NanotechJapan Bulletin

      

企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第21回>
大腸菌を用いた新規ベンジルイソキノリンアルカロイド硫酸化レチクリンの生成
~創薬研究に役立つ植物アルカロイド大量生産のための微生物プラットフォーム構築~

石川県立大学 中川 明 講師と北陸先端科学技術大学院大学 宮里 朗夫 主任技術職員に聞く

 

アルカロイド生成用大腸菌培養器の前にて 中川 明氏(右)と宮里 朗夫氏(左)

 

 ケシの花から私たちにとって大切な鎮痛剤である薬モルヒネがとれ,一方キノコには私たちを死に至らしめる毒がある.これらの薬用および毒物質は,数億年の長い時間をかけた進化の末出来たものである.これ等は植物の二次代謝産物と呼ばれ,植物の生命を維持するのに必須の糖やアミノ酸などの一次代謝産物とは異なり,何かの時に植物の身を守るための働きをしている.二次代謝産物は,植物の体内で多くの酵素による長い反応経路と長時間をかけて合成され,植物体内に蓄積されている量は少ない.この内の薬剤として有用なベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)例えば上述のモルヒネを始め,コデイン(鎮咳薬),マグノフロリン(抗HIV活性,抗ガン),ベルベリン(糖尿病緩和,やせ薬)およびこれらの重要な前駆体であるレチクリンは,立体的に複雑な構造を持つ有機化合物であり,現在の化学合成技術でもってしても造ることが難しく,従って高価である.これらのBIA特にレチクリンを,種々の酵素を大腸菌の中に導入し,大腸菌の発酵作用で効率的な生産を可能にする合成プロセス(プラットフォーム)を構築した世界初の研究がある.そして,プラットフォームを用いて新たなBIAを合成し,それが新規物質であることを証明し,またそれが私たちにとって有用な薬能を持つことが明らかにされた.これらの研究成果は,石川県立大学 生物資源工学研究所応用微生物学研究室 中川 明(なかがわ あきら)氏らによりなされ,新規物質合成の証明は北陸先端科学技術大学院大学 ナノマテリアルテクノロジーセンター 主任技術職員 宮里朗夫(みやざと あきお)氏らの支援により達成されたものである.そこで,この研究成果の内容や分子・物質合成プラットフォームの研究支援・活用状況などを伺うために,石川県立大学生物資源工学研究所を訪ねた.

 

1.北陸先端科学技術大学院大学 分子・物質合成プラットフォームの活動 [1]

1.1 支援内容と支援体制

 北陸先端科学技術大学院大学の分子・物質合成プラットフォームは,北陸地方唯一の参画機関として,地域を中心に全国からの支援依頼を広く受け付けている.依頼内容に応じて,マテリアルサイエンス系とナノマテリアルテクノロジーセンターに所属する教員及び技術職員が連携して,①技術相談,②機器利用,③技術代行,④共同研究等の支援を行っている(図1).

 

図1 分子・物質合成プラットフォームの支援体制

 

 支援事業で供用する分析機器や設備はナノマテリアルテクノロジーセンターが一括で管理しており,クリーンルームやドラフト付き実験室を持たない企業や大学の研究者・技術者が実験室にて利用できるようにしている.そして,物理・化学・生物それぞれの分野の専門知識を有する教員と豊富な経験を持つ技術職員が化合物の合成などの試作をサポートし,また有機,無機化合物から生体関連物質まで,合成した試料あるいは持ち込まれる試料の構造や性質を世界最高レベルの各種分析装置で評価する.評価では,質量分析装置,X線光電子分光装置,NMR装置,各種電子顕微鏡など多くの分析機器(図2)を利用でき,同一試料を多角的に解析することが可能な体制を整えている.

 

図2 分子・物質合成プラットフォームの共用装置の代表例

 

1.2 支援実績と本研究におけるプラットフォームの貢献

 過去5年間の支援実績を表1に,支援先分布を図3に示す.大学関係では,九州,京都等全国に広がっている.勿論,地元の金沢大学,石川県立大学への支援は多い.企業への支援も全国的であるが,今後この分野の支援を増やすよう努めている.特に石川県の企業への支援に注力したいと考えているとのことである.

 

表1 過去5年の支援実績(件数)

 

図3 支援先分布

 

 本稿の中川氏らの研究「大腸菌を用いた新規ベンジルイソキノリンアルカロイド硫酸化レチクリンの生成」における支援内容は,石川県立大学のLC-MS/MSで取得したデータや酵素学的知見を基に,中川氏らが同定した分子構造の正確性を,高精度な質量測定により分子組成式を決定し証明することである.そこで,図2左上のフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置(FT-ICR MS)を用いた.この装置の特徴は,非常に高分解能であるために“精密質量”を下3桁まで正確に測定できることであり,これによって測定対象物質が推定分子式のものであるか否かを証明できる.今回の支援で,新規物質は硫酸化レチクリンであることが証明された(詳細は後述).このデータを添えることによって,論文投稿がスムースに出来たとのことである.なお,この装置は全国の大学で6~7台導入されており,北陸地方では北陸先端科学技術大学院大学の1台のみである.

 

2.大腸菌を用いた植物アルカロイドの発酵生産研究の背景と先駆的研究

2.1 石川県立大学 生物資源工学研究所応用微生物学研究室 [2]

 「生物資源工学研究所」は石川県立大学の大きな特徴のひとつになっている.その名のとおり,生物資源を利用して,社会に役立つ製品や技術を開発していくことを目的とし,大学の「生産科学科」「環境科学科」「食品科学科」の3学科と連携し,地域の発展を支える研究の拠点として機能している.植物や遺伝子,環境など,さまざまなテーマで研究・開発に取り組む4研究室・1センターで構成されており,中には,地球規模の問題解決へとつながる研究も少なくない.

 中川氏の所属する「応用微生物学研究室」では,微生物の潜在的な機能を応用し,ヒトの生活をより豊かにすることを目的として,主に大腸菌を利用した研究を行っている.大腸菌は生体機能が詳細に解明されている微生物であり,アミノ酸や核酸,医薬原料など人類にとって有用な物質の生産基盤となっている.研究室において,中川氏らは大腸菌プラットフォームでの植物アルカロイド生産の研究を行っている.植物の産生するモルヒネ等のベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)は,医薬品として広く利用されている.しかし,植物内に微量にしか含まれないものも多く,その効率的な生産系の構築が望まれている.大腸菌を用いて安価かつ多量に生産することができれば,創薬・医薬研究に大きく貢献できる.

 

2.2 植物におけるBIAの生合成 [3][4][5]

 はじめに,植物の体内におけるBIAの生合成の仕組みを図4に示す.2分子のL-チロシンからスタートする.1つはL-ドーパを経てドーパミンに,もう1つはチラミンを経て4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒド(4-HPAA)に転換される.ドーパミンと4-HPAAはノルコクラウリン合成酵素(NCS)によって脱水縮合され,(S)-ノルコクラウリンが合成される.その後,3段階のメチル化反応と1段階の水酸化反応とにより,(S)-レチクリンが生成される(計9段階).

 

図4 植物中での(S)-レチクリン生合成経路(9段階)

 

 ほとんどの有用なBIAは,図5にその1例を示すように(S)-レチクリンを経由して合成されるため,(S)-レチクリンはBIA生成の重要な中間体であり,大量生産系の構築においてはこの(S)-レチクリンを作ることが最初の目標となる.

 


図5 (S)-レチクリンを経由して産生する有用ベンジルイソキノリンアルカロイド

 

2.3 先駆的研究(1):大腸菌によるドーパミンから(S)-レチクリンの合成 [3][4][5]

 図4に示す植物体内でのBIA生合成は,植物体の生育に数カ月~数年を要するため,大量に供給する人工的方法が求められていた.石川県立大学の南らにより,図6に示すような,大腸菌を用いてドーパミンから(S)-レチクリンを合成する経路(プラットフォームとも言う)が世界に先駆けて開発された[3].植物抽出に替わるBIAの生産方法である.微生物由来のモノアミン酸化酵素(MAO),NCS酵素と植物由来の3つのメチル基転移酵素(6OMT, CNMT, 4’OMT)とを大腸菌内で組み合わせて経路が構成されている.ドーパミンのみを材料とし,そのMAOによる反応産物である3,4-dihydroxyphenylacetaldehyde(3,4-DHPAA)をNCS 反応の基質とすることで,図4に示す植物の生合性で必要であったCYP80B(水酸化反応)を省略した経路(ドーパミンから(S)-レチクリンまで計5段階)が可能となっている.28時間の培養で5 mMのドーパミンから11 mg/Lの(S)-レチクリンが生産できる.

 

図6 大腸菌によるドーパミンから(S)-レチクリンの合成(5段階)

 

 さらに,CYP80G2 とCNMT 酵素を導入した酵母との共培養系を用いることにより,マグノフロリン(抗HIV作用およびアテローム動脈硬化症の進行抑制効果が期待されるポルフィン型アルカロイド)を,またBBE酵素を導入した酵母との共培養によりスコウレリン(プロトベルベリン型アルカロイド)を生合成できることを明らかにした.

 

2.4 先駆的研究(2):大腸菌によるグルコースから(S)-レチクリンの合成 [4][5][6][7]

 図6のプロセスは高価なドーパミンを大量に使用する必要があり,実用生産にはより安価な基質の利用が不可欠と考えられた.そこで,グルコースやグリセロールといった安価な炭素源からの(S)-レチクリン生産系の構築を行った.このためには人工的に改変した生合成経路を大腸菌内で構築する必要があった.この改変型(S)-レチクリン生合成経路を図7に示す.この経路には以下の5つの特徴が盛り込まれている.

 

図7 大腸菌によるグルコースから(S)-レチクリンの合成経路

 

①BIAの基本骨格であるL-チロシンを過剰に生産する菌株をベースに構築されている(図7上段).

②L-チロシンからL-ドーパへの転換酵素としてチロセナーゼ(TYR)を用いている(図7中段).本来,動物や植物ではこの反応はチロシンハイドロキシラーゼ(TH)によって触媒されるが,THは大腸菌が作ることの出来ないテトラハイドロビオブリテン(BH4)を補酵素として要求するため,銅を添加するだけで良いTYRを用いている.

③MAOを利用することにより,代謝経路内の基質をドーパミンに限定し,図4(植物内での生合成)で必要とされたCYP80Bが触媒する反応をショートカットすることが出来ている(図7中段左).また,植物のようにチラミンを経由する反応を利用せず,チラミン由来のアルデヒド(4-HPAA)を生成する酵素を利用しない生合成経路を構築出来ている.

④ドーパミンの生成にドーパ特異的な脱炭酸酵素(DODC)を用いている(図7中段).植物ではL-ドーパの脱炭酸反応にはチロシン脱炭素酵素(TYDC)が用いられるが,この酵素はチロシンも脱炭酸することから,過剰に生産されたL-チロシンからチラミンが生産されてしまい,MAOを用いる意義が薄れてしまうことが考えられたからである.

⑤TYRはRalstonia solanacearum,DODCはPseudomonas putida,MAOは,Micrococcus luteus,NCS,6-O-メチル基転移酵素,コクラウリン-N-メチル基転移酵素,4'-O-メチル基転移酵素は植物(Coptis japonica)にそれぞれ由来する酵素を用いており,複数の生物種由来の酵素遺伝子によって天然には存在しない(S)-レチクリン生合成経路を構築している.

 15gのグリセロールから60時間で46mgの(S)-レチクリン生産に成功した.なお,本研究は2012年度の日本学士院賞,日本農学進歩賞を受賞している.

 

3.大腸菌を用いた新規物質硫酸化レチクリンの生成とその薬剤としての評価 [8]

 中川氏らは,引き続き研究を進め,

①前章で紹介したグルコースから(S)-レチクリンを合成する手法を更に改善することで,160mg/Lの収率で(S)-レチクリンを製造できる高生産性プラットフォームを構築(この値は,改善前の製法の約4倍に当たる)し,

②上記高生産性プラットフォーム中に,ヒトの硫酸化転移酵素を導入することによって,新規物質である硫酸化レクチリン(O-硫酸化(S)-レチクリン:(S)-Reticuline sulphate)を合成し,

③そして,新規物質(S)-Reticuline sulphateが薬剤として有用であることを見い出した.

 以下にこれらの研究内容を紹介する.

 

3.1 高効率に(S)-レチクリンを生産する改善大腸菌プラットフォームの構築

 先に述べた図7のグルコースから(S)-レチクリンの生産性即ちプラットフォームの生産性を更に高めるために,改善すべき点について検討した.図7のプラットフォームでは,L-TyrosineをL-3,4,ディハイドロオキシフエニルアミン(L-DOPA)へ転換するのにチロセナーゼ(TYR:酸化還元酵素)を用いている(図7中段).TYRは,L-DOPA,Dopamine,(S)-Norlaudanosolineのような中間生成物を分解してしまい,その結果(S)-レチクリンの生成率を落としていた.

 そこで,中間生成物の分解を回避するために,これら中間生成物に反応しにくいDrosophila melanogaster由来のチロシンハイドロキシラーゼ(TH)を用いた新たな大腸菌プラットフォームを構築した(図8).THは補因子としてBH4を必要とするが,このBH4は大腸菌ではつくられない.よって,大腸菌中でTHが効率的に機能を果たすために,新たなBH4生成のための生合性経路を構築した.この経路には下記の三つの遺伝子が用いられている.

①グアノシントリホスフェート(GTP)サイクロハイドラーゼ(MtrA)
②ピルボイルテトラヒドロプテリン合成酵素(PTPS)
③セピアプテリン還元酵素(SPR)

そして,dTH2をBH4-生合成遺伝子セットと共に培養することによって最も高いL-DOPAの生産性が得られた.

 

図8 高収率(S)-レチクリン生合成プラットフォーム

 

 以上の結果を取り入れた(S)-レチクリンを産出するための大腸菌株EM353を創った.この株は,チロシン過剰生産経路,BH4-合成経路に沿ってL-チロシンからドーパミンを造る経路,ドーパミンから(S)-レチクリンを造る経路を持っている.この株で(S)-レチクリンを産出するには,14の遺伝子を必要とする.これら遺伝子は四つのベクターにクローンされている.

 EM353は30g/Lのグルコースの入った発酵槽中で培養される.(S)-レチクリンの製造は,接種24時間後にスタートし,その収率は96時間を超えると飽和に達する(図9).最高収率は,163.5±43.6 mg/Lであった.この値は,図7のチロセナーゼを用いた方法の約4倍である.

 

図9 高収率(S)-レチクリン生合成プラットフォームによる生産量

 

3.2 新規アルカロイド物質の創製:硫酸化(S)-レチクリンの合成

 高収率で(S)-レチクリンが豊富に生産出来るプラットフォームが構築できたので,これを用いて新しいアルカロイド合成を試みた.新薬探索の一環である.

 

(1)ヒトの硫酸基転移酵素を用いた硫酸化(S)-レチクリンの合成

 大腸菌内において,ヒトの硫酸基転移酵素(hSULT)が(S)-レチクリンに対しどのような活性を示すかを調べるために,以下の3種の菌株を用意した.

①hSULT1A1
②hSULT1A3
③hSULT1E1

そして,これらの株を(S)-レチクリンを含む媒体中で培養した.培養液のLC-MS/MS分析の結果は図10a,図10bに示すように,

ⅰ)hSULT1A3株の培養液中からは (S)-Reticuline 7-O-sulphateが,
hSULT1E1株の培養液中からは (S)-Reticuline 3’-O-sulphateが観察された.

ⅱ)hSULT1A1株の培養液中からは (S)-レチクリンのサルフェイトは見い出されなかった.

 

図10 人間の硫酸基転移酵素による硫酸化(S)-レチクリンの合成

 

(2)改善大腸菌プラットフォームでの(S)-レチクリンO-硫酸化物の製造

 上記のように,ヒトの硫酸基転移酵素hSULT1E1とhSULT1A3によって,(S)-Reticuline 3’-O-sulphateと(S)-Reticuline 7-O-sulphateがそれぞれ合成できることがわかった.そこで,改善大腸菌プラットフォームでの (S)-レチクリンO-硫酸化物の製造を試みた. (S)-Reticuline 3’-O-sulphateと(S)-Reticuline 7-O-sulphateを1つの培養液中で製造するために,hSULT1E1とhSULT1A3の遺伝子を先述の(S)-レチクリン発酵株EM353中に加え,EM437とEM459を作った.

 EM437は,培養液中でグルコースから(S)-Reticuline 3’-O-sulphateを90.9mg/L生産する(図10c).EM459の倍溶液は,グルコースからの(S)-Reticuline 7-O-sulphateを造らなかったが,hSULT1A3を発現するEM407がEM353培養液から精製された(S)-レチクリンを含む培液中で培養されると,(S)-Reticuline 7-O-sulphateが55.8mg/L得られた.

 以上,高価な基質を用いることなく単なるSugarのみから新規硫酸化レリクリンを造ることが出来た.

 

3.3 硫酸化レチクリンが新規物質であることの証明:北陸先端大分子物質合成プラットフォームの貢献

 中川氏は,合成された物質を石川県立大学保有のLC-MS/MSで解析しその構造式は,図10に示す (S)-Reticuline 7-O-sulphateと(S)-Reticuline 3’-O-sulphateであり,分子式は共にC19H23NO7Sであるとした.そして,論文投稿をしたがレビユァーからC19H23NO7Sであることを証明する事実が求められた.そこで,北陸先端大学院大学 分子・物質合成プラットフォームのフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置(FT-ICR MS)を用いて,精密分子質量註1)を求めることにした.精製した試料を持ち込み,技術代行で測定を依頼した.実質測定時間数分で,分子式C19H23NO7Sであることが証明された.その内容は以下の通りである.

①試料の想定化学組成:C19H23NO7S …(式1)

②上記(式1)の,元素の精密質量から求められる理論精密分子質量:409.1195…(a)

③試料の,FT-ICR MSにより測定された実験精密分子質量:408.112281…(b)

この実験精密分子質量は,FT-ICR MSでイオン化された(式2)組成のものであると想定(水素1個を引き抜きイオン化されている):C19H22NO7S…(式2)

④イオン化された(式2)組成の,元素の精密質量から求められる理論精密分子質量:408.112247…(c)

⑤化学組成(式2)の実験精密分子質量(b)と理論精密分子質量(c)の差:(b)-(c)=0.000034

小数点以下4桁まで一致しており,実質差はなく同一である.即ち,合成された新規物質試料(イオン化されている)は,想定通りC19H22NO7S(式2)である.

(一般に理論組成式から計算される質量と測定値が小数点以下3桁まで一致していれば間違いなくその組成と言える)

⑥以上のことより,イオン化されていない新規物質試料は,想定通り(式1)で示されるC19H23NO7Sである.

 

註1)整数質量と精密分子質量

整数質量:各同位体の質量数を整数に近似した分子質量であって,組成式が異なっても同じ質量数を示すことがある.例:C3H8=44,CO2=44

精密分子質量:各同位体の質量数を正確に計算した分子質量であって,通常は最も存在比の大きいもののみに注目.組成式が異なると精密分子質量は必ず異なる.例:C3H8=44.0626,CO2=43.9898

 

3.4 新規硫酸化レチクリンの薬剤としての効能

 新規硫酸化レチクリンの薬剤効能を検討した.「ヒト初代培養細胞の組み合わせによる薬剤応答プロファイルの解析(BioMAP)」というものがある.既知の各種薬剤を,ヒト初代培養細胞を幾つか組み合わせたものの中へ投入した場合の細胞の応答プロファイルをデータとして集積したものである.薬剤効果未知の新規化合物を,上記ヒト初代培養細胞の組み合わせたものに作用させ,その応答パターンが,どの既知の薬剤のプロファイルに似ているかを照合することによって,新規化合物にどのような薬剤能が期待できるか見当をつけるものである.

 (S)-Reticuline 7-O-sulphateは,アルツハイマー病薬であるセマガセスタットと似た働きがあることから,アルツハイマー病薬としての働きが期待される.一方で,(S)-Reticuline 3’-O-sulphateは,非ステロイド性抗炎症薬カルプロフェン様の働きがあることから,抗炎症薬としての候補となり得よう.なお,(S)-レチクリンには,血圧降下薬アムロジピンやメチクロチアジドと似たような働きがあることがわかった.元来(S)-レチクリンにはカルシウム輸送阻害効果が報告されており,抗高血圧にはカルシウム輸送阻害が効果的であることから,この結果はリーズナブルである.

 以上のように,単純に硫酸基を付加するだけで,薬効の異なる化合物の生成が可能であり,BIAプラットフォームに様々な官能基転移酵素を導入することにより,BIAを中心とした創薬研究が可能となる.

 

3.5 今後の展開

 今後の進む方向についてお伺いしたところ中川氏は即座に「一つは,(S)-レチクリンを前駆体とする,オピオイド系鎮痛剤の原料であるデバインを1g/Lのレベルで造れるようにしたい.そしてこれを実用化したい.二つ目には,レチクリンを始めとするBIAに硫酸基の他,糖鎖やアセチル基等を付加し,新しい効能を持つ新規化合物を創製したい.例えば,飲んだらガンがきれいに完治する,そういった創薬を目指したい.そのためには,種々の新規化合物を沢山造り薬効を評価する.そして三つ目には,新規物質の知的所有権(特許)取得にも注力したと考えている.」と将来への抱負を述べられた.

 

4.おわりに

 中川氏は自分らの研究は世界トップレベルであると自負しておられ,自信に満ちスッキリしたインタビューへの対応に頼もしさを感じた.「非常に高価なアルカロイドであるテバインを安価に造れる合成法を開発し,これは“イケル”と自信を持ってその成果をNature誌に投稿したが,米国の研究者が17日前にScience誌にほぼ同じ内容の論文を発表し[9],2番手になってしまい,結果,Nature姉妹誌に掲載されることになった[10].その1番手の研究者はその年の10人のサイエンストに選ばれた.一番手と二番手とでは大違いであり悔しい思いをした」ことの言葉にも,競争の激しいそして重要な分野の最先端で研究を展開されておられることが伺えた.これはという立派な成果であっても,その成果が間違いないものであることを証明する客観的データが要求される場合が多い.このような要求にいち早く答えることが,ナノプラットフォームの諸設備を本稿のように活用することによって可能であろうとの想いを強くした取材でもあった.そして,中川氏の今後の抱負が,ナノプラットフォームの諸設備の活用によって早期に実現し,私たちに恩恵をもたらしてくれることを期待している.

 

参考文献

[1] 北陸先端科学技術大学院大学 分子・物質合成プラットフォーム:https://www.nanonet.go.jp/ntj/insti/jaist/ms/
[2] 石川県立大学 生物資源工学研究所 応用微生物学研究室:http://ribb.ishikawa-pu.ac.jp/amb/project.html#project-3
[3] Minami H., Kim J.S., Ikezawa N., Takemura T., Katayama T., Kumagai H. and Sato F. "Microbial production of plant benzylisoquinoline alkaloids.", Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 105: 7393-7398 (2008).
[4] 南 博道,「植物アルカロイド発酵生産のための微生物プラットフォーム開発」:http://www.nougaku.jp/award/2012/10-minami.pdf
[5] 中川 明,南 博道,「大腸菌を用いた植物アルカロイドの発酵生産」,バイオサイエンスとインダストリー,Vol.70,No.3,pp.3-5(2012)
[6] Nakagawa A., Minami H., Kim JS., Koyanagi T., Katayama T., Sato F. and Kumagai H., "A bacterial platform for fermentative production of plant alkaloids." Nature Communications, Vol.2, pp. 326. (2011)
[7] Nakagawa A., Minami H., Kim JS., Koyanagi T., Katayama T., Sato F. and Kumagai H., "Bench-top fermentative production of plant benzylisoquinoline alkaloids using a bacterial platform.", Bioengineered Bugs 3: 49-53. (2012)
[8] Eitaro Matsumura, Akira Nakagawa, Yusuke Tomabechi, Shinichi Ikushiro, Toshiyuki Sakaki, Takane Katayama, Kenji Yamamoto, Hidehiko Kumagai, Fumihiko Sato & Hiromichi Minami,"Microbial production of novel sulphated alkaloids for drug discovery", Nature Communications/ Scientific REPORTS | 8:7980 | DOI:10.1038/s41598-018-26306-7(2018)
[9] Galanie, S., Thodey, K., Trenchard, I. J., Filsinger Interrante, M. & Smolke, C. D. "Complete biosynthesis of opioids in yeast." Science 349, 1095-1100 (2015).
[10] Akira Nakagawa, Eitaro Matsumura, Takashi Koyanagi, Takane Katayama, Noriaki Kawano, Kayo Yoshimatsu, Kenji Yamamoto, Hidehiko Kumagai, Fumihiko Sato & Hiromichi Minami, "Total biosynthesis of opiates by stepwise fermentation using engineered Escherichia coli", Nature Communications 7, Article number: 10390 Published 05 February 2016

 本文中の図表は,石川県立大学の中川 明氏と北陸先端科学技術大学院大学の宮里 朗夫氏より提供されたものである.

 

(真辺 俊勝)