NanotechJapan Bulletin

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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 秀でた利用成果
<2020年秀でた利用成果-4>
BiFe1-xCoxO3薄膜のスピン構造変化
~電場による磁化の反転に成功,次世代低消費電力磁気メモリ実現の道拓く~

東京工業大学 東 正樹,重松 圭
九州大学 北條 元
名古屋工業大学 壬生 攻

 

(左から)壬生 教授とメスバウアー分光測定装置
東 教授,重松 助教とレーザーアブレーション成膜装置
北條 准教授と透過型電子顕微鏡

 

1.はじめに

 スマートフォンの普及やビッグデータなどによる情報処理量の爆発的な増大に伴う,情報通信機器の消費電力が問題になるなかで,低消費電力・高記録密度・不揮発性の次世代メモリデバイスへの要求が高まっている.HDDやMRAM(Magnetic Random Access Memory)等の磁気メモリは温度安定性に優れるが,書き込みのためにコイルに電流を流して磁場を発生する必要があるため,消費電力が大きくなってしまうという欠点がある.電流で磁壁を移動するレーストラックメモリなどのスピントロニクスデバイスも,スピン偏極した電流によって書き込みを行っている.こうした観点から注目されるのが,強磁性と強誘電性を併せ持つマルチフェロイック物質である.

 強磁性と強誘電性の相関が十分に強く,電気分極反転に伴って磁化を反転することが可能ならば,電場書き込み磁気読み出し(電圧駆動)の超低消費電力磁気メモリを実現できると期待される.これはマルチフェロイクス材料研究の一つの大きな目標だが,これまで室温で明確に示した例はなかった.

 BiFeO3は,巨大な自発分極を持つ強誘電体である事に加えて,Fe3+に由来する磁性が共存することから注目を集め,世界中で広く研究されている[1].Bi3+の最外殻電子(6s2電子)が孤立電子対と呼ばれる立体障害となって,周囲の陰イオンと反発するため,結晶格子内の陽イオンと陰イオンの重心がずれて,電気分極を生じている(強誘電性).一方,Fe3+が持つスピン5/2の磁気モーメントは,隣り合ったスピンが反対を向く反強磁性秩序を持っている.反強磁性体でも,ジャロシンスキー守谷(DM)相互作用により,隣り合うスピンがわずかに傾くことで,弱強磁性と呼ばれる自発磁化を持つ場合がある.しかし,BiFeO3ではこうして生まれた局所的な磁化が,62nmの周期で方向を一回りさせてしまう,サイクロイドと呼ばれる変調構造を持つため,全体としては磁気モーメントが互いにうち消しあってしまい,自発磁化は発現しない(図1(a)).我々は,非鉛圧電体の候補物質として,BiFeO3とBiCoO3の固溶体であるBiFe1-xCoxO3(BFCO)の研究をしていたのだが,x ≤ 0.2ではBiFeO3型の結晶構造を保ったまま,室温で0.03μB程度の自発磁化を持つ弱強磁性を生じる事に気がついた[2].この起源を解明するため,筆者の大学の先輩で,ナノテクノロジープラットフォームでメスバウアー分光の支援を行っている,名古屋工業大学の壬生 教授に相談し,共同研究を開始した.その結果,低温で存在するサイクロイド変調が,昇温によって消失するために,DM相互作用による弱強磁性を生じていることを明らかにする事が出来た[3].さらに,BFCOの薄膜試料を用い,室温で電場印加による磁化反転を明確に観察することに成功した[4].

 

図1 (a)BiFeO3と(b)BFCOの磁気構造の模式図.BiFeO3は反強磁性体であるため,スピンの磁化は打ち消し合い自発磁化は現れない.一方,BFCOではスピンが傾斜しているため,磁化は打ち消し合わずに自発磁化が現れる.

 

2.BFCOのスピン構造変化

 BiFe1-xCoxO3x=0,0.05,0.1,0.15,0.2)の焼結体試料は,キュービックアンビル型高圧発生装置を用い,3GPa 900℃の条件で合成した.図2(a)に室温で測定した磁化曲線を示す.x = 0.1,0.15,0.2では,組成によらない約0.03μBの自発磁化が発現していることがわかる.また,図2(b)のように,低温で磁化が減少しており,弱強磁性は低温にすると消失してしまうことがわかった.これは,高温で強磁性が消失する通常の磁性体とは逆の振る舞いである.この起源を明らかにするため,57Feエンリッチした試料を用意し,メスバウアー分光を行った[3].

 

図2 BiFe1-xCoxO3x=0,0.05,0.1,0.15,0.2)の(a)室温での磁化曲線と,(b)磁化率温度変化.x=0.1,0.15,0.2は室温で弱強磁性を示すが,低温にすると磁化が消失していることがわかる.[3]より許諾を得て転載.

 

 図3(a)はBiFe0.9Co0.1O3のメスバウアースペクトルの温度依存である.78Kでは,スペクトルは左右非対称で,フィッティングには少なくとも2つの成分が必要であった.これは,BiFeO3で見つかっているスピンサイクロイド変調の特徴で,電場勾配の主軸に対し,スピンの方向が一定ではなく,場所によって回転するために生じている.解析を容易にするため,スピンが電場勾配に平行な成分と垂直な成分の2成分でのフィッティングを行った結果が実線である.両者の成分はほぼ1:1であった.一方で,室温のスペクトルは左右対称であり,スピンが電場勾配に垂直な成分のみでフィット出来た.電場勾配は自発分極に平行なので,BFCOは室温で,電気分極と垂直にスピンが配列した,コリニアスピン構造を持つ事がわかる.図1(b)に示す様に,この場合,DM相互作用のために,電気分極とスピンの両方に直交する方向にスピン傾斜が生じ,自発磁化が生まれることが期待される.これが磁化測定で観測された弱強磁性の起源である.さらに,中間温度のメスバウアースペクトルを詳細に解析することで,低温のサイクロイド相から室温のコリニア相への転移は,両者が分率を変えながら2相共存する,1次転移である事がわかった.図3(b)に示す様に,メスバウアースペクトルの解析で見積もったコリニア相分率の温度変化は,磁化率の変化と合致している.また,薄膜試料についても同様の結果を得ている[5].

 

図3 (a)BiFe0.9Co0.1O3のメスバウアースペクトルの温度変化.(b)メスバウアースペクトルの解析で求めた,コリニア相の相分率と,磁化率の温度変化.[3]より許諾を得て転載.

 

3.BFCO薄膜における電場印加磁化反転

 BFCOでは,サイクロイド変調の消失に伴い,DM相互作用により,弱強磁性の自発磁化が発現する事がわかった.電気分極と磁化の方向が直交しているため,分極の反転に伴って磁化の方向も変化することが期待される.これを検証するために,パルスレーザー蒸着法で,GdScO3基板上に薄膜試料を作成した.図4は得られた薄膜試料のメスバウアー分光測定結果である.比較のためのBiFeO3ではスペクトルが左右非対称で,スピンサイクロイド相であるのに対し,BFCOでは左右対称のスペクトルが得られており,コリニア相になっていることがわかる[4].さらに詳しく解析すると,スピンは面直方向から63°傾いていることがわかった.BiFeO3は菱面体晶の結晶構造を持っており,図1に表した電気分極の方向は,擬立方表記の[111]方向に対応する.スピンは電気分極に直交しており,さらに面直方向から63°傾いているので,図4(d)の4つの方向のいずれかを向いていることがわかる.これは,[111]方向から見た際の,60°ずつ離れた6つの方向の内の4つである.外部からの電圧印加で電気分極の面外方向を反転した際,スピンの方向が4つの内の別の方向に変化するならば,磁化の面外成分も反転する事が期待される.そこで,圧電応答顕微鏡(PFM)と磁気力顕微鏡(MFM)を用いて,強誘電ドメイン,強磁性ドメインの観測を行った.

 

図4 薄膜試料のメスバウアー分光測定結果.(a)GdScO3基板上に作成したBiFeO3と,(b)BiFe0.9Co0.1O3の室温でのメスバウアースペクトル.(c)電気分極に直交している,(d)面直方向から63°傾いている,という条件から決定された(e)スピン(L)の方向.(f)[111]方向から見たBFCO薄膜のスピンの方向.(g)分極反転前,(h)反転後のスピンと自発磁化(M)の方向.[4]より許諾を得て転載.

 

 図5は電気分極を反転する前(上)と反転した後(下)の,BFCO薄膜の室温におけるPFM像(左)と,MFM像(右)である.それぞれ,強誘電ドメイン構造と磁気ドメイン構造に対応している.また,色は,それぞれ電気分極の薄膜面内成分および磁化の薄膜面外方向の成分を表している.上左図の強誘電ドメインが寒色であることは,電気分極の面外成分が紙面の奥方向を向いていることに対応する.また,面内の分極方向の違いを反映した,ストライプ状のドメイン構造を持っていることがわかる.磁気ドメイン像も同じストライプ構造を持っており,強誘電ドメインと強磁性ドメインの間に,メスバウアー分光で示唆された相関があることがわかる.ここで,PFMのカンチレバーを掃引することで面外方向に電圧を印加し,電気分極の面外方向を反転する.下左図では,電気分極の方向が紙面奥向きから手前向きに反転したことを反映して,強誘電ドメインの色が暖色に変化している.また,右上下を比較すると,電気分極の反転により,磁化の面外成分が反転していることがわかる.これはまさに電場印加による磁化反転であり,電圧駆動マルチフェロイックメモリの実現に大きく近づく成果である[4].

 

図5 電気分極反転前(上)と電気分極反転後(下)のBFCO薄膜の室温における圧電応答顕微鏡像(左)と磁気力応答顕微鏡像(右)[4]より許諾を得て転載.

 

4.まとめ

 メスバウアー分光測定により,BFCOにおける弱強磁性の起源が,サイクロイドスピン構造からがコリニア構造への変化に起因することを明らかにすることができた.さらに,薄膜試料において,電気分極と磁化の方向の関係を解明したことが,新しい磁気メモリ実現のための鍵といわれてきた,室温での電場による磁化反転の実現に繋がった.しかしながら,電気分極反転に伴ってスピンの方向が変化するメカニズムは未解明であるし,メモリデバイス化のためには微細加工によるシングルドメイン化が不可欠である.引き続きナノテクノロジープラットフォームの支援を受けながら,研究を続けたい.

 

謝辞

 本研究では,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(名古屋工業大学スマートマテリアル創成支援)の支援を受けて行われた.メスバウアー分光は放射性同位体を用いる事から,実施可能な機関が限られており,しかも薄膜試料の温度変化はさらに困難である.貴重な装置とノウハウを駆使して,長時間にわたる測定を引き受けていただけたことは幸運であった.ナノテクノロジープラットフォームは,このようなニーズに応えてくれる大変貴重な仕組みである.

 上記の成果は,東京工業大学科学技術創成研究院の清水 啓佑 博士研究員,東北大学 多元物質科学研究所の山本 孟 助教との共同研究である.また,神奈川県立産業技術研究所 戦略的研究シーズ育成事業,ならびに有望シーズ展開事業の支援を受けて実施された.

 

参考文献

[1] H. Hojo, K. Oka, K. Shimizu, H. Yamamoto, R. Kawabe, and M. Azuma, Advanced  Materials, 30, 1705665 (2018).
[2] I. Sosnowska, M. Azuma, R. Przeniosło, D. Wardecki, W. Chen, K. Oka, and Y. Shimakawa, Inorganic Chemistry, 52, 13269 (2013).
[3] H. Yamamoto, T. Kihara, K. Oka, M. Tokunaga, K. Mibu, and M. Azuma, Journal of the Physical Society of Japan, 85, 064704 (2016).
[4] K. Shimizu, R. Kawabe, H. Hojo, H. Shimizu, H. Yamamoto, M. Katsumata, K. Shigematsu, K. Mibu, Y. Kumagai, F. Oba, and M. Azuma, Nano Letters, 19, 1767 (2019).
[5] H. Hojo, R. Kawabe, K. Shimizu, H. Yamamoto, K. Mibu, K. Samanta, T. Saha-Dasgupta, and M. Azuma, Advanced Materials 29, 1603131 (2017).

 

 

(東京工業大学 東 正樹)