NanotechJapan Bulletin

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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第35回>
新規室温マルチフェロイック薄膜材料の作製と結晶構造解析
~多値メモリ応用に向けた材料開発~

東京工業大学 安井 伸太郎氏と東北大学 今野 豊彦氏に聞く

 

 

 

(左)実験室での安井氏,(右)原子分解能・分析透過電子顕微鏡を前に今野氏

 

 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(NPJ)の微細構造解析プラットフォーム(PF)では,最先端の微細構造解析手段として,透過電子顕微鏡(TEM)や走査型透過顕微鏡(STEM)が大活躍しており,そこではPFが提供するTEM観察用の試料作りのスキルがPF利用者の課題解決に直結する.今回はそうした活動の中から,東北大学の微細構造解析PF[1]を利用して結晶構造解析を継続し,強誘電体の新しい分野を切り拓く研究に挑戦している東京工業大学(以下,東工大)科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所 助教 安井 伸太郎(やすい しんたろう)氏の研究に着目した.同氏は2015年以来,アルミ鉄系・アルミガリウム系・ガリウム鉄系など各種新規強誘電体の結晶構造解析で東北大微細構造解析PFを利用しその支援を受けている.そうした体制の中で,現在,新しいマルチフェロイック薄膜材料の分野に研究を展開している.本NanotechJapan Bulletinの企画特集ナノテクノロジーPickUp[2]として,この活動を取り上げ,安井 伸太郎氏と東北大学微細構造解析PFの代表者である同大学 金属材料研究所 教授 今野 豊彦(こんの とよひこ)氏に,表題に記載のテーマでお話を伺った.なお,この取材は新型コロナウイルス感染予防対策としてZoom会議で行われた.

 

1.研究の背景

1.1 強誘電体の開発動向と応用への期待

 誘電体に電場を加えた時に結晶内のイオンの移動で電荷の偏り即ち分極が起こり,電場をゼロにしても分極したままの状態を保つ材料を「強誘電体」と呼んでいる.図1にその特性を示す.プラスに電場を変化させ抗電界を超えて増加させると分極の極性が正に換わり飽和に達する.そこから電場を下げて0にしても残留分極が保持され.その状態でマイナスの電場を加えていき負の抗電界を超えると負の極性に変換しその状態が保たれる.このようにヒステリシス特性を示す.

 

図1 強誘電体の機能

 

 強誘電体は1940年代に発見されたペロブスカイト型構造材料のBaTiO3(チタン酸バリウム)やPb(Zr,Ti)O3(ジルコン酸チタン酸鉛)に大きく依存してきた.それらの材料は非常にバリエーションに富んだ優れた性能を示し,現在においてもこの材料群(ペロブスカイト型構造)が多くの強誘電体の母材料となっている.

 

図2 ペロブスカイト型の結晶構造

 

 図2にペロブスカイト型の結晶構造を示す.BaTiO3の場合,AはBa2+,BはTi4+,XはO2である.Ti4+を中心とした酸化物イオンによる8面体構造を中に含むBa2+による12面体構造を単位としてイオン結合で結晶が構成されている.図3でこの結晶が強誘電体機能を果たすメカニズムを紹介する.

 

図3 ペロブスカイト型結晶の分極メカニズム

 

 図3左の上下の二つの図形はそれぞれ外部電場により+Pと-Pの矢印で示す方向に分極している様子を示している.結晶の中央のTi4+イオンが上または下に位置を変えている.図3右は左の図形を手前真横から見たもので,±Pの分極状況を見やすくしている.このように陽イオンが移動した位置がエネルギー的な安定点であり,電界を切ってもその状態を保つ.分極の切り替えは二つの安定位置の間にあるエネルギー障壁を越える電場(抗電界)を加えることで実現する.即ち強誘電体として機能する.

 強誘電体材料結晶に応力を加えて変形させることでも分極が生ずる.この性質を持つ材料を「圧電体(あつでんたい)」と呼ぶ.また,強誘電体は電気や応力だけではなく,熱や光,材料を構成する原子の種類によっては磁気に対しても電気的な応答を示す.このように強誘電体材料は多彩な性質を併せ持つため,各種(電気,磁気,力,熱,光)センサーやアクチュエーターへ応用が可能である.

 社会のDX(デジタルトランスフォーメーション)化指向や人工知能技術の急速な発展により,大量のデータを蓄えるメモリへの要望が高まっており,その中でも電源が切れてもデータが消えない不揮発性メモリの需要は大きく,低消費電力かつ高速動作が可能な強誘電体メモリへの期待は大きい.既に実用化されている強誘電体メモリ材料は,PZT(チタン酸ジルコン酸鉛:Pb(ZrTi)O3)やSBT(タンタル酸ビスマス酸ストロンチウム:SrBi2Ta2O9)であり,国内では,交通系ICカードや産業ロボット向け,車載向け,モーター向け,メーター向けメモリとして広く用いられている.しかし,50nm以下の厚みで動作させることが難しく,半導体集積回路製造ラインでの使用が難しいなどの問題がある.

 

1.2 安井氏の強誘電体との関わり

 安井氏は学生時代博士課程から強誘電体結晶を専門としている.その後,アメリカでNational Institute of Standards and Technology客員研究員,University of Maryland研究員を経て2013年に東京工業大学 応用セラミックス研究所(現 科学技術創成研究院フロンティア材料研究所)助教に就任し,強誘電体研究を本格化している.上記の通り,これまでの強誘電体の発展過程は研究者の関心がペロブスカイト型構造および関連材料に集中してきた.従ってそれ以外の構造の強誘電材料の研究例は極めて少なく,唯一2011年にこれまで高誘電率(high-k)材料として使われていたHfO2(ハフニア)が強誘電性を持つことが発表され,強誘電体メモリを目指す新しい構造の材料として注目されていた.安井氏は強誘電体材料分野で多い未開拓領域にハフニアのように強誘電性を示す単純構造の材料系がきっとあると考えた.そして,新材料系創出の目標として当時話題となっていたマルチフェロイック(強誘電性とフェリ磁性を兼ね備える)結晶材料の実現を考えた.その応用分野としては,メモリ応用として電気分極及び磁化を「1/0」に対応させることで1素子中に4値を記憶でき,新しい高密度不揮発性メモリの創出を期待し,またスピントロニクスとエレクトロニクスをミックスした応用分野が開けることを期待している.

 

1.3 マルチフェロイック材料研究の動向と本研究の狙い

 マルチフェロイック材料は,1894年にPierre Curieによって電気磁気効果が結晶学的に提唱され,その後1960年にCr2O3にて実験的に確認された.それらの効果は単一物質で動作するもの(電場で磁気もしくは磁場で電気分極をダイレクトに変化させる)において研究されてきた.しかし単一物質マルチフェロイック材料は決して多くはない.2003年にWang,RameshらによってBiFeO3薄膜が室温にて強誘電性および(反)強磁性を併せ持つことがScience誌に報告され,この材料において幅広く研究が遂行されてきた.単一物質での研究は材料選択に限りがあることから,強誘電性のナノシートと強磁性のナノシートを重ねて両特性が共存する人工超格子膜によるマルチフェロイック材料の開発も行われてきた[3].

 2012年にスペインのM. Gichによってε-Fe2O3薄膜における常温でマルチフェエロイック特性の実測が報告された.また計算による強誘電性の分極反転挙動等について報告された[4].安井氏は強誘電体の専門家として本材料の正当性に疑問を抱き,自身による材料合成を始めたことが,本研究のきっかけとなっている.その後Feをベースとした(A,Fe)2O3A=3価の陽イオン)組成において様々な薄膜材料を合成し,論文にて報告してきた.学術的な理解が進み,現時点で本材料のポテンシャルが見えてきたと考えている.

 

1.4 κ-Al2O3型の結晶構造でマルチフェロイック材料を追求

 酸化アルミニウムAl2O3には最終安定相であるα-Al2O3(コランダム型構造)以外に準安定相として多数の構造(多型)が知られている.そのなかでκ-Al2O3が極性構造をとることが分かっている.安井氏はスピンを有する遷移金属が含まれる強誘電体材料として,このκ-Al2O3型結晶構造系のなかで特に相安定性を示すGaFeO3に着目した.図4に示すようにA3+FeO3において,A3+のイオン半径により相安定性が変わり,A3+=Alでは準安定になってしまう.Gaだと安定相になる.

 

図4 A3+FeO3系(A3=Al,Ga,Fe,Sc,In,Lu)の相安定性

 

 このκ-Al2O3型の結晶構造は図5(a)にモデルで示すように八面体と四面体で構成されるAレイヤー(Spinel layer)と,二種の八面体で構成されるBレイヤー(Corundum layer)を交互に積み重ねた構造である.図5(b)(c)に誘電分極反転のメカニズムを示す.また,この構造では次のようにフェリ磁性を示すことも予想されている.図中に矢印で示すようにCorundum layerとSpinel layerが逆向きにスピンを持つため,配位数および磁性元素の占有率によってその差し引き分で磁性を示す.磁性分極反転は,外部磁場による配位数変化に伴うスピンの大きさの変化,占有率の変化によっておこる.

 本研究で用いるκ-Al2O3型材料群には,BiFeO3に次ぐ室温駆動可能なマルチフェロイック材料が存在し,しかも,その材料はBiFeO3がペロブスカイト構造であるのと異なり,それぞれの強的秩序のカップリングが全く異なるため,同一材料であるにも拘らず誘電分極反転と磁性反転をそれぞれ制御することが期待できる.外部磁場で配位数が変化することも従来例を見ない.メモリ応用という応用面とともに材料学的にも非常に興味あることと,安井氏は語る.

 

図5 (a)κ-Al2O3型構造の結晶構造モデル.青色は酸素八面体,黄色は酸素四面体,多面体内部イオンは陽イオン,赤丸は酸素イオンを表す.分極軸はこの図で下向き方向(c方向)である.Aレイヤーは八面体と四面体(Spinel layer),Bレイヤーは八面体のみにて構成され(Corundum layer),それぞれ逆向きのスピンを有する.分極反転は(b)Aレイヤーの「八面体と四面体(三角錘型)」の配位数が入れ替わり,(c)「四面体(逆三角錘型)と八面体」の並びになることで起こる.(b)(c)内に赤枠で変転部分を示した.その際はBレイヤーの変化はほとんどない.

 

2.単一結晶マルチフェロイック強誘電体薄膜の実現を目指して

2.1 κ-Al2O3型薄膜作製および評価法

 図6に示す方法で,κ-Al2O3型の種々の薄膜作製を試み,その膜の解析を行い,目的とする結晶構造が出来ているかを評価した.図左のGFO型膜作製法は,AxFe2-xO3A = Al,Fe,Ga,Sc,In)などκ-Al2O3型の各種成膜に適用している.

 

図6 κ-Al2O3型薄膜の作製と評価法

 

 薄膜作製法としてはパルスレーザ堆積法(PLD法)を用いた.薄膜を堆積する基板は,SrTiO3単結晶の(111)面である.レーザー照射で蒸発させるターゲットはAxFe2-xO3の母材の複合セラミックスでありAとしてはAl,Fe,Ga,Sc,Inを取り換えて実験を行った.なお,基板温度はκ-Al2O3型相ができる700℃としている.

 この方法で成膜した結果は,図6の左下に示す物性測定と図6右上に示す局所構造の観測を行い,第一原理計算によるシミュレーション結果と対比させ,κ-Al2O3型構造が出来ているか,また,強誘電性およびフェリ磁性を示すかどうかを評価した.

 ここで,局所の観測については,「単原子分解能における結晶構造の原子配列,接合界面,そしてその界面付近における元素分析を行う必要があった.これらを達成するには世界でもトップレベルの高分解能電子顕微鏡が必要で,東北大学微細構造解析PFで所有している球面収差補正付き高分解能STEM(JEOL ARM-200F)を利用させて頂いた.」と安井氏は語った.次節で,東北大学微細構造解析PFの支援体制と本研究で適用した解析装置を紹介する.

 

2.2 東北大学微細構造解析プラットフォーム(PF)の支援体制 [1]

 東北大学では,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(NPJ)(平成24年度~令和3年度)の微細加工PFおよび微細構造解析PFに参画しており,同大学 産学連携機構内に設けられているナノテク融合技術支援センターで組織運用されている.微細構造解析PFでは装置共用・支援の実施部局には,電顕グループとして金属材料研究所,先端電子顕微鏡センター,また,分子合成グループとして巨大分子解析研究センター,材料科学高等研究所があり,「次世代電子顕微鏡技術を用いたナノ構造解析支援」および「合成-解析-評価を有機的に結びつけた効率的なナノテクノロジー支援」を行っている.

 微細構造解析PFの電顕グループでは,図7に示す電子顕微鏡群を揃えている.また,2台の集束イオンビーム加工装置,および試料作製装置群(イオンミリングやジェントルミルその他)などの装置が用意されており,最先端の電子顕微鏡を使いこなすために必要な高精細な試料作りにも対応している(本NanotechJapan Buletin Vol. 13, No. 5, 2020, 「デュアルビームFIB装置を用いた技術支援」参照:https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/outstanding-staff/21.html).PFの経験豊富な技術者が,これら装置群を駆使して,利用者の課題に対応してきめ細かい支援を実施する.

 

図7 東北大学微細構造解析PFの電子顕微鏡群
(出典:NanotechJapan(NTJ)Webサイト YellowPages)

 

 本研究では,図7の装置の中の原子分解能・分析透過電子顕微鏡JEOL JEM-ARM200Fを利用した.図8にその装置写真と仕様を示す.冷陰極電界放出形電子銃と高次の収差まで補正可能な新型球面収差補正装置により,200kVの高加速電圧だけでなく30kVの低加速電圧においても原子分解能での観察を実現している.用途としてはTEM観察,STEM観察(HAADF/LAADF/ABF/BF),TEM/STEMでのEDS(エネルギー分散型X線分光法)およびEELS(電子エネルギー損失分光法)に適用できる.2.5節に述べる結晶構造解析では,本原子分解能・分析透過電子顕微鏡の適用と,プラットフォーム技術スタッフのスキルに基づく強力な支援が研究進展に大きく貢献した.

 

図8 本研究で使用した原子分解能・分析透過電子顕微鏡の写真と装置仕様
(出典:写真はNTJ WebサイトのYellowPages説明は東北大 金研分析電顕室 装置一覧)

 

*:HAADF:High-Angle Annular Dark Field法(高角散乱環状暗視野法)
  LAADF:Low Angle Annular Dark Field法(低角散乱環状暗視野法)
  ABF:Annular Bright Field法(環状明視野法)
  BF:Bright Field法(明視野法)

 

 文部科学省のナノテクノジープラットフォーム事業は平成24年に開始され,既に9年を経過している.図9は,この間の東北大微細構造解析PFにおける利用状況の推移を利用報告数およびページ数でみたもので,それぞれの増加の様子が示されている.令和2年度は,新型コロナウイルス感染症の世界的大流行への対処で,PFの活動も大きな制約を受けており,対策をたてながらPFの運用が行われた.

 

図9 東北大微細構造解析PFにおける利用報告数とページ数
(出典:文部科学省ナノテクノロジーPF事業 微細構造解析PF 利用報告書:https://www.nims.go.jp/acnp/report.html

 

2.3 κ-Al2O3型結晶構造のGaxFe2-xO3薄膜での強誘電性の実証 [5]

 図6に示した製法でκ-Al2O3型構造の薄膜作製を試みた実験例を紹介する.図10は,A3+FeO3の中で唯一安定相をとるとされるA=Gaの場合(図4参照)の評価結果で,同図左グラフはGa0.8Fe1.2O3薄膜のXRD(X線回折法)パターンである.SrTiO3結晶基板上に自発分極方向が基板表面と垂直方向(c軸配向)の薄膜が形成された.これは,薄膜の表裏間で分極特性が測定でき,材料評価が容易な望ましい配向である.同図右グラフはGa量(x)を変化させた場合のGaxFe2xO3薄膜の格子体積の変化を示している.変化は直線的であり,ベガード則(固溶体の組成と格子定数の関係を表す法則)に則った完全な固溶体が出来ていることを示している.

 

図10 Ga0.8Fe1.2O3薄膜のXRDパターン(左グラフ)
およびGaxFe1.2xO3における格子体積のx依存性(右グラフ)

 

 図11は,Ga0.8Fe1.2O3の強誘電性の観測結果で,観測は圧電応答顕微鏡で行った.圧電応答顕微鏡(PFM)は,原子間力顕微鏡(AFM)の探針を導電性膜で覆い,探針から試料に直流および交流電圧を加えて,電界での試料の寸法変化(振動)をカンチレバーの変化として光学的に感知するシステムである.分極の変化に伴うサイズ変化(変位)の特性観測結果は,測定された位相が分極反転を意味するヒステリシスを示し,κ-Al2O3型結晶材料における強誘電性の存在を実証する例となった.図9の右グラフはGaとFeの割合を変えることで,抗電界値(Ec)を変えられることを示している.

 

図11 Ga0.8Fe1.2O3 で世界初の強誘電体特性(左グラフ)および抗電界値のGa量(x)依存性(右グラフ)

 

 以上の諸実験はκ-Al2O3型結晶構造が,強誘電性実現の可能性を実証したものであり,また,同時に薄膜製造技術の成功を示すものである.

 

2.4 Ga0.8Fe1.2O3の陽イオンの一部を他の陽イオン元素(A)で置き換えた薄膜の評価

 この節では,Ga0.8Fe1.2O3に異なる陽イオン元素(A)をドープして,A0.2Ga0.4Fe1.4O3の薄膜を作り評価した.図12の左グラフにXRDパターンを示すように,Aとして,In,Sc,Fe,Ga,Alを適用して,いずれもc軸配向の薄膜の作製が確認された.右グラフは,半径A元素のイオンとc軸の格子の長さの関係を示している.A元素のイオン半径の増加に対応してc軸格子長も直線的に増加している.

 

図12 Ga0.8Fe1.2O3の陽イオンの一部を他の陽イオン元素で置き換えた薄膜の測定

 

 図13は,上記成膜の中から,A=Scの例を選んで,薄膜の品質を調べたもので,XRDパターンのピークのフリンジ形状や半値幅,AFMで測定した表面粗さの小ささ等から,良質の薄膜が出来ていることが分かる.

 

図13 A0.2Ga0.4Fe1.4O3薄膜のA=Scの場合について成膜状況の評価

 

 図14にこのSc0.2Ga0.4Fe1.4O3の電場と分極の関係を示す.ここでは図11の測定で使用した圧電応答顕微鏡ではなく,電気的に電荷を直接図る測定を行った.圧電応答顕微鏡が分極を寸法の変化で測るのと違って,電荷の変化を測る直接的方法であるが,膜の絶縁性が悪いと測定が難しい.若干のリーク特性が存在するが,今回は,図に示すように室温で綺麗な強誘電特性が測定されており,AとしてScを用いた置換が有効であることが分かった.なお,Aのイオン半径が大きいほどリーク特性は良くなり,測定が容易になる事が分かった.

 

図14 A0.2Ga0.4Fe1.4O3薄膜のA=Scの場合について良好な強誘電特性

 

2.5 GFO型薄膜の配向と面内構造の検討 [4] ~東北大学微細構造解析プラットフォームの活用~

 以上の実験で,κ-Al2O3型構造で強誘電性を発揮する材料の存在を証明することができたが,課題として,実験で得られた分極値が,第一原理計算による理論値に比べて大幅に縮小していることが挙げられた.その理由を解明するためには,作製された薄膜結晶内の微細構造を解析する必要があるとの考えで,最先端の原子分解能・分析透過電子顕微鏡を擁する東北大学微細構造解析PFを利用し,プラットフォーム技術スタッフの豊かな経験に基づく支援を受けることとなった.

 図15(a)(b)は同顕微鏡で観測したGa0.8Fe1.2O3(GFO)薄膜断面のSTEM像である.(a)は観測デバイス断面写真で,(b)はそのGFO薄膜部の拡大写真である.同図左にX線回析による薄膜結晶のドメイン評価を示している.配向は膜面と直角のc軸で,3回対称ドメイン,即ち,3種類の面内ドメインを持っている.なおこれは基板の(111)SrTiO3結晶が3回対称構造を持っているのを引き継いでいることによる.(b)の断面STEM像では中央部に5~10nm幅の柱状ドメインがあり,3種類の面内ドメインの一つD1ドメインの原子配列が明瞭に見える.柱状ドメインの左右にはドメイン壁(DW: Domain Wall)がありその先は別の角度のドメインとなっている.

 

図15 Ga0.8Fe1.2O3の微細構造解析:断面STEM像(a)(b)(右)と配向・ドメイン評価(左)

 

 図16はκ-Al2O3型構造薄膜を上面から見たSTEM像の典型的な例で,ドメインの向きが異なる小さな結晶の集合体となっている.DW近傍では陽イオン密度の偏りが生じ,酸素の欠損が生じていることも分かった.試作薄膜結晶のドメイン寸法の統計データでは平均値は12nmと小さく,ドメイン境界から2nm以内の領域がDWと考えるとDW領域の占める割合は全体の半分以上となる.ナノドメイン構造の形成による様々な分極反転運動の阻害やリーク電流増加が,試作薄膜の分極値が理論値から大幅に落ちる要因と考えられる.個々のドメイン寸法を大きくすることが重要課題として把握された.

 

図16 κ-Al2O3型結晶薄膜の上面のSTEM像

 

2.6 κ-Al2O3型結晶薄膜の磁気特性 [5]

 κ-Al2O3型結晶で安定相でありかつ強誘電性が確認されたGaxFe2-xO3系についてGaとFeの比率を振って磁化特性を測定した結果,図17に示すようにフェリ磁性が確認された[6].同図(a)~(d)に示すように磁化は面内方向でGaの増加と共に残留磁化は減少している.同図(e)は磁化の温度依存性の測定結果で,低温にすると磁化率は増大する.x < 0.8では常温300Kで自発磁化を持つが,x=1では200K以下で自発磁化を持つ.同図(f)は5Kにおけるx=0.8およびx=1.0でフェリ磁性ヒステリシス特性を示している.

 

図17 GaxFe2-xO3薄膜の磁気特性:(a)~(d)はx=0~0.6の場合の300KにおけるM-H特性(Mは磁化,Hは外部磁場),
赤は面内,青は面外,(e)磁化の温度依存性,(f)5Kにおけるx=0.8と1.0の試料の面内M-H特性.

 

 図18は,上記GFO型薄膜のGaの一部を他の陽イオンAで置き換えたA0.2 Ga0.4Fe1.4O3薄膜(A=Al,Ga,Sc,In)について,300Kにおける磁化特性を調べたもので,左図はM-H特性,右図は飽和磁化Msと保磁力HcのA元素イオン半径との関係である[7].A=Al,Gaの場合は明瞭な,A=Scの場合は僅かなヒステリシス磁化特性が見られ,これら材料はフェリ磁性であることが認められた.イオン半径が大きくなると,飽和磁化の値は小さくなる傾向が分かった.また,Fe量が多い場合(A=Fe)保持力が大きく,特異的な状態であると考えている.

 

図18 (左図)A0.2 Ga0.4Fe1.4O3薄膜のM - H特性(A= Al,Ga,Sc,In),
(右図)A元素のイオン半径と飽和磁化(Ms)および保持力(Hc).

 

 これらの結果から,GFO型結晶構造の薄膜でマルチフェロイック特性が実現できることが実証された.

 

3.おわりに

 強誘電体材料は永い研究開発の歴史があり,そのユニークな機能を活かして不揮発性記憶素子,圧電素子など多彩な応用分野が広がっている.さらに,スマート社会に向けて大容量メモリへのニーズが高まるなか,より高密度な記憶素子として強誘電性と強磁性(フェリ磁性)の機能を併せ持つマルチフェロイック材料が注目されている.しかしこれまで強誘電体材料はペロブスカイト結晶構造周辺に研究開発が集中していて強誘電体結晶材料の可能性を十分引き出さていないとの考えで,安井氏が進められている強誘電体の未踏分野に可能性を求める新しい結晶構造体系作りへの挑戦の話を伺った.成果が次のように纏められる.

①ターゲットとして,理論計算からκ-Al2O3型構造結晶材料を選定した.目標は,マルチフェロイック強誘電体の実現である.
②κ-Al2O3型構造薄膜の作製に成功した.
③κ-Al2O3型(A,Fe)O3A=Al,Fe,Ga,Sc,In)結晶の強誘電性を初めて実証した.
④GaxFe2-xO3薄膜およびA0.2 Ga0.4Fe1.4O3薄膜(A=Al,Ga,Sc)でのフェリ磁性を確認し,室温駆動マルチフェロイックへの一歩を記した.
⑤原子レベル分解能電子顕微鏡を利用した結晶構造解析を行い,結晶のドメイン構造と界面における結晶構造の乱れ状況を把握し,分極特性阻害要因,特性改善のための指針を明確にした.
⑥今後の展開として,κ-Al2O3型GaFeO3のドメインを大きくするように薄膜作製技術の進化を図り,最終的には単ドメイン化を目指す.

 最後に安井氏は「本研究は東京工業大学 伊藤 満 氏,東京大学 片山 司 氏(現 北海道大学),防衛大学校 濵嵜 容丞 氏,ファインセラミックスセンター 森分 博紀 氏,小西 綾子 氏,東北大学 木口 賢紀 氏,白石 貴久 氏(現 東京工業大学)らの共同研究として行われた成果である.」として,これらの方々への謝辞を述べられた.

 本研究は,強誘電体の研究の永い歴史のなかで新しい頁を拓き,新しい歴史の始まりになることが予想される.本研究が実を結び,マルチフェロイック誘電体材料がスマート社会で活躍する日が待ち遠しい.

 

参考文献

[1] 東北大学ナノテク融合技術支援センター 微細構造解析プラットフォーム
https://www.nanonet.go.jp/yp/pf/A/TU/
[2] NanotechJapan Bulletin, トップページ>企画特集
https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/
[3] 国立研究開発法人 物質・材料研究機構,「室温で動作するマルチフェロイック薄膜の開発に成功~ナノシートの積木細工で実現 次世代の多機能電子素子への応用に期待~」,プレスリリース,2016.6.16.
https://www.nims.go.jp/news/press/2016/06/hdfqf1000007u649-att/p201606170.pdf
[4] Martí Gich, Ignasi Fina, Alessio Morelli, Florencio Sánchez, Marin Alexe, Jaume Gàzquez, Josep Fontcuberta, and Anna Roig, "Multiferroic Iron Oxide Thin Films at Room Temperature”, Advanced Materials, Volume 26, Issue 27, July 16, 2014, Pages 4645-4652; https://doi.org/10.1002/adma.201400990
[5] 東京工業大学ニュース「新しいメカニズムで発現する強誘電体を開発~磁性も備え,室温動作マルチフェロイックス新展開へ」プレスリリース,2017.12.14
https://www.titech.ac.jp/news/2017/040091
[6] Tsukasa Katayama, Shintaro Yasui, Yosuke Hamasaki, Takahisa Shiraishi, Akihiro Akama, Takenori Kiguchi, Mitsuru Itoh, “Ferroelectric and Magnetic Properties in Room-temperature Multiferroic GaxFe2-xO3 Epitaxial Thin Films”, Advanced Functional Materials,2017, DOI: 10.1002/adfm.201704789
[7] Tsukasa Katayama, Shintaro Yasui, Yosuke Hamasaki, Takuya Osakabe, Mitsuru Itoh, “Chemical Tuning of Room-temperature Ferrimagnetism and Ferroelectricity in ε-Fe2O3-type Multiferroic Oxide Thin Films”,
Journal of Materials Chemistry C
,2017, DOI: 10.1039/C7TC04363E

本文中の図は,図7,8,9を除いて安井氏から提供されたものである.

 

(向井 久和)