NanotechJapan Bulletin

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<第78回>
IoT社会に貢献する環境発電など,太陽電池の多面的応用
~固体型色素増感太陽電池,フレキシブル環境発電デバイス,ペロブスカイト太陽電池~

株式会社リコー Energy Harvesting 事業センター 笠原 俊秀氏,三澤 太輔氏,田中 裕二氏,新居 遼太氏,堀内 保氏に聞く

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(左)笠原氏@大森本社,(右)沼津事業所にて,左から 新居氏,三澤氏,田中氏,堀内氏

 

 nano tech 2020 国際ナノテクノロジー総合展は,「超スマート社会を実現するナノテクノロジー」をメインテーマにして2020年1月29日~31日に東京国際展示場(東京ビッグサイト)で開催された.その最終日に優れた展示に対する表彰式が行われ,350を超える出展者の中から株式会社リコーがナノマテリアル賞に選ばれた.受賞理由は「固体型色素増感太陽電池を搭載した環境センサー,発電ゴムを利用した振動発電など,ユニークかつ先進的な材料技術開発を賞す.」とのことであった[1]. 

 今回,ナノマテリアル賞受賞の展示の中から,特に“太陽電池”に焦点を当て,その研究開発・事業化を担当された株式会社リコー Energy Harvesting事業センター 企画営業グループの笠原 俊秀(かさはら としひで)氏,同 設計開発グループの三澤 太輔(みさわ だいすけ)氏,田中 裕二(たなか ゆうじ)氏,新居 遼太(あらい りょうた)氏,堀内 保(ほりうち たもつ)氏にお話を伺った.イノベーション本部 戦略統括センター 技術コミュニケーション推進室の早野 勝之(はやの まさゆき)氏にも同席いただいた.新型コロナウィルス感染症の流行により,取材はWEBを利用したリモート取材により行った.

 

1.株式会社リコーのnano tech 2020出展コンセプト 

 まず,株式会社リコー(以下,リコー)のnano tech 2020出展取り纏め役を務めた早野氏に,今回の出展コンセプト[2]についてお聞きした.

 リコーグループは,1950年代に事務機分野に進出して以来,常に革新的なワークスタイルを提案してきた.そして現在,価値創造の領域は,一般オフィスからさまざまな業種や現場・社会を含めたワークプレイスへと拡大している.リコーが取り組んでいる技術開発の方向性として,基盤事業であるオフィスプリンティング分野に加え,オフィスから現場へ提供価値を広げている中で,プリンティング技術を応用した“機能する印刷”にも取り組んでいる.その具体例としては,インクジェットで電池印刷する技術(2019年度のnano tech大賞受賞[3])や,バイオ3Dプリンタ(2016年度のnano tech大賞受賞[4])等がある.

 また,リコーでは蓄積してきた技術をベースにして,国連で合意された持続可能な開発目標であるSDGs(Sustainable Development Goals)に貢献することを事業計画の核にしている.SDGsの目標の中には,持続可能なエネルギー・気候変動への対応・持続可能な生産消費などがあり,脱炭素・循環型社会の実現が求められている.リコーのnano tech 2020出展コンセプトとしては,こうした社会課題の解決に向け,新たな可能性に挑戦する技術開発8件を展示した; 

①オフィスや室内の光で大きな発電量が得られる「室内光環境発電デバイス」
②形状・屈曲性が自由な「フレキシブル環境発電デバイス」
③宇宙での利用も目指す「ペロブスカイト太陽電池」
④リチウムイオン二次電池をデジタル印刷製造する「インクジェット電池印刷」
⑤圧力・振動で発電する独自材料によりICを駆動する「発電ゴム」
⑥レーザーダイレクトマーキングによる「ラベルレスペットボトル」
⑦高い透明性やカラー表示を実現する「エレクトロクロミック調光シート」
⑧石油系プラスチック代替を目指す「生分解性プラスチック」

 本記事では上記展示の内,①②③の3種類の太陽電池について,技術内容や事業化状況を取材した.

 

2.リコーの太陽電池R&D戦略と事業化状況 

 リコーではEnergy Harvesting(EH)事業センターが,太陽電池の技術開発・事業化を推進している.EH事業センター企画営業グループの笠原氏に,リコーの太陽電池への取り組み全体状況を伺った. 

 “Energy Harvesting”はエネルギーを収穫するということで,光・熱・振動・電磁波など身の回りに存在するエネルギーを収穫し,電力として有効利用する“環境発電”とも言われる.環境発電素子としてリコーが注力しているのは,有機系の太陽電池である.従来の太陽電池はSi系や無機化合物系の太陽電池で,主に屋外でのソーラーパネルとして利用されてきた.これに対してリコーが狙う応用先はオフィスなど屋内での利用を想定し,低照度の光を電気に変換する有機系太陽電池である.何故リコーが有機系の太陽電池に取り組もうとしたか? それは,リコーが得意とする複写機の心臓部品である有機感光体(Organic Photo-Conductor:OPC)の技術が展開できると考えたからである. 

 図1は,複写機の有機感光体(OPC)と固体型色素増感太陽電池(Dye Sensitized Solar Cell:DSSC)の層構成を比較したものである.いずれも光を吸収して電荷を発生する有機材料である電荷発生層を中心にして,その上側に正電荷であるホールを輸送する有機化合物からなるホール輸送層(Hole Transport Layer:HTL),下側には電子を輸送するTiO2等からなる電子輸送層(下引き層)を積層している.発生した電荷をOPCでは潜像としてイメージ形成に利用し,一方DSSCでは外部へ電力として取り出している.有機系太陽電池の開発メンバーは,沼津事業所にて元々OPCの開発に携わっていたので,有機系の感光材料や積層製造技術を熟知している.従って有機系太陽電池は,蓄積されたOPCの技術が活かされる対象であった.

 

 

 

図1 複写機の有機感光体(OPC)と固体型色素増感太陽電池(DSSC)の層構成比較

  

 近年,IoT(Internet of Things)社会を目指して,センサーの活用が急激に増加している.センサーの数は世界中で1兆ヶ以上になると予測されており,センサーを駆動したりセンサー出力を取り出したりするための電源確保が課題になる.電源としては通常,ボタン電池を使ったり,AC電源から電気配線したりして供給する場合もある.配線不要,電池の交換不要な自立電源が使えれば是非そうしたい,という期待が高まっている. 

 有機系太陽電池の代表格である色素増感太陽電池(DSSC)は,正にそうした期待に応えるもので,低照度の室内光でも高い発電力をもつ.特にオフィスの壁際,倉庫,工場など比較的暗い室内光の下でも使え,ボタン電池は不要になり,電池交換のメンテナンスをしなくて済む.ただし,従来のDSSCは電解液を使用しているために,経年劣化による液漏れの課題があった.今回リコーが開発した電解液を有機半導体(+固体添加剤)に替えて固体化した固体型DSSCでは,そうした心配はなく,安全で高耐久性を実現している[5].

 この世界初の固体型DSSC製品を,2020年2月から販売開始している[6].活用事例として,図2(a)に示したDSSC搭載デスクをnano tech 2020で展示した.これはビルメンテナンスの大成株式会社と共同開発したもので,室内の照明光をデスク中央部に嵌め込んだDSSCで発電してデスク下のモバイルバッテリーに蓄電する.停電時などに電源として利用することが想定されている.また,図2(b)に示したDSSC搭載の環境センサーも展示した.温度・湿度・照度・気圧・電圧等のセンサーに,自立電源のDSSCを一体化したものである.白いモジュールの中央部に,1.7cm×1.9cmのDSSCを組み込んでいる[7].さらには,リコー製のプロジェクタや電子ホワイトボード向けに,固体型DSSCを搭載したリモートコントローラも試作した.乾電池が不要で,リモコン内の二次電池にDSSCで発電した電気を蓄電して使用する.

 

 

図2(a) 固体型色素増感太陽電池を搭載したデスク

 

 

図2(b)固体型色素増感太陽電池を搭載した環境センサー

 

 「リコーとしては,太陽電池そのものの事業だけでなく,センサーの自立電源として搭載したデバイス製品,さらにはデバイス製品を使用したIoTサービスへと事業展開していきたい」,と笠原氏は将来に向けた抱負を語った. 

 次章では,リコーが取り組んでいる3種の有機系太陽電池:①固体型DSSC,②フレキシブル有機薄膜太陽電池,③ペロブスカイト太陽電池について,EH事業センター設計開発グループのリーダである三澤氏から3人のテーマリーダを紹介してもらい,各テーマリーダから技術の詳細を伺った.

 

3.有機系太陽電池の技術開発

3.1 固体型色素増感太陽電池

 固体型DSSCのテーマリーダである田中氏に,技術開発の内容をお聞きした.

 

3.1.1 屋外での太陽光発電と室内での環境光発電の比較; 

 前章で説明したように,DSSCが想定している応用は,屋外ではなく室内での環境発電である.図3は,屋外での太陽光と室内でのLED光の光照射条件の比較である.左上は波長スペクトルで,実線がAM1.5の太陽光,点線がLED光である.AM1.5とは,左下図に示したように斜め上42度から太陽光が地上に照射され,大気圏を通過する空気質量(AirMass)が直上からの照射に比べて1.5倍になる条件である.LED光スペクトルは450~700nmの可視域に集中していて,太陽光スペクトルより狭い.図3右上は,AM1.5の基準太陽光と室内光(LED)とを比較した表で,室内光はエネルギーで1/1000以下,照度(lx:ルックス)で1/500と,太陽光より極めて微弱な光である.室内光の照度200lxという値は,室内の壁に環境センサーを設置したことを想定した値で,照明直下のデスク上では約800lxになるが,環境発電の指標条件として200lxとした.

 

 

図3 基準太陽光(AM1.5)と室内光(LED)の比較

  

 従来の太陽光発電向け太陽電池の主流はSi系であり,結晶Si太陽電池は太陽光に対しては22%の変換効率がある.しかし,蛍光灯に対しては電圧が出ないために出力は弱く,屋外用である.アモルファスSiやDSSC(電解液型)は,太陽光に対する変換効率は結晶Siより劣るが,蛍光灯下の出力は優る.アモルファスSi太陽電池は,ソーラー時計や電卓などの室内用途として既に実用化されている.一方,DSSCはアモルファスSi太陽電池より性能が優れているので,室内用として最適であるが,従来の電解液型DSSCでは長期使用での安全性・耐久性に課題があった.

 

3.1.2 固体型色素増感太陽電池の発電原理とデバイス構造; 

 そこで田中氏は,リコーの基幹事業である複写機やレーザープリンタに使用されるOPCの技術を活用して,固体型DSSCの開発に着手した.電解液はホール輸送液として機能するが,固体膜のホール輸送層を形成できれば,液漏れがなく安全性・耐久性の課題を解決するだけでなく,電解液を封入する工程がなくなり,より簡便な塗布工程で製造できるメリットもある. 

 図4は,固体型DSSCのデバイス構造図である.ガラス基板上に下から透明電極,ホールブロッキング層(HBL),増感色素を吸着したTiO2ナノ粒子からなる多孔質層,ホール輸送層(HTL),対向電極を積層している[5].

 

 

図4 固体型色素増感太陽電池(DSSC)のデバイス構造

 

このデバイスで発電が起きる原理を以下に記す; 

①ガラス基板側から入射した光が,多孔質層のTiO2表面の色素に吸収される.
②光を吸収した色素は電子を励起し,TiO2(n型半導体)の伝導帯に電子を注入する.
③伝導帯に注入された電子は,HBLを経て透明電極(陰極)へ流れる.
④陰極に達した電子は,外部回路を通りDSSCの対向電極(陽極)に流れる.
⑤対向電極に注入された電子は,HTLを経て色素に到達する.
(色素で光吸収により電子とホールが励起され,ホールはHTLで輸送され対向電極に達し,外部回路から流れてきた電子と結合消滅し,エネルギーの基底状態に戻る,とも言える.)

以上のプロセスが繰り返されて,光エネルギーが電気エネルギーに変換され,外部回路で電力エネルギーが消費される.

 

3.1.3 固体型色素増感太陽電池でのリコー特徴技術; 

 固体型DSSCでリコーの特徴技術は,図4にて橙色で示したHBLと塩基性化合物を添加したp型有機半導体のHTLにある.この2つの技術で,室内光に対する発電性能を高めている.HBLはTiO2(n型半導体)など金属酸化物の層で,電子のみを輸送し,ホールはブロックして電子とホールの再結合を抑制している.HTLのp型有機半導体が透明電極に接触しないようにHBLが挿入されている. 

 HBLやHTLが発電性能の向上に寄与するメカニズムを,太陽電池の等価回路を用いて説明する[8].図5左下は,太陽電池の電流密度-電圧曲線で,最大出力:Pmaxは短絡電流密度:Jscと開放電圧:Vocの積である理想出力よりは小さい.Pmaxが理想出力よりどれだけ小さいかをFF(Fill Factor:曲線因子)と呼んでいて,FFは最大で1になる.図5右上はpn接合太陽電池の等価回路で,2種類の内部抵抗:RshとRsがある.Rshはpn接合に並列に挿入された抵抗で,漏れ電流(shunt current)の流れやすさに関係する.すなわち,並列抵抗を大きくできれば,右下図に描いたように動作電流をJscに近付けることができる.一方,Rsはpn接合に直列に挿入された抵抗で,キャリア輸送経路上の抵抗である.従って,Rsはできるだけ小さくして,外部回路に有効に電力を供給したい.

 

 

図5  DSSCの低照度下での発電性能を向上させる指針

 

 室内での低照度の光に対しては,漏れ電流の影響が大きくなるので,特にRshを如何にして大きくできるかが,発電性能の指標であるFFを1に近づける上で重要となる.HBLの挿入により,伝導電子のみを透明電極へ流し,ホールはブロックして透明電極側には流さないで対向電極側に流れるようにしている.すなわち,電流は一方向にのみ流れるようにして,漏れ電流を少なくしている.実際に,HBLの挿入により,特に低照度でのFFが劇的に1に近づいて,発電性能が向上することを確認した. 

 2番目の特徴技術であるHTLでは,p型有機半導体で固体化しているが,そこに塩基性化合物を添加することで,発電性能を向上させている.図6は,HTLへの塩基性化合物の添加効果を測定した実験データである[9].横軸は塩基性化合物の塩基性の強さを表すpKa(酸塩基解離度)である.図6左のデータは,青色●がRsh,橙色▲がRsで,7種類の塩基性化合物(Pyridine:ピリジン系の誘導体)を添加して測定評価した結果である.塩基性を高めると,Rshが1桁以上向上していることが分かる.ただし,Rsは塩基性の大小に依らず,ほぼ一定である.図6右のデータは,青色●がFF,橙色▲がPmaxで,FFは塩基性を高めると0.6から0.8まで向上している.また,Pmaxは2μW/cm2から8μW/cm2まで向上している.この結果は,左側図のRsh増大に伴う発電性能向上と理解できる.すなわち,HBLとHTLの2つの特徴技術で,低照度でのDSSC発電性能を向上させている.

 

 

図6 HTLへの塩基性化合物添加効果:(左)Rsh/Rs vs pKa,(右)FF/Pmax vs pKa

 

3.1.4 固体型色素増感太陽電池の生産工程 [10]; 

 図7に,固体型DSSCモジュールの生産工程フローを示す.先ず,ITO系の透明導電性ガラス基板上に,金属酸化物からなるHBLを成膜する.次に,アモルファスSi太陽電池の生産工程で一般的に採用されているレーザー加工で,モジュール構造をパターニング加工する.この工程は,次節以降に紹介する有機薄膜太陽電池やペロブスカイト太陽電池とも共通する工程である.

 

図7 固体型DSSCモジュールの生産工程フロー

 

 TiO2多孔質層は,スクリーン印刷でTiO2ナノ粒子を分散させたペーストを塗布後,500℃で高温焼成して成膜する.その後,有機色素溶液に基板を浸漬させて,TiO2多孔質に色素を吸着させる.さらに,p型有機半導体と各種の添加材剤を有機溶媒に溶解した液を,色素吸着したTiO2多孔質上にスピン塗布してHTLを成膜する.HTLに対するレーザー加工を経て,最後に対向電極(Ag)を真空蒸着で成膜し,モジュールを封止する. 

 電解液を使用したDSSCの生産工程では電解液の注入や封止工程が必要であるが,固体型DSSCでは塗布工程で済むので,生産コストの面でも低コスト化される.

 

3.1.5 固体型色素増感太陽電池の製品ラインアップ; 

 以上の技術開発に基づいて,2020年2月に固体型DSSCの製品を販売開始した[6].図8上段が製品の外観と仕様で,3つのサイズで提供している.左側の52mm×84mmと大きなサイズは,第2章で紹介したデスク(図2(a))に搭載している.中サイズのものはリモコンに搭載,右側の17mm×19mmと小さいサイズは環境センサー(図2(b))に搭載している.また図8下段に示したように,増感色素の種類を変えることでカラー化や,対向電極も透明電極とすることでシースルー発電も可能である(開発中).

 

 

図8 固体型DSSC製品ラインアップ

  

3.2 フレキシブル環境発電デバイス 

 続いて,フレキシブル有機薄膜太陽電池(Organic PhotoVoltaic:OPV)について,テーマリーダの新居氏に伺った. 

 まず,どうしてOPVを開発しようとしたか,その背景は前節のDSSC案件で顧客からの要望に応えようとしたことにあった.顧客ニーズとして,曲面に貼り付けることができる薄さ・軽さであってほしい(フレキシブル),落下しても割れないでほしい(耐落下性),室内だけでなく窓際での利用も含め照度範囲を広めてほしい(広照度特性),といった声が寄せられていた.DSSCではガラス基板を使用しているので,フレキシブル性・耐落下性には課題がある.そこで,DSSCとは異なった特徴をもつ新たな環境発電デバイスとして,フィルムベースのOPV開発に着手した. 

 図9右の写真は,フレキシブルOPVの外観で,基板が高分子フィルムなので曲面状に変形できる.また,図9左はOPVの好適照度範囲を描いたもので,DSSCがカバーする室内環境:~1500lxより広い,100~10000 lxで使用できる.

 

 

図9 フレキシブル有機薄膜太陽電池(OPV)(右)の好適照度範囲(左)

 

 図10は,OPVのデバイス構造を示したもので,DSSCの構造(図4)と共通点が多い.違う点は光電変換層で,OPVではp型有機半導体とn型有機半導体が接合した層になっている.Si太陽電池と同様にpn接合ダイオードになっていて,そこに光が吸収されて電子とホールが励起される.ホールはホール輸送層を経由して上部電極へ,電子は電子輸送層を経て透明電極へ到達し,外部回路を流れて電力が消費される.

 

 

図10 フレキシブル有機薄膜太陽電池(OPV)のデバイス構造

 

 p型有機半導体については,九州大学との共同研究により,有機低分子材料の精密な設計・合成技術を開発し,低照度域でも高電圧・高電流化・高耐久化なOPVとしている[11][12].また,リコー独自のデバイス構造として,有機材料の光電変換層と無機材料の電子輸送層の間に中間層を挿入し,有機・無機接合界面でのバッファ層とすることで,OPVの高効率化・高耐久化を実現している. 

 図11は,フレキシブルOPVの発電性能と耐久性の評価データである.図左側は,LED光に対する変換効率の照度依存性データで,青色の線がリコーのOPV,緑色と橙色の線は他社のアモルファスSi太陽電池のデータである.低照度~高照度の広い範囲で,リコーOPVの変換効率は11%程度を維持しており,アモルファスSi太陽電池よりも高効率である[11][13].

 

 

図11 フレキシブル有機薄膜太陽電池の発電性能(左)と耐久性試験結果(右)

 

 また図11右はリコーOPVの耐久性試験結果で,横軸の試験時間に対して,出力の変化率について初期出力を1にとって表示している.青色の線は20000lx照射試験(照射劣化耐性),赤色の線は60℃ 90%RH試験(高温高湿耐性),緑色は70℃試験(耐熱性)で,いずれも500時間まで初期出力の10数%ダウン以内を維持している.有機材料を使用した太陽電池であっても,無機のSi系太陽電池と同等な耐久性である.

 さらには,DSSCやOPVは“影”による影響が少なく,設置自由度が高いという特徴もある.太陽電池を直列接続したモジュールにおいて,一番目のセルを影で覆うと,アモルファスSiの場合はモジュール出力が殆ど0になってしまうが,OPVでは0にはならず2番目以降のセルの発電が出力される.これは,OPVではpn接合の界面が入り乱れている“バルクヘテロ接合”になっているためと考えられる[14]. 

 フレキシブルOPVの応用としては,曲面化できる利点を活かして医療・介護・ヘルスケア分野での生体モニタリングや,ロボット等での振動センサーによる故障予知,他を想定している.また,DSSCよりも高照度環境で使えることから,農業分野でビニールハウスに貼り付けて環境モニタリングすることも考えられる.その場合は,太陽光をある程度透過するシースルー化も必要であろう. 

 フレキシブルOPVは現在開発段階であり,「九州大学との共同研究で,有機半導体材料の高性能化の余地はまだあると考えている.発電性能や耐久性の面でも,さらにレベルアップしたい.」と新居氏は期待を述べた.

 

3.3 ペロブスカイト太陽電池 

 最後に,ペロブスカイト太陽電池のテーマリーダである堀内氏に話を伺った. 

 ペロブスカイトとは結晶構造の1種で,BaTiO3やSrTiO3等の強誘電体がこの結晶構造をもつ材料として有名である.太陽電池向けには黒色のペロブスカイト結晶が,可視光スペクトルの全域を吸収するので,光吸収層として使われる. 

 図12は,リコーがJAXA(宇宙航空研究開発機構)や桐蔭横浜大学と共同開発したペロブスカイト太陽電池(PSC:Perovskite Solar Cell)である.PSCのデバイス構造は,DSSCやOPVと似ているが,光電変換する材料がDSSCでは色素,OPVでは有機半導体,PSCではペロブスカイトである点が異なる.PSCのHTLは有機材料なので,有機と無機のハイブリッド太陽電池と言える.

 

 

図12 ペロブスカイト太陽電池(28mm×32mm)

  

 PSCの特徴は,太陽光に対して高い出力を得ることと,宇宙線に対する耐久性が高い点にある.図13は,外部量子効率(EQC:External Quantum Efficiency)の波長スペクトルで,青色実線が宇宙線照射前,赤色が照射後である[15].宇宙線として,プロトン(50KeV,1014 protons/cm2)を照射した.この照射条件では,従来使用されているSiやGaAs系化合物の太陽電池では劣化が顕著にみられるが,PSCは殆ど劣化しない.高耐性である理由は,ペロブスカイト層の光吸収率が高く極めて薄く(0.5μm)できるので,宇宙線の影響による欠陥が発生しにくいと考えられる[15].

 

 

図13 ペロブスカイト太陽電池の放射線耐性評価 [15]

 

 「PSCは宇宙用途が最終目標になっているが,低照度~高照度の広い範囲で高い発電効率が得られるので,地上での応用も視野に入れて開発を進めている.」と堀内氏は語った.

  

4.おわりに 

 太陽電池といえば,広大な原野や屋根の上にソーラーパネルを敷き詰めた太陽光発電を連想してしまうが,室内の照明光などを小面積で受光する環境発電でセンサー向けの自立電源に使うことが現実になりつつある.低照度向けの環境発電デバイスとしては,Siや無機化合物系ではなく,有機系材料を用いることで変換効率が向上し,耐久性も確保される.3種類の有機系太陽電池が,それぞれの特徴を活かした応用分野に適用されようとしており,ナノマテリアル賞を受賞するに至った技術的背景が理解できた取材であった. 

 リコーでは複写機やプリンタでの有機感光体の開発で,長年にわたる材料技術・製造技術の蓄積があって,有機系太陽電池の開発に取り組む素地があった.オフィス向けだけでなく,広く社会の様々な分野で有機系太陽電池による環境発電が普及することを期待したい.

 

参考文献 

[1] nano tech大賞 2020, ナノマテリアル賞;https://www.nanotechexpo.jp/main/award2020.html
[2] リコー,nano tech 2020出展レポート;https://jp.ricoh.com/technology/exhibition/nanotech2020/report.html
[3] “業務革新や新しい価値提供をもたらす新技術開発 ~リチウムイオン二次電池印刷技術,発電ゴム,小型レーザ 3D スキャナ~,nano tech 大賞 2019 受賞 株式会社リコー 研究開発本部 リコー未来技術研究所 早野 勝之氏,鈴木 栄子氏,荒海 麻由佳氏, 岸 和人氏,三木 芳彦氏に聞く”,NanotechJapan Bulletin Vol. 12, No. 2, 2019;https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/Nano_Inov_pdf/nanoInnov-67.pdf
[4] “ヘルスケア,グリーン,ナノファブリケーションの分野における新技術領域の開拓 ~バイオ3Dプリンタ,エレクトロクロミック調光サングラス,有機正極二次電池~,nano tech 大賞 2016 受賞 株式会社リコー 高木 大輔氏,山本 諭氏,野村 正宜氏に聞く”,NanotechJapan Bulletin Vol. 9, No. 2, 2016;https://www.nanonet.go.jp/ntjb_pdf/nanoInnov-44.pdf
[5] 田中裕二,兼為直道,堀内保,“室内光高効率完全固体型色素増感太陽電池の開発”,Ricoh Technical Report No.40,pp.7~14, FEBRUARY, 2015;https://jp.ricoh.com/-/Media/Ricoh/Sites/jp_ricoh/technology/techreport/40/pdf/RTR40a01.pdf
[6] リコー,プレスリリース“世界初,固体型色素増感太陽電池モジュールの販売開始” (2020年1月15日):https://jp.ricoh.com/release/2020/0115_1
[7] リコーHP, 固体型色素増感太陽電池 RICOH EH 環境センサーD101;https://industry.ricoh.com/dye-sensitized-solar-cell/sensor
[8] 奥良彰,“室内照明による高効率環境発電デバイスと自立電源の開発”,電気学会誌, Vol.133, No.4, pp.214-217 (2013):http://www.nmems.or.jp/gsnpj/papers/docs/IEEJ-133-4-2013/213-217.pdf
[9] Yuji Tanaka, Ryota Arai, Naomichi Kanei, Tsuyoshi Matsuyama, and Tamotsu Horiuchi, “High Power Output of Solid-state Dye-sensitized Solar Cells with Strongly Basic Pyridine Compounds under Low-intensity Illumination”, Chemistry Letters, Vol.48, No.3, pp.242-244(2019):https://doi.org/10.1246/cl.180928
[10] Tamotsu Horiuchi, Tohru Yashiro, Tsuyoshi Matsuyama, Naomichi Kanei, Yuji Tanaka, and Shuji Hayase "Series-connected module with non-divided active layer of solid-state dye-sensitized solar cells", Applied Physics Express, 11, 082301 (2018): DOI: 10.7567/APEX.11.082301
[11] Ryota Arai, Seiichi Furukawa, Yu Hidaka, Hideaki Komiyama and Takuma Yasuda “High-Performance Organic Energy-Harvesting Devices and Modules for Self-Sustainable Power Generation under Ambient Indoor Lighting Environments”, American Chemical Society, Appl. Mater. Interfaces, 11, pp.9259-9264 (2019): https://doi.org/10.1021/acsami.9b00018
[12] Hideaki Komiyama, Takahiro To, Seiichi Furukawa, Yu Hidaka, Woong Shin, Takahiro Ichikawa, Ryota Arai and Takuma Yasuda, “Oligothiophene-Indandione-Linked Narrow-Band Gap Molecules: Impact of π-Conjugated Chain Length on Photovoltaic Performance”, American Chemical Society, Appl. Mater. Interfaces 10, pp.11083-11093 (2018): https://doi.org/10.1021/acsami.8b01233
[13] Ryota Arai, Seiichi Furukawa, Narumi Sato and Takuma Yasuda “Organic Energy-Harvesting Devices Achieving Power Conversion Efficiencies over 20% under Ambient Indoor Lighting”, Journal of Materials Chemistry A, 7, pp/20187-20192 (2019): https://doi.org/10.1039/C9TA06694B
[14] Woong Shin, Takuma Yasuda, Yu Hidaka, Go Watanabe, Ryota Arai, Keiro Nasu, Takahiro Yamaguchi, Wakako Murakami, Keigo Makita and Chihaya Adachi, “π-Extended Narrow-Bandgap Diketopyrrolopyrrole-Based Oligomers for Solution-Processed Inverted Organic Solar Cells” Advanced Energy Materials, 4, 1400879 (2014): https://doi.org/10.1002/aenm.201400879
[15] Yu Miyazawa, Masashi Ikegami, Hsin-Wei Chen, Takeshi Ohshima, Mitsuru Imaizumi, Kazuyuki Hirose, Tsutomu Miyasaka, iScience, Vol.2, pp.148-155 (2018):https://doi.org/10.1016/j.isci.2018.03.020

(図はすべて株式会社リコーから提供された)

 

(尾島 正啓)


 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です.