NanotechJapan Bulletin

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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 卓越した技術スタッフ
<平成30年度技術支援貢献賞>
高精度FIB加工技術を用いた微細構造観察
受賞者 名古屋大学 微細構造解析プラットフォーム 中尾 知代氏に聞く

 

 

 FIB-SEM装置の前で表彰状を持つ中尾氏

 

 最先端の研究設備とその利用・解析のノウハウを提供することにより,異分野融合を図り,イノベーションの創出に寄与することを目指した,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(NPJ)は,数々の利用成果を生み出した.その成果の多くは,装置を所有する研究室や機関が機器利用をユーザーに開放するだけでなく,スタッフが利用・解析を支援したことによってもたらされた.このため,NPJは平成26年度(2014年度)より技術スタッフ表彰を行なうこととした[1].毎年数件の表彰が,国際ナノテクノロジー総合展・技術会議の折に行われている.平成30年度の表彰は2019年1月30日に行われ[2],「高精度FIB加工技術を用いた微細構造観察」と題した技術支援貢献賞が,名古屋大学 微細構造解析プラットフォームの中尾 知代氏に贈られた[3].中尾氏は当時産休取得中だったため,表彰式には代理の方が出席した.休暇明けは,新型コロナウイルス感染対策中となってしまったので,Web会議により,どのような支援が行われ,どのようなご苦労があったかなどを受賞者の中尾 知代(なかお ともよ)氏に,伺うこととなった.職制上,中尾氏は,名古屋大学 未来材料・システム研究所 超高圧電子顕微鏡施設に所属し,Web会議には同施設 特任准教授 荒井 重勇(あらい しげお)氏が同席し,助言・補足をされた.

 

1.名古屋大学 微細構造解析プラットフォームの活動

1.1 技術領域と共用装置

 ナノテクノロジープラットフォーム事業(NPJ)は,ナノテクノロジー関連科学技術において基本となる3つの技術領域:微細構造解析,微細加工,分子・物質合成ごとに,研究設備とその利用・解析のノウハウを提供するプラットフォームを設ける.全国25の大学・研究機関から,延べ37の組織が実施機関として参画し,名古屋大学は3つの技術領域のすべてに参画している[4].

 微細構造解析プラットフォームは,微細構造解析分野における最先端計測共用拠点を構築し,ナノテク・材料分野における学問的・技術的課題の解決によるイノベーションに寄与するとともに我が国のナノテクノロジーの更なる発展,競争力向上,人材育成に貢献する.名古屋大学 微細構造解析プラットフォームの活動は,名古屋大学 未来材料・システム研究所 超高圧電子顕微鏡施設が受け持ち,「高性能電子顕微鏡による反応科学・ナノ材料科学研究支援拠点」の呼称でその特徴を表している[5].

 その代表的な共用装置は,反応科学超高圧電子顕微鏡である.電子線加速電圧百万ボルトで,1~3μmの厚い試料の高分解能観察を,温度を変え,各種のガス雰囲気中で行うことができ,化学反応や合金組織の変化などの反応科学研究に用いられるのが特徴となっている.名古屋大学の超高圧電子顕微鏡施設は,この反応科学超高圧電子顕微鏡を中心に高性能電子顕微鏡群(クラスター)を配置して活動する.さらに電子顕微鏡の使用には,これに適した試料の準備が必要となるので,試料作製装置群を整備している.これにより極微小元素分析,3次元立体観察,ガス中その場観察,極低温観察など,多様な目的での利用を可能としている.共用装置の一覧を表1に示した[5].

 

表1 名古屋大学 微細構造解析プラットフォームの提供する共用装置

 

1.2 技術支援と利用成果

 名古屋大学 微細構造解析プラットフォームの利用形態は,他のプラットフォームとほぼ同様の,「技術相談」,「技術補助」,「技術代行」,「共同研究」である.装置の貸出利用は原則として行わず,利用者自らが機器を操作する「機器利用」は実技講習会等の受講後に,相談の上で実施できることとしている.

 各利用形態における技術支援は,試料の加工法から観察方法,装置の選定,解析,コンサルティングに及び,表2のようなサポートメニューを示している[5].

 

表2 名古屋大学 微細構造解析プラットフォームのサポートメニュー

 

 名古屋大学 微細構造解析プラットフォームの利用者は全国にまたがる.その手厚い,高度な技術による支援は数々の利用成果を生み,支援スタッフ表彰を受賞している[1].表3に最近の名古屋大学 微細構造解析プラットフォームの関係した「秀でた利用成果」表彰を示した[6].表に示した4つの成果は,NanotechJapan Bulletin企画特集「秀でた利用成果」で既に紹介され,中尾氏は,参考文献[8][9][10]で紹介された利用成果の技術支援を行っている.

 

表3 最近の名古屋大学 微細構造解析プラットフォームの関係した「秀でた利用成果」表彰

 

2.微細構造観察のための電子顕微鏡試料作製

2.1 電子顕微鏡試料作製の概要

 電子顕微鏡観察には,観察に適した試料の存在が欠かせない.電子顕微鏡観察は観察に適した試料の作製から始まる.名古屋大学 微細構造解析プラットフォームにおける中尾氏の支援業務[11]の第一は,電子顕微鏡試料の作製であるが,観察目的に合った試料ができているか確認するために電子顕微鏡観察の支援も併せて行っている.

 電子顕微鏡には,走査型と透過型の2つの形式がある.走査型電子顕微鏡(SEM)では,電子線を走査しながら試料表面に照射し,照射点から放出される二次電子を検出して,画像化する.観察する試料の表面が平坦でないと2次元形状が凹凸の影響を受ける.透過型電子顕微鏡(TEM)では,試料で屈折・散乱されて透過した電子線を集光,検出,結像させる.電子は物質との相互作用が強いので,電子線は吸収されやすく,透過能は低い.このため,検出に必要な量の電子が透過するよう薄い試料を作製する必要がある.電子線が透過する厚さは,物質と電子線の加速電圧に依存するが,概ね,加速電圧100kVの時に100nmである.したがって,数10nmの試料作製が求められる.加速電圧が高くなると,厚い試料でも透過観察できるようになる.加速電圧1,000kVの反応科学超高圧電子顕微鏡(表1①)では,厚さ数μmの試料まで観察でき,厚い試料を観察できることは超高圧透過電子顕微鏡の利点の一つになっている.

 電子顕微鏡試料作製法は,切断,研磨,蒸着に分けられる.切断法は古くから用いられ,ミクロトームという名の装置でダイヤモンド刃により切片を切り出す.研磨には化学研磨とイオン研磨があり,前者は研磨液で腐食,あるいは電解液中で電圧をかけて観察領域を所定の厚さに研磨する.イオン研磨にはArなどのイオンビームによる研磨,Gaイオンの集束ビームによる局所的研磨などがある.蒸着は,基板上に真空蒸着等により薄膜試料を作製する.いずれにせよ,数10nmの厚さの試料は,電子顕微鏡試料台に装着できるよう保持手段を必要とし,基板に蒸着した場合は観察場所の基板を除去しなければならない.試料保持に金属メッシュを用いる場合は,微細な試料の移し替えが必要になる.

 

2.2 イオン研磨による試料作製

 本稿で紹介する技術支援では,電子顕微鏡試料作製に,イオン研磨が用いられた.

 用いた装置のひとつは,アルゴンイオン研磨装置(表1⑤)で,集束しないペンシル型のArイオンビームで試料を研磨して,薄膜試料をつくる.イオンエネルギーは100eV~8keVと低く,最大3mmの試料を冷却して,双眼顕微鏡・デジタルズームマイクロスコープで観察しながら,ミリング研磨を行う.

 もう一つは,集束イオンビーム加工機(表1④)で,Gaの集束イオンビーム(FIB)で微小領域を研磨する.加速電圧は40kVと比較的高い.この装置にはマイクロサンプリング機能が付加され,加工する微細な試料をプローブで所定位置にセットしたり,切り出した微細な試料を取り出したりすることができる.マイクロサンプリング®は装置メーカーがつけた名称で,数μmの微細な試料を扱える.FIB装置には,2次イオンを検出して画像化するSIM(二次イオン顕微鏡)の機能がつけられ,微細試料の観察ができる.

 ナノメートルサイズの薄膜試料をつくるのは難しい.数μmの試料を電子顕微鏡試料に加工するには,まず,加工する試料を研磨装置にセットしなければならない.これにはマイクロサンプリングは格好の手段となる.3.2節で詳述する鉛フリーハンダ微粒子の電子顕微鏡試料作製で,この機能を使った.しかし,優れた装置でも万能ではない.対象に応じた工夫をして使いこなせなければ能力は活かされない.ハンダ微粒子の大きさは5μm程度,大きくても10~15μmの球状で,幅10μm程度の平たい試料のピックアップを想定したプローブに合わない.時間をかけてSIMで見て探していると融点の低いハンダは加熱されて溶ける.保護膜を被着する時にも溶ける.一部でも溶けたような研磨表面は観察に適さない.その他様々な課題に遭遇したが,ハンダ微粒子を加工の際に保持するメッシュにプローブでピックアップするのは手早く,できるだけSIMで見ない,などの工夫を行い,FIB研磨条件の最適化を行って,電子顕微鏡観察に適した試料を作製できるようになったという.図1は,初期の失敗例である.

 

図1 FIBで電子顕微鏡試料を作製する際に遭遇した課題例

 

2.3 FIB-SEMによる連続断面観察:Cut & See

 試料の深さ方向の構造を知るには,観察した表面から薄層を削り取り,新しく露出した表面を観察することを繰り返し,多数の断面画像から試料構造を3次元(3D)構築する,Cut & Seeの手法が注目,活用されるようになった.これには,ひとつの試料室に集束イオンビームと電子線の2つの鏡筒をつけ,FIB加工とSEM観察の機能を兼ね備えたFIB-SEM装置が用いられる.

 FIB-SEMにおける2つの鏡筒と試料の配置には3つの方式がある.ひとつの方式(図2左)では,垂直に配置されるSEM鏡筒の光軸に対し,FIBの鏡筒の光軸が60°程度の傾きとなるよう配置する.試料表面をSEM観察時には電子線,FIB加工時にはFIBに正対するよう試料台を傾ける.FIB切削は表面から行う.切削する面を見ながら加工する標準的なFIB加工とSEMを組み合わせたものである.原理的構成であるが,同一観察場所の追跡手段の付加を必要とし,加工面のイオンビームによる損傷の恐れがある.第二の方式(図2中)は,第一の方式と同じ鏡筒配置をとるが,試料をSEMに対して2つの鏡筒の光軸のなす角度だけ傾けて設置する.FIBは試料の横の面にあたるので,横から表面に沿って薄皮を剥ぐように切削し,そのままの状態でSEM観察を行う.試料を機械的に動かす必要はないが,傾斜面のSEM観察になり,視野内の高低差の補正が必要になる.第三の方式(図2右)ではFIB鏡筒をSEM鏡筒に対して90°の位置,すなわち直交配置する.第二の方式の課題を解決する装置が作られた.

 

図2 FIB-SEMの切削・観察方式(左:表面切削,中:側面切削・斜め配置,右:同・直交配置)

 

 本稿の支援では,第三の方式の「高速加工観察分析装置(FIB-SEM)」(表1③)を用いた(図3).この装置には,EDS(エネルギー分散型X線分光器),EBSD(電子後方散乱回折法),ArIB(Arイオンビームミリング),STEM(走査透過電子顕微鏡)が加えられ,SEM観察に加えて,元素マッピングや結晶構造解析などを行える.このため,例えば3D再構築画面は元素の種類を色付け,区別して表示できる.

 

図3 高速加工観察分析装置(FIB-SEM)

 

 FIB-SEMのCut & Seeでは,FIBビーム軸にほぼ平行な垂直の溝および隆起がSEM観察面に現れるというカーテニング現象が起こり,SEM観察の連続性を妨げる.3D画像構築にはCut & Seeで何百枚もの写真を撮る.カーテニング現象がどこかで起こったら,3D構築の信頼性が失われる.「FIB-SEMのCut & Seeではカーテニング現象が起こるので,それを避けるようにしければならない」と,よく書いてあるが,どうしたら避けられるかは,どこにも見当たらない.中尾氏はカーテニング現象に遭遇し,自力でその解決法を探った.

 イネの葉肉細胞の3次元画像を作成した時だが,FIB面に保護膜を設けて(図4左上),Cut & Seeを始めたところ(図4左下),カーテニング現象でSEM面が荒れて観察できなかった(図4右上).FIB面に凹凸があったり,サンプル内に空孔があり,硬さの差があるとカーテニングが起こる.Gaイオンビームが強すぎたかも知れない.FIB面を見ると加工エリアの周辺がシャープに切れていない(図4右中).そこでFIB面をSEM面と直角,かつ平坦になるようミリングし,異なる材質の保護膜を追加の上,イオンビーム電流を調整するなどの検討を行った結果,枠線がシャープに切れてカーテニング現象のない観察面を作ることに成功した(図4右下).

 

図4 FIB-SEMによるCut&SeeでSEM面に見られるカーテニング現象への対策

 

 微細構造解析プラットフォームの電子顕微鏡利用にあたり,様々な試料が持ち込まれる.生物系の軟らかいものもあれば,セラミックスのような硬いものもある.大きさ,形状,観察場所も様々である.既存装置の当たり前の使い方では良い電子顕微鏡試料は作れない.失敗したら,現象をよく観察し,原因を探り,対策を工夫し,試行錯誤を重ねて,観察に適した電子顕微鏡試料を作りあげる.この結果,数々の秀でた利用成果が生まれている.次章で紹介する成果例では,事例ごとに異なる課題に遭遇し,粘り強くその解決に当たっている.

 

3.高度の電子顕微鏡試料作製により生み出された利用成果

3.1 FIB-SEMを用いたイネ葉肉細胞の三次元構造解析 [9]

 イネは塩害に弱い.河口近くの水田に海水が流入すると,イネは葉色が薄くなり,下の葉から枯れて,死んでしまう.イネが塩ストレスに曝されると,イネの葉の葉肉細胞内の葉緑体構造が崩壊し,光合成活性が低下するためとされるが障害発現機構は明らかでなかった.塩ストレス障害発現機構解明に向け,FIB-SEMによるイネ葉緑体の三次元構造解析を行うことになった.

 葉肉細胞1個,端から端まで,側面からFIBで削って表面をSEMで観察することを繰り返す.細胞を数十nm削るごとに撮った多数のSEM画像から三次元画像を構築する.細胞は50〜100μmの大きさであるため,数百回のCut & Seeを行う.1回の切削・観察には5分くらいかかるので300枚の画像を撮るには一昼夜かかる.細胞は樹脂に包埋して試料台にセットしているので,細胞が樹脂のどこにあるか探すことから観察は始まる.反復観察は機械的に行えるが,多数の切削・観察を安定して行うには,切削や観察条件の精緻な調整が必要になる.

 その一つが,前章に記したカーテニング現象である.細胞を包埋した試料をSEMで観察すると,白地の樹脂の中に細胞が見えるが縦に筋が入ってしまった(図5(a)).図5(a)は,図5(b)の面Aを見ている.これに垂直な面BにGaイオンの集束ビームを当てて面Aを削る.そこで,面Bを面Aに対して直角,かつ平坦にトリミングし,ビームに対し正確に直角になるようセットした.また硬さの違う面を切削するとカーテニング現象が起こるので,切削対象となる細胞を特定し,その形状を考慮して試料台に設置して極力細胞のみが切削されるよう配慮した.この他ビーム電流調整など様々な工夫でカーテニング現象を抑制した.

 

図5 カーテニング現象の対策

 

 SEMの観察ではコントラストの調整が重要になる.細胞が大きく,樹脂の中に埋め込まれているので,カットして細胞が表面に出てきたときにコントラストが変わる.何枚も撮るときに,画面の上下,左右でコントラストが変わらないようにする.利用した装置は4つの電子検出器(SEM鏡筒内蔵In-Lens二次電子検出器,高真空試料室設置二次電子検出器,SEM鏡筒内蔵BSE検出器(エネルギー選択グリッド搭載),透過電子検出器)を備えており,単独でも組み合わせても使える.ビームブースト(増強)という機能,エネルギーフィルターを使って,複数検出器の相対感度,二次電子と反射電子の比率などを変えることにより,コントラストを調整できる.SEM鏡筒内蔵In-Lens二次電子検出器のみで撮影した画像(図6(a))に比べ,これにSEM鏡筒内蔵BSE検出器を組み合わせ,コントラストの適正化を行うと,より明瞭な画像を撮影できた(図6(b)).さらに,Cut & Seeの前に各試料について最適なSEM加速電圧と検出器感度の組合せなどの条件出しを行う.生物試料ではチャージアップが問題になる.加速電圧を0.5kVから少しずつ上げて写真を撮り,利用者に良い条件を選んで貰う.加速電圧が低いと分解能が下がり,加速電圧が高いと下の層まで透けて見えてしまう.このような試料のSEM観察ならこういう条件でやりなさいというものはない.観察条件は観察者自身が見つけ出すしかない.

 

図6 コントラストの調整

 

 この他,様々な条件設定を行い,失敗もあったが,FIB-SEMを用いたCut & Seeで葉肉細胞の3次元画像構築を行なった.葉肉細胞をTEMで観察して細胞核や葉緑体のあることは分かる(図7左)が,立体的な位置関係は分からない.そこで,Cut & Seeを行い,SEMで或る切削断面を見ると,その断面特有の比較的単純な図形が見られる(図7中左).25×25×15μmの領域を50nmステップでCut & Seeを行い,300枚の画像から3次元構造の再構築を行うと,垂直面,水平面ごとにその断面の組織に応じたパターンを描くことができる(図7中右).さらに,組織ごとに色付けして核や葉緑体の立体的位置関係を表示できた(図7右).

 

図7 イネ葉肉細胞の三次元構造解析(左から,TEM像;断面SEM像;3D断面例;3D再構築)

 

 塩害を受けたイネと正常なイネとを比較したイネ葉肉細胞の三次元構造解析の結果,体積変化に有意な差はなく,細胞壁の内側に伸び広がっていた葉緑体が,塩害によって細胞の内側に縮まり球状に変化している事が分かった[12].

 

3.2 FIBを用いたTEM試料作製による次世代半導体用配線接合材料の構造解析 [8][13]

 長年,電子回路の配線・接続には鉛(Pb)と錫(Sn)の合金からなるハンダが用いられてきた.しかし,Pbの環境への悪影響から,欧州連合(EU)はPbの使用を禁ずるRoHS規制を行い,Pbフリーハンダの開発が進んだ.電子回路を構成する半導体は,情報処理から電力制御に展開し,大電力を扱う次世代半導体の配線接合には高温まで強固な接続を保つ事が求められる.これに応え,有限会社ナプラは,Snに一定の割合で銅(Cu)などを混合し,Sn中にナノ金属間化合物をコンポジット化した機能性微粒子金属を含む新規鉛フリーハンダを開発した.この材料は耐熱性に優れ,-40~+200℃の過酷な熱履歴サイクルに耐える.この優れた特性の由来を明らかにしようと,名古屋大学微細構造解析プラットフォームの電子顕微鏡で構造解析を行なった.

 電子顕微鏡での解析では,まず前章に述べたように,融点の低い,1〜10μmのハンダ微粒子の取り扱いに工夫を要した.微粒子をFIB-SEMの試料台にセットできるようになり,FIBで切削してハンダ微粒子の連続断面像を観察した.Snの中に,比較的明るく見えるSn-Cu金属間化合物がほぼ均一に分布していた(図8,左は削りはじめで右は中心部).

 

図8 ハンダ微粒子連続断面像

 

 次いで,透過電子顕微鏡による構造解析のため,ハンダ微粒子をピックアップし,メッシュに固定してカーボン保護膜を蒸着してFIBによる薄片化で観察用試料を作製した.ハンダ微粒子はFIB加工時の熱ダメージに弱い.カーボン保護膜の蒸着量などを最適化し,EBSDによる結晶方位確認,EDS元素分析による金属間化合物の組成と配合位置の確認などを行なって,薄片試料を作製した.この試料について,温度を変え,反応科学超高圧(1,000kV)電子顕微鏡(表1①)により加熱実験を行ったところ,200℃に加熱しても組織変化がなく,構造解析から耐熱性を確認できた.また,加速電圧200kVの収差補正により原子分解能で観察できる走査透過電子顕微鏡(表1②)で元素マッピングを行なった(図9).Cu-Sn金属間化合物(IMCC)は,SnとSnの粒界間に存在し,Sn-Sn粒界間の歪みを緩和していると見られる.ハンダ溶融時に分散していたCu-Snの微粒子は冷却に伴いCu-Sn骨格を形成して強固な接続が形成されている(図10,模式図).

 

図9 ハンダ微粒子の元素マッピング像

 

図10 ハンダ接続界面における金属間化合物Cu-Snの骨格形成

 

3.3 Arイオン研磨法により薄膜TEM試料を作製し,人工光合成光触媒の新奇構造を発見 [10][14]

 地球温暖化対策に,再生可能エネルギーへの期待が高まっている.そのひとつに,光触媒を用いた太陽光による水分解,水素生成がある.東京大学の研究者らは従来比4倍の光触媒効率を実現する画期的なイリジウム添加チタン酸ストロンチウム(Ir-doped SrTiO3)薄膜(厚さ20nm)の成長に成功した.原子間力顕微鏡(AFM)で観察すると,薄膜表面にナノドットの存在が認められたが,この構造からでは,高い光触媒効率を説明できなかった.そこで走査透過電子顕微鏡(STEM)(表1②)を用いたより高い分解能の構造解析を行うこととなった.

 観察試料は厚いSrTiO3基板上に成長させたIr-doped SrTiO3薄膜からつくる.FIBを使用して試料作製を試みたところ,薄片化する過程で,ナノピラーがGa+ビームでダメージを受けて消失してしまう.加工形状を楔形にして作ったが(図11), STEMでピラーを観察することができない.FIBによる試料のダメージを避けるため,Arミリングを用い,薄膜内部構造を立体的に観察できるよう,薄膜に対して断面方向及び平面方向から観察出来る2つのTEM試料を作製した(図12).断面方向の観察には,試料を2枚張り合わせ,機械加工で前処理した後,窪みを設け,Arミリングを行なった.平面方向の観察には,試料を傾斜させて固定し,超精密研磨加工で3°の傾斜をつけてから,Arイオンミリングを5分間行なった.この条件設定は,多くの試行錯誤の後に行なわれたものであるが,傾斜研磨加工には,FIBでの試行経験が活かされたという.

 

図11  FIBによる楔形加工

 

図12 人工光合成光触媒の薄膜TEM試料作製

 

 この試料のSTEM観察で,平面方向(図13(a)),断面方向(図13(b))で図に示すようなHAADF(高角環状暗視野)像が得られた.AFMで観察されたナノドット状のものは薄膜中に自律成長したナノピラーであった.ナノピラーはEELS計測からIr金属であることがわかり,5nmほどのロッドで薄膜を貫通して表面に露出していた.この観察結果から,光励起によって電子/正孔が生成し,この正孔が露出したナノピラー先端部分で水の水素への分解を促進させたと考えられた[15].

 

図13 光触媒薄膜中のナノピラー

 

4.おわりに

 微細構造解析の代表的手法である電子顕微鏡観察は,これに適した試料作製があって初めて可能になる.名古屋大学微細構造解析プラットフォームはサポートメニューに,試料作製,観察,解析の3工程を明記した.プラットフォームに持ち込まれる試料は,セラミックス,金属,生物試料と様々である.試料ごとに作製方法を選び,加工条件を探る.失敗も多く,試行錯誤の連続という.中尾氏は,失敗の状況をよく観察して対処・工夫し,困難を乗り越えて,様々な利用成果を生み出す試料作製を行ってきた.苦労するが,成功した時の喜びは大きいので楽しいという.より綺麗な(ダメージレスな)サンプルを作製するのは,全ての試料作製者にとって悩みでもあり,課題でもある.装置の使い分けが必要であり,同種の装置でも条件や結果が異なる.利用者は研究目的があって依頼するが,電子顕微鏡観察の経験が少ないため,無理な要求をすることもある.利用者の要望をよく把握し,材料の性質を理解するとともに,装置の特性を上手に利用して加工方法や条件を選択するための“ノウハウ”や“スキル”は一層重要になる.経験,研鑽を積む一方,広報を通じて何が出来るかを知ってもらうことによってユーザーを増やし,人と交流できる環境をモチベーションに,微細構造解析プラットフォームの活動を推進したいと,今後の一層の活躍を期待させるコメントがあった.

 

参考文献

[1] 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業 技術スタッフ表彰,https://www.nanonet.go.jp/ntj/award/
[2] ナノテクノロジープラットフォーム平成30年度秀でた利用成果と技術スタッフ表彰者が決定!!,https://www.nanonet.go.jp/ntj/topics_gov/?mode=article&article_no=4607
[3] 「高精度FIB加工技術を用いた微細構造観察 技術支援貢献賞受賞」,https://www.nanonet.go.jp/pages/research_support_award/H30_Award_2.pdf
[4] 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業 事業の概要,https://www.nanonet.go.jp/ntj/about/
[5] 高性能電子顕微鏡による反応科学・ナノ材料科学研究支援拠点(名古屋大学),https://nanoplat.nagoya-microscopy.jp
[6] 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業 利用成果セレクション,https://www.nanonet.go.jp/ntj/selection/
[7] 「2020年秀でた利用成果:ガス環境下における自動車触媒ナノ粒子のオペランドTEM観察」,NanotechJapan Bulletin Vol. 13, No. 2, 2020; https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/excellent-result/29.html
[8] 「2019秀でた利用成果:次世代半導体配線接合用高機能材料の開発」NanotechJapan Bulletin Vol. 12, No. 5, 2019; https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/excellent-result/28.html
[9] 「2018秀でた利用成果:塩ストレス下におけるイネ葉の葉緑体の三次元構造解析」,NanotechJapan Bulletin Vol. 11, No. 4, 2018; https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/excellent-result/21.html
[10] 「2017秀でた利用成果:超高効率水素製造光触媒を実現した新奇薄膜構造の発見とその構造解析」,NanotechJapan Bulletin Vol. 10, No. 2, 2017; https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/excellent-result/1.html
[11] 中尾知代,「名古屋大学ナノテクノロジープラットフォーム微細構造解析 チームの紹介~電子顕微鏡を用いた研究支援と原動力となっているスタッフたち~」,まてりあ 第58巻 第4号(2019) pp. 214-215
[12] Koji Yamane,Takao Oi,Sakiko Enomoto,Hiroshi Miyake,and Mitsutaka Taniguchi,“Three ‐ dimensional ultrastructure of chloroplast pockets formed under salinity stress”,Plant Cell and Environment,Vol.41,Issue 3,pp.563–575 (2018).
[13] 「次世代半導体配線接合用高機能材料の開発」,https://www.nanonet.go.jp/pages/seika_selection/2019_SeikaSelection_2.pdf
[14] 「超高効率水素製造光触媒を実現した新奇薄膜構造の発見とその構造解析」,https://www.nanonet.go.jp/pages/seika_selection/2017_SeikaSelection_2.pdf
[15] Seiji Kawasaki, Ryota Takahashi, Takahisa Yamamoto, Masaki Kobayashi, Hiroshi Kumigashira, Jun Yoshinobu, Fumio Komori, Akihiko Kudo & Mikk Lippmaa, “Photoelectrochemical water splitting enhanced by self-assembled metal nanopillars embedded in an oxide semiconductor photoelectrode”, Nature Communications Vol. 7, Article number: 11818 (2016).

(図表はすべて,名古屋大学 微細構造解析プラットフォームからの提供による)

 

(古寺 博)