NanotechJapan Bulletin

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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 秀でた利用成果
<2019年秀でた利用成果-1>
ジルコニアセラミックスの力学特性劣化機構の解明
東ソー株式会社 松井 光二,物質・材料研究機構 吉田 英弘,東京大学 斉藤 光浩
東京大学 押川 浩之,熊本 明仁,幾原 雄一

 

(左から)東京大学 斉藤 光浩,物質・材料研究機構 吉田 英弘,東京大学 熊本 明仁,
東ソー株式会社 松井 光二,東京大学 押川 浩之

 

1.はじめに

 力学特性(強度・靭性)に優れるジルコニアセラミックスは,高温大気や熱水中の厳しい環境下に長時間曝されると,結晶相変態に起因する力学特性劣化のため室温使用に用途が制限されていた.この本質的な弱点を克服するため,特性劣化の仮説を立案して,その改良に取り組み,従来の概念を覆す超高耐久性を特長とする新型ジルコニアの開発に成功した.今回,ナノテクノロジープラットフォーム事業を利用して,この仮説の妥当性を検証すると共に力学特性劣化の仕組みを解明したことにより,理論に裏打ちされた超高耐久性ジルコニアを産学連携で提案することができた.本稿では,その成果について紹介する.

 

2.新型ジルコニアの開発経緯

 ジルコニアセラミックスは,1975年にGarvieらの変態強化の報告[1]がきっかけとなり,80年代に入ってから構造用部材等で実用化された.この中でもY2O3を安定化剤とする正方晶ZrO2多結晶体(Y2O3-stabilized tetragonal ZrO2 polycrystal: Y-TZP)が最も幅広く使用されており,光接続部品,精密機械部品,歯科材料等で商品化されている.Y-TZPの優れた力学特性は,応力下で発生する約4%の体積膨張を伴う正方晶(T)→単斜晶(M)相変態が破壊時のクラック進展を抑制する強化機構で理解されている[2].一方で,150~400℃の大気や100℃以上の熱水中の厳しい環境下にY-TZPを長時間放置すると,応力が作用しなくてもT→M相変態が自発的に進行するため,体積膨張で発生する亀裂の進展により力学特性が低下する[3].この低温劣化(Low temperature degradation: LTD)現象はY-TZPの本質的な弱点であるため,用途が室温で使用される部材や部品に限られていた.用途を制限しているLTDを克服することは,工業材料としての信頼性を高め,厳しい環境下での用途開拓に繋がるだけでなく,実はGarvie以来のジルコニア研究者や技術者の夢でもあった.

 本質的な弱点であるが故に克服困難とされているLTDを解決するには,Y-TZPの微細組織を究明することが近道と考え,まずはその知識を獲得する取り組みから始めた[4][5].1500℃焼結で高密度となる従来品3mol% Y-TZP(3Y)粉末の焼結時の微構造変化を追跡すると,1200℃ではY3+濃度の均一なT単相組織であり,1300℃でY3+が偏析している粒界を起点にT→立方晶(C)相変態が起こり,粒界に隣接した結晶粒内に高Y3+濃度のC相領域が形成してT-C二相組織となることを発見した.我々は,この粒界から起こる新しい拡散相変態現象に,粒界偏析誘起相変態(Grain boundary segregation-induced phase transformation: GBSIPT)と名付けた.GBSIPTの発見がきっかけとなり,LTD克服はGBSIPTが起こる前のY3+濃度の均一なT単相組織が鍵になると閃き,“Y3+濃度の不均一性がT→M相変態を促進させる”とのLTD仮説に到達した.言い換えると,“Y3+濃度の均一性を高めると,LTD耐性が向上する”ということである.Y3+濃度の均一なT単相組織を実現するには,上記のとおり,1200℃で焼結する粉末が必要である.そこで,低温焼結性を特徴とする新粉末開発に取り組み,東ソー株式会社の粉末製造技術[6]と微量添加物効果を応用して,1250℃で焼結可能なAl2O3を0.3mol%添加した3Y(東ソー製,TZ-PX-172;以下,3Y-Aと表記)粉末を開発し,これにGeO2を0.3mol%添加して1200℃の常圧焼結で高密度となる粉末(3Y-AG)をラボで試作して結晶粒径150nmのナノ微細粒焼結体の作製に成功した(図1).

 

図1 3Y,3Y-A及び3Y-AG粉末の焼結緻密化挙動と焼結体のSEM像

 

 次に,東京大学が所有する透過型電子顕微鏡/走査透過型電子顕微鏡(Transmission electron microscopy / scanning transmission electron microscopy: TEM/STEM)装置群を活用し,高分解能透過型電子顕微鏡法(HRTEM)及びSTEMと組み合わせたエネルギー分散型X線分光法(STEM-EDS)により,1200℃で焼結させた3Y-AGの微細組織を解析した.その結果,狙いどおりの結晶粒内のY3+分布が均一なT相粒からなる均一微細組織が形成されていた(図2).更に,粒界にはY3+,Al3+,Ge4+がナノオーダーの幅で共偏析しており,その中でAl3+,Ge4+が焼結性を著しく高め,GBSIPT前の高密度化を達成させた要因であるも特定した.T単相組織のLTD耐性を調べるため,3Y(1500℃焼結),3Y-A(1250℃焼結)及び3Y-AG(1200℃焼結)を熱水140℃の条件でLTD評価した.LTD進展の状況は,X線回折(XRD)測定によりT→M相変態に伴うM相の生成率(fm)として求めた.その結果,3Yは1日で劣化が進行したことに対し(fm=70%),3Y-A及び3Y-AGは1500日(4年超)を経てもfmがそれぞれ3%,2%とほとんど劣化せず,従来のジルコニアの概念を覆す驚異的なLTD耐性を示すことを確認した(図3)[7].

 

図2 1200℃で焼結させた3Y-AGの微細組織:(a) STEM像とそれに対応する元素マッピング像,
(b) 粒界近傍でのHRTEM像,(c) 粒界近傍でのY,Al及びGe濃度プロファイル

 

図3 LTD評価(熱水140℃):(a)3Y-AG(1200℃焼結),3Y-A(1250℃焼結)及び3Y(1500℃焼結)の
M相の生成率と水熱処理時間の関係,(b)水熱1500日後の3Y-AG(1200℃焼結)の外観

 

 3.LTD仮説検証の取り組み

 産学連携で新型ジルコニアを提案して,厳しい環境下で使用可能な材料として普及させるには,開発過程で立案したLTD仮説の裏付けが必ず求められるはずである.そのためには,LTD初期で起こるT→M相変態が最表面粒内のどの位置で生じているのか,それは何が起因しているのか,これまでに解明されていないLTDの起源を特定しておく必要がある.従来のY-TZPのLTD研究では,XRD法によるバルク解析が主流であるが,結晶粒内部で起こるT→M相変態を微視的視点で詳細に調べるには,この方法では原理的に不可能である.このため高性能なTEM/STEM装置群を配備した東京大学微細構造解析プラットフォームの共用設備を利用して,ナノ領域の解析を得意とするTEM/STEM法でLTDの起源を調べることにした.

 この仮説を検証するには,LTD処理した焼結体の選定が重要となる.新型Y-TZPは,上記のとおり,劣化しないため,従来品3Yに着目して,GBSIPTによってY3+濃度が不均一になり始めている1350℃焼結体を選定した.水熱処理条件については,XRD測定の結果からLTD初期と見做せる140℃×15minに設定した.解析試料の作製フローを図4(a)に示す.検証過程で困難を極め最も時間を費やしたのは,以下に述べる断面TEM試料の作製技術と高感度EDSマッピングの測定技術を確立することであった.

 

図4 (a)解析試料の作製フロー,(b)技術確立した断面TEM試料の作製プロセス

 

 4.断面TEM試料の作製技術

 水熱140℃×15min処理したLTD初期では,最表面の結晶粒内でT→M相変態が起こっていると想定されるため,TEM/STEM観察でその箇所を特定するには断面試料を作製する必要がある.作製時のポイントは,応力下でY-TZPはT→M相変態するので,応力が印加されない条件でTEM試料を作製することであった.そこで,支援担当者は,図4(b)に示すように,i)解析試料の最表面を保護して断面を切り出し,ii)応力フリーによる薄膜化工程を導入することにより,最表面粒の内部が観察できる断面TEM試料を作製することに成功した.i)では,エポキシ系樹脂を用いて解析試料とガラス板をはり合わせることで最表面を保護し,ダイヤモンドホイールカッターと研磨機で2.7mm幅×0.1mm厚の短冊状に切削加工した.ii)では,クライオイオンスライサー(日本電子製)とPIPS(ガタン製)によるArイオン研磨により薄膜化を行い,研磨時には試料を液体窒素で冷却した.イオンスライサーは,高出力でArイオンを照射できるので,応力フリーで試料の厚みを0.1mm→30nmへ薄くすることができる.更に,原子分解能組織観察に適する断面試料とするために,イオンスライサーで形成されたダメージ層をPIPSの低加速Arイオン照射で除去した.この作製方法の特長は,従来の機械研磨による応力誘起T→M相変態の可能性を排除しているので,断面試料で観察されたM相はLTDで生成したものとして見做せることである.更に,このような一連の工程は,現在でもオートメーション化されていないため,重要なことは,切削加工や薄膜化の条件設定,必要に応じて工程途中でTEM観察を行う等の支援担当者の粘り強いハンドリング技術がTEM解析のレベルを決定づけていることである.

 図5(a)(b)(c)に,馬蹄形モリブデングリッドに貼り付けた断面TEM試料の光学顕微鏡写真を示す.馬蹄形グリッドの中央部に薄膜化された解析試料が貼り付けてあり(a),その試料を拡大すると解析試料断面の最表面を保護しているガラス板が存在していることが分かる(b).更に,最表面部分を拡大するとガラス板消失側の領域に光の干渉縞が現れているので,この最表面はSTEM観察に適していることが示唆される.しかしながら,光学顕微鏡のみでエポキシ系樹脂で保護した最表面が残存しているかを判断することは不可能である.そこで,TEMで最表面を観察すると,エポキシ系樹脂と解析試料の界面が観察されており,最表面がArイオン研磨されずに残存していることが確認された(図5(d)).エポキシ樹脂の残留は,最表面がArイオン研磨されずに残存している確証となる.このように支援担当者の精細なハンドリング技術によって,原子分解能組織観察や高感度組成分析に耐え得る断面TEM試料が完成する.

 相変態組織を観察するには,TEM装置内で断面試料を傾斜調整して特定の結晶方位を選択して観察する必要がある.そのためには,観察に適した結晶粒を最表面で見つけるという極めて限定された領域で調べる必要があり,一つの解析試料につき10個以上の断面試料を作製しなければならなかった.このような地道な試料作製の取り組みが,後述するように原子分解能組織観察でLTDの起点(T-M相領域)を捉えることに成功し,その領域から組成マップを初めて手に入れることができた.

 

図5 断面TEM試料(3Y-1350℃焼結,熱水140℃×15min処理)の光学顕微鏡像
((a)試料,(b)応力フリー研磨部,(c)表面近傍)とTEM像((d)最表面)

 

 5.高感度EDSマッピング技術

 最表面結晶粒内でのY3+濃度の不均一性とT→M相変態の関係を関連づけるには,局所領域での微小Y3+濃度変化を可視化できる高感度のEDSマッピング技術を確立する必要がある.数万点のEDSスペクトル収集が必要な2次元マッピング測定において,局所領域でのY3+濃度の僅かな差(3±2mol%)を捉えるには,スペクトルのS/N比を高く保たなければならない.そこで,東京大学微細構造解析プラットフォーム所有の環境対応型超高分解能電子顕微鏡(JEM-ARM200F,STEM用収差補正レンズ及び大口径100mm2シリコンドリフト検出器(SDD)二機搭載)と走査透過型電子顕微鏡(JEM-2800,100mm2 SDD一機搭載)を利用して(図6),断面TEM試料についてSTEM-EDSマッピングによる高感度測定を行った.電子線照射によるダメージを防ぐために,弱電流電子線の高速スキャンによる多重積算型マッピングと10秒間隔のドリフト補正を組み合わせて,数百nm四方領域を7~11hかけて測定した.

 

図6 東京大学微細構造解析プラットフォーム所有の電子顕微鏡:
(a)走査透過型電子顕微鏡(JEM-2800,100mm2 SDD一機搭載),
(b)環境対応型超高分解能電子顕微鏡(JEM-ARM200F,STEM用収差補正レンズ及び
大口径100mm2シリコンドリフト検出器(SDD)二機搭載)

 

6.断面TEM解析による仮説検証

 図7(a)(b)に,熱水140℃×15min処理した3Y(1350℃焼結)の最表面粒の断面STEM像とそれに対応するY-K線のマッピング像を示す.Y-K線の像に示されるように,1350℃焼結ではGBSIPTによって粒界にY3+が偏析すると共に結晶粒内のY3+濃度が不均一になっていた.この結果は,1350℃焼結されたY-TZPがT相のY3+濃度に偏りを生じ始め,一部がT→C相変態可能な高Y3+濃度の領域を形成していることを示唆している.更に,局所領域の結晶構造を調べるために,結晶粒の最表面,粒界及び粒内の原子分解能STEM測定を行った(図7(c)(d)(e)).最表面(c)では,M相への相変態を示唆する結晶格子の不連続性が観察され,粒界近傍(d)では,粒界に隣接した低Y3+濃度の領域でM相の形成が確認された.更に,結晶粒内でY3+濃度差が明瞭に現れている界面近傍(e)では,Y3+濃度の低い領域がM相,高い領域がT相であった.これらのT-M相領域は,最表面や粒界近傍でよく観察されていることを考慮すると,最表面や粒界近傍の低Y濃度域からT→M相変態が起こり,粒内の低Y濃度領域へM相が拡大していくことが分かった.LTDは高温大気や熟水中のH2Oが関与しており,焼結体表面に吸着したH2OからOH-が生成することから始まる.故に,そのメカニズムは,OH-が最表面や粒界から酸素空孔を介して結晶粒内に拡散侵入して,相安定性の低い低Y3+濃度領域からT→M相変態させていると理解される.

 この検証により,焼結過程で形成されるY3+濃度の不均一性がT→M相変態を促進させているとの仮説が妥当であることを示せたと共に,LTD起源の観察に初めて成功した.以上の結果からY3+濃度の均一なT単相組織は,LTD耐性に優れていることが実証された.

 

 図7 熱水140℃×15min処理した3Y(1350℃焼結)の最表面粒の断面TEM像:
(a)STEM像とそれに対応する(b)Y-K線マッピング像,
原子分解能STEM像:(c)最表面,(d)粒界,(e)粒内,(撮影者:斎藤 光浩氏)

 

 7.今後の展開

 ナノテクノロジープラットフォーム事業を利用することにより,新型ジルコニア開発時に立案したLTD仮説を検証すると共にLTD起源の観察に初めて成功した.これは,支援担当者の粘り強い取組みによる高度な解析技術の構築が成功の鍵であった.

 理論に裏打ちされた新型ジルコニアが,どのような用途で展開可能か,開発品3Y-A(東ソー製,TZ-PX-172)粉末のサンプル提供を通してマーケティング中である.例えば,高温スラリーでの粉砕機用部材や高温液でのセラミック膜としての使用が期待される.厳しい使用環境条件が求められる医療工学用部品も有望である.更に,ナノ組織制御による展開では,イオン伝導性や低温超塑性の応用にも可能性の幅が広がる.超高耐久性を特長とするジルコニアを創出したことにより,これまで制限されていた厳しい環境下での用途開拓が進み,ジルコニアの応用分野が更に拡大することで,産業発展に大きく貢献する材料へ成長していくことを期待したい.

 

 8.謝辞

 本研究の一部は,ナノテクノロジープラットフォーム事業(東京大学微細構造解析プラットフォーム)の支援を受けて実施されました.この紙面をお借りして厚く御礼申し上げます.

 

参考文献

[1] Ronald C. Garvie ,Richared H. Hannink, and R. T. Pascoe, “Ceramic steel?”, Nature vol.258, pp.703-704 (1975).
[2] T. K. Gupta, F. F. Lange, and J. H. Bechtold, “Effect of stress-induced phase transformation on the properties of polycrystalline zirconia containing metastable tetragonal phase”, J. Mater. Sci. vol. 13, 1464-1470 (1978)
[3] Keisuke Kobayashi, H.Kuwajima and Takaki Masaki, “Phase change and mechanical properties of ZrO2-Y2O3 solid electrolyte after ageing”, Solid State Ionics,vol.3/4, pp.489-493 (1981)
[4] “<第41回>厳しい環境下で使用可能な“超耐水熱劣化性ジルコニア”の創出 ~基礎研究からの知見を元に産学連携で世界最高性能のジルコニアを開発~”Nanotech Japan Bulletin, 企画特集10-9 INNOVATIONの最先端,https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/10-9-innovation/41.html (accessed Feb. 27, 2019).
[5] Koji Matsui, Hidehiro Yoshida & Yuichi Ikuhara , “Review: microstructure-development mechanism during sintering in polycrystalline zirconia” International Materials Reviews 2018, 63, 375-406, DOI: 10.1080/09506608.2017.1402424.
[6] 松井 光二,大道 信勝,大貝 理治,川上 隆昭,植田 邦義,“高強度ジルコニアの工業化と市場確立”,第65回(平成30年度)大河内賞受賞業績報告書,公益財団法人大河内記念会,pp.57-76(2019)
[7] Koji Matsui, Hidehiro Yoshida and Yuichi Ikuhara, "Nanocrystalline, Ultra-Degradation-Resistant Zirconia: Its Grain Boundary Nanostructure and Nanochemistry", Scientific Reports vol.4, Article number 4758, DOI:10.1038/srep04758 (2014).

 

 (東ソー株式会社 松井 光二,東京大学 熊本 明仁)