NanotechJapan Bulletin

      

企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第20回>
電子線リソグラフィー加工による周期的ナノ構造を利用した有機発光デバイスの高効率化
京都工芸繊維大学 材料化学系 稲田 雄飛氏,大阪大学 ナノテクノロジー設備供用拠点 法澤 公寛氏,および近田 和美氏に聞く

 

(左から)近田 和美,稲田 雄飛,法澤 公寛
(大阪大学産業科学研究所の実験室にて,右側の装置はヘリウムイオン顕微鏡)

 

 ナノテクノロジープラットフォームの最先端研究設備の共同利用により得られる多くの成果の中で,特にホットな成果をピックアップして紹介する本企画特集記事として,今回は,大阪大学のナノテクノロジー設備供用拠点を活用した京都工芸繊維大学の有機発光デバイスを取りあげる.有機EL(Electro-Luminescence)がスマートフォンで実用化され,有機エレクトロニクスの展開が期待されている.最近,長年膠着状態だった有機半導体レーザー開発に動きが出た.難所であった有機半導体結晶への電流注入による光増幅,ひいてはレーザー発振と見られる現象が報告され,有機半導体レーザーが現実のものになろうとしている.今後は,レーザー発振閾値を下げてデバイスの効率,寿命,耐久性等を向上させることが望まれるであろう.そのような観点から,光損失が小さく高効率な光共振器を開発できれば,光増幅による利得をむやみに稼ぐ必要をなくせる.しかし,Siや化合物半導体などの無機材料に用いられる微細加工技術で有機結晶上に光共振器(ここでは回折格子)を作ると,発光は逆に弱まってしまう.これに対し,京都工芸繊維大学の有機発光デバイス研究グループが,大阪大学 産業科学研究所のナノテクノロジー設備供用拠点の利用と支援により,有機材料に合った最適プロセス条件を新規に開拓して,光損失を抑えて有機結晶上に回折格子を直接作製することに成功した.

 その成果を取材するため,大阪大学の産業科学研究所を訪問し,京都工芸繊維大学 材料化学系 高分子物理学研究室 助教の稲田 雄飛(いなだ ゆうひ)氏,大阪大学 産業科学研究所 ナノテクノロジー設備供用拠点 特任助教の法澤 公寛(のりざわ きみひろ)氏,および特任研究員の近田 和美(こんだ かずみ)氏にお話を伺った.先ず法澤氏から,大阪大学のナノテクノロジー設備供用拠点,特に微細加工プラットフォーム(PF)について概要を紹介していただいた.

 

1.大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点,微細加工PFでは何ができるか

 大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点は文部科学省委託事業「ナノテクノロジープラットフォーム」の実施機関の一つで,微細構造解析/微細加工/分子・物質合成の3つのPF全てが設置されている数少ない機関である[1].大学総長直属の組織であり,図1に示したように,微細構造解析PFは超高圧電子顕微鏡センター内に,分子・物質合成PFと微細加工PFは産業科学研究所内に設置されている.産官学のナノテクノロジー関連の研究者に対して,3つのPFは協力・連携して最先端の研究設備と高度な技術支援を提供している.法澤氏は,微細加工PFの実施担当主任を務めている.

 

図1 大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点での3PF間連携体制

 

 微細加工PFでは,電子線描画装置・集束イオンビーム装置・光描画装置・エッチング装置・成膜装置・インプリント装置などのナノスケール微細加工設備を供用している[1].図2には主な支援提供設備として,今回の京都工芸繊維大学(以後「京工繊大」と略す)の成果達成に中心となった電子線リソグラフィー装置(Elionix社製のELS-100T,描画最小線幅5nm),深掘りエッチング装置(Samco社製のRIE-400iPB)の他に,ヘリウムイオン顕微鏡(Zeiss社製のORION NanoFab),ナノインプリント装置がある.2014年に導入したヘリウムイオン顕微鏡(本記事冒頭の写真や図2左下を参照)は,ヘリウムイオンビームを走査して試料から得られる2次電子像から表面を観察する顕微鏡で,最小ビーム径は0.5nmまで絞れ,イオンビームによりナノスケールの微細加工もできる.ビーム加工まで出来るヘリウムイオン顕微鏡は珍しく,学外からの利用件数が増えてきている.

 

図2 大阪大学 微細加工PFの主な支援提供装置

 

 微細加工PFを利用した成果事例は数多くあり,これまでにNanotechJapan Bulletinでもいくつかの成果事例を紹介している.例えば,大阪大学発ベンチャーにつながったDNAシーケンサー用のナノバイオデバイス開発がある[2].DNA分子を電極間ギャップ数nmの間を通過させ,4種類の塩基分子の電気抵抗の違いを電極間に流れるトンネル電流の違いとして検出することで塩基配列を決定するデバイスで,一連の微細加工設備を利用して作製した.また,他大学が利用した成果事例として,ナノインプリント製フォトニック結晶を用いたバイオセンサ開発も取り上げた[3].ナノインプリント技術で樹脂にフォトニック結晶を形成するための鋳型をPFで作製し,インフルエンザウィルスを検出するバイオセンサを開発した.

 図3は,大阪大学微細加工PFでの利用件数の年次推移を棒グラフで示したもので,青色は産業科学研究所(産研)の利用,黄色は産研外の学内利用,橙色は他大学や公的研究機関などの学外利用,そして灰色は民間企業の利用である.学内利用と学外利用の比率は,ほぼ半々になっている.利用の形態は機器利用が殆どであり,技術代行は少ない.PFの専門スタッフが装置の操作法他を利用者に丁寧に指導し,基本的には利用者自らが装置を操作して微細加工プロセスを行う.初めてPFを利用しようとするユーザに対して,“試行的利用”の支援制度もある[4].特に若手研究者や民間企業ユーザを優先的に支援するもので,旅費や設備利用料,消耗品等を助成している.

 

図3 大阪大学 微細加工PFでの支援実績(利用件数の利用者内訳)

 

2.京都工芸繊維大学は,なぜ大阪大学ナノテクノロジーPFの利用を始めたか

 今回の京工繊大のPF利用は,ヘリウムイオン顕微鏡の加工機能(集束イオンビーム(FIB)加工)を使用して有機結晶に回折格子を直接形成して半導体レーザー素子を実現したい,との相談を受けたことでスタートした.京工繊大では,Gaイオンを用いたFIB装置で回折格子を形成していたが,回折格子を形成すると有機結晶が発光しなくなってしまう(消光)という問題を抱えていた.そうした状況にあった時期に,ナノテクノロジープラットフォームの研究設備の試行的利用課題の公募に応募したところ,科学技術振興機構(JST)の産学官連携推進マネージャーである吉川 昭男氏との面談で大阪大学のPFを紹介してもらった.吉川氏は,関西・四国地区担当の産学官連携推進マネージャーを務められていた[5].

 回折格子形成に伴って有機結晶が消光してしまう原因は,FIBでGaイオンが有機結晶表面に堆積して消光剤として働く,あるいは照射時のエネルギーで結晶を損傷してしまうからと考え,Gaイオンより軽く非金属であるHeイオンを用いることで消光を抑えて回折格子を形成できるのではと期待した.先ずは“試行的利用”で,大阪大学PFでのHeイオン顕微鏡のFIBを用いた有機結晶の回折格子形成を試みたいと打診した[6].京工繊大としては大阪大学PFの利用は新規であり,Heイオン顕微鏡のFIBを用いた有機結晶の回折格子形成が成功するかどうか未知であったので,“試行的利用”の支援事業に採択されることになった[4].

 大阪大学PFでこの試行的利用の相談を受けている時に,「Heイオン顕微鏡のFIBを用いるのではなく,電子線(EB)リソグラフィーと反応性イオンエッチング(RIE)を用いた微細加工プロセスの方が簡単に回折格子を形成できるのでは」と,近田氏が提案した.そこで,2つのアプローチ;①HeイオンFIBに加えて,②EBリソ+RIEのアプローチを並行して進めることになり,②の課題も同時に“試行的利用”の支援事業に採択された.稲田氏は,京工繊大の研究グループの中で,②EBリソ+RIEでの回折格子加工プロセスを推進する中心メンバーの一人として活躍された[7].

 

3.電子線リソグラフィーとイオンエッチングによる有機結晶への回折格子形成 [7][8]

3.1 有機半導体レーザーの実現を目指して

 有機材料を用いた発光デバイスとしては,有機ELが既に実用化されている.スマートフォンや大型TV用の自発光タイプのディスプレイ素子として,液晶よりも高コントラスト,高い色純度の特徴がある.有機ELに続く,次の有機発光デバイスの目標が,有機半導体レーザーの実現である.有機色素をレーザー媒質に用いた色素レーザーは既にあるが,光励起である.京工繊大では,有機ELや有機トランジスタのような有機発光デバイスに光増幅と光共振器構造を付加して電流注入で有機半導体レーザーを実現する挑戦に取り組んでいる.

 現在,光ファイバー通信や光ディスクプレーヤで実用化されている無機化合物半導体レーザーに対して,有機半導体レーザーが有する優位性は,有機材料が持つ設計自由度の大きさにある.例えば,有機分子を構成するベンゼン環の個数や配置を変えることで,発光波長を可視光の全波長域で自由自在に変えることができる.実用化に向けては,回折格子によって光共振器に波長選択性を持たせ,単一波長でレーザー発振させることが好ましい.回折格子を有機結晶に直接形成する微細加工プロセス方法としてはFIB加工の他,これまでに様々な方法が試みられてきたが,回折格子を形成すると加工部分が消光(quench)してしまう,原理的に光共振器からの光損失が最小となる1次回折でのレーザー発振のために回折格子の周期を短くすることが容易ではないなどの課題があった.

 これらの課題を解決すべく,稲田氏らが大阪大学の微細加工PFを試行的に利用して,回折格子を有機結晶に直接形成したプロセスが,図4(a)である.有機結晶としては,TPCO(Thiophene/Phenylene Co-Oligomers)を用いた.表面にHMDS(Hexa-Methyl-Di-Silazane)疎水化処理を施した酸化膜付きシリコン基板にTPCO単結晶を貼付け,EBレジストをスピンコートし,ソフトベークする.ベークしたレジスト膜に,超高精細電子ビームリソグラフィー装置(ELS-100T,図2左上)を使用して周期169nmのライン&スペースパターンを描画した.現像・洗浄・乾燥して得られた1次元格子状レジストパターン(これも回折格子として働く)をマスクとして,深掘りエッチング装置(RIE-400iPB,図2右上)を使用して反応性イオン(Ar/C4F8)エッチングを行ない,有機単結晶表面に回折格子を作製した.エッチングとエッチング側壁保護を繰り返すBosch法によるSi深掘りエッチング装置であるが,通常のエッチングに用いるプラズマは多くのイオン種やラジカルを含み,有機結晶に対しては破壊力が大きいので,その中からArイオンのみを取り出し平行平板電極間で加速し,1時間かけてエッチングした.

 

図4(a)有機結晶への回折格子の直接形成プロセスと,(b)有機結晶BP3Tの分子構造,
Copyright (2018) The Japan Society of Applied Physics [8]

 

 図4(b)は,実験に用いた単結晶の有機材料BP3T(5,5''-bis(4-biphenylyl)-2,2':5',2''-terthiophene,TPCOに分類される有機半導体オリゴマー)の分子構造である.BP3Tは,波長570,620nm付近にピークをもち,黄緑~橙色の発光をする.今回の実験では,回折格子を直接掘り込んだBP3T結晶を光励起して発光スペクトルを測定する(3.3節参照).電流注入によるレーザー発振に至る前段階として,回折格子による発光スペクトル制御性を調べた.

 

3.2 有機材料に対する微細加工プロセスで乗り越えるべき課題

 EBリソグラフィーとRIEで微細加工することは,Siはじめ無機材料に対しては成熟した技術であるが,有機材料に対しては無機材料と同じプロセス条件は使えないという課題がある.

 課題の一つが,EBレジスト塗布後に有機溶剤を熱処理で除去するソフトベーキング条件の最適化である.有機結晶では,無機材料のリソグラフィーでは当たり前の120°C以上に加熱(30分)すると,結晶内にクラックが生じてしまうことを予備実験で確かめた.加熱処理条件として温度や加熱時間,圧力などを変化させて最適なソフトベーキング条件を探った結果,加熱温度110°C,加熱時間3.5hr,1.2×103Paの減圧下でのベーキングで良好なライン&スペースパターンを得ることができた.また,有機材料へのEBリソグラフィーでは,有機結晶がEBレジストや現像液に侵されてしまう場合があるが,今回用いたBP3T結晶は幸い耐力があり問題なかった.

 もう一つの大きな課題が,回折格子形成に伴う消光(quench)である.大阪大学の微細加工PFを利用する以前,京工繊大では同大学が所有するGaイオンのFIB装置を使用して有機結晶に回折格子を直接形成していた.回折格子の溝を深く掘ることはできたが,結晶が光らなくなってしまう.Gaイオンよりも軽いHeイオンのFIB装置で回折格子を形成すれば,イオンビーム照射による結晶損傷を回避できるのではないかと考えて,大阪大学の微細加工PFでFIB加工機能を持ったHeイオン顕微鏡(図2左下)による回折格子形成を試みた[6].しかし,回折格子は掘れるものの,やはり消光していた.Heイオン照射により,有機結晶表面のTPCO分子が壊されて,ボンドが切れて炭化していることが分かった.この消光は結晶表面付近だけで起こっており,結晶深部までは至ってないことは,表面をプラズマ加工で削り取れば発光が復活することで確認した.

 EBリソグラフィーを使用すれば,消光が回避できる上,200nm以下の短い周期の回折格子を有機結晶に直接形成して1次回折による高効率レーザー発振ができると考え,図4(a)に示したEBリソ+RIEのプロセスで回折格子を作製した[8].図5(a)は,様々なプロセス条件で回折格子を形成した中で良好な特性であった試料(Sample 6)について,京工繊大にてAFM(Atomic Force Microscopy)で観測した回折格子の表面像である.回折格子の周期は166nm,溝の深さは9nmであった.

 

図5 (a)有機結晶に直接形成した回折格子(周期166nm,溝深さ9nm)のAFM像,
(b)レジストに形成された溝深さプロファイルとこれから予想される回折格子の溝深さプロファイル,
(c)エッチング前(上段)とエッチング後(下段)の回折格子溝深さプロファイル,
(d)深さ6nmと仮定したレジスト溝プロファイルとこれから予想される回折格子溝プロファイル,
Copyright (2018) The Japan Society of Applied Physics [8]

 

 図5(c)上段はAFMで測定したEBリソ後・RIEエッチング前の回折格子溝深さプロファイル,下段はRIEエッチング後である.RIEエッチング前は溝深さが71nmあったが,RIEエッチング後には9nmまで浅くなっている.図の縦軸は,有機結晶の厚さも含めたAFMでの高さの測定値であり,RIEエッチングにより回折格子高さが100nm程低くなっている.EBリソで作製したレジストのライン&スペースパターンマスクの上からRIEエッチングすると,レジストがないスペース部で有機結晶が掘られるだけでなく,レジストがあるライン部でもレジストが完全に除去され,さらに有機結晶もエッチングされていると考えられる.

 図5(b)下段は,RIEのエッチングレートから計算で求めたエッチング後の溝深さプロファイルであり,実験結果(図5(c))との差は大きい.この差の原因は,レジストパターンが現像後に塑性流動しているからと考えられる.71nmの溝深さが,塑性流動で元の深さの8%(6nm)まで収縮した状態でRIEエッチングされると仮定する(図5(d)上段)と,図5(d)下段のエッチングレートから計算で求めた溝深さ(9nm)となり,実験結果(図5(c))とよく一致する.

 EBリソ+RIEのプロセスで溝深さは浅いものの,有機結晶に回折格子を直接形成することができた.かつ,回折格子形成後も結晶は損傷せずに発光する.EBリソでのEB加速電圧は125kVであり,電子線は試料を貫通して有機結晶に損傷を与えることはない.消光せずに,短周期の回折格子を形成できた.次に,この回折格子付きの有機結晶(図5のSample 6)からの発光スペクトルを評価した結果を述べる.

 

3.3 回折格子を形成した有機結晶からの発光スペクトル

 図6は,回折格子付き有機結晶からの発光スペクトルを評価した測定系で,左側(a)が紫外光ランプで弱励起する場合,右側(b)はNd:YAGレーザーの3倍高調波(355nm,パルス幅26ps,パルス繰返し周波数1kHz)で強励起する測定系である.

 

図6 発光スペクトル測定系:(a)紫外光ランプ弱励起,(b)Nd:YAGレーザー強励起
Copyright (2018) The Japan Society of Applied Physics [8]

 

 図6(a)の弱光励起では,紫外ランプからの光を試料上方から照射し,試料からの発光は試料側面から出射されてくる光(edge emission)をレンズで集光して分光器に導いて測定した.その際,出射方向(θ)を形成した回折格子の溝方向と直角になる方向を0°として,+90°~-90°の間で回転して,発光スペクトルの出射方向依存性を調べた.

 図7は弱光励起,θ=0°で測定した発光スペクトルである.上段(a)はRIEエッチング前,下段(b)はエッチング後に測定したスペクトルで,図5(c)の回折格子溝深さプロファイルのエッチング前後に対応する.スペクトル線幅が狭い鋭い発光ピークが観測されるが,これはレーザー発振ではなく,回折格子による1次の回折光が結晶表面から出射されたものと考えられる.RIEエッチング前の588nm発光ピークが,RIEエッチング後に575nmへ短波長シフトしているが,これは回折格子の周期がエッチング前後で変化したのではなく,RIEエッチングで有機結晶自体の厚さが薄くなり(図5(c)参照),そのためにエッジ出射方向の実効屈折率が僅かに小さくなることで短波長シフトしたと考えられる.

 

図7 回折格子付き有機結晶からの弱励起発光スペクトル
上段(a):エッチング前,下段(b):エッチング後
Copyright (2018) The Japan Society of Applied Physics [8]

 

 図8は弱光励起の発光スペクトル(エッチング後)で,縦軸の数字は出射方向(θ)を10°毎に+90°~-90°の範囲で回転して測定した.赤色実線のスペクトルがθ=0°のもので,図7(b)と同じスペクトルである.θを0°から増減するに伴い,発光ピーク波長575nmが短波長側にシフトしている.この短波長シフトは,結晶表面から出射される発光の位相が有機結晶内を伝搬する光の位相と回折格子による位相変調とを合成した位相に一致することが,位相整合条件から理解される[9].

 

図8 弱光励起発光スペクトルの出射方向依存性
Copyright (2018) The Japan Society of Applied Physics [8]

 

 図9は,図6(b)のNd:YAGレーザーを照射する強光励起測定系での発光スペクトル(RIEエッチング後,θ=0°)である.図9左(a)で,色が異なる複数の発光スペクトル曲線は,励起光強度(Fluence:単位面積当たりの照射光エネルギー量)を10~30μJ/cm2の範囲で変化させたもので,575nmの発光ピーク強度は励起光強度の増大に伴って非線形に増大するが,各励起光強度での発光ピーク強度を一致させて重ね合わせている.紫色で示した10μJ/cm2の発光スペクトルは,図7(b)の弱励起光での発光スペクトルとほぼ同じである.励起光強度を大きくして28μJ/cm2以上になると,575nmの発光ピーク強度が急激に成長している.

 

図9 強光励起の発光スペクトル(エッチング後)の励起強度依存性;
(a)ピーク強度で規格化,(b)3成分(573nm/575nm/613nm)へのスペクトル分解,
Copyright (2018) The Japan Society of Applied Physics [8]

 

 図9右(b)は,各励起光強度での発光スペクトル(灰色ドットが実測値)を,3つの発光成分;①575nmピーク(赤実線),②573nm幅広成分(青破線),③613nm幅広成分(緑破線)に分解したもので,これらを再合成したもの(黒実線)が実測値(灰色ドット)と一致するように計算した.励起光強度が28μJ/cm2以上では,575nmおよび573nmのピークが急激に成長し,支配的になることが確認された.また,励起光強度の増大につれて,573nmのピークの半値全幅(FWHM)は大きく減少する(24.7→4.7nm)のに対し,575nmのピークではほとんど変化が見られない(2.6→2.2nm).このことから,励起光強度が28μJ/cm2以上において,前者のピーク(573nm)は自然放射増幅光(ASE;Amplified Spontaneous Emission),後者のピーク(575nm)は前者のASEからの回折光(回折格子による位相変調を受け,位相整合条件を満たした波長シフト光で,レーザー発振光ではない)として理解される.

 ASEは自然放出された発光が誘導放出によって増幅された光であり,利得が生じるのはASEが存在する波長域(利得帯域)に限られる.そのため,レーザー発振が起こるためには,回折格子の周期をうまく調整し,光共振器の共振波長(ブラッグ条件を満たす波長)を利得帯域に合わせ込む必要がある.最適周期の計算方法は,等方性のレーザー媒質については確立されているが,多くの有機結晶のような異方性媒質では計算が複雑なため,これまで確立されていなかった.ごく最近,同研究グループの山雄氏が本計算を手掛け[9],この状況を一気に打開した.今後の進展が一層期待される.

 有機結晶に光共振器として回折格子(周期的ナノ構造)を直接形成するにあたり,EBリソグラフィーとRIE加工により光共振器の高効率(低光損失)化を図った結果,短周期化と消光の抑制を同時に達成した.「今後さらにブラッグ条件を満たすように改良を重ね,高効率な有機半導体レーザーを実現したい.」と稲田氏は抱負を語った.

 

4.おわりに

 有機半導体レーザーの実現を狙う研究は,有機結晶に短周期回折格子を直接形成し,消光を抑制して光損失を低減するところまで前進した.有機材料に対するナノスケール微細加工は,Siはじめ無機材料への微細加工装置と同じ装置を使うとしても,プロセス条件を有機材料向けに最適化しないと成功しない.大阪大学の微細加工PFでは,Siや化合物半導体だけでなく,有機材料やバイオ系など新しい材料の微細加工にも積極的に対応して,全国のナノテクノロジー研究者を支援している.

 有機半導体レーザーが実現すれば,有機トランジスタと組み合わせてフレキシブル光回路,ウェアラブル光センサなど様々な応用に発展する可能性が広がる.本研究成果が,今後どのように進展していくのか,楽しみである.

 

参考文献

[1] 大阪大学 ナノテクノロジー設備供用拠点 HP;http://nanoplatform.osaka-u.ac.jp/
[2] NanotechJapan Bulletin 企画特集「ナノテクノロジーEXPRESS」(第39回)大阪大学, "1分子DNAシークエンサーのデバイス開発",NanotechJapan Bulletin Vol.8, No.1 (2015);https://www.nanonet.go.jp/magazine/archive/?page=1323
[3] NanotechJapan Bulletin 企画特集「Collaboナノテクノロジー」(第9回)関西・四国,"ナノインプリント製フォトニック結晶を用いたバイオセンサの開発",NanotechJapan Bulletin Vol. 9, No. 2 (2016);https://www.nanonet.go.jp/magazine/archive/?page=1362.html
[4] 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム平成29年度研究設備の試行的利用事業;https://www.nanonet.go.jp/shikou/h29/
[5] NanotechJapan Bulletin 企画特集「Collaboナノテクノロジー」(座談会),"ナノテクノロジープラットフォームを活用した地域産業とのコラボによるイノベーションの創出",NanotechJapan Bulletin Vol. 8, No. 2 (2015);https://www.nanonet.go.jp/magazine/archive/?page=1327.html
[6] 山雄健史,井ノ口達也,佐野弘季,佐野浩之,"集束イオンビームによる有機オリゴマー結晶のレーザー素子に向けた微細加工",ナノテクノロジーPF成果報告書,F-16-OS-0047 (2017);https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/PickUp_pdf/F-16-OS-0047.pdf
[7] 河田至弘,青木和輝,稲田雄飛,"電子線リソグラフィー加工による周期的ナノ構造を利用した有機発光デバイスの高効率化",ナノテクノロジーPF成果報告書,F-16-OS-0048 (2017);https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/PickUp_pdf/F-16-OS-0048.pdf
[8] Yoshihiro Kawata, Kazuki Aoki, Yuhi Inada, Takeshi Yamao and Shu Hotta, " Direct fabrication of diffraction grating onto organic single crystals by electron beam lithography", Jpn. J. Appl. Phys., Vol.57, No.3S2, 03EH11 (2018);http://iopscience.iop.org/article/10.7567/JJAP.57.03EH11
[9] Takeshi Yamao, Shohei Higashihara, Shusuke Yamashita, Hiroyuki Sano, Yuhi Inada, Kenichi Yamashita, Shogo Ura, and Shu Hotta," Design principle of high-performance organic single-crystal light-emitting devices", J. Appl. Phys., Vol.123, Issue 23, p.235501-1~13 (2018);https://doi.org/10.1063/1.5030486

(図はすべて,取材先から提供された)

(尾島 正啓)