NanotechJapan Bulletin

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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第26回>
水溶性ポリマーを用いたフィルムによる立体,複雑形状表面の微細加工
株式会社アイセロ 斉藤 誠法氏,豊田工業大学 微細加工PF 佐々木 実氏に聞く

 

 現代の産業を支える半導体LSIは,微細加工技術の発展によって,情報を含む産業の高度化の要求に応えてきた.最小加工寸法は10nmに達しているが,微細加工は極めて平坦な表面に対して行われている.その一方,レンズのような曲面や,フレキシブルシート,表面から側面に連続する電極配線など,複雑な形状の表面への微細加工,三次元(3D)微細加工が求められる.愛知県豊橋市にある株式会社アイセロ(アイセロ)は水溶性ポリマーを用いたフィルムを開発し,名古屋市東部にある豊田工業大学(豊田工大)は複雑な表面の微細加工にこのフィルムを適用して3D微細加工の要請に応えようとしている.豊田工大は,文部科学省委託「ナノテクノロジープラットフォーム事業」(NPJ)に参画する数少ない私立大学の一つで,16機関あるNPJ微細加工プラットフォーム(PF)の一つとなっている.この技術開発は,NPJの平成30年度 利用成果発表会で「水溶性ポリマーの微細加工応用の高度化」と題して紹介された[1].技術の詳細,狙い,開発の経緯等を伺うべく,豊田工大に,同大学工学部教授,微細加工プラットフォームマネージャの佐々木 実(ささき みのる)氏を訪ね,豊橋から足を運ばれたアイセロ商品開発本部 開発2部主査 斉藤 誠法(さいとう しげのり)氏を加えたお二人から話を伺った.

 

 

  トヨタの祖,豊田佐吉翁の胸像を囲む佐々木氏(左)と斉藤氏(右)

 

1.ナノテク微細加工プラットフォームに参画し様々な微細加工に挑戦する豊田工大

1.1 豊田工大の発祥から微細加工施設の建設へ [2]

 豊田工大は学校法人 トヨタ学園が運営する私立大学である.工学部 先端工学基礎学科,大学院工学研究科 修士課程 先端工学専攻,大学院工学研究科 博士後期課程 情報援用工学・極限材料専攻に約500名が学び,約50名の教員が指導する.さらに,約50名のポスドク,研究員が研究に参加している.大学の規模は小さく,学部学生入学定員は90名であるが,学生一人当たりの教員数は多く,教育,研究環境は素晴らしい.訪問時には2020年半ば完成を目指して新キャンパス整備が進行中であった.

 トヨタ自動車株式会社を中心とするトヨタグループの発祥は豊田 佐吉氏が発明した自動織機の製造に遡られよう.発明を通じ社会に尽くした豊田佐吉翁の姿勢と精神は,長男の喜一郎氏に“自動車国産化への挑戦”という形で受け継がれた.喜一郎氏は創業時から「社業繁栄の暁には大学を設立したい」との夢を抱いていた.この背景を受け,日本の経済成長が進み,日本の自主技術開発が待望されるようになった.そして,トヨタ自動車からの寄付金を元に学校法人が設立され,ものづくりを重視するユニークな大学として,1981年,豊田工大が開学された.

 佐吉翁は,試行錯誤を繰り返して,多くの発明を生み出した.現物に触れ,ものづくりに挑戦する姿勢は,大学の設立,運営方針に組み込まれた.大学設立時にはカーエレクトロニクスへの期待が高まっていたので,半導体研究は重要な課題となっていた.半導体のものづくり教育のために,開学から間もなくしてクリーンルームを学内に設けた.その後,2015年には新たに建屋を建ててクリーンルーム施設を移転拡充した.クリーンルームの維持管理には実務経験のある技術職員2名を,常時雇用している.

 クリーンルームには,多数の装置が設置されているが,学内の利用だけでは装置が込み合うことはない.このため外部供用を早くから行っていた.装置共用によるイノベーションという理念は豊田工大のクリーンルーム運営方針と一致する.このため,豊田工大は2007年に始まった,ナノテクノロジーネットワーク事業に参画し,2012年からはナノテクノロジープラットフォーム事業(NPJ)の微細加工プラットフォーム(PF)の参画機関となっている.NPJは3つの技術分野:微細構造解析,微細加工,分子・物質合成を設け,25法人,延37機関が参画するが,私立大学の参画は豊田工大の他は早稲田大学のみである.

 

 

図1 クリーンルーム建屋入口

 

1.2 豊田工大微細加工PFの概要 [3]

 豊田工大微細加工PFは「シリコンと各種物質のナノ微細加工によるハイブリッド化ものづくり」を謳う.図2のクリーンルームを使用し,PF登録装置35台のほか,管理担当教員と相談の上ではあるが,大学保有装置約100台を利用できる.

 

図2 豊田工大 微細加工PFのクリーンルーム構成と主な機能,右に見学通路からの写真

 

 PFの登録装置には,電子ビーム描画装置,Deep Reactive Ion Etching装置,スパッタ装置,マスクレス露光装置などがあり,図3にその一部を示した.電子線描画,酸化,拡散,成膜,エッチングなど微細加工に必要な装置を備え,3〜4インチ シリコン系素子の半導体プロセスに対応する.また,企業で実務経験のある技術職員が指導・委託加工に対応する.

 

図3 豊田工大 微細加工PFの登録装置例

 

 さらに,学内の様々な分野のナノテク研究者,研究室群が連携して支援する.研究室群では,Ⅲ-Ⅴ族化合物半導体,カーボン系,磁気材料等を用いたナノ構造の加工,形成,評価のため,独特な設備,装置を保有し,PF利用者を支援する.プローブ顕微鏡やX線計測等による構造評価も迅速に行える.シリコン微細加工と様々な材料のナノ構造体とのハイブリッド化が可能である.

 利用形態は,他のPF同様,1.技術相談,2.技術代行,3.技術補助,4.機器利用,5.共同研究,に区分される.外部からのPF利用は多く,特に中部地区は研究機関の間での相互協力が盛んである.名古屋大学のGaNなどの試料の処理や加工,名城大学のCNTなどの試料の加工や観察に豊田工大の設備を使用した例がある.


 図4 各種物質のナノ微細加工,ハイブリッド化

 

1.3 複雑形状表面への微細加工の挑戦

  豊田工大微細加工PFを利用して多数の成果が上っており,NanotechJapan Webサイトの成果事例には平成24年度から27年度に6件の成果が紹介されている[4].その中には,MEMSカンチレバーの加工,ハイブリッド回路基板の壁面微細パターンの形成,曲面への微細加工がある.

 佐々木氏は3Dデバイス,3Dフォトリソグラフィを研究テーマに取り上げている.この情報が伝わると,ナノテクPFという技術相談の出来る組織で三次元加工をやっているということから問い合わせが多くなった.3D形状とその上に求められる微細パターンは多種多様で,技術として未成熟なため,ニーズに十分応えることができないこともあった.以前から曲面の微細加工にはレジストを霧状に噴霧して成膜していたが,特殊な噴霧装置が必要で,初期投資が数千万円かかる.標準装置で加工できないかとの要望が多数あり,何とか答えたいと日頃から考えていた.このような状況で,レジスト溶剤には溶けることは無いが,水には溶ける材料は無いかとインターネットで検索した.その中で,PVA(ポリビニルアルコール)という水溶性ポリマーがあることを認識した.豊田工大PFをサポートする高分子の研究室に問合せたところ,すぐに手に入り,レジスト溶剤であるアセトンには溶けないことなど確かめた.材料の筋の良さを掴み,PVAを扱う会社で,地理的にも近く対応の良かったアイセロ社と水溶性ポリマーを使った3D微細加工の共同研究を始めた.

 

2.ニッチで高機能のフィルムを提供するアイセロ

 2.1 アイセロの成り立ちと理念,会社概要 [5]

  アイセロは,セロファンから始まった包装フィルムのメーカーである.1933年に当時の最先端包装材であったセルロースを原料とするセロファンに着目し,ミスズセロファン商会(後に株式会社)を創業し,包装用セロファンの加工,販売を始めた.1948年に愛知セロファン株式会社を設立して,セロファンの製造に乗り出した.1955年にはポリエチレン,1960年にはポリプロピレンフィルムの製造を豊橋で始めた.1963年に愛知セロファン株式会社とミスズセロファン株式会社は合併してアイセロ化学株式会社となり,名古屋市に本社を置き,セロファン製造を行った.2013年に社名を現在の株式会社アイセロにしている.

 1965年に,セロファンの製造に伴う公害問題が発生し,企業としての社会的責任を果たすため,1970年に名古屋工場を自主閉鎖.当時,売り上げの半ばを占めていたセロファン事業から撤退した.本社,工場は豊橋に置いた.この変革に際し,「世の中に役立つ」,「顧客の満足を得る」ことを企業正義とし,3つの理念:「得意に旗を立てよ」,「市場は小さければ小さいほど良い」,「包装は無ければ無しが良い」を掲げた.ニッチでも特徴のある製品を出し,省資源に努めることとした.

 現在は,資本金は3.5億円,従業員は単体500人,連結1,200人,単体の売上185億円の会社である.ホームページの企業概要には,「防錆フィルム,水溶性フィルム,クリーン容器など汎用プラスチックに独自技術を加えた機能性フィルムと容器の技術開発型メーカー」と記している.世界各国に事業所,工場を置いている.主要製品として,防錆包装フィルムシリーズに括られる防錆フィルム「ボーセロン®」,クリーン商品シリーズに括られる高純度薬品用容器「クリーンボトル」,およびクリーンバック「ハイパークリーン」「ファインバッグ」,PVA(ポリビニルアルコール)フィルムシリーズに括られる水溶性フィルム「ソルブロン®」,ラミネート用フィルムシリーズに括られるラミネート用シーラントフィルム「スズロンL」を展開しており,近年,新商品として熱接着フィルム「フィクセロン®」を上市した.

 

図5 アイセロの企業理念

 

2.2 独自のフィルム製品の幾つか [6]

 (1)防錆フィルム「ボーセロン®

  製品の中で売り上げが大きいのは防錆フィルムである.ボーセロン®と名付けて商品登録®している.自動車のノックダウン部品を包装して輸送するのに使う.ボーセロン®は,1969年にアイセロが世界で初めて商品化した気化性防錆フィルムで,ポリエチレンフィルム内に気化性防錆剤を練り込んだ包装用フィルムである.ボーセロン®で金属製品を包装した場合,フィルム内から防錆剤が順次気化もしくは析出し,製品に吸着して防錆効果を発揮し,自動車部品輸送中などの錆の発生を防止する.透明なため包装後も内部の金属製品を監視できる.

 

図6 アイセロのフィルム製品紹介
左:防錆フィルムの機能,中:クリーンボトル,右:熱接着フィルムの加工例

 

(2)クリーン商品シリーズ

  クリーンボトルは,原材料の選択,調合,成形にノウハウを積み上げて開発されたプラスチック製の高純度薬品用容器であり,容器からの不純物の溶出やパーティクルの増加が少なく,薬品の純度を長期間にわたって維持できるため,微細加工用のフォトレジストやLSI基板研磨剤の容器などに用いられている.溶剤バリア性を有するグレードや使用後の残液が低減できるようなグレードも展開している.容器以外にもフィルム(クリーンバッグ)も展開しており,半導体関連の部品の包装や高い清浄度を必要とする高機能性樹脂部材の包装にも使用されている.低アウトガスや帯電防止等の機能を加えた製品開発も行っている.このようなクリーン商品の展開から半導体産業との付き合いが多く,クリーン化技術を磨いてきた.クリーン化技術の蓄積は,微細加工に用いる本稿主題のSOシートの開発に役立ったという.

 

(3)熱接着フィルム「フィクセロン®(FIXELON®)」

 熱接着フィルム「フィクセロン®(FIXELON®)」は,接着の難しいポリプロピレン(PP)への接着を可能とした熱可塑型の接着フィルムであり,繊維,木材,金属材料,CFRP等の繊維強化プラスチックとの接着も可能である.熱と圧を加えて接着が実現する.前処理が不要なため生産性が向上し,溶剤を用いないのでVOC(揮発性有機化合物)を削減できる.近年のマルチマテリアル化の要望に対する異種材料接着に適応可能である.自動車では軽量化,プラスチック化が進み,接着が課題となっており,これに応えられるような活動を行っている.車の内装への異種材料接着への応用も進んでおり,「フィクセロン®」は一部車種にて採用されている.

 

(4)PVAフィルム

 包装材と異なり,水溶性のPVAフィルム「ソルブロン®」は,欧米を中心に液体洗剤の包装用フィルムとして主に展開している.洗剤をフィルムで包み込んで,有効成分の効力を保ち,洗濯機に投入するとフィルムが水に溶けて有効成分が一気に広がり,洗う瞬間に洗浄効果が最大になる.洗剤のほか,農薬,生物化学,医療看護,染料,衣類の包装,廃棄物など多岐にわたる分野での包装に使われる.光沢があるのでYシャツの包装にも使われたが,値段が高いので今はポリプロピレンに代わっている.

 一方,院内感染対策用として,細菌,ウィルス等を通さないが,温水に溶けるフィルム:ソルバッグが作られた.ソルバッグで密閉包装することにより,発生場所から洗濯機,洗浄滅菌器に投入されるまでの間,直接汚染物に手をふれることなく作業することができる.

 

2.3 水溶性ポリマーを用いたフィルム:SOシート [7]

  水溶性ポリマーPVAの応用展開を図ろうとし,PET(ポリエチレンテレフタレート)に貼り合わせた二層フィルム「SOシート」を開発した.

 SOシートは,支持層(PET)と水溶性層(PVA)で構成される(図7).PVA層上に各種印刷,コーティング等により作製した機能性パターン(レジスト,金属,機能性樹脂等)を転写する基材として活用できる.機能性パターンの一時的な保護膜としての応用も考えられ,新たな工程用フィルムともなる.また,有機膜や金属膜等のみを取り出すための犠牲層としての応用も可能である.

 

図7 SOシートの構成

 

 SOシートを用いると,図8のようなパターン転写ができる.PET支持層(黄色)に貼り合わせたPVAフィルム(紫色)上に,印刷・コーティング等によりパターン(赤色)を作製する.PETを剥がし,赤のパターンの載ったPVAフィルムをパターン側から三次元形状を有するような別の基板に貼合させ,PVAフィルムを水洗,除去するとパターンが基板に転写される.(SOシートは無色透明であるが,図では色分けして解説)


 

図8 SOシートによる機能性パターンの転写

 

 PVA単体のフィルムでは,大気中の湿度の影響によりシワ等が入り寸法が不安定であるのに対し,SOシートはPETで支持されることにより湿度の影響によらず形状を維持できる.透明であるため機能性パターンを視認でき,また表面が滑ら(表面粗さ約30nm)であるため,精巧な機能性パターンの保持・転写を可能とする.

 SOシートの支持体であるPETフィルムの厚さは38~250µmまでの実績があり,製品では50µmおよび75µmで展開している.PVAの厚さは7〜100µmまでの実績があり,製品では12~30µmで展開している.曲面への機能パターン転写に用いるには基板が適度の可撓性を持つ必要があり,転写の際にPVAから機能性パターンが剥がれない適度の力で基板を剥がしてPVAを露出させる必要がある.SOシートの特許[8]では剥がすのに要する力など細かく規定されている.この条件は,PVAの配合を変え,独自の添加剤を加えて,満たすようにしている.

 表面が綺麗なので何か別の用途に使えないかと考えた中で思いついた応用の一つが微細加工であった.しかし,フィルムメーカーのアイセロにはリソグラフィなどの微細加工装置はないから,試行実験や評価はできない.一方,佐々木氏が3D微細加工のための材料を探していた.そこで,豊田工大PFをアイセロが利用し,佐々木氏がSOシートを用いて3D微細加工技術を開発するという,共同研究によるPFの機器利用が始まった.曲面で,1.5μmのパターンまで作れた.原理的には,平面で実現されている最小寸法まで行けるはずである.本方式の3Dリソグラフィには平面で培われた多くの技術が活かせる.用途によっては,例えば機械加工だと,100μmでも微細である.

 SOシートによる微細加工は,特許化された[8].では,どのような3D微細加工のニーズがあり,SOシートを用いてどのような微細加工ができているのだろうか.

 

3.SOシートを用いた複雑形状表面の微細加工

 3.1 3D,複雑形状表面微細加工のニーズ

  数十年前の水泳選手は太腿の半分くらいの水泳パンツを穿いていた.今の競泳パンツは水の抵抗を少なくするよう脛を覆っている.魚は流線型で,さめ肌は水の抵抗が少ないという.さめは体の表面で微細構造を使いこなしている.船底や排水管出口などに付着して運行や機能を妨げるフジツボの生態を調べ,付着を防止する微細構造を自己集合技術で作ったPF利用成果報告もある[9].バイオミメティクスで機能性を持った表面を作ろうとすると,立体形状への微細加工が必要になる.

 また,防錆のためアルミニウムを被覆した鋼板はつや消しになるよう適切に荒れた表面にしたい.従来から,鋼板表面を荒らすのにショットピーニングという機械的な方法が使われるが,アルミニウムの場合は表面がむしれてしまう.表面が白っぽくなるような凹凸ターンが圧延ロールについていれば,アルミメッキ鋼板を絞り出す時にパターンが転写され,板にしてから機械加工で表面を荒らす必要がなくなる.それには荒れた表面の金型を微細加工で作らねばならない.

  平面でのパターニングで微細化技術を磨いてきた電子部品も小型化に向け立体構造化が進むので,立体配線など,三次元での微細加工が必要になる.

  こういった微細加工にはドライフィルムレジストが使われた.プリント板の製造などに使われ,乾いたフォトレジストフィルムを熱圧着して露光する.しかし,熱を加えるため,高度な微細化は難しい.SOシートは熱効果による微細化の障害はない.次のような加工が可能となる.

 

3.2 凸レンズ表面への微細パターン転写 [1]

  三次元形状の一つである曲面として思いつくものの一つがレンズである.別に,平面の光学部品には回折格子に代表される微細パターンを用いたものがある.レンズ表面への微細格子形成はSOシートを用いた微細加工の効用を示す好例になると考えた.

 そこで,直径25mmのレンズ曲面にピッチ4μmの格子を形成した.曲面の中心と周縁とには600μmの高低差がある.レンズに平面フォトマスクを近接させると,高低差分のギャップが生じ,ここを光が伝搬する間に光の強度分布は変わってしまう.「ギャップ」が 「(ピッチ)2/2λ」(λ:光波長)より大きくなると,回折によるパターンの崩れが顕著になる.露光波長λを400nmとすると,20μm以上のギャップではパターンが崩れることになる.

  図9左の従来法に示すように,曲面にレジストを塗布し,平面マスクで露光し,現像するとパターン崩れが起こる.これに対し,図9右に示すSOシートを用いる新手法の場合は,シートのPVA面にフォトレジストを塗布して,平面の状態で露光し,レジストの面をレンズ曲面に貼り付ける.SOシート基板のPETフィルムは剥がし,PVA層を水に溶かして除去する.露光済みのフォトレジストを現像すれば,崩れのないパターンがレンズの曲面に残る.この結果,図9下に示す格子付きレンズが得られた.

 この成果は,電子材料展示会や,JPCA(マイクロエレクトロニクスショー),NEPCON(インターネプコン ジャパン),コンバーティングテクノロジー総合展などに出展し,コンバーテック誌に取材記事が掲載された[10].

 

 図9 SOシートを用いてレンズ曲面に格子パターン形成
左上:従来法の課題,右上:SOシートを用いる利点,下:格子付きレンズ

 

3.3 圧延ロール面への微細パターン一括形成 [11]

  圧延板に表面形状を付けるため,圧延ロール円筒面に,特定形状のレリーフを刻む場合がある.例えば,アルミニウムめっき鋼板をつや消しにするため微細な凹凸ができるように,リングパターンの凹凸を設けたロールを用意する.パターンの大きさが50μm以下になると肉眼で凹凸の存在を認識できず,表面が一様に見える.100μmを超える凹凸パターンはレーザ加工などによって転写されたが,50μm以下のパターンは難しかった.フォトリソグラフィを用いれば,平面ならLSIのように10nmレベルの微細パターンができる.しかし,圧延ロールのような円筒面でのフォトレジストへのマスク転写は,前節のレンズ表面以上に難しい.

  そこで,SOシートを用いて,図10左の圧延ロール表面に,図10右の微細パターンを形成した.図11はパターン形成過程を示す模式図である.パターンピッチの影響を見ようと,300〜900dpiの4パターンが用意されている.900dpiの時のピッチは視認限界の50μm以下である.

 

図10 圧延ロールと形成するパターンの模式図

 

 図11 SOシートを用いた圧延ロール面上の微細パターン形成

 

 SOシートのPVA面に(1)ポジ型フォトレジストを塗布,(2)マスクでパターン形状に露光し,(3)PETフィルムを剥がして フォトレジストをロールに貼り付け,真空中で大気圧により密着を促し,加熱して密着させる.(4)PVAを水で溶かし,(5)現像する.(6)鋼のロールを塩化第二鉄液でエッチングし,(7)フォトレジストをアセトンで除く.

  この圧延ロールを用いて圧延したアルミ面における900dpiパターンのSEM写真を図12左に示した.断面の高さ分布は図12右のように測定され,30μmピッチで深さ0.6μmの凹凸が形成されていた.

 


図12 SOシートを用いて加工した圧延ロールから形状転写されたアルミ面

 

 また,圧延ロールのような金型加工の例には,変位計測用に微細格子パターンのスケールをつけたロータリーエンコーダの金型がある(図13).

 

図13 SOシート,イオンミリング加工によるロータリーエンコーダ用微細格子パターン付き金型
左:概念図,中:金型,右:金型上の7.5μmピッチの格子

 

 

3.4 立体回路側壁の微細加工

  光電子部品としては,光ファイバからの光信号を検知するフォトダイオード(PD)を配置するための電極パターン付きサブマウント構造の製作が求められる(図14).サブマウント表面から,これと垂直な側壁にわたって微細配線を設ける必要がある.

  この微細加工は,SOシートを用いて図15のように行うことができる.溝付き基板をまたいでSOシートを載せ,PETフィルムを剥がしてマスク露光する.フォトレジストを現像すると,現像後の水洗によりPVAフィルムは除去され,感光したフォトレジストがカンチレバーの形で残る.水が乾くと共に,レジストの構造は水の表面張力で側壁に引き寄せられ,表面から側壁につながる微細パターンができる.このようにして図15の写真に示すような側壁に続く配線が形成された[12].

 

図14 光電子部品模式図

 

 

図15 側壁面へのパターニング

 

 V字型溝付き試料への微細パターン転写は図16のように,フォトレジスト露光後に溝をまたいで,PVAフィルムを乗せ,真空に引いて溝にフィルムを貼り付けて,ベーク後,PVAを溶解して,現像する.右下の写真のようにV字型溝を横切る1.5μm幅のパターンが形成されている.

 

図16 溝をまたぐ微細パターンの作成(写真のパターンはピッチ3mmで,溝深さは4mm)

 

4.おわりに

 水溶性ポリマーを用いたフィルムによる立体,複雑形状表面の微細加工技術の開発が進んでいる.半導体分野で進んだ平面への微細加工技術が,機械加工などの異分野に展開され,その分野の製品に新たな付加価値をもたらそうとしている.特色あるフィルム製品を作るアイセロは,新たに開発した機能性フィルムSOシートの微細加工応用の可能性に気づきながら,経験と装置をもたないため,検証,評価ができずにいたが,三次元微細加工の研究をしていた豊田工大と出会い,本開発が推進されることになった.アイセロは豊田工大微細加工PFの機器を利用してSOシートを評価し,改良する.豊田工大は,用途,材料,形状等の異なる様々な対象の微細加工の挑戦を通じて,SOシートを評価し,三次元微細加工技術の開発を推進する.ここには,異分野の研究・開発者が,それぞれ持てる力を出し合って,新技術,新製品の開発を進める共同研究の姿があった.ナノテクプラットフォーム活用,異分野融合によるイノベーションの好例と感じる取材だった.

 

参考文献

[1] 斉藤 誠法,佐原 史剛,「水溶性ポリマーの微細加工応用の高度化」,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 平成30年度利用成果発表会 資料集 p.31(2018)
[2] 「豊田工業大学について」 https://www.toyota-ti.ac.jp/about/index.html
[3] 「シリコンと各種物質のナノ微細加工によるハイブリッド化ものづくり」https://www.toyota-ti.ac.jp/kenkyu/nanoplatform/index.html
[4] 「ナノテクノロジープラットフォーム」事業 成果事例 豊田工業大学 https://www.nanonet.go.jp/ntj/case/?keyword=&search_type=ナノテクノロジープラットフォーム事業&kyoten%5B%5D=豊田工業大学
[5] AICELLO企業情報 https://www.aicello.co.jp/company/
[6] AICELLO製品情報 https://www.aicello.co.jp/product/
[7] AICELLO製品開発 Pick Up PET/PVA二層フィルム「SOシート」 https://www.aicello.co.jp/rd/list/so-sheet/
[8] 特開2017-71202 「凹凸表面貼付用フィルムを用いた凹凸表面物処理物への微細パターン転写方法」
[9] 「海洋設備表面への付与を目的とした微細構造による環境負荷の少ない付着生物防止技術の開発」,NanotechJapan Bulletin Vol. 11, No. 3, 2018 https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/excellent-result/19.html
[10] 「アイセロ:PVAを犠牲層に使う工程用フィルム「SOシート」,平面マスクで立体物への微細パターン転写も」REPORT コンバーティングテクノロジー総合展/nano tech REPORT(1),コンバーテック 2018年4月号
[11] 佐々木 実,弓削 英翔,鈴木 大瑛,「フォトリソグラフィ加工による圧延ロール面への微細パターン形成 ―テクスチャリング用レリーフの一括形成―」,日本塑性加工学会論文誌「塑性と加工」Vol. 60, No.702 (2019-7) pp.195-202
[12] Kenji Wasa, Shigenori Saito, Fumitaka Sahara, and Minoru Sasaki, “PATTERNING VERTICAL SIDEWALL USING STANDARD ALIGNER”, 2018 IEEE Micro Electro Mechanical Systems (MEMS) Date of Conference: 21-25 Jan. 2018

 (図はすべて,佐々木氏と斉藤氏から提供された)


 
(古寺 博)