NanotechJapan Bulletin

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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 卓越した技術スタッフ
<令和2年度技術支援貢献賞>
観察から周辺装置作製まで総合的な技術支援
受賞者 九州大学 微細構造解析プラットフォーム 工藤 昌輝氏に聞く

 

リモート参加した表彰式にて,画面内が工藤氏,表彰バッジを襟に付けようとする様子
(左は,佐藤選定委員会主査.表彰バッジを手に,授与しようとしている)

 

 最先端の研究設備とその利用・解析のノウハウを提供することにより,異分野融合を図り,イノベーションの創出に寄与することを目指した文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(NPJ)は,数々の利用成果を生み出してきた.その成果の多くは,装置を所有する研究室や機関が機器利用をユーザに開放するだけでなく,技術スタッフが利用・解析を支援したことによってもたらされた.このため,NPJは平成26年度(2014年度)より技術スタッフ表彰を行なっている.毎年数件の表彰が,国際ナノテクノロジー総合展・技術会議の折に行われている.令和2年度の表彰は2020年12月9日に行われ,九州大学 微細構造解析プラットフォームの工藤 昌輝(くどう まさき)氏の「観察から周辺装置作製まで総合的な技術支援」と題した活動に対して技術支援貢献賞が贈られた[1].今回Web取材により,どのような支援が行われ,どのようなご苦労があったかなどについて,受賞者の工藤氏に伺った.

 

1.九州大学 微細構造解析プラットフォームの施設概要と支援の状況

 九州大学の微細構造解析プラットフォーム(PF)は「ナノマテリアル開発のための超顕微解析共用拠点」と称し,九州大学 全学電子顕微鏡共同利用施設である超顕微解析研究センターがPF実施機関となって,広く産官学のナノテクノロジー研究者に設備を開放し,研究支援を展開している.本PFで利用できる装置や受けられる支援の詳細については,PFのホームページ[2]や,PFを利用して生まれた成果を本Webマガジンで取り上げた過去の記事[3][4]を参照されたい.

 図1は,九州大学超顕微解析研究センターの全景写真とフロアマップである.2005年に旧箱崎キャンパスから,新しい伊都キャンパスに移転した.建物の右端にある白色の高層部には1,300kVの超高圧電子顕微鏡(JEM-1300NEF)が設置されており,平屋部分のフロアマップ上半分には7台の透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)が並んでいる.複数台の電子顕微鏡により幅広い加速電圧での分析が可能で,例えば広電圧超高感度電子顕微鏡(JEM-ARM200CF)では,加速電圧30kV~200kVで収差補正機能による原子分解能の観察ができる.フロアマップの下半分は,電子顕微鏡観察用の試料を作製するためのFIB(Focused Ion Beam)加工装置やイオンミリング装置などが設置され,情報処理室,技術研修会を開催するセミナー室ほかが並ぶ.試料作製から観察・解析までの全てを,この建物の中で完結できる.

 

図1 九州大学超顕微解析研究センター;(上)全景,(下)フロアマップ

 

 PFとして外部の利用者への支援状況は,令和元年度(2019年度)の例では年間52件の内,48%が技術補助,33%が機器利用,15%が共同研究,4%が技術相談であり,技術代行は原則的には行ってない.利用者の所属別割合は,他大学が73%,企業が21%,公的研究機関が3%,となっている.ただし,令和2年度(2020年度)は,新型コロナウイルス感染症の流行により,PF利用状況も大きな影響を受けた.

 図2に,2020年3月~2021年5月の期間で,全国の新規感染者数の推移データと,九州大学の微細構造解析PFでの対応状況をまとめた.2020年4月~5月の緊急事態宣言が発令された期間は,PFスタッフは原則在宅勤務になり,共同利用は学内外とも停止した.緊急事態宣言の終結後は,段階的に制限内容を緩和していき,2021年5月の3回目の緊急事態宣言下では,PFスタッフは感染防止対策徹底のうえ通常業務,学内の共同利用は感染防止対策徹底のうえ通常利用に戻っているが,学外からの利用者に対しては緊急事態宣言発令地域からの来訪を制限している.施設内の感染防止対策としては,利用者密集防止のため装置予約時に来所人数の把握と制限を行い,玄関で入退室管理簿に記入してもらった.施設内各所にアルコール消毒液を設置し,特に電顕室に入る前には必ずアルコールで手指消毒するように徹底した.各部屋にある装置やドアノブ・照明スイッチは毎朝,PFスタッフが消毒した.PF利用者が電顕室に入らないで,リモートで電顕画面を閲覧できるシステムを開発したことについては,4.1節で説明する.

 

図2 新型コロナウイルス感染症への対応;(上)感染者数推移,(下)PFの対応,利用状況

 

 PFには利用者を支援する技術スタッフが10名(学術研究員5名,テクニカルスタッフ5名)いて,工藤氏は学術研究員として装置の維持管理とユーザ支援に携わっている.工藤氏が担当している主な装置は,収差補正TEMやFIB加工装置,マイクロカロリメータ付きのSEM(Scanning Electron Microscope)などである.ユーザ支援業務としては,技術相談,技術補助,技術研修会やユーザが機器利用する前段階での技術指導等を担当している.工藤氏は子供時代に米国で生活していた経験もあり,英語でのコミュニケーション能力を活かして,PFに海外から来訪するユーザの支援も担当している.コロナ禍において,国外からの利用者はなくなったが,学内の留学生や外国人研究者への支援は,帰国できない事情により逆に増えた.1回目の緊急事態宣言の時は在宅勤務となり,ユーザ支援業務は停止されたが,電顕画面のリモート閲覧システムを開発したり,3Dプリンタで電顕用の治具を製作したり(第4章で詳細を紹介),「通常業務とは別に,新しいことに挑戦できる機会として有効活用できた」と工藤氏は語った.

 

2.表彰の対象になった支援で活躍した装置

 本章では,工藤氏のユーザ支援例(第3章で紹介)のTEM観察用試料作製に使用した装置,FIB加工装置とイオンミリング装置を紹介する.

 

2.1 FIB加工装置

 FIB(集束イオンビーム)加工装置は,Gaイオンビームを細く集束して試料に照射・走査して試料表面を削ることができるほか,カーボンやタングステンを含有するガスを吹き付けながらGaイオン照射を行うことで,保護膜を堆積することが可能である.九州大学PFでは2台のFIB装置があり,薄いTEM観察用試料を作製するのに使用している[2].

 図3左のデュアルビームFIB-SEM(FEI Quanta 3D 200i)では,FIB鏡筒とSEM鏡筒はV字型(52度)に傾斜配置され,大きな試料(5mm×5mm)が加工でき,リフトアウトは容易という特徴がある.ただし,SEMの電子源がW(タングステン)の熱電子放出型のためSEM像の分解能は低く,TEM薄膜試料の厚みは経験に頼って制御している.また,Gaイオンを低加速照射してダメージを和らげて仕上げることは難しい.

 

図3 FIB加工装置;(左)FEI Quanta 3D 200i,(右)Hitachi MI4000L

 

 図3右の直交型FIB-SEM(Hitachi MI4000L)は,FIB鏡筒とSEM鏡筒とがL字型(90度)に直交配置され,シリアルセクショニング(連続断面加工)による3次元立体観察像を構築できる特徴がある.さらに,試料を搭載するステージの安定性が高い,イオンビームが細く絞れるので的確な加工ができる,透過型の電子検出器も備えているので加工した試料の厚さを正確に知ることができる等のメリットがある.ただし,試料室に搬入可能な最大試料サイズは2mm×2mmと小さく,加工した試料をプローブで抜き出すリフトアウト(Lift-out)は直交配置のため死角があって難しい.

 次章で紹介する支援例1では,FEI製のFIB加工装置を使用した(日立製のFIB装置は未だ導入されてなかった).支援例2では両方のFIB装置を使用し,先ずFEI製で抜き出してから(Lift-out),次に日立製で薄膜化してダメージをとった.現在は支援の際には両装置を組み合わせてFIB加工し,マシンタイムを節約して効率的なTEM試料作製を行っている.

 

2.2 イオンミリング装置

 イオンミリング装置は,低電圧加速したArイオンビームを試料に照射して試料表面を研磨,仕上げ加工するもので,FIB加工装置での重たいGaイオン照射と比較すると試料へのダメージが少ない.九州大学PFには5台のイオンミリング装置があり[2],第3章で紹介する支援事例2件では図4に示す2台を使用した.

 

図4 イオンミリング装置;(左)Gatan PIPSⅡ,(右)Fischione NanoMill

 

 図4左はGatan製のPIPSⅡで,3mm φの試料にArイオンビーム(直径350µm)を照射して試料中心部を薄膜化する.イオン加速電圧は0.1keV~8keVまで可変で,低ダメージで薄膜形成ができる.3.1節の支援事例1では,このGatan PIPSⅡを使用してFIBリフトアウト試料を薄膜化した.

 図4右はFischione製のNanoMillで,イオンビーム直径を4µmまで絞り込めることが特徴である.左側の試料断面像で中央黒色下部に照射領域を指定して,その領域だけにArイオンビームを照射できる.3.2節の支援事例2では,Fischione NanoMillを使用してFIB加工した薄膜試料のダメージ除去,残留Ga除去を行った.Si試料にGaが残留すると電気伝導特性が変わってしまうので,FIB加工後にGaが残留しないように処理することは極めて重要になる.

 なお,今回の表彰対象となった2件の支援例では,TEM観察は利用者自らが保有している電子顕微鏡で観察し,九州大学のPFはTEM用試料作製と予備的なTEM観察までを技術補助として実施した.

 

3.技術支援貢献賞を受賞した研究支援例

 今回表彰された“ユーザのニーズに応えた特殊TEM試料作製”の支援例2件を,以下に紹介する.

 

3.1 FIB Lift-out・イオンミリング複合加工による巨大ひずみ加工合金のTEM試料作製

 本支援例の利用者は,熊本大学の松田 光弘 准教授の研究グループである.松田研究室では,室温以下の低温に変態温度を有するTi-Pd-Fe形状記憶合金に対し巨大ひずみ(High Pressure Torsion:HPT)加工を施し,TEM観察により微細構造や結晶粒径について調べている.利用者より,HPT加工を施した合金試料のTEM薄膜化を様々な手法で試みたがうまく行かないと相談を受けた.折しも熊本地震により熊本大学のFIBが損傷しており,試料加工を全面的に支援することとなった.

 HPT加工を施した金属は内部残留応力が多いので,通常のFIB加工やイオンミリング加工では試料が薄くなるにつれ大きくたわんでしまい,TEM観察を可能にする薄さに加工することが困難であった.またHPT加工によるアモルファス相の有無は材料特性に影響を与えるため,薄膜加工時のダメージは極限まで減らす必要があった.これらの課題を克服するために,先ずFIB加工装置で厚手の試料を切り出したものをLift-outし,次にイオンミリング装置で薄膜化とダメージ除去する複合加工法を新たに提案し,実施した[5][6].

 図5は,FIB加工装置(FEI Quanta 3D 200i)で3本の試料を削り出す様子をSEM観察したものである.HPT加工した試料の深さ方向における組織の変化をTEM観察したいので,図5左はHPT加工合金の試料表面(右側の黄色部)から深さ方向に3本(長さ150µm×幅2µm×奥行き10µm)の試料を加工している.その方法は,試料表面と断面に3本のカーボン保護膜をGaイオン照射で堆積してから,FIB照射して保護膜以外の部分を削り出し加工している.図5中央は3本の試料をマイクロプローブでLift-outしているところ,図5右はLift-outした試料を銅製のΛ(ラムダ)型グリッド(右側薄緑部)に取り付けているところである.この段階では,試料の厚みは2µmもあるので電子ビームは透過しない.

 

図5 FIBによる周辺加工(左)とLift-out(中央),Λグリッドへの取り付け(右)

 

 次にFIBからLift-outした試料を,イオンミリング装置(Gatan PIPSⅡ)で薄膜化とダメージ除去を行う.図6左上の模式図は,Λ型グリッド(グレー部)先端に取り付けた試料にArイオンビーム(赤色矢印)を照射している様子を描いている.図6左下写真で銅色のΛ型グリッドが,左上模式図のグレー部に対応しており,グリッドは回転させながら,一定方向からイオンミリングする.従って試料のカーボン保護膜が付いている方向からイオンミリングすることになる.通常はグリッドの回転中心に試料が位置するように設定するが,今回は回転中心から500µm程あえて外すことでミリングレートを下げ,薄膜化の進行の制御性を上げてイオン照射ダメージを低減した.図6中央は,イオンミリングする前のΛ型グリッド(朱色)上の試料(黒色)の拡大写真である.図6右の模式図は,イオンミリングの時間経過とともに試料断面(薄緑色部)が楔型に薄膜化する様子を描いている.試料上部のカーボン保護膜(緑色部)によりArイオン(加速電圧0.3~5keV)はシャドーイングされ,試料下部の薄膜化が進行する.試料先端の膜厚は100nm以下になるので,先端部のみTEM観察可能となる.最後に,低加速電圧(0.13keV)のArイオンビーム(ピンク色矢印)を上下から照射して,ダメージ除去した.

 

図6 イオンミリング装置による試料の楔型薄膜化加工とダメージ除去

 

 図7は,FIB加工装置で加工後Lift-outし,イオンミリング装置で薄膜化とダメージ除去する複合加工法で完成した試料をTEM観察(加速電圧120kV)した結果である.図7左上の光学顕微鏡写真がCuグリッド(右側銅色)に取り付けられた楔型試料で,先端の赤色枠部のTEM観察像が図7左下,グリッド取り付け部付近の水色枠部のTEM観察像が図7右上である.試料全体が絶壁試料となっているので試料の膜厚は厚く,電子ビームは透過しないのでTEM像は殆ど黒色になっているが,試料先端の下端部の狭い領域(200nm程)のみがTEM観察可能になっている.図7右下のTEM像は,図7左下TEM像内の試料先端下部の緑色枠を10倍拡大したもので,試料先端下部の膜厚は100nm以下になって組織の微細構造が観察できている.試料の撓みはなく,長手方向(HPT加工の深さ方向)は約100µmにわたって広い領域で観察が可能となった.

 

図7 完成したTEM観察試料(左上)と,TEM観察像;(右上)試料グリッド固定部付近,
(左下)試料先端部,(右下)試料先端の緑枠部の拡大像

 

 本試料の結晶構造を観察したところ,FIB加工のみで作製した試料で観察されたアモルファス相は発生してない事を確認した.FIB加工とイオンミリングを組合せることにより,ダメージを抑制し試料本来の微細組織観察ができるようになった[5].

 試料を楔型に薄膜化する本手法は,30kVまで加速電圧が下げられる広電圧電子顕微鏡(JEM-ARM200CF)用に,工藤氏が考えていたアイデアであった.30kVでの高分解能像撮影用の試料作製は難度を極めるもので,簡便な試料作製法が求められていた.一般的には避けている絶壁試料(膜厚が厚い試料)をあえて活用するというユニークな手法を,熊本大学の支援に適用して,本手法の有効性を確認した[6].

 

3.2 FIB加工による電圧印加in-situ TEM試料の作製

 本支援例の利用者は,北海道大学の有田 正志 准教授の研究グループである.電圧印加により抵抗値が変化する「抵抗変化メモリ(ReRAM)」の研究をしている.ReRAM (Resistive Random Access Memory)は,抵抗変化層の上下を電極で挟む簡単な構造により集積化が望め,多値メモリ動作も可能でハードウェアAIデバイスへの応用も期待されている[7].利用者はTEM内でReRAMに電圧印加を行い,抵抗変化中の内部構造観察を行うことで,ReRAMの動作原理を解明することを目的としている.工藤氏は大学院時代,有田研究室でReRAMのin-situ TEM観察で学位を取得した経緯があり[8],今回は北海道大学の微細構造解析PFと連携,情報共有して加工条件の最適化に取り組んだ.

 電圧印加その場観察用TEM試料の作製では,ReRAMのデバイスサイズを種々変えた試料を多数用意してメモリ特性を評価したい.また,加工ダメージや残留Gaが電気伝導特性に影響しないようにしなければいけない,という課題がある.

 図8右は,様々なサイズのReRAMデバイスをFIB加工して試料作製した構成模式図である.導電性を有する高ドープSi基板上に下部電極,抵抗変化層,上部電極のReRAM膜を成膜し,タングステン(W)保護膜をGaイオン照射で堆積してからFIB加工する.試料左右の両端部に挟まれたTEM観察可能な厚さ100nm程度の薄膜部に,針状になるように切り込みを多数入れ,切り込み間隔を50nm~500nmの範囲で変えることで様々なデバイスサイズを用意する.図8左上は多数の切り込みを入れた薄膜部の断面SEM像で,赤色枠で囲んだ針状デバイス1本の断面拡大像が図8中央である.このReRAMデバイスのサイズ(幅)は,約200nmである.各ReRAMデバイスの電気伝導特性は,nmオーダーで位置決め可能な探針電極を針状先端のWデポ部に接触させ,Si基板を通して電流-電圧カーブを測定・評価する.

 

図8 様々なサイズの抵抗変化型デバイスのTEM試料同時作製;(右)試料構成の模式図,
(左上)断面SEM像,(左下)試料の全体像,(中央)デバイス1本の断面拡大像

 

 この電圧印加in-situ TEM試料のFIB加工では,Gaイオン照射よるダメージ層,Ga打ち込み(残留Ga),加工削りかすの再付着があると電気伝導特性が容易に変化してしまうので,それらの影響がないように丁寧なFIB加工を心掛けた.例えば,試料へのGa打ち込みを防ぐため,W保護膜が必要量形成されるまではSIM(Scanning Ion Microscope)像は一切見ないようにした.また,試料の厚さや切り込み前のW保護膜の厚さは均一になるようにした.

 ReRAMデバイスの電気伝導特性のバラツキを抑制するために,針状デバイス形成の切り込み停止位置を下部電極内の同一深さに揃えることが,特に効果的であった.測定するための電流が高ドープSi基板を通らないで,下部電極から外部電流回路に流れるようにすることで安定したデータ取得ができるようになった.使用したFIB加工装置(Hitachi MI4000L)ではFIB加工面がSEMで真正面から観察可能な直交型配置であり,また加工の様子をSEMでリアルタイム観察できるので,切り込み停止位置を容易にそろえることができる.

 図9は,電圧印加in-situ TEM試料の電流-電圧特性のヒステリシス曲線データ例である.色の違いは,測定回数が初回,8回目,20回目,33回目である.電圧を0から3Vまで増すと電流が急激に流れて高抵抗状態から低抵抗状態へSETされる.低抵抗状態で電圧を下げていくと,マイナスの電圧で高抵抗状態に戻りRESETされる.TEM外で測定したReRAMデバイスと等しいSET / RESETの繰り返しをTEM内で33回確認できた.

 

図9 TEM試料での抵抗変化ヒステリシス曲線

 

 また,ヒステリシス曲線上の各点でin-situ TEM観察することで,低抵抗状態ではCuフィラメントが形成されて上下電極間を導通している様子や導電パスの太さの変化が確認された[9][10][11][12].

 

4.ユーザ利用支援に用いる周辺システムの設計と製作

 今回の技術支援貢献賞は,個別のユーザ支援事例だけでなく,工藤氏が自発的に取り組んだ,九州大学PFでの共通的な支援活動に対しても表彰している.

 

4.1 “密”を避けるリモート閲覧システムの製作

 2020年の新型コロナウイルス流行の感染防止には,「密」を避けることが要請されたが,電子顕微鏡の設置環境は外乱を防ぐために「密閉」する必要があり,ユーザ支援の際は「密接」「密集」が避けられない.そこで,第1回目の緊急事態宣言が発令され在宅勤務になった期間を利用して,「密」を避けるリモート閲覧システムの製作に取り組んだ.電子顕微鏡室にはPFの技術スタッフ1名だけが装置オペレータとして入室し,利用者は換気可能な別室で電子顕微鏡のライブ映像を閲覧するシステムである.

 図10は開発したリモート閲覧システムで,左上の電子顕微鏡室と右下の別室の間をLANケーブルで接続し,別室では利用者が電子顕微鏡室の画面と同じ画面を共有して閲覧できる.利用者は,電顕室にいる技術スタッフと音声会話だけでなく,観察視野の指定などをペンタブレット画面への手書き入力でコミュニケーションができる.このシステムはWebブラウザ上で動作し,特殊なハードウェアは不要である.また,電顕室のPCと別室のPCとをローカルネットワークで接続するために,スマホでQRコードを交換,認証するようにした.別室の電子顕微鏡画面の品質を確保するために,以下に記す工夫をした.

 

図10 リモート閲覧システム;(左上)電子顕微鏡室,(右下)別室でユーザ閲覧

 

 図11で,リモート閲覧システムでの電子顕微鏡画質の改善効果を示す.図11左側は電顕室の画面,右側2列が別室のリモート閲覧画面である.電顕室画面の右側は高分解静止画像,左側は高分解動画像で,緑枠・赤枠・黄色枠で囲んだ部分のリモート閲覧拡大画像が図11右側の上中下3段で,2列の左側が既存製品を使用した場合,右側が開発した閲覧システムでの画像である.リモート閲覧での画質を改善するために,TEM画像の送信フレームレートを30フレーム/秒ではなく5フレーム/秒に制限し,LANケーブル1本で帯域制限ないローカル通信とした.電子顕微鏡像に最適化したシステムとすることで,特に低コントラスト領域(赤色の枠内での原子分解能像)での画質が改善した.

 

図11 リモート閲覧での電子顕微鏡画質の改善:(左)電顕室画面,(右)リモート画面

 

 以上は利用者に九州大学のPFに来所してもらい別室で電顕画面を閲覧してもらうシステムで,2020年7月から運用開始した.2020年9月からは製作したリモート閲覧システムとは別に,九州大学外からもオンライン立ち合いが可能なシステムを立ち上げたが,こちらはネットワークのトラフィック状況に依存し画質が変動するなど,不安定な問題に悩まされた.現在は来所可能な利用者にはリモート閲覧システムを,来所できない場合にはオンライン立ち合いシステムを利用してもらう2つの方法にて対応している.

 

4.2 3Dプリンタによる治具の設計と印刷

 工藤氏はPFにある旋盤やフライス盤を駆使して,治具作製や修理・改造は元々行っていた.コロナ禍で必需品になった透明パーティッションも自作した.さらに,在宅勤務の期間中に3Dプリンタを使用した治具部品作製に挑戦した.

 図12はその例で,ガス雰囲気TEM観察向けガス流量制御用のコンダクションバルブのホルダーを,3Dプリンタで製作した.従来はガス流量制御バルブを机上設置し,TEMホルダーまでの配管が長くなることによる振動で電顕観察分解能が低下する問題があった.そこで,バルブを机上設置ではなく,ガス配管パイプに吊り下げるように変更し,そのためのホルダーを3Dプリンタで製作した.まず,コンダクションバルブの3D CADデータをバルブの製造メーカが公開しているので入手し,図12左に示す透明部分のバルブホルダーを設計した.ホルダーは4つのパーツから構成され,それぞれを3Dプリンタで計72時間かけて印刷造形した.図12右は,3Dプリンタで作製した吊り下げホルダー(黒色樹脂の直方体)内にバルブを収納し,ガス配管パイプに吊り下げた状態である.複雑な形状のバルブはホルダー内で振動することなくぴったり固定されて,高分解能での像観察ができるようになり,ケーブルの抜き差しも簡単にできる形状が容易に形成できた.

 

図12 3D プリンタによるコンダクションバルブの吊り下げホルダーの製作;
(左)3D-CADデータによる設計,(右)作製したホルダー(黒色樹脂枠部)

 

5.おわりに

 技術支援貢献賞を受賞された九州大学微細構造解析PFの工藤氏に,FIB加工装置とイオンミリング装置を用いた特殊TEM試料作製の支援内容を取材した.コロナ禍においても積極的に新しいことに挑戦し,PFでの支援活動を充実させている工藤氏の姿勢に感銘を受けた取材であった.

 

参考文献

[1] ナノテクノロジープラットフォーム技術スタッフ表彰 令和2年度 技術支援貢献賞 工藤昌輝(微細構造解析PF: 九州大学): https://www.nanonet.go.jp/ntj/award/
[2] 九州大学 超顕微解析研究センター 微細構造解析プラットフォーム:
https://nanoplat.hvem.kyushu-u.ac.jp/index.html
[3] “超高分解能電子顕微鏡を用いた触媒の微細構造解析 ~世界最高レベルの性能を持つアンモニア合成触媒とアンモニアから水素を簡単に取り出す分解触媒の開発に貢献~”, NanotechJapan Bulletin Vol. 11, No. 1, 2018:https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/PickUp_pdf/nanotechPickUp-13.pdf
[4] “電子線照射に高敏感な材料の電子顕微鏡による構造観察および分析 受賞者 九州大学 微細構造解析プラットフォーム 鳥山誉亮氏に聞く”,NanotechJapan Bulletin Vol. 12, No. 2, 2019:https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/Staff_Aw_pdf/Award_for_technical_staff_2019-1.pdf
[5] 工藤昌輝,山下晃司,松田光弘,村上恭和,松村晶,“FIBとイオンミリングを組合わせた簡便な透過電子顕微鏡試料作製法の巨大ひずみを有するHPT材料への応用”,第60回 日本顕微鏡学会九州支部総会・学術講演会(講演番号 P-8)(2018)
[6] 工藤昌輝,鳥山誉亮,村上恭和,松村晶,“簡便な30kV STEM 高分解能観察用試料作製法の確立”,日本顕微鏡学会第74回学術講演会(講演番号 P-155)(2018)
[7] “CMOS集積回路-MEMS試作支援 受賞者 北九州産業学術推進機構 安藤秀幸,竹内修三氏に聞く”,NanotechJapan Bulletin Vol. 11, No. 3, 2018;https://www.nanonet.go.jp/magazine/content/files/mag_pdf/Staff_Aw_pdf/Award_for_technical_staff_2018-3.pdf
[8] Masaki Kudo, Masashi Arita, Yuuki Ohno, Takashi Fujii, Kouichi Hamada, Yasuo Takahashi, “Preparation of resistance random access memory samples for in situ transmission electron microscopy experiments”, Thin Solid Films, Vol.533, 30 April 2013, pp.48-53 (2013); https://doi.org/10.1016/j.tsf.2012.10.102
[9] 工藤昌輝,松村晶,宮崎宣幸,遠堂敬史,大多亮, 有田正志,福地厚,高橋庸夫,“AI 応用を念頭においた抵抗変化メモリ動作のTEMその場観察”,2019年微細構造解析PFシンポジウム(2019)
[10] Masashi Arita, Ryusuke Ishikawa, Katsunori Arima, Atsushi Tsurumaki-Fukuchi, Yasuo Takahashi, Masaki Kudo, and Syo Matsumura, “Failure and Recovery of Double-Layer CBRAM Studied by In-Situ TEM”, International Conference on Solid State Devices and Materials, PS-2-16 (2019)
[11] 有田正志,福地厚,高橋庸夫,“ナノスケール ReRAM デバイスの In-situ TEM 解析 ―ナノプローブによる電気測定と微細構造変化―”,表面と真空,Vol. 61, No. 12, pp. 766–771 (2018): https://doi.org/10.1380/vss.61.766
[12] 有馬克紀,石川竜介,福地厚,有田正志,高橋康夫,工藤昌輝,松村晶,“電子デバイス評価のためのin-situ TEM試料の作製と評価”,日本顕微鏡学会第75回学術講演会(講演番号 P-I_42)(2019)

図はすべて工藤氏から提供された.

 

(尾島 正啓)