NanotechJapan Bulletin

 メニュー
      

企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第33回>
スピントロニクスの新潮流を期待する両極性伝導体の材料合成・デバイス作製
~スピン流生成・現象解明のためのvan der Pauw型微小ホール素子~

埼玉大学 酒井 政道氏,大阪大学  北島 彰氏に聞く

 

 

 

クリーンルーム入り口前の北島氏(左)と酒井氏(右),支援に加わった樋口氏

 

 モノのインターネット(IoT)や人工知能(AI)などの成長分野は,低電力消費で高性能な次世代情報処理技術を必要とし,これに応えるものとして,スピントロニクスの研究が進んでいる.埼玉大学では,イットリウム(Y)などの希土類元素(レアアース)の水素化物において電子と正孔の両極性伝導によりスピン流が生じることに着目し,設備共用によりイノベーションの創出を図る文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(NPJ)に参画する大阪大学 分子・物質合成プラットフォーム(PF)を利用して,両極性伝導体の材料合成と評価素子作製が行われた.この結果,両極性伝導体におけるスピン流の性質が明らかにされるようになり,スピントロニクスの新しい流れを生み出す可能性が示された.どのような研究が行われ,これに対してどのような支援が行われたかを伺うべく,大阪大学吹田キャンパスにある大阪大学 産業科学研究所(阪大産研)ナノテクノロジー総合研究棟を訪ねた.お話は,利用機関の酒井 政道(さかい まさみち)(埼玉大学大学院理工学系研究科 教授 物質科学部門物質機能領域)氏と,支援機関の北島 彰(きたじま あきら)(大阪大学産業科学研究所ナノテクノロジー設備供用拠点 特任助教(常勤))氏の,お二人から伺った.支援には阪大産研 樋口 宏二(ひぐち こうじ)(大阪大学産業科学研究所 特任研究員(常勤)(当時))氏も加わった.

 

1.大阪大学 分子・物質合成プラットフォームの構成と支援 [1]

1.1 大阪大学産業科学研究所ナノテクノロジー設備供用拠点の概要

 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(NPJ)には,25の法人,延べ37の大学,研究機関が参画し,ナノテクノロジー関連科学技術において基本となる3つの技術領域:「微細構造解析」「微細加工」「分子・物質合成」のプラットフォーム(PF)に共用設備を整備している.

 大阪大学(阪大)は,物質・材料研究機構(NIMS),名古屋大学(名大)とともに,3つの技術領域の全てに参画する.微細加工PFと分子・物質合成PFは産業科学研究所(産研)の産業科学ナノテクノロジーセンター,微細構造解析PFは超高圧電子顕微鏡センターに置かれ(図1),学内で「ナノテクノロジー設備供用拠点」を組織してナノスケールプロセスやナノ構造・機能の解析に必要な施設・装置・技術により総合的に協力・連携して支援を行なっている.「ニンベン」の付いた「供用」の文字には,単なる装置共用でなく,「ヒト」を伴う支援を重視するという意味合いを込めている.

 

図1 大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点の中の分子・物質合成PF

 

 図2に運営体制を示すが,「ナノテクノロジー設備供用拠点」は総長直轄の組織で,英語名の“Nanotechnology Open Facilities”の頭文字をとった“NOF”をロゴマークにしている.大阪大学 共創機構 産学共創本部が参画する管理運営委員会が運営方針を決め,利用課題の採択審査を行っている.

 

図2 大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点の運営体制

 

1.2  大阪大学 分子・物質合成PFの共用設備と支援プロセス

 大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点の分子・物質合成PFは,合成・物質構造・機能解析を通じた有機・無機・酸化物ナノマテリアルの開発や,新奇な薄膜・人工超格子素材,ナノワイヤ等の合成による省・創エネルギーデバイスの作成プロセスの支援を行なっている.

 材料創成には,物質合成→物質評価→デバイス構造形成→デバイス機能評価→物質合成…のサイクルを繰り返してプロトタイプデバイス化支援まで行い(図3),サイクル各段階に表1に例示するような装置の多くが,約250m2,クラス1000のクリーンルーム内に設置されている[2].また,同一のクリーンルームを微細加工PFも併用しており,両プラットフォームの支援提供装置を併用することでより多彩なプロセスを行うことができる.

 

 図3 大阪大学 分子・物質合成PFの支援プロセス

 

表1 大阪大学 分子・物質合成PFの共用設備例

 

1.3 大阪大学 分子・物質合成PFの利用状況 [3]

 PFの全ての支援は成果公開事業と成果非公開事業のいずれかに区分され,成果公開事業区分で利用する利用者には,支援の成果を公開とすることに同意を求める.利用の形態は,①機器利用,②技術代行(技術補助を含む),③共同研究に分かれる.

 利用者が支援を申請すると,利用相談を行い,対応可能な課題は,管理運営委員会が安全審査を含む採択審査を行い,採択可となった課題は実施打ち合わせを行って,支援を開始する.利用相談で対応不可となるか,採択審議で採択不可となった課題には,他機関プラットフォームや公設試験機関を紹介する.

 成果公開事業支援件数は年々増えていたが,2018年度(平成30年度)は台風,地震等の自然災害の影響もあって伸びが止まっている(図4左).件数は企業,学内・学外等に区分されているが,7年間の利用件数を利用機関区分別に集計すると,学内が55%,学外(大阪大学以外の大学)と企業(大・中小企業合算)がそれぞれ約20%であった(図4右).

 

図4 成果公開事業支援件数(2012〜2018):左:年次推移,右:利用機関区分別

 

2.レアアース水素化物の研究開始から大阪大学 分子・物質合成PF利用まで

2.1 研究着手とPF利用のきっかけ

 酒井氏は,研究やPF利用には人との出会いがあったという.20年くらい前は,化合物物半導体のフォトルミネッセンスなど光物性の研究をしていた.そこに,埼玉大学理学部の上床 美也氏(現在は東京大学物性研究所)から希土類元素イットリウム(Y)の三水素化物YH3の光学特性の測定を頼まれた.Yの水素化物(YHx)を取り扱っていると,Yは水素化によって,電気的,光学的,磁気的性質が次々に変わって行くことが分かった.そこで,当時カシオに勤務していて後に岡山理科大学に移った中村 修氏とYHxをもとに新材料の創出に挑戦しようと,三水素化する手前の二水素化物YH2の物性を調べた.電気抵抗は温度とともに上昇し,YH2は金属であること,また,ホール係数は極めて小さいことがわかった.真性半導体には,同数の電子と正孔が存在するが,シリコン(Si)などでは,電子の移動度が正孔の移動度の3倍と,大きいため負のホール係数を示す.YH2には移動度の等しい同数の電子,正孔が伝導に寄与しているのではないかと考え,次章に述べるような両極性伝導体の研究を展開した.YH2の研究を展開するには,まず物性を評価するデバイスを作る必要がある.

 一方,酒井氏はアメリカ東部のメリーランド大学に留学し,そこで現在は大阪大学 産業科学研究所 准教授の長谷川 繁彦氏と出会った.帰国後しばらくして,文部科学省が2009年から推進した物質・デバイス領域共同研究拠点(ネットワーク型共同利用・共同研究拠点)において,大阪大学 産業科学研究所の研究拠点の招聘教員となった.長谷川氏から,研究所内にデバイス作製のできる共用設備のあることを知らされ,図5のデバイス作製支援体制ができた.

 

図5 両極性伝導体デバイス作製支援体制

 

2.2 大阪大学 ナノテクノロジー設備供用拠点における両極性伝導体デバイス作製

 両極性伝導体デバイスの作製工程は,概略,

  • 基板準備(Si基板前処理)
  • 電極成膜
  • フォトリソグラフィによる膜の微細加工
  • レアアース成膜
  • フォトリソグラフィによる膜の微細加工
  • 水素化熱処理

により構成される.

 両極性伝導体デバイスの作製に用いられた主な装置を表2に示した.PF利用は,NPJの前身のナノ・ネット事業における「阪大複合機能ナノファンダリ」から行われ[4],成膜やフォトリソグラフィの一部工程にはNPJになってからも継続して,現在の微細加工PFが所管する装置を利用している.

 

表2 両極性伝導体デバイス作製主要利用装置

 

 デバイス作製プロセスはまず,Si基板に酸化・疎水化前処理を行い,スピンコーターを用いてフォトレジストを均一に塗布する.フォトレジストは,電極パターンを設けたガラスフォトマスクを介して露光現像する.電極となるCrなどの金属をRFスパッタ装置で成膜した後,フォトレジストを溶剤で溶かすと,フォトレジストの上に載ったCrはフォトレジストとともに除去され(リフトオフ),基板に直接被着したCrだけが残る.フォトリソグラフィによるパターン形成にはこのリフトオフ法を用い,強磁性金属の電極,素子本体となるY,などの各薄膜を順次重ねて被着,パターン化して素子構造を作った.

 電子線(EB)蒸着では,電子線で加熱された蒸着源から微粒子が飛んで単原子の緻密な膜ができる.一方,RFスパッタだと,高周波(RF)で生成したArプラズマ中のArイオンが材料を跳ね飛ばして成膜する.成膜は速いが,膜質は粗くなる.このためレアアース:Yの成膜はEB蒸着で行った.成膜したY膜はフォトリソグラフィで所定のパターン形状に加工した後,電気炉でArキャリアガスに水素を3%入れた水素雰囲気中で加熱して,Yの水素化を行う.電気炉は10-5Paまでの真空にできる.石英の反応管内を真空にして水素置換を行ったのち,試料を石英ボートに載せて挿入し,水素雰囲気中で300〜400℃に加熱して,Yを水素化物(YHx)に変換する.その後,YHxの膜厚を測り,X線回折で組成や結晶構造を確認した.Yの水素化は,両極性伝導体の材質を決める重要なプロセスである.電気炉は既存の装置で,配管,ドラフトなど水素が使えるように改良し,雰囲気や温度などの熱処理条件を最適化した.

 デバイス作製は,酒井氏が学生と一緒に2〜3日かけて泊りがけで行っていた.現在は,大阪大学のPF支援の過程で取得した電気炉の整備から条件設定まで数々のノウハウをもとに,埼玉大学に電気炉を設置して試料作製から評価まで埼玉大学でデバイスを作製できるようになった.電極形成の微細加工には,地理的に近い東洋大学の設備も利用するようになっている.

 

3.両極性伝導体へのスピン注入,スピントロニクスの新展開へ

3.1 水素化したレアアースにおける両極性伝導の発現

 2.1に記したように酒井氏は,三水素化物YH3の光学特性測定からレアアースを研究の対象にするようになった.レアアース(希土類元素)は,周期律表にまとまって表示されるランタノイド系列元素(長周期3族)に,同じ3族のYとスカンジウム(Sc)を加えたものである.レアアースと言ってもYの地殻存在度は33 ppm(10-6)で,Alの8%よりレアだが,Auの4ppb(10-9)よりはるかに多く地球に存在する.Yは水素を吸蔵することで知られ,Y自体は稠密六方晶(hcp)の電子が電気伝導を担う金属結晶(α相)である.水素化して面心立方晶(fcc)のYH2になると,電子に加えて電子の抜け穴の疑似粒子である正孔も電気伝導に寄与する,補償金属と呼ばれる金属結晶(β相)になり,さらに水素化が進みYH3になるとエネルギーギャップ(Eg)が2.7 eVの半導体(γ相)となって,結晶構造は再びhcpになる.Yと結合する水素の数が0,2,3の中間のYHxでは2つの相が混在する.ランタノイド系の希土類元素は磁気モーメントを持っているので,結晶構造とともに磁気モーメントの配置が変わって,磁気特性が変わり,透磁率(χ)や光の透過率も変わる(図6).

 

図6 Y水素化物(YHx)の水素量(x)による構造変化

 

 一方,YH2のバンド構造の計算が行われ,運動量空間で電子の最大エネルギーに相当する電子の存在領域表面を表すフェルミ面は運動量ゼロのΓ点に空洞があり,フェルミ面に電子軌道と正孔軌道のあることが示され(図7),YH2は,電子と正孔がともに電気伝導に寄与する補償金属であることが分かった.

 

図7  YH2のフェルミ面

 

 電気伝導の良さを表す導電率は電子など電流キャリア数とその動きやすさを表す移動度との積で決まる.半導体では導電性の評価をホール効果によって行ない,キャリア数と移動度の2つの量は,電気抵抗とホール効果の2つの測定で求められる.ホール効果で電流に対し横方向に発生する電圧(ホール電圧)は電子が正孔に比べ圧倒的に多いn型半導体ならキャリア数に逆比例する.従ってホール効果と導電率測定を組み合わせてキャリア数と移動度が求まる.ホール電圧を長手方向に印加した電圧で割ったものがホール角だが,電子と正孔の両者が伝導に寄与する時のホール係数は電子密度をn,正孔密度をp,それぞれの移動度をμeμhとすると(h2 e2)に比例する.また,ホール電圧を電流で割ったものをホー ル抵抗と呼ぶ.

 上述のホール効果(正常ホール効果)は磁場と電流に垂直に生ずるローレンツ力によって電子や正孔が軌道偏向されることによって生ずる.一方,導体に電圧を印加すると電圧方向に電流が流れる.銅などの非磁性体では,電流と直角方向に電圧は発生しないが,鉄などの強磁性体では電圧が発生することが1851年に,正常ホール効果と共に,E. Hallによって発見された.強磁性体のような外部磁場が印加されなくても起こるホール効果はローレンツ力によるホール効果と区別して異常ホール効果と呼ぶ.電子や正孔は電荷に加えて電子の自転運動(スピン)を伴い,微小磁石として振る舞う.強磁性体における電流はスピン偏極電流であり,強磁性体中に存在する有効磁場によってスピン偏極電流が曲げられてホール電圧が発生する.

 YHxにおける(x〜2)電気抵抗とホール効果を測定すると[5][6],比抵抗は小さく,金属の特徴である正の温度係数を示す.一方,ホール係数は非常に小さく,擬ゼロホール係数特性を示す(図8).

 

図8 YH2+δにおける比抵抗の温度依存性(左)とYHxにおけるホール抵抗の磁場依存性(右)

 

 先に挙げたホール係数とキャリア密度,移動度の関係からすると,真性半導体では同数の電子,正孔が電流を担うが,シリコンなどほとんどの半導体で,電子の方が正孔より移動度が大きいので,負のホール係数を示す.YH2では,バンド構造に基づき同数の電子と正孔が存在し,ホール係数がほぼゼロだから,電子と正孔の移動度は等しいとしなければならない.YH2は,キャリア濃度のみならず移動度も同等な両極性(アンビポーラ(ambipolar)というのが相応しい)伝導体という仮説により,2キャリアモデルにもとづくホール係数の計算式でホール係数と比抵抗の相関の実験結果を説明できた[7].

 

3.2 両極性伝導体によるスピン流生成の提案

 ところで,スピン偏極トンネル電流の注入効果が巨大磁気抵抗効果を生み,ハードディスク記憶装置の磁気ヘッド性能向上に貢献した.スピンは電荷をもたないから,スピン流はジュール熱発生を伴わない.強磁性導体から非磁性導体にスピン偏極電流を注入し,そこでスピン流を制御できれば,ジュール熱発生を伴わない電子回路ができる.それにはまず,スピン流の生成が必要になる.

 両極性伝導体においてホール係数がほぼゼロになるのは電子と正孔が横方向に輸送された結果と考えられ,これに伴って横方向に電流の伴わない粒子流が生じている.

 そこで酒井氏は,両極性伝導を利用したスピン流生成の提案(図9)を行った[8].

 

図9 両極性導体へのスピン流注入

 

 この提案をもとに,排他的論理和(EXOR)の機能が1素子で実現できる(図10)という特許を成立させた[9].電子,正孔は共に,スピン磁気モーメントを有する極微小な磁石で,電極磁化方向を反映して磁気的に偏極し,スピン軌道相互作用に帰因した有効磁場によって軌道偏向し, 電流チャネル方向に対して垂直方向に電荷蓄積(ホール効果)をもたらすので,2つの電極磁化が反平行時に限り,出力電圧がHighレベルを示すという,EXORゲートに特有な排他的動作を行う.NAND回路があれば任意の論理素子を作れるが,CMOSのNAND回路にトランジスタ4個を要し,EXORを作るには5個のNAND回路を必要とする.スピン流の利用によりEXORの作成が容易になる.

 

図10 両極性伝導体をもちいEXOR論理素子の提案(左)と
CMOS技術にもとづいたNANDによるEXORの構成(右)

 

 両極性伝導体におけるスピン流の特性を調べるため,強磁性電極からスピン偏極電流を注入してホール抵抗の実験を行おうと,大阪大学分子・物質合成PFを利用して測定素子作製を行った.素子作製,電気磁気特性評価の初期の研究成果はNTJホームページの成果事例に紹介されている[10].

 

3.3 レアアース水素化物を合成し,ホール抵抗素子作製

 ホール効果の測定の基本形(図11左)は,長方形試料板(黄色)の両端に電流注入電極(青色)を設け,側面の3箇所に対向して電極を設けたブリッジ構造である.電流を流し,板に垂直に磁場を印加して,側面の両側に向かい合って設けた電極間(②〜⑤)で,ホール電圧を,側面に着けた電極間(①〜③)の電位差から抵抗率を求める.これに対し,オランダのフィリップス社のvan der Pauwが任意形状の板状試料の面の周縁に,4つの電極を設け(図11右),対向する一組の電極間に電流を流し,磁場を面に垂直に印加して電流と直交する,もう一組の対向電極間の電圧を測定することによりホール効果の測定のできることを示した[11].レアアース水素化物のホール抵抗測定には,このvan der Pauw法を用いた.図のように二組の測定を行うと,ホール抵抗は共通の電流をI,試料厚さをdとして次式で求められる.

 

 

図11 ホール抵抗測定素子の構成(左:ブリッジ型,右:van der Pauw型)

 

 図12は作製したホール素子構造の模式図である.上は素子本体部分を示し,厚さ400nm,一辺の長さ35μmのYH2膜に1〜4の電極が着いている.下の図は断面構造を示している.

 

図12 作製したホール素子の構造

 

 ホール素子の作製は,2.2節に記したように,大阪大学分子・物質合成PFにおいて,微細加工PFの管理する装置も利用して行った.Si基板にSiO2をスパッタ成膜し,その上にCrを被着し,金や強磁性金属の電極,下地のTi,素子本体となるY,触媒として水素化を促進するPdの各薄膜を順次重ねて被着,Yの水素化を行い,図13に示すフォトマスクを用い,リフトオフ法により各薄膜をパターン化して素子構造を作った.

 

図13 素子成膜電極フォトマスク例

 

3.4  ホール抵抗素子の電流磁気効果測定から両極性伝導体スピン流モデルを検証

 前節で示したホール素子を用い,両極性伝導体におけるスピン流の振る舞いを電流磁気効果で評価した.デバイス構造,電極材料,作製条件等を変え,様々な評価を行っているが,電極金属によるホール抵抗の変化(図14)と理論解析から.レアアース水素化物におけるスピン流の振る舞いが分かってきた.

 

図14 両極性伝導体のスピン注入電極によるホール抵抗の変化

 

 YH2ホール素子のホール抵抗を測定すると,非磁性金属の金(Au)を電極に用いたときに比べ,磁性金属のコバルト(Co)を用いるとホール抵抗は約3倍となった[12].フェリ磁性体TbFeCo(Tb: Fe: Co=26: 66: 8)を用いると,磁場4Tにおけるホール抵抗は約50倍に増大し,低磁場において振動的構造を示した[13].Yを同族のScに置き換え,ScH2にTbFeCo電極を着けると磁場4Tにおけるホール抵抗は約450倍にもなる.

 磁気抵抗効果においても,Au電極の時の時に比べ,Co電極では約6倍,TbFeCo電極では約200倍になった.

 そこで,電流とスピン流を同列に扱って,ホール抵抗と磁気抵抗の現象論的表式を解析的に導出し,実験結果を検証した.Co電極での実験の段階では,スピン流と電子流の相互作用の元となるスピン軌道相互作用と外部磁場との結合により電流磁気効果が増大したと結論された[12].TbFeCo電極の実験結果は,ほぼ同等の特性を持った電子と正孔が存在し(両極性伝導体),横方向の電流は流れないという境界条件のもとで,磁性電極からスピン偏極電流が注入されるという図9のモデルに基づく理論で再現できた[13].上下スピンの化学ポテンシャルの分離が電子と正孔を拡散させ,ホール抵抗が共鳴的に増大される.この時のスピン流は持続性が高く,拡散長が長いことも分かった.磁性体から非磁性体に注入されたスピン流は緩和時間をもって消滅する.その間に拡散する長さは長いことが望ましい.レアアース水素化物において拡散長が長くなることは,電子と正孔のスピンの化学ポテンシャルが非対称に分裂することをもとに説明された[14].

 レアアース水素化物のホール素子作製,その電磁気特性の評価,理論解析から,両極性伝導体におけるスピン流生成,スピン流特性が明らかにされつつある.酒井氏は,基礎研究に加えて,レアアースよりありふれた元素による両極性伝導体を探し,応用展開を図りたいとしている.

 

4.おわりに

 次世代の情報社会の展開には,電子の電荷を利用するエレクトロニクスに加えて,電子のスピンを利用することにより低消費電力動作の期待されるスピントロニクスの発展・活用が望まれる.これまでのスピントロニクスは,電子のみが動作に寄与する単極性伝導体を用いてきた.これに対しレアアースの水素化物が,同数の電子と正孔が伝導に寄与する両極性伝導体であることが見出され,これによる電流を伴わないスピン流生成が提案された.新たな素子機能の実現も予想され,両極性伝導体におけるスピン流の生成・特性を評価する素子が,大阪大学分子・物質PFを利用して作製された.その結果,電流磁気特性の共鳴的増大など,両極性伝導体におけるスピン流に関する現象の観測・解明が進みつつある.従来の単極性に加えて,両極性伝導という新しいスピントロニクス新潮流の発展を見守りたい.

 

参考文献

[1] NOF 分子・物質合成プラットフォーム http://nanoplatform.osaka-u.ac.jp/syn/index.html
[2] NOF 分子・物質合成プラットフォーム支援提供装置 http://nanoplatform.osaka-u.ac.jp/syn/equipments-syn.html
[3] NOF 分子・物質合成プラットフォーム ご利用案内  http://nanoplatform.osaka-u.ac.jp/syn/information-syn.html
[4] 「分子・物質合成領域における支援成果 両極伝導物質RH2 (R=Y, Gd, Sc, Ti)の高品質化による極低ホール係数材料の創製」 ナノテクノロジープラットフォーム事業 成果事例 平成22年度トピックス https://www.nanonet.go.jp/jirei_files/H22-C10-03-MS.pdf
[5] Masamichi Sakai, Toru Kontani, Osamu Nakamura, Keishi Takeyama, Yoshiya Uwatoko, Yoshihisa Obi, and Koki Takanashi, “Electrical Transport and Optical Properties of Hydrogen-Deficient YH2 Films”,  Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 43, Part 1, No. 2, p.681 (2004)
[6] M. Sakai, T. Nanbo, O. Nakamura, H. Tajima, and Y. Uwatoko, “Magnetotransport properties in near-stoichiometric hydride films of YH2+δ under weak fields”, Journal of Applied Physics, Vol. 101, Issue 10, p. 103713 (2007)
[7] M. Sakai, D. Kodama, S. Ito, M. Ito, O. Nakamura, S. Hasegawa, A. Kitajima, and A. Oshima, “Appearance of a correlation between the Hall coefficient and electrical resistivity upon dihydrogenation of yttrium”, Journal of Applied Physics, Vol. 108, Issue 8, p.083719 (2010)
[8] M. Sakai, T. Sakuraba, Z. Honda, S. Hasegawa, A. Kitajima, K.Higuchi, A. Oshima, and O. Nakamura, “Generation of Spin Current in Bipolar Conductors”, Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 50, Issue 10, p. 103002 (2011).
[9]スピントロニクス装置及び論理演算素子,特許第5601976号 発明者:酒井  政道,中村  修,長谷川  繁彦,北島  彰,大島  明博;出願日 2010年11月4日
[10] 「擬ゼロホール係数材料を用いた電流-スピン流変換機能」ナノテクノロジープラットフォーム事業 平成24年度 成果事例 https://www.nanonet.go.jp/ntj/?action=multidatabase_action_main_filedownload&upload_id=1221&metadata_id=20&download_flag=1
[11] L. J. van der PAUW, “A Method of Measuring Specific Resistivity and Hall Effect of Discs of Arbitrary Shape”, Philips Research Reports, Vo. 13, pp.1-9 (1958)
[12] M. Sakai, H. Takao, T. Matsunaga, Y. Tanaka, T. Arai, S. Haruyama, T. Otomo, H. Hirama, T. Sakuraba, Z. Honda, K. Higuchi, A. Kitajima, A. Oshima, S. Hasegawa, and H. Awano, “The Hall resistivity and transverse magnetoresistivity generated in the simultaneous presence of spin-polarized current and external magnetic field in a nonmagnetic bipolar conductor YH2“, Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 54, No. 1, p. 013001 (2015)
[13] M. Sakai, H. Takao, T. Matsunaga, M. Nishimagi, K. Iizasa, T. Sakuraba, K. Higuchi, A. Kitajima, S. Hasegawa, O. Nakamura, Y. Kurokawa, and H. Awano, “Resonant Hall effect under generation of a self-sustaining mode of spin current in nonmagnetic bipolar conductors with identical characters between holes and electrons”, Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 57, No. 3, p. 33001: 1-13 (2018)
[14] A. M. Sanjida, M. Sakai, S. Hasegawa, O. Nakamura, H. Awano, “Entropy production by thermodynamic currents in ambipolar conductors with identical spin dynamics characters between holes and electrons”, Applied Physics Express, Vol. 12, p. 053004: 1-5, (2019).

 (図はすべて,酒井氏と北島氏から提供された.)

(古寺 博)