NanotechJapan Bulletin

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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第36回>
甲虫の微細構造観察
~美しい構造色の起源を探る~

東京理科大学 吉岡 伸也氏,筑波大学 微細加工プラットフォーム 末益 崇氏,俵 妙氏,中島 清美氏に聞く

 

(左)吉岡氏
(中)俵氏と末益氏 筑波大学PF,FIB-SEM装置の前で
(右)中島氏

 

 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業は,最先端研究設備の共同利用によりイノベーションの創出を図る.これによって得られる多くの成果の中で,特にホットな成果をピックアップして紹介する本Webジャーナル,NanotechJapan Bulletin 企画特集記事として今回は,東京理科大学が筑波大学の微細加工プラットフォーム(PF)を活用して,甲虫の微細構造観察した成果を取り上げる.玉虫の翅は,玉虫色に美しく輝いて見え,古来より玉虫厨子に代表される装飾用に珍重されてきた.この美しい色は構造色と呼ばれ,光の波長オーダーの微細構造によって発色している.東京理科大学 理工学部物理学科 教授の吉岡 伸也(よしおか しんや)氏は,様々な生物での構造色研究の第一人者であり,筑波大学の微細加工PFの利用者になって,甲虫の微細構造観察に取り組んだ.

 今回Webによるリモート取材で,吉岡氏と,筑波大学微細加工PF側から筑波大学 数理物質系教授の末益 崇(すえます たかし)氏,同PFの俵 妙(たわら たえ)氏,中島 清美(なかじま きよみ)氏(現,理化学研究所勤務)に,構造色研究の動向,PFを利用した甲虫の微細構造観察,観察結果の解析をベースにした構造色の起源究明,などを伺った.先ず,末益氏から,筑波大学の微細加工PFの概要について話を伺った.

 

1. 筑波大学の微細加工プラットフォームの概要

 筑波大学の微細加工PFでは,画期的な材料開発に挑む産学官の利用者に対して,高度な技術支援とともに利用機会を提供している[1].

 図1は,PFで利用できるナノテク・半導体分野の装置群で,リソグラフィ・成膜・エッチング関係の微細加工装置,加工したデバイスを観察・形状評価する顕微鏡群,電気特性や光学特性を評価する装置群,などがある.図1左上のデバイスシミュレータは,SiデバイスやSiCパワーデバイスの製造プロセスや性能をシミュレーションするもので,学外からリモートアクセスして利用できる.

 

 図1 筑波大学の微細加工PFで利用できる装置群

 

 今回,甲虫の微細構造観察に利用した装置は,図1の3段目中央のFIB-SEM(Focused Ion Beam:集束イオンビーム,Scanning Electron Microscope:走査電子顕微鏡)装置である(FEI社製,Helios 600i).FIBでは,Gaイオンを電界で加速し細いイオンビームに絞り込んで試料に照射し,試料を精密に加工できる.SEMでは電子ビームを試料面上で走査し,試料表面から放出される2次電子を検出することで,FIBで加工した試料断面を観察できる.1台の装置にFIBとSEMの両方を組み込み,試料を装置間で移し替えることなく,加工と観察ができる.さらに,筑波大学PFのFIB-SEM装置では,FIB加工(Slice)とSEM観察(View)を繰り返して行い(Slice & View),得られた複数枚の連続SEM画像をコンピュータで再構築する3次元解析が可能である.この3次元構造解析機能が,甲虫の微細構造解明に威力を発揮した.

 筑波大学PFのFIB-SEM装置を利用してデンプン顆粒内の空洞を観察した成果を,本Webマガジンで過去に取り上げた[2].この時の利用者は浜松医科大学の針山氏で,東京理科大学の吉岡氏は構造色の共同研究をしていた関係があった.吉岡氏は針山氏の紹介で,筑波大学PFを利用することになった.甲虫の微細構造観察では,FIB-SEM装置での経験が豊富な中島氏がPF側技術スタッフとして支援した.中島氏はその後理化学研究所に移籍し,現在筑波大学PFでFIB-SEM装置を担当しているのは俵氏である.PFには3人の技術スタッフがおり,俵氏はFIB-SEM装置も含め他の装置も担当している.

 筑波大学PFの学外利用は例年は年間20課題ほどで,多くは他大学からの利用であるが,企業の利用もある.ただし,2020年度は新型コロナウイルス感染症の流行の影響を受け,4月~6月はPFを停止したため,15課題に減少した.現在も緊急事態宣言が発出されている区域からの利用者は,PFへの来所を自粛してもらっている.

 末益氏自身,産業技術総合研究所(産総研)の微細加工PFのヘビーユーザであった.また,現在も広島大学・山口大学・名古屋大学の微細加工や微細構造解析のPFを利用して半導体や強磁性体の研究を推進している.「最近は研究費申請書に,共用研究設備を利用するか,新規に研究設備を購入する場合は共用化するか,について記載することになっていて,ナノテクノロジープラットフォーム事業がしっかり根づいている」と末益氏は語った.

 ナノテクノロジープラットフォーム事業は,「マテリアル先端リサーチインフラ」(10年間)として引き継がれ,データの利活用によりマテリアル研究開発を効率化・高速化・高度化する「マテリアルDXプラットフォーム」を構築する計画である.筑波大学では,パワーエレクトロニクスやスピントロニクスなど高度なデバイス機能の発現を可能とするマテリアル研究を重点研究領域としている.パワーエレクトロニクス分野では,2つの寄附講座:トヨタ自動車・デンソーの実装・回路寄附講座,富士電機の材料・デバイス寄附講座,を2013年から運営している.そこで,筑波大学の「マテリアル先端リサーチインフラ」としては,パワーエレクトロニクス共用システム機器群を微細加工PF機器群に加え,さらに分光エリプソメータやイオンミリング装置などを新規購入する計画を立てている.

 

2.生物の構造色に関する研究動向

 自然界には,玉虫のように美しく輝いて鮮やかな色の生物が沢山いる.その発色の仕組みは構造色と呼ばれ,光の波長オーダーの微細な構造によって光が干渉することで色がついている.多くの場合,物質の色はその材料に含まれる色素が光を吸収することで色がついているが,構造色では材料の構造によって色がついているので,キラキラと輝いて見える.色素のように時間経過とともに退色することはないので,古来より装飾品に応用されてきた.

 吉岡氏は,その美しい色の起源を究明したいとの思いから,構造色がどのような微細構造で生じているのか,またそうした微細構造が生物体の中でどのように形成されるのか,について興味を抱いて研究してきた[3].実は構造色については,300年余以前にニュートンがクジャクの翅の美しい色が薄膜干渉の色と類似していることを指摘していたが,近年になって電子顕微鏡でサブμmの構造が観察できるようになり,また波長オーダーの周期構造であるフォトニック結晶の研究が進展してきたことに伴って,生物の構造色に関してより深い理解ができるようになった.

 図2は,様々な生物での構造色が,どんな微細構造で生じているのかを概観している.右端の玉虫は,翅の断面に多層膜構造があり,多層膜からの反射光が干渉することで玉虫色に輝いている.緑や赤と色が違うのは,多層膜の膜厚が違うからであり,見る角度を変えると色が変わって見えるのも多層膜干渉の特徴である.右から2番目のクジャク(peacock)では,翅の断面は湾曲した多層膜構造になっていて,膜内にはメラニン色素顆粒が周期的に並んでフォトニック結晶を形成している[4].青や黄と色が違っている模様は,色素顆粒の間隔が違うことで理解できる.世界でもっとも美しい蛾と呼ばれるニシキオオツバメガ(図2右から2番目下)も,多層膜がくるりとカールした形状をもっている.図2中央,モルフォ蝶の美しい青色の翅の断面は,多層膜構造が切れ切れになって筋をなし,しかも各筋の棚積み重ね周期構造は一致することなく位相はバラバラである[5].図2左から2番目のシジミ蝶(lycaenid butterflies)の翅では,多層膜の各層に不規則な孔が沢山空いている.図2左端のカワセミ(kingfisher)では,膜ではなくて立体的な網目構造になっている.どこから見てもマットな青色で,色の角度依存性が少ないこともこうした構造から理解できる.

図2 生物の構造色の例:様々な微細構造による鮮やかな発色

 

 構造色を生み出す主たる要因は,生物が持つ周期的な微細構造に光が多重反射して干渉するからと理解されるが,多層膜構造だけではなく,複雑な要因が絡んでいることが分かってきた.多層膜干渉では,膜厚と入射角度,光の波長で決まる干渉条件を満たす波長だけがある反射角度で反射するはずだが,モルフォ蝶の場合,かなり広い角度範囲で青色に輝いて見える.

 図2中央のモルフォ蝶鱗粉断面構造を,多層膜が切れ切れになって筋が並び,各筋内の棚積み重ね周期構造はそろわないで互いに相関はない,と仮定して理論計算すると,各筋の棚構造で青色の光が反射され,かつ筋の幅が狭いために回折効果で広い角度範囲に反射する.また,隣り合う筋間には位相相関はないので,回折格子と同様な干渉効果はなく,各筋による干渉回折パターンの重なりとしてモルフォ蝶独特の輝きをつくると考えられる.周期的な微細構造だけでなく,不規則的な配列も内蔵しているために,その生物に特有の構造色を生み出している[5].

 クジャクの構造色の場合,メラニン色素顆粒がサブμm周期で規則的に並んでフォトニック結晶となって干渉色を生み出すだけでなく,多層膜が平面ではなく湾曲しているために反射光が拡散している.さらには,メラニン色素顆粒が干渉光以外の背景散乱光を吸収するので,干渉色が輝いて見える.構造色と色素吸収による発色の複合化も,鮮やかな構造色を生み出す要因になっている[4].

 

3.アゲハ蝶のフォトニック結晶(ジャイロイド型)による構造色

 吉岡氏は近年,生物のフォトニック結晶による構造色にフォーカスして研究している.次章で,甲虫のフォトニック結晶による構造色について,筑波大学PFのFIB-SEM装置を用いて微細構造観察した結果を詳しく説明する.その前に,アゲハ蝶のフォトニック結晶による構造色について紹介しておく[6].

 図3は,中南米に生息するマエモンジャコウアゲハ(Parides sesostris)で,黒色の翅の中に緑色に輝いている斑紋がある.その部分を光学顕微鏡で観察すると,図3左のように大きさ100µm程の緑色の鱗粉がびっしり並んでいる.鱗粉を1枚取り出して,図3左下に描いた偏光落射照明の顕微鏡で観察した結果が図3右である.検出系の偏光子の向きを,照明系の偏光子の向きと同じ平行にするか,直交させるかで大分様子が異なる.直交偏光で見ると,ステンドガラス状に沢山のドメインに分割され,色も一様でなくドメイン毎に異なっている.一方,平行偏光の場合は,反射強度は直交偏光より10倍大きいが(強度をフィルタで1/10に落として撮影している),ほぼ一様に黄緑色に見える.何故,偏光によって見え方が異なるのか?

 


図3 アゲハ蝶の鱗粉の反射偏光特性

 

 その謎を解くために,鱗粉の内部構造をSEM観察した.図4左下の低倍率では,各鱗粉の表面に長軸方向の筋構造(リッジ)が観察される.さらに,鱗粉を切断して断面を高倍率で観察した像が,図4右である.断面は3つの層から構成されていて,表面部のリッジの下はハニカム層(ハチの巣状の柱状構造)になっていて,最下層に構造色の起源となる周期的な網の目構造のフォトニック結晶が観察される.この構造はジャイロイド型と呼ばれ,「3方向に無限に連結した3次元の周期極小曲面」で,連結部の3本の足が回旋しているように見えることから命名された(4.2節の図10を参照).

 


図4 アゲハ蝶の翅のフォトニック結晶(SEM観察)

 

 しかし,このフォトニック結晶は大きさ約100µmの鱗粉全体にわたって単結晶になっているのではなく,10µm程の多結晶に分れている.鱗粉上層のリッジやハニカム層をガラスピペットで取り除いて,フォトニック結晶層の表面だけをSEM観察すると,網の目構造の向きが部分部分で違っていて,網の目の向きが違う境界が,多結晶ドメインの境界になっている.ドメイン毎に網の目の向きは異なるが,同じ表面構造を持っている.この表面構造はジャイロイド構造の[110]面に対応していることが,理論計算との比較から分かった.この[110]面は,ジャイロイド型構造のフォトニックバンド計算によると,緑色に対応するバンドギャップを持つために,平行偏光で鱗粉全体は緑色に見えている.一方,直交偏光ではドメイン毎に[110]面の回転配向がバラバラなので(表面に垂直な軸を中心に回転自由度がある),回転角度に依存して反射率が異なるために,ステンドガラス状の模様が見えることになる.

 多結晶なジャイロイド型フォトニック結晶が,構造色の起源になっていることが解明された.それでは,蝶の翅にあるジャイロイド構造はどのように形成されるのか?どうやって表面配向を[110]面に揃えているのか,という生物内の形成過程については謎のままである.

 

4.FIB-SEM装置を用いた甲虫の微細構造観察

 吉岡氏は,フォトニック結晶による構造色が蝶以外にないか?多結晶でありながら,特定の面に方位を揃えて構造色を生み出している生物は他にないか?との方針から,2種の甲虫:ゾウムシとカミキリムシを研究対象に選んだ.また,筑波大学微細加工PFのFIB-SEM装置を利用して,Slice & View法でフォトニック結晶の3次元構造解析に取り組んだ.以下,先ずゾウムシの微細構造観察から紹介する.

4.1 ゾウムシのフォトニック結晶(ダイヤモンド型)による構造色[7][8]

 ゾウムシは図5左の写真に示したように,翅が金緑色に輝く,体長2㎝程の甲虫で,口部がゾウの鼻のように伸びているのでゾウムシと呼ばれる.ゾウムシ類は世界で6万種も知られており,筑波大学の末益氏の自宅庭にあるオリーブの木の根元に20~30匹生息しているのを発見したとのエピソードを伺った.観察対象としたのは,Lamprocyphus augustusという名の南米に生息するゾウムシの美麗種である.体表には鮮やかな色を持つ鱗片と呼ばれる丸くて薄い板が,びっしり並んでいる.

 

図5 ゾウムシ鱗片のFIB-SEMによる表面クチクラ除去と観察

 

 図5中央は,ゾウムシの鱗片を1枚取り出したもので,長さ100µm×幅50µm程で表面はなだらかな曲面になっている.鱗片内部の構造を観察するために,鱗片表面をFIBで取り除いた.図5右は,FIB-SEM装置で鱗片表面のクチクラと呼んでいる堅い膜を除去する実験配置を描いている.クチクラは,表層細胞から分泌される主にたんぱく質でできている保護膜である.鱗片試料をアルミニウム製の試料台の角に置き,FIBからのGaイオンビームを鱗片に平行に照射する.当初は鱗片の垂直方向から照射してクチクラを除去しようとしたが,クチクラだけでなくその下にあるフォトニック結晶まで壊してしまい,観察できなかった.鱗片の真横からGaイオンビームを照射すると,鱗片表面がなだらかにカーブしているので,薄いクチクラ層をきれいに除去できる.「観察したいフォトニック結晶にダメージが残らないように,弱いビーム電流(83pA)でゆっくり時間をかけて慎重に加工を施した」と中島氏は振り返った.クチクラを除去した後,フォトニック結晶表面をSEMで観察した.

 図6はSEM観察結果で,図6左上の鱗片の表面クチクラ層を除去した赤色枠内を拡大して観察したSEM像が,図6右である.網の目状のフォトニック結晶が見えている.黒色の穴は空気で,一つの穴の周囲には6つの穴が60度間隔で囲んでいる.写真下部のスケール(2µm)を参照すると,2つの穴の間隔は300nm程であり,光の波長で干渉を起こすサイズになっている.この微細構造が構造色をもたらしていると考えられる.

 


図6 ゾウムシのフォトニック結晶の表面配向SEM観察

 

 図6右のSEM像を仔細に観察すると,網の目の模様は同じでも場所場所で模様の回転向きがマチマチであることが分かる(3本の赤線が360度を6分割したマークを参照).つまり,鱗片全体は一様な単結晶ではなく,約10µmサイズのドメインに分割された多結晶になっている.ただし,ドメインの配向は全くのバラバラではなく,鱗片表面に垂直な方向に揃っている.図6左の模式図は,多結晶のドメイン配向の様子を描いたものである.第3章でアゲハ蝶鱗粉のフォトニック結晶においても,多結晶ドメインの表面配向はそろっていることを紹介したが,それと同様である.

 次に,FIB-SEM装置を用いてフォトニック結晶の3次元構造を再構築することで,フォトニック結晶の構造タイプや表面配向方向を解析した.図7左はSlice & Viewの配置で,FIB加工とSEM観察を繰り返すことで連続した断面像を得る.図7右はSlice & Viewを開始する前に,赤色枠内を観察領域に設定したSEM像である.観察領域の面積は1.91µm×3.01µm,1回のFIB削り幅(Slice幅)は17nm,Slice & Viewを80回繰り返すことで80枚の断面SEM像を取得し,17nm×80回=1.39µmの深さにわたり観察した.FIBのGaイオン加速電圧は30kV,ビーム電流は33pAでゆっくり時間をかけて実施した.夕方までにFIB-SEMの条件設定が決まれば,Slice & Viewの連続操作は装置が自動で行うので,翌朝には80枚の断面SEM像が得られている.80枚のSEM像を元に,専用ソフトウェアで3次元再構築して,ゾウムシ鱗片のフォトニック結晶構造の3次元実験データを得た.

図7 FIB-SEM装置によるSlice & Viewで3次元構造を再構築

 

 図8右は,ゾウムシのフォトニック結晶構造をFIB-SEM装置でSlice & Viewして取得した3次元再構築実験データの単位胞で,この構造がXYZの3方向にネットワーク状に繋がっている.大部分は空気の穴になっていて,クチクラが四つ又の腕を出して網の目を形成している.図8左は,フォトニック結晶がダイヤモンド型だと仮定して理論計算で求めた構造である.ダイヤモンドでは炭素(C)が4つのCと互いに共有結合して面心立方晶の結晶構造を取っているのと同様に,単位胞の頂点位置と面心の位置に水色で示したクチクラの塊の断面が見える.単位胞の内部には,四つ又の構造が4つ存在している.図8の左右を比較して,フォトニック結晶の構造がダイヤモンド型であることが分かる.


図8 ダイヤモンド型のフォトニック結晶単位胞;
(左)ダイヤモンド型の理論計算、(右)Slice & Viewで再構築した実験

 

 実験で求めた3次元再構築物を,コンピュータ上で回転させて別の角度から眺めると,空気の穴が貫通しているように見える角度がある.例えば,[110]の方向から眺めると穴が貫通しており,理論計算によるシミュレーション結果とも一致した.これらの結果から,ゾウムシのフォトニック結晶構造はダイヤモンド型であると確証した.

 ゾウムシのフォトニック結晶構造はダイヤモンド型であることが分かったので,図6で観察したフォトニック結晶の表面は,ダイヤモンド型の[111]面を見ていたことになる.多結晶のドメインに分割されているが,表面配向はどのドメインも同じ[111]面になるように揃えている.そこで,次にこれらの情報をベースにして,ゾウムシ鱗片の光学特性を調べてみた.

 図9左は,ゾウムシ鱗片の反射スペクトルで,複数ある曲線データは,図9左下に示した鱗片上の5つの測定点に対応している.鱗片上のどの場所でも,ほぼ同じ反射スペクトルで,550nm~650nmに反射強度が高くなる帯域がある.図9右は,ダイヤモンド型フォトニック結晶を仮定したフォトニックバンド計算結果である.横軸は電磁波の波数(結晶方向),縦軸は周波数(エネルギー)で,実験から求めたパラメータを使って計算した.t=0.15はクチクラが空間に占める割合,n=1.515はクチクラの屈折率,a=401nmは単位胞の一辺の長さである.

 

図9 ゾウムシ鱗片の反射スペクトルの測定結果(左)とフォトニックバンドの計算結果(右)

 

 図9右のフォトニックバンド計算結果では,横軸のL点([111]方向)でのバンドギャップエネルギーが光の波長としては557nm~629nmの波長帯に対応している.このバンドギャップの波長の光は結晶を通過できないで反射する.即ち,この計算結果は,図9左の実測データとよく一致しており,ダイヤモンド型フォトニック結晶の[111]面からの反射,発色であることをさらに支持する.

 

4.2 ヒメミドリホウセキカミキリのフォトニック結晶(I-WP型)による構造色[9][10]

 アフリカに生息するカミキリムシで,鮮やかな緑色の発色が特徴のヒメミドリホウセキカミキリ(Sternotomis callais callais, 図10右上欄外)を対象に,鱗片の微細構造を観察して,3次元構造解析を行った.


図10 各種フォトニック結晶構造の特徴と生成過程

 

 観察と解析の結果,このカミキリムシの構造色もフォトニック結晶によるもので,I-WP型のフォトニック結晶と結論した.I-WP型のIは体心立方晶(図10表の右端中段),WP(Wrapped Package,図10表の右端下段)は立方体にリボンをかけたような形状に見えることから命名された構造である.体心立方晶の単位胞を理論計算したもの(図10表の右端中段)は,立方晶の体心にクチクラの塊があり,そこから8つの頂点に向かってクチクラの腕が延びた構造になっている.この単位胞がXYZの3方向に周期的に繰り返されたネットワーク構造が,実験から再構築したカミキリムシ鱗片の3次元構造と一致した.また,体心立方晶の[110]面が鱗片の表面に配向していることで,緑色に見えることも判明した.

 図10の中の表は,生物のフォトニック結晶で4つの型;プリミティブ型,ジャイロイド型,ダイヤモンド型,I-WP型について比較対照したもので,表の上の欄外に構造色を示す昆虫の例を載せている.表の1行目は,フォトニック結晶構造を表す近似式で,3次元で周期的な“極小曲面”を表している.“極小曲面”とは,「曲面上のあらゆる点で平均曲率が0となる曲面」と定義され,三角関数の比較的単純な数式で表される.曲面上の任意の点で,最大曲率と最小曲率が正負が逆で,その和は0となり,鞍状の曲面になっている(図11).その曲面の内側にクチクラが分泌されている場合(上段の近似式の場合)が表の2段目,外側に分泌されている場合(近似式の不等号を反転させた場合)が3段目である.

図11 極小曲面


 プリミティブ型とダイヤモンド型では,極小曲面の内側を埋めたものと外側を埋めたものと全く同じになる.ジャイロイド型では,内側・外側を埋めたものは右巻きと左巻きの鏡像関係になって異なり,アゲハ蝶ではどちらの構造も見つかっているので,クチクラが分泌される向きは制限されてない.I-WP型では内側を埋めたものが体心立方晶(I型),外側を埋めたものはWP型で全く異なる構造になり,カミキリムシではI型しか見つかってないので内側にクチクラを分泌するように制限されている.

  吉岡氏は,生物のフォトニック結晶の生成過程に強い関心を抱いている;

  • 昆虫はさなぎの中で翅を作る時に,どのようにフォトニック構造を作っているのか?
  • アゲハ蝶はジャイロイド型,ゾウムシはダイヤモンド型,カミキリムシはI-WP型と,いくつか取り得るフォトニック結晶構造の中で,どのような仕組みで選択しているのか?

  図10右下の模式図に描いたように,昆虫では翅を構成する細胞にある滑面小胞体(黄色部)が,細胞膜(黒線)の外(朱色の部分)にクチクラを分泌してフォトニック結晶構造を作っている.フォトニック結晶のタイプとしては,図10の表に挙げた4種類だけでなく,未だ発見されてない構造もあるかもしれない.原子の結晶構造では空間群の230種類の中で,100種類程が実在する.フォトニック結晶でも対称性だけで考えると同程度のタイプが考えられるが,構造色を呈するためにバンドギャップが広くなるようなフォトニック結晶構造を選択するように,何らかの制御をしているものと思われる.

 「生物の構造色を工業製品に応用する“バイオミメティックス”を考えると,生物内でのフォトニック結晶構造の生成過程の究明は大きな課題である」と吉岡氏は強調した.構造色の応用製品は,自動車の車体塗装,化粧品や衣類への応用など,既にある程度進展している.しかし,細胞の外にミクロでより複雑なフォトニック結晶構造をどのような生成過程で作っているか,フォトニック結晶構造の曲面の曲率制御をはじめ構造制御の仕組みが解き明かされれば,製造コストの観点も含めて“バイオミメティックス”へのインパクトは大きい,と期待される.

 また,吉岡氏は次のように話し,研究成果が大学院生との共同研究で得られたことを強調していた.「ゾウムシの研究は海老原君,カミキリムシの研究は小林さんとの共同研究です.PFで得られたデータを彼らが注意深く解析してくれたので,鮮やかな色の背後にある複雑な網目構造を決定することができました.」

 

5.おわりに

 生物がもつ鮮やかな構造色が,フォトニック結晶など波長オーダーの周期構造に起因することが明らかにされ,FIB-SEM装置による3次元構造解析でフォトニック結晶構造の複数のタイプが存在することが確認された.生物がそうした微細なフォトニック結晶を,どのような仕組みで自己組織化して形成しているのか,生物学と物理学の境界領域にわたる奥深い研究テーマが今後さらに進展することを期待したい.

 

<参考文献>

[1] 筑波大学 微細加工プラットフォーム:http://www.u-tsukuba-nanotech.jp/
[2] 針山 孝彦, 村上 勝久,“FIB-SEM によるデンプン顆粒内空洞の観察”,NanotechJapan Bulletin Vol. 8, No. 1 (2015):https://www.nanonet.go.jp/ntjb_pdf/nanotechEXPRESS-38.pdf
[3] 東京理科大学 吉岡研究室 HP: http://www.yoshioka-lab.com/index.html
[4] S.Yoshioka and S.Kinoshita, “Effect of Macroscopic Structure in Iridescent Color of the Peacock Feathers”, Forma, Vol.17, pp.169–181 (2002):
http://www.scipress.org/journals/forma/pdf/1702/17020169.pdf
[5] S.Kinishita, S.Yoshioka, Y.Fujii and N.Okamoto, “Photophysics of Structural Color in the Morpho Butterflies”, Forma, Vol.17, pp.103~121, (2002):
http://www.scipress.org/journals/forma/pdf/1702/17020103.pdf
[6] 吉岡  伸也,”蝶の鱗粉のジャイロイド構造:配向特性と偏光特性”,第63回高分子学会,(2014):http://www.yoshioka-lab.com/presentation/abstract/2014koubunshi.pdf
[7] 吉岡 伸也,海老原 稜,加藤 一郎,中島 清美,“甲虫の微細構造観察”,微細加工platform平成27年度成果事例:https://www.nanonet.go.jp/case/content/case/NP/F/BA/F-BA-2015-001/H27-F-BA-01.pdf
[8] R.Ebihara, H.Hashimoto, J.Kano, T.Fujii and S.Yoshioka, “Cuticle network and orientation preference pf photonic crystals n the scales of the weevil Lamprocyphus augustus”, J.R. Soc. Interface, Vol.15, 20180360 (2018):https://royalsocietypublishing.org/doi/pdf/10.1098/rsif.2018.0360
[9] 小林 由桂,吉岡 伸也,“ホウセキカミキリの一種のフォトニック結晶”,日本物理学会2019年秋季大会 概要集,13aPS-93
[10] Y. Kobayashi, R. Ohnuki and S. Yoshioka, "Discovery of I-WP minimal-surface-based photonic crystal in the scale of a longhorn beetle", J.R. Soc. Interface, (2021):
https://doi.org/10.1098/rsif.2021.0505

(図1は末益氏から,図2~11は吉岡氏から提供された)

 

(尾島 正啓)