NanotechJapan Bulletin

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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 卓越した技術スタッフ
<令和元年度技術支援貢献賞>
デュアルビームFIB装置を用いた技術支援
受賞者 東北大学 微細構造解析プラットフォーム 兒玉 裕美子氏に聞く

 

(左)表彰式でのスピーチ,(右)デュアルビームFIB加工装置の前で兒玉氏

 

 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業は平成24年度に始まり令和元年度は8年目に当たる.この間の全国の25拠点が提供する共用施設の産学の利用者は年々増加し,ナノテクノロジーの効用発揮の分野も広がりつつある.最先端装置を利用者のニーズに合わせて使いこなすためには,装置使用法のスキルと共に拡大する利用分野に対応させるアクティブな技術支援活動が利用成果の鍵を握る.ナノテクノロジープラットフォーム事業では,毎年,全国拠点のプラットフォームの中から特に優れた支援活動を行ったものを表彰している.令和元年度は技術支援貢献賞が5件と若手技術奨励賞が1件選出され[1],その表彰式は東京ビッグサイトで開催されたnano tech 2020国際ナノテクノロジー総合展の初日の2020年1月29日午後に,同会場内のシーズ&ニーズセミナー会場Bで行われた.

 本稿はその中の技術支援貢献賞受賞の東北大学 微細構造解析プラットフォームの研究員 兒玉 裕美子(こだま ゆみこ)氏による「デュアルビームFIB(Focused Ion Beam:集束イオンビーム)装置を用いた技術支援」[1]の業績を紹介する.リモート会議による取材で,同氏の技術支援活動状況を伺った.

 

1.東北大学 微細構造解析プラットフォームの概況

(1)東北大学のナノテクノロジープラットフォームの特徴 [2]

 東北大学は文部科学省のナノテクノロジープラットフォーム事業を構成する3つのプラットフォーム(PF)のうち,微細加工PF,微細構造解析PFに参画している.微細構造解析PFは東北大学 金属材料研究所ならびに研究推進・支援機構 先端電子顕微鏡センター(電顕グループ)と理学研究科 巨大分子解析研究センター(分子合成グループ)の両者の設備を有しており,実質的には文部科学省のナノプラットフォーム事業の3技術分野を一つの組織の中で運用することで,総合大学としての特徴を活かしており,広く,深く利用者である公的研究機関,民間企業の研究・開発者の課題解決を支援し,技術分野融合領域における新たなイノベーション創出を含め,社会発展に貢献することを目指している.東北唯一の共用設備運用組織であり,展示会やセミナーを含む地域連携活動を積極的に行い,地方の産業活性化にも注力している.

 

(2)東北大学微細構造解析プラットフォームの共用設備と活動状況

 表1に東北大学微細構造解析PFの共用設備を示す.電顕グループが担当する装置と分子合成グループが担当する装置がある.兒玉氏が属している電顕グループには2台の走査電子顕微鏡,2台の集束イオンビーム(FIB)加工装置,4台の分析電子顕微鏡と試料作製装置群がある.また,分子合成グループはX線回折,熱分析,分光分析,核磁気共鳴などの諸装置を揃えている.

 

表1 東北大学微細構造解析プラットフォームの共用設備

 

 表2に令和元年度の微細構造解析PFの利用状況を示す.表2左は,利用者の所属別の利用状態を示しており,表2右は利用形態別の利用状態を示している.図1は表2の利用者所属別件数と利用形態別件数の割合を円グラフで表したものである.利用者所属別では,PFは民間の分析会社に比べて安価に利用でき,技術スタッフからの手厚い支援も得られることから,大学の利用が多い.一方,大企業は技術的にも高度で守秘性も高いので,文部科学省の事業には入らない個別の契約を結んで設備を利用する傾向が強くなってきて,この表のデータには含まれていない.利用形態には,技術相談,技術代行,技術補助,機器利用,共同研究がある.最先端装置であり,利用者の多くが未経験の装置なので,技術スタッフが技術代行するケースが半分近くなっている.また,FIBについて利用予定者に対して随時FIB技術研修を実施しており,最近では使用法をマスターした利用者による機器利用も増えはじめている.走査電子顕微鏡も,他所でも多く使われるようになってきており,経験者による機器利用も増えはじめている.また学生同士での操作技術の伝達も見られると兒玉氏は語った.

 

表2 東北大学微細構造解析プラットフォームの令和元年度の利用者所属と利用形態内訳

 

図1 (左図)表2の利用者所属別件数の割合,(右図)表2の利用形態別件数の割合

 

(3)プラットフォーム活用に関する啓蒙活動

 東北大学微細構造解析PFは共用設備利用者支援という本来業務の他に,次のような地域社会の啓蒙活動を実施している.

「FIB技術研修」:大学等研究機関や企業の共用装置利用予定者を対象に随時FIB技術研修を行い,機器利用者の増加の効果を得ている.

「顕微鏡体験教室」:小中学生やその家族に顕微鏡や材料,ナノテクノロジーに親しみ楽しんでもらう.

「片平まつり」:東北大学が隔年に開催する小中高校生や一般人を対象とするイベント.FIB装置では,極微細な絵を描画し,光学顕微鏡で子供たちに観察させている.

「東北大学地域連携イノベーション展」:東北大学ナノテク融合技術支援センターの活動状況の紹介等を行う.

「微細構造解析分野施設見学会(東北地域ものづくり企業基礎向上セミナー)」:東北の企業の方々に来ていただき,共用設備・機器・支援例の紹介,施設見学を行っている.

 

2.兒玉氏の仕事について

2.1 東北大学微細構造解析プラットフォームでデュアルビームFIB装置担当に至る経緯

 兒玉氏は高校生の頃,地理に興味あり,日本の農業が危機的状況にあることを知り,山形大学農学部に入学した.そこでは,生物生産学科に属し,微生物による環境浄化に対する興味から嫌気性微生物の研究室に所属した.

 卒業後,地元の株式会社海洋バイオテクノロジー研究所に就職し,石油汚染環境から新規有用微生物の分離・同定などを行い,3菌株を見つけ学名を付けた.その過程でSEM(走査電子顕微鏡)およびTEM(透過電子顕微鏡)の使用経験を積んだ.

 平成18年岩手大学大学院連合農学研究科(博士課程)生物資源科学専攻に社会人入学し,平成21年9月に修了し,優秀学術賞を受賞した.

 この間の平成20年海洋バイオテクノロジー研究所から東京大学 先端科学技術研究センター 橋本 和仁 研究室に特任研究員として移り,田んぼ発電,微生物燃料電池,電気産生菌などの研究に従事した.ここでも,電気産生菌について新たな2菌株を見つけて学名をつけている.

 平成22年,仙台に移り,東北大学金属材料研究所 今野 豊彦 研究室のFIB(集束イオンビーム装置),SEMを操作できる研究員の募集に応募し,採用され,今野研究室の産学連携研究員として勤務することとなった.文部科学省ナノテクノロジーネットワークの拠点である東北大学ナノテク融合技術支援センターによるイノベーション創出支援事業(ナノ計測・分析領域)でFIB,SEMの技術支援に従事した.平成24年からは,ナノテクノロジープラットフォーム事業(東北大学微細構造解析PF)で産学連携研究員として,FIB,SEMを中心に技術支援活動に従事している.

 

2.2 東北大学微細構造解析PFのデュアルビームFIB加工装置

 兒玉氏が主に担当したのは2台の集束イオンビーム加工装置で,Thermo Fisher Scientific社製のデュアルビームFIB加工装置Quanta 3D(2007年6月導入)とVersa 3D(2013年11月導入,文部科学省H24補正予算)である(2台ともFEI社が開発したが,同社がThermo Fisher Scientific社に買収された).デュアルビームとはイオンビームと電子ビームを指し同社の商品名として使われており,通常はFIB/SEM加工装置と呼ばれている.

 図2に2台の集束イオンビーム加工装置の仕様を比較している.両者ともガリウム(Ga)イオンをイオン源としたイオン銃を搭載しているが,新しいVersaの方は加速電圧を低くできるので,TEM用の薄い試料を作る際も質の高い試料が作れ,プローブ電流も大電流化されて大面積の加工ができる.さらにチャージ中和モードがあるので,非導電性の試料で,蒸着をしたくない場合,このモードを利用し加工することができる.また,反射電子検出器もとりつけられている.

 電子ビームの光源については,Quantaが熱電子放出型,Versaが電界放出型であり,Versaの方は,SEMとしての分解能も改善されている.

 

図2 2台のデュアルビームFIB加工装置の仕様比較

 

 

2.3 FIBにできること

 FIBは試料表面にイオンビームを走査しながら照射し,次の3機能を果たす.

1)「見る」:試料表面から発生する2次電子を検出し,SIM(Scanning Ion Microscope)像を得る.このSIM像では,最表面の組成・チャネリング・電位・改質コントラストが観察できる.
2)「削る」:スパッタリング現象を利用して,試料表面を精密に削る(掘る)
3)「積む」:基板表面にガス銃でガス流を流しているところにイオンビームを走査し,微小領域にカーボン・プラチナ・タングステンなどの保護膜を堆積する.なおデュアルビームFIB加工装置では電子ビームによる,ダメージの少ない成膜も可能である.

 

2.4 デュアルビームFIB加工装置の適用領域(技術支援分野例)

 東北大学微細構造解析PFのデュアルビームFIB加工装置は,次の分野に適用されている.

1)SEM観察,SIM観察
2)TEM観察用薄片試料作製:試料の種類は断面試料・平面試料(図3(a)),アトムプローブ(針状加工)(図3(b)),TEM向け加熱観察E-chip用の薄片試料作製およびE-chip上への固定(図3(c))
3)シリアルセクショニング法による3D再構築(図3(d)):試験片を研削して現れた断面画像を取得する作業を繰り返し,積層された2次元像から専用解析ソフトにより3次元像を構築
4)配線修正:半導体ICの回路配線の切断や接続,ナイワイヤ固定(図3(e))
5)微細加工:最近は光メタマテリアルの加工依頼が増えている.:図3(f)はビットマップファイルの画像データをもとに10µmサイズの微細画像を描画した例

 

図3 FIBの適用領域

 

 これらの適用分野の中で,「2)TEM観察用薄片試料作製」が一番多いと兒玉氏は語っている.

 

2.5 FIBを用いたTEM観察用薄片試料作製工程

 ここで,FIBの支援件数の一番多いTEM観察用試料作製を取り上げ,その工程と,工程において苦労する注意点を紹介する.これは,断面試料作製方法でマイクロサンプリング法と言う.従来は機械研磨やイオン研磨で作製する方法が用いられてきたが,最近は経済的で時間もかからないFIB/SEM加工装置による作製が主流になりつつある.図4の写真群の左上から右下まで,青の矢印がその工程を示している.上段左は薄片試料を切り出す母材表面の切り出す位置に保護膜(カーボン,タングステンまたは白金)を堆積している.上段写真の矢印で示すように,保護膜の位置の両側を粗掘り,中堀り,精掘りと堀り進め,保護膜の幅を厚さとする板状小片が形成される.中段の左写真では板状小片左側と底辺を母材から切り離し,中段中央写真に示すようにプローブを板の角にプラチナまたはカーボンで接着した後,板状小片の右側も母材から切りはなしリフトアウトする.中段の右写真では板状小片をマイクログリッドにプラチナまたはカーボンで接着する.下段左写真は,これを上から見たものである.この小片を下段中央写真のように100nm程度まで薄片化する.薄片化は小片を+2°と-2°に傾けて0°方向に照射するイオンビームが極めて浅い角度で小片に当たることで行う.下段右写真は薄片を横から見たものである.薄片の固定辺の反対側の辺には薄片化し残して,縁取りが出来るようにしてある.なお,薄片化の際にダメージ層が出来るので,低加速のアルゴンイオンを用いたジェントルミルで削り取る場合もある.兒玉氏はFIB加工に従事して,この薄片化が一番大事と考えていると語った.

 

図4 FIBを用いたTEM観察用薄片試料作製工程

 

2.6 FIB加工における注意事項

(1)FIB加工によるダメージ [3][4]

 FIB加工においては次のようなダメージが発生する.①薄膜表面のアモルファス化,②薄膜表面の凹凸および膜厚の不均一性,③結晶欠陥,④イオンや原子のミキシング,⑤サンプル温度上昇に伴う材料の変質.

 図4下段の薄片化工程において切断面での上記①のアモルファス層の発生状況については,イオンビーム加速電圧を30kVから5kVに下げるとアモルファス層膜厚は20nmから6nmに減るというデータが報告されている.ダメージを減らすためには低エネルギーイオンによる加工を行うが,ダメージ層は残るので,必要な場合はエッチングやイオンミリングを追加する.

 図4上段の保護膜を被せた面(最表面)を観察したい利用者向けに,Si基板を用いてダメージ層を評価したところ,保護膜を堆積するためのイオン照射で最表面に58nmのアモルファス層が出来ていることが分かった.保護膜堆積の前にカーボンを蒸着することで対処する手法を検討し,蒸着膜厚10~30nmでは試料最表面にアモルファス層は33~36nm残っていたが,蒸着膜厚160nmでアモルファス層は消えて,Si基板の最表面もアモルファス層がある場合と異なり,きれいな平面が保たれていた.最表面の観察には,保護膜を堆積する前にこのような前処理が必要であることが分かった.

 

(2)FIB加工における注意点

 兒玉氏はFIB加工装置で利用者を支援する際の注意点を図5のように整理して説明された.これら注意点への対処法を創出しつつ,利用者へのより手厚い支援提供の努力をされている.図5の「A 前処理が必要な試料」b)最表面観察は,上記(1)で説明したものである.

 「B 加工が難しい試料」a)深い穴や亀裂のある試料では,図4下段中央の薄片化の工程で,薄片表面へのイオンビーム照射角度を+2°,-2°より更に浅い角度に調整し,穴が大きくなるのを防いだ.b)異種材料の界面観察用試料作製では,上記と同じ薄片化工程で,界面がビーム照射と平行の場合は界面が深く掘れ,そこから二つの材料の柔らかい方が先に削れてしまうので,界面がビーム照射と直交し,二つの材料の硬い方を下にするように試料の位置を設定することで改善した.

 「C 薄片化に注意を払う試料」a)Ag(銀)が入っている試料では,薄くするとAgが動いてしまうので100nm以下にはできない.c)たわみ易い試料の場合では,試料をマイクログリッドのポストの上に長辺を固定するとともに,薄片化に際して試料の短辺と底辺の縁を削らずに残す縁取りで解決している.

 

図5 FIB加工の対象を広げ,より的確な結果を得るための注意点

 

(3)利用者へのお願い事項

 FIB加工を担当し,利用者を支援する者としては,利用者の材料や観察目的に合った条件で加工を行い,必要に応じて条件検討や改良を行うことで,利用者の希望に沿ったより良い観察試料の提供が可能となると共に,自らの技術の向上とノウハウの蓄積が出来る.そのため利用者へのお願い事項として,次の情報提供を挙げている.

・加工依頼時の情報:材料名,導電性の有無,切り出す方向,観察したい場所,観察目的(高分解能観察,EDS分析,結晶方位など)
・観察後の情報:目的が達成されたかどうか

 

(4)新型コロナウイルス感染予防対策

 令和2年に入ってから,新型コロナウイルスの感染拡大で,利用者立ち合いの下での加工ができなくなった.そこで,図6に示すような,Webを利用したリモート立合観察を行っている.写真に示すようにWebカメラを設置してFIBモニターを撮影し,その映像をパソコン搭載のZoomシステムで遠隔の利用者と共有している.立合希望者はインターネット環境があればどこからでも立合可能で,リアルタイムに観察でき,オペレーターとも会話が出来る.

 

図6 新型コロナウイルス感染防止対策として行っているリモート立会観察

 

3.デュアルビームFIB加工装置を用いた技術支援例

 以下に課題克服に挑戦した技術支援例2件と,複数の利用者から要望のあるアルミニウム(Al)含有試料のFIB加工について,ダメージ層の評価を自主的に行った件を紹介する.

 

3.1 ソフトマターのFIB加工支援例(細菌の構造解析) [5]

 この件の利用者は東京薬科大学 生命科学部 教授 渡邉 一哉氏であり,利用目的は,有機物を電気に変換する電気産生菌の一種シュワネラの構造解析であった.電気産生菌では,2つの非導電性の細胞膜(内膜と外膜)の間(ペリプラズム)に局在する複数の導電性タンパク質(シトクロム)を介して細胞内の還元物質から細胞外の電極へ電子伝達する系が形成されている.今までだれも直接観察したことのない,この細胞外電子伝達経路の観察への挑戦である.通常,細胞の薄切片を製作する手法としては細胞を凍結させてミクロトーム(顕微鏡観察用プレパラートを作るために生体組織を薄い切片とするための装置)を用いるが,今回,FIB加工装置により,薄切片を作ることとした.

 細菌のSEMプレートへの固定は利用者が行った(培養後,グルタルアルデヒドとオスミウムで細菌を固定し,その後,アルコール脱水し,t-ブチルアルコールで置換して昇華乾燥させた).細菌の断面薄片試料作製はFIB加工装置(Quanta3D)を用いて行った.

 図7左写真はSEMプレート上に固定された細菌のSIM像であり,中央の四角で囲まれた細菌の断面試料を作製した.図4と同じ手法で,このターゲット部分にカーボン保護膜を被せ,FIBで薄片試料を削り出した.最初の試行ではカーボン保護膜を堆積するときのイオンビーム照射による細胞へのダメージがあったので,カーボン保護膜堆積の前に細菌表面に厚めのカーボン蒸着を行って作製した薄片試料で図7右写真のSTEM像が得られた.この写真は上下が逆になっていて,SEMプレートの上に,細長くシュワネラ細胞の断面が見え,その上にカーボン蒸着膜とカーボン保護膜が重なっている.細長いシュワネラ細胞の断面の途中に見える丸い形状はターゲット細胞と直交しての下敷きになっていた別の細胞の断面である.その左右の白い部分は,ターゲット細胞が下敷き細胞を乗り越えるためにできた空乏である.

 

図7 シュワネラ(電気産生菌の一種)断面の観察

 

 この試行の結果としては,観察目的の細胞膜や導電性蛋白質(シトクロム)の判別のための,細菌の固定法および染色法検討の課題が明らかとなった.また,兒玉氏は加工時の発熱による細菌へのダメージを減らすための冷却ステージが装備されたFIB装置で加工した場合との比較をしてみたいと語った.

 

3.2 生物医学インプラント材料の支援例 ~インプラント用チタン合金の界面観察~[6][7]

 本件の利用者は東北大学 金属材料研究所 教授 正橋 直哉氏である.正橋氏は東北大学大学院医学研究科整形外科のグループの協力を得て,人工関節に適した細胞毒性がなく,低ヤング率と高強度を備えたインプラント用TiNbSn合金を開発している.しかし,この合金にはインプラント材料に望まれる骨を形成する機能(骨伝導性)がないため,TiNbSn合金表面に陽極酸化法でTiO2をコーティングして骨伝導性を付与する研究に取り組んでいる.今回は,このように表面処理した供試料を日本白色家兎(ウサギ)の大腿骨の骨髄腔に埋め込み,合金と骨との界面組織の組成分析を行った.

 合金の表面処理は,合金を酢酸水溶液電解浴で陽極酸化により表面にTiO2を担持させた後,温水処理を行って,日本白色家兎の大腿骨の骨髄腔に埋め込んだ.6週間後に,FIB加工装置を用いて合金と骨組織界面近傍から薄片試料を作製した.

 利用者から預かった切断・表面研磨後の検体は,金属と骨組織の間に硬さの違いから段差と隙間が生じ,薄片試料は二つに割れてしまったので,預かった検体をそのまま樹脂埋めし,研磨をした.図8左写真のように金属と骨組織の段差を抑えることができ,両者の隙間も小さくなった.この状態で図4と同じ工程を進めた.左写真で保護膜を堆積し,中央写真で保護膜の両面を掘り進め,右写真で出来た試料薄板をリフトアウトしてグリッドに固定して更に薄片化し,完成した薄片試料が図9の左写真である.薄片化の過程で骨組織と金属の境界の穴が広がったが,穴が広がっていない上部(四角に囲った部分)でEDSマッピングを行った.結果を,図9の色付きの写真で示す.色の付いてない写真は同じ場所のSEM像で,骨,TiO2,TiNbSn合金の場所を示している.これらの写真は,骨のCa(カルシウム)とP(リン)の元素がTiO2層中に浸透していることを示している.

*:EDSマッピングとは,特定のエネルギーの特性X線だけに注目して電子プローブを走査し,エネルギー分散形X線分光器(Energy Dispersive X-ray Spectrometer : EDS)で測定することで,試料中の特定元素の分布や濃度を観察する手法.

 

図8 日本白色家兎大腿骨組織とインプラント用合金の界面観察用薄片試料作製過程

 

図9 日本白色家兎大腿骨組織とインプラント用TiNbSn合金の界面付近のSEM像とEDSマッピング像

 

 この支援によりTiO2コーティングの有効性の確認ができ,FIB加工前処理で検体を樹脂包埋および研磨したことでTi合金と骨組織間の隙間や段差を減らしスムーズなFIB加工ができた.エッチング速度の異なる軟材料(骨組織)と硬材料(Ti合金)の加工は難しかったが,厚めにしあげることでSEMおよびTEM観察に耐えられる試料作製ができたと兒玉氏は成果をまとめた.

 

3.3 Al含有試料のFIB加工におけるダメージ層の評価 [8]

 Al含有試料のFIB加工を依頼する数名の利用者から,ダメージ層が気になるという意見が寄せられたので,支援の合間に,これまでなされていないAl材料についてTEM観察用薄片試料のダメージ層の評価を行った結果を紹介する.

 

(1)ダメージ評価用の薄片試料作製法

 図10のポンチ絵で示すように,試験する材料(ここではAlとSi)に1.に示す様にGaイオンビームで5カ所に切り欠きを掘る.この際,ビーム加速電圧を図10中の表に示す5種類の電圧を5カ所の切り欠きに割り当てる.図10の2.に示すように切り欠きを樹脂で埋めた後,図10の3.に示すように樹脂と試験材料に跨る薄板を切り出し,薄片化して図10の4.に示すダメージ評価用薄片試料を作った.

 

図10  FIB加工時のダメージ評価のための薄片試料の作製

 

(2)この評価用薄片試料作製法の有効性の確認

 試験材料として,従来からダメージ層評価がなされているSiについて,本作製法で得られたダメージ層厚の加速電圧依存データが,従来から得られているデータと一致したことで,本作製法の有効性が確認できた.

 

(3)Al材料のFIB加工で生ずるダメージ層の評価 ~特異性の発現~

 本作製法をAl材料に適用して得られた薄片試料をTEMで観察した結果を図11に示す.ダメージ層の境界がやや不明瞭ではあったが,加速電圧が高いとダメージ層が厚く,加速電圧を下げてくるとダメージ層の厚さも薄くなってくるが,加速電圧10kV付近で最小となり,更に加速電圧を下げると,ダメージ層が再び厚くなる傾向が見えた.

 

図11 AlのFIB加工で生ずるダメージ層の加速電圧依存性をTEMで観る

 

 ダメージ層は,Gaイオンの打ち込みや,試料構成原子がスパッタリングで表面から飛び出して出来る欠陥等のミキシングにより形成されるが,TEM像ではダメージ層の輪郭が不鮮明なので,薄片試料にEDS分析によるダメージ層の測定を試みた.図12の上段の3枚の写真は,加速電圧2kVで加工した同じ薄片試料にAlとGaとO(酸素)についてのEDSマッピングを行ったものである.写真に写っているのは,Al試料とその上の保護膜,および側面の充填した樹脂である.ここで酸素は,Gaが打ち込まれた時に,その上に酸化膜が形成されたことで存在している.

 

図12 AlのFIB加工で生ずるダメージ層の評価をEDSマッピングで行った結果

 

 図12の下段の左端の写真は,上段の3写真を重ねたもので,3種の色が重なったところがミキシングによるダメージ領域としてその厚さ27.1nmを得た.下段に並ぶその他の写真は,加速電圧を変えて同様の手法でダメージ層の厚みを求めたもので,その結果を図12内のグラフに図11のTEM像の結果と合わせて示した.

 図12内グラフは,ダメージ層の厚さがTEM像により求めたものとEDSマッピングで求めたものが,ほぼ同じ加速電圧依存性を示し,EDS分析でもダメージ層厚の測定が可能であることが分かると共に,Al材料のダメージ層膜厚が最小になる加速電圧は10kVであることが分かった.また,Al材料はSi材料に比べてダメージ層を形成しやすい傾向にあった.

 今後,FIB加工条件のビーム電流のアパチャー(絞り)を統一して再度ダメージ層厚の加速電圧依存性の評価を行い,更に,別の元素についても同様の現象が起きないか,支援の合間に検討したいと兒玉氏は語った.

 

4.おわりに

 デュアルビームFIB(FIB/SEM)加工装置には様々な興味深い応用分野がある.その中で,一番多く利用されるのはTEM観察用薄片試料作製という.今やTEMは最先端の材料・デバイス開発には欠かせない.多くの研究・開発成果は,TEM像により華々しく紹介される.しかし,TEM像取得の鍵を握るのは前段階のTEM観察用薄片試料の作製技術である.今回の取材で装置利用者の狙いに沿えるように,TEM観察用薄片試料の作製技術の高度化に挑戦を続ける兒玉氏の姿をみた.兒玉氏は言う「無理だと思われる試料でも相談してほしい」と.これまでも,金属のような結晶材料だけでなく,生体材料,絵の具材料,布などの加工例がある.

 新型コロナウイルス感染防止対策をきっかけに,FIB/SEM加工装置リモート立ち合い観察システムを運用しており,利用者はインターネット環境があればどこからでも立ち合い可能となっている.このように,粘り強く丁寧にユーザの希望に寄り添っていく姿勢が東北大学実施機関の持ち味であり,今後もこの特徴を活かした対応でユーザ満足度の向上を図っていきたいと兒玉氏は語っている.

 FIB/SEM加工装置の適用分野の広がりや技術蓄積の上に成り立つ適用技術の進化は,新しい時代の科学技術の進化や産業発展にますます貢献するものと期待される.

 

参考文献

[1] 令和元年度 技術スタッフ表彰,https://www.nanonet.go.jp/ntj/award/
[2] 東北大学ナノテク融合技術支援センターホームページ,http://cints-tohoku.jp/index.htm
[3] N. I. Kato et al., “Side-wall damage in a transmission electron microscopy specimen of crystalline Si prepared by focused ion beam etching”, J. Vac. Sci. Technol. A17(4):1201-1204, 1999.
[4] 平坂雅男・朝倉健太郎 共編, 「電子顕微鏡研究者のためのFIB・イオンミリング技法Q&A-ナノテクノロジーの推進役-」, アグネ承風社, 2002
[5] 渡邉一哉, 「(課題番号 A-13-TU-0008)細菌の構造解析」, 平成25年度 成果報告書 p.157, 東北大学ナノテク融合技術支援センター,https://www.nims.go.jp/acnp/report.html
[6] 正橋直哉, 「インプラント用Ti合金への骨伝導性の付与」, News Letter 2020 冬号 Vol.52, 東北大学 金属材料研究所 付属 産学官広域連携センター,http://www.trc-center.imr.tohoku.ac.jp/NewsLetter.html
[7] 正橋直哉, 森優, 田中秀達, 小暮敦史,「(課題番号 A-15-TU-0012)インプラント用チタン合金の界面観察」, 平成27年度 成果報告書 p.168, 東北大学ナノテク融合技術支援センター,https://www.nims.go.jp/acnp/report.html
[8] 鈴木久美子, 兒玉裕美子, 早坂浩二, 西嶋雅彦, 今野豊彦, 「金属材料のFIB-TEM試料のダメージ層の評価」, 第72回日本顕微鏡学会, 平成28年6月14~16日, ポスター発表

 

図表は全て兒玉氏から提供された資料に基づいている.

 

(向井 久和)