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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第24回>
低線量放射線が肥満細胞に及ぼす影響 -プロテオミクスを用いた検討
東京工業大学大学院生命理工学研究科 分子生命科学専攻 河島 陽来,山口 駿太,林 宣宏
順天堂大学大学院医学研究科 臨床検査医学 関原 和正,齋藤 香里,田部 陽子
NIMS 分子・物質合成プラットフォーム 服部 晋也,竹村 太郎,箕輪 貴司

 

 

(写真左)東京工業大学 河島(前列右端),林(中列左から3番目),山口(後列左から2番目)
(写真右)物質・材料研究機構 服部,竹村

 

1.はじめに

 高線量の放射線の健康への影響に関しては,疫学的な調査や様々な実験から生体応答のメカニズムが着目されているが,癌がその終着点として示されていることが多い.一方低線量放射線の影響は,それが現れるのに時間がかかることによる疫学的な調査の不足や,表に現れる変化が軽微なために,主に個人間の生活様式の違い,遺伝的背景といった複合的な要因により隠れてしまうことから捉えることが困難とされている[1].

 広島・長崎の原爆被爆者の疫学調査の結果からは,被ばく線量が0.1Svを超えるあたりから,被爆線量に依存して発がんのリスクが増加することが示されている.しかし,0.1Gy以下では発がんリスクと放射線影響との相関が見られていない[2]ことや,UNSCER(原子力の影響に関する国連科学委員会)2006年報告書[3]で0.1Gy以下が低線量放射線と定義されていることから,一般的に0.1Gy以下の線量が低線量放射線として扱われる.

 細胞内のDNAが放射線の主な標的とされ,その照射によって損傷を引き起こすことがわかっている.その中でも,DNA double-strand breaks(DSBs)が引き起こされると,突然変異や染色体異常のような有害な影響につながる[4].

 近年では,低線量放射線を用いる画像診断や治療の進展により,低線量放射線の生物学的影響が着目され始めている.しかし,低線量放射線の影響を直接的に評価する方法が無いために,健康リスクに関しては解明されていないことが多い.低線量放射線の影響を予測するにあたり,linear no-threshold(LNT)モデルが用いられていることが多い.LNTモデルは,高線量放射線と低線量放射線の影響に関して区別が明確にされていないため,低線量放射線によって引き起こされる生物学的な過程の根本が高線量放射線と同じであるとし,高線量放射線の影響を低線量放射線に対して外挿するという考え方である[5].

 低線量放射線の影響として現状として提言されている説には,ストレス応答,適応応答(adaptive response),バイスタンダー効果,染色体不安定性の増加,放射線超感受性などが挙げられる[6].

 表1に身の回りの放射線被ばく量の目安を記した.

 

表1 身の回りの放射線被ばく量目安.
環境省(自然・人工放射線からの被ばく線量),放射線医学研究所(放射線被曝の早見図)をもとに作成した.

 

 がん治療において,細胞周期チェックポイントやDNA修復機構における機能停止状態といった放射線感受性が増加するタイミングで放射線治療を行うと,修復不可能なDNAの蓄積や,細胞死が誘導される.しかし,放射線治療においては特定のがん細胞一点にのみ照射を行う事は難しく,周囲の細胞,組織にも放射線が照射されることとなる[7].そのために,放射線治療の副作用として,倦怠感,皮膚反応が生じることがある[8].

 一方,検査を目的とする低線量の医療被ばくにおいては,被ばくする個人に直接的な便益をもたらすことから線量限度は設けられていないが,これらの医原性低線量被ばくの影響に関しての理解,知見が求められている.

 放射線治療に伴う高線量被ばくによる皮膚障害については数多くの研究がなされているが,CTガイド下の生検など医原性の低線量放射線が及ぼす影響については未だ十分な知見は得られていない.また,低線量放射線被ばくが免疫系に与える影響に関しても知見は乏しい.そこで,本研究では低線量放射線による皮膚炎症性変化に関与すると考えられる肥満細胞に焦点をあてて,ヒト表皮角化細胞との共培養条件下での低線量放射線被ばく後の変化を明らかにすることを目的とした.0.01Gy,0.1Gy,0.5Gy,1Gyの放射線を肥満細胞に照射し,低線量放射線照射特有の影響や線量の違いによる細胞内タンパク質の状態(存在量,翻訳後修飾,等)の変化を検討した.

 

2.低レベル放射線照射の影響のプロテオミクスによる解析

 照射後培養時間30分間のタイムコースのLAD2単独培養サンプルに関してControl,0.01Gy,0.1Gy,0.5Gy,1Gyの5種類のサンプル,LAD2-HPK共培養サンプルに関してControl,0.01Gy,0.1Gy,1Gyの4種類のサンプルの二次元電気泳動を行った.

 

図1 LAD2単独培養の照射後培養時間30分における二次元電気泳動像
A)Control,B)0.01Gy,C)0.1Gy,D)0.5Gy,E)1Gy

 

図2 HPKと共培養したLAD2の照射後培養時間30分における二次元電気泳動像
A)Control,B)0.01Gy,C)0.1Gy,D)1Gy

 

 次に,得られた二次元電気泳動像から放射線照射によってタンパク質の存在量,または,修飾に有意な変化のあるスポットの探索を行った.本解析では変化量の閾値を1.2倍以上,あるいは,1/1.2倍以下とした.

 【Control vs 0.01Gy照射】【Control vs 0.1Gy照射】【Control vs 0.5 Gy照射】【Control vs 1 Gy照射】のそれぞれを比較した.それぞれ4回の試行(N=4)で,有意な変化に関して,少なくとも再現が1回でも見られたものを有意なスポットとした.

 

図3 2群間の解析において有意な変化を示したスポット数
両端は閾値以上の変化を示したスポット数,共通部分は閾値内の変化を示しているスポット数.
共通部分は,4回の試行(N=4)の平均値±:標準誤差

 

 照射線量が増加するにつれ,コントロールサンプルと比較し発現量が増加するスポット数は増加していく一方,発現量が減少するスポット数は減少していくことが分かった.

 LAD2単独培養サンプルにおいて0.01Gyの放射線照射により有意な変化を示した20個のスポット,同様にLAD2-HPK共培養サンプルにおいて0.01Gyの放射線照射により有意な変化を示した29個のスポットを同定した.図4,図5にそのスポットの位置と表2に同定したタンパク質名の一部を示す.

 

図4 LAD2単独培養サンプルにおいて同定したスポットの位置
(ゲルはLAD2単独培養,コントロールサンプル)

 

図5 HPKと共培養したLAD2サンプルにおいて同定したスポットの位置
(ゲルはHPKと共培養したLAD2,コントロールサンプル)

 

表2

 

 炎症関連タンパク質については,炎症反応促進タンパク質calgranulin B(S100A9_HUMAN)の発現が線量依存的に増加した一方,免疫反応抑制に作用するタンパク質Fibrinogen-Like 2(FGL2_HUMAN)の発現は0.01Gyで増加,1Gyで減少した.HPKとの共培養LAD2では抗炎症タンパク質であるSerpin B1(ILEU_HUMAN)の線量依存的増加を認めた(図6).

 

図6 同定結果の他線量ポイントにおける変化量推移

 

3.考察

 LAD2単独培養サンプルにおけるコントロールサンプルと放射線照射サンプルとの比較解析において,0,01Gy,0.1Gy,0.5Gy,1Gyの順に1.2倍以上の増加を示したスポット数は,20,41,59,57spotsと増加傾向にあり,1/1.2倍以上の減少を示したスポット数は,47,29,29,28spotsと減少傾向にあった.この結果は,0.01Gyと0.1Gyとの間で,放射線照射に対する肥満細胞の応答が起きていることを示す.一般に,低線量放射線は0.1Gy以下の線量と考えられているが,LAD2細胞においては0.01Gy~0.1Gyの低線量被ばくによって発現量が変化する細胞内タンパク質が存在すると考えられる.この傾向は,HPKと共培養したLAD2においても同様であり,0,01Gy,0.1Gy,1Gyの順に閾値以上の増加を示したスポット数は,43,99,85spotsと増加傾向にあり,減少を示したスポット数は,59,25,25spotsと減少傾向にあった.また,LAD2単独培養時と比較し,HPKと共培養したLAD2においては閾値以上に変化したスポット数が増加,減少共に多くなっている.このことから,共培養条件下ではLAD2とHPKが相互作用を及ぼしあうことで,細胞内での放射線照射に対する応答が活発になっていることが考えられる.

 放射線照射に伴い二次元電気泳動像上で閾値以上に変化した49スポットの同定結果から放射線照射により肥満細胞で起きている生化学反応を考察した.

 

・適応応答(Adaptive Response)

 低線量領域において,線量依存的な動きをするタンパク質や低線量領域においてのみ変化量が異なるタンパク質が存在した.そして,炎症に関与する肥満細胞では,0.01Gyレベルの低線量放射線によってProtein S100-A9,Fibroleukinの発現量が変化し,これらの変化量パターンは,炎症抑制効果を示唆するものであった.さらに表皮角化細胞との共存下では,Leukocyte elastase inhibitorの変化量パターンより炎症抑制が線量依存的に強まる可能性が示唆された.これらはいずれも低線量放射線に特徴的な適応応答(adaptive response)であると考えられた.

 適応応答とは,高線量の放射線を照射する前に低線量の放射線を照射すると生体防御機能が強まり,染色体異常の頻度が下がる[9]等放射線の影響を緩和するとされる応答である[10].生体防御機能の獲得にあたり,新規タンパク質の合成あるいは,既存のタンパク質の活性化を介すると考えられるが,本実験における照射後培養時間30分のポイントでは新規タンパク質の合成による変化は大きく動いていないと推測されるため,既存のタンパク質の活性化を介していると考えられる.

 

・解糖系への代謝転換

 また,解糖系に関与する2つのタンパク質α-enolase,Pyruvate kinase PKMが低線量被ばく後に発現量が増加し,1Gyの線量においては発現量の減少を認めた.先行研究において,低線量放射線照射により代謝転換が起こり,その結果適応応答が生じる[11]という報告がある.本研究の結果は,これと矛盾しないものであった.また,低酸素条件下で低線量放射線に曝露した細胞は,ミトコンドリアの酸化的リン酸化から解糖系への代謝転換を行うようになり,低線量放射線による適応応答が生じてストレス耐性を示すというという. 本研究では,解糖系に関わるタンパク質であるTriosephosphate isomeraseの変化に関して,0.01Gyのポイントではタンパク質量が増加し,線量依存的に減少するという変化を追うことができた.これは,低線量放射線による解糖系の亢進を示唆するものと考えられた.

 

・単独培養サンプルと共培養サンプルに関して

 DAVIDによるパスウェイ解析の結果から単独培養サンプルでは細胞骨格の調節,共培養サンプルでは接着融合,白血球内皮移動といったパスウェイが動いていることが示唆された.共培養サンプルにおいてはそこから反応が進み,接着融合,内皮移動の動きが起きていると考えられる.ケラチノサイトにはヒスタミンやケモカインを分泌するという報告がある[12][13].ヒスタミンは細胞接着に影響を及ぼすという効果があり[14][15],ケモカインは主に白血球に作用する分子として知られている低分子量の塩基性分泌タンパク質で,ケモカインにより細胞の運動性が向上することが知られている[17].放射線照射により,肥満細胞の接着,運動能の向上により細胞間の接着力が向上することで,情報伝達能が向上することが示唆されている[18].つまり,低線量放射線による適応応答には近傍の細胞との情報伝達能の亢進が関与している可能性が示唆された.

 

4.NIMSにおける高感度,かつ,高精度なタンパク質の同定と高性能二次元電気泳動の連携による次世代プロテオミクスについて

 生体システムの構成因子(タンパク質)を網羅的,かつ,俯瞰的に眺めるプロテオミクスは究極のプロファイリング法であるが,これまでは解析に時間がかかり,大量の検体を要し,また,多数のデータ間の比較が難しかったことからその適用範囲は限られていた.その難点を克服してプロテオミクスの適用範囲を拡げるために,東工大・林研究室では,独自にハイスループット,高感度,高再現性を有する高性能二次元電気泳動法を開発し,基礎から臨床におけるプロテオミクス研究を展開している.この新たな手法により,これまでは検出が難しかった有意な微量タンパク質を,その二次元電気泳動ゲル上のスポットの変化として捉えるのに成功しているが,汎用のシステムではその同定が難しかった.しかしながら,今回は,低線量放射線を照射した細胞で生じる,微小ではあるが,多彩,かつ,それらの総体が生体反応としては非常に重要なタンパク質の変化を捉えるのに成功した.そのなかでも,NIMSの高性能タンパク質同定システムにより,もっとも微小なスポット(23.1 fmol)の高い精度(mascot score:1196.046111)での同定に成功したことは特筆に値する.

 

5.今後の展望

 先に開発した高性能二次元電気泳動法は,その高感度性能故に汎用の装置では当該手法で検出した全ての有意なタンパク質が同定出来なかった.今回,NIMSの質量分析システムの高感度,かつ,高精度でのタンパク質同定能力を駆使すれば,当該高性能二次元電気泳動法の能力を最大限に発揮出来ることがわかり,両者の連携による高性能プロテオミクスの適用範囲の拡充が今後は非常に期待される.

 

6.謝辞

 本研究は,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業 分子・物質合成プラットフォーム(国立研究開発法人 物質・材料研究機構)および文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 平成29年度研究設備の試行的利用事業の支援を受けて実施された.特に物質・材料研究機構 グループリーダー 箕輪 貴司氏,研究員 竹村 太郎氏,服部 晋也氏に感謝を申し上げます.

 

参考文献

[1] Houssein EL-Saghire et al.(2013)“Low doses of ionizing radiation induce immune-stimulatory responses in isolated human primary monocytes” International journal of molecular medicine 32:1407-1414.
[2] Preston DL et al(2003)“Studies of mortality of atomic bomb survivors. Report 13:Solid cancer and noncancer disease mortality: 1950-1997” Radiat Res 160:381-407.
[3] UNSCEAR. 2006 Report; Effects of ionizing radiation, United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation, 2006.
[4] Masanori TOMITA et al. (2014)“Mechanisms and biological importance of photon-induced bystander”Journal of Radiation Research:1–15.
[5] R Lall et all.(2014) “Low-dose radiation exposure induces a HIF-1-mediated adaptive and protective metabolic response” Cell Death and Differentiation 21:836-844.
[6] Y Tabe et all.(2016) “Integrative genomic and proteomic analyses identifies glycerol-3-phosphate acyltransferase as a target of low-dose ionizing radiation in EBV infected-B cells” International Journal of Radiation Biology 92:24-34.
[7] Hubenak JR et al.(2014) “Mechanisms ofinjury to normal tissue after radiotherapy” PlastReconstr Surg 133:49-56.
[8] Janssen-Heijnen ML et al.(2014) “Tolerance and benefits of treatment for elderly patients with limited small-cell lung cancer” J Geriatr Oncol 5:71-77.
[9] G. Olivieri et al.(1984)“Adaptive response of human lymphocytes to low concentrations of radioactive thymidine”Science 223:594–597.
[10] 酒井 一夫(2006)“低線量放射線に対する生体の応答-ホルミシスと適応応答-”The Pharmaceutical Society of Japan 126:827-831.
[11] Lall R,et al.(2014)“Low-dose radiation exposure induces a HIF-1-mediated adaptive and protective metabolic response”Cell Death Differ 21:836-44.
[12] 井浪 義博(2012) “界面活性剤によって誘発されるかゆみとケラチノサイト-ヒスタミン系の関与-” YAKUKAGU ZASSHI 132:1225-1230.
[13] Qian zhang et al.(2016) “Ionizing radiation promotes CCL27 secretion from keratinocytes through the cross talk between TNF-α and ROS” Journal of Biochemical and Molecular Toxicology.
[14] Geng JG et al.(1990)“Rapid neutrophil adhesion to activated endothelium mediated by GMP-140” Nature 343: 757-760.
[15] Kubes P et al.(1994) “Histamine induces leukocyte rolling in post-capillary venules. A P-selectin mediates event” J Immunol 152: 3570-3577.
[16] Jones D et al.(1993) “P-selectin mediates neutrophil rolling on histamine-stimulated endothelial cells” Biophysical J 65: 1560-1569.
[17] Woolf, E et al.(2007) “Lymph node chemokines promote sustained T lymphocyte motility without triggering stable integrin adhesiveness in the absence of shear forces”Nature Immunology 8:1076-1085.
[18] Man Hagiyama et al.(2011)“Enhanced Nerve-mast Cell Interaction by a Neuronal Short Isoform of Cell Adhesion Molecule-1”Journal of Immunology 186:5983-5992.

 

(東京工業大学大学院生命理工学研究科 林 宣宏)