NanotechJapan Bulletin

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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第25回>
原発事故で飛散した放射性微粒子の走査透過型電子顕微鏡による微細構造解析
~微粒子に取り込まれた放射性元素Csの挙動を探る~

東京大学 大学院理学系研究科 小暮 敏博氏,奥村 大河氏,東京大学 微細構造解析プラットフォーム 松畑 洋文氏,東京大学・日本電子産学連携室 熊本 明仁氏に聞く

 

 

東京大学微細構造解析プラットフォームの走査透過型電子顕微鏡(JEM-2800)の前にて
(前列左から)小暮 敏博氏,奥村 大河氏,
(後列左から)松畑 洋文氏,熊本 明仁氏

 

 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業は,最先端研究設備の共同利用によりイノベーションの創出を図る.これによって得られる多くの成果の中で,特にホットな成果をピックアップして紹介する本Webジャーナル,NanotechJapan Bulletin企画特集記事として,今回は,東京大学の微細構造解析プラットフォーム(PF)を活用した,放射性微粒子の組成解析を取り上げる.2011年3月に発生した東日本大震災に伴う福島原子力発電所の事故で放出された大量の放射性物質は,周辺の環境に深刻な放射能汚染をもたらした.8年以上経過した現在でも放射線量が高いレベルにある地域が残り,汚染対策は喫緊の課題である.しかし,放射性物質がどのような形で存在し,自然界でどのように振る舞うか,未だ科学的に解明されていないことが多い.この放射能汚染の主因は,原子炉内の核分裂反応で生成した放射性セシウム(Cs)であるが,これまでの研究から,この放射性Csは微視的に見て汚染土壌中に一様に分布しているのではなく,非常に小さい放射性微粒子に含まれて存在していることが明らかになった.この放射性微粒子の正体を明らかにするには,電子顕微鏡に代表される“微細構造解析”が必須であると言える.

 東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授の小暮 敏博(こぐれ としひろ)氏,特任研究員の奥村 大河(おくむら たいが)氏は,この課題に事故後から継続して取り組まれ,東京大学微細構造解析PFを活用,PFの特任研究員の松畑洋文(まつはた ひろふみ)氏,東京大学・日本電子産学連携室 卓越研究員の熊本 明仁(くまもと あきひと)氏の支援の元に数々の新しい知見を見出してこられた.4氏を東京大学の浅野キャンパスにある微細構造解析PFに訪ね,利用成果の背景・内容・意義・PF利用状況などを伺った.

 

1.東京大学微細構造解析PFでの走査透過型電子顕微鏡の利用

1.1 東京大学微細構造解析PFの概要

 東京大学の微細構造解析PFでは,文部科学省のナノテクノロジープラットフォーム事業の一環として,最先端の電子顕微鏡他を共用設備として公開し,学内外の研究者に利用してもらっている[1][2].主要設備であるTEM/STEM(透過型電子顕微鏡/走査透過型電子顕微鏡)が12台,SEM(走査型電子顕微鏡)が4台,その他に試料作製装置や各種の分析装置が揃っていて,毎年数多くの研究成果を生み出している.利用成果の陰にはPFスタッフの優れた支援があり,平成29年度優秀技術賞[2]始め,数々のスタッフ表彰を受賞している.

 

1.2 本研究で主に利用したPFの装置:走査透過型電子顕微鏡(JEM-2800)

 本稿の放射性微粒子の解析では,PFの 走査透過型電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscope)JEM-2800(日本電子製)を利用した.ここでは,図1のSTEM概略図にてSTEMの原理と,STEMで何が測定できるかを説明しておく.STEMでは,電子線を1nm以下に絞って観察対象の極薄試料に上方から照射し,試料上で電子線を2次元的に走査する.試料を透過・散乱した電子は,試料下方に設置した電子検出器で収集し,試料面上の走査に同期した像を形成する.試料で散乱され,ある角度の方向に進む電子線のみを環状検出器で収集すると,環状暗視野(ADF:Annular Dark Field)像が得られる.走査透過像(ADF)の分解能は0.2nm以下である.さらに,電子線を照射した位置から発生する特性X線を試料上方に設置したシリコンドリフト検出器(SDD:Silicon Drift Detector)で検出するエネルギー分散型X線分光(EDS:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を併用すると,ある特性X線のみ(元素毎)の電顕像が取得でき,STEMの高い空間分解能を維持したまま元素分析が可能になる.また,試料を透過してADF検出器中心の孔を抜けた非弾性散乱電子線のエネルギー損失を測定する電子エネルギー損失分光(EELS:Electron Energy-Loss Spectroscopy)により,試料中の元素分析・価数状態分析ができる.

 

図1 STEMの概略図

 

 今回用いたJEM-2800の特長は,EDSやEELS検出器を装備して組成分析が可能であるとともに,様々な電子顕微鏡観察モード(TEM,STEM,SEM,電子回折)の切替えが瞬時に行える電子顕微鏡のハイスループット解析である.また,本装置には東京大学独自に採用したオックスフォード・インストゥルメンツ社のEDS検出器X-MAX SDDおよびEDS解析ソフトウェアのAZtecTEMを搭載している.

 

1.3 本研究でのPF利用形態と支援状況

 PFの利用形態には,「技術代行」,「技術支援」,「機器利用」があるが,要望や必要に応じて支援研究者との「技術相談」や「共同研究」も展開している.技術代行はPFスタッフが利用者に替わって装置を操作し実験を行う.技術支援は,利用者が装置を操作するが,実験中に随時スタッフが技術相談に応じることで,経験の浅い利用者でもデータが取得できるようサポートを受けることができる.機器利用は,スタッフが事前に調整した装置設定を利用することができるが,実験は操作から解析まで全て利用者が行う.なお,実験データの解析法や解釈の仕方については,利用後も専門の研究者から支援を受けることができる.今回の東京大学微細構造解析PFを利用した放射性微粒子の組成解析は,PFユーザである東京大学理学系研究科の奥村氏がPFのSTEMを「機器利用」する形態で進め,PFスタッフは「スペクトル解析」と「研究を進める上でのディスカッション」に関して支援を行った.奥村氏は小暮研究室の学生時代から研究室やPFの装置を利用しており,電子顕微鏡を駆使して生物起源鉱物の微細構造解析に取り組まれ,電子顕微鏡に精通していた.STEM利用当初にはPFの技術支援スタッフであった熊本氏他から操作法やソフトウェアの使い方などで技術支援を受け,以降は奥村氏自身がSTEMを操作して放射性微粒子の観察を行った.また,電顕観察用の極薄試料の作製も,奥村氏自身が小暮研究室にてFIB(Focused Ion Beam,集束イオンビーム装置)を使って準備した.

 

2.東京大学 小暮研究室での電子顕微鏡を用いた放射性微粒子の解析

2.1 小暮研究室で放射性微粒子研究に着手した背景,目的,経緯

 東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻の小暮研究室では,地球表層環境あるいは生命圏でつくられる物質の構造やその形成機構の解明を目指して,電子顕微鏡による解析をベースに,以下の研究テーマに取り組んでいる[3];

・生物がつくる無機物質(生物鉱物)の形成機構
・粘土鉱物及び関連する層状物質の微細構造
・地球表層物質を調べるための電子線を用いた新しい研究手法の開発

 研究設備としては,透過型電子顕微鏡(TEM)・走査型電子顕微鏡(SEM)や集束イオンビーム加工装置(FIB)などを保有している.しかし,最先端の走査透過型電子顕微鏡(STEM)やそれに付属するEDSやEELSの元素分析装置は保有してないので,第1章に記載した東京大学 微細構造解析PFのSTEMを活用している.FIBでの試料作製や,TEM/SEMでの前観察を小暮研究室で行った後,より詳細に調べる必要がある試料をPFのSTEMで観察している.

 地球表層物質の電子顕微鏡を用いた構造・組成解析で実績を積んできた小暮研究室において,2011年3月11日の東日本大震災に伴う福島原子力発電所の事故発生で,放射性微粒子に関する研究が開始された.原発事故で原子炉から放射性セシウム(Cs)を中心とした放射性物質が大気中に放出され,周辺地域の環境が汚染された.放射性Csの多くはガス状で,降雨などによって地上に降下し,現在は土壌に含まれる粘土鉱物などに吸着・固定されていると考えられている.Csガスとは別に,放射性Csを含む微粒子が原子炉から飛散し,大気中に浮遊しやすく,また放射能密度が高いために環境汚染,人体の健康への影響が懸念される.しかし,放射性Csを含んだ微粒子に関しては,その主成分や構造などが明確でなかったために放射性微粒子の原子炉内での成因や環境中での動態,野外での長期安定性,住民や生態系への影響などについては研究が進んでいなかった.

 日本原子力研究開発機構(JAEA)は,原発事故後の福島県地方の環境回復をミッションとしており,JAEAからの要請を受けて小暮研での放射性微粒子の電顕観察研究がスタートした.また,農地や農業施設も放射能で汚染され,汚染物質の形態や挙動を知る必要があった.このため,共同研究先として国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研,NARO)が参画し,福島の農業資材から放射性微粒子を放射線検出器で捜し出して,電顕観察の試料として提供してもらった.NAROは,環境中に放出された放射性物質の食品への影響を調べており,放射性微粒子の放射能測定も担当した.

 

2.2 東京大学PF利用以前に小暮研究室で解明された放射性微粒子の組成・挙動

 電子顕微鏡を用いた放射性微粒子の組成・挙動解明の研究は,まず,小暮研究室の装置を用いて進められた.

 図2は,福島で採取された放射性Csを含有した2つの微粒子の電子顕微鏡観察結果である[4][5].図2(a)と(e)は,2つの異なる放射性微粒子のTEM像で,いずれも球状で直径は約2μmである.図2(a)では,微粒子の上方にはタングステン(W)が,下方には銅(Cu)が黒く見えているが,これらはTEM観察用にFIB加工で微粒子から極薄(200nm厚)の試料を作製した時の保護膜と支持メッシュであり,微粒子の下方部分がこの支持メッシュに隠れている.図2(b)(f)は微粒子部での電子回折(ED:Electron Diffraction)パターンで,それぞれ(a)(e)の微粒子に対応している.いずれのEDもぼんやりとしたハロー状パターンであり,原子配列には規則性がないガラス状態であることを示している.図2(c)(d)は,微粒子部からのエネルギー分散型X線分光(EDS)スペクトルで,試料中の元素の存在量に応じてその元素の特性X線エネルギーの検出強度が高くなる.EDSスペクトルから,微粒子の主成分はシリコン(Si)と酸素(O)であることが分かる.Cuは微粒子の支持メッシュから来ていると考えられる.これらの結果から,放射性微粒子の正体は珪酸塩ガラス(silicate)であると解明された.微粒子が球状なのは,原子炉の中でガス状の酸化ケイ素が凝集して形成されたからと考えられる.SiO2を主成分とした珪酸塩ガラスは,自動車や建築の窓に使われている一般的なガラスであり,原子炉の材料としては使用されてない.「原発事故で何故SiO2を含む微粒子が形成されたのか,原子炉内のどの部材からSiが供給されたか?については,格納容器のコンクリートあるいは鋼鉄材中のSiの他,諸説があって現時点では未だ議論中です」,と小暮氏は語った.

 

図2 放射性微粒子の電子顕微鏡観察結果:(a)(e)TEM像,
(b)(f)電子回折パターン,(c)EDSスペクトル(0~11KeV),(d)(10~30KeV)[4][5]

 

 図2(c)(d)のEDSスペクトルにはSi,Oの他に,Cs,Rb,Snからの特性X線もあり,これらはウラン(235U)の核分裂から生じたものと考えられる.この中で137Csは,放射性崩壊によりβ線とγ線を出し,半減期が30年と長いために環境汚染の観点から特に注目して調べる必要がある.さらに,Fe,Zn,K,Cl等も微粒子中に溶け込んでいるのが分かる.Feは原子炉容器の鋼鉄材からと考えられるが,その他の元素については未だはっきりしない.

 図3は,放射性微粒子内の組成解析を電子顕微鏡で行った結果である[6].図3左はTEM像で,図2と同様に直径約2μmの微粒子であることを確認してから,物質・材料研究機構(NIMS)のSTEM(JEM-2800)でEDSによる組成解析を行った.当時,EDS装置でのX線検出感度がシリコンドリフト検出器(SDD:Silicon Drift Detector)の採用で10倍以上向上した.そのため,従来はこのような精密な元素分布の像を得るのに数時間程度かかっていたのが10分位で行えるようになり,試料に電子線損傷を与えることなく微粒子内部の元素分布を明らかにできた.

 

図3 放射性微粒子内の組成解析:
(左)TEM像,(中央)EDS元素マップ,(右)半径方向の元素分布 [6]

 

 図3中央は,元素毎のSTEM-EDS像で,微粒子内で各元素がどのように分布しているのかの元素マップである.色付けはEDSソフトウェアで各元素に割り付け,明るさは各元素の特性X線強度に対応している.主成分であるSiやOは,微粒子内でほぼ均一に分布している.一方,注目すべきCsは,微粒子の表面近傍に,より高濃度に存在している.図3右は,微粒子の半径方向の元素分布を求めたものである(図3中央の元素マップからグラフ化した).Cs濃度が微粒子の表面近傍で高い様子は,他の元素分布とは際立って異なっている.このCsの分布から,珪酸塩ガラスの微粒子が原子炉中で凝集形成された後に,原子炉内のガス状Csが微粒子に外側から拡散して入ってきたものと考えられる.またSnはガラス中にも存在するが,最表面から強く検出され,これは環境中で少し溶解してSnO2を形成したと考えられる.

 図2と図3では,放射性Csを含有した微粒子が球形の形態(Csボール)である場合を示したが,微粒子の形状としては必ずしも球形ではなく様々な形状が発見されている[7].また,微粒子内の組成や元素分布にも粒子によってバリエーションはあるものの,主成分は常に珪酸塩ガラスであることが確認されている.

 以上見てきたように,放射性微粒子のSTEM-EDSによる元素レベルでの組成分析が,放射性微粒子の原子炉内での成因を探る上で有効であることが示された.小暮研究室から歩いて行ける東京大学の微細構造解析PFのSTEM-EDS(JEM-2800)を利用して,放射性微粒子が環境中でどのように変化するのかという,その動態に関する研究へと進めることとなった.

 

3.東京大学PFのSTEM-EDSを利用した放射性微粒子の組成・挙動解析

3.1 加熱による放射性微粒子からのCs脱離

 放射性微粒子の環境中での動態を調べる第一歩として,除染等により発生した放射能を持つ廃棄物の焼却処理で微粒子中の放射性Csがどのような挙動を示すかをSTEM-EDSを利用して調べた[8][9].

 先ず,加熱処理による放射性微粒子の放射能変化を測定した.ある温度まで放射性微粒子を加熱した後に室温まで冷却し.放射能を測定した.図4は,横軸に加熱温度,縦軸に各温度条件におけるもともとの放射能に対する比を取り,6つの放射性微粒子についてプロットした.600°C以上に加熱すると徐々に放射能が減少し,1000°Cまで加熱すると放射能はほぼ消失している.

 

図4 放射性ガラス微粒子の加熱による放射能変化 [8][9]

 

 次に,放射能の減少は微粒子自身の体積が徐々に減っているのか,あるいは放射性Csだけが微粒子からなくなっているのかを調べるため,加熱前後で微粒子の形態を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した.図5は加熱前(a)と加熱後(b)の放射性微粒子のSEM像で,1000°Cまで加熱しても微粒子の形態は殆ど変化していない.

 

図5 加熱前(a)と加熱後(b)の放射性微粒子のSEM像 [8][9]

 

 図6は,加熱前(青色)と加熱後(橙色)のSEM-EDS組成分析結果で,横軸は特性X線のエネルギー,縦軸はX線強度である.図6右上の挿入図は,特性X線のエネルギー範囲(2~7 keV)で縦軸のみ拡大したものである.加熱後には,Cs,Kのアルカリ元素とClが消失している.なお,加熱後に検出されているPtは試料を載せた基板から,GaはFIB加工装置によって付着したものである.図5と図6の結果から,加熱によって放射能が減少するのは,放射性Csのようなアルカリ元素とClが微粒子表面から脱離して,微粒子中のCsが減るためと考えられる.

 

図6 加熱前(青色)と加熱後(橙色)のEDS組成分析結果 [8][9]

 

 図7は,900℃に加熱後の放射性微粒子をSTEM-EDSで観察,組成解析した結果である[9].図7(a)はSTEM-ADF像で,微粒子内部に白い斑点が観察され,四角の白線で囲んだ部分を拡大したのが図7(b)である.図7(b)中の2つの矢印:点cと点eでの電子回折(ED)パターンが,図7(c)(e)であり,白い斑点部は微結晶であることが分かる.図7(d)と(f)は,Zn2SiO4とZnFe2O4の結晶に対して計算で求めたEDパターンで,それぞれ図7(c)(e)とよく一致している.従って,これらの微結晶はZn,Feなどの酸化物結晶と考えられる.図7(g)のEDS元素マップからも,Zn,Feが図7(b)で観察された白い斑点部に分布していることが分かる.図7(h)は微粒子全体からのEDSスペクトルで,主成分であるSi,O(Cuは微粒子試料の支持メッシュ)以外ではZn,Fe,Sn等があり,加熱によりガラス微粒子内でこれらの構成元素が拡散して酸化物微結晶を形成するものと考えられる.図7(h)の加熱後EDSスペクトルにはCs,K,Clは全くなく,図6の結果と一致している.

 

図7 加熱(900℃)後の放射性微粒子に対するSTEM-EDSによる組成解析結果:(a)STEM-ADF像,(b)(a)の□部拡大像,(c)矢印cから得られたEDパターン,(d)計算EDパターン((c)に対応),(e)矢印eから得られたEDパターン,(d)計算EDパターン((e)に対応),(g)EDS元素マップ((b)に対応),(h)EDSスペクトル [9]

 

 除染作業などで発生した放射性物質を含む廃棄物は,減容化のために焼却炉に入れて処理している.こうした廃棄物中にも放射性微粒子がある程度含まれていると考えられるが,十分な高温で廃棄物を焼却すれば,灰などの焼却残渣には放射能の強い微粒子は残らないことが示唆された.放射性微粒子を高温加熱すると放射性Csが微粒子から脱離する挙動を解明したことは,除染廃棄物の焼却処理プロセスに対する重要な科学的知見である.

 

3.2 放射性微粒子の純水・海水への溶解挙動

 放射性微粒子の主成分である珪酸塩ガラスは,水溶液中で徐々に溶解が進むことが知られており,2μm程という放射性微粒子の大きさを考えると,放射性微粒子は長期的に見れば溶液中で完全に溶解する可能性がある.放射性微粒子の環境中での動態を調べる一環として,放射性微粒子の純水中・海水中での溶解挙動をSTEM-EDSを利用して調べた[10][11].

 先ず,放射性微粒子の純水中と海水中での溶解速度を,様々な温度条件下で測定評価した.微粒子中の放射能は,液浸時間とともに減少し.また温度が高いほど減少速度は速い.このことは,放射性微粒子が溶液中でゆっくり溶解しているためと理解される.溶解速度は海水中の方が純水中より約10倍速く,pHが高いためと考えられる.溶解が進む様子は,微粒子を溶液から回収してSEM像を観察することでも評価,確認した.

 図8は,横軸に溶液の絶対温度の逆数(1/T),縦軸に微粒子半径の減少速度k(m/s)の対数をとったアレニウスプロットである.微粒子半径は,放射能測定によって算出された137Csの溶出速度が放射性微粒子を構成する珪酸塩ガラスの溶解速度に等しいと仮定して求めた.図8から,溶解速度の活性化エネルギーは65kJ/mol(純水)・88kJ/mol(海水)と求まり,溶液の温度が13°C(福島市の年間平均気温)のときの微粒子半径の減少速度は0.014μm/年(純水中)・0.14μm/年(海水中)と見積もられた.これまでに環境中から採取した放射性微粒子の一般的な大きさである半径1μmの場合,純水で70年,海水では7年程で微粒子が完全に溶解する計算になる.

 

図8 放射性微粒子の溶解速度(k)と温度(T)依存性:青は海水,赤は純水 [10][11]

 

 図9は3つの放射性微粒子について,純水への溶解前(上段)と溶解が進んだ後(下段)のSEM像を取ったものである.溶解条件は(a)(b)で120℃/72hr,(c)(d)で120℃/467hr,(e)(f)で90℃/48日である.(c)(d)(e)は粒子表面からの2次電子像,(a)(b)(f)は粒子内部からの後方散乱電子像である.各像の右下の数値は,137Cs放射能の測定値(単位はBq:ベクレル)である.溶解により微粒子の体積が明らかに減少するとともに,球形に近い形態から不規則に窪みが形成された形態に変化している.海水への溶解の場合も,粒子表面が徐々に荒らされて行く様子がSEM観察された.

 

図9 3つの放射性微粒子の純水への溶解前(上段)・後(下段)のSEM像.
上・下段間の数値は溶解条件,各SEM像の右下数値は137Cs放射能測定値(Bq:ベクレル)[11]

 

 図10上段は,放射性微粒子の純水への溶解が進行後のSTEM-ADF像(a)とEDS元素マップである.初めは球状であった微粒子が溶解して複雑に窪みが形成されている.各元素についてのEDS元素マップを見ると,主成分のSi,Oは均一に分布しているが,FeやSnは溶解したガラス粒子の外表面に局在している.図10下段は,FeとSnが局在している部分での高分解能TEM像で,それぞれγ-Fe2O3とSnO2の微結晶であることが分かり,溶解に伴って形成されたと考えられる.

 

図10 放射性微粒子の純水での溶解後のSTEM-ADF像(a)とEDS元素マップ(上段),
下段(b)Fe微結晶部の高分解能TEM像,(c)Sn微結晶部の高分解能TEM像 [11]

 

 以上の結果より,河川,海洋,土壌などさまざまな環境中に残留している放射性微粒子が水と接触することで溶解が進行し,液中に放射性Csを放出しながら微粒子自身は数年~数10年のうちに消滅する可能性が示された.現在では事故から約8年が経過しており,海洋では放射性微粒子の溶解はかなり進行していると予想される.これらの研究成果は,福島原発事故により放出された放射性微粒子による環境汚染の今後の変遷を明らかにする上で重要な科学的知見となる.

 

3.3 放射性微粒子内サブμm微結晶のSTEM-EDS/EELS解析

 東京大学 微細構造解析PFのSTEM-EDS/EELS装置を利用した放射性微粒子の元素レベルの組成解析で,福島原発事故時の原子炉内に関する情報が得られた例を最後に紹介する[12].

 図11(a)は福島で収集された放射性微粒子のSTEM-ADF像で,白い矢印で示したように珪酸塩ガラスの微粒子内部にサブμmの包有物(inclusion)が見える.図11(b)のEDS元素マップから,この包有物にはCr,Feが含まれている.この部分の電子回折パターンからスピネル型のクロマイト(Fe2+Cr2O4)結晶であることが判明した.図11(c)のEDSスペクトルからも,包有微結晶の成分がCr,Fe,Oであることが分かる.さらに,図11(d)の青色で示した包有微結晶からのEELS(電子エネルギー損失)スペクトルを,赤色の純粋なクロマイト(Fe2+Cr2O4)結晶のEELSスペクトルと比較すると,FeのL3端にあるFe2+のピーク(707.8eV)の高エネルギー側肩にFe3+の成分(709.5eV)も含んでいるので,包有微結晶ではクロマイト中のFe2+の一部分がFe3+になっている.

 

図11 内部に包有微結晶(白矢印)を含む放射性微粒子のSTEM-ADF像(a),EDS元素マップ(b),EDSスペクトル(c):(青)包有微結晶,(赤)ガラス微粒子,(緑)差分,(d)EELSスペクトル:(青)包有微結晶,(赤)クロマイト(Fe2+Cr2O4)標準試料[12]

 

 放射性微粒子内部に包有されたクロマイト微結晶の存在は,事故時の原子炉内の大気にはFe2+ (+ Fe3+)イオンが存在して,珪酸塩ガラスの微粒子形成と同時にクロマイト微結晶が形成されたものと考えられる.Crは,原子炉の構造材であるステンレスに含まれていたものが,ガラスには溶けないでクロマイトの微結晶として析出したと考えられる.

 その他,核分裂反応を制御する制御棒の主成分であるボロン(B)は放射性微粒子のEELSスペクトルでは検出されなかったため,事故時の原子炉内大気中にはガラスに溶けやすいBはほとんど存在しなかった可能性が示されている.事故後の原子炉内デブリ(debris)は極めて放射能が高いために分析困難であるので,こうした情報は事故時の原子炉内の雰囲気に関しての貴重な科学的知見となる.

 

4.おわりに

 福島での原発事故による放射能汚染の影響は,事故直後と比較するとかなり減少してきてはいるものの,現在でも未だ避難を強いられている地域があり,また事故原発の廃炉作業は緒に就いたばかりである.そうした状況下で,ナノテクノロジーPFのSTEM-EDS装置を利用した放射性微粒子の組成解析により,放射性微粒子の環境中での動態や,事故時の原子炉内大気に関する科学的解明が進展した.こうした科学的知見が,原発事故による放射能汚染に対する今後の対策や,廃炉工程が順調に進むことに役立つことを期待したい.

 

参考文献

[1] 東京大学 微細構造解析プラットフォーム 共用設備運用サイト: http://lcnet.t.u-tokyo.ac.jp/index.php
[2] “原子分解能 STEM-EDS マッピングによる原子カラムの可視化,東京大学 微細構造解析プラットフォーム 熊本明仁氏に聞く”, NanotechJapan Bulletin Vol. 11, No. 2 (2018) :https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/Staff_Aw_pdf/Award_for_technical_staff_2018-1.pdf
[3] 東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 小暮研究室のHP:http://www-gbs.eps.s.u-tokyo.ac.jp/kogure/info/info-index.html
[4] 東京大学 プレスリリース,“福島第一原発原子炉から地上に降り注いだ放射性微粒子の正体を解明” (2016.2.03):http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2016/4596/
[5] Noriko Yamaguchi, Masanori Mitome, Kotone Akiyama-Hasegawa, Maki Asano, Kouji Adachi and Toshihiro Kogure, “Internal structure of cesium-bearing radioactive microparticles released from Fukushima nuclear power plant", Scientific Reports, volume 6, Article number: 20548 (2016):https://www.nature.com/articles/srep20548
[6] Toshihiro Kogure, Noriko Yamaguchi, Hiroyo Segawa, Hiroki Mukai, Satoko Motai, Kotone Akiyama-Hasegawa, Masanori Mitome, Toru Hara, Tsuyoshi Yaita, "Constituent elements and their distribution in the radioactive Cs-bearing silicate glass microparticles released from Fukushima nuclear plant", Microscopy, volume 65, issue 5, October 2016, pages 451–459:https://doi.org/10.1093/jmicro/dfw030
[7] Noriko Yamaguchi, Toshihiro Kogure, Hiroki Mukai, Kotome Akiyama-Hasegawa, Masanori Mitome, Toru Hara and Hideshi Fujiwara, “Structures of radioactive Cs-bearing microparticles in non-spherical forms collected in Fukushima”, Geochemical Journal, vol. 51, (2017):https://doi.org/10.2343/geochemj.2.0483
[8] 東京大学 プレスリリース,"福島原発事故において原子炉から飛散した放射性微粒子は加熱により放射性セシウムが脱離することを発見" (2018.6.26):https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2018/5954/
[9] Taiga Okumura, Noriko Yamaguchi, Terumi Dohi, Kazuki Iijima & Toshihiro Kogure, "Loss of radioactivity in radiocesium-bearing microparticles emitted from the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant by heating", Scientific Reports, volume 8, Article number: 9707 (2018): https://www.nature.com/articles/s41598-018-28087-5
[10] 東京大学 プレスリリース,”福島原発事故によって飛散した放射性微粒子の溶解挙動を解明” (2019.3.05):https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2019/6288/
[11] Taiga Okumura, Noriko Yamaguchi, Terumi Dohi, Kazuki Iijima and Toshihiro Kogure, "Dissolution behaviour of radiocaesium-bearing microparticles released from the Fukushima nuclear plant", Scientific Reports, volume 9, Article number: 3520 (2019):https://www.nature.com/articles/s41598-019-40423-x
[12] Taiga Okumura, Noriko Yamaguchi, Terumi Dohi, Kazuki Iijima, Toshihiro Kogure, “ Inner structure and inclusions in radiocesium-bearing microparticles emitted in the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant accident”, Microscopy, volume 68, issue 3, June 2019, pages 234–242:https://doi.org/10.1093/jmicro/dfz004

(図は全て,東京大学から提供された.)

 

(尾島 正啓)