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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第28回>
イオン液体中の微細構造解析
東北大学 多元物質科学研究所 宮田 智衆氏,国立研究開発法人 物質・材料研究機構 微細構造解析プラットフォーム 上杉 文彦氏に聞く

 

 

 

利用設備の実動環境対応型電子線ホログラフィー電子顕微鏡の前で,宮田氏(左)と上杉氏(右)

 

 原子レベルの高解像度の透過型電子顕微鏡では,試料作りが重要であり,微細加工技術を駆使して対応している.即ち,固体物質を対象とすることが常識であった.本記事ではその常識を破る「液体中の原子レベルの構造解析を透過型電子顕微鏡で行う」という奇想天外の利用者の要望を受け止め,その挑戦に協力した国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS) 微細構造解析プラットフォームの利用成果を取り上げた[1].利用者は東北大学 多元物質科学研究所 助教の宮田 智衆(みやた ともひろ)氏(当研究遂行時は東京大学生産技術研究所教授 溝口 照康氏の下で博士課程の院生)である.その成果は,高性能電池や溶媒の開発に繋がる液体中の現象解明手法に革新をもたらすものとのことであり,その研究の内容を伺うべく,NIMS千現地区にある微細構造解析プラットフォームである最先端ナノマテリアル計測共用拠点を訪ね,宮田氏とプラットフォームで当件担当の主幹エンジニア 上杉 文彦(うえすぎ ふみひこ)氏から研究の経緯,内容,成果,プラットフォームの利用状況等について説明をいただいた.

 

1.NIMS微細構造解析プラットフォームについて

1.1 NIMS微細構造解析プラットフォームの概要と特徴

 今回の研究成果は,NIMS微細構造解析プラットフォームが誇る実動環境対応電子線ホログラフィー電子顕微鏡を活用したものである.ここで,本プラットフォームの概要と特徴を紹介する.本プラットフォームはNIMSにおける「最先端ナノマテリアル計測拠点」として,つくば市の3地区(千現,並木,桜)および兵庫県播磨科学公園都市のSPring-8(放射光施設)において,国内外の物質・材料研究者や技術者を支援する.そのため特に豊富な電子顕微鏡群を中心にして次に述べる技術分野で最先端の計測解析設備群と最高の研究支援能力を用意している.

  • 透過型電子顕微鏡(TEM)
  • 走査型プローブ顕微鏡(SPM)
  • Heイオン顕微鏡
  • 表面分析
  • 3Dイメージング
  • 固体NMR
  • 高輝度放射光(Synchrotron X-ray,SPring-8)

 NIMS微細構造解析プラットフォームでは,これら設備群と研究支援能力により,産業界の技術課題の解決や産学官の研究者の多彩な最先端計測ニーズに応えている.図1は本プラットフォーム利用者所属区分別実施課題件数の2012年度~2017年度の推移である.本プラットフォームの外部利用が徐々に増加する傾向が見られる.

 

図1 プラットフォーム利用者所属区分別実施課題件数の推移(出典:参考文献[2])

 

 プラットフォームの設備の利用形態として,次の3種類がある.

  • 機器利用:利用者が自ら機器を操作する.
  • 技術補助:技術支援者が補助あるいは操作方法を指導しながら利用者が機器を操作する.
  • 技術代行:技術支援者が,作業実施を代行する.

この他に,利用形態として,技術相談がある.計測技術に精通した専門家が利用者の相談に応える.

 図2は,2017年度のナノテクノロジープラットフォーム事業の利用者による上記利用形態別の施設利用時間である.機器利用という利用者による利用時間が一番多く,技術補助がそれに次いでいる.本事業利用者による施設利用時間の合計が4547.00時間であるのに対して,NIMS内部の利用者による施設使用時間は,合計8110.25時間であった.

 

図2 ナノテクノロジープラットフォーム事業の利用者の形態別利用時間内訳(出典:参考文献[2])

 

1.2 本研究課題で利用された原子レベル透過型電子顕微鏡と機能

 宮田氏の研究で利用された装置は実動環境対応型電子線ホログラフィー電子顕微鏡(JEM-ARM200F-B)(日本電子製)である.照射レンズ系,結像レンズ系のそれぞれに収差補正機能を搭載しており空間分解能は0.08nmに達する.冷陰極電子銃により200kVの高加速電圧だけでなく60kVの低加速電圧においても原子分解能での観察が可能である.TEM,STEM(走査透過型電子顕微鏡),EDS(エネルギー分散型X線分光),EELS(電子エネルギー損失分光),電子線ホログラフィー,3D観察等の機能を持ち,特殊なサンプルホルダーを使用することにより高温(~1200℃)・低温(~-160℃)・ガス雰囲気・光照射・バイアス印加などのその場観察ができる.

 

図3 実動環境対応型電子線ホログラフィー電子顕微鏡(JEM-ARM200F-B)(提供:上杉氏)

 

 宮田氏はこの装置を用いて,高角散乱環状暗視野走査型透過電子顕微鏡法(HAADF-STEM:High-angle Annular Dark Field- Scanning Transmission Electron Microscopy)による観察を行った.STEMは,細く絞った電子線を試料上で走査させながら透過してきた電子で像を取得する手法であるが,透過電子のうち高角に散乱したものを環状の検出器で検出して像を得るものがHAADF-STEMである.高角度に散乱された電子は,非干渉の電子が支配的で,原子番号の約二乗に比例した強度で検出される.そのため,軽い元素で構成されるイオン液体は像に映らず,金などの重い金属イオンを輝点として可視化することができる.

 

2.研究課題設定の経緯

2.1 経緯概要

 本研究は宮田氏が東京大学大学院工学系研究科 準教授(当時) 溝口 照康氏の研究室で大学院博士課程の院生であった時(2015年~2018年)に,NIMSの微細構造解析プラットフォームを利用して遂行されたものである.そもそも,「イオン液体中の微細構造解析」というテーマは,修士課程1年の時に,溝口氏から「液体中の原子を観察しないか」と言われたことに端を発している.当初,他機関の電子顕微鏡を使って研究を始めたが,球面収差補正器が付いていないやや分解能の低い電子顕微鏡であったため,修士の2年間はなかなか結果が出せなかった.高分解能の電子顕微鏡に関して,液体試料の観察は液体の蒸発の懸念から敬遠される傾向にあり,利用できる施設を探していた時に,NIMSの微細構造解析プラットフォームの上杉氏から声がかかり,高分解能のJEM-ARM 200Fが使えることになった.2016年からNIMSのプラットフォームの協力を得て本研究を本格的にスタートした.

 

2.2 新テーマ創出の背景

 これまで類を見ない「イオン液体中の原子の動きを直接評価」するというテーマ設定を行った背景にある溝口研究室の活動について紹介する.溝口研究室は,ナノ物質設計工学の研究をしており,ナノ計測と理論計算,さらに情報科学手法を融合することにより,物質の構造と機能の相関性を明らかにし,物質設計の指針を確立することを目指している[3].宮田氏は同研究室において進められた本研究テーマに繋がる二つの研究を説明した.

 

(1)ガラス中のエルビウム(Er)原子の分散状態を直接観察

 溝口氏は,隣の研究室との共同研究のなかで,ガラスの中のエルビウム(Er)原子を直接観察し,分散状態を特定した.これまで,電子顕微鏡は結晶材料の観察が主であって,アモルファス材料であるガラス内部の原子観察は初めてであった.ここで使用した電子顕微鏡は,走査透過型電子顕微鏡(STEM)であり,高角度環状暗視野法(HAADF-STEM)を活用した.HAADF-STEMでは重い原子だけを見ることができる.ガラスではSiに比べてErが重いので,地のSiは映らずにErだけを観測できた.ガラスの中の原子が観察できたことから,アモルファス材料の最たるものである液体の中の原子を観測できるのではないかと発想が飛んだ.

 

(2)イオン液体の研究

 宮田氏が修士課程のころ,研究室ではEELSを使って物質中の電子状態を計測し,計算によって物質の構造を解析する研究をしていて,2年上の先輩が液体の電子状態を調べるためイオン液体のEELS測定を行っていた.イオン液体が蒸発しないので,電子顕微鏡観察がやり易いなどのイオン液体についての情報が取得されていた.

 

2.3 設定テーマの狙い

 上記背景の下,「液体の中の単原子イオンの動きを観測する」「液体としてイオン液体を用いる」という研究テーマが設定された.その狙いは次のように説明される.

 液体は流動性があり乱雑な構造を持つが,イオン液体では,ナノスケール以下の微視的領域では局所構造が形成され,溶媒として使われる際の溶質の拡散や反応に関わることが推測されている.こうした溶媒のナノレベルの構造と溶質との関わりの解明の糸口を見つけるのが本研究テーマの狙いである.溶媒として次節で説明するイオン液体を用い,溶質としてHAADF-STEMで観察でき,マーカーとなる重金属の金イオン(Au3+)を用いることとした.

 

2.4 イオン液体の特徴

 水やエタノール等の液体は中性分子からできているが,イオン液体はプラスイオンの分子とマイナスイオンの分子だけから構成されている.通常,プラスイオンとマイナスイオンがある時は,静電相互作用が強く働いて固体になってしまうことが多いが,分子設計で側鎖等をつけることで,室温でも流動性のある液体状態となる.その静電相互作用のため真空中でも蒸発せず,蒸気がでないため不燃性である.また基本的に導電性である.通常の分子性液体には溶けない物質も溶かせる特徴を持っている.これらの性質を利用し,電池の電解質やバイオマス溶媒としての利用が期待される.

 このようなイオン液体の特徴から,「液体中の原子の動きによる微細構造解析」を行う液体としてイオン液体を用いることとし,標準的なイオン液体として知られているC2mim-TFSI(1-methyl-3-ethylimidazolium bis(trifluoromethylsulfonyl)imide)を溶媒として用いた.図4にその分子構造を示す.

 

図4 本研究で用いたイオン液体 C2mim -TFSI(1-methyl-3-ethylimidazolium bis(trifluoromethylsulfonyl)imide)の分子構造[4].プラスに帯電したC2mim 分子(左)と,マイナスに帯電したTFSI分子(右)によって構成されている有機性の溶融塩である.

 

3.高分解能STEM観察用イオン液体試料の作製 [4]

 イオン液体は真空中でも蒸発しないが,STEMの電子線を透過させるため薄層にする必要がある.従来液体を電子顕微鏡で観察するには,専用のホルダーが使われていた.透明な封じ膜で蒸発を防いでいるが,その厚さや強度の問題もあり扱い難い.原子レベルの微細粒子を直接観察するのは困難である.

 本研究では図5に示すように,カーボンの薄いフィルムに孔を空けた部分に次に述べるような手法でマーカーの重金属を添加したイオン液体の約5nm厚の薄膜を形成した.この液体膜部分に焦点を結ぶようにSTEMの電子線を照射し,透過電子のうち周囲に広がる高角散乱電子を検出する手法(HAADF-STEM法)を用いることで重金属の観察を行った.

 

図5 金イオンを添加したイオン液体薄膜をカーボンフィルムの孔に形成したものにSTEMの電子線をフォーカスし,透過散乱電子をHAADF法で観察する[5].

 

 図6に薄いイオン液体薄膜試料の製法を示す.図6(a)に示したように,イオン液体をエタノール溶液に混ぜて,孔のあいたカーボンフィルムに垂らす.真空加熱でエタノールを飛ばすとイオン液体だけが残って孔に表面張力で液膜が張られた状態となる.図6(b)は,カーボンフィルムのSEM像で,図6(c)のHAADF-STEM像に示すように,イオン液体が液滴になっていたり,孔によってはイオン液体が張られていないものもあるが,Aのように張られたイオン液体の膜は非常に薄くなっている.その厚さは10nm程度でばらつきがあり,実験ではその中から適当なものを選んで使用した.

 

図6 (a)薄いイオン液体薄膜試料の製法,(b)孔のあいたカーボンフィルムのSEM像,(c)イオン液体試料のHAADF-STEM像:白い部分はイオン液体の液滴,Aは液滴から離れており薄い液膜が張っている.Bはより厚く,液滴とつながっている,Cは液滴に含まれている[4].

 

 図7は,孔に張られたイオン液体薄膜の形状の解析結果である.図7(a)はカーボンの孔に張られたイオン液体薄膜のHAADF像,図7(b)は同じ孔でSTEM-EELSにより膜厚を測り,マッピング表示したものである.画像中の赤線に沿った膜厚のプロファイルを図7(c)に示す.ここから,液体膜中心部の厚さが約10nmであることが分かる.断面形状の模式図を図7(d)に示す.イオン液体中の原子の観測は,孔の中央部の薄い部分を使って行った.

 

図7 カーボンフィルムの孔に形成されたイオン液体薄膜の解析[4].(a)HAADF像,(b)STEM-EELSによる厚さ測定値のマッピング像,(c)イオン液体薄膜の図(b)に示す直線に沿った厚さ測定値,(d)イオン液体薄膜断面形状の模式図.

 

4.イオン液体中の金イオンの観察と動きを評価 [5][6]

 金イオンを含むイオン液体の観察用試料を3章で述べた方法で作製し,実動環境対応型電子線ホログラフィー電子顕微鏡(JEM-ARM200F-B)によりイオン液体中の金イオンの観察を行い,その動きを評価した.

 図8(a)は液体内部をHAADF-STEM法で観察した画像である.軽い元素でできているイオン液体は見えず,重い元素の金原子だけが明るく見える.図8(b)の左図は図8(a)の中のスポットAを拡大したもの,右図は金の単原子がHAADF-STEM法でどのように観察されるかをシミュレーションしたものである.

 

図8 イオン液体中に於ける金単原子イオンの観察 [5]

 

 図8(c)はスポットAの断面強度プロファイルであり,この値から金イオンの観察サイズは0.080nmと判定される.このサイズは金原子のシミュレーションと一致しており,スポットAが金の単一原子であることが分かった.ちなみにHAADF-STEMでは,単一原子が原子サイズではなく電子ビーム径(本観察装置では0.08nm)で観察されるという特徴がある.

 次にこれら金イオンの動きを観察した.図9は4.2秒/フレームで連続的に観測したHAADF-STEM像である.この各フレームを通して,同じ金イオンの位置を追跡すると各金イオンの動きは図10左図のように纏められる.この図の金イオンCの動きを取り出して拡大したものが図10右図である.この図では1~5の間は大きく動き,5~8の間は動きが鈍い.図11左図に金イオンの4.2秒間に動いた距離のヒストグラムを示す.この図は,動きが鈍い場合が多い一方,時に大きい動きがあることを示している.即ち,金イオンはある時間では大きく移動するのに対し,ある時間では小さな領域に滞在していることが分かった.これは,ケージ・ジャンプ機構と呼ばれる原子の運動機構で,これまでにシミュレーションで予測されてきたが,その様子を実験的にとらえたのは本研究成果が初めてある.図11右図は,特定イオンの平均二乗変位を時間の関数で表したもので,回帰直線の傾きから拡散係数2.5×10-21 m2s-1が得られている.

 

図9 4.2秒間隔で連続的に撮影観測したHAADF-STEM像 [5]

 

図10 (左)上記HAADF-STEM像に於ける金イオンの動きを追う,(右)左図の原子Cの動きを拡大して示す [5].

 

図11 (左)金イオンの4.2秒間に動いた距離のヒストグラム,(右)金イオンの平均二乗変位を時間に対してプロットした曲線 [5].

 

 金イオンの動きの観測結果で,ある小さな領域に停滞したり,そこからジャンプして大きく移動する現象が確認されたが,これは,nm以下の微細領域で見ると金イオンが液体分子に囲まれて動けない状態にあったり,そこから飛び出して大きく移動したりしていると考えられる.今回,世界で初めて液体中の原子の動きの不均一性を可視化したが,このことは液体の特性を決める重要な因子と考えられ,今後,この研究を発展させ,液体内部の微細領域で起こる様々な現象の理解が深まれば,高性能な電池や触媒の発展に繋がるものと期待していると宮田氏は語った.

 

5.おわりに

 利用者の宮田氏は,液体中の一つ一つのイオン原子の動きを詳細に観察し,その動きから液体自身の構造を評価するという,誰も行ったことのない研究に挑戦し,NIMSの微細構造解析プラットフォームが高性能電子顕微鏡によりその挑戦を積極的に支援して,イオン液体中における金イオンの運動の追跡に成功した.この研究成果は,高性能な電池や溶媒の現象解析に展開され,その開発に大きく貢献するものと期待される.宮田氏は,2019年度から,東北大学に移り,今までの経験を活かし,またNIMSの微細構造解析プラットフォームの支援を受けて,新たに,高分子の電子顕微鏡観察に挑戦している.今後,これまでの研究で開拓したイオン液体を使った研究手法や解析結果が,具体的ニーズを持つ研究開発者に引き継がれ,具体的成果が次々と出ることを期待したい.

 

参考文献

[1] 宮田 智衆,溝口 照康,「イオン液体中の微細構造解析」,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業 平成30年度利用成果発表会 資料集 p. 5
[2] 電子顕微鏡ステーション,平成29年度年次報告書,国立研究開発法人 物質・材料研究機構.
[3] 溝口研究室ホームページ,http://www.edge.iis.u-tokyo.ac.jp
[4] Tomohiro Miyata, Teruyasu Mizoguchi, “Fabrication of thin TEM sample of ionic liquid for high-resolution ELNES measurements”, Ultramicroscopy, Vol. 178 (2017) pp. 81-87.
[5] Tomohiro Miyata, Fumihiko Uesugi, and Teruyasu Mizoguchi, “Real-space analysis of diffusion behavior and activation energy of individual monatomic ions in a liquid”, Science Advances 2017, Vol.3, e1701546.
[6] 東京大学,物質・材料研究機構,科学技術振興機構,「世界初,液体中の原子一つひとつの運動を観察!」,プレスリリース,2017. 12. 15. https://www.nims.go.jp/news/press/2017/12/hdfqf1000009cv2z-att/p201712150.pdf

 本文2章以降の図面(図4~図11)は宮田氏から提供されたものである

 

(向井 久和)