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近赤外光で脳神経細胞の遺伝子を操作するアップコンバージョン分子技術の開発に成功 ~生体深部におけるオプトジェネティクスと高次脳機能の解明に道~

 東京医科歯科大学と九州大学は2019年10月2日,九州大学大学院工学研究院の楊井伸浩 准教授,君塚信夫 教授らと東京医科歯科大学統合研究機構の味岡逸樹 准教授らの研究グループが,東京大学の佐藤守俊 教授,群馬大学の林(高木)朗子 教授らとの共同研究により,生体中などでの遺伝子操作のため,水中で近赤外光から青色光へのアップコンバージョンを起こすヒドロゲルの開発に初めて成功したと発表した.本研究は,国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)さきがけ「分子技術と新機能創出」などの支援により行われ,成果はドイツの国際学術誌Angewandte Chemie International Editionで公開された(注).

 生体透過性の高い近赤外(NIR)光を高いエネルギーの青色光に変換するフォトン・アップコンバージョン(UC,高周波変換)は,生体深部での光による遺伝子情報を持ったタンパク質の制御:オプトジェネティクスを可能にする.しかしながら,NIRオプトジェネティクスのUC材料は無機化合物ナノ粒子に限られていた.無機ナノ粒子における,二つの励起三重項状態(T1)の分子が衝突して,エネルギー的により高い励起状態が生成する三重項-三重項消滅(triplet-triplet annihilation, TTA)を有機材料で可能にすれば,生体適合物質を所定の場所に置くことができるのでNIRオプトジェネティクスに革新をもたらせる.

 九州大学のグループは,基底一重項状態から励起三重項状態への直接遷移(S-T吸収)を示す金属錯体を三重項増感剤(ドナー分子)として用いることで,近赤外光から青色光へのTTA-UCを可能にしていたが,三重項増感剤の励起状態の寿命が短いため,ヒドロゲルのような粘度が高く分子拡散が抑制される環境では三重項エネルギーを発光色素(アクセプター分子)に受け渡す前に失活してしまい,TTA-UCを起こすことは困難だった.

 そこで本研究では,S-T吸収を示すドナー分子にアクセプター分子を連結させ,より励起寿命の長いアクセプター部位に励起エネルギーを溜めることにより,従来より120倍も寿命の長い三重項励起状態を実現し,粘度の高いヒドロゲル中においても三重項エネルギーを発光色素に受け渡し,アップコンバージョンすることに成功した.また,ゲルを加熱することにより三重項状態の溶存酸素による失活を抑制でき,空気中においてもTTA-UC発光を示すヒドロゲルを開発できた.

 さらに,青色光に応答して細胞の形を操作できる遺伝子を神経細胞に導入し,その神経細胞を播種したシャーレにUC材料を浸漬して波長724nmの近赤外光を照射して,発生した波長462nmの青色UC発光により神経細胞の形態を制御できることを確認した.

 今後は水中においてより低い励起光強度で高いTTA-UC効率を示す材料を開発し,生体深部でのオプトジェネティクスを可能にすることを通じ,汎用的な「生体内光源」の確立を目指すとしている.

(注)Nobuo Kimizuka, Yoichi Sasaki, Mio Oshikawa, Pankaj Bharmoria, Hironori Kouno, Akiko, Hayashi-Takagi, Moritoshi Sato, Itsuki Ajioka, and Nobuhiro Yanai, "Near‐infrared optogenetic ge-nome engineering based on photon upconversion hydrogels", Angewandte Chemie International Edition, Accepted article, doi: 10.1002/ange.201911025; First published: 23 September 2019