NanotechJapan Bulletin

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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 秀でた利用成果
<2021年秀でた利用成果-3>
InP埋め込み再成長によるフォトニック結晶の形成
~面発光型量子カスケードレーザの開発~

株式会社東芝 橋本 玲,斎藤 真司
東京工業大学 微細加工プラットフォーム 高橋 直樹,宮本 恭幸

 

(左)株式会社 東芝 斎藤 真司,橋本 玲
(右)東京工業大学 宮本 恭幸,高橋 直樹

 

1.はじめに

 近年,Society 5.0,第四次産業革命といったキーワードで象徴されるように,デジタルデータの活用が産業の構造や仕組みを大きく変えている.既存のデータのみならず,新たなセンシング手法により,従来取得できなかった情報をデジタル化し,活用する試みが様々な分野でなされている.我々は新たなセンシング手法の一つとして,中・遠赤外波長域の光源である量子カスケードレーザ(QCL:Quantum Cascade Laser)を用いたセンシング技術の開発を行っている.QCLは,中・遠赤外波長域で発振可能な半導体レーザ(図1)であり,3~16μmの波長域において,他の光源に比べ,スペクトル幅が狭い光源を実現できる.この波長領域は分子の指紋領域とも呼ばれ,様々な分子振動の吸収帯が存在し,その吸収波長から空間に存在する分子の同定が可能である.この特徴を活かして従来からサンプリングしたガスの分析等に利用されてきた.例えば温室効果ガスである二酸化炭素,窒素酸化物や硫黄酸化物のモニタリング,医療・ヘルスケアなどの応用技術の発展や実用化に役立つと期待されている[1][2].QCLを光源に用いることではこれらの計測機器を小型・ポータブル化することが可能である.また,工場やフィールドにおいてはリアルタイムでのリモートセンシングが求められており,サンプリングによる分析とは異なり,光源には高出力と高ビーム品質の両立が求められている.今回開発した面発光型QCLは高出力で高ビーム品質が期待できるだけでなく,生産性がよく,製造コストを抑えることができると期待されている.面発光レーザは可視光や近赤外光のレーザーダイオード(LD:Laser Diode)で研究が進んでおり,すでにスマートフォンに搭載されるなど応用が広がっている.開発を進めているQCLは,面発光レーザで一般的な構造である垂直共振器型が原理的に実現できない.このためフォトニック結晶(PC:Photonic Crystal)を利用する面発光型QCL素子構造の開発を進めている[3][4].素子を試作するうえで,PCを半導体で埋め込む工程にナノテクノロジープラットフォーム事業を活用させていただき,研究開発を加速することができた.このほかにも本事業には同様に先駆的な研究者が積み重ねた技術が数多くあるので,新たな開発に取り組む際には,本事業を確認,検討することをお勧めしたい.本稿がナノテクノロジープラットフォーム利用のきっかけとなったら幸いである.

 

図1 量子カスケードレーザの発振波長域

 

2.面発光型量子カスケードレーザとは

 QCLは,他の半導体レーザと同様に,活性層と呼ばれる電流を光に変換する層構造と光密度を高める共振器構造とで構成される.活性層は発光層と注入層を1周期として,これを複数周期繰り返した構造となっている.発光層は複数の量子井戸からなり,量子準位間を電子が遷移し,光を生じる.注入層は発光層の間にあり,電子を発光層の上準位に移動させる役割がある.図2にその構造の模式図を示した.今回試作した活性層は発光層と注入層が30周期繰り返された約600層の量子井戸で構成されている.1周期の構造では利得が低いことから,このような多層構造で利得を高める必要がある.共振器構造は,大きく分けて端面発光型と面発光型がある.端面発光型は半導体基板上に形成された活性層と平行に光を往復させ素子側面から光を取り出す,面発光型は活性層に垂直な方向から光を取り出す構造である.

 

図2 QCLの活性層における伝導帯量子井戸の模式図

 

 QCLは1984年に初めて発振が確認されて以来,端面発光型で開発が行われてきた(図3(a))[5].端面発光型では,半導体基板に積層した数μmの厚さの活性層を含むコアを持つ導波路構造から光を取り出すため,レーザ光が数十度の角度で広がって射出されてしまう.高出力を得るため,活性層の体積を大きくする際には共振器の幅を大きくすることとなるため,空間的に複数の発振モードが生じ,ビームの形状を維持するのが難しい.端面発光型の共振器はへき開で作製する反射面により,共振と光の出射を行う.結晶のへき開面は原子オーダーで平坦であるためレーザの反射面として優れている.一方,へき開面を形成する工程は歩留まり低下の要因となる.さらに素子を評価する工程では,基板上で一括評価できず,素子に分割した後となるため,工程の作業量が多くコストが高い.対照的に面方向に光を出射する面発光型は,へき開による歩留まり低下がないこと,基板上で素子の評価が可能であることが生産上のコスト面で優れている.さらに,面発光型は出射部の面積が大きく,対称性が良い形状とできることから,出射光のビームの広がりが小さく,ビーム形状が等方的となり,特性面で端面発光型に比べ優れている[6].面発光型レーザは,垂直共振器型と呼ばれる活性層の上下に多層膜構造のミラーを形成し共振させるものと,フォトニック結晶(PC)などの周期構造で共振を生じさせ,面方向に光を取り出すものとがある.QCLの光は量子準位間の遷移で生じるため,偏光が基板に垂直方向となり,垂直共振器型の実現は原理上不可能であるが,PCを用いた構造により面発光型が実現できる.PCを用いた面発光型レーザ(図3(b))では,高出力化のため素子面積を大きくしても,空間的に発振モードを単一にでき,モード制御が維持しやすい.さらに面積を大きくすることで,熱的な抵抗を下げることができ,素子の温度上昇を防ぐことができるなど優れた特徴がある[7].このような優れた特徴を持つPCを用いた面発光レーザは,LDでは実現されているものの,QCLでは実現されていなかった.

 

図3 端面発光型QCLと面発光型QCLの模式図

 

 2017年に物質・材料研究機構,東京工科大,東芝の3者で共同開発を開始した.2019年にスイス工科大学のグループにより波長8μmにおいて,PCを用いたQCLの面発光を報告がなされた[8].残念ながら世界初は逃したものの,波長4μmでの開発を継続し,2020年に我々のグループにおいて面発光を実現することができた.

 

3.ナノテクノロジープラットフォーム事業利用の経緯

 QCLにPCを搭載するためには,PCとなる周期構造をナノメートルオーダーの精度で形成する工程とともに,周期構造の間を屈折率の異なる半導体で埋め戻す,半導体結晶の再成長工程が必須となる.再成長の技術は,凹凸を平坦化し易い有機金属気相成長法(MOVPE:Metalorganic vapor phase epitaxy)が,一般的に用いられる.この成長法は成長時の基板の温度が比較的高いため,結晶を構成する原子の基板表面での拡散長が長く,平坦化し易い成長法である.MOVPE法は,成長開始時の基板の前処理や各元素の原料ガスを流し始めるタイミングなど,装置ごとにノウハウの蓄積が必要な成長方法である.さらに再成長による埋め込み工程では,埋め込む構造の形状変化を最小限に保ちつつ,表面に存在する自然酸化膜を除去し,再成長へと進めるノウハウが求められる.開発を始めた当初,この工程のノウハウを持つ委託製造業者を国外も含めて探索し,可能性のあるいくつかの事業者に詳細を説明し,検討を行った.海外に1社実績のある委託製造業者を見つけたものの,PCのような微小な形状を埋め込む際に形状を保つことは保証できないとの回答であった.さらに国内の大学でご協力を仰げる研究室は無いかと,化合物半導体の研究で著名な東工大webページを眺めていたところ,ナノテクノロジープラットフォームにおいてMOVPEの受託を行っていることを知った.以前より分析分野で本事業の活用検討を行っていたものの,結晶成長の技術提供をいただけることをこの時初めて知った.ご担当の宮本教授にご連絡し技術に関してのご説明の時間を取っていただいた.この技術を独自に立ち上げる場合,装置の構想から結晶成長ができるまでは,見積では少なくとも2年は必要で,この技術をご提供いただけることは,今回の開発において飛躍的な加速が得られることとなった.工程の打ち合わせの際には,懸念されるエラーモードや成長前の表面状態の処理方法などの技術をご教示いただき,試作の際の後戻りなく,PCの埋め込み再成長を行うことができた.完成した素子を走査電子顕微鏡で観察したところ,PCの凹凸形状は平坦に埋め込まれ,その界面にはボイドなどの欠陥は生じていないことがわかった.

 

4.面発光型量子カスケードレーザの開発

 QCLの高出力化と高ビーム品質の両立を目指し,PCを用いた面発光レーザの開発を行った.PCは,屈折率が周期的に変化するように形成された構造であり,光の伝搬を制御できるという特長を持つ.特定の波長の光だけを伝搬させる機能や伝搬を禁止する機能,光の伝搬方向を平行方向 から垂直方向に変更させるビーム射出制御機能などが得られる.これらPC特性を利用することで,様々な応用が期待できる[7].

 今回,共同研究機関である物質・材料研究機構による電磁界シミュレーションの結果から,手始めとして最もシンプルな円柱のPCを正方格子に配置した構造で試作を行った.試作と評価の結果より材質の光学パラメータなど設計の精度を高めることができる.PCの光閉じ込めや回折効果は,周期的な屈折率分布の差が大きいほど,また光とPCの重なりが大きいほど大きくなる.屈折率の差を大きくするためには,空隙を周期的に並べる構造も提案されているが,QCLはLDに比べ,動作電圧が高く,顕著な温度上昇が生じるため,良好な熱伝導がえられるInPとInGaAsの半導体による周期構造とした.

 

4.1 デバイス構造と試作

 QCLの膜構造は,分子線エピタキシー法を用いてInP基板上に成膜した.発光層は波長約4.4μmで発振するよう設計されており,約600層の厚さ数nmのInGaAs層とInAlAs層からなる量子井戸で構成されている.図4は活性層の量子井戸構造の透過電子顕微鏡写真である.白黒の繰り返しが見て取れるが,これが注入層と発光層からなる1周期で30周期繰り返した構造となっている.先に報告されている波長8μmのPCを用いた面発光QCLの活性層は,InP基板と格子整合した組成のInGaAs/InAlAsで構成されているが,波長4μmを実現する量子井戸は,より深い量子井戸が要求されるため,引っ張り歪のInGaAsと圧縮歪のInAlAsとを組み合わせ,歪を制御しつつ,図4のような原子オーダーの平坦性を保ちながら結晶成長を行っている.

 

図4 QCLの活性層の透過電子顕微鏡像

 

 活性層の直上にInPに格子整合したInGaAs層を形成し,この層を加工しPCを作製した.試作したPCは,波長4.387μmがフォトニックバンドエッジとなる設計としている.赤外波長域用のPCの大きさは,およそ数μmであるが,レーザとして要求される波長制御性は,nmオーダーであり,PCの作製には,nmオーダーでのリソグラフィーが可能な電子ビーム(EB:Electron Beam)描画装置を用いて行った.PCを作製するには,まずEB描画装置を用いたリソグラフィーによって,厚さ1.0μmのInGaAs層に対し,直径約1.1μmの円柱状PCが約1.4μm間隔で正方格子配置になるようにパターニングを行う.その後,ドライエッチングでInGaAs層を円柱状に加工した.次に,PCの周辺をInPで埋めるために,本ナノテクノロジープラットフォームにより有機金属気相成長法を用いてInP層を成膜した.その後,再度リソグラフィーとドライエッチング手法を用いて,約500μm角の電流狭窄構造を作製した.また,発光層以外への電流リークを防止するために素子全体にプラズマ化学気相成長法を用いてSiO2絶縁膜を成膜した後,発光層への電流注入を可能にするためにドライエッチング手法を用いて発光層上部の絶縁膜を除去した.更に,表面・裏面のTi/Au電極は,スパッター成膜法を用いて成膜した.表面は,レーザ光を素子内部で裏面側に反射させるために表面全面に成膜し,裏面は,レーザが射出される箇所を確保するために一部を開口して成膜した.最後に,スクライバーとへき開器を用いて個別のレーザ素子化を行った.

 

図5 QCLの素子化プロセスとナノテクノロジープラットフォーム事業(技術代行)を活用した試作工程

 

4.2 SiドープInPによる再成長埋め込み構造

 図6には試作したQCL素子の埋め込む前のPCの走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)による鳥瞰観察像(a)とSiドープInPによる再成長埋め込みを行った断面SEM像(b)を示す.図5に示した工程上段のPCパターンニング,次の工程のPC埋め込み&上クラッド層成膜の工程後の像である.我々のグループにおいて図6(a)までの作成した後,円柱状のPCの上に残っているSiO2で作製したドライエッチングマスクを除去し,東工大に持ち込み,成長前の薬液処理を行い,MOPVE成長炉に導入し,再成長埋め込みを行った.この際の薬液を用いた前処理,自然酸化膜を除去しながら再成長温度まで昇温する温度や原料ガスのフローは,これまで東工大での数々の実績で得られた方法を適用した.これにより図6(b)に示したように,PCを平坦に埋め込みつつ,空隙などの欠陥のない結晶成長が実現できている.

 

図6 (a)埋め込み成長を行う前のPCと(b)再成長InPによるPCの埋め込み後のSEM像

 

4.3 面発光型量子カスケードレーザの特性

 素子化された面発光型QCLを評価用ヒートシンクに実装し,素子特性の評価を行った.素子と実装後の写真を図7に示す.液体窒素温度(約77K)でのパルス駆動評価(1%)における,電流電圧・光出力特性と発振スペクトルを図8に示す.光出力と発振スペクトルは,ともに素子の垂直方向に射出されるレーザ光についての測定結果である.光出力がしきい値を持って急激に上昇していること,半値幅が狭い単峰性のスペクトルが得られていることから,レーザ発振していることが確認できる.発振波長は約4.43μmでPCの設計波長4.387μmとほぼ一致している.図9に発振時の遠視野像を示す.ビームは素子の裏面側からほぼ垂直方向に射出されており,ビーム射出角度は2°以下である.従来の端面発光型QCLのビーム射出角度が数十度であることと比較すると,この射出角度は極めて狭い.今回試作した円柱PCにおいては,原理上垂直0°方向へは放射されない.このため0°からわずかにずれた方向への出射となっている.対称性の低い形状のPCを用いることで垂直0°にピークを持つ放射が実現できることがわかっている.

 

図7 素子外観と実装して配線を行った面発光QCL素子

 

図8 面発光QCLの電流-電圧-光出力特性.発振スペクトル

 

図9 面方向に出射されたレーザ光の遠視野像

 

5.まとめ

 中・遠赤外波長域の光源を用いたリモートセンシングや医療・ヘルスケアなどへの応用適用を目指し,PCを用いた面発光型QCL素子の開発,試作を行った.半導体結晶の再成長埋め込み工程をナノテクノロジープラットフォーム事業の活用で加速することができた.東工大で蓄積された技術やノウハウにより,後戻りの無い開発試作が行えた.本事業を見つけられずに開発を進めていたならば,いくつかの困難に直面していたことが予想される.今回,この技術を適用したことで早期に波長4μm帯の面発光型QCLのレーザ発振に成功した.面方向へ射出されたレーザ光のビーム広がり角度は2°以下と,端面発光型QCLと比較して極めて狭く,高いビーム品質が得られる可能性を確認できた.今後,温室効果ガスのモニタリングや遠隔でガス漏えいを検知するリモートセンシング技術,医療・ヘルスケアなどの応用技術と組み合わせ,社会実装に向けた取り組みを進める.

 

謝辞

 本研究は,国立研究開発法人 物質・材料研究機構と,学校法人 片柳学園 東京工科大学との共同研究として実施した.防衛装備庁安全保障技術研究推進制度 Grant Number JPJ004596の研究課題「フォトニック結晶による高ビーム品質中赤外量子カスケードレーザの開発」の支援を受けて実施した.また,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(NIMS微細加工プラットフォーム),12025014(F-17-IT-0002)の支援を受けて実施した.本研究にご協力いただいた皆様にこの紙面をお借りして厚く御礼申し上げます.

 

参考文献

[1] F. K. Tittel, Y. Bakhirkin, A. A. Kosterev, G Wysocki, Rev. Laser Eng. 34, 275 (2006).
[2] A. Maekawa, Y. Shiomi, M. Uchida, and T. Kakuno, Proc. SPIE 10111, 1011106 (2017).
[3] S. Saito, N. Ikeda, R. Hashimoto, Y. Sugimoto, K. Kaneko, T. Mano, T. Kakuno, T. Kuroda, Y. Yao, and K. Sakoda, IPC 2020 Proc., art. No. 9252551. (2020).}
[4] 橋本 玲, 角野 努, 子 桂, 斎藤 真司, 姚 遠昭, 池田 直樹, 黒田 隆, 迫田 和彰, 第81回応用物理学会秋季学術講演会 [9a-Z04-5] (2020).
[5] J. Faist, F. Capasso, D. L. Sivco, C. Sirtori, A. L. Hutchinson, and A. Y. Cho, Science, 264, 553 (1994).
[6] K. Iga, Proc. SPIE 11263, 1126302 (2020).
[7] S. Noda, K. Kitamura, T. Okino, D. Yasuda, and Y. Tanaka, J. Sel. Topics Quantum 23, 4900107 (2017).
[8] Y. Liang, Z. Wang, J. Wolf, E. Gini, M. Beck, B. Meng, J. Faist, and G. Scalari, Appl. Phys. Lett. 114, 031102 (2019).

 

(株式会社 東芝 斎藤 真司)