NanotechJapan Bulletin

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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 秀でた利用成果
<2020年秀でた利用成果-1>
ガス環境下における自動車触媒ナノ粒子のオペランドTEM観察
~触媒開発に大きく貢献する研究開発手法~

トヨタ自動車株式会社 田中 展望氏,日本電子株式会社 樋口 哲夫氏,名古屋大学
未来材料・システム研究所 武藤 俊介氏,名古屋大学微細構造解析プラットフォーム 
荒井 重勇氏に聞く

 

 

左から樋口 哲夫氏,荒井 重勇氏,武藤 俊介氏,田中 展望氏.
菅沼 拓也氏(上左),樋口 公孝氏(上右)

 

 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム(NPJ)事業[1]は,最先端ナノテクノロジー装置を有する25研究法人が,全国の産学官の研究者へそれら装置と使用上のノウハウを提供することに拠り,イノベーションにつながる研究成果の創出を目指している.NPJは微細構造解析,微細加工,分子・物質合成の3つのプラットフォーム(PF)から構成され,1,000を超える最先端のナノテクノロジー 設備を保有している.利用件数は年間3,000件を超え,その中から,NPJは毎年,特に優れた成果を上げた数件の研究課題を「秀でた利用成果」として表彰してきた.令和元年度は4件が表彰され,その内の「ガス環境下における自動車触媒ナノ粒子のオペランドTEM観察」が最優秀賞に選ばれた[2].ユーザーは,トヨタ自動車株式会社第2材料技術部 材料創生・解析室 主任 田中 展望(たなか ひろもち) 氏,トヨタ自動車株式会社 東富士研究所 先端材料技術部 部付 先進触媒グループ 菅沼 拓也(すがぬま たくや)氏,日本電子株式会社 科学・計測機器営業本部 SI販促室 MSグループ 技術担当 樋口 哲夫(ひぐち てつお)氏,名古屋大学未来材料・システム研究所 超高圧電子顕微鏡施設 施設長 教授 武藤 俊介(むとう しゅんすけ)氏であり,支援機関担当者は,名古屋大学未来材料・システム研究所 超高圧電子顕微鏡施設 施設長 教授 武藤 俊介(むとう しゅんすけ)氏,名古屋大学微細構造解析プラットフォーム 未来材料・システム研究所 超高圧電子顕微鏡施設 技術職員 樋口 公孝(ひぐち きみたか)氏,同施設 特任准教授 荒井 重勇(あらい しげお)氏である.そこで,どのような新しい研究設備を構築し,どのような工夫をしてどのような成果が得られたのかを知るべく,関係の方々にnanotech 2020展示会場の一室にお集まりいただきお話を伺った.

 

1.本研究の背景

 今回の受賞は,

①名古屋大学,トヨタ自動車及び日本電子の研究グループが,
②反応科学超高圧走査透過型電子顕微鏡(RS-HVSTEM)に四重極質量分析装置(QMS)を組み合わせることによって,
③電子顕微鏡内で,自動車の排気ガス浄化触媒モデル材が浄化反応活性を示す時の様子を原子レベルで観察すると同時に,
④触媒反応で消費・生成するガスを実時間で定量的に検出することに初めて成功したこと

に対するものであり,その内容の詳細は次章以下に紹介するが,その前にそれぞれの研究グループの歴史的背景に触れておく.

 

1.1 名古屋大学微細構造解析プラットフォーム

1)微細構造解析プラットフォームの概要 [3]

 名古屋大学微細構造解析プラットフォーム(名大微細構造解析PF)は「高性能電子顕微鏡による反応科学・ナノ材料科学研究支援拠点」と呼称し,名大の超高圧電子顕微鏡施設で事業を行っている.百万ボルトの超高圧電子線により様々な環境下の試料を観察できる 反応科学超高圧電子顕微鏡(図1)による支援を中心に,4台の走査透過電子顕微鏡(STEM),透過電子顕微鏡(TEM)と走査電子顕微鏡(SEM) の各1台を保有している.これに加えて,電子顕微鏡観察に用いる試料の作製装置を用意している.これらを総合して,極微小元素分析,三次元立体観察,ガス中その場観察,極低温観察を可能とし,支援項目の多様化による PF利用拡大が可能となっている.

 

2)反応科学超高圧電子顕微鏡の構成と機能

反応科学超高圧電子顕微鏡(RS-HVSTEM)は,自動車の排ガス浄化用触媒の材料開発や燃料電池・リチウム電池の化学反応の観察,がん細胞の3次元構造解析などで威力を発揮することを期待して,日本電子 (JEOL)と共同開発し,2008-9年に建設され,2010年より共用に至った.

 RS-HVSTEMは,図1の仕様にあるように,①透過電子が結像する像を観察する透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy, TEM),②電子線を走査して試料原子から散乱された電子によって構成される像を観察する走査透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscopy, STEM),③透過した電子線のエネルギーを測定する電子エネルギー損失分光(Electron Energy Loss Spectroscopy, EELS),④3D観察,および⑤各種ガス環境下でのその場観察の機能を備えている.ここでは本稿の主題に関係する各種ガス環境下でのその場観察の機能を,試料室の構成を示す図2を用いて説明する.

 

図1 反応科学超高圧電子顕微鏡(RS-HVSTEM ,JEM-1000K RS)

 

図2 反応科学超高圧電子顕微鏡試料室の構造

 

①上(a)がガスを導入しない通常の観察時,下(b)は ガス環境下での観察時である.
②青色で示した空間が高真空(10-6 Pa台)に差動排気している部分で,鏡筒の上方から加速された電子線ビームが入射して,試料を透過して下方の検出系に出射する.
③試料は,試料ホルダー(白色)に搭載されて,図の右側から電顕試料室に挿入される.
④オレンジ色の部分がガス導入機構で,図の左側からガスを試料室に導入する.
⑤通常観察時は,ガス導入機構は光軸から抜いておく.ガス導入機構先端にはノズルがあり,試料近くまでノズルを寄せてガスを試料に吹き付ける.
⑥黄色で示した部分が,ガス環境の範囲である.差動排気により,電子ビームに対する真空度を落とすことなく,ガスは最大1.3×104 Pa(約0.1気圧)まで保持できる.
⑦また,試料ホルダーには加熱等の付加機構もある.

 これにより各種ガス環境下での温度変化による試料の構造変化を観察することができる.このRS-HVSTEMを利用した数々の研究成果が,NanotechJapan Bulletinに紹介されている[4][5][6][7][8].

 このように,RS-HVSTEMはユニークな装置として,特に外部機関・民間利用で活躍しているが,弱点がある.RS-HVSTEMでの分析手段である電子エネルギー損失分光(EELS)の微量元素に対する感度はおよそ1原子%が限度である,即ち分析感度が悪いということである. ところで,広く分析技術一般に目を転じてみると高感度な分析手法がある.中でも質量分析(MS)をベースとする手法の検出感度は一般にppmあるいはppbオーダーである.

 RS-HVSTEMの開発からその活用を中心となって推進している武藤氏は,「上記の弱点を克服するため,RS-HVSTEMの製造メーカである日本電子(株)と共同でこのRS-HVSTEMに高感度の四重極質量分析計(QMS)を結合し,TEM内化学反応に伴う触媒の挙動観察と同時に反応ガスの消費・生成を検出する“RS-HVSTEM-QMSシステム”の開発」にその活路を見出した.

 

1.2 日本電子

 “「創造と開発」で,常に世界最高の技術に挑戦し製品を通じて科学の進歩と社会の発展に貢献する” を経営理念として,透過型電子顕微鏡,走査型電子顕微鏡をはじめ多くの研究開発用の装置を世界各国に輸出している.令和元年(2019年)には設立70周年を迎え,連結売上で1000億円を越す科学機器,半導体関連装置,医療検査機器を含む総合的な先端技術会社に成長している.会社設立以来,上記のように数々の装置を開発してきた.そのなかで,昭和38年(1963年)に高分解能質量分析計を世に送りだした日本電子は,質量分析計の老舗でもある.

 図3は高感度四重極質量分析計(QMS,JMS-Q1500GC)[9]である.本装置は“RS-HVSTEM-QMSシステム”の開発に応えるポテンシャルを保有していた.

 

図3 四重極質量分析計(日本電子製 JMS-Q1500GC)

 

1.3 トヨタ自動車

 自動車業界は100年に一度の大変革時代に入っている.「コネクテッド」,「自動化」,「シェアリング」,「電動化」をキーワード(CASE)に技術革新が急速に進んでいる.これらの技術革新のうちの「電動化」に関して,トヨタは1997年に第一世代のハイブリッド車(HV),2014年には燃料電池車(FCV)を発売した.HVはガソリンエンジン,燃料タンク,駆動モータ,制御用のCPU,昇圧コンバータ・インバータなどのパワー素子を搭載したインテリジェントパワーモジュール,二次電池を搭載している.HV技術は様々な電動車両にも共通して利用可能なコア技術で,概念的にはHVの電池容量を増やして外部充電機能を追加すればプラグインハイブリッド車(PHV)に,PHVからエンジンと燃料タンクを取り除くと電気自動車(EV)に,HVのエンジンと燃料タンクを燃料電池と水素タンクに置き換えればFCVになると考えることができる.

 図4に示すように,世界車両生産台数に占めるエンジン車の割合は現在90%を超えるが,次第に電動車両の生産が増し,2050年にはHVとPHVが60%以上を占め,エンジン車,EV(図ではBEVと表示)とFCVが40%弱になるとみられている.HVとPHVはエンジンを搭載しているから,電動化が進む2050年になってもエンジン搭載車は運行している自動車の過半数以上を占めると予測されている.したがって,排ガス浄化は将来的にも重要な課題になると考えられる.

 

図4 自動車動力源シェアの推移・予測

 

 排出ガスの主な成分は窒素酸化物(NOx),一酸化炭素(CO),炭化水素(HCなど)の3成分で,触媒を用いる化学反応で窒素(N2),炭酸ガス(CO2),水(H2O)に変換して排気ガスを浄化している.トヨタ自動車は,1969年に触媒の研究を始め1977年に量産車両とし世界初の三元触媒を実用化した [10].1973年の規制から約40年間で排出量規制値は約50倍厳しくなり,今では浄化率99%以上が求められるようになっている(図5).触媒の性能向上はこれからも大切な研究開発課題である.トヨタ自動車は,名大微細構造解析PFとの共同研究により,触媒上での浄化作用のメカニズム究明から,この課題に取り組んでいる.

 

図5 排ガスNOx規制

 

2.反応科学超高圧電子顕微鏡(RS-HVSTEM)と四重極質量分析計(QMS)による新しいオペランド測定システム(RS-HVSTEM-QMSシステム)の開発

2.1 RS-HVSTEM-QMSシステム構成 [11]

 JEM-1000K RSのガス環境セルにQMS(日本電子製JMS-Q1500GC)を設置したブロック図を図6に示す.ガス環境セルは差動排気型で,電子ビーム通路である上下のオリフィスを通じて環境セルから鏡筒への漏洩ガスを排気している.図6の黄色部に示すようにガス環境セルの排気ラインを分岐させ,通常排気とQMS動作モードをV1,V2の二つのバルブの切り替えによって実現している.QMSモードではV1を閉め,V2を開けてガス環境セル内のガス分子をQMSへ導入する.図7は本システムの外観写真である.切り替えバルブV1,V2はJEM-1000K RSのガス環境セルの背後に設置され,長さ約2mのライナーチューブによってQMSに連結される.QMSのON/OFF,データ取得及びスペクトル表示はすべてPC上の専用ソフトウェアによって制御される.実際の実験において,TEM内部のガス環境セル内で起る触媒反応に伴って生成放出されるガス種をQMSで定量的に正確に捉えるためには、反応前に既にガス環境セルおよび配管内に存在していたバックグラウンドガス(O2,N2,CO2,Ar,H2O及び炭化水素ガスなど)を除去・低減させる工夫が極めて重要である.

 

図6 HVSTEM-QMSシステムの模式図.
(OL P. P.: 対物レンズポールピース;TMP:ターボ分子ポンプ;Scroll P:スクロールポンプ)

 

図7 HVSTEM-QMSシステムの外観写真
((左)JEM1000K RS RS-HVSTEM 操作室の正面写真.(右)同システムの右後方写真.
図中(a)試料ホルダー挿入室,(b)JMS-Q1500GC QMS,(c)QMS制御PC)

 

2.2 RS-HVSTEM-QMSシステムの動作検証実験:O2雰囲気下でのPd微粒子触媒によるカーボンナノチューブ燃焼実験 [11]

 本システムのテストとして,酸素雰囲気下でのPd微粒子触媒によるカーボンナノチューブ(CNT)の酸化(燃焼)実験を行った.図8(左)にTEM像の連続写真を示す。図中の矢印の先がPd粒子、その周辺の薄い像がカーボンナノチューブである.環境セル中に約15PaのO2ガスを導入し,徐々に試料温度を上げていったときの選択イオンモニタリング(Selected Ion Monitoring: SIM)チャートを図8(右)に示す.m/z 16(mは質量,zは電価数であり、m/z 16はO2の二価イオン,図中赤線,右側目盛)およびm/z 44(CO2,図中黒線,左側目盛)をモニターした.ヒーター(フィラメント)で試料の温度を徐々に上げていくと,400℃を超えた時点でPd微粒子があたかもCNTを食べながら動き回るように動き出す.この動き出しから殆ど遅滞なくm/z 44(CO2)の増加が観察される.しばらくCO2の発生は増加するが,徐々にその量は飽和した後減少に転じ,Pd粒子の動きが鈍くなる様子と連動してm/z 44放出も停止する.通常炭素は酸素雰囲気中で約800℃程度まで加熱しないと燃焼(CO2発生)しない.しかしPd微粒子などの酸化促進触媒が存在するとき,Pd粒子表面で炭素とO2との結合によるCO2発生が200〜400℃の低温から始まる.

 

図8 検証実験:O2雰囲気下でのPd微粒子触媒によるカーボンナノチューブ燃焼

 

 図8右のグラフのデータを用いて,化学反応速度論的解析が可能である[11].詳細は省略するが,温度やガス圧の変化に対するパラメータ評価によって反応定数や活性化エネルギーを求めることも可能となる.これらのデータは同時に得られているTEM像に記録された構造変化の頻度などと比較して論じることができる.即ち,真の触媒動作条件下で原子レベルでの構造変化観察と触媒活性の測定を同時に行うオペランド観測が実現できた.

 以上のオペランド観察可能の成果を広く世間に知ってもらい,活用して欲しいと考えた.そのために,実用上インパクトのある課題に取り組みその成果を発表しようではないかということで,次章に取り上げる自動車排ガス浄化触媒のオペランド観察を,トヨタ自動車と共同研究をすることにした.

 

3.自動車触媒ナノ粒子のオペランドTEM観察

3.1 実験の構成と手順

 排ガス中のNOの浄化を取り上げることにした.NOは,排ガスの中で浄化が比較的難しいガス種である.実験条件・手順は以下の通り:

(1)使用触媒:担体ZrO2粉末上に担持されたRh微粒子
(2)想定浄化反応式:2NO→N2+O2
(3)実験装置配置と実験手順:図9(図6の環境セル領域を拡大し、模式的に表示)

①ワイヤーヒータ線にRh/ZrO2粉末触媒を塗布
②ガス噴射ノズルよりNe(99vol.%),NO(1vol.%)の混合ガス(ガス圧約30Pa)を導入し,触媒に触れ反応したガスをQMSに吸引
③電子ビーム(1000kV)を触媒に照射し,透過電子顕微鏡像を動画撮影(分解能0.2nm)
④ワイヤーヒータに電流を流し,触媒を昇温(室温~600℃)
⑤触媒の温度変化に伴う原子レベル高分解能電子顕微鏡像QMS検出ガス種定量的に同時観測・計測

 

図9 自動車触媒ナノ粒子のオペランドTEM観察実験の構成

 

3.2 実験結果

(1)触媒温度 室温~200℃:触媒表面は厚いRh酸化物(RhOx)で覆われ,触媒活は無い(図10,200℃の場合).
(2)触媒温度 300~600℃:昇温と共にN2の生成量が増加する(図11).
同時に触媒表面は、サブ秒の時間スケールで、“RhOx⇔Rh”の変化を繰り返す(図12, 500℃以上の場合).
(フラットな結晶面上で酸化膜層の生成・消滅が繰り返し起こり,隣接する低次結晶面が接続する稜部分では激しい原子列の動きが観測される)
(3)NOの消費量とN2の生成量の経時変化を定量的に計測(図13)
(初期反応速度のアレニウスプロットによってNOガス分解及びN2ガス生成に伴う活性化エネルギーを評価することができる.実際に算出された反応の活性化エネルギーは,NOの直接化学接合切断による分解に要するエネルギーに比べて一桁小さく,このことも本実験が実際の触媒反応をとらえていることを示唆している)
(4)Rh/ZrO2粉末触媒によるNO浄化反応モデルが示された(図14).(①反応ガスNOxが触媒Rh表面に吸着し、②それがNとOに解離し、③さらにそれらがそれぞれに会合してN2とO2になり脱離する)

 

図10 低温(200℃)における触媒の表面状態

 

図11 試料温度200~600℃におけるN2生成量

 

図12 500℃以上で見られた触媒の表面状態変化の例

 

図13 NOの消費量とN2の生成量の経時変化

 

図14 Rh/ZrO2粉末触媒によるNO浄化反応モデル

 

3.3 実験結果の意義と残された課題及び今後の展開

1)意義
  開発したRS-HVSTEM-QMSシステムで,NOガスがN2ガスに転換される際の触媒粒子の原子像と排出されるガスの両方の変化を世界で初めて実時間で捉えることに成功した.
 この成果は,触媒浄化反応のメカニズムの理解に役立ち,今後のより高性能な触媒開発手法につながろう.地球環境に配慮したモビリティ社会実現に貢献する様々な応用成果が期待される.

2)残された課題
 武藤氏によれば,「触媒表面の構造・コントラスト変化が具体的に何に対応するのか? これが今後国際学会等で議論になるであろう」とのことである.触媒表面のどのようなポジションに,ガスがどのように吸着し,その吸着状態が時間と共にどのように変化し,そして触媒のどこから生成ガスが離脱するのかの見える化が要求されることになるだろうと言うことである(図14の見える化).このことについては,目下検証している段階であるとのこと.

3)今後の展開
 今回の実験で,触媒構造の変化(RS-HVSTEMの観察)と触媒活性(QMSのデータ)とをヒモづけて考察できるようになった.これをもって,今までになかった新しいより正確な浄化モデルが考えられる.また,触媒に加えた添加元素がどのような働きをするか,さらには実際の反応が起こっているところでどのような物質が反応を阻害するいわゆる被毒現象を起こすのかをオペランド観察することによって,より良い触媒開発に繋がる発想が得られるようになる.これがユーザーの田中氏にとって最大の効果であると言う.
 また,外部に向けては,RS-HVSTEM-QMSシステムの機能・効用を周知するようにする(本稿はその具体的一例である).そしてこのシステムを使いこなして,良い研究をしてもらいたい.RS-HVSTEMで見えたものとQMSの計測値でそこで起こっていることを数値化し、化学反応方程式を解くことによって定量的に反応機構を明らかにするという,新しい発展につなげてほしいと武藤氏は言われた.

 

4.インタビューを終えて:本研究開発を顧みて

 インタビューのはしばしに,このグループでの研究は楽しく,また感動したとする場面の話があった.少々長いが以下に紹介する.図15に実験風景を示す.

図15 実験風景
(左より樋口氏(日本電子),前出氏(名古屋大学学生),
石川氏(トヨタ自動車,菅沼氏の後任,立ち姿),田中氏,武藤氏,荒井氏)

  

 本研究の経緯をリーダの武藤氏は次のように語られた.「電子顕微鏡は分析装置としては感度が悪い.不純物としては通常1%以上ないと検出できない.QMSははるかに高い分析感度を持っており、これを電子顕微鏡と結合することが有効であることはわかっていた.しかし機が熟し、QMSの専門家である日本電子の樋口氏に密にかかわってもらうまでに7~8年を要している.私自身は,原理的には可能であるが実現にはさらに2~3年かかるだろうと思っていた.ところが装置を実際に組み上げてカーボンを燃やす実験をしてみると、像の動きとガス放出がまさしく同時に検出され、胸が躍るのを感じた.これなら科学的にも意義のあるハードルの高いテーマに挑戦するしかない.自動車排ガス浄化触媒反応のオペランド観察である.触媒のその場観察(直接観察)は,多くの場合触媒反応の条件を電子顕微鏡の中で実現して,反応が起こっているという仮定の下で触媒の構造変化のみを見ていた.本当にそこで反応が起こっているのかどうかはほとんど誰も確認していない.今回,触媒の姿を見ながら実際に出てきたNOが還元されてN2が出てきていることがQMSで確認されたとき,当たり前であるが、ああちゃんと触媒が働いていると心から感動した.NOが還元されてN2が出てくる,そしてそれに連動して触媒表面構造が動いていることを実際に見た.実稼働下での観察,オペランド観察ができた.」

 RS-HVSTEMとQMSという既にある装置を結合するだけではあるが,そこに用いられるガスはnL,触媒はμgのオーダーであり,反応物・生成物の定量的計測は極めて難しいと考えられた.試料室や配管からのバックグラウンドガスをどれだけ低減できるか,そして極々僅かな量の反応ガスと生成ガスをバックグラウンドガスと区別して計測できるかである.この計画に対し周辺からはそんなものは無理と言われたが,実現できた.研究グループのチームワークが大変良かったからであると関係者は異口同音に述べられた.様々な問題に直面したが,その都度関係者が遠慮することなくああでもないこうでもない,こうすればよいのではないかと意見を出し合い,解決策を見出した.物理屋である武藤氏,電気屋である荒井氏,化学屋である樋口氏らをはじめ関係者がそれぞれ見解を述べ解決策を編み出すことに成功した.

 

5.おわりに

 “電子顕微鏡の狭い試料室の中で,極々少量のμgオーダーの触媒表面に,これまた極々少量のnLオーダーのガスを接触させ,触媒反応を進行させる.触媒反応進行中の触媒構造変化と反応ガスの変化量を同時に定量的に計測する.そして,そこで起きた触媒反応を反応速度論的に解析できる” 新しく素晴らしいオペランド測定システム研究の話を伺い感動した.そのシステムの機能と効用を紹介した本記事を読まれた読者が,我々のところではこのようなことで困っている,是非このRS-HVSTEM-QMSシステムを使いたいという申し出が多く来て,問題解決と共に新しい発見や進展につながることを期待したい.

 

6.参考文献

[1] 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム(NPJ)事業
https://www.nanonet.go.jp/
[2] 令和元年度「秀でた利用成果」
https://www.nanonet.go.jp/ntj/topics_gov/?action=common_download_main&upload_id=4582
[3] 名古屋大学微細構造解析PF H.P.
https://nanoplat.nagoya-microscopy.jp/
[4] 今井 健仁,荒井 重勇,他,「超⾼圧⾛査透過電⼦顕微鏡で⽑髪メラニン内部の3D構造が明らかに」,NanotechJapan Bulletin Vol. 7, No. 1(2014)
https://www.nanonet.go.jp/ntjb_pdf/nanotechEXPRESS-16.pdf
[5] 高橋 竜太,山本 剛久,他,「超高効率水素製造光触媒を実現した新奇薄膜構造の発見とその構造解析」,平成28年度「秀でた利用成果」,NanotechJapan Bulletin Vol. 10, No. 2(2017)
https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/Exellent_pdf/MajorResults2017_1.pdf
[6] 荒井 重勇,「反応科学超高圧電子顕微鏡による研究支援」,平成28年度「優秀技術賞」, NanotechJapan Bulletin Vol. 10, No. 2(2017)
https://www.nanonet.go.jp/ntjb_pdf/Award_for_technical_staff_2017-1.pdf
[7] 樋口 公孝,「超高圧電子顕微鏡によるガス中その場観察の研究支援」,平成29年度「若手技術奨励賞」,NanotechJapan Bulletin Vol. 11, No. 4(2018)
https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/Staff_Aw_pdf/Award_for_technical_staff_2018-4.pdf
[8] 「次世代半導体配線接合用高機能材料の開発」,平成30年度「秀でた利用成果」,NanotechJapan Bulletin Vol. 12, No. 5(2019)
https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/Exellent_pdf/MajorResults2019_2.pdf
[9] 四重極質量分析計(日本電子製 JMS-Q1500GC UltraQuadTM GC/MS)
https://www.jeol.co.jp/products/detail/JMS-Q1500GC.html
[10] トヨタ自動車,三元触媒
https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/data/automotive_business/products_technology/technology_development/materials/details_window.html#supplement10
[11] 武藤 俊介,荒井 重勇,樋口 哲夫,大田 繁正,折田 浩二,「反応科学超高圧電子顕微鏡と四重極質量分析計による新しいオペランド測定システム開発」,日本電子news,Vol.51,No.1, pp.5-9(2019)

(図はすべて田中氏,樋口氏(日本電子),武藤氏,荒井氏から提供されたものである.)

 

 (真辺 俊勝)