NanotechJapan Bulletin

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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第32回>
非反転対称磁性体の作製と新規スピン光機能の探索
東北大学大学院理学研究科 松原 正和
名古屋大学大学院工学研究科 加藤 剛志

 

東北大学 松原 正和,名古屋大学 加藤 剛志

 

1.はじめに

 光の波長より十分に小さな構造を持つ人工物質(メタマテリアル)を用い,自然界に存在する物質では実現できない光学応答を生み出すことが可能となっている.現在,メタマテリアルを用いた光−物質機能の制御は非線形光学応答の領域にまで拡大してきており,このような「非線形メタマテリアル」の開発は新規光−物質機能の開拓に向け大きな可能性を秘めている.本稿では,空間反転対称性の破れを人工的に導入した非反転対称磁性体メタマテリアル(マルチフェロイックメタマテリアル)を作製し,これを用いて,新規なスピン光機能である磁気光ガルバノ効果の実験検証に成功した結果を紹介する.

 光,磁気,電気,熱などの相互作用の物理は最近進展が著しく,全光磁化反転[1],スピンホール効果[2],逆スピンホール効果[3],スピンゼーベック効果[4],異常ネルンスト効果[5]など多くの新しい物理的知見が得られ,進歩の著しい分野である.Pt等の金属に熱勾配を印加することで電流が生じるゼーベック効果は熱電変換の重要な要素技術となっている.一方,磁性体に熱勾配を印加すると磁化と熱流に直交する方向に起電力を生じる異常ネルンスト効果が知られている.異常ネルンスト効果は熱勾配と電流を直交させることができるため,ゼーベック効果と異なる熱発電方式が可能となる(図1参照).熱電変換と同様に光電変換技術として光ガルバノ効果が知られている[6].光ガルバノ効果は空間反転対称性のない結晶において外場なしで光励起により電流が発生する非線形光学効果であり,いくつかの誘電体や半導体,シレナイト結晶などにおいて観測されてきた.一方,空間反転対称性と時間反転対称性が同時に破れた物質においては,新たにその時間反転対称性の破れを反映した磁気光ガルバノ効果が生じると考えられる.これまで磁気ガルバノ効果は実験的に観測されていなかったが,本研究ではナノテクノロジープラットフォームを利用し,時間反転対称性の破れた金属磁性体に空間反転対称性の破れたナノ構造を付与した試料を作製することで,磁気光ガルバノ効果の実験的検証に世界で初めて成功した.

 

図1 光電変換(光ガルバノ効果,磁気光ガルバノ効果)と熱電変換(ゼーベック効果,異常ネルンスト効果)の概略図.

 

2.空間反転対称性の破れた磁性体メタマテリアル

 磁気光ガルバノ効果の検証には光の波長より十分に小さな空間反転対称性の破れた人工構造を持つ金属磁性体が必要となる.また,直線偏光を膜法線方向から入射し,膜面内の電流を検出するため,金属磁性体の磁化方向は膜法線方向を向く必要がある.さらに磁性体の磁化は光学実験系にて印加可能な数100mTの磁場で磁化反転できることが望まれる.これらの要望を満たす金属磁性体として実施機関(名古屋大学微細加工プラットフォーム)よりCo/Pt多層膜を提案した.Co/Pt多層膜はCoとPtの層厚により磁気特性の制御が可能であり,本研究で必要となる大きな垂直磁気異方性[7](膜法線方向に磁化が向きやすい性質)と数10mTの保磁力を両立することが可能である.また,Co,Ptは比較的耐食性の高い材料[8]であり,微細加工後も磁気特性の劣化が少なく,電気抵抗も低い.

 図2は超高真空多元マグネトロンスパッタ装置により作製したCo/Pt多層膜の磁化曲線を示している.膜構成は石英ガラス基板 / SiN(5) / Pt(2) / [Pt(0.9) / Co(0.5)]5 / Pt(2)(カッコ内は層厚で単位はnm)である.石英ガラスは洗浄後,真空チャンバ内にて熱陰極型イオン銃によりArイオンエッチングによるクリーニングを行っている.SiN層はPt層の密着性をあげるための下地層,Pt下地層はCo/Pt多層膜の垂直磁気異方性を向上させるために用いた.Co/Ptの垂直磁気異方性は異種金属が近接することによる界面異方性に起因し,積層周期を薄くすることで大きくなる.図2のように今回作製した多層膜の膜法線方向の残留磁化は飽和磁化(Co層厚当りで1510 emu/cc(1510 kA/m))と等しく,角形性の良い磁化曲線が得られている.膜面内方向では直線上の磁化曲線となり,異方性分散の小さな膜となっていることが確認される.Co/Pt多層膜の保磁力はCoとPtの層厚比により制御され,Co層厚を厚くすると保磁力は小さくなる.図2のように保磁力は470 Oe(47 mT)となり,数100 mT以下という要件を満たしている.

 

図2 [Pt(0.9) / Co(0.5)]5多層膜の膜法線方向(⊥)および面内方向(//)の磁化曲線.

 

 図3は作製したCo/Ptメタマテリアルの原子間力顕微鏡像である.空間反転対称性を破るために一方向の矢印型構造を電子線露光により作製し,Arイオンを用いた物理エッチングにより微細加工した.適当なエッチングガスがないCo/Ptのエッチングは物理エッチングに頼らざるを得ず,一般にエッチング後の残レジストの剥離が難しい.今回は光による計測のため,残レジストを極力なくす必要があり,アッシングという手法をとった.しかし,アッシングは試料の磁気特性の劣化を招くことが多く,条件の調整が難しい.今回は耐食性の良いCo/Ptを用いることで,アッシング耐性も比較的高く,アッシング時間の調整により,レジスト残渣なく,磁気特性も良好な試料を作製することができた.例として図4に,ECRプラズマ装置にてO2プラズマを生成し,加速電圧600 Vで酸素イオン,酸素ラジカル併用によりアッシングしたCo/Pt多層膜の磁気光学Kerr効果を示す.保護膜のPt(2nm)で多層膜を保護していること,イオンの試料への入射角度を80deg(膜面から10deg)とすることで,酸素イオンによる試料ダメージを極力抑えた.図4のようにアッシング前後で試料の磁気特性に変化はなく,磁気特性の劣化のない良好な試料を作製することができた.図5は微細加工後の試料全景の光学顕微鏡写真である.矢印型構造部分は250µm × 250µmの部分(2ヶ所でそれぞれ矢印の方向が異なる)に作製し,光電流を検出するため,電流パスを制限する加工(縦の3本の線)を施している.

 

図3 Co/Ptメタマテリアル(ナノ構造部分)の原子間力顕微鏡像

 

図4 ECRプラズマ装置による酸素アッシング前後のCo/Pt多層膜の磁気光学Kerr効果の比較.
(a)アッシング前,(b)アッシング後.Kerr効果測定波長は400nmである.

 

図5 磁気ガルバノ効果観測用Co/Ptメタマテリアルの光学顕微鏡像

 

3.磁気光ガルバノ効果の観測

 磁気光ガルバノ効果による光電流の生成を実験的に検証するため,中心波長800nm,パルス幅100fs,繰返し周期80MHzのTi:Sapphireレーザを光源とし,図6のようにスポット径250µmの光スポットを空間スキャンして光電流測定を行った.図7(a),(b)に入射直線偏光の偏光角θω = 0,45degにおける空間スキャンによる光電流を示している.正方形で囲まれた構造部分のスポット位置Aにおける光電流は偏光角に大きく依存しているが,構造のないスポット位置Bにおける光電流は偏光角に依存しないことがわかる.また,スポット位置Aにおける光電流は矢印型構造の向きの反転やz方向の磁化の反転により符号を反転した.つまり,空間反転操作と時間反転操作の両者に奇の応答をすることが確かめられた.このように,時間反転対称性の破れと空間反転対称性の破れが同時に満たされることによる磁気光ガルバノ効果を実験的に世界で初めて観測した.この結果は,光により自在にスピン流(電流を伴わないスピンの流れ)を生成・制御する基盤技術と考えられ,スピン流の超高速制御など新たな物理の開拓に道を拓くものである.また,これまでのマルチフェロイック材料はほぼ例外なく絶縁体であったが,今回の試料は金属のマルチフェロイック物質であり,これまで未開拓の材料開発を行った結果とも言える.

 

図6 磁気ガルバノ効果観測系の概略図.
入射スポット径250µmをパターン部(250µm × 250µm)を中心にスキャンする.
なお,磁化はz方向に飽和させる.入射パルス光の偏光角は0 deg,45 degで測定する.

 

図7 入射偏光角(a)0deg,(b)45degにおける光電流の空間スキャンニング測定結果

 

4.利用装置

 本研究では,Co/Pt多層膜を成膜するための超高真空多元スパッタ装置「8元マグネトロンスパッタ装置」,光の波長以下の微細レジスト構造を形成する「電子線描画装置」,レジスト構造をCo/Pt多層膜に転写し,残レジストを除去する「ECRエッチング装置」,Co/Pt多層膜の磁気特性を評価するための「磁気特性評価システム」,加工後の表面形状を観測する「原子間力顕微鏡」を用いた.これらの装置の外観を図8に示す.

 

図8 使用装置群外観

 

5.おわりに

 本稿では,これまで実験で観測されていなかった新たな光電変換技術である磁気光ガルバノ効果を観測するため,空間反転対称性の破れたナノ構造を持つ金属磁性体の作製と磁気光ガルバノ効果の初期実験の結果を紹介した.今回,支援機関から提供した技術として,Co/Pt多層膜の磁気特性制御とその微細加工技術について詳細に述べた.試料の磁気特性の調整やアッシングダメージの調整など,苦労もあったが,利用者の要求する試料を提供することができ,磁気光ガルバノ効果の観測という成果に結びついた.今後より大きな磁気光ガルバノ効果を発現させるために必要となる微細構造,磁気特性制御など様々な検討を進めることで,磁気光ガルバノ効果の工学的応用への道が拓かれるものと期待される.

 

参考文献

[1] C. D. Stanciu, F. Hansteen, A. V. Kimel, A. Kirilyuk, A. Tsukamoto, A. Itoh, Th. Rasing, “All-optical magnetic recording with circularly polarized light”, Phys. Rev. Lett., 99, 047601 (2007).
[2] Y. K. Kato, R. C. Myers, A. C. Gossard, D. D. Awschalom, “Observation of the spin Hall effect in semiconductors”, Science, 306, 1910 (2004).
[3] E. Saitoh, M. Ueda, H. Miyajima, “Conversion of spin current into charge current at room temperature: Inverse spin-Hall effect”, Appl. Phys. Lett., 88, 182509 (2006).
[4] K. Uchida, S. Takahashi, K. Harii, J. Ieda, W. Koshibae, K. Ando, S. Maekawa, E. Saitoh, “Observation of the spin Seebeck effect”, Nature, 455, 778 (2008).
[5] T. Miyasato, N. Abe, T. Fujii, A. Asamitsu, S. Onoda, Y. Onose, N. Nagaosa, Y. Tokura, “Crossover behavior of the anomalous Hall effect and anomalous Nernst effect in itinerant ferromagnets”, Phys. Rev. Lett., 99, 086602 (2007).
[6] B. I. Sturman, and V. M. Fridkin, "The Photovoltaic and Photorefractive Effects in Noncentrosymmetric Materials", (Gordon and Breach Science Publishers, 1992).
[7] W. B. Zeper, F. J. A. M. Greidanus, P. F. Carcia, “Evaporated Co/Pt layered structures for magneto-optical recording”, IEEE Trans. Magn., 25, 3764 (1989).
[8] S. Hashimoto, Y. Ochiai, K. Aso, “Ultrathin Co/Pt and Co/Pd multilayered films as magneto-optical recording materials”, J. Appl. Phys., 67, 2136 (1990).

 

(名古屋大学大学院工学研究科 加藤 剛志)