NanotechJapan Bulletin

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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第19回>
有機系浮遊粒子状物質を検出するMEMS形センサの開発
~長年積み上げた薄膜センサ技術をナノテクプラットフォームで短期間にデバイス化~

東京電機大学  原 和裕 教授,東京大学 三田 吉郎 微細加工プラットフォームマネージャに聞く

 

打ち合わせ室で左から原氏と三田氏 東大微細加工プラットフォームのメンバー

 

 健康被害を及ぼすPM2.5やハウスダスト,花粉症の元になる杉花粉などは空気中に浮遊する有機系の微粒子である.これを検出するMEMS形センサが東京電機大学の薄膜センサ技術を元に,東京大学の微細加工プラットフォームを利用して開発された.その開発の経緯,ナノテクノロジープラットフォームの活用,開発内容を伺うべく,東京大学 本郷浅野キャンパス 武田先端知ビルにある東京大学 微細加工プラットフォームを訪ねた.お話は,利用者の原 和裕(はら かずひろ)東京電機大学工学部電気電子工学科教授と支援者の三田 吉郎(みた よしお)東京大学大学院工学系研究科 准教授・微細加工プラットフォームマネージャのお二人から伺った.

 

1.東大の微細加工プラットフォームの成り立ちと供用設備利用 [1]

1.1 共通のクリーンルームを持ちたいという長年の活動が微細加工プラットフォームに結実

 東京大学(東大)は,文部科学省委託事業「ナノテクノロジープラットフォーム(NPJ)」の3つのプラットフォーム(PF):微細構造解析/微細加工/分子・物質合成のうち,微細構造解析ならびに微細加工PFに参画している.東大の微細加工PFは,「超微細リソグラフィー・ナノ計測拠点(東京大学)」と称し,東大の組織上は東京大学大規模集積システム設計教育研究センター(VDEC)に所属する.

 1990年から工学部共通のクリーンルームを設立しようとの分野運動的活動が始まった.その一方,大学において集積回路デバイスのデザインを相乗りして試作・評価する道筋をつけようと,1996年にVDECがVLSI設計教育と先端研究のための全国共同利用センターとして発足した.

 これらの動きに続き,「経済活動で得た富を生活者のための研究活動に還元し,より豊かな社会をつくりたい」という趣旨で,タケダ理研工業(現アドバンテスト)創業者武田郁夫氏(2012年逝去)の寄付により2003年,東京大学本郷キャンパス浅野地区に「武田先端知ビル」が竣工した.同社は1954年に「マイクロ・マイクロ・アンメータ」という独自製品で創業し,高周波測定器など最先端測定器に事業を展開し,半導体メモリテスタで事業を拡大していた.ビルは地下3階,地上5階で,地上部分に会議ホールや研究室を置き,地下3階に3層構造完全ダウンフロー型のスーパークリーンルームを整備している(図1).

 

図1 武田先端知ビルと東大微細加工PFのクリーンルーム

 

 クリーンルームには,野村マイクロサイエンス社から寄付された超純水システム,アドバンテスト社から寄付された高速大面積電子線描画装置に始まり,東京大学大学院工学系研究科の電気系や機械系の21世紀COE,ナノテクノロジープラットフォーム,平成24年度補正予算などで装置を導入して,微細加工PF:「超微細リソグラフィー・ナノ計測拠点(東京大学)」が出来上がった.

 

1.2 大微細加工PF供用設備の概要

 東大の超微細リソグラフィー・ナノ計測拠点(東大拠点)は,1997年よりVDECとして「大面積・高速」を特色とする一流の電子線描画装置等をアカデミックに提供してきたが,2007年度からの文部省委託事業「ナノテクノロジーネットワーク(ナノネット)」への参画に続き,2012年からのNPJに参画している.現在の電子線描画装置は,最大8インチウェハまでの各種サイズ・形状の基板に対応し,可変整形ビーム/キャラクタ(セル)プロジェクション方式により,ウェハ全面への平均描画時間1時間未満という高スループットを実現している.その他,シリコン深掘りエッチング装置でも世界的な競争力を持ち,CMOS-MEMSとの融合に展開を図っている.

 供用装置は,リソグラフィ・露光・描画,成長・膜堆積,膜加工エッチング,合成・熱処理・ドーピング,表面処理,切削・研磨・接合の各工程をカバーし,形状・形態観察・分析,電気計測,機械計測の測定評価に及ぶ.

 リソグラフィには,電子線描画装置に加えて,両面,6ンチウェハに対応する光(ホト)リソグラフィ装置があり(図2),電機大の本課題に用いられた.成長.膜堆積には,4台のスパッッタリング装置を公開し,8インチ汎用スパッタ装置は4インチウェハ8枚の同時堆積ができ,高密度汎用スパッタリング装置は多層膜の堆積において真空を保ったままスパッタリング素材を変更できることから,本課題で重用された.膜加工エッチングにおけるドライエッチングには,高速シリコン深掘りエッチング装置(SPTS MUC-21 ASE-Pegasus)がある.Pegasusタイプは東大拠点の特徴であり,低ダメージ,高速のエッチングが可能なため,本課題のMEMSダイヤフラム作製に活用された.

 

図2 本課題で用いられた東大微細加工PFの供用装置

 

1.3 東大微細加工PFの利用−利用者はPFに研究室を置く

 東大微細加工PFの利用では,「あなたの研究室がここにある」ということを基本にすると三田氏はいう.利用者は研究室をPFに登録する.PFは研究室の一部となり,大学等の利用者が大学等の研究室にある設備と同様に供用設備を使用して,自ら実験する.東大微細加工PFは,このような利用ができるよう2007年のナノネット以来,12年かけて,このような仕組みを整えてきた.

 登録している研究室は310になり,多くは大学だが,70は大企業の研究室である.登録人員は約700人で,500人は実働して,毎年150の成果報告が出ている.毎年30の新規ユーザーが登録する.利用を止めることもあるが,企業の開発が終わって生産に移行するという“卒業”が多い.

 自分で機器を動かすのが原則である.自分でやり,失敗しているうちに上手くなって,好きなようにやれるようになる.研究室によっては,学生の卒業によって技術の途絶えることがある.そのようなときには,研究室の技術の途切れた枝に支援員の技術補助で接ぎ木をし,そこから更に技術を成長させる.

 三田氏は2018年8月末に日刊工業新聞社から「MEMSデバイス徹底入門」という本を出版した [2].東大拠点で開発・作成したMEMSデバイスを例にとり,MEMSの機能,原理,作り方を解説している.第3章「MEMSをつくる」には「3.13 ナノテクノロジープラットフォームへの招待 ~短期間MEMS研究開発へ~」の1節を設け,開発のスピードが要求される時代に,ナノテクノロジープラットフォームを利用することで,「自前でインフラを揃えることなく」「最短距離で」「研究の目利き」ができる,新しいアイデアを「まずは試してみる」環境が整った,とプラットフォームの活用を勧める.

 利用者はナノテクというサッカーフィールドのピッチに立っている.PF利用形態に「機器利用」,「技術代行」,「技術補助」の3つがあるが,「機器利用」は利用者が自分でボールを運んでゴールする.自分が未熟なうちは狙い通りに成功しない.「技術代行」はPFのエンジニアがゴールするのを利用者が見ているだけ.「技術補助」はPFのエンジニアのアシストで利用者がゴールを挙げることにあたる.

 本稿の成果「有機系浮遊粒子状物質を検出するMEMS形センサ」は,東京電機大学(電機大)の原氏が手持ち装置で遭遇した困難を,東大拠点における「技術補助」によって乗り越えることにより得られたものである.センサ部は原氏が40年かけて積み上げてきた薄膜センサ技術で構成される.

 

2.環境汚染有機系浮遊微粒子を検出する薄膜センサ [3][4]

2.1 環境を汚染する有機系浮遊微粒子

 近年,産業活動に伴って発生する様々な物質によって引き起こされる大気汚染が問題になっている.急速に経済成長を進める国々で発生している極端な大気汚染に端を発して,PM2.5と呼ばれている2.5µm以下の微小粒子による環境汚染が社会問題となった.大気汚染微粒子はタバコの煙やディーゼルエンジンからも排出される.大気中に浮遊する微粒子は容易に肺に侵入して,喘息や気管支炎を引き起こし,肺がんの発症の可能性もある.一方,家庭内では,カビの胞子(図3),ダニの死骸や糞などからなるハウスダストがアレルギー症状を引き起こす.湿気が結露してカビが生えたエアコンから,カビの胞子が室内に放出され,肺炎などを引き起こす.春先に飛散するスギ(杉)花粉による花粉症も悩みの種である.人の鼻は有毒ガスや嫌な臭いを嗅ぎ分けるが,嗅覚では有機系浮遊微粒子を捉えられない.

 

図3 カビの胞子および花粉

 

 有機系浮遊微粒子の捕捉・測定には様々な方法が開発されてきた.ガラス板上に集められた花粉等の微粒子を光学顕微鏡下で観察し,浮遊量を粒子数の計数によって評価する方法は,手間がかかる.一方,花粉をレーザー光の散乱で測る方法もあるが,装置は高価になり,粒子サイズの識別は難しい.フィルタ上に捕集した大気中の粒子状物質の質量測定が標準測定法として規定されているが,手間がかかり,連続測定ができない.また,自動測定法として,β線吸収法,圧電天秤法が開発されたが,標準測定法との等価性の確認が難しいため,自動測定機の開発,改良が活発に行われている.

 

2.2 有機系浮遊微粒子を検出する半導体薄膜センサ

 原氏はこれまで40年にわたり半導体薄膜ガスセンサの研究を大学で行ってきた[5] [6].センサの動作原理は検知対象ガスがセンサの半導体表面に吸着した際に,ガスと加熱されたセンサ表面との間で電子の移行が生じ,電気抵抗が変化することにある.

 1997年,花粉症患者の増加が社会問題になっていた頃のことである.長期間動作させて,感度が下がってきた半導体薄膜センサを光学顕微鏡で観察すると薄い赤や青の線が見えた.空気中に舞い上がってセンサ表面についた繊維に含まれる無機系の顔料が残留し,有機材料の繊維はセンサ表面で酸素と反応して燃えてなくなったと考えた.花粉をセンサ表面に落とすと同様な変化を起こし,その過程で電気抵抗変化が起こるだろうと予想し,実験したところ予想通りの結果が得られた.そこで,薄膜型有機系浮遊微粒子センサの開発を始めた.

 薄膜型有機系浮遊微粒子センサの構造例を図4に示す.センサ部は,酸化第二鉄Fe2O3と酸化第二錫SnO2の2層構造(厚さはともに100nm)で,上層のSnO2が検知対象ガスに触れる.Fe2O3には5mol%の酸化マグネシウムMgOと4mol%の酸化チタンTiO2を添加している.TiO2を加えると感度が上がり,MgO添加で経年変化を抑制できる.Fe2O3の感度は低いので,ガスセンサに一般的に使われているSnO2との2層構造にして感度を上げている.SnO2には4mol%の五酸化バナジウムV2O5を添加している.ガスに触れるのはSnO2だが,バンドギャップがFe2O3より広いので電流は主にFe2O3を流れる.この構造にするとクラックが入りにくく,クラックが入っても電流に影響しない.MgO濃度をはじめ,添加物の濃度,膜厚などの最適化には何年もかかった.

 

図4 薄膜型有機系浮遊微粒子センサの構造例

 

 薄膜センサは,アルミナ(Al2O3)基板上にセンサ電極となる5mol%のタングステンWを含む白金Ptをスパッタ法により堆積し,ホトリソグラフィにより電極パターンを形成する.次に,第一層にFe2O3系膜,第二層にSnO2系膜をスパッタリング法で堆積し,リフトオフ法を用いたホトリソグラフィでパターンを形成した.センサ部の加熱には,市販のセラミックヒータを用いた.

 空気中において加熱されたSnO2/ Fe2O3金属酸化物n型半導体表面には酸素分子(O2)が吸着する.酸素は酸化性ガスのため,半導体内の電子を酸素分子が捕獲し,表面は電子空乏層となる(図5(a)).このセンサ膜に有機系微粒子(PM2.5や花粉など)が付着すると,水素や炭素などから構成される有機系微粒子はセンサ膜表面の吸着酸素と反応,燃焼し,その結果吸着酸素が捕獲していた電子がセンサ膜へ移動し,半導体の導電率が増加,電気抵抗値が減少する(図5(b)).有機系微粒子が燃え尽きると,電子供給がなくなるので電気抵抗は一定の回復時間で元に戻る.

 

図5 半導体薄膜センサの動作原理模式図

 

 この結果,電気抵抗は図6のような時間変化を示す.有機系微粒子の粒径が大きいほど消費する吸着酸素の量が多いため,半導体内へ送り込まれる電子の量が増え,抵抗値の減少が大きくなる.また,粒径の大きい有機系微粒子ほど燃え尽きるのに時間がかかるので回復時間が長い.有機系微粒子の種類が異なると,大きさや燃焼反応が異なるため,電気抵抗変化量や回復時間が異なる.図には,花粉とカビの胞子を検出した時の抵抗の時間変化を示す.有機系微粒子が付着するごとに抵抗変化を繰り返す.花粉や胞子の大きさは決まっているが,胞子は二つ以上が束になっていることがあり,その時の抵抗変化は大きい.大きさや種類によって抵抗変化が異なるから,有機系微粒子の同定まではできないが,大きさや種類の識別ができる.

 

図6 半導体薄膜センサのPMに対する応答

 

3.有機系浮遊粒子状物質を検出するMEMS形センサの開発 [4][6][7][8]

3.1  有機系浮遊粒子を検出するMEMS形センサの設計

 半導体薄膜センサは加熱した状態で動作するから,センサデバイスとしては加熱ヒータが一体化されていることが望ましい.前章で用いた市販のセラミックヒータの長さは短いもので10mmであるから,この構成をそのまま一体化したら大きくなりすぎる.一方,粒子が付着した膜部分の導電率が変化するから,電気抵抗変化率はセンサ面積と粒子の大きさが近い方が大きい.2.1の図3に示したように検出する粒子の大きさは高々50μmなので,センサ膜の感応部分を,例えば,電極間のギャップ15μm,幅100μmとした.この部分を加熱し,他の領域が加熱されないよう断熱を図り,ダイヤフラム上に形成したマイクロヒータをセンサ部分に対向させたMEMS形センサを設計した(図7).センサとヒータを一体化したセンサデバイスである.

 

図7 MEMS形センサの断面図

 

 MEMS形センサは20年前から研究を始めたが,2年前,図に示すような断面構造のセンサを設計した.酸化シリコンと窒化シリコンを積層したSiO2/Si3N4/SiO2被膜を設けたシリコン(Si)基板を用い,Siの深掘りエッチングを行って,Si基板に支えられたSiO2/Si3N4/SiO2ダイヤフラム構造を2つ作る.その一方にマイクロヒータを,他方にセンサを設け,金(Au)線を介して両者を向かい合わせに組み立てる.断面図の中央にある白い部分がAu線によって制御される約50μmの空隙でここから検出対象の微粒子がセンサ部分に侵入,付着する.図4と同様,センサはTiO2とMgOを添加したFe2O3にV2O5を添加したSnO2を重ねた2層構造である.電極とマイクロヒータはタングステン(W)添加の白金(Pt)を用い,SiO2との接着性を高めるためクロム(Cr)を挟んでいる.センサとマイクロヒータは対向状態で動作させ,基板をダイヤフラム構造にすることにより,マイクロヒータの熱を効率的にセンサ部に伝える事ができる.また,Au線の太さによりセンサ部とマイクロヒータ部の空隙を調整して,センサ膜に付着する粒子の大きさを選ぶことができる.Au線は外部機器への接続にも用いられる.図8にはセンサ側,ヒータ側,それぞれの構造図を示した.

 

図8 MEMS形センサにおけるセンサ部(左)・マイクロヒータ部(右)の構造図

 

3.2 MEMS形センサの作製工程

 MEMS形センサは図9に示す工程で製作した.枠内には下線をつけて工程名を記し,その下に工程内の主要プロセスを記した.センサ部作製の中のリフトオフはホトレジスト加工の一つで,被膜の不要領域をエッチングで除く代わりに,被膜の下にパターン形成したホトレジストとともに引き剥がして除くものである.またホトリソグラフィの中には,エッチングやリフトオフのための窓を設けるSiO2のスパッタリング,エッチング工程が含まれる.

 

図9 MEMS形センサの作製工程

 

3.3 ナノテクプラットフォームを利用してMEMS形センサを作製

 MEMS形センサ作製工程において主要なプロセスは,ホトリソグラフィ,スパッタリング,基板のエッチングである.薄膜形センサは,ホトリソグラフィとスパッタリングで作られ,プロセスを自前の装置で行った.MEMS形では深掘りエッチングが加わり,チップの対面固定のためにホトリソグラフィの精度は厳しくなる.装置作りが必要になり,初め,自前の装置でMEMS形センサの作製に挑戦した.

 顕微鏡下でマスク合わせをしてホトレジストのマスク露光を試みた.一辺30cmの箱の上部に置いた紫外線ランプからの光で露光した.しかし,この手作り露光装置では石英製ホトマスクとウェハの位置合わせを目視で行っていたため,パターンの位置ズレや失敗が多かった.

 スパッタリングには,電機大の研究室にあった小型研究用装置を用いたが,4cm角程度の基板にしか堆積できず,多層膜の堆積には堆積する膜が変わるごとに真空を破る必要があったため,作製に長時間を要した.

 ダイヤフラム作製のためのシリコン基板エッチングは,例えば直径0.3mmの穴を垂直に短時間で開けたい.電機大研究室ではウェットエッチングを用いたが,異方性エッチングのため,穴がテーパーを持って広がるのでデバイスを大きくする必要があった.エッチングレートが低く,1日がかりになった.

 原氏は,毎年秋に開催される電気学会主催の「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウムの企業展示でナノテクプラットフォーム共同利用のパンフレットを見つけた.2016年5月に打ち合わせを申し込み,6月末に装置を視察し,7月に利用を始めた.スパッタリング装置の利用から始まった.利用形態は技術補助で,原氏が大学院生と東大拠点を訪れ,デバイス作製を行った.主に水島彩子氏の技術補助を受けた.

 ホトマスクの位置合わせと露光では,PFの光リソグラフィ装置(マスクアライナ)MA-6を用い,ホトマスクとウェハの位置合わせを正確に行えた.

 ダイヤフラム及び絶縁膜用SiO2膜の堆積にはPFの高周波スパッタリング装置(8インチ汎用スパッタ装置)ULVAC SIH-450を利用し,4インチウェハ8枚に同時に堆積できるため,作業時間を短縮できた.また,ダイヤフラム用Si3N4膜,Fe2O3センサ膜,ヒータ用のCr/Pt/Cr膜の堆積には,高周波スパッタリング装置(高密度汎用スパッタリング装置)芝浦CFS-4ESを用い,4インチウェハ2枚を同時に堆積できるだけでなく,真空を保ったままターゲットを交換できるため,格段に作業時間が短縮された.多種の材料を使うが,PFには,退職した先生から引き継いだものが豊富にあった.足りない材料は,電機大で用意した.利用にあたってはPFからレシピまで教えて貰い,最適に近い条件から始められた.ホトレジスト除去がうまく行かない時にドライエッチングによる除去法を教えられた.

 ダイヤフラム作製のためのシリコン基板エッチングでは,シリコン深掘りエッチング装置MUC-21 ASE Pegasusを用いた.ドライエッチング(RIE,反応性イオンエッチング)のため,垂直に掘り込めるのでデバイスサイズを小さくできる.チップサイズは薄膜形の10mm角から3mm角になった.

 製作のほとんどのプロセスは,東大拠点のクリーンルームで行った.電機大の研究室にはクリーンルームがないため,ほこり,ゴミの付着によるデバイスの不良が多かった.クリーンルームの利用により,歩留まりが向上した.

 この結果,ヒータ内蔵の浮遊微粒子を検出する最新型のセンサデバイスが2017年はじめに出来上がった.平成29年度のナノプラット利用成果発表会の資料集に支援員の水島氏は,「原先生自ら学生を引率して実験を行われ,極めて短時間に実測を含む研究成果を得られたという点,研究室の装置とナノプラットフォームの装置を補完的に利用して成果を得たことが特筆すべき点です.」と記している[8].

 

3.4 有機系浮遊粒子状物質を検出するMEMS形センサの特性

 有機系浮遊粒子センサの特性では,容量5.4Lの密閉容器内にセンサを設置し,直流電源によりヒータを加熱する.密閉容器上部からカビの胞子や花粉などの有機系浮遊微粒子を少量ずつ落とし,センサ膜に付着した時の抵抗値の変化をデジタルマルチメータにより測定した.MEMS形センサでは,ヒータ部とセンサ部の間にある50μmの空隙が上下に貫通するようセンサを垂直に置く.薄膜形センサの動作温度は425°Cに設定した.MEMS形センサの場合は対向させているマイクロヒータを550°C~600°Cに加熱し,センサ部は330°C~360°Cで動作していると見積もられる.

 2.2節で,薄膜形センサの応答が検出粒子により変わることを示したが,図6のカビ胞子に対する薄膜形センサの応答にMEMS形の応答を追加して,センサの応答を比較した(図10).カビの胞子がセンサに付着すると抵抗値が急激に減少し,その後,センサ表面でカビの胞子が燃失することにより,元の抵抗値まで回復する.薄膜形センサの抵抗値減少率が約34.2%であるのに対し,MEMS形では69.3%と大きくなった.一方,回復時間は3.2sから29.5sとなった.同様の測定を松花粉について行って比較した結果を纏めて表1に示した.MEMS形では抵抗減少率が大きく,回復時間が長い.MEMS形はセンサ膜が小さく,粒子サイズにより適した大きさであるため応答が大きくなり,加熱温度が低いため燃失に時間がかかるため回復時間が長くなっている.

 

図10 カビ胞子に対するセンサ応答の薄膜形とMEMS形の比較

 

表1 薄膜形センサとMEMS形センサの比較

 

 応答の大きいMEMS形センサができたので,測定微粒子の種類を広げた.図11上段にはスギ花粉と,ディーゼルエンジン排気ガス(DPM, Diesel Particulate Matter)の例を示す.スギ花粉では,松花粉同様88.9%の大きな抵抗減少率が見られた.DPMでは抵抗値が一瞬下がる花粉と同様の応答に加え,逆に一瞬上がる応答が見られた.前者は有機浮遊粒子によるもの,後者はDPMに含まれる硫酸塩等によるものと考えられる.ハウスダストでも同様の検出ができた(図11下段).

 

図11 MEMS形センサによるスギ花粉(左上),DPM(右上),およびハウスダスト(下)の検出

 

4.今後の展開 ~センサ材料開発・計測・洗練されたデバイス・応用展開~

 原氏は長年にわたりガスや微粒子を検出するセンサ材料を開発してきた.WO3系センサ材料を開発し,水素ガスの高感度センサを開発している[9].本稿の微粒子検出にはFe2O3/SnO2を開発・適用したが,SnO2系は水素を含む多種多様なガスに対する感度が高く,測定環境によっては有機系微粒子の測定に影響を及ぼす可能性がある.そこでZnO薄膜センサを開発した[10].アルミナ基板上に5mol%のTiO2と3mol%のCr2O3を添加したZnOを250nm堆積させた.TiO2はドナーとして働き,Cr2O3は焼結性を抑制する.ZnO薄膜センサは,図12左のようにスギ花粉に対してFe2O3/SnO2センサと同等の応答を示し,ガス中に対する大気中の電気抵抗の比で定義されるガス感度は多くのガスで1.1以下と小さいことを確認した(図12右).

 

図12 ガスの影響の少ないZnO花粉検出センサ(抵抗変化(左)とガスの感度(右))

 

 図11に示したスギ花粉,DPM,ハウスダストの検出における電気抵抗の変化は,検出対象ごとに異なる特徴が見られる.スギ花粉では抵抗が減少するのみであるのに対し,DPMでは抵抗減少の前に一旦増加する.DPMの中心部は花粉同様,Cで構成されるが,周縁部にSやNを含む層を伴う.吸着酸素との反応の結果生じるSO2,NO2は酸化性ガスであるので,初め,電子を奪って抵抗が上がる.DPMが外側から酸化した後,中心部のCが酸化するとセンサ膜に電子を与え抵抗が下がる.ハウスダストにはダニの死骸が含まれ,死骸内部のたんぱく質中のアミノ酸が燃える.こういった違いがあるので,粒子のサイズだけでなく粒子の区別ができ,同定までは行かないが,スクリーニングにはなる.時系列データから判別するためにはソフトウェアの開発も必要になる.

 MEMS形センサは絶縁体のダイヤフラム上にセンサまたはヒータが載り,断熱性が優れ,丈夫で作りやすい.小型・安価なセンサができたが,センサ部とヒータ部は別チップで構成され,一体化できていない.プラットフォームには良い装置があるので一体化に再挑戦している.実用化にはセンサの容器や空気の流れを考えたデバイス構造が必要になる.さらに,センサにはヘッドアンプをつけて検出信号を増幅するなど測定器としてまとめることも必要になろう.

 本成果の意義は,これまでに知られていなかった原理を利用した小型・安価なセンサで,有機系浮遊粒子を検出できることである.WHOは汚染された空気を吸う結果,毎年,700万人が死んでいると報告し,空気中に浮遊する微粒子の簡単なセンサに関心が高まっている.身の回りをモニタするようセンサをスマホに付けたり,家庭の空気清浄機に組み込むこともできよう.インフルエンザウィルスは飛行機で運ばれるという.入国管理の際にサーモグラフィで発熱した感染者を見つけようとしている.本研究のセンサで最終的にはウィルス検出まで進みたいという.ウィルスを痰から分離して浮遊微粒子として検出する.バイオテロの早期発見にも使えるだろうと,様々な期待を原氏は語られた.開発したセンサには10社近いメーカーが関心を寄せているという.応用展開の進展が期待される.

 

おわりに

 東京電機大学における原氏の,長年積み上げてきた酸化物半導体センサ技術が,LSI教育研究に向けて整備された東大拠点において培ってきた三田氏のMEMS技術の支援により,有機系浮遊粒子状物質を検出するMEMS形センサという実用に向かい得るデバイスとして実を結んだ.東大拠点の微細加工プラッットフォームに整備された,大学の1研究室では持ち得ない,最先端の設備や多数の装置を,プラットフォームメンバーの支援のもとに活用することによって得られた成果である.開発されたデバイスは,PM2.5,スギ花粉,ハウスダスト,さらには国外から持ち込まれるウィルスなど,環境を汚染し健康被害を及ぼす浮遊粒子の小型,安価な検出器となる.保健機関などの関心は表立っていないが,メーカーは興味を示し始めた.デバイス化の成功は,センサ開発の夢をさらに膨らませている.健康的な大気環境をもたらすのに必要な大気中浮遊微粒子センサの開発の進展を期待したい.

 

参考文献

[1] 超微細リソグラフィー・ナノ計測拠点(東京大学):
https://www.nanonet.go.jp/ntj/insti/u-tokyo/nf/
http://nanotechnet.t.u-tokyo.ac.jp
[2] 三田吉郎,「MEMSデバイス徹底入門」,日刊工業新聞社 2018年8月29日発行
[3] 水流添 圭,笹川 大輔,山口 富治,原 和裕,「カビの胞子および花粉を検出するリアルタイムモニタリング用マイクロセンサの研究」,第 32 回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム29pm3-PS-85(2015年10月)
[4] Kei Tsuruzoe and Kazuhiro Hara, “Micro Sensors for Real-Time Monitoring of Mold Spores and Pollen”, Proceedings of the 8th International Conference on Biomedical Electronics and Devices, pp. 174-179(January, 2015)
[5] 「半導体IC技術を用いた 環境計測用センサの開発」電子応用研究室 原 和裕 教授,東京電機大学工学部電気電子工学科HP:
http://www.eee.dendai.ac.jp/eee/labo/hara/hara.html
[6] 「半導体薄膜を用いた有機系浮遊微粒子,およびガス,においセンサの研究」原 和裕,第63回化学センサ研究発表会,特別講演 2,平成30年3月10日;Chemical Sensors, Vol. 34 Supplement A (2018) pp. 76-78
[7] Naomichi Jimbo, Ren Horiuchi, Tomiharu Yamaguchi, and Kazuhiro Hara, “MEMS-Based Conductometric Sensors for Organic Airborne Particles”, Proceedings of 17th International Meeting on Chemical Sensors - IMCS 2018, pp. 570-571 (2018-07-15 - 2018-07-19)
[8] 「有機系浮遊粒子状物質を検出するMEMS形センサの開発」 東京電機大学大学院工学研究科 原 和裕,神保直道 文部科学省ナノテクノロジープラトフォーム 平成29年度 利用成果発表会資料集p.22(2017.10.20)
[9] 「空隙のある多層薄膜を用いた高感度ガスセンサ」 東京電機大学 工学部 電気電子工学科 教授 原 和裕 新技術説明会2017.1.31(H2検知,WO3系センサ):https://shingi.jst.go.jp/var/rev0/0000/6703/2016_chizaigun_1-1.pdf
[10] 堀内 蓮,山口 富治,原 和裕,「花粉を検出するZnO薄膜センサの研究」,第35回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム(2018年11月1日)

(図はすべて原氏と三田氏から提供された)

(古寺 博)