NanotechJapan Bulletin

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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第34回>
ミジンコの複眼が一つになる理由に迫る
~最先端電子顕微鏡を利用した高校科学部の挑戦~

佐賀県立鳥栖高等学校科学部顧問 矢川 慎一郎教諭に聞く

 

 

 

図1 (写真左)大気圧走査型電子顕微鏡と鳥栖高校科学部顧問の矢川教諭,谷ノ口さん,山口さん
(写真右)超高分解能走査型電子顕微鏡と(左から)九州大学 利光 史行(特任助教),荒谷 弘幸(テクニカルスタッフ)

 

 本稿は,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム(NPJ)事業における支援実績の中でもめずらしい,高校生の利用について取材したものである.ユーザーである鳥栖高校科学部は,本利用の研究の成果を携えて全国高等学校総合文化祭の2019さが総文と2020こうち総文に,厳しい選抜を勝ち抜き連続出場を果たしている.

 

1.九大ナノプラについて

 九州大学 分子・物質合成プラットフォームは,全国に展開するナノテクノロジープラットフォーム事業の中でも,分子・物質合成に限っては九州で唯一の拠点であり,ナノマテリアルからバイオテクノロジーの分析まで対応する50台の種々分析装置を揃えて,九州管内はもとより,全国からの幅広いニーズに応えるべく活動している[1][2][3].なかでも,日本電子製JEOL JASM-6200大気圧走査型電子顕微鏡(大気圧走査型電子顕微鏡,図1)は,全国の拠点のなかでも,共用装置としては九州大学のみに設置されており,生体試料のin vitro観察はもとより,最近では,建材としてマクロな材料であるセメントのナノメートルスケールの硬化過程の解析でも活躍した.通常の走査型電子顕微鏡は,高真空下に試料をさらす必要があるのに対して,本顕微鏡は,完全に大気下でサンプルを扱うことが出来るため,水中の生物試料や,溶媒を含むウェットな系を直接観察できる唯一の走査型電子顕微鏡である.そのほかにも,九州大学では,分子合成からコンピューターシミュレーションまで,複合的な支援を行っている.

 

2.鳥栖高校

 佐賀県立鳥栖高等学校は佐賀県東部の鳥栖市にある併設型中高一貫教育校で,今年で創立から94年目を迎える.1学年6クラス制で,全校生徒716名(2019.5時点)である.生徒たちの自主・自立に富む精神は,現在も活発な生徒会活動や部活動等の中に脈々と受け継がれており,2017年には,日本生物学オリンピック2017において銀賞受賞者を輩出している.運動部,文化部ともに,九州大会や全国大会にも多く出場する,文武両道の校風である.

 鳥栖高校と九州大学伊都キャンパスは,電車とバスを乗り継いで2時間ほどであり,中間/期末試験の午後や休校日を利用して,高校生の本分に外れない範囲で頻回に御来学頂いた.

 

3.ミジンコ班について

 鳥栖高校科学部[4]の構成員は30名を超えるが,受験を控えて夏休みで引退した三年生を除いて29人の部員を擁している.その中でも,生物,化学,物理など様々なテーマを設定した班に分かれて各自研究に打ち込んでいる.高校生ともなると進路により文系理系に別れるが,科学部には文系進学を希望する生徒も多数在籍しており,様々な興味・視点から研究テーマに取り組む.部活動時間は基本的に放課後の二時間で,普段はのんびり活動しているが,各種コンペや県大会,そして,文化部のインターハイである全国高等学校総合文化祭など,発表前はギリギリまで残って活動している.実際に筆者が参加して見聞した分析化学討論会の高校生ポスター発表では,大学生顔負けの堂々とした発表と,身近に見えて非凡な着眼点の研究テーマ,そして緻密な実験と考察に驚かされた.

 科学部の活動は,生徒の自主的な発想と実験により進められており,顧問の矢川教諭は,生徒たちの相談に応じてアドバイスやアイデアを授けるサポート役.この進め方によって,生物,物理,化学の各班は,チーム内での自由な取り組みを行う.研究テーマの発案は生徒が行い,直近では,「干潟の泥の吸着能」,「圧電素子の研究」,「ジョロウグモの研究」,そして今回,九州大学 分子・物質合成プラットフォームをご利用頂いた「ミジンコの研究」が活発に進められている.

 ミジンコのテーマは,2018年に二年生だった古賀さんの発案によるもの.もともと発生過程での眼の変化について知識があったが,実際に光学顕微鏡で観察することで興味が深まっていったという.自らパスツールピペットを炙って引いたガラスキャピラリーで,体長1mmほどしかないミジンコを解剖する器用さと,緻密な観察から仮説と発見を導き出す力を併せ持ち,そして研究の面白さを後輩たちに伝授する姿は,まさに立派な研究者であった.古賀さんが引退した現在でも,後輩の谷ノ口さんをはじめ,5名の生徒がテーマを引き継いで頑張っている.

 このミジンコのテーマは,佐賀県高文連第8回自然科学研究発表会での最優秀賞受賞などを経て,2019年の第43回全国高校総合文化祭(2019さが総文)に出場.このときに,皇嗣殿下秋篠宮ご夫妻が視察に訪れられ,鳥栖高校のミジンコ研究のポスター発表を熱心にお尋ねになる様子は,全国ニュースで広く報道された[5].さが総文での自然科学部門は,全国の高等学校などから学生数631名,チーム数にして136という過去最大規模の開催となり,大いに盛り上がった.その後も,佐賀県内の大会で再び最優秀賞を獲得し,第44回全国高校総合文化祭(2020こうち総文)への連続出場を果たした.

 

4.邂逅

 ナノテクノロジープラットフォームでは,ウェブ媒体であるNanotechJapanに加え,年間を通じて,様々な学会や展示会に出展して広報活動を行っている.

 鳥栖高校との出会いは,福岡県北九州市で開催された第79回分析化学討論会のポスター会場であった.学会に併設された「高校生ポスター講演」に鳥栖高校科学部が参加していたのであった.矢川教諭が,会場を回る中でナノテクノロジープラットフォームの支援事業を知り,生徒さんに勧めたのがきっかけになった.もともと,研究熱心な部員たちは,佐賀県内で利用可能な施設である県立宇宙科学館において電子顕微鏡でのミジンコの観察を試みており,そのときの経験から,ミジンコという生きものを上手く観察できる測定手法を探していた.そこに,前述の大気圧走査型電子顕微鏡と,装置に熟練した筆者へのコンタクトから研究が加速することになる.初回の利用相談から実際の打ち合わせまで,生徒自らが行ったが,研究に対する熱意,入念な調査,そしてテーマの学術的価値にも興味深いものでがあった.

 普段の高校の部活動では,一般的な生物顕微鏡を用いて実験・観察を行っており,ミジンコの発生過程で,複眼の変化する様子を観察し記録を続けていた.すでに複眼の中の個眼にも着目しており,分化の観察を進めていた.部活動で利用する光学顕微鏡以外の解析手法でもミジンコを観察して,新しい知見を得ることに,地理的に近い上に,リーズナブルな料金設定の九州大学の共用装置が大いに活躍することになる.

 

5.本テーマについて

 ミジンコは,教科書に載るほど身近な生物でありながら,人間よりも多い遺伝子数や,雌のクローンのみの循環単為生殖の生活環をもつなど,近年でも新発見の続く興味深い研究対象である.ミジンコの眼は,幼体時は左右一対の単眼であるが,同時に二対の複眼原基が形成されている.興味深いことに,成体になる時点で単眼は機能を失い,二つの複眼原基が融合して一つの複眼が形成される.本研究課題では,二つの複眼原基が一つの複眼に変化する過程を調べ,数が変わることによる眼の構造や,複眼を構成する個眼の数の変化,機能の違いを調べた.オオミジンコとして知られるDaphnia magnaについては,1978年にNature誌[6]に複眼の分化が報告されているが,本研究では,報告の無い別種であるSida sp.(シダ属)について研究を行っており,光学顕微鏡を用いた観察により,Sidaはオオミジンコより多くの個眼からなる複眼を持つことを明らかにしており,今回,より高機能な光学顕微鏡や,走査型電子顕微鏡を用いて新しい知見を得ることをめざした.

 Sidaは鳥栖市内の養魚池で採取し,26℃に設定した人工気象器(日本医化器械製作所LH-60FL12-DT)で飼育した.実験に使用した成体は育房に卵を抱えているもの,幼体は育房内にいるものと定義した.理由は少なくとも一回以上産仔した後のミジンコは全て育房内に仔ミジンコを抱えているからである,また,解剖学的正位より方向表現は図2とする.

 

図2 解剖学的正位によるミジンコの方向定義(左)と光学顕微鏡像(右).

 

 今回は,電子顕微鏡での観察と並行して,光学顕微鏡(Nikon Eclipse ME600)でも入念な観察を行った.この光学顕微鏡も,様々なレンズ,フィルター,そして光源が搭載されており,普段の活動で扱っている顕微鏡より格段に高性能であったため,おなじミジンコを観察していても次々と新しい発見が生まれた.光源を複数設置し,さまざまな角度から照射すると,生きたミジンコが眼をぐるぐると回転させながら特定の方向を向くことが分かった.そこで,照明の方位を制御することで,複眼の向きを固定し,別光源から落斜照明光を当てて,各種フィルターおよび偏光フィルターを利用しながら個眼の数を計測した.成体の複眼は上方から見ると楕円を二つ合わせたような形をしていて,個眼は複眼全体を覆っていた.個眼は卵形をしていて全体で約40個有り,計数の難しい後方を除いた個眼は33個が図3のように並んでいた.幼体の個眼は成体よりも小さく,個眼の計数はできなかった.前方から観察した生体の複眼は肉眼で判別できるほど個体差が大きく,直径は100~250μmほど,個眼の直径は30~50μmほどであった.

 

図3 ミジンコ成体の複眼の観察の様子と計数の結果.

 

 走査型電子顕微鏡では,成体のミジンコから取り出した複眼を直接観察し,個眼の数と位置関係を詳細に検討する予定であった.図4に,大気圧走査型電子顕微鏡で得られたミジンコの触覚近辺の外骨格と,比較試験として測定した真空下での三次元走査型電子顕微鏡(KEYENCE製 VE-9800)の像を示す.しかしながら,非常に小さい複眼の取り扱いが大変難しく,特に大気圧走査型電子顕微鏡の測定皿の液中で固定する方法など,測定の前に技術的に解決するべき課題が多く,目的を達成するには至らなかった.今後,たくさんの複眼を採取して,観察範囲に様々な方向を向けて密集させる方法の確立が必要である.

 

図4 大気圧走査型電子顕微鏡で観察したミジンコの触覚部(左)と,
真空下で測定した複眼の三次元走査型電子顕微鏡像(右).

 

 前述の成体の光学顕微鏡の観察から発見した,複眼の,光源の方向への反応の敏感さは,ミジンコの有する顕著な光走性に対応していることが,のちに判明する.そこで幼体と成体の光走性に違いがあるかを調べたところ,興味深いことに,複眼を有する成体のみに光走性が確認された(図5).

 

図5 光走性における成体と幼体の違い.

 

 以上,今回の観察より,Sidaの複眼における個眼の数は少なくとも33個あり,一般的なミジンコ目の複眼を構成する個眼の数22個より多いことがわかった.これは,Sidaが視覚器官を進化させた可能性を示唆している.また,成体に正の走光性があるのは,光に集まる性質がある一部の植物プランクトンを捕食するためであり,幼体に走光性がないのは,本来育房内におり,捕食行動を必要としないためだと考えられる.

 複眼を二つから一つにするという進化はミジンコにのみ見られるとても珍しい分化であるが,眼を一つにすることで立体的に視認できなくなるというデメリットが挙げられる.また,必要無くなった視覚を失わせる進化であるのなら,モグラなどのように,視覚器官を小さくするのが一般的である.そこで,ミジンコの眼の進化は,視野を広くするためだと考えた.これはミジンコの生態において,個眼が眼全体を覆うように付いているからである.また,ミジンコの捕食は植物プランクトンの位置を大まかに把握できれば十分であり,捕食に立体視は必要無いと考えられる.今後はこの仮説を検証する必要があると考えている.

 本研究により得られた知見は,これまで調べた限り未報告のSida sp.の複眼形成の詳細であり,学術的意義を深められるよう,今後も詳細な研究を進めていこうと考えている.

 

6.ミジンコ研究の今後

 解剖した複眼は様々な角度から観察したいと考えている.特に,生きたまま走査型電子顕微鏡で観察する技術をもつ公立千歳科学技術大学のナノスーツ法に非常に興味を持っている.

 

7.科学部として今後

 科学部顧問としての矢川教諭の希望は,やはり物理・化学・生物・地学の四分野のテーマが動くことだと言う.テーマが生徒発案なので,広い視野で様々なことに興味を持って,身近な科学的な事象を探求して欲しいと語る.

 今回の研究テーマのように学術的にも意義深いものは,生徒と顧問の教諭,そして支援機関の九州大学で協力して,学術論文として上梓したいと考えている.

 

参考文献

[1] 九州大学分子・物質合成プラットフォーム
http://nano.kyushu-u.ac.jp/
[2] 九州大学分子・物質合成プラットフォーム機器利用料金表
http://nano.kyushu-u.ac.jp/2020ryoukinhyouR1.10.1.pdf
[3] 分子・物質合成プラットフォーム, 試行的利用のご案内
https://mms-platform.com/archives/9650
[4] 佐賀県立鳥栖高校, 主な活動状況
https://www.education.saga.jp/hp/tosukoukou/?content=%e4%b8%bb%e3%81%aa%e6%b4%bb%e5%8b%95%e7%8a%b6%e6%b3%81%ef%bc%88%e6%96%87%e5%8c%96%e7%b3%bb%ef%bc%89
[5] 秋篠宮ご夫妻 佐賀県で「総合文化祭」見学, テレ朝news(2019.7.28)
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000160701.html
[6] E. R. Macagno, Nature, 1978, 275, pp. 318-320.

 

(九州大学大学院工学研究院応用化学部門(分子)特任助教 利光 史行)