NanotechJapan Bulletin

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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 秀でた利用成果
<2019年秀でた利用成果-5>
ナノワイヤを用いた尿中細胞外小胞捕捉
九州大学 柳田 剛,大阪大学 川合 知二,国立がん研究センター 落谷 孝広
名古屋大学 安井 隆雄,馬場 嘉信

 

(左)九州大学 先導物質化学研究所 柳田 剛
(右)名古屋大学 工学研究科 安井 隆雄

 

1.はじめに

 生体の様々な機能調整においてmicroRNA(miRNA)が重要な役割を果たしていることが明らかとなり,その詳細な機能解明のための研究が盛んに行われている[1].20-25塩基のnon-cording RNAの一種であるmiRNAは,messenger RNA(mRNA)と結合してタンパク質の発現を調整や,細胞外で細胞間コミュニケーションツールとして機能することが明らかとなっている[2].近年,体液中に放出されたmiRNAの配列や量ががんなどの疾患と関係していることが明らかになりつつあり[3],体液中cell-free miRNAを新規疾病バイオマーカーとして利用する研究が進められている[4].

 体液中cell-free miRNAの中でも,非侵襲かつ簡便に採集できる尿中cell-free miRNAがバイオマーカーとして注目を集めているが,尿中cell-free miRNAは非常に不安定かつ低濃度であり直接回収することが困難であるため,miRNAを内包している尿中細胞外小胞が注目を集めている.細胞外小胞とは細胞から放出される直径20-200nmの膜小胞の一種であり,血液・唾液・汗・尿・精液・リンパ液・脳骨髄液などあらゆる体液中に存在している.この細胞外小胞に内包されたmiRNAは体液中に含まれているRNaseの影響を受けにくく遊離しているmiRNAと比べて非常に安定であるため,尿中miRNAの回収を行うためには尿中の細胞外小胞を分離し,内包されているmiRNAの抽出を行うことが有効であるといわれている.

 尿中細胞外小胞の回収には,超遠心法や凝集試薬法などが用いられているが,様々な問題点のため,尿中の細胞外小胞由来miRNAを用いた疾病診断の実現は困難を極めている.例えば超遠心法では,十分な量の細胞外小胞を採取するために20mL以上の尿サンプル量が必要でありこと,分離に4-5時間を要すること,大型の超遠心装置が必要であることなどの問題点がある.凝集試薬法においては,高価な試薬が必要であること,分離に12時間以上かかることなどの問題点がある.したがって,これらの手法を用いて膨大な数の患者検体から細胞外小胞を回収し,疾病診断を行うことは困難である状況である.

 本研究では,尿中細胞外小胞の迅速な高効率回収とそこに内包されるmiRNA抽出を目標とし,ナノワイヤ空間をマイクロ流路中に有するナノワイヤデバイスを開発した.開発したナノワイヤデバイスでは1mLの尿から十分な量の細胞外小胞の回収が可能であり,20mL以上必要である超遠心法と比較すると大幅な必要な尿サンプル量の削減に成功した.また,ナノワイヤデバイスでは20分で高効率な細胞外小胞の回収が可能であり,4-5時間要する超遠心法や12時間以上要する凝集試薬法と比較すると回収時間の短縮に成功した.さらに,ナノワイヤデバイスに細胞外小胞を破砕する破砕液を導入することで,in situでのmiRNA抽出が可能であり,細胞外小胞の再回収などに伴うサンプル損失のリスクを減らすことに成功した.これら成果より,ナノワイヤデバイスを用いた細胞外小胞の高効率回収・in situ miRNAの抽出を実現した.ナノワイヤデバイスは溶液の送液のみという簡便な操作で1mLの尿から細胞外小胞由来miRNAの高速・高効率回収を行うことが可能であり,将来的には,本デバイスによる尿を用いた非侵襲な疾病診断への展開が考えられる.

 本研究を開始した直後,試作したデバイスの性能評価のために必要な設備が足りないという事態に直面した.その時,兼ねてより存在を耳にしていたナノテクプラットフォーム事業を利用すべく,超解像顕微鏡などの細胞外小胞観察に適した装置を多く保有している名古屋大学へ協力を依頼したところ,相談開始からわずか数ヶ月という短期間で本成果を得ることができた.我々と同様に試作したデバイスの評価設備が不足して困っている特に若手研究者の方々へ,本稿がナノテクプラットフォーム利用のきっかけとなったら幸いである.

 

2.ナノワイヤデバイスによる尿中細胞外小胞由来miRNA抽出

2.1 ナノワイヤデバイスの作製

2.1.1 ナノワイヤ

 本研究では,ポリジメチルシロキサン(PDMS)に末端を埋め込んだ酸化亜鉛ナノワイヤを水熱合成法で作製することで,ナノワイヤデバイスを作製した.細胞外小胞の破砕液に含まれる界面活性剤が,ナノワイヤと基板の間のヘテロ界面に入り込むことでナノワイヤ剥離を生じさせる可能性があったため,ナノワイヤ末端をPDMSに埋め込むことを選択した.ナノワイヤをマイクロ流路中に埋め込むことで,大きな流速にも耐えられる強固なナノワイヤとなり,迅速な細胞外小胞捕捉およびmiRNA抽出が達成された.酸化亜鉛ナノワイヤは尿のpH(6〜8)において,自身の等電点により表面が正に帯電するため,尿中で表面が負に帯電している細胞外小胞を静電相互作用により捕捉することが可能であった.

 

2.1.2 ナノワイヤの作製

 ナノワイヤ作製の手順を図1に示す.シリコン基板上に幅2mm,長さ2cmの流路をポジ型フォトレジストでパターニングし,そこに金属層をスパッタリングにより作製した後,レジストを除去した.その後,金属層を焼成させ,水熱合成法により酸化亜鉛ナノワイヤの選択的成長を行った.酸化亜鉛ナノワイヤ成長における金属層(CrとTiの二種類)と焼成温度条件(200℃,300℃,400℃)の検討を行ったところ(図2),Cr層を400℃焼成した時が最もナノワイヤの密度が高くなることが明らかとなった.以後のナノワイヤは,Cr層を400℃焼成した金属層を用いた.次に,Cr層を400℃焼成した金属層より水熱合成成長させた酸化亜鉛ナノワイヤに未硬化のPDMSを流し込み,硬化後に剥離することでSi基板上の酸化亜鉛ナノワイヤを折り取ってPDMSに埋没させた.PDMSに埋没した酸化亜鉛ナノワイヤをナノワイヤ成長の結晶核とし,水熱合成を行うことでPDMS埋め込み型ナノワイヤを作製した.

 

図1 ナノワイヤデバイス作製手順

 

図2 各金属層条件下でのナノワイヤ成長の様子.
(a)Cr層,200℃ (b)Cr層,300℃ (c)Cr層,400℃
(d)Ti層,200℃ (e)Ti層,300℃ (f)Ti層,400℃

 

2.1.3 ナノワイヤデバイスの作製

 ナノワイヤを成長させたPDMSに,幅2mm,長さ2cm,高さ50µmのPDMS流路を接着することで,ナノワイヤデバイスを作製した.埋め込み型ナノワイヤ作製のそれぞれの段階におけるSi基板とPDMSのSEM観察画像を図3に示す.これら観察画像よりシリコン基板上に成長していたナノワイヤの大部分がPDMSに埋没していること,さらに,埋没したナノワイヤよりナノワイヤが成長していることが明らかとなった.

 

図3 (a)Si基板上に成長したナノワイヤ
(b)PDMSに埋没したナノワイヤ
(c)ナノワイヤをPDMSに転写した後のSi基板
(d)PDMSに埋没したナノワイヤから成長させたナノワイヤ.ナノワイヤを黄色,PDMSを青色で着色

 

2.2 ナノワイヤデバイスによる尿中細胞外小胞の高効率捕捉と尿中細胞体小胞由来miRNA抽出

2.2.1 ナノワイヤデバイスによる尿中細胞外小胞の高効率捕捉

 本ナノワイヤデバイスは,酸化亜鉛ナノワイヤにより1mLの尿サンプルを送液するだけで細胞外小胞の高効率捕捉を行うことが可能であった.名古屋大学ナノテクプラットフォームの設備を用いて,健常者の尿サンプル中細胞外小胞を超遠心法で濃縮し,その表面電位を測定したところ,ほとんどの細胞外小胞は表面が負に帯電していることを確認した.また,この尿サンプル中の細胞外小胞濃度をナノワイヤデバイスへの送液前後で比較したところ,濃度の減少が確認され,ナノワイヤ空間による細胞体小胞の高効率回収に成功した.

 

2.2.2 ナノワイヤデバイスによる捕捉された尿中細胞外小胞由来miRNAの抽出

 尿中細胞外小胞が捕捉されたナノワイヤデバイスに細胞外小胞破砕液1mLをシリンジポンプにより導入し,細胞体小胞からin situで内包されているmiRNA抽出を行なった.名古屋大学ナノテクプラットフォームの設備を用い,本手法と既存手法(超遠心・凝集試薬)の必要試料量・時間を比較したものを表1に示す.この表より本手法は既存手法と比べ,迅速・省サンプルに細胞外小胞捕捉・miRNA抽出を行えることが明らかである.ナノワイヤデバイスで細胞体小胞からin situ抽出したmiRNA溶液,既存手法である超遠心法を用いて20mLの尿サンプルから抽出したmiRNA溶液,および凝集試薬法を用いて1mLの尿サンプルから抽出したmiRNA溶液を精製した後,マイクロアレイによってそこに含まれるmiRNA種の同定とそれぞれの抽出量を分析した.抽出傾向の比較を行うため,マイクロアレイにて蛍光が観察されたmiRNA種に対し,ナノワイヤデバイスで抽出されたものをY軸に,既存手法で抽出されたものをX軸にとって各miRNAの蛍光強度を手法別にプロットした.これらのプロットにおいて近似曲線を引いたところ,その傾きはナノワイヤ-超遠心法間で4.88,ナノワイヤ-凝集試薬法間で3.65であった.この結果より両者で抽出されたmiRNA種全体の抽出効率を平均化すると,ナノワイヤデバイスが超遠心法と比べ4.88倍,凝集試薬法と比べ3.65倍miRNA抽出効率が高いことが明らかになった.次に,上述のmiRNA種において,各手法により検出されたmiRNA種より蛍光強度が閾値より大きいmiRNA種の数を比較した.検出されたmiRNA種類の数はナノワイヤデバイスが最も多く,そして,既存手法で検出されたmiRNA種の大部分はナノワイヤデバイスによっても検出されていた.これら結果より,ナノワイデバイスは尿中細胞外小胞を高効率に捕捉できること,そして,その高効率捕捉が検出miRNA種の増加に大きな影響を与えていることが明らかとなった.

 

表1 ナノワイヤデバイスと既存手法の性能比較

 

2.2.3 健常者・がん患者尿サンプル中miRNAの比較

 ナノワイヤデバイスの臨床における有効性を調べるために健常者,がん(肺がん・膵がん・肝がん・前立腺がん・膀胱がん)患者の尿サンプルからナノワイヤデバイスを用いてmiRNAの抽出を行い,マイクロアレイによってmiRNA種の同定と抽出量の比較を行った.この結果をもとに各サンプルから検出されたmiRNA種より,蛍光強度が閾値よりも大きいmiRNA種の数を比較した.がん患者のみ・健常者のみで特異的に検出されるmiRNA種が確認された.そのいくつかはがん患者体液中で増加・減少する血清中miRNAとしても報告されており,ナノワイヤデバイスを用いた尿中miRNA抽出による疾病診断の可能性が示された.

 

3.おわりに

 ナノワイヤデバイスを用いることで,尿中に含まれる新規バイオマーカーである細胞外小胞由来miRNAを高速かつ高効率に抽出することに成功した[5].ナノワイヤデバイスは送液のみという簡便な操作で,1mLの尿中から40minで細胞外小胞由来miRNAの抽出を行うことが可能であり,その抽出効率は既存手法より高いことが明らかとなった.さらに,名古屋大学ナノテクプラットフォームの利用を通して,本手法で健常者とがん患者の尿中から細胞外小胞由来miRNAを抽出し,検出miRNAの比較を行ったところ,それぞれのサンプル間でその発現プロファイルが異なることが判明した.本結果より,ナノワイヤデバイスは尿中miRNAによる疾病診断の可能性だけではなく,今までに発見報告のないmiRNAの探索にも有効な診断プラットフォームとなる可能性も期待される.ナノテクプラットフォームは,我々のような,分野を横断するアイディアはあるが実行するための設備が足りない研究者などに特に最適な仕組みであると感じる.本稿がナノテクプラットフォームを利用する上での参考になれば幸いである.

 

4.謝辞

 本研究の一部は,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(分子・物質合成プラットフォーム 名古屋大学),S-17-NU-0033の支援を受けて実施した.

 

参考文献

[1] McManus, M. T.; Sharp, P. A., Gene silencing in mammals by small interfering RNAs. Nat. Rev. Genet. 2002, 3 (10), 737-747.
[2] Arnaud, C. H., Seeking tiny vesicles for diagnostics. Chem. Eng. News 2015, 93 (29), 30-32.
[3] Tominaga, N.; Kosaka, N.; Ono, M.; Katsuda, T.; Yoshioka, Y.; Tamura, K.; Lotvall, J.; Nakagama, H.; Ochiya, T., Brain metastatic cancer cells release microRNA-181c-containing extracellular vesicles capable of destructing blood-brain barrier. Nat. Commun. 2015, 6.
[4] Skog, J.; Wurdinger, T.; van Rijn, S.; Meijer, D. H.; Gainche, L.; Sena-Esteves, M.; Curry, W. T.; Carter, B. S.; Krichevsky, A. M.; Breakefield, X. O., Glioblastoma microvesicles transport RNA and proteins that promote tumour growth and provide diagnostic biomarkers. Nat. Cell Biol. 2008, 10 (12), 1470-U209.
[5] Yasui, T.; Yanagida, T.; Ito, S.; Konakade, Y.: Takeshita, D.; Naganawa, T.; Nagashima, K.; Shimada, T.; Kaji, N.;  Nakamura, Y.; Thiodorus, I.A.; He, Y.; Rahong, S.; Kanai, M.; Yukawa, H.; Ochiya, T.; Kawai, T.; Baba, Y., Unveiling massive numbers of cancer-related urinary-microRNA candidates via nanowires, Science Advances, 2017, 3, e1701133.

 

(九州大学 先導物質化学研究所 柳田 剛)