NanotechJapan Bulletin

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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 秀でた利用成果
<2019年秀でた利用成果-2>
次世代半導体配線接合用高機能材料の開発
~-40~200℃の過酷な熱履歴サイクルにも耐える新規鉛フリーハンダ~

有限会社ナプラ 関根 重信氏,名古屋大学微細構造解析プラットフォーム 荒井 重勇氏に聞く

 

(左から)関根 重信氏,荒井 重勇氏,中尾 知代氏

 

 データ処理が主役だった半導体は,電力・エネルギーを処理するパワー半導体が重要な役割を果たす次世代へと進みつつある.このため,半導体配線等の接合材料に用いられる新規鉛フリーハンダが開発された.従来のハンダと比較して,耐熱性にすぐれると共に-40~200℃の過酷な熱履歴サイクルにも耐えることができ,作動温度の高い自動車や通信用パワー半導体の接合用として期待されている.また,鉛フリーということで国連のSDGs(Sustainable Development Goals)の目標3(すべての人に健康と福祉を)の3.9「2030年までに,有害な化学物質,並びに大気,水質及び土壌の汚染による死亡及び疾病の件数を大幅に減少させることを目指す」に大きく寄与出来,日本発の国際的な素材として伸展することが期待されている.新規鉛フリーハンダは,有限会社ナプラの研究開発により完成した新たな製品であり,その高機能化のメカニズムは名古屋大学微細構造解析プラットフォームの解折支援により解明された.

 文部科学省ナノテクノロジープラッットフォーム(NPJ)事業は,微細構造解析,微細加工,分子・物質合成の3つのプラットフォーム(PF)で,1,000を超える最先端のナノテクノロジー設備の利用機会を提供し,イノベーションにつながる研究成果の創出を目指している.共用設備利用は年間3,000件を超え,NPJは毎年,その中で特に優れた成果を上げた数件の研究開発を「秀でた利用成果」として表彰してきた.平成30年度は5件の表彰の一つにこの「次世代半導体用配線接合材料の高機能材料開発」が選ばれた[1].ユーザーは,有限会社ナプラ 関根 重信氏,実施機関担当者は,中尾 知代・榎本 早希子・中野 美恵子・荒井 重勇・山本 剛久(名古屋大学)の各氏である.

 この鉛フリーハンダの基になっているナプラのIMCC(Intermetallic Compound Composite)技術を名古屋大学微細構造解析プラットフォームによる高度な技術によって行った解折支援の内容をお伺いすべく,東京都千代田区丸の内の名古屋大学 東京オフィスを訪ねた.お話は,関根 重信(せきね しげのぶ)氏(有限会社 ナプラ,取締役)と荒井 重勇(あらい しげお)氏(名古屋大学微細構造解析プラットフォーム,名古屋大学未来材料・システム研究所 超高圧電子顕微鏡施設,特任准教授)からお伺いした.

 

1.名古屋大学微細構造解析プラットフォームの高性能電子顕微鏡を利用

1.1 名古屋大学微細構造解析プラットフォームの概要 [2]

 文部科学省の「ナノテクノロジープラットフォーム事業」は,ナノテクノロジーに関する最先端の研究設備を保有する全国26の大学・公的研究機関が共同で,全国的な設備の共用体制を構築し,産学官の研究者に幅広い利用機会を提供している.本プラットフォームは,ナノテクノロジー研究において基本となる3つの技術領域(微細構造解析,微細加工,分子・物質合成)それぞれのプラットフォーム(PF)から成る.

 名古屋大学(名大)には,この3つの技術領域総てのプラットフォームがありそれぞれ活発に活動している.その内の一つ,名大微細構造解析PFは,名古屋大学 未来材料・システム研究所 超高圧電子顕微鏡施設を中核に構成された.“nanoplat”と名付け,高性能電子顕微鏡による「反応科学・ナノ材料科学支援研究拠点」と呼称している.名大は,最先端電子顕微鏡研究の長い歴史を持ち,高分解能で独特の機能を持った設備を保有する.その一つ,反応科学超高圧走査透過電子顕微鏡は,1,000kVの高電圧加速により厚い試料の観察を可能にし,ガス中の観察ができるため,科学研究に広く用いられるため「反応科学」を設備名称に謳っている.

 nanoplatは,超高圧反応科学走査透過電子頭微鏡をはじめとする最先端の電子顕微鏡群を用いて,金属,セラミックス,有機薄膜などの結晶構造解析,元素分析,電子状態解析,微小電磁場解析等を,観察用試料の作製段階から支援する.

 

1.2 名大微細構造解析PFの支援内容と利用状況

 支援の形態は,他のPF同様,次の4つである.

①技術相談:利用者の技術的な相談に応えるコンサルタントとしての支援
②技術補助:オペレータが補助,操作方法を指導しながら利用者が機器を操作する技術支援
③技術代行:オペレータが利用者に代行して装置を操作する技術支援
④共同研究:契約に基づき登録装置を用いて利用者と教員が共同で実施する成果公開型共同研究と有償・自主事業の成果非公開型共同研究がある.

 過去6年間の利用実績を図1に示した.名大以外の外部利用者(民間企業,他大学,公的機関)は,リピーターが増え続け,さらに毎年新規利用者も確実に増えている.特に,利用者の半数程度は,広報により獲得した民間企業であるとのことである.

 

図1 過去6年間の支援実績

 

1.3  名大微細構造解析PFの支援の成果

 これらの利用には,高度な技術を持つ,経験豊かなPFメンバーが支援にあたり,その貢献は,PF利用に関する数々の受賞の元となった.例えば秀でた利用成果では2016年度「超高効率水素製造光触媒を実現した新規薄膜構造の発見とその構造解析」[3],2017年度「塩ストレス下におけるイネ葉の葉緑体の3次元構造解析」[4]がある.また,技術支援では,2016年度優秀技術賞「反応科学超高圧電子顕微鏡による研究支援」[5],若手技術奨励賞「粒径評価のための新規電顕画像解析法の提案」[6],2017年度若手技術奨励賞「超高圧電子顕微鏡によるガス中その場観察の研究支援」[7],2018年度技術支援貢献賞「高精度FIB加工技術を用いた微細構造観察」[8]がある.2018年度の受賞は本利用成果に多大な貢献をした中尾知代技術員(写真右)が受賞したもので,①FIB-SEMを用いた生物試料の3次元観察,②FIBによるTEM試料作製,③Arイオン研磨法を用いた薄膜試料作製を行っている.

 

1.4 次世代半導体配線接合用高機能材料の開発に用いられた供用装置 [9]

 名大微細構造解析PFは,反応科学超高圧電子顕微鏡を中心に高性能電子顕微鏡群から,試料作製装置,データ解析機器に至る多種多様な装置を供用し,利用を支援している.その中で,本稿の「次世代半導体配線接合用高機能材料の開発」には主に次の4つの装置が用いられた.

 

1)反応科学超高圧電子顕微(図2:JEM-1000K RS)

 反応科学超高圧電子顕微鏡は,1,000kVの高い加速電圧を用いるため,一般的な200kVの高分解能電子顕微鏡と比較して非常に厚い試料を透過・観察することが可能である.特にこの装置の大きな特徴として,各種ガスによる金属の酸化や触媒反応など化学反応や,また温度変化による素材の組織変化を,その場観察できる.今回の有限会社ナプラの支援には,厚い試料を透過すること及び,温度変化による素材の組織変化観察等の機能が活用された[5][7].

 

図2 反応科学超高圧電子顕微(JEM-1000K RS)

 

2)直交配置型高速加工観察分析装置(図3:FIB-SEM:MI-4000L)

 試料断面観察,特にリアルタイムSEM・STEM観察,リアルタイム3D-EDS,リアルタイム3D-EBSDができる.3D観察では,SEM観察した面の薄層をイオンビームで削り取って新たな面でSEM観察を行うことを繰り返して,3次元画像情報を取得する.名大のこの装置の特徴は,多くの装置がイオンビームを面に垂直に,SEMの電子線と同じ方向から照射するのに対し,面に平行に電子線と直交する方向から照射して剥ぎ取るように薄層を削り取ることにある.このためイオンビームによる切削の過程で試料の損傷が少ない.この特徴は,イネ葉の葉緑体の3次元構造解析 [4] に効果を発揮した.金属材料の観察でも内部構造損傷の恐れが少ない.

 

図3 直交配置型高速加工観察分析装置(FIB-SEM:MI-4000L)

 

3)高分解能透過型電子顕微鏡(図4:JEM-2100F/HK)

 電界放出型電子顕微鏡(加速電圧200kV)で,直接倍率としては,TEM機能で150万倍の高分解能観察が可能(像撮影用CCDカメラは,高視野用と高倍率用の2台が付属).STEM機能とEDS元素分析装置による元素マッピング機能も付属している.

 

図4 高分解能透過型電子顕微鏡(JEM-2100F/HK)

 

4)集束イオンビーム加工機(図5:FIB-2100)

 バルクステージとサイトエントリーステージの両方を装備している.試料を真空外へ持ち出すことなくバルク試料から直接,電子顕微鏡用の薄膜試料が作製できるマイクロサンプリング機能を備えている.CADシステムにより表面に任意図形の微細加工を施した試料の作製が可能である.

 

図5 集束イオンビーム加工機(FIB-2100)

 

1.5 次世代半導体配線接合用高機能材料の開発における支援体制

 次世代半導体配線接合用高機能材料の開発には,名大微細構造解析PFの次の5人からなるチームが支援に当たった.

・山本 剛久(実施責任者 教授):支援全般の総括
・荒井 重勇(特任准教授):超高圧電子顕微鏡によるその場観察と構造解析
・中尾 知代(技術員):FIB-SEMの操作
・榎本 早希子(技術員):FIB-SEM像から立体像の構築作業
・中野 美恵子(技術員):試料の事前観察と報告書作成

 具体的支援は,山本 剛久氏,荒井 重勇氏の実験構想構築に始まる指導の下に行われた.材料のベースはSnであり柔らかくしかも重元素のため,200kV電子顕微鏡用の試料をFIBで薄片化することが非常に困難であった.そのため約300nmと比較的厚い試料を作製し,EDSによる元素分析は200kV電子顕微鏡で行い,結晶構造解析や加熱・冷却実験は厚い試料が観察可能な1,000kV超高圧電子顕微鏡を用いるなど観察装置を使い分けた.またSnは結晶構造が複雑なため,構造解析が比較的容易な結晶方位をあらかじめ特定し,FIB-SEMに付属しているEBSDにより試料の方位解析を行った上で試料を薄片化するなどの工夫を行い,支援を実施した.

 

2.研究開発型企業の有限会社ナプラ [10]

 有限会社ナプラ(以下(有)ナプラ)は,1993年,東京都葛飾区に資本金1000万円で設立された研究開発型企業である.関根氏自らが言うようにガレージラボのような小規模企業である.約25年前に微粒子Nd磁性粉を手掛けて以来,粉粒体に関わる研究開発を続けている.径約10μm粉体のマトリックス中に微小成分が均一に分散した金属間化合物複合材:IMCC(Intermetallic Compound Composite)を形成する方法(ナノマイザー装置:金属間化合物ナノコンポシット粉末製造機)[11]を開発し,これにより各種機能材料を創製し,その応用展開を計っている.本稿で取り上げる“Snマトリックス中にSn-Cu金属間化合物が均一に分散したIMCCはその典型で,それは後述するように耐熱性がありかつ-40~200℃のヒートサイクルに耐える鉛フリーハンダ(以降このIMCCを含めて新規鉛フリーハンダと呼ぶことにする)”として注目され,作動温度が高いパワー半導体を扱う世界各国のトップ企業から引き合いがあるとのことである.この鉛フリーハンダは,冒頭に述べたように国連のSDGs 3.9の実現に寄与できるものであり,欧州のRoHS規制(Restriction of the use of certain Hazardous Substances)も満足するものであり,全世界に普及の可能性を秘めている期待の持てるものである.

 (有)ナプラは,このような独自技術を開発すると同時に特許を含むIP戦略を事業運営の柱に据えている.即ち,特許が会社の基盤であり,その特許は1件/月の件数で増加しているという(関根自身が執筆・出願).特許技術に基づく商品開発と製造販売は,厳格なライセンス契約(実施許諾契約)締結の上でなされる.相手が大企業であっても,いやむしろ大企業であるからこそナプラの特許権を健全に保存する手法をとっているとのことである.このIP戦略に対し,2012年度「産業財産権制度活用優良企業等表彰,特許庁長官表彰」を受賞している.

 現在新規鉛フリーハンダについては,図6に示すような組織体で事業を展開しており,IPを基盤としてその上で組織化され,運営されている.図において研究開発は(有)ナプラにおいてなされ,その成果物である特許は(有)ナプラ所有である.粉体材料の製造は(有)ナプラ開発の製造装置(1トン/月)を用いて実施した.なお実施許諾下で外部企業(前田製作所)が量産を行っている(10トン/月の製造能力を持つ).そして粉体材料に加えそれから作られる製品(ペースト,シート等の接合材料)の製造は,新しく外部企業と設立した“株式会社Mナプラ”(以下(株)Mナプラ,代表取締役は関根氏)で行なっている.さらにその接合材を用いての素子パッケージなどへの一次実装処理,さらにそれをシステム基板に仕上げる二次実装処理も(株)Mナプラで行い,接合材料のエンドユーザである顧客との情報交換(エンジニアリンサンプルとしての認証)も(株)Mナプラで行っている.これらは総て(有)ナプラの特許権が活かされ健全に保持・活用される体制となっている.

 

図6 知財戦略を中心に据えたナプラの新規鉛フリーハンダ事業推進体制

 

 以下,名大微細構造解析Pfを利用して得られた利用成果 “(有)ナプラによる新規鉛フリーハンダの開発” について紹介する.

 

3.新規鉛フリーハンダの開発とその高機能発現メカニズムの解明

3.1 背景と新規鉛フリーハンダの開発

 地球環境を守るのに役立とうと自動車はハイブリッド化,電動化が進んでいる.駆動制御に使われるパワー半導体は,様々なところで電気・エネルギー制御に必要とされ,次世代半導体において重要な位置を占めることになった.パワー半導体デバイスは,放熱基板に半導体素子を接続して組み立てる.接続には高温等の悪環境に耐える信頼性が求められる.同時に,SDGsに応え,RoHS指令に従う必要がある.

 電気製品を組み立てるにはスズ(Sn)を主成分にした「ハンダ付け」が多く用いられる.Snには13℃以下の低温ではα-Sn(Diamond Cube),室温ではβ-Sn(Body Centered Tetragonal),161℃以上の高温ではγ-Snと呼ばれる三つの同素体がある.特に低温ではβ-Snからα-Snへの構造変化による大幅な体積膨張(27%)のためハンダ付けした接合部が崩壊する.これを防ぐため電気配線接合にはSnに鉛(Pb)を加えた「鉛ハンダ」が広く使用されてきた.近年,環境問題から「無鉛ハンダ」(代表例:SAC(SnAgCu))の普及が進められているが,ウィスカー発生によるショートや耐久性などに問題がある.特に人工知能(AI)の高性能化や情報量の増加などで回路に高速電流が流れ瞬間的に高温状態となり(Si半導体の175℃に対し,次世代パワー半導体のSiCなどでは200~300℃),接合部が溶融化する問題も浮上している.Pbの代替として融点の高い金(Au)や銀(Ag)などを用いる方法もあるが高価なことと,高温での安定性などに難点があった.

 (有)ナプラは,鉛フリーハンダ材として,Snに一定の割合で銅(Cu)などを混合しSn中にナノ金属間化合物をコンポジット化した機能性微粒子金属を含む新規鉛フリーハンダを開発した(図7,~10μm径).既に述べたように,この材料は耐熱性に優れ過酷な-40~200℃のサイクルに耐える機能性素材で,従来のハンダを大幅に上回る性能を示した.(有)ナプラではこの優れた性能を,長時間を必要とする温度サイクル試験で実証し,顧客への説明資料としていた.

 

図7 新規鉛フリーハンダ微粒子の外観

(SnにCuを混合し,Sn中にSn-Cuナノ金属間化合物をコンポジット化した機能性微粒子金属.粒径は1~10μmの範囲で粒度分布をシャープに制御可能)

 

3.2 鉛フリーハンダの形態観察:新規鉛フリーハンダは,均一な粒径,均質な粒子

 新規鉛フリーハンダの優れた性能をPRし顧客に理解してもらうためには,実装試験(温度サイクル試験)を実施することが望ましいが,製品毎に半年から数年にかかるから完全な実施はできない.そこで,温度サイクル試験を行う前の試作段階試料の良否確認となぜこの材料が従来のハンダより性能が上がるかその高機能発現のメカニズムを明らかにするため,名大微細構造解析PFが,新規鉛フリーハンダの形態,内部組織,その温度による変化等を調べ支援することになった.

 この一連の鉛フリーハンダ高機能発現メカニズムの解明実験の中で中心的役割は中尾 知代技術員が担った.中尾氏は,(有)ナプラが製作した新規鉛フリーハンダ微粒子を,FIB-SEM(図3)を用いて連続断面SEM像の撮影と,図5のFIBによりTEM用試料作製を担当した.また,中尾氏は,高分解能電子顕微鏡(図4)を用いてEDS分析による元素マッピングなども担当した.ハンダは融点が低いため,Gaイオンビームや電子ビームの強度が強いと簡単に溶けてしまう.またビーム強度が弱いと重金属のため薄片化に長時間かかる.中尾氏は名大微細構造解析PFスタッフや依頼者と協力し試行錯誤の結果,試料観察に最適なFIBのビーム強度と切削時間を突き止め,図8に示したFIB-SEMによる連続断面SEM像の観察に成功した.10μmのサイズの微粒子をSEMで断面画像を撮影するには10nm毎にFIBで微粒子の半分まで切削した場合,500枚程度のSEM像を撮影する必要がある.FIBでの切削とSEM像撮影で約3分間を要するため,合計観察時間は25時間以上にもなる.その間,Gaイオンや電子線による熱ダメージによりハンダの溶解による変形をいかに少なくして鮮明な像が撮影できるかが非常に重要になる.

 

図8  FIB-SEM (Hitachi:MI-4000L)による連続断面SEM像
(各SEM画像は厚さ100nm毎にFIBで切削した連続断面像,
暗い領域はSn,比較的明るい領域はSn-Cu金属間化合物)

 

 (有)ナプラ開発のナノマイザー製造装置にて,新規鉛フリーハンダを製造すると図8のNo,1のような球形でしかも粒径の揃ったものができる(この場合の粒径約10μm,粒径は約1~10μmの範囲でかつシャープな粒度分布に制御可能).その球形の表面からFIBで20nmの厚さで削ってその断面の変化をFIB-SEMで見たのがこの図8である.251番目の断面(No. 251)が直径部分の断面を示している.薄い皮で覆われ,その内部は写真で黒く見えるマトリックス部分と,その中に白く見える粒径のよく揃った相が見える.図9はこの断面のTEMによる元素マッピング像を示したものである.これにより,図8の黒く見えるマトリックス部分はSnで,その中に均一に分散した白く見える大きさの揃った相はSn-Cu金属間化合物であると同定された.表面の薄い皮のように見える部分は,Sn中に40%以下のSn-Cu金属間化合物が分散したものである.

 

図9 200kV TEM (JEOL:JEM-2100F/HK)による元素マッピング像

 

3.3 鉛フリーハンダの粒界組織:SnとSnの結晶粒界にSn-Cu金属間化合物が析出

 超高圧電子顕微鏡(図2)を用いて,Snおよび新規鉛フリーハンダの結晶粒界の組織を観察した.その結果,SnではSnとSnの結晶粒界は直線的で転位が存在し脆い組織体になっている.これに対し新規鉛フリーハンダでは,SnとSnの結晶粒界に,Sn-Cu金属間化合物が入り込み界面は凹凸のある曲線で整合接合しており,粒界間に転位は存在しない.新規鉛フリーハンダでは,β-Sn中に存在しているSn-Cu金属間化合物がSn-Sn結晶の粒界間に偏析し,Sn-Sn粒界間の方位差により生ずる歪みを緩和していることが明らかになった.すなわちこのSn-Cu金属間化合物が,低温から高温までの温度変化によるβ-Snから他のSn同素体への構造変化を抑止する「アンカー効果」を発揮しているものと考えられる.

 

3.4 鉛フリーハンダの加熱,冷却による相変化:Sn-Cu金属間化合物が,β-Snのγ-Sn及びα-Snへの相変化を阻止

 図10は,超高圧電子顕微鏡(図2)を用いて,新規鉛フリーハンダの加熱による相変化を観察したものである.Snは160℃以上でβ-Snからγ-Snに変態するが,図10から本鉛フリーハンダは室温から210℃まで加熱してもβ-Sn相を保持している.本ハンダの優れた耐熱性は,β-Sn中に存在しているSn-Cu金属間化合物がSn-Sn結晶の粒界間に偏析し,これがアンカー効果を発揮し相変化による体積変化・密度変化を阻止しているためであることが分かった.

 

図10 1000kV超高圧電子顕微鏡(JEOL:JEM-1000K RS)による加熱実験

(Snは160℃以上でβ-Sn→γ-Snに変態するが,本鉛フリーハンダは室温から200℃以上までβ-Sn相を保持)

 

 図11は,同じく超高圧電子顕微鏡を用いて,鉛フリーハンダの冷却によるによる相変化を観察したものである.Snは13℃以下でβ-Snからα-Snに変態し体積膨張するが,本鉛フリーハンダは低温(-160℃)で一晩放置後もβ-Snを保持していることが分かった.これらのことが優れた低温‐高温ヒートサイクル耐久性発現の根源である.即ち,メカニズムは,Sn-Sn結晶の粒界間に偏析したSn-Cu金属間化合物のアンカー効果である.

 

図11 1000kV超高圧電子顕微鏡(JEOL:JEM-1000K RS)による冷却実験時の電子回折図形

(Snは13℃以下でβ→α-Snに変態し体積膨張するが,本鉛フリーハンダは低温で一晩放置後もβ-Sn相を保持)

 

3.5 実装ハンダ結合部の構造解析 [12]

 新規鉛フリーハンダを用いて実際にハンダ付けした様子を以下に紹介する.図12は,パワーデバイスの基板(図中の番号200,500:以下同様)に形成されたCu 電極(201,501)を新規鉛フリーハンダ(300:8Cu・92Sn)で接合する場合を示している.その接合部の細部構造が図13に示されている.

 

図12 パワーデバイスへの新規鉛フリーハンダの適用模式図
基板(200,500),Cu電極(201,501),鉛フリーハンダ(300)

 

図13 接合部の細部構造

(第1層(301:Sn,Cu3Sn),第2層(302:Sn,Cu6Sn5),第3層(303:Sn,Cu-Sn))

 

 接合は,新規鉛フリーハンダ微粒子の外殻(図8,粒子表面の白い外縁)を介して,新規鉛フリーハンダの内部成分(SnとSn-Cu金属化化合物)中のSnとCu電極のCuが相互拡散することによって形成される,そのため,拡散を起す金属同士が直接接触して拡散反応が起る従来の接合材よりも反応速度が抑制される.その結果,Cuの拡散に対してSnの拡散が少ないという相互拡散の不均衡が解消され,接合界面に発生するボイド(カーケンダルボイド)の発生を抑制する.したがって,ボイドによる断線等を生じにくい高信頼性及び高品質の電気配線,導電性接合部を形成し得る.

 図13左に示すように新規鉛フリーハンダは,Cu電極表面に,第1層(301),第2層(302)及び第3層(303)順に積層された構造をしている.第1層(301)及び第2層(302)は,金属間化合物Sn-Cuによる層と金属マトリクスSnによる層とから成るラメラ構造をとる.図13右を見ると,第1層(301)及び第2層(302)において,山状に見える部分が金属間化合物Sn-Cuであり,谷状に見える部分が金属マトリクスSnである.上記構造において,第1層(301)は,Cu層に隣接しているため,CuリッチなCu3Snを主とする金属間化合物と金属マトリクスSnとのラメラ構造になる.また,Cu層から遠い第2層は,Cu6Sn5を主とする金属間化合物と金属マトリクスSnとのラメラ構造になる.この濃度勾配により接合部のひずみを緩和している.

 また,接合部(300)は,金属間化合物(融点:Cu3Sn 676℃,Cu6Sn5 435℃)による高温耐熱性と,金属マトリクスSn(融点231.9℃)による柔軟性とを兼ね備えている.かつ前節で述べたようにSnの結晶粒界を金属間化合物Sn-Cuが埋めそのアンカー効果により高温・低温でのSnの相変化が起らないため,長時間にわたって高温動作状態が継続した場合でも,また,高温動作状態から低温停止状態へと大きな温度変動を伴うなど,過酷な環境下で使用された場合でも,長期にわたって高い耐熱性,接合強度及び機械的強度が維持されることになる.

 

4.今後の展開 〜新規鉛フリーハンダを接合材に製品展開し,デバイスに適用〜

 前章で述べたように新規鉛フリーハンダの形態とその優れた機能発現のメカニズムが明らかになった.(有)ナプラは,このマーケット拡大を計るためボール状の新規鉛フリーハンダから使いやすいペースト状及びシート状接合材を開発した.

 図14はこれら接合材の特性を,既存のSnPbハンダ,無鉛ハンダSAC(SnAgCu)と比較して示したものである.ハンダは熱伝導度が大きくかつ電気抵抗の小さいことが要求される.(有)ナプラの新規鉛フリーハンダは,熱伝導度約50W/m・k,電気伝導度約10μΩ・cmでありSACと同程度であるが,SACの持つウィスカーやブリッジの発生によるショート,低温・高温での安定性の欠如等の問題を改善している.そして,広い用途に対応するため,低温焼結型,中温焼結型,高温焼結型の3種類を取り揃えている.これらの使用可能温度範囲(作動温度範囲)は,-50℃から150℃,180℃,200℃であり,特別仕様のものとして400℃のものも用意出来るとのことである.一般に高温用にはAuを用いるが,Auに比べてコストは最大10分の1以下に抑えられ,さらに通常不可能な金属とガラスの接着も出来るという.

 

図14 ペースト・シート状新規鉛フリーハンダの特性と接合対象

 

 また,新規鉛フリーハンダの優れた特性発現のメカニズムが前述のように名大微細構造解析PFで検証され,その特性を認められた実績が,その後,(有)ナプラに対する大きな信頼につながっており,世界最大級の自動車部品製造メーカなど国内外の大手数十社での採用に向けた評価が進んでおり,その一部は実際に採用されて市場に投入され,好評価を受けているという.これらのビジネス展開は,2章の図6に示した事業推進体制で,対象マーケットを図15に示すように,技術優位性を持ったIPポートフォリオの下で進められている.高温安定性と低コストの利点の下に,3Dプリンティング,埋め込み基板,パワーシステム,LED,MEMS,TGV(Through glass via),TSV(Through Si via)3D IC,タッチパネル,太陽電池パネル等への適用が検討され,TGV,LED適用はES(Engineering Sample)の段階に進んでいる.

 

図15 技術優位性を持つIPポートフォリオの下での鉛フリーハンダの事業展開

 

5.おわりに

 有限会社は自己資金で運営する会社である.資金調達を通じて市場からの干渉を受けることがないので独自の運営ができる.一方,2006年から会社は株式会社形式に統一され,有限会社の設立はできなくなった.しかし,(有)ナプラは小さな組織“有限会社”であることに誇りを持ち,そこから独自の秀でた技術を次々と創出している.製品として広く世界に進出するには,国連の掲げるSDGsに貢献できるものでなければならない.このような考えの下で開発されたものの一つが本稿主題の新規鉛フリーハンダである.その性能を顧客に理解してもらい安心して採用してもらうためには,その高機能発現のメカニズムを明らかにしなければならない.それを材料構造解析を得意とする名大微細構造解析PFが支援する.その結果,世界トップクラスの大企業を含む数十社と秘密保持契約締結の上,具体的製品開発を進めるところまでになっている.このような成果を生み出した(有)ナプラの開発とそれを支援した名大微細構造解析PFの緊密な連携関係に,満足と誇りがにじみ出る関根氏と荒井氏からのお話に感銘したインタビューであった.宇宙空間で活躍する人工衛星,IoTを支えるデバイス,電気自動車や通信を支える電子機器に(有)ナプラの鉛フリーハンダが活躍し私たちの生活を豊かにし,また国連のSDGs達成に向けて大きく貢献することを期待している.

 

参考文献




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[2] 名古屋大学微細構造解析PF H.P.
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[3] 高橋竜太,山本剛久,「超高効率水素製造光触媒を実現した新奇薄膜構造の発見とその構造解析」,平成28年度「秀でた利用成果」
https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/Exellent_pdf/MajorResults2017_1.pdf
[4] 山根浩二,中尾知代他,「塩ストレス下におけるイネ葉の葉緑体の3次元構造解析」,平成29年度「秀でた利用成果」
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[6] 山本 悠太,「粒径評価のための新規電顕画像解析法の提案」,平成28年度「若手技術奨励賞」
https://www.nanonet.go.jp/pages/research_support_award/H28_Award_3.pdf
https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/outstanding-staff/8.html
[7] 樋口 公孝,「超高圧電子顕微鏡によるガス中その場観察の研究支援」,平成29年度「若手技術奨励賞」
https://www.nanonet.go.jp/pages/research_support_award/H29_Award_4.pdf
https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/outstanding-staff/13.html
[8] 中尾知代,「高精度FIB加工技術を用いた微細構造観察」,平成30年度「技術スタッフ表彰」
https://www.nanonet.go.jp/pages/research_support_award/H30_Award_2.pdf
[9] 名古屋大学微細構造解析PF 供用設備
https://nanoplat.nagoya-microscopy.jp/equipment.html
[10] 有限会社 ナプラ H.P.   http://napra.co.jp/
[11] 関根重信((有)ナプラ),「無鉛ハンダ合金及びその粉末の製造方法」,特許第4401281号(出願日2004.12.10)
[12] 関根重信((有)ナプラ),「金属粒子,ペースト,成形体,および,積層体」,特許第6029222号(出願日2016.3.29)

本文中の図1~5及び図7~11は名大微細構造解析PFの荒井氏より,図6,図14~15は(有)ナプラの関根氏より提供されたものである.また,図12~13は参考文献[12]より引用した.

 

 (真辺 俊勝)