NanotechJapan Bulletin

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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 卓越した技術スタッフ
<令和2年度技術支援貢献賞>
X線光電子分光を中心としたナノ材料評価支援
受賞者 奈良先端科学技術大学院大学 分子・物質合成プラットフォーム 岡島 康雄氏に聞く

 

 

奈良先端科学技術大学院大学 技術職員 岡島 康雄氏

 

 文部科学省の委託事業:「ナノテクノロジープラットフォーム事業」(NPJ)は,25の法人・大学から延べ37の実施機関が参画し,ナノテクノロジー関連科学技術において基本となる「微細構造解析」,「微細加工」,「分子・物質合成」の3つの技術領域に応じて,ナノテクノロジーに関する最先端の研究設備を備え,それらを産学官で広く共用するプラットフォーム(PF)を構築している.このNPJの最先端研究設備共同利用体制は,毎年3,000件の利用があり,1,000件の論文,3,000件の発表という成果を生んでいる.事業成功の鍵は,PFに技術スタッフを置き,設備利用に当たっての知識・ノウハウおよび具体的操作を提供することで,利用者の設備利用を支援していることにある.NPJはこのようなスタッフの貢献に応え,平成26年度より,技術スタッフ表彰が行われるようになった[1].令和2年度の技術スタッフ表彰においては,技術支援貢献賞が,奈良先端科学技術大学院大学 分子・物質合成プラットフォーム 岡島 康雄(おかじま やすお)氏に贈られ,表彰題目は「X線光電子分光を中心としたナノ材料評価支援」であった[2].そこで,その内容,どのような支援が行われ,どのようなご苦労があったかなどを,Web会議を用いたリモート取材で,受賞者から伺った.

 

1.奈良先端科学技術大学院大学 分子・物質合成プラットフォームと支援活動

1.1 プラットフォームの概要 [3][4][5]

 NPJ分子・物質合成プラットフォーム(MMS PF:Molecule & Material Synthesis Platform)は,産学官の研究者に対して,実施機関にある最先端の研究設備の利用機会を提供し,特異な機能や優れた特性を有する有機・無機材料・金属系ナノ材料の探索・開発のための分子・物質合成,構造解析,分子設計等を支援する.MMS PFには10の実施機関が参画し,その一つである奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)のPFは先端科学技術研究科物質創成科学領域の中に置かれている.NAISTは2018年に分野融合によるイノベーション創出を図ろうと,情報科学,バイオサイエンス,物質創成科学の3研究科を統合し,研究科一つの大学院大学となった(図1,3つの三角は上記3研究分野を表している).物質創成科学研究科は物質創成科学領域となり,同領域は,新規な機能物質の設計,新素材の合成,新物質・新材料の機能解析と評価に関する教育研究と実験・実習を行う学内共同教育研究施設:物質科学教育研究センターと連携している.このため,PFの利用可能装置(表1)には,NPJに登録され,NPJホームページのイエローページに記載されている装置(支援機器)以外のもの(支援試行機器)が多く含まれている [6].

 

図1 奈良先端科学技術大学院大学

 

表1 奈良先端科学技術大学院大学 分子・物質合成プラットフォームで利用可能な装置


 

 

 支援の形態は,協力研究,技術代行,機器利用,技術相談の4つである.協力研究は,研究進行の上での至便性を高めるために設けられたもので,一定額の利用料を納めるとその額の1.5倍まで,複数機器や複数回など研究の進展に従って機器を利用できる.技術代行は,専門知識を持つ教員または技術職員が依頼を受けて計測するのに対し,機器利用は,申請者が自ら共用設備・装置を操作,計測を行う.技術相談は,共用機器で利用申請者の希望する計測が可能か,結果が得られるか,という観点で,利用申請が受けられるかを判断する技術的な相談である.

 支援には,大学直属の技術職員やPFの支援スタッフが当たる.既に,2件のスタッフ表彰を受賞しており,本誌で紹介されている[7][8].

平成27年度 若手技術奨励賞 藤田 咲子 「クライオ電子顕微鏡法を用いた技術支援
令和元年度 技術支援貢献賞 片尾 昇平 「単結晶X線構造解析による技術支援」

 また,令和2年度秀でた利用成果「光圧によるアミロイド線維の人工作製」では「透過電子顕微鏡(TEM)観察によるアミロイド線維の確認」などで藤原 正裕氏,藤田 咲子氏,大野 智子氏が支援を行い[9],NTJB企画特集 ナノテクノロジーPick Up掲載の「プラズマインジケータによる処理工程の見える化」では,インジケータの変色メカニズム解明を片尾 昇平氏,岡島 康雄氏が支援した[10].

 

1.2 NAIST PFにおける岡島氏の支援活動

 NAIST先端科学技術研究科物質創成科学領域には9人の技術職員がいる.岡島氏はその一人として,表2の5つの設備・装置を担当している[2].この5つの設備を利用した支援件数は年間20件を超えることもある(図2).

 

表2 NAIST PFにおいて岡島氏の担当する装置

 

図2 担当装置の支援件数

 

 岡島氏の担当するX線光電子分光(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)装置の利用回数は,年間200回に及ぶ(図3).一方,1回あたりの使用時間は,8時間が最も多く,1回に48時間も利用することがある.全ての測定を代行し,ユーザーの利用に立ち会っていたら,他の装置の面倒は見られない.そこで,装置の使い方を覚えてもらうようにした.その結果,利用者自身が機器を操作する機器利用が80%に増えた(図3左の学内利用と学外利用の合計).学生は8時間くらいで操作法を覚えられる.よくできる学生だと4時間くらいで使えるようになる.しかし,使えるといっても,XPS測定はスペクトルの意味を読みとることが難しい.XPS分析の半分の時間はデータ取得,残りの半分が解析に費やされる.そこで,XPSの解析も指導し,ユーザーと一緒に解析することも多い.

 

図3  XPS利用実績と1回当たりの利用時間

 

 PFのスタッフ,技術職員にとって,設備・装置の管理,メンテナンスが最大の仕事で,いつでも利用できるように整備している.5台の装置を担当しているので,整備に多くの時間を取られるため,整備と機器利用支援のバランスが難しい.このためにも先述の装置利用の講習に力を入れている.利用者には自ら操作して使う意識を持ってもらうようにした.以前は,装置の故障につながる操作が行われることがあったが,教え方を工夫したところ,操作ミスによる故障は少なくなったという.

 

2.X線光電子分光による表面分析

2.1 XPSの原理 [11]

 X線光電子分光(XPS)法はAlKαなどの軟X線(約0.1–2keVのエネルギーが低くて透過性の弱いX線)を物質に照射し,物質のイオン化に伴い放出される光電子(e)を捕捉しエネルギー分析を行う手法である(図4)[11].X線(エネルギー)は,例えば,物質を構成する原子の1s軌道に束縛されていた電子(束縛エネルギーEb)を軌道から分離して光電子(運動エネルギーEk)を生成する.X線のエネルギーの一部は電子の束縛を解くのに利用されるので光電子のエネルギーは束縛エネルギー分だけ小さくなる.このため,光電子の運動エネルギーとX線エネルギーの差から束縛エネルギーが求められる.光電子は分光器に送り込み,分光器に印加した電界により電子がその速度によって偏向するのを利用して,特定の運動エネルギー(パスエネルギー)を持つ電子だけを通過させ,検出器で検出する.分光器に入る電子を加減速できる電圧を掃引すると,パスエネルギーを持って分光器に入る電子の元来の運動エネルギーを掃引でき,光電子スペクトルが得られる.また,分光器の出口で電子はエネルギー順に並ぶため,出口に多チャネルの検出器を設置すると各エネルギーの電子数をほぼ同時に計測することができる(図5).

 

 

図4 XPSの原理 [11]

 

 

図5 XPSにおけるエネルギー分析

 

 この結果,束縛エネルギーを横軸に,電子数を縦軸にとったスペクトルが得られる.スペクトルのピーク位置は検出された電子がどのような電子軌道にあったかを示し,ピークの高さは検出された電子の源(物質)の量を表す.したがって,XPSは分析対象の同定(定性分析)とともに分析対象の存在量を求める(定量分析)ことができる.図6では,酸素(O)1s軌道の電子,モリブデン(Mo)3d,硫黄(S)2pのピークが同定されている.さらに,内殻電子の束縛エネルギーは物質内の原子の結合状態に依存して若干ずれるため,XPSスペクトルを解析して分子内の結合などの化学状態を知ることができる.したがって,XPSにより物質の化学的性質を明らかにできる.この特徴から,XPSはESCA(Electron Spectroscopy for Chemical Analysis)とも呼ばれている.

 

図6 XPSスペクトルの例

 

 ところで,図6のXPSスペクトルにおいて,O 1sピーク周辺のバックグランドは高束縛エネルギー側の方が高い.物質内部で発生した光電子は,他の電子と衝突して非弾性的に散乱される.このため検出される光電子の運動エネルギーは低くなり,低運動エネルギー側の高束縛エネルギー側にあたる領域にバックグランドを構成する.表面近傍の非弾性散乱の影響を受けなかった光電子がスペクトルのピークを構成する.XPSは,表面数nmに存在する元素(Li〜U)に対し,定性・定量分析のみならず,材料の特性を決める化学結合状態分析ができる手法と位置付けられる.このため, XPSは表面分析装置群に分類される.

 

2.2 支援に用いたXPS装置

 NAIST分子・物質合成PFは,ULVAC‐PHI社製多機能走査型X線光電子分光分析装置(PHI5000 VersaProbeⅡ)[12]を供用している(図7).その特徴の一つは,集束X線(Focused X-ray Source:FXS)を用いることである(図8)[13].電子線をAlアノードに照射して生じたX線を分光結晶で単色化,集束して試料に照射する.試料から放出された光電子はインプットレンズで集光して分光器に送られる.集束X線のスポット径は最小で9μmまで絞られる.集束X線型のNAIST PFの装置は観察場所にだけX線を照射し,微小領域の高感度測定を特徴に挙げている.

 

図7 多機能走査型X線光電子分光分析装置 ULVAC‐PHI PHI5000 VersaProbeⅡ [12]

 

図8 集束X線光電子分光の構成 [13]

 

 試料が絶縁体の場合,X線を照射した場所は光電子を放出して帯電するので,光電子は引き戻され,放出される光電子のエネルギーが下がってしまう.そこで,NAIST PFの装置には電子線と低速Ar+ビームを照射する帯電中和機構が設けられている(図9)[13].

 

図9 集束X線電子分光の帯電中和機構 [13]

 

 また,XPSが分析できるのは表面数nmに限られるので,深さ方向の分析には,薄層のスパッタ除去とXPS測定を繰り返すスパッタ深さ分析が行われる.スパッタ除去には単原子のAr+モノマーイオン銃によるイオンビームの用いられることが多い.しかし,比較的イオンビームに削られにくい無機物の分析でも試料の内部までイオンが侵入して分析前の深部に損傷を与えることがある.そこで,NAIST PFの装置では,Ar原子が数千個の塊になったガスクラスターイオンビーム(GCIB)でスパッタを行うよう,Ar+nクラスターイオン銃が搭載されている.スパッタイオン1個当たりのエネルギーが小さいので,イオンビームに弱い有機物でも損傷は表面近傍に限定される(図10).

 

図10 スパッタ深さ分析に用いるイオンビーム [14]

 

3.NAISTのXPS支援によるナノ材料研究成果

3.1 分子処理が誘起する単層二硫化モリブデンの高発光特性の解析 [2][15]

 炭素原子が網目を成して2次元に広がった層状結晶のグラフェンは,宇宙で最も薄く,最も強靭な,最も導電性に優れる材料といわれる.高導電性は2つの円錐状のフェルミ面が頂点を共有して付き合わさったエネルギー帯構造によるとされ,バンドギャップは消失しているので半導体デバイスは作れない.層状結晶の優れた特性を利用しようと研究が進む中,二硫化モリブデン(MoS2)はグラフェン類似の層状結晶を作り,空間反転対称性が破れているためバンドギャップをもち,単層MoS2は直接半導体になることが理論的に予想されている.直接半導体である単層MoS2は発光材料として期待されているが,剥離法やCVDによって作製された現実の単層MoS2は必ずしも高い発光量子効率をもたない.

 ところが,単層MoS2に対し,超酸であるTFSI(ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド)で処理(TFSI-H処理)し,さらに熱処理を加えると(TH-TFSI処理),高い発光量子効率が得られることが報告された.これに対し,大阪府立大学の桐谷 乃輔 准教授らは,TFSI処理の手法を発展させ,安定して高い発光量子効率を得るための物理的化学的処理方法を探索した.その結果,TFSI-H処理後にMoS2のバンドギャップ以上のエネルギーの紫外線(UV)照射を行うと,230倍の発光増強が達成され,発光寿命が30倍以上長寿命化していることを見出した(図11)[15].

 

図11 UV-TFSI処理によるMoS2の発光強度向上 [15]

 

 そこで発光増強の機構解明に向け,XPSにより化学組成や元素の酸化状態の検証を行うこととなった.依頼者の桐谷准教授ら立ち会いの元に,岡島氏が装置を操作して,新しい処理方法(UV-TFSI処理)が単層MoS2の構造を破壊していないこと,単層MoS2の表面にTFSI(CF3-SO2-NH-SO2-CF3)が残っていることを確かめようと,XPS測定を行った.

 表面酸化したシリコン(Si)基板に単層MoS2を設けた試料(MoS2/SiO2/Si)のUV-TFSI処理前後に試料の3点においてXPSで得られたスペクトルの全体像を図12に示した.O 1s,Mo 3d,S 2pのピークはいずれにも見られ,F 1sのピークはUV-TFSI処理(図ではTFSI処理と略記)後に見られた.詳しい解析を行うため,TFSI処理前後で化学状態を確かめようとMo 3d,S 2pのピークを処理前後,試料上3点での比較などを行い,またTFSIアニオン((CF3SO2)2N)が試料表面に存在するのを確かめようとF 1sピークの有無を確認した(図13).これらの結果は,固体表面科学を専門とするNAISTの武田 さくら助教も加わって検討した.

 

図12 MoS2/SiO2/SiのTFSI処理前後のXPS測定

 

図13 MoS2/SiO2/SiにおけるTFSI処理前後のMo 3d(左),
F 1s(右)のXPSスペクトル.Mo 3dの2つのピークの右側にS 2sのピークも見える.

 

 検討の結果,XPSスペクトルを見る限り,UV-TFSI処理は単層MoS2の構造を破壊しておらず,化学状態や元素組成に変化がなく(図13左),単層MoS2の表面にTFSIアニオンが残留している(図13右)ことを確かめることができた.また,発光中心の特性を調べる有力な手段にラマン分光や蛍光分光分析がある.岡島氏は発光寿命測定用装置群やラマン分光装置も担当する.XPS測定に事前に得られていたラマン分光や時間分解蛍光スペクトル測定の結果を加えて,発光増強のメカニズムを検討した.この結果,UV-TFSI処理による発光増強の効果は,光照射に伴ってMoS2とTFSI溶媒の水分子との間での電子移動によってOHラジカルが生成し,MoS2の欠陥サイトを不活性化することによるもの,と結論づけられた.

 

3.2 プラズマインジケータの開発 [2][10]

 放電などによって気体分子が高密度のプラスイオンとマイナスイオンになったプラズマは,LSI製造における微細加工などに用いられる.所定の加工を精密に行うには加工場所におけるプラズマの状態を把握する必要がある.株式会社サクラクレパスは,クレヨンなどの美術用色材の技術を活用して,プラズマによる表面改質で変色する無機色材を用いたプラズマインジケータを開発した [10][16].

 アルゴン(Ar)と酸素(O2)の混合気体から生成したプラズマに,このインジケータをさらすとAr/O2分圧によって異なる色に変色した.Arプラズマ処理(Ar/O2分圧=100/0)では白色から灰色に変色したのに対して,Ar/O2プラズマ処理(Ar/O2分圧=95/5)では淡黄色,O2プラズマ処理(Ar/O2分圧=0/100)では黄色に変色した(図14)[17].プラズマインジケータの変色色差はプラズマの電子密度に依存することも確かめられた(図15)[10].そこで変色の原因を詳しく調べるため,NAISTのX線回折(XRD),XPSを利用して組成,構造を評価した.XRDは片尾技術職員が担当した.XPSでは,化学状態分析と簡易な定量分析を行った.この結果,Arプラズマ処理したインジケータから金属由来のピークが確認され,酸素が減少していることがわかり,O2およびAr/O2プラズマ処理したインジケータは酸化反応が生じていることが示唆された.これらの結果はXRDのピーク同定,結晶構造決定に役立った.

 

図14 Ar/O2プラズマ処理によるプラズマインジケータの変色 [17]

 

 

図15 変色色差のプラズマ電子密度依存性 [10]

 

3.3 有機分子デバイスへの応用を指向した金属錯体の開発

 有機エレクトロニクス材料は軽くて柔らかく,真空や高温を必要としない塗布や印刷技術でデバイスを製造できる.このため大面積発光やウェアラブルデバイスの材料として期待されている.

 兵庫県立大学の阿部 正明 教授・田原 圭志朗 助教らは,配位化合物(金属錯体)を集積して作る配位高分子・配位ネットワーク・MOF(金属有機構造体)に着目し,原子価を制御して混合原子価ルテニウム(Ru)錯体の薄膜合成に成功した.この薄膜の構成要素の構造決定は,X線結晶構造解析や核磁気共鳴(NMR)で同定を行なっていたが,NAISTの質量分析装置MALDI-Spiral-TOF-MSを用いて,高分解能質量分析に成功し,重合部位となる末端配位子が組み込まれた構造を完全に同定できた.また,ITO(酸化インジウムスズ)透明導電性基板上に作製したRu錯体薄膜のXPS測定を,Ru 3d5/2,C 1s,O 1s,N 1sについて行い,Ru錯体が混合原子価状態にあることを確かめた.

 次に,金属錯体を有機薄膜電界効果トランジスタの材料に応用しようと,ゲート絶縁膜と有機半導体層の界面にレドックス活性自己組織化単分子膜(SAM)を導入した.また,有機トランジスタの半導体部位として高い大気安定性と移動度を兼ね備えたBTBT(benzothienobenzothiophene)に着目し,パラジウム・白金金属錯体を導電性部位に組み込んだ有機半導体材料を開発した(図16)[18].これらの新規化合物を,MALDI-Spiral-TOF-MSおよびXPSで同定した.可視光吸収やメモリへの展開が期待される.

 

図16 Pd・Pt金属錯体を組み込んだ有機半導体化合物 [18]

 

3.4 レーザー照射により炭化するポリイミド薄膜の組成評価

 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(量研,QST)では,粒子線治療などに用いる量子ビーム源の研究を行なっている[19].その一つが,粒子線源となる材料に超短パルス高強度レーザーを小さく集光して高強度場を作り,高エネルギーのイオン,電子,X線などの量子ビームを生成させるものである(図17).量研 光量子科学研究部 近藤 康太郎 主任研究員らは,炭素イオンビーム源となる固体薄膜として外部CWレーザーからの照射により炭化するポリイミドに着目した.炭化により不純物の少ない高純度の炭素薄膜が得られれば,超短パルス高強度レーザー照射によって炭素イオンを高効率に加速でき,高エネルギーの炭素(C)イオンビームの供給が期待できる.そこで外部CWレーザーを照射して炭化させたポリイミド薄膜が表面から薄膜内部にかけてどのような組成を持つかを調べるため,深さ方向にスパッタリングしながら,XPSで薄膜の組成比を分析することにした.まず,準備として試料元来の組成比が再現出来るか,Arイオン銃とガスクラスターイオン銃(GCIB)の2種のイオンビームでのスパッタリング深さ分析を比較した.

 

図17 レーザー照射イオンビーム源 [19]

 

 厚さ12.5μmのポリイミドフィルムをArイオン銃(単原子イオンビーム)またはGCIB(ガスクラスターイオンビーム)でスパッタリングさせながら,その組成比の深さプロファイルを取得した.スパッタ前の組成比はともに酸素(O)の割合が高く,最表面に酸素汚染物質層が存在していたと考えられた.スパッタリングを進めると,単原子イオンビームの場合はCの割合が急激に95%まで上がって,元来のポリイミドの組成比とは異なっていた.単原子イオンビームではポリイミド試料が損傷を受けて内部の組成が変わってしまう.一方,ガスクラスタービームでスパッタすると,元来のポリイミドフィルムの組成が確認された(図18).ガスクラスターイオンビームを用いれば,XPSでポリイミドフィルムの深さ方向分析のできることが確認されたので,外部CWレーザー照射により炭化する実試料のXPS分析に進むことができた.

 

図18 XPSによるスパッタ深さ分析:ポリイミドを単原子イオンビーム(左)とガスクラスターイオンビーム(右)でスパッタした場合の深さ方向に対する組成比

 

おわりに

 イノベーティブな材料開発は,測定・解析によって所望の構造・機能の材料が創製されたことを確認して,成功裏に完了したことになる.NPJによって,機器・設備の共用が進み,誰もが最先端の機器を利用できるようになった.PFには支援スタッフがいて,指導してもらえるので,利用者は初めて扱う機器でも成果を出せる.難しい作業は代行も可能である.NAISTのXPSは年間200回,1回概ね8時間,稼働している.測定結果の解析には測定そのものと同程度の時間がかかる場合がある.岡島氏は,利用者に機器の使い方や解析法を覚えてもらい,利用者自身が機器を操作する「機器利用」でPFを利用できるよう,操作・解析の指導も行っている.利用者が,測定の意義,位置付けを認識し,利用設備の理解のもと,PFスタッフの支援,共同作業によって,優れた利用成果が生まれ続けることを期待する.

 

参考文献

[1] 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業技術スタッフ表彰
https://www.nanonet.go.jp/ntj/award/
[2] 「X線光電子分光を中心としたナノ材料評価支援」「技術支援貢献賞」受賞
https://www.nanonet.go.jp/pages/research_support_award/R02_Award_4.pdf
[3] 分子・物質合成プラットフォーム(代表機関:自然科学研究機構 分子科学研究所)
https://www.nanonet.go.jp//ntj/insti/platform/ms/
[4] NAIST ナノテクノロジープラットフォーム 「分子・物質合成プラットフォーム」(奈良先端科学技術大学院大学)
https://mswebs.naist.jp/nanopla/
[5] NAIST ナノテクノロジープラットフォーム 「分子・物質合成プラットフォーム」
https://www.nanonet.go.jp/ntj/insti/naist/ms/
[6] ご利用可能な機器 https://mswebs.naist.jp/nanopla/equipment.html
[7] クライオ電子顕微鏡法を用いた技術支援~卓越した凍結技術とTEM観察技術を用いて生体脂質膜の機能解明に貢献~ NanotechJapan Bulletin Vol. 9, No. 3, 2016
https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/outstanding-staff/5.html
[8] 単結晶X線構造解析による技術支援 NanotechJapan Bulletin Vol. 13, No. 6, 2020
https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/outstanding-staff/24.html
[9] 光圧によるアミロイド線維の人工作製 NanotechJapan Bulletin Vol. 14, No. 2, 2021
https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/excellent-result/36.html
[10] プラズマインジケータによる処理工程の見える化 NanotechJapan Bulletin Vol. 10, No. 6, 2017
https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/nanotech-pickup/12.html
[11] 「X線光電子分光法(XPS)の原理と応用」JAIMA日本分析機器工業会
https://www.jaima.or.jp/jp/analytical/basic/electronbeam/xps/
[12] 多機能走査型X線光電子分光分析装置 (XPS) PHI 5000 VersaProbe III
https://www.ulvac-phi.com/ja/products/xps/versaprobe-iii/
[13] アルバック・ファイ株式会社 表面分析情報 XPSとは
https://www.ulvac-phi.com/ja/surface-analysis/xps/
[14] アルバック・ファイ株式会社 表面分析情報 表面分析トピックス ガスクラスターイオンビームについて
https://www.ulvac-phi.com/ja/surface-analysis/topics/gcib/
[15] Yuki Yamada, Keisuke Shinokita, Yasuo Okajima, Sakura N. Takeda, Yuji Matsushita, Kuniharu Takei, Takeshi Yoshimura, Atsushi Ashida, Norifumi Fujimura, Kazunari Matsuda, and Daisuke Kiriya, “Photoactivation of Strong Photoluminescence in Superacid-Treated Monolayer Molybdenum Disulfide”, ACS Applied Material Interfaces 2020, Vol. 12, No. 32, pp. 36496–36504
[16] 菱川敬太,宮崎裕司,栗山和宏,井上 浩,酒井 道,「プラズマインジケータ (2) 〜プラズマインジケータを用いたプラズマ分布診断法〜」,第75回応用物理学会秋季学術講演会 講演予稿集 19p-S9-2 (2014)
[17] 「プラズマインジケータTM」開発における変色過程の解明, Nanotechnology Platform 平成26年度成果事例
https://www.nanonet.go.jp/case/content/case/NP/S/NR/S-NR-2014-001/H26-S-NR-01.pdf
[18] Keishiro Tahara, Yuya Ashihara, Toshiki Higashino, Tomofumi Kadoya, Kunihisa Sugimoto, Akira Ueda, Masaaki Abe, “New π-extended catecholato complexes of Pt(II) and Pd(II) containing a benzothienobenzothiophene (BTBT) moiety: synthesis, electrochemical behavior and charge transfer properties”, Dalton Transactions, Vol. 48, Issue 21, pp. 7367-7377 (2019)
[19] 量子科学技術研究開発機構 光量子科学研究部
https://www.qst.go.jp/site/kansai-dapr/2654.html

 

(引用が明記されていない図は全てNAISTから提供された)

 

(古寺 博)