NanotechJapan Bulletin

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<第81回>
単層カーボンナノチューブZEONANO®G101の大量合成技術と応用展開
日本ゼオン株式会社 CNT事業推進部部長 兼 CNT研究所所長 上島 貢氏に聞く

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製品ZEONANO®SG101を手に上島 貢氏

 

 1991年に日本で発見されたカーボンナノチューブ(CNT)は,高強度,高導電性などの優れた特性を持ち,将来の産業に欠かせない夢の材料とされた.しかし,単層(SW),多層(MW)など様々な形態があり,形態によって特性が変わるので,形態を選択して作製することが望まれた.これに対し,国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)で,優れた特性を持つ単層カーボンナノチューブ(SWCNT)の画期的高速合成法が開発され[1],スーパーグロース法(SG法)と呼び,得られるSWCNTはSGCNTと命名された.SGCNTの応用・実用化を広く展開するためには,SG法の量産化技術の開発が急がれ,国立研究開発法人新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトに参加した日本ゼオン株式会社(日本ゼオン)は,産総研と共同研究により実証プラントを建設した[2].ここから企業にSGCNTサンプルを供給するとともに,日本ゼオンは,技術研究組合単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)の中でメンバー企業と共にSGCNTを応用した新素材を開発した[3].これらの成果を,2014年の国際ナノテクノロジー展・総合技術会議のnano tech 2014に出展し,nano tech大賞・産学連携賞2014に選ばれ[4],その内容は本NanotechJapan Bulletinに紹介されている[5].その後日本ゼオンは,同社の徳山工場内にSGCNT量産プラント立ち上げ[6],生産されるSGCNTをZEONANO®SG101と命名し,その製造・販売を担当するゼオンナノテクノロジー株式会社を設立した[7].そして,2017年には本展示会の最高の賞であるnano tech大賞2017を受賞している[8].さらに,2020年12月9日~11日に開催された第20回nano tech 2021に,ZEONANO®SG101とその分散液,これらを用いた高導電性シリコーンゴムや誘電エラストマー用フレキシブル電極等10件の新製品・新技術を出展し[9],応用上問題となる安全性評価も良好であることを示した.そこで,改めてZEONANO®SG101の開発経緯やこれら新しい製品の技術内容と今後の展開についてお伺いすべく,日本ゼオン株式会社 CNT事業推進部部長 兼 CNT研究所所長 上島 貢(うえじま みつぐ)氏を取材した.なお,お話は昨年初頭からの新型コロナウィルス感染症蔓延のため,Webを利用したリモート取材により伺った.

 

1.日本ゼオンの概要[10]:母なる大地から原料を得て製品を創り出し,人類の繁栄に貢献するゼオン

1.1 創業とその後の展開

 日本ゼオンは1950年に設立され,米国・B.F.グッドリッチ・ケミカル社より技術提携を受け塩化ビニル樹脂の製造を開始したのが始まりである.その後,基本理念『ニッチでも,日本ゼオンらしい得意分野で,ひとのまねをしない,ひとのまねのできない,地球に優しい,革新的独創的技術にもとづく,世界一製品・事業を継続的に創出し,社会に貢献する』を掲げ,1965年にナフサのC4留分から合成ゴムの原料となるブタジエンを抽出する独自プロセス技術「GPB法(ゼオン・プロセス・オブ・ブタジエン)」を開発,技術輸出のリーダーとして世界を席巻,技術のゼオンの橋頭堡を築いた(図1上部).続いて1971年に開発した独自のイソプレン抽出法「GPI法(ゼオン・プロセス・オブ・イソプレン)」は,C5留分の総合有効利用法であり,そこから産まれる製品“高機能樹脂,RIM(反応射出成形)配合液,熱可塑性エラストマー,合成香料”等を世に送り出した(図1下部).

 

図1 GPBプロセス,GPIプロセスとそれから得られる化学物質および主要製品

 

1.2 事業構成と業容

 日本ゼオンは,この二つのプロセスを基軸に,エラストマー素材事業,高機能材料事業,その他の事業をグローバルに展開している.現在,国内5工場・1総合開発センター,グループ企業19ケ国・地域55社を擁し,資本金:242億11百万円(2021年3月末),売上高:連結3,019億61百万円(2020年度),経常利益:386億68百万円(2020年度),従業員:連結3,502名,単体1,642名(2021年3月末)の業容である.

 各事業の売上高比率を図2に示す.製品として,合成ゴム(タイヤ・ベルト),合成ラテックス(塗工紙・手袋),熱可塑性エラストマー(粘着剤),石油樹脂(粘着剤・トラフィックペイント,塗料・インキ)等を擁するエラストマー素材事業が56%,高機能樹脂(レンズ・プリズム,光学フィルム),合成香料(香粧品・食品添加剤),さらに加えて電子部材(絶縁膜・保護膜,レジスト),エナージ材料(リチウムイオン電池用バインダー),メディカルデバイス(ステント・カテーテル)等を持つ高機能材料事業が28%,RIM(建設機械部材,受託設備部材),CNT(ZEONANO®SG101),各種塗料(建築塗料,外装塗料)等を持つその他事業が16%である.身近を見渡してみると,いたる所に日本ゼオンの製品群が活躍していることが分かる(図3).

 

図2 事業構成と売上高比率
(中段右:合成ゴム,下段右:合成ラテックス,下段左:LCD用フィルム,中段左:高機能樹脂)

 

図3 身近なところにゼオン

 

2.SWCNT(SGCNT,ZEONANO®SG101)開発の経緯

2.1 CNTの発見:CNTとは,なぜCNTなの?

 炭素は地球上で最も軽く,安定で,短い(強い)結合を形成する魅力的な素材である.その典型がナノ炭素三兄弟と言われているフラーレン(C60,1996年ノーベル化学賞),グラフェン(2010年ノーベル物理学賞),カーボンナノチューブである(図4).本稿の主題であるCNTは,MWCNTが1991年,続いて1993年にSWCNTが飯島澄男氏によって発見,五員環を含む炭素六角網平面がチューブ状になった構造が明確にされカーボンナノチューブ(CNT)と命名された[11].これに多くの理論物理学者が刺激され,数々の優れた特性を持つことが明らかにされた.

 

図4 ナノ炭素三兄弟

 

 SWCNTは構造制御により半導体,金属の性状を示す.また,SWCNTの引張強度は高張力鋼の20倍,熱伝導性は3000W/mKと銅の10倍,電流密度は銅の1000倍の109Aに耐える等の可能性が明らかにされ,エネルギー分野,エレクトロニクス分野,構造材料分野等多方面への応用研究がなされてきた.しかしながら,SGCNTの量産技術が開発される前は,その生産性はmg/hr程度で,工業材料としての検討は皆無であり,工業化に資する生産プロセスの開発が必須であった.

 

2.2 SWCNTの量産技術開発,工場建設

2.2.1 CNTの合成法

 CNTの合成法は,大別して触媒気相合成法と炭素固体原料法があり,それぞれの中に特徴ある方法が存在し,各研究機関,企業が使用している(図5).飯島氏がCNT発見に用いた合成法は後者の炭素固体原料法の内のアーク合成法(アーク放電法)であった.ヘリウム雰囲気中に対向配置されたグラファイト棒電極間にアーク放電すると陰極表面にCNTが析出するものである.

 

図5 CNT合成法

 

2.2.2 スーパーグロース法の誕生:生産性の良い画期的合成法(「SG法」と命名,得られるSWCNTを「SGCNT」と命名)

 NEDOはナノ炭素の応用展開を図ろうと「ナノカーボン応用製品創製プロジェクト」を2002年に始め,その中で,2004年4月,産総研の畠 賢治氏によって,生産性の良い画期的なSWCNT合成法が開発された[1].分類上は,触媒気相合成法の中の触媒担持反応法(固定床法(基板法))に属する.成長時間わずか10分の間に高さ(長さ)数mmのSGCNTが基板に垂直に成長したのである.しかも,得られたSGCNTは,長尺(数mm),高比表面積(1,000m2/g),高純度(99%以上)の優れた特性を持っていた(図6).

 

図6 SGCNTの特徴

 

 SG法の技術内容は,図7に示すように,Si基板上にAl2O3層を形成し,その上にスパッタで触媒のFe微量子を担持し,それを電気炉内に挿入し,反応ガス(He,C2H4,H2O)を流入させる.するとFe触媒粒子上にSGCNTが基板に垂直方向に成長する.触媒は基板上に存在し続けるいわゆる根本成長であるので,図6下に見られるように成長したSGCNTをカッターで切り取れば触媒は基板上に残っており,これが高純度の由来である.

 

図7 発明当時のSG法プロセス

 

 SG法の最大のポイントは,反応ガス中に少量のH2Oを添加したことである.触媒上に炭素の層が析出・被覆し,時間と共に触媒が失活するが,少量のH2Oが存在すると,

C + 2H2O → CO2 + 2H2

により,触媒上の炭素が除去されて,活性なFe触媒表面が維持されSGCNTの成長が継続する.しかし,図7に示すSG法では,生産性が低い.高生産性プロセスへの改良開発が必要であった.

 

2.2.3 NEDO「カーボンナノチューブキャパシタ開発プロジェクト」:SGCNT量産技術開発

 画期的なSG法を活用しようと表題のNEDOプロジェクトが2006年にスタートした.目標は,①SGCNT量産技術の開発と,②SGCNTを用いるキャパシタの開発である.キャパシタ開発は,SGCNTの持つ高比表面積の活用である.

 国家プロジェクトとしてCNTを用いた製品開発をするに当たって,世界的に見て抵触する特許の存否がチェックされた.日本ゼオンの荒川公平氏が「直径10~2000nmの微細な炭素繊維(CNTの言葉は使っていないが,実質CNTが含まれる)物質特許を出願・特許化[12]していることが判り,SG法展開に問題なしとなった.さらに,荒川氏が微細な炭素繊維とその合成技術に強い関心を持つ経験者であったことが,本プロジェクトにゴム・石油化学の日本ゼオンが参画するきっかけとなった.

 量産技術開発方針は図8のように定められた.即ち,

①基板:シリコンウエハーから金属箔基板へ
②触媒形成:ドライプロセス(スパッタ)からウエットプロセス(塗布)へ
③CVDプロセス:バッチプロセスから連続合成プロセスへ

である.

 

図8 SGCNTの量産技術開発方針

 

 その結果,500mm×500mm金属基板上にSGCNTを合成することに成功し,プロジェクト開始時の17,000倍の生産性向上を達成した実証プラントを実現し(図9),1時間に100~150g造れるようなったので,産総研・日本ゼオンから希望する研究機関・企業へサンプルを供給することになった.

 

図9 SGCNTの量産実証プラント

 

2.2.4 産業応用に向けた取り組み

 上記実証プラント技術を活用して,2015年,日本ゼオンは徳山工場内に商業プラントを建設し稼働を開始した(図10).またその製造・販売を担当するゼオンナノテクノロジー株式会社を設立し,生産出荷製品のブランド名を「ZEONANO®SG101」と命名した.

 

図10 日本ゼオン徳山工場内に建設された商業プラント(SGCNT(ZEONANO®SG101)を生産)

 

 一方,2005年のNEDOプロジェクトがスタートするころ,アスベストショックが起こり大問題となった.アスベストが鉱物由来の無機繊維材料であるため,同じ繊維状材料であるCNTについても厳しい目で見られた.産総研と日本ゼオンはこの問題に正面から取り組み,安全に関する考え方,許容暴露濃度,肺胞への移動データ,循環器系へのリスク,環境中での分解等々に関するデータを取得し開示してきた[13].総合的なリスク比較では,大きな問題はないとの結論である(表1)が,これからもさらにデータを取得・開示し,生産者・ユ-ザの安心・安全を確かなものにしていくとのことである.

 

表1 ナノマテリアルのリスク比較

 

3.SGCNT複合材料の開発:TASCにおける研究開発活動とその成果 [3][14]

 NEDO「低炭素社会を実現するナノ炭素材料実用化プロジェクト」(2010~2016年度)と併行して,プロジェクトの成果の普及を目的に「技術研究組合単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC:Technology Research Association for Single Wall Carbon Nanotubes)2010.5スタート~2017.3終了」が結成され,その一員に産総研と日本ゼオンも加わり,SGCNTの応用,実用化研究をオープンイノベーションの形で進めた(図11).その主要な成果を図12に示す.樹脂との複合では低添加高電導複合材料やフレキシブル導電複合材料を開発しアクチュエータへの応用を,金属との複合では銅との複合化により高許容電流密度耐性材料を開発し輸送機器用ワイヤーハーネス,モータコイル,架橋線への応用を,またアルミニウムとの複合化では高熱伝導材料を開発し電子機器冷却用ヒートシンク・熱交換機への応用を提案した.

 

図11 技術研究組合単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)における研究開発活動

 

図12 TASCにおける主要開発成果

 

また,そのほか下記のような開発がある[15].

  • 「高機械耐久性を示す高電導ゴム」:SGCNTの長さを維持したままバンドルをほぐし,SGCNTの集合体を形成した状態でマトリックス樹脂(フッ素ゴム)中に分散させたもの.
  • 「極少量のSWCNTを添加して作った導電性樹脂」:SGCNTの分散状態を制御しSGCNTを含む相と含まない相を形成させることによりわずか0.01wt%のSGCNT添加量で10-3S/cmの体積導電率を示す.
  • 「耐環境特性を示すゴム材料」:SGCNTネットワーク構造をエラストマー材料中に形成させたもの.
  • 「チタン並みの熱伝導率をもつSGCNT/炭素繊維/ゴム複合材料」:SGCNT(4wt%),ピッチ系炭素繊維(18wt%),マトリックス樹脂(フッ素ゴム)の三元系形成したもの.面内方向熱伝導率:25W/m・K.
  • 「シート系熱界面材料(Thermal interface material)」:SGCNTと黒鉛とゴムの三元系配合をベースに分散技術,加工技術を融合することで,厚み方向に高い熱伝導率を持つ.
  • さらに「電気二重層キャパシタ」,「集積三次元CNTデバイス」,「CNTアクチュエータ」,「CNTひずみセンサー」,「バイオ電池」,等々.

4.日本ゼオンにおけるCNT事業の今後の展開

4.1 基本的考え方と目指す方向

 日本ゼオンは,図6に示したSGCNT(ZEONANO®SG101)の特徴である長尺,高比表面積,高純度を活かし,日本ゼオンのコアコンピタンスであるゴムを中心とする既存の材料およびこれから開発される新材料との複合化・融合により,日本ゼオンならではの競争力のある新技術開発と新事業創出を目指す(図13).そのためには,既に築いてきたものに加え新たに大学や外部研究機関,企業との連携を積極的に進める.

 

図13 日本ゼオンにおけるCNT事業展開

 

4.2 SGCNT応用製品開発事例

 この方針に沿って既に開発したものとして,次のようなものがある.

  • バイオ電池・センサー(伸びる・曲がる・捻れるバイオ電池,伸縮性バイオ電池で駆動するオール有機通電パッチ.東北大学と共同開発)
  • テラヘルツ撮像デバイス(折れ曲がるテラヘルツカメラ,非破壊・非接触検査における新たな手法として期待.東京工業大学と共同開発)
  • 高圧水素用シール部材(水素機器における高圧水素シール用Oリング)
  • 電磁波遮蔽/吸収(塗料で電磁波遮蔽,SGCNT複合ノイズ抑制シート.産総研と共同開発)
  • 誘電エラストマー(誘電体層(ゴム)とCNT層の積層体で構成されるソフトなデバイス,アクチュエータ,センサー,発電デバイス(波力発電),スピーカー.千葉科学研究所らと共同開発)
  • 熱電変換素子(熱配管設置のトラップ故障検知システム,パトライト型温度異常検知システム)
  • 次世代蓄電デバイス(リチウム空気電池用カーボンナノチューブ空気極.物質・材料研究機構と共同開発)

 次章では,上記方針に沿った新たな動きを紹介する.

 

5.日本ゼオン・サンアロー・産総研 CNT複合材料研究拠点(TACC)設立とその活動

 産総研はCNT関連技術を企業が最大限に活用できるよう,CNT関連企業と「CNTアライアンス・コンソーシアム」を組んでナノ材料の安全性,評価技術,プロセス技術などの技術相談・共同研究を行い,日本発のCNT産業創出を目指している.CNT複合材料研究拠点(TACC)は,そのオープンプラットフォーム共同研究の第1号として,2017年1月,日本ゼオン,樹脂とゴムを中心とした複合素材の成形を得意とするサンアロー株式会社,産総研の三者が産総研内に設立した拠点である.さまざまな複合材料の製品化開発を進めている.以下にその2例を紹介する.

 

5.1 耐熱性Oリング「SGOINT®」の開発と販売開始 [16]

 耐熱性Oリング「SGOINT®」はTACCの第一号製品である.フッ素ゴム(FKM)を母材として使用し,長尺,高純度の単層カーボンナノチューブZEONANO®SG101を補強性フィラーとして使用した.SGOINT®は下記の特長を持っている.

 

1)高強度と高反発力(高モジュラス):アスペクト比の高いZEONANO®SG101をフィラーに用いることで実現している.Oリングのはみ出し破壊を抑制し,高圧環境下でも使用できる(図14).

 

図14 高強度と高い反発力,Oリングのはみ出し破壊を抑制できる耐熱Oリング

 

2)難燃性,高耐薬品性:ZEONANO®SG101は400℃以下で燃えることが無く,耐薬品性にも優れ,過酷な環境下でも形状を維持できる(図15).

 

図15 400℃以下で燃えることが無く,耐薬品性にも優れ,過酷な
環境下でも形状を維持できる安全性の高い耐熱Oリング

 

3)長寿命化:230℃以下では,シール性を500時間以上保持でき,Oリングの交換頻度を低減させることが出来る(図16).

 

図16 230℃以下の温度で飛躍的な長寿命化が期待できるOリング

 

 SGOINT®の総合特性は,図17に示すように,従来のCB添加品(黒線)に比べて,価格を除き総ての点で優れている.

 

図17 SGOINT®の総合特性

 

5.2 丈夫で柔軟なCNTシリコーンゴム複合材料を開発:導電性ゴムとして医療用ウエアラブル機器の電極パッドに実用化 [17]

 ウエアラブルデバイスの電極パッドに使えるZEONANO®SG101とシリコーンゴムとの複合材を,TACCにおいて,産総研と日本ゼオンが開発した(図18).

 

図18 柔軟な導電性ZEONANO®SG101シリコーンゴムシート

 

1)開発の背景

 医療用ウエアラブルデバイスは電極センサーを用いたタイプが多く,脳や筋肉の活動,心電図などの情報を受動的にモニタリングするだけでなく,神経に対して能動的に電気刺激を加える疾患治療法にも活用が始まっている.このような生体電極センサーには,皮膚との密着性を高めるための柔軟性に加え,安定した導電性,特に皮膚を通じて体内に電気的刺激を加えるために,ゴムシートの厚み方向への導電率が高く,そのばらつきが小さいことが求められる.

 

2)柔軟性に優れた高導電性シリコーンゴムの設計

 そこで,シリコーンゴムに市販の導電性フィラーカーボンブラック(CB)と少量のZEONANO®SG101を添加し,高導電と柔軟性の両立を図った.導電性CBと比較してZEONANO®SG101配合品は,添加量を少なくできる(図19右),その結果硬度を大幅に低くでき,柔軟になった(図19左).

 

図19 体積抵抗率と導電性フィラー添加量(右)および硬度(左)の関係
(phr;per hundred rubber,ゴム重量を100とした際の重量比)

 

3)体積抵抗率のばらつき低減

 導電性CBフィラーのみを用いたシリコーンゴムのCBの一部をZEONANO®SG101に置き換えることで(99/1,95/5品),体積抵抗率のばらつきを2/3程度に抑制できた(図20).これは,ZEONANO®SG101の長尺という特長により,CNTの絡み合い接点が増え,厚み方向の体積抵抗率の変動が抑制され,導電性が安定したためである.

 

図20 体積抵抗率変動係数に及ぼすZEONANO®SG101の添加効果

 

4)CNTシリコーンゴムの耐久性

 シリコーンゴムは有機系ゴムに比べ耐熱性や耐水性に優れるものの,イオン性不純物に対して弱く,ゴムを構成するケイ素-酸素間の化学結合が切断されて短期間のうちに分子量が低下する.この切断が進行すると,物性の劣化に加え,導電性フィラーの接触状態が変化し体積抵抗率が変動する.今回開発した複合材料では,純度の高いZEONANO®SG101を用いることで,耐久性の高い導電性シリコーンゴムを作製することができた.室温における混練後からのシリコーンゴムの重量平均分子量変化は,図21に見られるように,開発品は1カ月経過後でも分子量を80%程度に保持できたが,他社SWCNTを使用した比較品は劣化が早く,1週間で分子量が30%にまで低下している.

 

図21 シリコーンゴムの重量平均分子量の経時変化(室温)

 

5)「PURmix®高濃度ゴム(HCR)ヘルスケアコンパウンド」の開発

 日本ゼオンは,本共同研究にて開発したCNTシリコーンゴム複合化技術を用いて,母材ゴムにZEONANO®SG101をあらかじめ混練したマスターバッチを作製し,これを用いて米国のシリコーン分散液メーカー“Novation Solutions LLC社”と共同で「PURmix®高濃度ゴム(HCR)ヘルスケアコンパウンド」を開発した.このコンパウンドは腕時計形の医療用ウエアラブルデバイスの電極パッドに採用されている(図22).このデバイスはパーキンソン病や本態性振戦 注)の病態のひとつである手の震えを電流で抑えるもので,米国での臨床試験では多くの患者が震えの軽減を示した.食品医薬品局(FDA)認証も得ており,米国においてパーキンソン病患者の生活の質の向上に役立つと期待されている.

 

図22 病気による身体の震えを軽減するZEONANO®SG101応用デバイス(イメージ)

 

注)本態性振戦:手足や頭,声などのふるえのみを症状とする病気.特徴は,運動中,または重力に対応して姿勢を維持しているときに起こる周期的なふるえ(振戦)である.

 

6.終わりに

 前報以後,SGCNTの量産化が進み,産総研,関連企業との協業で様々な応用展開が進み,工業製品が開発された.沢山のエッセンシャルな図表を用いて説明頂いたが,紙面の都合上割愛したものも多い.産総研で発明された画期的SWCNT合成法(スーパーグロース法,SG法)を生産性の良い実証プラントに仕上げ,その運用と経験を経て産業用生産プラントを備える工場を建設,そこで生産されるSWCNTをZEONANO®SG101と命名し出荷に至るまでの展開を,筋道よく整理された説明であり,開発された技術を良く理解することができるインタビューであった.一方,製造されたSWCNT(SGCNT,ZEONANO®SG101)を,TASC,大学,外部研究機関,企業との連携の下,応用製品の研究開発,及びSWCNTの安全性に関するデータ取得と取り扱いマニュアル作成とその公開によって,安心・安全に商業生産が可能な状態になっていることを感じた.この状況がより完備し,社会ニーズに応える研究開発が益々進展することを願う.そして,ZEONANO®SG101の展望を示す図23が実現し,ZEONANO®SG101を含む製品を身近に感じる日常生活の到来を期待する.

 

図23 ZEONANO®SG101の展望

 

参考文献

[1] K.Hata, D.N.Futaba, K.Mizuno, T.Namai, M.Yumura, and S.Iijima,“ Water-Assisted Highly Efficient Synthesis of Impurity-Free Single-Walled Carbon Nanotubes”, Science, Vol. 306, No. 5700, pp. 1362-1364 (2004)
[2] 「大量生産で単層カーボンナノチューブの研究開発を加速」,
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2011/pr20110214/pr20110214.html
[3] 技術研究組合単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC),
http://kumiaikon.la.coocan.jp/docs/meti/2016-3/13.pdf
[4] nano-tech大賞2014 産学連携賞,https://www.nanonet.go.jp/ntj/topics_gov/?mode=article&article_no=2400
[5] 「単層カーボンナノチューブの量産技術:スーパーグロースの実証プラント―産学連携によるカーボンナノチューブの大量合成と応用展開―」,NanotechJapan Bulletin Vol. 7, No. 3 (2014)
https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/10-9-innovation/20.html
[6] 日本ゼオン,「世界初 スーパーグロース・カーボンナノチューブの量産工場 稼働」
https://www.zeon.co.jp/news/assets/pdf/151104.pdf
[7] ゼオンナノテクンロジーH.P. http://www.zeonnanotech.jp/
[8] nano-tech大賞2017 大賞,https://www.zeon.co.jp/news/assets/pdf/170222.pdf
[9] nano-tech 2021オンライン出展,http://www.zeonnanotech.jp/tech.html
[10] 日本ゼオンH.P. https://www.zeon.co.jp/
[11] S. Iijima, "Helical microtubules of graphitic carbon", Nature, Vol. 354, No. 6348, pp. 56-58 (1991)
[12] 荒川公平,「気相成長炭素繊維の製造方法」,特許公報 昭62-49363(出願日:1983.9.6)
荒川公平,「気相法による微細炭素繊維」,特許公報 平3-61768(出願日:1984.4.12)
荒川公平,「流動法気相成長炭素繊維」,特許公報 平5-36521(出願日:1984.9.14)
[13] 監修:国立研究開発法人 産業技術総合研究所 他 ,発行:技術研究組合 単層 CNT 融合新材料研究開発機構 (TASC),「[ケーススタディ報告書] スーパーグロース単層カーボンナノチューブ(SG-単層 CNT) 安全性データおよびTASC自主安全管理の紹介 第4版」
https://www.aist-riss.jp/wp-content/uploads/2015/03/927c7c6f88f21120d7051034fb8664c5.pdf
[14] https://www.nedo.go.jp/library/seika/shosai_201609/20160000000834.html
[15] 上島 貢,「カーボン材料開発とその応用」,成形加工,第30巻,7号,pp.549-554(2018)
[16] 耐熱OリングSGOINT, http://www.sunarrow.co.jp/pickup/sgoint/
[17] 産総研,日本ゼオン,ゼオンナノテクンロジー,「丈夫で柔軟なCNTシリコーンゴム複合材料を開発-導電性ゴムとして医療用ウエアラブル機器の電極パッドに実用化-」
https://www.aist.go.jp/aist_j/new_research/2021/nr20210517/nr20210517.html

 

本文中の図表は,全て日本ゼオン株式会社より提供されたものである.

 


(真辺 俊勝)


 

「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です.