysts for Light-Driven Water Splitting」,Chem. Rev.,120, pp.919-985(2020)
[6] NEDOニュースリリース:「世界初,100%に近い量子収率で水を分解する光触媒を開発~収率低下要因を完全に抑える高活性な光触媒の設計~」,https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101311.html(2020年5月29日)
Tsuyoshi Takata, Junzhe Jiang, Yoshihisa Sakata, Mamiko Nakabayashi, Naoya Shibata, Vikas Nandal, Kazuhiko Seki, Takashi Hisatomi1 & Kazunari Domen, "Photocatalytic water splitting with a quantum efficiency of almost unity", Nature , Vol 581, pp.411-414(28 May 2020)
[7] NEDOニュースリリース:「世界初,可視光を利用して水を分解する酸硫化物光触媒を開発 ~安価な水素製造プロセスの実現に期待~」,https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101149.html(2019年7月3日)
Qian Wang, Mamiko Nakabayashi, Takashi Hisatomi, Song Sun, Seiji Akiyama, Zheng Wang, Zhenhua Pan, Xiong Xiao, Tomoaki Watanabe, Taro Yamada, Naoya Shibata, Tsuyoshi Takata & Kazunari Domen , "Oxysulfide photocatalyst for visible-light-driven overall water splitting", Nature Materials Vol 18, pp. 827-832(2019); DOI https://doi.org/10.1038/s41563-019-0399-z; Published: 17 June 2019
[8] NEDOニュースリリース:「窒化タンタルからなる赤色透明な酸素生成光電極を開発 ~世界トップレベルの太陽光エネルギー変換効率5.5%を達成~」,https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101057.html(2019年1月25日)
Tomohiro Higashi, Hiroshi Nishiyama, Yohichi Suzuki, Yutaka Sasaki, Takashi Hisatomi, Masao Katayama, Tsutomu Minegishi, Kazuhiko Seki, Taro Yamada, and Kazunari Domen, "Transparent Ta3N5 Photoanodes for Efficient Oxygen Evolution toward the Development of Tandem Cells", Angewandte Chemie International Edition, Vol. 58, Issue 8; https://doi.org/10.1002/anie.201812081 ; First published: 12 December 2018
[9] NEDOニュースリリース:「大面積化・低コスト化を実現する新しい光触媒パネル反応器を開発 ~水深1mmの反応器で水分解を実現~」,https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100899.html(2018年1月19日)
Yosuke Goto, Takashi Hisatomi, Qian Wang, ..., Tsuyoshi Takata, Taro Yamada, Kazunari Domen,「A Particulate Photocatalyst Water-Splitting Panel for Large-Scale Solar Hydrogen Generation」,Joule 2, pp.509-520(March 21, 2018)
Yosuke Goto, Takashi Hisatomi, Qian Wang, Tomohiro Higashi, Kohki Ishikiriyama, Tatsuya Maeda, Yoshihisa Sakata, Sayuri Okunaka, Hiromasa Tokudome,  Masao Katayama, Seiji Akiyama, Hiroshi Nishiyama, Yasunobu Inoue, Takahiko Takewaki, Tohru Setoyama, Tsutomu Minegishi, Tsuyoshi Takata, Taro Yamada, Kazunari Domen, "A Particulate Photocatalyst Water-Splitting Panel for Large-Scale Solar Hydrogen Generation", Joule, Volume 2, Issue 3, 21 March 2018, Pages 509-520
[10] NEDO事業原簿【公開】,「二酸化炭素原料化基幹化学品 製造プロセス技術開発:Ⅲ.2.1.2 水素分離膜及びモジュール化技術等の研究開発」,https://www.nedo.go.jp/content/100899250.pdf
[11] NEDOニュースリリース:「超高耐久性ゼオライト触媒を開発 ~CO2を資源とする化学品製造の実現に大きく前進~」,https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100737.html(2017年3月16日)
Masato Yoshioka, Toshiyuki Yokoi*, and Takashi Tatsumi, "Development of the CON-type Aluminosilicate Zeolite and Its Catalytic Application for the MTO Reaction", ACS Catalysis. 2015, Vol. 5, No. 7, pp. 4268-4275lPublication Date: June 4, 2015; https://doi.org/10.1021/acscatal.5b00692

(図表はすべて,NEDO材料・ナノテクノロジー部 および 三菱ケミカル瀬戸山氏から提供された)
 

 (真辺 俊勝)


 

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