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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第29回>
緑色光合成細菌の光捕集アンテナを模倣したクロロフィル自己集積体のナノ構造観察
北海道大学大学院工学研究院 庄司 淳,
立命館大学大学院生命科学研究科 民秋 均
京都大学微細構造解析プラットフォーム 小川 哲也

 

 

 

(左から)北海道大学 庄司 淳,立命館大学 民秋 均,京都大学 小川 哲也

 

1.はじめに

 光合成を行う生物は,地球上に降り注ぐ太陽光を利用して化学エネルギーを生産している.光合成の初期過程は,光エネルギー吸収・励起エネルギー伝達・電子移動である(図1a).光合成生物において,これらの機能を担う器官は光捕集アンテナと反応中心と呼ばれる装置である.光捕集アンテナは太陽光を吸収するのと,電子移動(酸化還元)を担う反応中心にその励起エネルギーを伝達するという重要な働きをする器官である.自然界には多種多様な光合成生物が存在し,様々な構造の光捕集アンテナが確認されている[1].天然の光捕集アンテナにおける主要な光吸収・エネルギー伝達色素はクロロフィル(Chl)分子(葉緑素)である[2].本研究では,緑色光合成細菌の光捕集アンテナであるクロロソーム(図1b)での構成Chl色素分子による超分子ナノ構造に着目した.

 

図1 (a)光合成初期過程と(b)緑色光合成細菌の光合成器官の模式図.

 

 クロロソーム器官は長軸が約100~200nm,中軸が約30~50nm,短軸が15~25nmの袋状の構造体である.その表面はタンパク質を含む脂質一分子膜で構成されており,内部は約1~2mol L−1にも及ぶ高濃度のChl色素が含まれている[3].クロロソームでの主要な色素はバクテリオクロロフィル(BChl)-cde分子である(図2左).BChl-ce分子は, 中心にマグネシウムイオンを配位し,31位に水酸基と131位にオキソ基を有するクロリン分子(ポルフィリンの類縁体)である[4].クロロソーム内ではこれらの色素分子が,配位結合(Mg∙∙∙OH)と水素結合(OH∙∙∙O=C)とπ-πスタッキングの分子間相互作用によって自己集積体を形成することで,光捕集アンテナとして機能している[5].ほとんどの光合成生物の光捕集アンテナでは,Chl分子はタンパク質と結合して機能していることから[1],タンパク質と相互作用することなくChl分子の自己集積体から生じているクロロソームは,構造的に特徴的でシンプルな光捕集アンテナ器官といえる.クロロソーム内におけるBChl-ce分子の自己集積体は,ロッド状,チューブ状,ラメラシート状のナノ構造体であると想定されている[6].

 このようなBChl-ce分子のモデル分子として,亜鉛Chl誘導体(図2中)が開発され[7],天然産のChl-a分子(図2右)を用いることで簡便かつ大量に合成することが可能である.本研究では,天然産BChl色素と合成Chl誘導体を用いて,人工的に自己集積体をつくり,そのナノ構造を調べた.

 

図2 BChl-cde(左),合成モデル(中),Chl-a(右)の分子構造.

 

 紫外可視近赤外吸収(UV-Vis-NIR)・円偏光二色性(CD)・原子間力顕微鏡(AFM)の測定の他に,電子顕微鏡による構造観察を行うに当たり,試料が有機物であり,通常の電子顕微鏡では電子線による試料損傷のため高倍率での観察が不可能であると考えられたので,極低温透過型電子顕微鏡(cryo-TEM)による観察を思い立った.もともと京都大学にcryo-TEMが有ることは知っていたので,京大ナノプラットフォームを通じて利用することとなった.このcryo-TEMは,液体ヘリウムを用いて試料を極低温(4.2K)で観察することができる.試料を極低温に保つことで,電子線による試料損傷を軽減することができ,室温での観察に比べ一桁以上強い電子線を照射することが可能となり高倍率での格子像等の観察ができた.

 

2.天然産BChl色素が自己集積したナノ構造体

 緑色光合成細菌の一種であるChloroflexus aurantiacusを培養し,BChl-c色素(図3a)を抽出・精製した.このBChl-c色素分子を少量のテトラヒドロフラン(THF)に溶かし,その色素分子をほとんど溶かすことのできないヘキサン中に分散させた.この1%THF/ヘキサン溶液を暗所で1週間静置し,得られた緑色の固体を超音波で分散すると,懸濁液が得られた(図3b).この懸濁液を石英基板上にキャストし,分光測定を行った.UV-Vis-NIRスペクトルは,743nmにQy帯と462nmにSoret帯の吸収極大を示した(図3c,赤線).また,CDスペクトルはQy帯領域で励起子カップリングによる逆S字型のコットン効果を示し(図3d,赤線),自己集積体(J会合体)を形成していることが確認された.これらのスペクトルは,水溶液中に分散したChloroflexus aurantiacusのUV-Vis-NIRおよびCDスペクトル(図3c,d,青線)ともよく一致し,生体外(in vitro)の試料が生体内(in vivo)のように再構築されていることが確認された.このようなin vitroのBChl-c自己集積体のナノ構造を観察するために,懸濁液を疎水性のHOPG基板上にキャストし,AFMでナノ構造を観察した.AFM観察から,高さが約5nmのロッド状のナノ構造体を形成していることがわかった(図3e,f).Chloroflexus aurantiacusのクロロソームに含まれるBChl-c自己集積体は,直径5nmのロッド状ナノ構造体であると想定されていたので[8],in vitroin vivoのBChl-c自己集積体のナノ構造が一致することを初めて見出した[9][10].

 

図3 (a)Chloroflexus aurantiacus由来のBChl-cの分子構造,(b)試料の写真,(c)UV-Vis-NIRスペクトル,(d)CDスペクトル,ならびに(e)AFM像と(f,g)その断面解析.

 

3.合成Chl色素によるナノチューブ

 モデル分子として,17位プロピオネート残基上に種々の長鎖アルキル基を有する亜鉛Chl誘導体を合成した.ここでは,ドデシル基を有するモデル分子(Zn-1,図4a)の自己集積体について述べる.前項と同様の方法で,緑色固体のZn-1自己集積体を調製した(図4b).石英基板上のZn-1自己集積体は,741nmと450nmにそれぞれQy帯およびSoret帯の吸収極大を示した(図4c,赤線).また,Qy帯領域に逆S字型のCDシグナルを示し(図4d,赤線),自己集積体(J会合体)を形成していることがわかった.これらのスペクトルは,BChl-d色素を多く含む天然産のクロロソームを水溶液中に分散した試料のもの(図4c,d,青線)とよく一致した.モデル分子Zn-1の自己集積体をHOPG基板上にキャストし,そのナノ構造をAFMで観察した.AFM観察の結果,モデル分子Zn-1の自己集積体は高さが約5nmのロッド状ナノ構造体を形成していることが明らかとなった(図4e~g).また,長いもので16.4μm以上のものが観察され,そのアスペクト比は,3,000以上にも及んだ.このような試料をカーボンコートされた銅グリッド上にキャストし,cryo-TEMを用いて,そのナノ観察を行った.Cryo-TEM観察の結果,AFM像ではロッド状に見えていた構造は,その内部が空洞となったナノチューブ状の構造であることが判明した(図4h,i).内径が約3nm,外径が約5nmの構造体であることもわかった(図4j).天然産BChl色素は中心にMgを配位しているが,よりも重い元素であるZnを配位したモデル分子Zn-1を用いたことと,極低温(4.2K)で観察を行ったことで,より詳細なナノ構造が明らかとなった.モデル分子で人工的にナノチューブを構築することに成功し(図4k),クロロソームに含まれるロッド状BChl自己集積体もチューブ状であることが示唆される結果となった[11][12].

 

 

図4 (a)モデル分子Zn-1の分子構造,(b)試料の写真,(c)UV-Vis-NIRスペクトル,(d)CDスペクトル,(e)AFM像と(f,g)その断面解析,(h,i)cryo-TEM像と(j)その断面解析,ならびに(k)ナノチューブ構造の模式図.

 

4.合成Chl色素によるナノシート

 様々なモデル分子を有機化学的に合成し,その自己集積化挙動を調べていた際に,水素結合性の置換基であるアミド基とウレア基の2つを17位上にもつモデル分子Zn-2(図5a)が興味深い自己集積化挙動を示すことを見出した[13].上述の方法で,このモデル分子の自己集積体を調製すると,調製直後は青緑色であったのに対し,1週間熟成すると濃い緑色に変化することがわかった(図5b).これらの試料のUV-Vis-NIRおよびCDスペクトルを測定した.調製直後の試料ではQy帯とSoret帯の吸収極大はそれぞれ667nmと437nmを示し(図5c,青線),二量体程度の吸収帯に由来していた.一方,1週間後の試料はQy帯とSoret帯の吸収極大はそれぞれ728nmと439nmへと長波長側にシフトした(図5c,赤線).さらに,Qy帯領域に大きなCDのシグナルも観測されたことから(図5d,赤線),クロロソーム型の自己集積体(J会合体)に類似した構造を形成していることがわかった.それぞれの試料をHOPG基板上にキャストし,そのナノ構造をAFMで観察した.AFM観察の結果,調製直後の試料は1~25nmの高さを持つ粒子状のナノ構造(図5e)であったのに対し,1週間熟成後の試料は高さが15~25nmで表面が平らなナノシート(図5f)を形成していることが明らかとなった.また,AFM像からナノシートは高さ約6nmのステップを有することもわかった(図5g):この6nmの値は,モデル分子を2つ並べたものに相当している.ナノシートのより詳しい構造を調べるために,試料をカーボンコートされた銅グリッド上にキャストし,cryo-TEM観察を行った.Cryo-TEM観察の結果から,ナノシートの内部は間隔が2.9nmのラメラ状の構造が観察された(図5h,i).ナノシートの電子線回折像からは,ラメラの間隔である2.9nmとその垂直方向にモデル分子のスタッキングに基づくZn間の距離である0.68nmのスポットが観測された(図5j).分光測定と顕微鏡観察の結果から,モデル分子Zn-2は,速度論的に形成した構造から熱力学的により安定な構造へと分子レベルで変化(超分子構造が変化)したことによって,粒子状からシート状のナノ構造へと変化したことがわかった(図5k).合成Chl分子Zn-2が秩序正しく配列して,シート状のナノ構造体を形成していることが見出された[14].

 

図5 (a)モデル分子Zn-2の分子構造,(b)試料の写真,(c)UV-Vis-NIRスペクトル,(d)CDスペクトル,(e)調製直後の試料のAFM像,(f)1週間後の試料のAFM像と(g)その断面解析,(h,i)cryo-TEM像,(j)電子線回折像,ならびに(k)ナノシート形成のスキーム.

 

5.今後の課題

 天然のクロロソームでは,BChl-ce色素の自己集積体のナノ構造は,脂質一分子膜内で大きさや形状が制御されている.本研究によって,合成Chl分子の自己集積体がカーボンナノチューブやグラフェンを彷彿とさせるようなナノ構造体を形成できることを見出した.しかし,得られるナノ構造体の大きさや長さにはばらつきがあるので,ナノ構造の精密制御が今後の課題である.最近,「ケージドクロロフィル」と呼ばれる分子の光脱保護を利用して,モデル分子の集積化を制御できることを報告しており[15],ナノ構造の精密制御が可能になりつつあるので,今後の展開を期待して頂きたい.

 

6.おわりに

 光合成の分子や原子レベルでの構造と機能は,まだわかっていないことがたくさんある.本研究では,緑色光合成細菌に着目して,Chl分子の自己集積体がどのようなナノ構造を形成するか検討した.今後,より詳細な構造や光機能を研究していくことで,天然光合成の機能を解明することが望まれる.人類の夢で実現が待たれている人工光合成の創製に繋がるよう目指していきたい.

 

7.謝辞

 本研究の一部は,科研費・新学術領域研究「革新的光物質変換」(課題番号JP17H06436)と笹川科学研究助成の支援を受けて実施されました.本研究の一部は,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(京都大学微細構造解析プラットフォーム)の支援も受けて実施されました.京都大学化学研究所 倉田 博基 教授に感謝申し上げます.

 

参考文献

[1] R. E. Blankenship, Molecular Mechanisms of Photosynthesis, 2nd Edition, Wiley (2014).
[2] 垣谷俊昭, 三室 守, 民秋 均 (三室 守 編集), クロロフィル構造・反応・機能, 裳華房 (2011).
[3] Y. Saga, Y. Shibata, H. Tamiaki, J. Photochem. Photobiol. C: Photochem. Rev., 11, 15–24 (2010).
[4] H. Tamiaki, R. Shibata, T. Mizoguchi, Phochem. Photobiol., 83, 152–162 (2007).
[5] H. Tamiaki, Coord. Chem. Rev., 148, 183–197 (1996).
[6] G. S. Orf, R. E. Blanckenship, Photosynth. Res., 116, 315–331 (2010).
[7] H. Tamiaki, M. Amakawa, Y. Shimono, R. Tanikaga, A. R. Holzwarth, K. Schaffner, Photochem. Photobiol., 63, 92–99 (1996).
[8] Y. Saga, H. Tamiaki, J. Biosci. Biotech., 102, 118–123 (2006).
[9] S. Shoji, T. Mizoguchi, H. Tamiaki, Chem. Phys. Lett., 578, 102–105 (2013).
[10] S. Shoji, T. Mizoguchi, H. Tamiaki, J. Photochem. Photobiol. A. Chem., 331, 190–196 (2016).
[11] S. Shoji, T. Hashishin, H. Tamiaki, Chem. Eur. J., 18, 13331–13341 (2012).
[12] S. Shoji, T. Ogawa, T. Hashishin, S. Ogasawara, H. Watanabe, H. Usami, H. Tamiaki, Nano Lett., 16, 3650–3654 (2016).
[13] S. Shoji, T. Ogawa, T. Hashishin, H. Tamiaki, ChemPhysChem, 19, 913–920 (2018).
[14] S. Shoji, T. Ogawa, S. Matsubara, H. Tamiaki, Sci. Rep., 9, 14006 (2019).
[15] S. Matsubara, H. Tamiaki, J. Am. Chem. Soc., 141, 1207–1211 (2019).

 

(北海道大学大学院工学研究院 庄司 淳)