NanotechJapan Bulletin

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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 秀でた利用成果
<2021年秀でた利用成果-2>
熱アシストハードディスク用微小光熱源ナノヒーター®素子
株式会社イノバステラ 栗山和巳氏,杉浦 聡氏,豊橋技術科学大学 八井崇 氏,ナノフォトニクス工学推進機構 橋本 和信氏,東京大学 微細構造解析プラットフォーム 三田 吉郎氏,水島 彩子氏,落合 幸徳氏に聞く

 

「秀でた利用成果」の受賞式にて左から(○は支援チーム(三田研究室)メンバー);
○-杉浦氏-○-栗山氏-八井氏-佐藤選定委員会主査-三田氏-橋本氏-太田氏-○-○

 

 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム(NPJ)事業は,最先端ナノテクノロジー装置を有する25研究法人が,全国の産学官の研究者へそれら装置と使用上のノウハウを提供することにより,イノベーションにつながる研究成果の創出を目指している.NPJは微細構造解析,微細加工,分子・物質合成の3つのプラットフォーム(PF)から構成され,1,000を超える最先端のナノテクノロジー設備を保有している.利用件数は年間3,000件を超え,その中から毎年,特に優れた成果を上げた研究課題を「秀でた利用成果」として表彰してきた.令和2年度は6件が表彰され,その内の「熱アシストハードディスク用微小光熱源ナノヒーター®素子」が最優秀賞に選ばれた[1].

 受賞者はユーザー側が,株式会社イノバステラ 取締役CTO 杉浦 聡氏,同 望月 学氏,国立大学法人 豊橋技術科学大学 大学院工学研究科 電気・電子情報工学系 教授 八井 崇氏,学校法人 福岡工業大学 工学部電子情報工学科 教授 片山 龍一氏,特定非営利活動法人 ナノフォトニクス工学推進機構 橋本 和信氏,同 井上 友里恵氏,国立研究開発法人 情報通信研究機構 光ネットワーク研究所 研究室長 山本 直克氏,同 研究マネージャー 赤羽 浩一氏,同 主任研究員 松本 敦氏,Carnegie Mellon Univ., Professor James A.Bain氏である.支援機関である東京大学微細加工PF側受賞者は,国立大学法人 東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 准教授,同 附属システムデザイン研究センター基盤デバイス研究部門長 兼 微細加工PF拠点長 三田 吉郎氏,技術専門職員 澤村 智紀氏,同 水島 彩子氏,学術支援専門職員 太田 悦子氏,同 藤原 誠氏,特任研究員 Eric Lebrasseur氏である.

 今回はWEB取材にて,ユーザー側受賞者の杉浦氏・八井氏・橋本氏に株式会社イノバステラ代表取締役社長CEO 栗山 和巳氏と,PF側受賞者の三田氏・水島氏にPF東大拠点マネージャー 落合 幸徳氏にも参加いただき,最優秀賞を受賞したナノヒーター®素子について,その研究開発の狙い・意義・技術内容,産学官の連携チーム構成,PFが支援した微細加工技術,今後の展開などを伺った.

 

WEB取材の様子(○は取材スタッフ);
上段左から○-○-落合氏-杉浦氏,中段左から栗山氏-水島氏-橋本氏-○,下段左から八井氏-三田氏

 

1.東京大学 微細加工プラットフォームの概要と運営ポリシー [2]

 先ず,東京大学の微細加工PFについて,三田氏に概要を伺った.なお,NanotechJapan Bulletinでは過去に,本PFを使用した成果を紹介した記事にて,どんな供用設備があって,どんな技術を支援してもらえるかについて詳細に解説したので,参照されたい[3][4].

 東大の微細加工PFは「超微細リソグラフィー・ナノ計測拠点(東京大学)」と称し,東京大学本郷キャンパス浅野地区にある「武田先端知ビル」内のスーパークリーンルームに,65台の微細加工関連設備を整備(装置価値総額35億円以上),教職員及び学生技術補佐員からなる20名のスタッフが管理運営に携わる.本PFでは,最新の装置が常に良好な状態に維持管理調整され,産官学のユーザーが廉価に使用できるので,研究開発の迅速な立上げが可能である.ユーザーには「あなたの研究室がPFにあります.価値観を共有する研究者の共同体として運営し,成功の可能性を提供します」との運営ポリシーを語り,過去9年間でユーザー研究室は380室,ユーザー登録者は年900名,延べ3000名を超えるなど,多くのユーザーを支援してきた.

 図1は本PFを使った研究開発のやり方を,1~6のフローとして描いたものである.利用者は水色枠で囲んだ1.新しいアイディア~6.実験・デモンストレーションの全体を責任範囲とし,右下の赤色枠で囲んだ4.デバイス試作プロセス実行と5.デバイス特性計測・パッケージングを本PFが管理範囲として支援する.左下の黄緑色で囲んだ2.デバイス設計と3.試作プロセス設計についても,PF側からの技術供与が可能である.こうしたデバイス試作・評価環境をPFがプラットフォーマーとして準備し,多くの研究者がシェアして利用することでオープンイノベーションが生まれることを期待している.

 

図1 東京大学 微細加工PFを使った研究開発のやり方

 

 今回の受賞テーマであるナノヒーター®素子の試作開発では,イノバステラ社(次章で紹介)とナノフォトニクス研究推進機構(NPEO:NanoPhotonics Engineering Organization)がPF外部利用者となった.NPEOは,大津 元一 東京大学名誉教授が理事長となって2005年に設立した特定非営利活動法人で,最先端技術である近接場光を応用したナノフォトニクス技術に関して,産官学の連携による共同研究開発を推進する事業を展開している[5].大津氏が2016年に東京大学を退官する以前,大津・八井研究室はPFの学内利用者であると同時に,装置をクリーンルームに置きナノフォトニクスの基礎研究を推進していた.大津氏の退官に際し,大津・八井研究室の研究スタッフであった水島氏・太田氏がPFに移籍し,研究設備をPFが譲り受けたという絆がある,と三田氏は語った.ナノフォトニクス応用研究であるナノヒーター®素子の開発では,過去の研究で培った技術をPFで継承して既存技術とのシナジーを産み出す価値,利用者が継続的に研究に専念できる価値,PFで開発した技術を全国展開して日本に貢献する価値,をPFが創出した好例と捉えている.なお,イノバステラ社を中心とする産官学,日米連携の共同研究開発体制については,次章で説明する.

 本PFの今後の運営について,三田氏は以下の抱負を語った.昨年来の新型コロナウイルス感染症流行により,本PFも影響を受けているが,図2に示すようにWithコロナ・Postコロナに向けて耐性の高いクリーンルームとする準備を進めている.3密を避けるための設備リモート操作や,AIによるプロセス開発効率化など,“フィジカル作業のサイバー化”を進めている.

 

図2 コロナ耐性の高い微細加工PFへ

 

2.株式会社イノバステラの設立経緯と,ナノヒーター®事業化状況

 株式会社イノバステラの概要を,CEOの栗山氏に紹介してもらった.イノバステラ社(InnovaStella Co., Ltd.)は,パイオニア株式会社で光ディスクの研究開発に長年携った後,法務・知的財産部門等で活躍された栗山氏が2015年にスピンオフして創設した[6].設立にあたっては,パイオニアの元会長である松本 冠也氏の助言及び援助を受けた.量子ドットや近接場光デバイスの関する特許をパイオニア社から譲り受け,磁気記録装置(HDD:Hard Disk Drive)の記録密度を向上する画期的な方式である「熱アシスト磁気記録」,そのコア技術であるナノヒーター®素子の事業化に取り組んでいる(“ナノヒーター”はイノバステラ社が商標として登録した).

 図3左で,HDDの記録密度を現状の10倍以上に向上させる「熱アシスト磁気記録」方式について説明する.HDDでは,回転する磁気ディスク上の磁性体記録層の磁化を上向きか下向きかで情報の“1”か“0”かを記録する.記録するためには,薄緑色で示した記録ヘッドを磁気ディスク上に僅かなギャップを保って浮かせ,記録コイルに流す電流の方向を変えることで右側の記録ヘッド先端に形成される磁界の向きを変えることで,記録層の磁化の向きを変える.記録密度を上げるには磁化を小さくすればよいが,現状製品の磁性体では小さい磁化は時間が経つと磁化を保てない.そのため,保磁力の大きな磁性体を用いたいが,記録ヘッドの磁界だけでは記録できない.そこで,微小光熱源(ナノヒーター®)を記録ヘッド内に組み込んで,記録層の温度を~500℃に上昇させ保磁力を下げて記録するのが,熱アシスト磁気記録である.情報を読み出すには,橙色で示した再生ヘッドで磁化の向きを検出する.

 

図3 熱アシスト磁気記録の記録原理(左)とナノヒーター®の構造(右)

 

 図3右は,イノバステラ社が事業化しようとしているナノヒーター®素子の構造図である.朱色の量子ドット(QD:Quantum Dot)発光層を金色のAu電極で挟み,電流を流すことでレーザー発振するリングレーザーと,金のニードルが僅かなギャップ(< 0.1µm)を隔てて配置される.リングレーザーから金ニードルへレーザー光が漏れ出し,さらに金ニードルの先からレーザー光が近接場光として記録媒体上に照射される.パイオニア社時代から取り組んできた量子ドットや近接場光デバイスの技術を組合わせた,熱アシスト磁気記録向けナノヒーター®となっている.

 ナノヒーター®素子の作製プロセスや,東京大学微細加工PFが支援した内容については,第4章で詳細を記載する.ここでは,イノバステラ社を創業する以前も含め,ナノヒーター®素子の開発進捗状況を,図4に示す.図4は,栗山氏が2015年にイノバステラ社を創業する以前,パイオニア社に所属していた時代の基礎開発からスタートし,イノバステラ社設立~2020年までのナノヒーター試作,その後の製品化に向けた構想と,大きく3つのフェーズで進捗してきた状況を示した.

 

図4 ナノヒーター®素子開発の進捗状況

 

 2015年以前のパイオニア社時代では,国家プロジェクト(PJ)に参加して基礎開発に取り組んだ.国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「低損失オプティカル新機能部材技術開発」PJに参画し,“近接場光による全光スイッチの室温動作に世界で初めて成功”の成果に貢献した[7].このPJは,東大教授であった大津氏がPJリーダーを務めており,このPJから栗山氏は近接場光デバイス技術を獲得した.また,NEDOの「大容量ストレージ技術の開発」PJでは,パターンドメディア開発を通してHDDの知見を獲得した.こうして獲得した技術をベースにして,InAs量子ドットを含むGaAsメサ構造の上に金のナノロッドを載せたナノヒーター®を2013年に提案した[8].熱アシスト磁気記録向けのナノヒーター®であり,米国のCarnegie Mellon Univ.と共同発表した.ナノヒーター®の初期構想として,リングレーザーと金ニードルとの組合せについても,Carnegie Mellon Univ.が光強度のシミュレーション結果を示した.

 2015年にイノバステラ社を設立以降,ナノヒーター®の試作に本格的に取り組んだ.この第2フェーズのナノヒーター®素子共同開発における産官学・日米連携チーム構成を,図5に示した.イノバステラ社が素子設計とビジネス推進,国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)がGaAs基板作製・レーザー評価[9],豊橋技術科学大学がナノフォトニクス理論[10][11][12],福岡工業大学がシミュレーション・素子設計[13],ナノフォトニクス工学推進機構(NPEO)が素子の試作,東大の微細加工PFが加工技術開発・支援,Carnegie Mellon Univ.のDSSC(Data Storage Systems Center)が実証・評価[14],という国際共同開発体制である.豊橋技術科学大学の八井氏とイノバステラ社の杉浦氏はNPEOの理事を併任しており,NPEOの井上氏・橋本氏・望月氏が試作の実行部隊を担った.

 

図5 ナノヒーター®素子共同開発の産官学・日米連携チーム

 

 スタートアップのベンチャー企業では,開発資金を努力して調達したとしても,デバイス開発を自社のみで実行することは不可能である.東大の微細加工PFに研究室を置かせてもらい,技術支援スタッフの方々にプロセスパラメーターの設定他,色々と指導を受けながら,2019年には図4右端に掲載したナノヒーター®サンプルを作製できるまでになった.しかし,2020年に新型コロナウイルス感染症の流行により全国のPF施設が一次閉鎖された他,米国との往来もストップし,「進捗が滞留していることが残念」と栗山氏は語った.

 

3.豊橋技術科学大学 八井氏のナノフォトニクス理論

 次にナノヒーター®素子の科学的支柱である,近接場光のナノフォトニクス理論について,八井氏から説明があった.八井氏は1995~2000年に東京工業大学大学院総合理工学研究科の大津研究室にて近接場光の研究を行って学位を取得し,2008~2020年は東京大学大学院工学系研究科の准教授として東大の微細加工PFを利用した研究を推進,2020年4月から豊橋技術科学大学の教授となり,現在にいたるまで近接場光の研究に取り組んでいる.

 図6は,近接場光が回折限界の光スポットより小さくなることを描いている.図6左側に描いたように,光学(共焦点)顕微鏡や光ディスクプレーヤーでは,光ビームをレンズで絞って観察試料や光ディスク上に集光している.集光スポットの大きさは,光が電磁波であるために,無限に小さくはできない.光の波長で決まる”回折限界”までしか,絞り込めない.顕微鏡の分解能は,光が波動であるゆえの回折限界で制限される.光ディスクで記録できる情報容量を増やすには,CDからDVDへ,さらにはブルーレイディスクへ,より波長の短い半導体レーザーを使うことで回折限界の光スポット径を小さくした.図6右側は,光ファイバーの先端を尖らせて周囲を金属でコートし,先端の微小開口から光が僅かに漏れ出す様子を描いている.開口径は光の波長より小さく,点線で示した回折限界光の波面の広がりより小さい.この漏れ光を,近接場光と呼んでいる.この近接場光は,回折限界の光スポット径よりもずっと小さく,開口径で決まるサイズまで小さくできるので,将来の光ディスクや,次世代の熱アシスト磁気記録HDD向けの微小光熱源として応用できるのでは,という期待が高まった.

 

図6 近接場光(右)は回折限界の光スポット(左)より小さい.

 

 しかし,光ファイバー先端の微小開口から漏れ出る近接場光スポット径は小さいものの,ファイバーに入力した光の105程しか漏れ出ない,すなわち伝達効率が極めて低いことが問題であった.ディスク上への光量が少ないと,記録媒体の温度上昇が十分ではなく,記録速度を速くすることができない.八井氏は大学院の院生時代から,この課題「何故,伝達効率が悪いのか?どうしたら,伝達効率を向上させることができるか?」に取り組んできた.

 図7は,金属コート光ファイバー先端での光の伝搬を理論計算で検討した結果である.図7左下に描いたように,光ファイバー先端を尖らせ,黄緑色で示した光ファイバーコア表面を金コートし,右側からレーザー光を入射させる.入射部の光ファイバー内では,レーザー光はコア中心で光強度が最大となるガウシアン強度分布で伝搬する.この光ビームの振動電場は伝搬方向に垂直なXY偏波の横波(HE11モード)である.しかし,このXY偏波の光は,光ファイバーの先端までは到達しない伝搬モードであることが分かった(図7左下の青色で示したHE11の光強度分布).図7左上は分散曲線の計算結果で,横軸のコア径に対して,縦軸は透過屈折率の実部(左側)と虚部(右側)である.青色の2本の曲線がHE11モード(横偏波),赤色の2本の曲線が縦偏波(Z偏波)のHE-plasmonモードである.プラズモンは金属中の電子の集団振動であり,光が金属に照射されると表面にプラズモンが励起される.この表面プラズモンをファイバーコア表面で励起しながら伝搬するのがHE-plasmonモードであり,図7右中段に示したコア径D=3µmでの光強度分布のように,コアと金属との境界に光が集中している.一方,青色のHE11モード(XY横偏波)はコア径D=3µmでの光強度分布はガウシアンであるが,ファイバー先端に向かうにしたがって透過屈折率の虚部は急激に大きくなって吸収され,コア径<500nmより先には光がない.HE-plasmonモード(縦波のZ偏波)は,分散曲線の図で分かるように,コア径<500nmより先にも伝搬している.したがって,効率を上げるにはZ偏波の表面プラズモンモードを励起伝搬させる方が有利である.

 

図7 金属コート光ファイバー先端での光の伝搬.HE11:XY偏波,HE-plasmon:Z偏波

 

 次の課題は,Z偏波のHE-plasmonモードへ,ファイバー入射部のXY偏波のHE11モードから如何にしてモード変換させるか,である.先ず,ファイバー先端を徐々にではなく急激に先鋭化することで,伝達効率を1%まで向上させた[10].効率105程から102へ,一気に1000倍の効率改善である.さらに,Siのピラミッド状プローブに金コートすることで,85nmの微小スポットへ伝達効率2.5%まで高めた[11].Siピラミッド状プローブへの金コートに,微小スリット開口を開けることで,効率を10%まで改善した[12].

 今回受賞したナノヒーター®素子の基本構造は,上述したナノフォトニクス理論と効率改善実験結果を土台にして,さらに発展させて設計したものである.ナノヒーター®素子では,リングレーザーの側面から金ニードルへ近接場光で取り出し,金ニードル先端から近接場光スポットを得ている.リングレーザー内部のレーザー発振光はXY偏波の横波であるが,金ニードル側から見るとその偏波方向は金ニードル伝搬方向のZ偏波である.すなわち,リングレーザー内のXY偏波(横波)から,金ニードル内のZ偏波(縦波)にモード変換して,金ニードル中を1次元的にプラズモンを励起しながら縦波で伝搬し,金ニードル先端から出る近接場光への伝達効率を上げている.

 

4.ナノヒーター®素子の試作開発と,東大微細加工PFの支援貢献

 今回の受賞対象となったナノヒーター®素子の試作と,東京大学微細加工PFを利用することで初めて可能となった加工プロセス技術について,イノバステラ社のCTOである杉浦氏を中心に,技術内容を伺った.杉浦氏もパイオニア社で光ディスクの開発に長年従事し,栗山氏とともにイノバステラ社の創業に加わった.近接場光デバイスに関して,数多くの特許を発明しており,ナノヒーター®素子技術開発の中心人物である.

 

4.1 ナノヒーター®素子の特徴と試作目標,技術課題

 ナノヒーター®素子の全体構造は,既に図3右に示した.ナノヒーター®素子の要素であるリングレーザーと金ニードルについて,試作素子の目標サイズ例を,図8左に示す.

 

図8 ナノヒーター®素子のサイズ例(左)と、加工プロセス技術の開発課題(右)

 

 この素子構造は,以下の特徴を持つ;

①リングレーザーの側面からZ偏波の近接場光で金ニードルへ光結合し,高効率である.
②リングレーザーと金ニードルを,半導体プロセスでモノリシック集積し,量産化し易い.

 しかし,実際にこの構造のナノヒーター®を作製しようとすると,

(a)リングレーザー壁面をエッチング加工しても,壁面がギザギザでレーザー発振しない.
(b)金ニードルをリングレーザー側面から30nm程度に近接配置し,かつ量子ドット活性層の位置に合わせて,直径100nm以下・長さ1µmの金ニードルを作製するのが困難,

という課題に直面した.そこで,図8右に示すように,(a)の課題にたいしては光損失なく発振するように,リング外壁・内壁の反射面を平滑に作り,(b)の課題に対しては量子ドット活性層との位置に合わせも考慮して加工・設置する,という2つの加工プロセス技術課題にポイントを絞り,東大微細加工PFの支援スタッフの協力の下,ナノヒーター®素子の試作開発を進めた.4.2節と4.3節に両課題への対応を説明する.

 

4.2 リングレーザーの試作,レーザー壁面のエッチング加工技術

 リングレーザーのリング共振器構造を東大PFで加工する前に,情報通信研究機構(NICT)に量子ドット活性層を含むGaAs基板を作製してもらった.量子ドット(QD)レーザーは,電気から光への変換効率が高く,消費電力が少なくて済む.また,エネルギー準位が量子化されているので,温度依存性が殆どないという特徴がある.NICTでは,光通信向けに量子ドット層を100層以上多層化し,結晶の歪を制御する技術で自己組織化量子ドットを安定して作製する技術を開発してきた[9].MBE(分子線エピタキシー)装置を使用して,工業的に容易く短時間で,かつ歩留まり的にも問題なく作製できるということで,NICTに量子ドットレーザーのGaAs基板を作製してもらった.

 図9が,量子ドット層を活性層とするリングレーザーのGaAs基板である.左上に基板の積層構造断面図を示す.朱色の量子ドット(InAs)を青色のGaAsの上に規則的に配列,多層化した層が,レーザー活性層である.上段中央は,量子ドットの多層断面の電子顕微鏡写真,上段右は量子ドット層のAFM(原子間力顕微鏡)像である.量子ドット層は,上下をAlGaAsのクラッド層で挟んで,光は面内に閉じ込められる.この構成のGaAs基板を,東大微細加工PFにて,リング状にエッチング加工してリング共振器を作製した.

 

図9 NICTによる量子ドット層を活性層とするリングレーザーGaAs基板作製

 

 東大微細加工PFのICP(誘導結合プラズマ)汎用エッチング装置を使用して,リング共振器構造をエッチング加工した.しかし開発当初は,きれいなリング壁面を作れなかった.図10上段中央のSEM写真のように,量子ドット層の上下でエッチング面が大きく乱れてしまう.これは,GaAs中のInAs量子ドット層,AlGaAsのクラッド層など物性が異なる多層構造に対してエッチングするので,単一の均質な層へのエッチングと同様には加工できないと考えられる.色々とエッチング条件を振って試みたが,図10下段の2枚のSEM(走査型電子顕微鏡)写真(倍率は異なる)のような,ギザギザしたリング壁面になってしまう.きれいな壁面は作れないのでは,と降参しかけていた.

 

図10 リングレーザー側面のエッチング加工技術の進展

 

 そのような状況下で,東大PFの支援スタッフが協力して,ICPエッチング装置のガス量・ガス圧力・高周波パワーの3つのパラメーターを最適化していった.図10右の4枚の電顕写真が示すように,最上段から最下段へと,徐々にきれいなリング壁面をエッチングできるようになった.支援した水島氏は語る:「プラズマのパラメーターを最適化するにあたり,探索をどのあたりからスタートするか,探索開始点がポイントになる.これまでに様々な利用者が,異なる物質に対してエッチングした支援経験があるので,勘がはたらく.1年弱かけて,きれいなリング壁面がエッチングでき,レーザー発振するようになった.」

 PFマネージャーの三田氏は,「PFでは,色々なユーザーが色々な試作で1つの装置をシェアして使用している.PFの支援技術者は,それらを技術面で横串を刺して見ているので,過去の失敗や成功した経験の記憶を沢山蓄積している.過去の支援を通じて拠点に蓄積されているマテリアルデータ,マテリアルプロセスデータ,データコンバージョンに関するノウハウを供与し,プロセス開発を行った.今回も,PFの過去の蓄積を持つ優秀な支援技術者のノウハウが活かされた.今後,PFのDX化(デジタルトランスフォーメイション)に向けて,そうしたノウハウをどのように数値化していくか,難しい課題であるが取り組んでいきたい」と意気込みを語った.

 図11は,リングレーザー発振した試作素子の評価結果である.図11左が,リングレーザーのSEM像で上からと斜め上から視たもので,リング外径20µm,内径10µmと,小さなリングの例である.図11中央上段の写真にあるように,リングへの電流注入は金プローブをリング上面の金電極にコンタクトして,1kHz,Duty 5%のパルス電流で駆動,レーザー光は上面からの漏れ光を検出して評価した.図11右上段は波長スペクトルで,緑色で示した1050nmの狭スペクトルがレーザー発振光,幅広いスペクトルはリング壁面が良好でない時のLED発光である.図11右下段の電流-光出力特性は,LED発光しかしないリングの場合,閾値電流9.8mAのリングレーザーの場合,さらにリングのエッチング壁面を改善して閾値電流が6.6mAまで下がったリングレーザーの測定結果である.

 

図11 試作したリングレーザーのSEM像(左),波長スペクトルと電流・光出力(右)

 

 レーザー発振波長の1050nmは,化合物半導体の量子ドットとして作りやすい波長だったことによる.レーザー光をレンズで集光する場合は,短波長にするほど光スポット径は小さく絞ることができる.しかし,近接場光の場合は,光スポット径は光をガイドする針先の形状や針先からの距離で決まる.したがって,レーザー波長を短波長化すれば近接場光スポット径を小さくできるわけではない.また,金ニードルの場合は短波長にすると,光損失が増えるので,好ましくない.

 リングレーザーの発振光を測定することは,理想的なレーザーになるほど共振器外に光は漏れてこないので難しくなる.共振器からの僅かな漏れ光を,評価することになる.同一のGaAs基板上に複数個のリングレーザー共振器を作製し,歩留まり略100%でレーザー発振することを確認している.

 

4.3 金ニードルをリングレーザー側面へ近接して加工する技術

 金ニードルの加工技術の詳細を述べる前に,どのような金ニードルを作るべきかについて,福岡工業大学の片山氏のシミュレーション結果を紹介する[13].

 図12左は,リングレーザー共振器内の光の電場分布のシミュレーション結果である.リングに沿って,周期的な定在波になってレーザー発振している.赤色の丸で囲んだ部分を拡大したのが,図12中央の金ニードル周辺の光の電場分布シミュレーション結果である.金ニードル径は50nmで,左側のリングレーザー側面に対向する面はフラット,右側の磁気記録媒体に対向する面は曲面にしてある.リングレーザーから金ニードルへは,Z偏波の光で近接場光結合し,金ニードルの右先端から近接場光が磁気記録媒体に照射される.金ニードルの内部に光は殆どなく,熱損失が殆どないので,エネルギー利用効率が高い構成であることが分かる.図12右は,記録媒体上での近接場光スポットの光強度分布をシミュレーションした結果である.光スポットの全半値幅は25nmで,金ニードル径の50%程度に縮小した微小加熱領域になっている.金ニードルの形状や,リングレーザーと金ニードルのギャップほか,パラメーターを振って検討している.

 

図12 リングレーザー電場,金ニードル電場,スポット径のシミュレーション結果 [13]

 

 実際に,このような微細な金ニードルを,リングレーザーの側面に近接して作ることができるのか,東大の微細加工PFで試作した.図13は,様々な寸法の金ニードルをリングレーザー側面に近接して作製した例である.図13左上は,直径Φ120nm,長さ(高さ)h600nmの金ニードル,左下はΦ140nm,h1100nmと長さ(高さ)を優先して作製,中央下はΦ60nm,h254nmと細さを優先して作製,などである.また,右上の写真は,リングレーザー側面から30nmのギャップを隔てて金ニードルを作製した例である.

 

図13 金ニードルをリングレーザー側面に近接して加工した例

 

 金ニードルの加工は量産時には,リングレーザー共振器の加工と同時にエッチングで行うが,今回のナノヒーター®機能検証のための試作では,FIB(集束イオンビーム)装置を使用して加工した.図13上段中央の写真や断面構造図にあるように,リングレーザーの側面高さは4µmあり,金の電極から1.8µm下がったQD層の高さに金ニードルを立てる必要がある.このQD層の高さ位置に合わせて,金ニードルを作製することは難しく,SEMを用いたQD層の観測と発光状態の観察で,QD層に対する金ニードルの作製位置を定めた.

 2019年には,試作したリングレーザー+金ニードル構成のナノヒーター®素子を動作測定用基板に搭載して,図4右端の写真に示したナノヒーター®サンプルとして,外部評価に提供できるようになった.Carnegie Mellon Univ.にナノヒーター®サンプルを持ち込んで評価した結果について,次節で紹介する.

 

4.4 Carnegie Mellon Univ.でのナノヒーター®評価

 米国Carnegie Mellon Univ.のDSSC(Data Storage Systems Center)は,磁気ディスク記録や固体メモリ技術など情報ストレージ分野で世界をリードする研究センターである[14].熱アシスト磁気記録についても,ProfessorのJames A. Bainを中心に,活発に研究している.世界の主要HDDメーカがDSSCのスポンサーになっていて,イノバステラ社もスポンサーとしてDSSCから技術動向・業界動向を把握している.

 図14は,Bain教授の実験室でナノヒーター®を評価した結果である.測定に用いたナノヒーター®サンプルは,上段中央や上段右の写真のようにリングレーザーから50nm離して金ニードル相当のNFT(Near-Field Transducer)を配置し,測定のためにNFTは100µm程の長さにしている.このサンプルでは,リングレーザー共振器と金のNFTは,エッチングで同時に作製した.NFTには3本のリード線を接続して,長さに応じて電流が測定できるようにしている.この測定系で,3ω法と呼ばれている熱評価手法を実施した.リングレーザーを周波数ωで駆動し,レーザー光が近接場結合してNFTに伝搬すれば,NFTで電流の3ω成分が検出されるはずである.左上の写真はリングレーザー発振光の波長スペクトル観測状況,右下の写真はNFTからの電流出力,左下のデータは電流の周波数スペクトル観測状況の写真である.これらの結果から,リングレーザーとNFTが良好に近接場光結合していることを確認した.

 

図14  Carnegie Mellon Univ.でのナノヒーター®評価

 

 Carnegie Mellon Univ.では,ナノヒーター®の金ニードル形状をAFMで評価したり,金ニードルからの近接場光スポットを評価する実験準備をしていたが,新型コロナウイルス感染が米国でも流行したため,作業が中断している.

 

5.今後の展開

 熱アシスト磁気記録用の微小光熱源となるナノヒーター®素子を,東京大学の微細加工PFにてプロトタイプ試作を行い,動作確認と作製方法を確立した.今後は,磁気ヘッドとナノヒーター®を集積一体化した磁気光ヘッドをヘッドメーカーと組んで量産化し,熱アシスト磁気記録HDDの実用化につなげていく.日本の半導体産業に,ナノヒーター®集積磁気ヘッドという新しい事業を起こすことになる.HDDの記録密度を10倍以上向上させる熱アシスト磁気記録を実用化すると,データーセンターでの情報記録量の急増に応えるだけでなく,データーセンターでの電力消費量の急増を抑制できる.電力削減は,世界の環境問題に寄与することになる.そうした大きな夢を,是非実現したいと考えている.

 また,HDD以外の新分野へのナノヒーター応用も,開拓していきたい.バイオ・医学分野やナノ領域観察向け光源などへの応用を,模索中である.

 

参考文献

[1] 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 令和2年度「秀でた利用成果」の発表について(2020年11月17日);https://www.nanonet.go.jp/ntj/topics_gov/?action=common_download_main&upload_id=4835
[2] 東京大学 超微細リソグラフィー・ナノ計測拠点;https://www.nanonet.go.jp/ntj/insti/u-tokyo/nf/
[3] "有機系浮遊粒子状物質を検出するMEMS 形センサの開発 ~長年積み上げた薄膜センサ技術をナノテクプラットフォームで短期間にデバイス化~ 東京電機大学 原和裕 教授,東京大学 三田吉郎 微細加工プラットフォームマネージャに聞く",NanotechJapan Bulletin Vol. 11, No. 6, 2018;https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/PickUp_pdf/nanotechPickUp-19.pdf
[4] "21 世紀の「黄金の国ジパング」を目指して ~ナノテクノロジープラットフォーム東京大学微細加工拠点による光触媒・超親水性機能融合反射防止多層膜材料の開発~ コニカミノルタ株式会社 生産本部 生産イノベーションセンター 多田一成, 東京大学大学院工学系研究科 電気系工学専攻 准教授(兼)附属システムデザイン研究センター 基盤デバイス研究部門 三田吉郎",NanotechJapan Bulletin Vol. 13, No. 3, 2020;https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/Exellent_pdf/MajorResults2020_3.pdf
[5] 特定非営利活動法人 ナノフォトニクス工学推進機構 HP;http://www.npeo.or.jp/index.html
[6] 株式会社イノバステラ HP;https://innovastella.com/
[7] 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO),"近接場光による全光スイッチの室温動作に世界で初めて成功" (2010年8月24日);https://www.nedo.go.jp/content/100080286.pdf
[8] K. Kuriyama, M. J. Chabalko, Y. Kong, Y. Luo, T. E. Schlesinger and J. A. Bain, "Modeling of Polarization Effects in Au Nanodots Excited With InAs Quantum Dot Emitters for Use as a HAMR Heat Source," IEEE Transactions on Magnetics, Vol.49, Issue 7, pp.3560~3563 (2013); DOI: 10.1109/TMAG.2013.2250263
[9] 赤羽浩一,山本直克,牛頭信一郎,上田章雄,大谷直毅,土屋昌弘,"超高密度半導体量子ドット形成技術",情報通信研究機構季報Vol.52, No.3, pp.3~11 (2006); https://www.nict.go.jp/publication/shuppan/kihou-journal/kihou-vol52no03/02-01.pdf
[10] T. Yatsui, M. Kourogi, and M. Ohtsu, "Increasing throughput of a near-field optical fiber probe over 1000 times by the use of a triple-tapered structure," APPLIED PHYSICS LETTERS, Vol. 73, Issue 15, 2090 (1998); https://doi.org/10.1063/1.122387
[11] T. Yatsui, K. Itsumi, M. Kourogi, and M. Ohtsu, "Metallized pyramidal silicon probe with extremely high throughput and resolution capability for optical near-field technology," APPLIED PHYSICS LETTERS, Vol. 80, No. 13, pp.2257~2259 (2002); DOI: 10.1063/1.1465520
[12] T. Yatsui, W. Nomura, and M. Ohtsu, "Metallized slit-shaped pyramidal Si probe with extremely high resolution for 1.5-Tbit/in2 density near-field optical storage," Journal of Nanophotonics, Vol. 1, 011550 (17 September 2007)
[13] R. Katayama and S. Sugiura, " Simulation on near-field light on recording medium generated by semiconductor ring resonator with metal nano-antenna for heat-assisted magnetic recording," Japanese Journal of Applied Physics,  Vol.58, SKKB01(2019); DOI:10.7567/1347-4065/ab238a
[14] Carnegie Mellon Univ.DSSC(Data Storage Systems Center); https://www.dssc.ece.cmu.edu/about/index.html

図は,東京大学の三田氏(第1章),イノバステラ社の栗山氏(第2章),豊橋技術科学大学の八井氏(第3章),イノバステラ社・NPEOの杉浦氏(第4章)から提供された.



(尾島 正啓)